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    家族カウンセラーの想いつれづれ
    は、母を悲しませるのはいつも父だと思い込んでいました。母としか繋がらないように、という洗脳はとっくに完了していたのです。

    父が仕事でどんな嫌な上司にも我慢しているかなんて知りませんでした。疲れてへとへとなのにお酒に付き合ってぐったりしてるなんて知りませんでした。

    私たちのご飯も服も住む処も、父のおかげで維持されていたのに、誰も教えてくれませんでした。誰もじゃないですね、母が教えてくれませんでした。

    その一番大事なことが当たり前すぎて、父に感謝しないで生きていました。

    私の命は、父にも守られていたことをちゃんと感謝したかった。

    父には父の役割があるってこと、教えて欲しかった。

    「共働きなのに!」と母は愚痴ばかりでしたが、「家事育児に専念して欲しかったけど、お母さんの人生も大事だからな。」と大人になってから父から聞きました。

    なあんだ!好きで働いてたんだぁ・・・。

    父はいつも新しい電化製品を買うので、「お金がない」と母は文句を言っていたけど、子どもを大学まで出して家も建てて、今も働いている母は、家事より子育てよりも仕事を選んできたのです。

    なのに、私はいつも遠慮していました。

    学校からのお便りを渡すのも、友達の話をするのも、いつも母の顔色を伺っていました。

    風呂掃除やトイレ掃除をしてからだと聞いてくれると学習しました。

    ご飯の支度や洗濯を手伝いながら話すと聞いてくれると学習しました。

    母がかわいそうだったから、日曜日も朝から手伝いました。他のともだちみたいに、家族で昼まで寝てみたいって思ったこともあったなぁ。






    かわいそうだったのは私です。

    自分のことも頑張って、家の手伝いもして、母がうたた寝をしてるとほっとしていました。

    ほっとして、母が嫌いな漫画を読んで音楽をこっそり聴いて、つかの間の開放感を味わいました。母が目を覚ますと大変なので、寝息を聞きながら・・・。まるで子守してるみたい。

    母のいない学校で母に見張られている(気がしてる)のに、母が目の前で寝ている時に解放されるなんておかしな話です。

    学校から帰ったら朝の食器を洗い、自分のブラウスのついでに家族の洗濯物を洗い、掃除機をかけて拭き掃除をして、テーブルの上のメモどおりに近所のスーパーで買い物をして、野菜を指示どおりに切っておく。味に煩い父のために料理はさせなかったんだなぁ。

    一番のいいとこ取りしてた母ーだから私は、手をかけたことの仕上げがどこかしらおろそかになってしまうのだろうか。最後までちゃんとやってはいけないストーリーの中にいたんだなぁ。

    母が仕事から帰ったら、手伝いをしながら話しかけましたが、いつの間にか母の愚痴を聞いていました。愚痴に絡めて聞かせる教訓めいたことわざを、白々した気持ちで味気なく聞きました。

    わがままと烙印を押された弟は、堂々と戦隊モノとか好きなテレビを見るけど私には興味がないものばかり。母のお守りを私がして、弟のお守りをテレビがしていたのです。







    母が怖いから外でのびのびできなかった私は、未だに人に緊張します。上司や先輩に萎縮します。男の人とはどう接していいか不安です。夫が笑っていないと不安がこみ上げてきます。誰もが代理親になっていました。


    「お母さんはあなたのことはなんでもわかるのよ。」
    そのわりに、褒められて嬉しくて帰った時には何も言ってくれませんでした。

    「先生からお電話があった」とか「~ちゃんのママが教えてくれた」とか言ってくれたら良かったのに、(お母さんには特別な力があるのかな?)と不思議でした。叱られることばっかりで、どこにいても視線が気になって怖かったです。


    今も昔のようにどこかで「お母さん」が見ている気がして怖い気持ちになります。

    何かをやろうとすると、「お母さん」に見張られている気がして緊張します。

    言葉遣いが悪い人にはいらいらするし、大声の人には「怖い!」と思います。

    たとえドラマでも喧嘩のシーンを見ると緊張して身動きできません。

    本音で人とぶつかるなんて怖くてできません。

    自分のことなのに、自由に選ぶことが苦しくて仕方がありません。

    自分で生きている気がしないー毎日重苦しくて疲れはてて、おかしいと気がつくまで、私は私の意志ではなく、頭の中の「お母さん」の良い子を続けていたのです。






    悔しい!
    悔しい!
    悔しい!
    私を返して!!
    私の人生を返して!!


    大学も浪人しないところに決めて、就職浪人にならないように大手企業は諦めて、25歳を過ぎてからは(結婚しないと!)と焦っていたことは誰にも言ってません。

    「25歳は売れ残り、30歳は高齢出産。」と聞かされていたので、就職の次の目標は「結婚」でした。

    どこまでも私は母の言葉に束縛されていたのだなぁ。

    自由なんかどこにもなかったなぁ。






    ※特定の誰かの事例ではありません。よく聞かれる内容を物語にしました。



    どっち見てますか
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    【2016/08/27 14:25】 | 人生脚本
    【タグ】 人生脚本  脳内親  インナーペアレンツ  無意識  囚われ  
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    (初めにお断りすると、これは2013年の記事です。心ないコメントがあり非難が集まることを想定して、記事内にコメントをコピーすることで「場」を守った経緯があります。今も下書きのまま保存していますが、コメント混みの記事を出すのはもういいかなと省いて掲載します。当時暖かいコメントをいただいた皆様には感謝しています。)

    前記事の会話--------------

    手術翌日の夜に、母から電話があった。

    私「どうしたの?」

    母「今少し話せる?」

    私「うん。少しならね。私手術して入院中なのよ。」

    母「ええ?なしたのー?」
    私「結石だよ。お母さんくらいには教えようかと思ったけど、札幌の時みたいにけんもほろろにされたら哀しいからさー。」

    母「もう、けんもほろろにしないよー。」

    私「個室しかなくて、おかげさまで話せるよ。」

    母「あのね、母さんの手紙が届いたのね。」

    私「ああ。敬老の日に贈り物をしていたから、手紙とゼリーが届いたことがあったの。直筆の手紙にびっくりしてね。思いついて、コピーを送ったのさー。本物は私の宝物だけどね。」

    母「うん。届いたときは、絶交だとか言ったくせにこんなの送って、意地悪だなぁって思ったのね。代筆かなってひっくりかえしてみたけど、本当に母さんが書いた字なんだって思って、私よりまっすぐで綺麗な字だなって思って、凄いなぁって思ってね。(涙)」

    「母さんの手紙を貰うなんて、あんたって凄いなぁって思ってね。敬老の日にいつも送ってくれてたんだもんね。刺し子とか、覚えてるよー。」
    「最近、母さんとH(叔父の名)が夢枕に立つのさ。なんで今頃、毎日出てくるのかなって思って、もう、切なくてね。そんな時に手紙が来たから、初めは本気で意地悪だと思ったんだよね。でもさ、哀しくて哀しくて(涙)」

    私「沢山泣いて追悼しようね。」

    母「うんうん。(涙)」

    私「親子逆転してるね。」

    母「そうだね。」

    私「おばあちゃんには助けられたからなぁ。
    私、洗い物トラウマなんだよね。これで夫と30年争ってる気がする。食器洗い機が欲しいくらいと言ったら、俺が洗うからいらないって。でもね、いつ洗うかは俺の自由だっていうんだもの、終わるまで料理の下ごしらえが出来ないからご飯の仕度に困るしね。馬鹿馬鹿しいけどよく喧嘩したんだわぁ。」

    母「私も洗い物は好きじゃないけど、シンクに溜まってるのがすごく嫌なんだわー。だからさっさと洗うの。」

    私「私も溜まってるのが大嫌い。洗濯機は水が回ってるのを見ながら歌うたって楽しいし、干すのも好きだったけどね。洗濯が好きなのは、夫いわく、小さい頃の祖母とのあたたかい思い出なんだって。それはすごく納得したよー。
    でもさ、高校の頃、洗い物するでしょ。向こうではみんなでテレビ見てるのね。つまんなかったよー。」

    母「そんな思いまでさせてたんだね。あんたには本当に助けてもらったもんね。忘れないよ。
    そういえば、母さんが言ってたけど「かたちき取ってやるー」って言ったってねえ。」

    私「そうだよ。最近、その感覚まで思い出したんだけど、私の中で『命かけても揺るがない!』という意志の強さが沸いて来る時にその感覚があるの。お母さんを守る!って強く思ってたんだねえ。ずっとお母さんを守ってきたんだなぁって思うよ。」

    母「そうだねえ。」

    私「誰かを守ってるつもりでも、結局はお母さんを守ってたんだよ。」

    母「そりゃそうだよ。全部、私のためになっちゃうんだもん。」




    ★言ってみて食器洗いの傷が深いと気付く------------------

    電話を切ってから、洗い物の傷を見てゆく必要を感じた。認知行動療法しかないなと決意する。しんどかったらカウンセリング仲間に伴走を頼むとする。眠ろうとした病室のベッドで、先の母の言葉が浮かんだ。

    「私も嫌い。溜まるのが嫌だからさっさと洗う。」

    そう。私も、溜まるのが嫌い。洗うことより溜まっているのを見るのが、げんなりだった。いつげんなりしたんだっけと思い巡らせた。義父と暮らした頃からだ。

    祖母が同居した時期は除いて、学校から帰って、一番にやることが洗い物だった。そうだ!あの頃は、台所に洗い物が溜まっていたんだー。

    低血圧の母、姉、私の中で、早寝早起きの私が一番に起きて、弁当作って登校して、次に他のきょうだいが起きてご飯食べて登校して、母が義父のお握りを作って、末の弟を保育園に連れてから店に行ったはずだ。義父は、朝ごはんが母の握るお握りなので、起きたら台所も見ないで店に行く。

    母よ、洗い物を放置して行ってるぞ。
    後始末は私だ。

    洗い物が溜まるのを嫌う母に家事を習ったんだもの、私だって嫌だ。学校から帰るたびにそれを見たことを想像するだけで、げんなりする。
    細かく想像をめぐらさないと到達しない記憶になっていた。




    ★認知行動療法の応用--------------

    退院して、さっそく洗い物を全部引き受けて、その時に流れてくる感情を客観視してみることにした。なんせ、洗い物に対する嫌悪が強すぎる。

    「洗い物は私が頼まない限りは私がやるので、よろしく」と、家族に協力を求めた。「やりたい時に洗っても文句は言わないでね。」という家族にも了解した。実際洗ってみると、いつもどおり、洗っている時は全然嫌じゃない。

    が、次の朝、食器を洗っていたら、たまたま、夫がいつも見る朝ドラを見ていた。不意に頭の中で、声がする。

    「テレビの音が聞こえないから、後でやってくれ!」
    「お前もこっちで一緒にテレビを見ればいいじゃないか!」

    急にびくっとなったが、振り返っても、彼は何も言ってない。すっごく恐かったけど、本人は何も言っていないから、かまわず洗っていたら

    「洗い物が溜まるもん。」という不満気な私が浮かんだ。あったあった。
    「そんなの明日でもいいじゃないか!」と争う夫と私。

    これだ。
    忘れていたが、ここで私は最後は我慢するのだ。この「我慢」が、「恨み」として残っている。

    洗い物を片付けないでテレビを見ても、気持ちが良くない、楽しくない。
    翌朝に溜まった食器を洗う時も、ひたすら「嫌悪感」と付き合っていたのだ。その「恨み」がとても強いことに気がついた。


    源家族では、テレビを見ている家族の邪魔をしないように、多少の気を使っていた感覚も思い出した。頼まれてもいないし、注意もされていないのに、ここでも我慢していたのだなぁ。

    夫の「音がうるさい」は、私の中の「邪魔しないように」という我慢がぴたりと対応していたのだろう。もう我慢したくない私は、夫に「恨み」を募らせた。


    さらに思い出した。
    「日曜日の朝から、ばたばたしないでくれ!」と、若き夫は言った。
    平日はパートで忙しいから、土日に掃除をしたくても、夫が起きるまで音を出してはならないので、ため息をつきながら時間がたつのを待っていた私もいたなぁ。起きたら起きたで、休日くらいゆったり過ごしたい、という夫がいる中で、一体いつ何をやったらいいのよっ!って不満だったことも思い出した。子育てでそれどころじゃなくなって、彼も諦めたのかもしれないけど、それまではこんなだったなぁ。

    私の源家族では、日曜日は朝から掃除だった。気持ちよく掃除をしたら、長いパンを切りながら、おいしく食べたものだった。その時は、義父も一緒に掃除をした。義父は料理も好きで、なんでもやる。機械いじりも好きで、ラジオを作ってくれたりした。

    私にとっての当たり前(日常)と、夫にとっての当たり前(日常)が違ったのだ。




    ★若い頃の代償行為----------------

    結婚前にも、夫への不満があった。むしろ、こちらの記憶が強いので、このことでずっと文句を言ってきた。

    私は会社員で、仕事帰りに生協に寄って買い物をして、約束どおり食器洗いを終えているだろう彼の家に行き、毎度溜まっている洗い物にげんなりしていた。
    「明日こそ洗っておいてね。」という私に、はいはい、と言いながら、洗ったことは数回じゃなかろうか。私は、まずお釜を洗って米を研いでから、ご飯が炊ける間に他の洗い物とおかずつくりをした。2年くらいだったと思うが、すっごく苦労した気分が抜けない。


    こんなだから、自分の部屋の片付けどころじゃなかったが、夫が私の部屋を見て「片付けたら。」と言うのも頭にきたっけ。
    源家族では、義父が綺麗好きなので、掃除も気を使ったものだった。帰宅した義父が1-2本の髪の毛を拾う姿を見ると、髪の毛くらいすぐ抜け落ちるんだけどなーと鬱陶しかった。

    ここでも、結局は連れ子として母のためにやっていたのだ。嫌いな掃除をせっせとやっているという脚本が出来上がるわけだ。掃除が嫌いなのじゃなくて、指摘や批難や否定のフィードバックが嫌だったのだなぁ。


    新婚時代に夫に言ってみたことがある。
    「今ならわかると思うんだけど、想像してみてよ。あなた出来る?」(←微妙に洗い物から論点がずれている)
    すると、「男と女は仕事量が違う。」と言われた。

    ええー?
    会社の階段を1段抜かしで走って時間短縮して、電卓は「本当に計算出来てるの?」と回りに言われるくらい早く叩いて時間短縮して、もちろん私が自分の時間が欲しかったにしても、月に3日しか残業しないで定時にはタイムカードを押している仕事ぶりは、まぁ、残業しないから傍目にはわからないだろうが、辞めた後の後任から「どうやったら残業しないで済んだんですか?係長に残業が多いって怒られたんです。」と言われたくらいだ。(こういう仕事ぶりは後任者にとって迷惑なものだなぁと反省した。)

    とはいえ、「男と女は違う」の一言で片付けられて、忙しかった私が走馬灯のようにくるくるして、粉々に打ち砕かれた気分だった。


    今となっては、お恥ずかしい話だが、どれもこれも頼まれもしないのに、脚本が勝手にやっていたことだ。

    わかって欲しいのにわかってくれない・・・
    これは、今ならわかる代償行為。
    親にわかって欲しい気持ちが、当時の夫に向かっていたのだ。




    ★頭の理解でおさまらない感情からの気付き--------------

    頭でわかるし解説の肉付けも出来るのだが、しばし夫への怒りが消えないで困った。どうにも燃え上がる一方で、夫をやっつけたくて仕方が無い衝動が沸く。

    しかも、私自身が「自分で洗い物を溜める」という行いをするようになっていたので、いつの間にか「洗い物が嫌い」という記憶の操作が起こっている。

    むかむか~が消えないので、朝に聞こえた声のことを夫に言ってみた。すると、

    「そうかぁ。それは悪かったなぁ。そういえば、俺は、お袋が本気で熱くなってプロレスを見ていたので面白くてな、それが唯一の家族の団欒の記憶なんだ。俺の脚本は、一緒にテレビを見て欲しかったんだなぁ。」(しみじみ)

    ( ̄□||||!!
    「そうかぁ。それは悪かったなぁ。」だけかい。一緒にテレビを見て欲しい脚本を押し付けられていたと思うと、ますます腹が立ってくる。なのにどこかで、また我慢しなくちゃ・・・というのも沸く。

    なんで我慢?




    ★過去の夫に怒りは沸かない------------

    洗い物は全然苦にならない。だって、溜めないから。もう、溜めなくてもいいから。なのに、怒りがおさまらない。
    思考では色々解説も出来るのに、怒りの矛先が夫のまま変更されなくて参った。怒りの奥にも届きそうにない。

    なので、まずは目先の怒り(対象は夫)からつぶやき始めた。
    洗い物にまつわるあらゆる夫を想像してみた。今となっては芋づる式に出てくる若き夫の記憶だ。

    「いちいちお湯で洗うのか。」
    「洗った食器は綺麗に重ねろ。」
    「いちいち布巾で拭かなくても自然乾燥でいい。」
    「俺の方がずっと丁寧に洗うよな。」
    「手順を教えるからやってみろ。」・・・

    彼は、シンクの洗い物はとても綺麗に洗った。が、コンロに置いてある使った鍋や蓋やフライパンやコンロ自体は目に入ってないらしく洗わなかった。私がそれを指摘する前に、彼にあれこれ言われるので、結局、洗い物に対する負の感情は強くなるばかりだったのだ。

    夫が変化しても、私の中で軌道修正したくなかったのだろう。そりゃそうだ。自分の感情を無視している間は、そんなことが出来るわけはない。


    と、ここまで思い浮かんでも、不思議と過去の夫に怒りが沸かない。じゃあ、この怒りはなんなのよっと独り言で罵ってみた。やっぱり過去の夫には沸いてこない。

    今の夫の言動には反応するんだけど、過去の夫には、(脚本君だったんだなぁー)って思える。今の夫は、洗い物を何時やっても文句を言わないのに、今の夫に言いたくてたまらないのだ。

    おかしい。

    つまり、今の夫に代償行為をしたくてたまらない子がいるわけだ。
    これ、駄々っ子のようだけど、夫を代理親にしている脚本なのだ。




    ★脚本VS脚本----------------

    私の脚本ちゃんは、インナーペアレンツ(溜まっている洗い物が嫌いな母)に忠実で、台所を綺麗にしたかったのに、色々なパターンで邪魔をした夫の脚本君を恨んでいるらしい。

    夫婦の争いは、おそよ頭の中に巣食った親に支配されて戦っているのだろう。お互いの脚本が闘っている。

    その怒りを抱えている時の私は、まっすぐに相手を切り込んでゆく怖いもの知らずの私になってゆく。激昂しないが決して赦さない私になってゆく。
    この感覚は、「かたちきとってやるー」と言った幼い頃の、強い強い意志を思い出す。「母を守りたい」私だ。

    ここに戻ってきましたね・・・て感じである。

    凄いね。脚本・・・。二日間、怒りの炎に取り巻かれて過ごしたが、ここまで体感して、怒りの憑き物が落ちた。

    どこをどうしたって、今の夫に文句を言えることではないのだ。
    過去の夫との出来事の恨み辛みを言ったところで、何も解決しない。
    もう、わかっていることなのに、こんなにも沸いて来る感情に翻弄されかける。
    ここを自分で受け止めないと、ゲームを続けることになる。




    ★「大好きな母を守りたい」脚本-----------------

    私の脚本の根底は、「母を守りたい」。

    母に甘えられなくても、母に抱きしめらた記憶が無くても、幼い頃は母が怖かったからと母に近づかない自分に言い訳しても、母を庇ってきたのだ。

    母が大事にするものを大事にしてきたのだ。
    新しい父親も、新しい弟も妹も、もちろん姉も、その他の身内も。

    誰もやらないから私がやるしかない、と思っていたけど、それは全て母のためになっていたのだ。


    ある夜、未熟児で産まれた末弟の高熱で、
    「救急に行くから、どっちか(私か姉)着いてきて欲しい。」と頼まれた。義父は、たまたま商工会か何かの集まりで留守だったのだろう。
    そのお年頃には、(なんで私ばっかり?)いう思いが沸いていたので、姉に
    「お姉ちゃん行ってよ。いつも私ばっかりでずるいよ。」と、姉が動くまで動かないぞ、と支度もしなかった。

    すると母が、赤ちゃん用の大きなバックを抱えて、「もういい!」と弟を抱いて出て行った。すぐに姉が動くだろうと思いきや動かない。
    「信じられない!!」と嘆いて母の後を追いかけたが、タクシーで行ったらしい。どこにもいない。

    あの時の罪悪感は、半端なかった。哀しくて哀しくて、ごめんね、ごめんね。母と赤ん坊で行かせてしまった・・・と。

    あんな思いをするくらいなら、と
    私はまた母を助けてゆくのだった。




    そうは言っても、姉が家を出てからずっと私の肩にのしかかっていた負担が苦しくて、就職して家を出ると決めた時は、もうこの家族の犠牲になるわけにいかないと思っていた。
    世の中の母親は、家事をやりながら仕事もしているらしいと気がついて、うちの親は、連れ子に甘えすぎだと思って家を出ると決意した。

    が、その一方で、本当の家族で過ごしてくださいという思いも強くあった。母と義父とその子どもたちで過ごしたら、本当の家族で過ごせると思った。それは、私には味わえない甘美なものに思えた。

    義父が家にいる時は、義父がとてもいい人過ぎて逆によそよそしい空気があった。義父が留守の時は、ぶつかり合ったり話し合ったり賑やかだった。なので今後は(義父も交えて家族らしい家族になってくれ)と願っていた。

    ここでも、母に対して(連れ子がいる遠慮をしないで欲しい)と思っている。

    自宅の近くまで行き、公園から窓を見て泣いた。弟妹を思うと泣けた。ごめんね、ごめんねって思っていた。親に対しては(ちゃんとやってね!)と思っていた。自己投影と代償行為と親子逆転のオンパレードだ。

    同時に、(お前がいなくなって本当の親子をやれているよ。)という声も自分の中で聞こえて、ほっとした。


    こうして親を手放したつもりの私だったが、両親に頼まれると断れないで助けた。断れない性格じゃないのに、私しかいないのか・・・と観念して引き受けていたのだ(脚本)。


    結婚して、北海道を離れる日にも、寂しいと思わなかった(と思っていた)。やっと、やっと、あの家から離れられると思った。私が道具にされている自覚があったから、家族は好きだけど、離れたかった。心から離れたかったのだ。もう誰からも何も引き受けたくなかったんだなぁ。

    何度も何度も、こうして離れているのに、私の歴史で作られた価値感とか、当たり前の日常とか、普通でありたいと努め続けた普通とか、細やかなところまで、インナーペアレンツとして出来上がっていたわけで、そこに忠実に脚本は自動実行していたのだ。




    ★「怒り」で隠したり「大好き」で隠したり------------

    子は、健気に親を守る。
    お母さんを守り、庇う。

    「怒り」という形に温存してでも、守っている。
    怒りの奥にはなかなか人は踏み込まないからね。

    怒りの奥に「恐い」があるというは多い。
    「怒り」の奥に「諦め」「寂しさ」「我慢」が見つかるだろう。
    どれもこれも、更にその奥があるんだろう。


    ーお母さんが大好き。


    「大好き」の奥に「恐い」や「怒り」を隠している人もいる。
    母を嫌いになってはいけない脚本ちゃんだ。
    この子は、どれだけ母を守るために、家族を支え続けていただろう。
    心まで束縛されてきただろう。

    それでも、子どもはみんなお母さんを守っている。


    幼い私の「母を守りたい。」という姿は、娘や息子のそれに重なる。
    小さな頃から、私も子どもたちに守られてきた。沢山の場面が浮かぶ。
    父親の誘いを断って、脱いだ小さなジャンパーを高熱の私の布団にかけて、風邪がうつらないように、離れたところで本を読む息子。
    初めて、電車の中で過呼吸を起こした遠い昔、知識があったので袋で呼吸した。私をじろじろ見る周りを、しっかりと見返してから「ママ、大丈夫?」と言った幼い娘。


    ありがとう
    ごめんね
    ゆるしてね
    あいしています


    小さな私に、小さな子どもたちに、今の子どもたちに、届けたい言葉。




    ★振り返って-----------------

    今回の体感から言えることは、やはりこれまでと同じことです。

    怒りは、相手にぶつけるものではありません。

    カウンセリングが始まってから、
    「母に(上司に、夫に、仕事仲間に・・・)言えるようになりました!」
    と言う声もよく聞きます。
    それは、まだまだほんの序章に過ぎないでしょう。
    言えるようになったからと言って、その内容によって言って良いこと悪いことがあるからです。自分の身の置き所を失ってゆくことにもなりかねません。

    怒りや不満をそのままぶつけることは、ハラッサーのやり方。
    怒りや不満の負の感情は、抱き続けたら増幅させるだけ。
    それを相手にぶつけたら、相手にも負の感情が増幅されて、負の循環が起こり、どんどん泥沼化するでしょう。

    負の感情を成仏させてあげるには、その奥の傷を探してあげて、体感してあげて、自分で受け止めることです。

    困難なことは、ジョハリの窓
    3,自分が知らないで、他人は知っている自分
    4,自分が知らないで、他人も知らない自分
    のように、「自分が知らない」部分があること。

    この無意識の領域は、鏡にフィードバックしてもらわなければ、気がつきにくいです。無意識を意識化することはとても重要です。

    フィードバックも、相手の文脈を純粋に伴走出来なくては、毒になってしまいます。似た傷を持った同士が集まると、共感が起こるけれど、それは自分の文脈の承認欲求が満たされたからでしょう。

    聴けるようになるまでは、どんなに気をつけても無意識に相手を傷つけたり傷つくことが多いでしょう。

    かといって、聴けるようになるには、神になることでも仙人になることでもありません。過去の傷が完全に癒えて、完璧に自律していて、なんてことがあるわけもないです。ただ、大方の棚卸しの経験は必要だし、最低限、下の3つは必須だと思います。

    1)個の境界線をしっかり持てること。
    2)不必要にアドバイスをしないこと。
    3)目の前の人の文脈をまずは全て肯定的に受け止めること。

    日常会話では、1)を持てると生き方が楽になる。
    2)ができたらお互いに楽ですね。
    3)は訓練が必要。沸いて来る自分の感情を封じ込めずに解放しながら、相手の気持ちを聴き続けることは難しいです。(スリーテンのようなワークショップは、訓練の場になるかと思います。)

    私は大学5年間とその後のボランティアや家族相談士の養成講座や研修で更に3年間が必要でした。

    一歩一歩、気付きを大事にして、自分の内側を見つめてゆく勇気を持っていましょうね。その一歩一歩が、確実に未来に繋がっています。


    人の怒りを引き出さないと怒れないハラッシーハラッサーに続きます。

    参照:“親でもないのに”




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    【2016/01/07 08:00】 | 人生脚本
    【タグ】 脳内親  インナーペアレンツ  人生脚本  無意識  怒り  家族間連鎖    
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    Kさん
    中尾眞智子
    > 怒りが出た時の対処が分からず、悩んでいました。

    怒りが出たら一人で口に出し続けて、怒りが表現し尽くした後に湧いてくる気持ちも口にして味わってあげると良いですね。相手にぶつけたい衝動=「親に言いたかった気持ち」だと理解すると良いかもしれません。

    > B型はこうだけど、ABは。。と、母親に見下されて悲しかったんですね。
    >
    辿りつけてよかったですね。

    > それを思いださせてくれた知り合いには感謝しないといけないんだろうけど
    > 言い表せないくらい、しんどい気持ちになるからやっぱり距離は取らないとダメです、
    > 子供同士が同じクラスだから。。と無理したこついもありますけど。。

    この方はKさんの代理親になっているのでしょうね。感謝が湧いたご自身を喜んで、今は無理せず自分の心の傷を癒してあげたら良いのかも。



    怒りが出た時の対処が分からず、悩んでいました。
    以前、さほど仲良くない知り合いから、いきなり
    あなた、AB型っぽいよねーと言われて
    何だか言い様のない虚しさに襲われて
    頑張って『それ、どういう意味?』と返したら
    なんか気まずい空気になってしまいました。
    それがずっと心に引っかかってしまい
    色々思い出してみたら、
    母親から、あんたはAB型だからね。と言われていたのを思い出しました。
    ここだろうなあ、と思いながら過去を思い出すと
    両親(母親B型、父親AB型)が冷戦状態だったことに行き着いてしまいました。
    B型はこうだけど、ABは。。と、母親に見下されて悲しかったんですね。

    と、書きながら俯瞰してしまいました。
    それを思いださせてくれた知り合いには感謝しないといけないんだろうけど
    言い表せないくらい、しんどい気持ちになるからやっぱり距離は取らないとダメです、
    子供同士が同じクラスだから。。と無理したこついもありますけど。。


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    すっかり秋めいて涼しくなってきましたが、お子さんの秋の行事で保護者の用事も増えてきますね。Aさんの事例がわかりやすかったので、許可をいただいて掲載いたします。


    ★朝の出来事----------------------

    ・PTA行事の朝に、「行かなくちゃ」と思ったら急に気分が悪くなってしまった。
    ・頭がぼーっとしてふらふらする状態だった。
    ・携帯ゲームで頭休めをした。(脳のスイッチの切り替え)
    ・小一時間で家事に戻って、子どもを送り出して行事に参加した。

    脳が同じ思考を続けていると抜けられなくなりますから、上手に切り替えたと思います。ゲームもずっとやっていると抜けられなくなるので、携帯ゲームなら小一時間で眼も疲れますからちょうど良いタイミングだったのでしょうね。





    ★行事を終えて帰ってから----------

    さて、行事から帰ると、どうも気分がすぐれないので電話をかけたとのこと。

    個人情報は割愛しますが、戻ってからもやっとしていたそうです。何かつかみどころのない不安定さを持て余している感じを受けました。

    だんだんと「行かなきゃよかったと思ってる」「行かなきゃよかった気持ちが強い」と言いましたが、すぐに「なんでこんなこと思うんだろう?」と不思議そうなAさん。

    「でも、行かなきゃよかった気持ちが強いみたい」と言います。

    そこで、臨場感をもった言い方で「行かなきゃよかった~(がっかり)」と真似をしてもらいました。

    すると、「行かなきゃよかった?」と尻上がりになり、「あれ?なんか変です。」と言います。

    そこで、臨場感をもった私の言い方を真似てしみじみと
    「無事に終わってよかった~(ほ~っとした感じ)」と言ってもらったら、言った後に「これこれ!こっちの方がしっくりきます。」と嬉しそうです。

    なので、「行ってよかった」と自分の言葉で言ってもらったら、心からよかった~と言えました。

    いかにIP(思考)に騙されているかわかった瞬間でした。こういうことは良くあることです。根拠のない不安感や恐怖感を持って過ごしている人々はとても多いと感じます。





    ★母親の影響----------------------

    また、子どもの頃の記憶が少ないAさんですが、カウンセリングの都度何かしら思い出されるようになりました。

    今回は、行事に参加する時の不安感から、お母さんに「なんにもできない子」と言われ続けたことを思い出しました。自己否定感が強いのも理解できました。

    台所で教わったのは、唯一りんごの皮むきです。そこでも、「左利きで教え辛いわ」と言われたことを思い出しました。

    ところが、包丁だけが右使いだというのです。教え辛いと言われて、右で覚えてあげたのでしょうね。何もできないどころか、とても器用です。
    ドライバー、キリ、彫刻刀など危険なものを思い出してもらいましたが、それらは左手ですから、包丁だけ右手というのは、左利きの私から見ても不思議です。その他、絵も文字もお箸も左利きなのに、包丁だけが右ですから、お母さんの影響力ってすごいですね。

    「あ、歯ブラシも右です。」とおっしゃいます。

    「気がついたら右でした。母に教わった記憶はありません。」

    と、とても意外そうに言うのです。ここは、無意識に母親を庇いに入ったところだと思いますが、そうは問屋がおろしません。

    「Aさんがお子さんに一番先にもたせたのは、赤ちゃん用の歯ブラシじゃありませんか?」と聞くと、「ああ!!!」と納得されました。

    お母さんは、Aさんが左利きだとわかる前に、歯ブラシを右手に持たせて訓練したのでしょう。Aさんは、お母さんから直接指導された歯ブラシと包丁だけが右利きなのです。

    この謎が解けたAさんはスッキリしたと電話を切りました。




    ★おまけ-----------------------------
    実は、私も左利きで、小さい頃に覚えたことは左ですが、「学校では恥ずかしい思いをする。」という刷り込みをうけて、学校の授業では右で書いていました。小学校の1年の通信簿には、毎回「字をもっときれいに書きましょう。」と書かれて、すっかり自信を失って今に至ります。

    余談ですが、左利きで両利きの方の多くは、見たように覚えます。たとえば布と糸と針の流れを見て覚えるので、右利きの人が教えても困りません。また、自分流に脳内で逆に置き換えて覚えてしまうのです。逆さ文字や鏡文字が得意な人も多いです。ソフトボールなど、学校でグローブが右利き用なので、それでこなすことも多いようです。
    面白いですね。





    自分の生き癖や執着に気付く
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    【2015/10/13 10:18】 | 人生脚本
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    Cさん
    中尾真智子
    > 学校トラブルで 言わなきゃよかった
    > と、思うことがありました
    >
    > どこか、よく思われたかったのか ちゃんと思っていること伝えることより、面倒をさけて、傷つかないマシな選択がしたかったのか、両方な気もしてます

    どちらの気持ちもいたわってあげたいですね。

    > (以前、コメントしたことがあったのですが ハンドルネームを忘れてしまいましたので新しくしてしまいました。)

    了解です。^^


    行かなきゃよかった、ではないけれど
    C
    学校トラブルで
    言わなきゃよかった

    と、思うことがありました



    どこか、よく思われたかったのか
    ちゃんと思っていること伝えることより
    面倒をさけて、傷つかないマシな選択が
    したかったのか、、両方な気もしてます



    (以前、コメントしたことがあったのですが
    ハンドルネームを忘れてしまいましたので
    新しくしてしまいました。)

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    先日、たまたま、インナーペアレンツの右目、インナーチャイルドの左目を読んでいたら、姉から電話がありました。

    「お母さんから『昨日入院した』って留守電があったから、弟に電話したら、帯状疱疹だって。詳しいことはお見舞いに行ったら伝えるね。」と。



    ★母の入院

    弟夫婦も共働きで忙しいし、姉に電話したくらいだからと母に数回電話してみるも出ません。
    メールをしたら、
    「体じゃなくて、左の耳だけです。入院は10日くらいだから。毎日点滴なので、部屋で電話をかけれないの。心配させてごめんね。」と返信がありました。

    去年、同居の義母が右太ももに帯状疱疹をやった時は、かなり痛みがありました。幸いにも、早い発見で自宅で1週間で治りましたが、少し遅れたら入院だったところです。
    「左耳だけで」と、大したことなさそうに書かれているけれど、自宅療養出来ないくらい悪いんじゃないのかなぁ、それとも脳に近いから入院必至なのかなぁと気になります。

    「耳 帯状疱疹」で検索してヒットした記事「後遺症が怖い!耳帯状疱疹にかかった体験談」に、〔もっと遅ければ入院して、1日3回の点滴で薬を入れなくてはいけないところでした。」とそう言われました。〕とあり、我慢して悪化させたんじゃないの?という疑いが湧きました。


    先日、Mちゃん(弟の奥さん)と電話がつながったところ、少し様子がわかりました。

    母は左側が麻痺して頭痛が酷いので、脳外科に行って検査をしたら異常なしだったこと。Mちゃんが、左側の耳の中を見て、「腫れているから耳鼻科も行った方がいいと思う」と勧めてくれて、耳鼻科ですぐに紹介状を書いてくれたこと。
    母が「午後に行く」と言ったら、 Mちゃんが「早く行った方が良い」とアドバイスをくれて、そのまま入院になったこと。
    急に入院になっても良いように、数日前からMちゃんが「何かあった時のために入院準備もした方が良い」と言ってくれて、母も準備をしていたこと。なので、慌てることなく入院出来たようです。
    (Mちゃんに感謝感謝です。)





    ★母のインナーチャイルド

    このことを英司に話したら、やや一ヶ月前に、ブログの予約記事で「顔の左側」と「顔の右側」を書いていたと言うではありませんか。母のICの念力かもしれませぬ。
    引用-------------------

    顔の半面だけまぶたが垂れ下がったり、顔面神経麻痺になったりすることもありますが、それはIPとICの闘いが顔に表れているのかもしれません。その闘いには様々なパターンがあります。

    ここまで-------------

    これは思い当たりますねぇ。
    まずは子どもたち(私たち)の変化です。
    以前は、私が母に対する怒りを表現すると、姉は「もう、年なんだし、この年で変われっていっても無理だし、仕方ないよ〜。」といい、妹は「お母さんは、ずっと苦労してきたし、今も苦労しているからかわいそう。」と言っていました。弟は、「Mがよくやってくれてるよ。」と言いうくらいで、母の愚痴をあまり聞いたことがありません。 
    それが、最近では、たまに話す電話で、姉のICが出てくるようになりました。そうなると、母と接することに平静ではいられなくなります。弟も一昨年あたりから、母に対する気持ちを表現するようになったと感じていましたが、先日の電話では、「俺、もう我慢するの止めた。」と宣言しました。
    これらの流れの中に母はいます。5~6年前だったかなぁ、私のICを伝えていた時、母が逃げきれなくなって、ついに母のICが噴き出たこともありました。子どもの頃を思い出してわんわん泣きました。初めて見た母ですし、初めて聞く話ですし、そんな我慢すな!と思いました。
    この時、私のICを母は受け止めませんでしたが、母のICが出たことが未来の種まきになっていると感じました。
    その後の子どもたちの変化がありますから、母の無意識の領域では、IPとICの闘いが起こっていて、今回は顔に表れたのだろうと感じています。
    自分のICを解放していないから、子どもたちのICを見ることは辛く苦しく、受け止められるものではありません。とはいえ、それでも、生きている間は関わらないわけにいきませんし、我慢をするつもりはありません。
    伝えたい気持ちは伝えようと思っています。受け止めるかどうかは相手の問題ですし、怒りの礫を投げるつもりはありません。


    引用------------------

    ・IP(左脳)の強烈な感情禁止令で特に右側が無表情となり(=常に緊張し続けて無表情を保ち)、その蓄積疲労で伸びきったゴムのように右半分が垂れ下がる。
    ・逆に、右半分は外に見せるための(脚本ちゃんの)表情を作るが、左半分は凍結した心(小さいちゃん)が表れており、それが硬化して麻痺となる。

    ここまで-----------

    母の左側が、まさにこのようになっていたようです。
    姉が「入院って一体何事だろう?」と慌てたわけですが、母は入院が決まってから姉に電話をしたものの、麻痺で発音がもどかしく、最小限の言葉でに伝えたのでしょう。
    実は、入院患者の母が姉に電話をかけるのも不自然なのです。弟夫婦が、身内に迷惑をかけないように気遣うことも想像できます。しかし、遠方の私はともかく、地元の身内には「お見舞いに行ってあげて」と連絡することも容易に想像できます。
    むしろ母が、身内にも他人にも迷惑をかけないように振る舞いますから、今回はよほど不安だったのでしょう。一度は、脳梗塞も覚悟して脳外科にも行ったほどですから、怖くないわけありません。「こわいよぉ」「こわいよぉ」という子を押し込めて、我慢した結果の入院です。
    入院が決まって、ICはほっとしたことでしょう。(やっと我慢してくていいんだ・・・。)
    こんな時にすることは、気持ちを口に出してあげることです。
    ですが、母の意識は外に向いて、姉を代理親にしてしまったのですね。それが、留守電の「昨日入院した」です。
    「お見舞いに来てね。」とか「寂しい」とか言えばいいものを、可愛くないですねぇ。まぁ、感情を封じろとばかりに、麻痺して言えなかったのですから仕方ありませんが、私へのメールにも、気持ちは書かれていません。「心配かけてごめんね。」とありますが、これは脚本ちゃんです。





    ★脳内親の受け皿

    引用---------------
    顔の左側だけ凝ったり、引きつったり、痙攣したり、痛くなったりする場合もあります。たとえば、親の受け皿となって生きている人は、その受け皿である姿を脳内母親に見せるために、自分を受け皿にしてくれるハラッサーを見つけて付き合うわけですが、脚本ちゃんは大喜びしても小さいちゃんは苦しんでいるわけです。

    ここまで---------

    ここしばらく忘れていましたが、私は左目全体とその奥に強い痛みが1年になんどか起こっていました。
    その痛みを「左目の悪霊」と言っていました。(昔読んだ漫画のタイトルのもじり)
    カウンセリングの仕事をする少し前の年から、消えていたようです。
    結婚して数年で、万年鼻炎アレルギーになり、その頃からの痛みですから、ずいぶん長いこと続いていたなぁと思います。実は、母のことがあるまで忘れていました。

    私の脚本ちゃんは絶好調に、英司の受け皿として嘆き悲しんでいたことでしょう。その間、私の小さいちゃんは怒りでいっぱいで、その怒りを英司を代理親にしてぶつけていたのです。(あ〜あ。。。)

    母も同様に、祖母への怒りを抑圧して、祖母に捧げたちいさいちゃんの気持ちを語らずにいました。
    「私は、母を悪く言ったことなんかない。」
    「母に対してそんなこと言ったことない。」と抵抗を示す母ですが、この台詞が語るに落ちる、です。
    悪く言ったことがないが、悪く思ったことはありそうですし、言ったことはないが隠していた気持ちがありそうです。そこを指摘すると、「もう、あなたと話してると疲れる。この話はやめよう。」と話題を変えます。
    それでも、たまたま引き出されることもあります。
    「母さんって〜ぶつぶつ。」
    「母さんったら〜ぶつぶつ。」
    本人が意識すると、すぐに引っ込みますけどね。





    ★母の子であってはならない

    祖母が、施設に入った年には、帰省した折に、母に連れていってもらいました。
    母が主体じゃありません。私が母に頼んで連れていってもらったのです。
    この時の母の言い方も思い出します。

    「母さんが施設に入ったんだけど、あなた行きたいかと思って。もし行きたいなら連れて行くけど。」です。
    おばあちゃん子だった私が、いかないわけがありません。
    後でわかったのですが、母は、忙しいからと施設にあまり行っていなかったのです。
    母は、姑を二人と叔母(祖母の姉)を亡くなるまで世話をしていますが、忙しさはあまり変わらなかったと思います。なので、なんでもっと行かないのだろうと不思議でした。
    母の言い訳は、祖母の面倒を見ている弟の嫁に遠慮がある、とか、仕事が忙しいし孫が学校から帰ってくるから、とか、説得力がありません。叔父の奥さんだって、施設に一人でも多くお見舞いに行って刺激を与えてくれたほうが嬉しいと思います。母が働いている時は、Mちゃんは専業主婦でしたし、今だってその頃だって、快く母を送り出してくれると思います。

    母も私同様に、無意識に「母の母であること」を引き受けていましたから、子どもとしては自分から繋がれないのでしょう。私を引き合わせた時も、数メートル離れたところに立っていて、不自然で仕方がありませんでした。




    ★母への嫉妬

    「もっと近くにおいでよ。」と誘うと母が来ます。
    祖母は少し呆けて、私の顔も忘れていたのに、母の顔を見たら「あら、H子じゃないかい?」と言います。
    その時、照れ臭そうだけど得意げな様子で「私だけはわかるみたいなんだー。」と言いました。いらっとしてむかっと来ました。羨ましかったんです。

    祖母が寂しくないようにと「もっとH子に来てほしいよねぇ。」というと、祖母は「うん。寂しいから来て欲しいねぇ。」と言います。
    母が「忙しいんだわぁ。」というので、私が「ちょっとでも顔見せてほしいよねぇ。」というと、祖母が「うん。ちょこっとでも会いたいねぇ」と言います。
    母が直接「母さん。忙しいからなかなか来れなくてさぁ。」と言ったら、「仕方ないよねぇ。みんな忙しいもんねぇ。」と言います。
    私の勝手な思いですが、茶番に付き合わされているようでどっと疲れ、哀しく寂しい気持ちになりました。祖母が覚えているのは母の顔、どんなに私が祖母を大好きでもです。
    「私、眞智子だよ。」というと「いやさ、おっきくなったねぇ。」と言い、白内障と強い近眼の目で(メガネなしで)私をまじまじと見て、「ああ、ほんとうだ!」と言います。意地悪して、「H子ってどんな子だった?」と聞くと「おっとりしたやさしい子だったよぉ。」と言います。「Eは?」と聞くと、「おとなしくていい子だったよぉ。」と言います。「いや、わがままだったっしょ。」と言うと「そういうとこもあったかねぇ。」と言います。なんだ、この仏っぷりは、と思いましたが、これが長寿の多幸感というものかもしれません。この仏っぷりを道具にして、母に意地悪もしました。(自分にごめんなさい。母にもごめんなさい。)





    ★見捨てられた子の怒り

    帰ってから母が
    「あんな母さんを見るのが辛い。」と言いましたが、それもダミーです。見るのが辛いけど見たいし、会いたいし、おしゃべりしたいし、撫でたいし、触りたい気持ちを私自身は知っています。母の本当の気持ちは、ずっと親子逆転だったこと、子どもとしては見捨てられていたことに対する怒りがまずあると思います。その奥にICが隠れています。怒りさえ直視しないから、その奥のICに届くわけもありません。いろいろ理屈をつけては、行事で誘われたり、私に頼まれないと実母に会いに来ないのです。

    同じ脚本を私に植え付けた母の仕打ちは、「正しい絶望」と「清々しい誕生」に一例を書いていますが、まーだまだあります。思い起こせば、私が母のことを、母親と実感できないのは無理もないことでした。私の中に、マグマのような怒りと悲しみが、あまりにも奥深くのひだに仕舞われていました。
    5歳までは祖母に育てられ、6歳から姉と母と暮らし始めたので、なかなか母に馴染まなかったーなどという表向きの理由をつけて、その傷は巧みに隠されていました(無意識が隠していました)。
    それを直視すると、自分が「見捨てられた子」だと自覚しなくてはならないので、なかなかできませんでした。

    実父は姉を欲しがり、離婚後、母は私を祖母に与えたのです。私は、祖母に可愛がられましたし、10歳上の叔母は「500円で欲しい。」と言ったそうです。子どもには大金だったので語り継がれましたが、お金で買う発想が怖いです。
    その叔母は別々に住むまで、よく映画に連れて行ってくれました。大人に嫌われた記憶がないし、可愛がられた記憶しかない幼少時なので、自分が「見捨てられた可哀想な子」だなんて想像もしませんでした。15で出会った親友が、「眞智子って赤毛のアンみたい。」と言いましたが、読んだことがないので、なんのことやら?と思いました。親友は、私の事情は知りませんでしたから、当時の私の自論ー「思いやりは想像力」に対して言ったんだと今はわかります。
    「眞智子は人を諦めないよねぇ。」というのも、彼女に言われましたが、人(が変わることの可能性)を諦めることは自分を見捨てることだと、どこかで察知していたのかもしれません。
    すでに「見捨てられている子」の怒りを、当時は今よりもっと感じていた気がしますが、漠として飄々としていて、その割り切れなさを自己流哲学でなだめて生き延びてきたように感じます。





    ★怒りは自分に気づいて欲しいICがいる証

    怒りは、どんなに平静にしていても、きっかけがあれば出てきます。上にもその場面が書いてありますね。
    自分の気持ちを無視すると、怒らせた相手のせいにできます。
    上に「いらっとしてむかっときて、羨ましかった」と書いていますが、羨ましいという気持ちに気が付けなかったら、いらっとしてむかっとした気持ちを母にぶつけていただろうと容易に想像出来ます。
    ぶつける理由はいろいろ使えるネタがありますね。

    「なんでもっと喜ばないの!?」
    「なんでもっと行ってあげないの?」
    「かわいそうだと思わないの?」
    「姑を看取ったって自慢するけど、実の母親にはどうなのよ!?」
    なーんぼでも使えますね。おぞましいことに。


    「わかりやすい怒りは、相手が反論しやすいからマシ」という人もいます。私も、そうかなぁと思ったこともありましたが、これは、直情的激昂が出来る人の自己弁護です。こういう人は、怒りをぶつけられたら、わかりやすく反論するのだと自ら言っているのでしょう。他の感情は抑圧しても、怒りは我慢しない人生脚本もあります。(その意味は人それぞれ違うでしょうけれど)

    そういう怒りをぶつけられる側からしたら、いつキレるかわかりませんから、相手が笑っている時でさえ気が抜けず、つねに緊張して付き合わねばなりません。ディリーハッスルに陥り、結果的に我慢の限界が来ますから、怒りが噴き出します。が、同時にそれを許さない脚本がありますから、自分で自分を責めます。直情的に怒りを表現する相手は、どのようにもこの人の怒りを利用します。お互いにお互いを脚本を利用しあっている いたちごっこなのです。

    これらの怒りは、自分に気がついて欲しいICがいるよって教えてくれています。
    言い換えると、気が付かない自分自身に怒っているのです。
    それを、怒りのきっかけになった相手に対して向けているから、ICは救われないまま居座ってしまいます。

    まずは、口に出してあげてください。
    ばっかやろー!
    腹が立つー!
    むかつく−!
    ちくしょー!
    同じ言葉でも構いません。口汚くて構いません。むしろ口汚く言ってください。
    なにを言おうかと考えなくて良いです。
    考えてると思ったら、「考えるなー。」と言ってもいいでしょう。
    怒れない人の中には、言葉遣いや表現の荒々しさを禁止されて育っている方も多いです。
    カウンセリングでは、私がご本人の代わりに口汚く表現すると嬉しそうにされますし、回を重ねるうちに、自分の言葉で表現出来るようになってゆきます。
    人が聞いていない場所で、思い切って言ってください。

    怒りが言い尽くされた頃に、別の感情が湧いてきます。
    それを言葉で表現してあげてください。

    忘れていた記憶が出てくることも多々あります。
    記憶とともに出てきたICの気持ちを言ってあげてください。
    芋づる式に記憶が出てくる場合もあります。
    記憶という頼りなさが「思い出」になってゆくこともあります。

    気持ちにいいも悪いもありません。
    気持ちを言うことでいろいろな気持ちを許せるようになります。
    いろいろな気持ちとは、自分の気持ちであり、他人の気持ちでもありましょう。
    誰のものともなく「気持ち」を「そうかそうか」と聴して(ゆるして)聴ける(きける)ようになることと思います。


    ※母は、昨日退院し、点滴の影響か180まで血圧が上がったものの、今は安定して自宅療養しているとのこと。麻痺はしばらく続くとのこと。このまま元気になりますように。高山からやってきた義父も千葉に慣れてきたし、義母は「もう雪国はいや!」と断言しています。みんなみんな、つつがなく過ごせますように。




    心のコップがいっぱいの親御さん
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    【2015/04/14 18:30】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  脳内親  無意識  怒り  ハラッシー  ハラスメント  インナーペアレンツ  受け皿  気持ち  
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    youyouさん
    中尾真智子
    > まさに自分のこととして読みました。
    > 泣きました。

    ありがとうございます。

    > 私も、母に怒りの礫をぶつけるのではなく、自分のために、一人で自分の口で怒りの気持ちを表現して、隠された本当の気持ちに気づくようにしたいと思います。
    > そして、自分のICは、怒りという形ではなく、伝えていけばいいですね。
    > 淡々と伝え続けようと思います。

    応援しています。

    > 本当にありがとうございました。

    こちらこそ、読んでいただいてありがとうございました。e-113

    ありがとうございました
    youyou
    まさに自分のこととして読みました。
    泣きました。

    私も、母に怒りの礫をぶつけるのではなく、自分のために、一人で自分の口で怒りの気持ちを表現して、隠された本当の気持ちに気づくようにしたいと思います。

    そして、自分のICは、怒りという形ではなく、伝えていけばいいですね。
    淡々と伝え続けようと思います。

    本当にありがとうございました。



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    ★代理親ーA子さん夫婦の事例(許可を得ています)-------------

    A子さん夫婦がケーキを食べ終えて、一個余ったのでA夫さんが譲ってくれました。

    「わーい!明日が楽しみ〜。」
    冷蔵庫に入れて、翌日のおやつに食べようとしたらありません。
    (あれ?もしかして食べたっけ?おかしいなぁ。)

    狐につままれた気分で過ごし、A夫さんが仕事から帰って来ました。





    A子「ねぇ。私のケーキが無くなったの。」

    A夫「ああ、仕事していたら小腹が空いたから夜中に食べちゃった。」

    A子「どうして!?私が楽しみにしてたの知ってるでしょう?」

    A夫「ごめん、ごめん。」

    A子「信じられない!どうして?」

    A夫「いや、ちょっとお腹が空いたから。そっこまで君が食べたかったなんて知らなかったよ。」

    A子「嬉しそうにラップして仕舞ったの見てたでしょう?」

    A夫「ごめん!明日買って来るからね。」

    A子「もういい!昨日のケーキが食べたかったの!」





    A子さんは、どんなに謝られても、自分が大事にされていないようで哀しくて許せません。
    A夫さんが買ってくれるというのも断りました。
    A夫さんは、ただただ謝るしかありませんでした。


    実際は、いつもA夫さんは譲ってくれますが、A子さんは、このケーキ事件で「大事にしてくれない夫」というレッテルを貼り、脚本人生を歩く切符を手に入れました。

    この時、哀しんでいる姿は夫を代理母親にした脚本ちゃんの姿。

    母親に大事にされなかった「怒り」と「悲しみ」を代理母親(夫)にぶつけているわ けです。(代償行為) 。



    A夫さんも、無意識にゲームを仕掛けていました。

    子ども時代に父親におやつを食べられた経験があるA夫さんにとって、それをするのはどういう気持ちなのか、それをされたらどうなるのか―その謎解きのゲームでした。

    同時に、その自分を大事にしてくれなかった母親の謎を解くゲームでもありま した。加えておかあさんに甘えたい思いもあったのでしょう。



    こんな小さな出来事でさえ、互いの脚本ちゃんは相手を代理親にしてゲームを仕掛けているのです。

    夫婦喧嘩は脚本VS脚本のバトルだと言っても過言ではないかもしれません。

    代理親にしている間は、夫婦連合は築けませんので、まずは、境界線を意識して下さい。





    子育ての愛に混じり気ないですか
    心のコップがいっぱいの親御さん
    どっち見てますか
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
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    【2015/02/11 11:29】 | 人生脚本
    【タグ】 人生脚本  無意識  怒り  脳内親  心理ゲーム  夫婦連合  境界線  
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    yuiさん
    中尾真智子
    > 夫婦に限らず、このゲームって普段してることに気づきました。

    この例はたまたまご夫婦でしたが、違う立場でもありますね。

    > 何気ない日常のようですが、脚本VS脚本なんだ!
    > って、目からウロコです。

    脚本VS脚本は、女性同士でも起こりますよ〜。

    > 頭では分かっているつもりでも後で読み返すと大きな気づきあるものですね。

    ありがとうございます。

    > まずは境界線!
    > 意識します。

    はーい。応援しています。^^

    こんばんは。
    yui
    真智子さん、こんばんは。

    こちらの記事をふと読み返してみました。

    夫婦の記事なので、始めて読んだときは、私には関係無いなぁ。と思っていたのですが、夫婦に限らず、このゲームって普段してることに気づきました。
    何気ない日常のようですが、脚本VS脚本なんだ!
    って、目からウロコです。
    つきあってる彼氏との間でよくあることでした。

    決して大げさに表現してないんですよ。
    頭では分かっているつもりでも後で読み返すと大きな気づきあるものですね。

    代理親…
    そうだよな。レッテル貼り
    してるな。って気づきます。

    まずは境界線!
    意識します。

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    カウンセリングで、親とのエンプティで「お父さん(お母さん)大好き!」が出て来てくれました。
    ずっと【怖い】と言っていたお父さん(お母さん)が大好きな小さいちゃんです。その小さいちゃんはお父さん(お母さん)が大好きだから、お父さん(お母さん)の笑っている顔が見たくて、お父さん(お母さん)に嫌われないようにずっとご機嫌を伺ってきました。健気ですね。
    これだけでへとへとになりますから、いつの間にか「大好き」は忘れて、嫌われないように怒らせないように、細心の注意を払う生き癖が身に付いてしまいました。




    そして今、人に嫌われないように、相手のご機嫌を伺って、自分の態度が合っているのか、間違っていたのではないだろうかと、自分自身を疑って心配してハラハラして怖がっています。

    この生き癖を手放していただこうとエンプティをしてみても、途中でわからなくなってしまいます。この「わからない」が、IPですね。自分のインナーチャイルドが出て来ないように、ずっとずっと「よくわからない」ことにして、事実を見させなかったのでしょう。

    ゆっくりじっくり進めてゆくと
    「親にぶつかったら壊れちゃうかもしれない。」という心配が出てきました。
    これもよく見られます。
    エンプティだから壊れませんが、小さいちゃんの内側では、お父さん(お母さん)が壊れないように心配しながら守っていたこともわかりました。ダミー感情ですけどね。

    どんな風に壊れそうなのかな?と訊くと、「よく泣くから」と言います。
    どんな時に泣くのかな?と訊いてみると、親のお葬式と娘の結婚式の2回しか泣いたのを思い出せません。実際は、よく泣いていなかったのです。
    このように、親を守るために事実をねじまげて、自分自身を騙してまで親を庇っているのです。

    (親のために我慢する可哀想な私)の脚本人生を無意識に選んでいることが少し見えて来たでしょうか。




    また、誰かと喧嘩したい衝動があることにも気がつかれました。
    カウンセリングを始めた頃は、我が子に厳しく叱ってしまう自分を責めて苦しんできましたが、紆余曲折を経て、このたび明らかに自分の内側に【怒り】があることに気がつかれたのです。
    なにせ、それまで(わからない)ことにしてきましたから、これは凄いことです。

    多くの人は、「あんな言い方するなんて!」とか「振る舞いが酷い!」とか「態度が悪い!」とか、相手のせいにして怒っていますから、自分の方に怒りがあると気がつくのは容易じゃないんです。

    この方も、これまでは、自分の中の【怒り】を吐き出す切っ掛けに、相手の怒りを利用してきました。無意識に、相手の怒りを引き出して【怒るから怖い!】と相手のせいにして、自分の感情を吐き出してきたのでした。怒られて怖い思いをしている可哀想な私。

    ここでも、(可哀想な私)の脚本人生を選んでいることが見えますね。
    とはいえ、頭で理解しても、自分自身に置き換えられない人がとても多いです。なにせ親との問題をわからないようにしてきましたから。

    余談ですが、【怒る人】の常套句は「相手が自分を怒らせるから悪い!」で、相手のせいです。「相手が怒らせる」という認識と、「自分の中に怒りがある」という認識では、同じ【怒り】でも振る舞いが180度違います。【怒る人】も、【相手の怒りを引き出した上で自分の怒りを吐き出す人】も、親に我慢した感情を、本人が受け止めていないので、人にぶつけてしまうのです。どっちもどっちです。どうぞ怒りを感じたら、自分の感情だと認識してください。

    さて、これまでは、相手を【怖いー怒る】人にしておけましたが、自分自身に【怒り】があると認めましたから、いよいよ自分と向き合うしかなくなりました。この先が楽しみです。




    また、夫婦間の対話をロールプレイしてもらうと面白いことが見えてきました。

    夫「(猫の毛を拾いながら)一日一回は掃除をしてくれないか。」
    妻「今日はしました。」
    夫「うん、でも一日一回は掃除をして欲しい。」
    妻「(ミケの毛が気になるなら)自分でやればいいでしょう!」
    夫「掃除機はすぐに終わるでしょ。」
    妻「(掃除機を出しながら)私だって子育てや家事でやることが山ほどあって大変なんです!」
    夫「夜遅いから明日にして欲しい。」
    妻「(掃除機をかけて)ほら掃除機なんかすぐ終わるでしょ?!」


    よくありがちな場面ですが、白いボールに違う色のボールを投げています。
    どのくらい不自然かちょっと見てみましょうね。


    夫「一日一回は掃除をしてくれないか。」
    夫「うん、でも一日一回は掃除をして欲しい。」
    夫「掃除機はすぐに終わるでしょ。」
    夫「夜遅いから明日にして欲しい。」

    夫は、妻が掃除機をたまにサボることをを知っていて、「一日一回は掃除をして欲しい。」と声かけしていることがわかります。そこには一貫性があります。

    それに対して、妻は、ミケ猫の毛を嫌がる夫が煩いという設定になっています。

    妻「今日はしました。」
    妻「自分でやればいいでしょう!」
    妻「私だって子育てや家事でやることが山ほどあって大変なんです!」
    妻「ほら掃除機なんかすぐ終わるでしょ?!」

    掃除機はすぐに終わるという意見は一致しました。実際には、この方にとって掃除機はすぐに終わることなのですが、何故かサボってしまうのですね。その謎はこの先にとっておきましょう。
    さて、家事や育児で大変な姿をアピールして、脳内親に見せています。

    こうして(大変で可哀想な私)の人生脚本を選んでいたのです。

    こういうことは、カウンセリング現場ではよく見られます。夫(恋人)を代理親にして、「私と仕事とどっちが大事なの?」とか「子どもと仕事とどっちが大事なの?」とか「家庭と仕事とどっちが大事なの?」とかね。

    この時、夫が満員列車で(あるいは自家用車でラッシュの中を)通勤して、一日のほとんどの時間を会社の激務に追い立てられていることは想像も出来なくなっています。

    それほど、余裕がなくなっているのは、本当に家事や育児が大変だからでしょうか。
    そもそも、心のコップが一杯なのに気がつかないで、無意識に操られて生きて来た結果ではないでしょうか。自分の周りの人間を代理親にしては心を囚われて、思考でぐるぐるして苦しがって来た結果ではないでしょうか。その苦しみは、本来いらない苦しみです。自分が自由になるだけのことです。

    では、なぜ苦しむのでしょう。
    それは、可哀想な私、大変な私、頑張る私、パーフェクトな私、冷静沈着な私、ダメな私、間違い続ける私…等など、親との連鎖で引き受けて来た私ーの脚本人生を無意識に選んでいるからですね。


    ※事例を一部分お借りして、解りやすく書いています。お借りした部分は承諾を戴いています。



    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2014/12/16 17:43】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  脳内親  怒り  無意識  
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    すみれさん
    中尾真智子
    > 最近思い当たることがあって、タイミングよく、この記事を読めて良かったです。
    > ありがとうございます。

    こちらこそ、ありがとうございます。m(_ _)m

    みかんさん
    中尾真智子
    > すごく心に響きます。

    ありがとうございます。

    > これって、なんか意味あるのでしょうか。

    インナーペアレンツかと思います。

    > あ~あ・・・真智子さんに会いたいな・・・

    ありがとうございます。6月13日はスリーテンの予定です。^^



    すみれ
    最近思い当たることがあって、タイミングよく、この記事を読めて良かったです。
    ありがとうございます。




    みかん
    すごく心に響きます。


    本当は、たくさんコメント書いたのですが、結局消して、
    当たり障りのないように書き直しました。

    これって、なんか意味あるのでしょうか。


    あ~あ・・・真智子さんに会いたいな・・・




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    「土浦連続殺傷事件」―15,自分で人生を終わらせられない本当の理由ですが、辛くて読めないという方がいらっしゃいます。読めないままではもったいない部分があります。ここは読んで欲しい、という部分をピンクの追記を入れながら書いています。

    出来れば、勇気を出して読んで下さいね。
    英司には「好きに料理して〜。」と言ってもらってるので、両方を読んで下さると嬉しいです。
    本文より抜粋---------
    脚本は、その目的完遂のためにすべてを利用します。思考から感情から感覚から、すべての命から。実際、不思議に思われるかもしれませんが、実の親さえも道具にします(繰り返しますが、脚本が忠誠を尽くしているのは脳内親であって実際の親ではありません)。人は道具です。なぜなら自分の命自体が、目標遂行のための道具になっているからです。

    ※道具にされてきた人間は、道具にしていることにさえ気がつきません。



    自分の親を見ると、このことがよくわかるでしょう。この徹底さが分かれば、親が変わりようがないことも分かるでしょう。そして、周りからどう見えようとも親の脚本は絶好調で自分の入る余地はなく、親は親のあっぱれな人生を送っていることが分かるでしょう。

    ※脳内親(インナーペアレンツ)は、自分自身がせっせとこしらえてきたものだと、自覚することが、脱する早道です。実際の親は親で、良くも悪くも年々変化しています。子どもの頃に傷ついて怯えていた親とは、違います。



    こう書くと脚本を敵視される方がいらっしゃるかもしれません。
    けれど根っこにあるのは、大きく言えば親への愛。健気で一途な子なのです。
    そして、その脚本がなければ「親という世界」で生き延びることができなかったことも事実でしょう。

    ※相談者さんは、IPと脚本を嫌悪する人が多いですが、カウンセリングで変わってゆきます。このふたつとも自分自身ですから、憎むことも怯えることもないのです。




    私達がすべきことは、自分の人生脚本に気づくこと。
    いかに母親のことを思っているか、そこから目を背けないこと。
    そして、いかに「本当の親の姿」を知らないかに気づくこと。

    自分が知らなかった(=無視し続けてきた)脚本ちゃんを認め、受け入れること。自分に認めてもらって初めて、脚本ちゃんは脚本人生劇場の舞台から降りることができるのです。


    抜粋ここまで----------


    「親への殺意」について、ちょっと書いておきたいです。

    親への殺意は、実は自分自身への怒りである場合が多いです。

    ここまで、自分を見捨ててきたインナーチャイルドが、自分自身に怒ってしまいます。

    いつまで親のせいにするのだろう・・・もう、親に牛耳られるほど小さくないし、言いたいことを言える年齢になっています。なのに、親との過去を嘆き続けて、変わろうとしないことに、インナーチャイルドが怒ってる。

    何も気づかず、自分の傷にさえ気づかず、せっせと親に忠誠を尽くしていた頃とは違うでしょう。なのに、まだ自分を見捨てている。変わろうとしない。親のせいにして、変わらずそこで甘んじている自分自身に怒っているのではないでしょうか。

    親のせいにして、自分の命を生きようとしない。自分自身を、放置し続けている。ここにこそ、本当の苛立ちがあるでしょう。親を憎むことで、生きることをさぼってるのじゃないでしょうか。(カウンセリングの最中、不意に社会のせいにして親を庇い続ける人、急に親の話題から世の中の仕組みの話題にするっと拡大したり、戦争を語ったりします。庇い続けて守っているのは脳内親=自分自身です。)

    自分自身の人生を手に入れるのは、自分しか出来ないことなんです。サボってたら手に入りません。自分の心と向き合うことをサボっていたら、そりゃあ、怒(ぬ)ぉ~!!と湧いてきますよ。

    言い訳ばかりして、逃げて逃げて、関わる人のせいにしてばかりの人もいっぱいいます。親を投影して代償行為で攻撃したり、理想の親に見立てて甘えては、応えてくれなかったと絶望したり、外を向いてばかり。そんな自分の内側から、いらいらが湧いて来ます。



    自分がどうしたいのか、そこにしか答えはないのに、人に答えを求める人もいます。

    「じゃあ、どうしたらいいですか?」

    私は、同じことしか言いません。

    「あなたは、どうしたいですか?」




    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
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    【2013/08/17 11:14】 | 人生脚本
    【タグ】 怒り  殺意  インナーチャイルド  脳内親  脚本  
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    ももさん
    中尾真智子
    > 教えて下さってありがとうございます(*^^*)インナーチャイルド、はやくみつけたいなあと思います(≧∇≦)

    自分の内側の奥の奥にちゃんといつもいますよー。^^





    もも
    教えて下さってありがとうございます(*^^*)インナーチャイルド、はやくみつけたいなあと思います(≧∇≦)

    ももさん
    中尾真智子
    > インナーチャイルドって感情なのですねΣ(・□・;)今さらながら気付きました(*^^*)大事にします、私の感情。

    おおっと!インナーチャイルド=感情ですが、感情=インナーチャイルドではありません。
    脚本人生劇場を生きるために、脚本ちゃんに封じられた感情たちを「インナーチャイルド」と、ここでは使っています。

    すみれさん
    中尾真智子
    > >でも絶対諦めない(^_^)v

    「自分」を諦めないー。見捨てないー。ヾ(`・ω・´)ゞ オー!!

    感情!
    もも
    インナーチャイルドって感情なのですねΣ(・□・;)今さらながら気付きました(*^^*)大事にします、私の感情。

    親に似た人たち
    すみれ

    >2ヶ月前に入った職場の、仕事を教わっていた方々が、全て今の私を否定したり、その人基準の欠点のレッテルを貼り付けたり、逐一行動をチェックしたりしてて、こちらのブログなどで知識は得ていたから、わ~すごい(^_^;)と感心して冷静にみてますが、体には反応が出てるので、ここも時間の問題だなと思ってます。でも絶対諦めない(^_^)v




    こうめさん
    中尾真智子
    > 「こうなりたい」とか「こうしたい」が漠然とすら出てこない自分がいました。

    親の道具になってきたのだから、まずはたまった膿みや毒をだすところからかなと。

    > 平和に時間が過ぎ去る事だけを願う…みたいな。なんだか、牙を抜かれた猛獣みたいですね、私。

    源家族で恐い思いをしたのでは。今日が平和で過ぎますように・・・当たり前のことが当たり前じゃなかったのかな。

    > 怖いのかもしれませんね。

    一緒にいる友達を批判される=自分を拒否されているから恐いです。

    > どちらにしても母の手の中なんじゃないかなIP…という絶望的な気持ちICになってしまいます。

    どちらに転んでも同じ結果なのだとしたら、自分にとってよりよい、自分が歓ぶ生き方をした方がいいとは思いますが…。最近は常にそんな思考がぐーるぐる。

    IP、脚本ちゃん、ICとごちゃごちゃに出ていて、混沌・・・。

    > 身内から自分の愚痴の捌け口に求められたり利用する気満々な態度取られて、IPさえも色々嫌気がさしているのかもしれません。

    嫌気がさしているのは自分自身ですね。

    > 『輝いている時もダメダメな時も、私は私。いつ如何なるときもあなたはあなた。そこに依存がなければ素敵な世界なのだけれど』

    依存がある素敵じゃない世界で、「私」と「あなた」がいるのはきついですね。




    KYさん
    中尾真智子
    > 初めまして

    ようこそ、ありがとうです。^^

    > 私は過去の親に言いたいことをぶつけてしまっている気がします。

    みなさんそうです。そして、親は変わらないと自覚するところから本当の棚卸しが始まります。

    > 私は人を代理親に見たてる癖がついてしまっているようです。

    そこまで自覚されていることは、先に進む切符を手にしていますね。

    > あとはヒントだけもらえれば、いやもらえないときでも独りを味わうんだ、などと自分に言い聞かせています。

    ヒントで変われたららくちんですね。これを書いたのは、恐がりKYさんかな。「ねばならない」KYさんかな。

    > 思考優位なコメントだと我ながら思いますが、私は何がしたいか見つけることで自分を救いたいです。

    応援します。


    すみれさん
    中尾真智子
    > >あ~、私は私の気持ちを閉じ込めて、ずっと我慢させてきたんだ(-.-;) とわかりました。

    ゚(¨)(. .)(¨)(. .) ウンウン

    > >まだ親に似た人たちが周りにいるのも、自分が引き寄せているんだろうなぁ、と思います。

    引き合うんですよね。脚本が出ると相手の脚本を引き出すし、相手の脚本に無意識で付き合う時は自分も脚本です。

    > >「親」も「ただの人」でいいじゃん!と思えるようになってきました。

    そう思えるまで、相当の葛藤があったことでしょう。
    何度も親を棄てて、棄てても棄てきれてなくて、思考レベルの自分がわかったような事を言い、無意識は親を庇い続けてるーカウンセリングの風景です。「お母さんが好き」「お父さんが好き」

    ももさん
    中尾真智子
    > 人生脚本のこと、今までピンとこなかったのですが、いいこちゃんにしているのがそうなのかなーと思いました(^^)

    人生脚本を演じて来た脚本ちゃんが「いいこちゃん」脚本ちゃんはいっぱいいるでしょうね。それと同じくらいインナーチャイルド(感情)が押し込められていることでしょう。

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    さてさて、「土浦連続殺傷事件」―13,吹き鳴らされた第3のラッパ

    今の英司のブログのシリーズが、辛くて読めないという方は、すこしずつどうぞ。

    今日も、気になる部分を抜粋しながら、書いてゆきますね。抜粋内のピンク字は私です。

    -----抜粋---------
    第1の脱出は、破壊的な父親から身を守るために部屋にこもること。
    ※破壊的なのは、父親だけじゃありません。

    第2の脱出は、ファンタジーの世界にのめり込むこと。


    第1は身体的な脱出ですが、母親の縛りがあるので外には向かいません。
    ※母親は夫のせいにして自分の無力を嘆きます。手塩にかけた我が子に、裏切られた気持ちになり、愛が憎悪に変わることさえあります。こういう気持ちに気がついたら、自分が自分の事しか考えていないエゴの真ん中にいる、と自覚してください。その自覚から変化は起こるかもしれません。



    第2は心理的な脱出です。現実があまりにも苦しいために、統合失調症になって幻覚の世界に逃げたり、アルコールや薬物依存になってトリップの世界に逃げたりするのと同じく、ゲームの世界に逃げ込んだのです。

    ※ゲームの世界に逃げ込んだ=ゲームが悪、という短絡思考はよしてくださいね。ゲームに救われた子どもも多いでしょう。



    『ゲームの世界では主人公は才能にあふれ、自由に行動』できました。

    何より、自分の意志で決断でき、行動できたのでしょう。
    操り人形でなければならない現実の世界では、意志を持ってはいけないのですから、彼は「自分が決める」ということにとても強いこだわりを持っています。

    ※ゲームで、自由を得たからこそ、自分が決めるという気持ちを持てた。こういう部分は親は見落としがちです。「ゲームばっかりやって!」と冷たい視線で心を刺すのではないでしょうか。
    昔の親は、「漫画ばっかり見て!」と「テレビばっかり見て!」と叱りましたでしょ。




    何より、自分の意志で決断でき、行動できたのでしょう。
    操り人形でなければならない現実の世界では、意志を持ってはいけないのですから、彼は「自分が決める」ということにとても強いこだわりを持っています。
    友情に触れて心が出てきたチャンスさえも、「脚本&IP連合」は逆手にとって、自分を責めるきっかけに変えてしまいます。この「脚本&IP連合」の巧妙さが分かるでしょうか。
    「自分が決める」ことへのこだわりとは、操り人形から人間になりたいという悲願です。その願いや誓いを逆手にとって、再び脚本人生を歩く操り人形に戻すわけですから巧みです。

    ※似たようなことが、カウンセリングの最中にもよく起こります。この巧妙さは、なかなか自分では気がつきません。「気づきました。」っていうおりこうさんの奥に隠れているものがあったり、するっと大事なところをスルーしたり、話題を変えたりします。それらの流れをフィードバックして、何が起こったか見てゆきます。



    相談者の方々も繰り返し繰り返し罠にかかりますので、カウンセラーはそこをフィードバックしなければなりません。すると、その「自分が怖い」と思ったり、「脚本凄い」と呆れつつ感心したり、「健気で一途」と認めたりしつつ、自分の生き癖を理解していかれます。

    ※「恐い」はよく聴かれます。この「恐い」の正体は自分自身が作った「恐い」です。「恐い」から進まないと決めて守っているのは、親です。親と対決したとか、手紙を送ったとか、ハグしてもらったとか、そういう既成事実で誤魔化す戦法もよく見られますが、小さいちゃんは報われないのでやっぱり自分が受け止めるしかないのです。



    そして、脚本が忠誠を誓っている脳内母親を表に引っ張り出したとき(←これはエンプティチェアという方法でできます)、真の理解と解放が訪れるのです。

    ※私はロールプレイはよくやりますが、親だけはエンプティでやります。エンプティを怖がる人は、親を守っています。やってはみたものの、頭で闘ってるだけで終わる場合もあります。それでも、一度でも挑戦したことは、次のチャンスに繋がるでしょう。エンプティを何度もやってみるチャレンジャーもいらっしゃいます。一度やったから〜というほど簡単じゃないです。インナーチャイルドを封じて、頑固なほどに脳内親に服従し続ける脚本ちゃんは、へとへとのふりして疲れ知らずですからね〜。押し込められたインナーチャイルドが怒り出すわけです。



    あなたが自分や他人を責めているとき、
    「難しい、無意味、無理、無駄」と言ったり書いたりしているとき、
    「眠い、だるい、疲れた」とダミー感覚に押しつぶされているとき、
    「怖い、恥ずかしい、面倒くさい」というダミー感情に足止めされているとき、それはすべて連合軍に負けて操り人形となって、自己洗脳の言葉を吐かされているだけなのです。

    ※上の言葉はしょっちゅう耳にします。それを聴かされる周囲への影響も大きいでしょうね。
    「疲れた」時に「疲れた」と言っていいんですよ。ため息やあくびの効用もありますしね。ただ、ダミー感情の時は、実は疲れたと思い込んで、動けないと思い込んでいるのです。動いてみたら、楽しく過ごした、なんてことはしょちゅう聴かれます。
    予約を入れた相談者さんが「今日は疲れている(熱はなし)ので、カウンセリングを延期します。」と言う場合がまれですがありましたが、「今日はだるいので病院に行けません。」と予約診察を断るようなものではないだろうかと思いながらも、「無理しないでおやすみください」と言わせていただきました。その疲れ、だるさ、辛さこそ聴いてみたいですけどね。脳内親は動かすまいとするけれど、動いたらインナーチャイルド優位になります。実際に、体調悪いままカウンセリングを受けて、多くの人が軽くなって帰られます。




    他人に言っているようで、すべては自分に言っているという真実にお気づき下さい。感覚や感情は口にすることで、それがダミーかチャイルドかわかってきます。動けないと思っていたのに、家(部屋)という結界から抜けると動けるようになったりします。すべては、「言葉」と「行動」にかかっているのです。自己洗脳しかしない思考はうっちゃって下さい。

    ※言葉と行動ですよー。ぐるぐる思考してても変化は起こりません。



    ゲームの世界でのみ『自由に行動』できました。それは、「脚本&IP連合」が“許可”したからです。「体」を行動させずに、「脳」の中に閉じ込めておくことができますからね。
    それを選んだのは自分であること。
    自分を苦しめているのは自分であること。
    自分(脚本ちゃん)が忠誠を尽くしているのは、自分が創った脳内母親であること。だから、すべてが(誰も見る人のいない)自作自演であること。

    ※脚本ちゃんは人を巻き込みます。配偶者、子ども、孫、友人、知人、同僚、部下、上司、異性、所属している団体、お客として、店員として、等等。心の奥に(誰かわかって欲しい)という気持ちを形を変えて、ハラスメントのやり方でやらかします。ハラッサーなのか、ハラッシーなのか、その時々で、また相手次第で違うでしょう。



    『つまらないから死にます。それだけです。つまらないB級映画を2時間も見続けなきゃならないなんて地獄の苦しみでしょう?いっそのこと途中で見るのやめたほうがイイでしょう?その方が楽ってもんです!』―どれほどの苦しみだったか、この悲鳴に表れていると思います。第2の脱出も限界が来ました。

    ※命に対して「死ぬ(殺す)〜しかない」という悲鳴です。こんな悲鳴をあげるまで放置していたのは誰か。「こんな子に育てた覚えは無い。」とか「あんないい子だったのに変わってしまった。」なんていう親の非情さが哀しいです。



    -----------------



    抜粋から逸れますが・・・

    子は親の背中を見て育ちます。
    親の不正直さも、親の詭弁も、親の狡さも、親の誤摩化しも、要するに「嘘」を見ています。人間は、そもそもそういう部分があります。いろいろなバランスを取って生きています。私も嘘をつけない性分ですが、嘘をつかないかというとそれも嘘です。本当のことを言って傷つける必要がなければ、言わないという方法も取るし、しつこく要求されたら、「忘れたのよー」と小さな嘘をつくかもしれません。そんな大人たちの1人です。
    が、親はいとも簡単に、子には「嘘をつくな」と聖人君子を要求します。「嘘は良くない」という洗脳もします。恐いなー。


    初めてついた嘘を覚えていますか?想像してみてください。

    1)うっかり手が滑ってお茶碗を割ってしまった・・・そうとは言えずに「弟(妹)がぶつかったから」と言ってしまった。

    2)遊びに夢中になって約束の時間に帰れなかった・・・そうとは言えずに「◯ちゃんが帰してくれなかった」と言ってしまった。

    3)新築の床に物を落として傷がついてしまった・・・そうとは言えずに「知らない」としらをきってしまった。

    (事例に触れないようにと気をつけたら、想像力が貧困になってしまいました。倫理に縛られている私がよくわかりますねー。^^ 他に思いついたら、教えて下さいね。加筆します。)



    初めての嘘は思い出せなくても、嫌々だけど仕方なくついた嘘、顔面蒼白になりながらついた嘘、そんなイメージは湧くと思います。これらの特徴は、背景に「ありのままでは受け入れてもらえない」という生育環境があります。
    さて、では、皆さんの親御さんは、なんと言うか、想像してみてください。そして、皆さんは、自分のこどもさんになんて言うでしょうか。

    1)手が滑っちゃった→

    2)遊びに夢中になっちゃった→

    3)床に物を落として傷つけちゃった→

    子どもさんがいないから〜と言う方は、別の人を浮かべてもいいです。配偶者、同居人、甥っ子姪っ子、言い訳の多い親や上司、仕事仲間もありですね。どの立場でも同じことが言えるでしょうか。



    今日のところはこんなところで〜。^^





    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
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    【2013/08/12 14:25】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  脳内親  ハラスメント  無意識  怒り  ハラッサー  ハラッシー  インナーペアレンツ  
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    ももさん
    中尾真智子
    > 涙がでてきました(*^^*)こんな風に小さい私をよしよしするんですね。明日もがんばります!

    そこそこのがんばりで〜。


    すみれさん
    中尾真智子
    > >子供の頃、嘘をついてはいけないところで教師に嘘をつき(当時担任教師にターゲットにされていて、価値観の押し付け、介入にあってました。今思うと担任教師が大嫌いだった)、嘘をついた理由も聞かずにクラスメイトの前で殴られたことがあり、親に面談の際、教師が報告したけれど親は放置。

    酷いですね。

    > >嘘も方便と思って、本当のことを言いたくないと思っても、結局言ってしまうのは、今だに嘘をつくと罰せられることを体で覚えているからだなぁと思います。

    自分を守るための手段も使えないのは苦しいですね。
    嘘をつくな!という禁止令があると、常に誰かの許可を求めてしまう、常に顔色を伺いながら行動してしまう。とても多く見られます。

    > >知識としてわかっても、まだ混乱してるんだと思います。

    ぼちぼち。

    受け止めて下さってありがとうございます( ; ; )
    もも
    涙がでてきました(*^^*)こんな風に小さい私をよしよしするんですね。明日もがんばります!


    すみれ

    >子供の頃、嘘をついてはいけないところで教師に嘘をつき(当時担任教師にターゲットにされていて、価値観の押し付け、介入にあってました。今思うと担任教師が大嫌いだった)、嘘をついた理由も聞かずにクラスメイトの前で殴られたことがあり、親に面談の際、教師が報告したけれど親は放置。
    >嘘も方便と思って、本当のことを言いたくないと思っても、結局言ってしまうのは、今だに嘘をつくと罰せられることを体で覚えているからだなぁと思います。
    >知識としてわかっても、まだ混乱してるんだと思います。




    たこりんさん
    中尾真智子
    > やっぱりひとりをだいじにします
    > 人を好きなのも思いきり味わって
    > 好き好きmind感じたし
    > さびしかったんだわ
    > 私には大したちからないし
    > でもそれが私なんだから

    1人になるのと独ぼっちは違いますよぉ。ひとりぼっちにならないでね。
    楽しいことはやったらいいです。楽しい人と会ったらいいです。しんどかったら伝えたらいいし、伝わらなければ離れたらいいです。


    ももさん
    中尾真智子
    > 昔、ほめられたくてテーブルを片付けてたとき、ビンを倒してこぼして父に怒られたことを思い出しました。泣くのをぐっとこらえてました。とっても悲しかったです。嘘のところを読んで、出てきた思い出です(^^)

    片付けをして偉いねえ。あらあら、倒れちゃったか。大丈夫だよ。台ふきんでふきふきしようね。(小さいももちゃんをイメージ)


    すみれさん(前後してしまった)
    中尾真智子
    > >父親の仕事の関係者からの電話に、目の前にいる父親に、いないことにしてくれと言われ、私が電話で、「父はいません。」と言っていたこと。毎回相手には、連絡がとれないと怒られて、中にはお説教する人もいて、嫌な思いをしたなぁ。

    大人の都合で嘘を言わされるなんて、哀しいことでしたね。親の目の前で親の代わりに他人に怒られて、嫌だったねぇ。

    > >他人に言うと、それは仕方ないよね、と言われてすごく嫌だった。

    仕方なくないよ。大人の汚れた世界に子どもを巻き込むな。

    > >ある意味、本当に天晴れな父親です。

    あっぱれな無責任大人。ちいさいすみれちゃん、哀しかったね。

    こうめさん
    中尾真智子

    > そういえば何やっても家の中では異端児だったな。それもまた、今となってはいい思い出…?

    いい思い出? 

    >
    > 義妹から色々と聞いて。自分の生まれ育った家族と同じような病理を抱えてるなぁ…と。

    脚本同士が引かれ合いますからね。

    > 孫悟空でしたっけ、逃げても逃げても結局はお釈迦様の掌…とかいうあれみたいだなーと。

    これは打ち破りましょう。^^



    Re: あくまでも一例で、人によってIPも脚本もICも違って来ます。
    中尾真智子
    > > 最近は、人を誘ったり、遊んだりしていて、IC、ハラスメントして自分から逃げてるIPのかな とか迷う脚本ときがあります。
    > > ずっと一人で強がってきた脚本 もう一人ぼっちは嫌IC
    > > あなたが好きですとか 一緒だと楽しいとか言えるよろこびを感じています。
    > > 人を好きになってもいいと思うと 体がゆるんであったかくなります。
    > > ならなければいけないIPと 恐くなるIC
    >
    > > 自分がハラッサーだったら、、とかハラッシーだったら、 とか思った時の怖さ、これも何なんでしょう。
    >
    > 赤字で入れてみました。一緒に出て来ますから混乱しますね。整理して、脚本ちゃんにも語らせてあげて味わって、その後に抑圧された感情が出て来ますからそれを味わってあげたいですね。脚本ちゃんは手強いです。


    たこりんさん
    中尾真智子
    > 最近は、人を誘ったり、遊んだりしていて、IC、ハラスメントして自分から逃げてるIPのかな とか迷う脚本ときがあります。
    > ずっと一人で強がってきた脚本 もう一人ぼっちは嫌IC
    > あなたが好きですとか 一緒だと楽しいとか言えるよろこびを感じています。
    > 人を好きになってもいいと思うと 体がゆるんであったかくなります。
    > ならなければいけないIPと 恐くなるIC

    > 自分がハラッサーだったら、、とかハラッシーだったら、 とか思った時の怖さ、これも何なんでしょう。

    赤字で入れてみました。一緒に出て来ますから混乱しますね。整理して、脚本ちゃんにも語らせてあげて味わって、その後に抑圧された感情が出て来ますからそれを味わってあげたいですね。脚本ちゃんは手強いです。


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    「土浦連続殺傷事件」―11,気持ちが現れた一瞬と人生脚本の逆襲
    今の英司のブログのシリーズが、辛くて読めないという方は、すこしずつどうぞ。

    今日の記事で、カウンセリングで起こっている部分を抜粋しました。ここは、ぜひお読み下さい。実際にカウンセリングを進めて来た方は、頷かれていることと思います。^^
    ----------------------------------------------
    ★2)気持ちが出てきた理由(時間と仲間)---から抜粋
    ※ピンク文字は私の付け足しです。



    カウンセリングにおいても、IPは話題を変えたり、記憶を飛ばしたり、すりかえたり、聞き返されたときに表現を変えたり、核心に関わりそうなことは思考停止したり、意識を外に向けたり(急に外のことなどが気になる)、早く終わらせようと時間を気にしたり・・・いろいろやらかしてくれます。



    脚本ちゃんは、脚本人生劇場でやってきたことや悲喜こもごもを語りつくし、カウンセラーを無意識に代理親とみなして脚本人生を認めてもらおうとします。あるいは、洗脳されたストーリーを語って同意を得て、脚本を固めようとします。



    つまり、カウンセリングの場であっても最初に出てくるのは「脚本&IP連合」なのです(まぁ当然ですが)。その間、ICは出てこないのですが、本人にはそれがわかりません(これも気持ちを封印して生きてきたので当然なのですが)。



    けれど、ICはその間もずっと自分とカウンセラーのやりとりを聴いています。まずきちんと受け止めてくれるかどうか。脚本人生を聴くだけでも4、5時間はあっという間です。「ここまで向き合ってくれる」と喜ぶのは、まず脚本ちゃんです。



    ここで本人の語るストーリーに共感して終わると、脚本ちゃんは大喜びしてその後も脚本人生を語り続けようとします。一方、ICは落胆して出てきません。長期間カウンセリングに通っても事態が変わらないときは、この構造になっている場合があります。つまり、脚本がカウンセラー(イネイブラー)によって維持されているわけです。

    ※こういう場合、私は起こっていること(私への依存、ハラスメント、等等)を相談者さんへお伝えしています。それではっと気がつかれた方は、先に進んでゆかれます。(脚本人生にしがみつきたい方は、進めないのでおのずと離れてゆかれることでしょう。後に、再開される方もいらっしゃいます。)



    当相談室の場合は、語られた事実を下に世代間連鎖と人生脚本を見ていくわけですが、その時に本人は自分の“常識”がことごとく覆されていくことになり、事実否定の防衛機制も働きます。この時に脳内親は理屈で抵抗し、脚本ちゃんは自分の世界が消されると思って反発するわけです。



    しかし、その間もICは聴き続けているわけで、上記のようなカオスの中にあって、本人が気づかないうちに涙がツーと流れていたりします。自分でも、「あれ、なんで泣いているんだろ」と言いつつ。



    本人もそれが何の涙か分かっていないのですが(分かるのは後になってからですが)、これがICの安堵と喜びの涙だったりします―「やっと分かってくれる人がいた」・・“自分”にさえもわかってもらえない暗く長い孤独にやっと日が射しこんだような、そういう感じでしょうか。



    本人も脳が反発していても、体が流す涙は信用します。そこから、自分とICの統合、そして人生脚本書き換えの道のりが始まるのです。



    上記は一例ですが、このようなスタートにたどり着くために何より大事なのは自分の意志です。自分が何のためにここにいるのか、自分がどうなりたくてカウンセリングを受けようとしているのか―そこに意志があります。そして、その人は相手(カウンセラー)がどうであろうとも、その意志の向かうところに進んでいくのです。



    ですから、何よりその人の意志が大切なのですが、他に次のような条件が必要です。
    1.一定の時間自分と向き合うこと
    2.事実を再構成できる鏡があること


    1→決意して望んだカウンセリングであっても、限られた時間であれば「脚本&IP連合」が切り抜けてしまいます。一方、気づきはスパイラルを描くようにゆっくりと深まっていきますから、時間の経過とともに深いところにある感情に手が届いていきます。私どものカウンセリングで初回に8時間ほどかかるのは経験的にそうなっているのですが、この初回がとても大事だと思います。

    ※【自律=自由+責任】
    私は、以前はお一人1時間程度のボランティアカウンセリングをしていました。それに慣れていたので、中尾相談室のやり方に馴染めるだろうかと、なかなか思い切りがつきませんでした。
    金額的に難しいので2時間希望という方がたを、お受けてしてみました。(分割は借金です。初めから依存を産みますから、「請求後一週間の内のお振込」のお約束を中尾相談室の今後の方針に記載させていただいたのが2010年です。)

    2時間枠で始めてみたものの、初回の2時間で連鎖を書く事も難しく、次回には新しい問題が起こっています。その時の場面の対処療法で少しの変化が起こるけれど、連鎖や人生脚本の大元に辿り着くことは至難の業でした。その事もお伝えしながら進めてきて、今では、皆様が自分貯金をしてカウンセリングを受ける姿勢に変わられています。カウンセリングを受ける自由意志を、契約通り支払うという責任を持って、自律の姿勢を貫くことが重要だと体感されてゆかれます。




    2→相手の枠組みで共感的に受け止めるのがカウンセリングの基本ですが、その枠組みは脚本人生劇場の枠組みです。共感だけで終わってしまえば、その人は脚本から抜け出すことはできません。カウンセラーの側には、相談者の表層意識の裏にあるもの―捨象している事実、偏った思い方、隠されている感情(IC)ーそれらのものにフォーカスする視点を持っている鏡であることが大切です。


    ----------抜粋ここまで------------



    カウンセリングは、その人それぞれで色々な道を進まれていかれます。

    初回で、なかなか気持ちに辿り着けない場合もあります。

    ブログをお読み頂いているうちに、分析癖がついてしまっている方もいらっしゃいます。

    その分析は、脚本ちゃんが優位に立っていますから、抜粋の上部に書かれているように、脚本人生の悲喜こもごもを語り続けていらっしゃいますので、俯瞰した分析になっていないことが多いです。

    しかも、頑固なまでに脚本ちゃんは、認めてもらうまで執拗に繰り返します。何度も繰り返しながらも、脚本ちゃんの奥にあるインナーチャイルドが出て来たときの開放感はこちらにも伝わってきます。

    相談者さんははじめは、中尾相談室の予約を取らない、自分がかけたい時に電話をする、面談したい時に予約をする、という自由度に、「いつ電話をしたらいいのだろう。」「これくらいのことで電話するなんて、甘えている。「きっと忙しいだろうからこれくらいで電話はしたらいけない。」と、慣れるまでなかなか電話をかけられない方もいらっしゃいます。

    なので、初めの頃は、長く空いたらお声をかけていたこともありました。しかし、やはり自分自身が決めてかける電話こそが、自分の背骨をしっかりさせるということを今では痛感しています。

    自分自身を見捨てている時には、その場所から引きずり出すことは出来ません。それは、本人の意思でしか出来ないことなのです。

    カウンセリングを始めた時の“決意と覚悟”があれば、必ず自分を救おうと動き始めます。








    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2013/08/08 19:11】 | 人生脚本
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    すみれさん
    中尾真智子
    > >独り言は家ではバンバン言ってます。

    いいですね。

    > >カウンセリングも、もしかしたら、本当は真智子先生に繋がりたいのを、脚本ちゃん(最近わかってきました)がさせないのかもしれません。

    よくあります〜。

    > >現実の私は、母が変わることはなく、愛情もないことがわかってても、脚本ちゃんはまだ諦めきれてないみたいで、ダメな私をしてることもあるので。

    ダメな私ー・・・何気に脚本ちゃんが。ダメな私を演じさせるのかな。

    > >カウンセラーとの付き合いは始まったばかりですから、なんとも言えませんが、今後もしお願いすることになったらご連絡します。

    カウンセラーの得意分野を利用して、上手に使い分けている方もいらっしゃいます。こちらのカウンセリングが必要と思われて、「申し込み要領」に合意されたらいつでもどうぞ。^^

    独り言
    すみれ

    >独り言は家ではバンバン言ってます。
    >先日は相手に言いたいことを、家に帰ってきてから一人で、気の済むまで言い続けました。
    >スッキリしました\(^o^)/
    >カウンセリングも、もしかしたら、本当は真智子先生に繋がりたいのを、脚本ちゃん(最近わかってきました)がさせないのかもしれません。
    >現実の私は、母が変わることはなく、愛情もないことがわかってても、脚本ちゃんはまだ諦めきれてないみたいで、ダメな私をしてることもあるので。
    >カウンセラーとの付き合いは始まったばかりですから、なんとも言えませんが、今後もしお願いすることになったらご連絡します。




    いせびあんさん
    中尾真智子
    > カウンセリングを申し込んだ時は初回に何故そんなに時間がかかるんだろうか?と半信半疑でした。今なら分かります。

    初回じゃなくても、8〜9時間かかる場合があります。初回は、ジェノグラムを書きながら気持ちが出ますから、8時間は平均かかっていますね。
    >

    > 自分で選ぶと言うことが実感できるようになって来た気がします。

    いつか「なって来た気がした」が「なって来た」に変わってゆくことでしょう。

    > もう少ししたらお願いできそうです。

    お待ちしています。^^

    すみれさん
    中尾真智子
    > >少し前、中尾相談室にカウンセリングを依頼しようとしたら、できませんでした。

    あららー。

    > >「誰にカウンセリングをしてもらうのか、が大事なのではなく、

    「誰か」は大事です。すみれさんは、相性のいい方に出会えたのでしょう。

    > >リアルでは最小限の付き合いで、しゅみれちゃんの気持ちを大事に+仲良くしているので、「アルプスの少女ハイジ」の人嫌いのおじいさんみたいになってるけど、今はこれでいいんだなぁと思っています(*^_^*)

    いろいろな段階がありますものね。^^


    よく分かります。
    いせびあん
    今、この記事を読むとよく分かります。

    カウンセリングを申し込んだ時は初回に何故そんなに時間がかかるんだろうか?と半信半疑でした。今なら分かります。

    楽に生きられてるなあと思える時としんどいなあって思う時と。

    でも、自分で選ぶと言うことが実感できるようになって来た気がします。

    もう少ししたらお願いできそうです。


    すみれ

    >少し前、中尾相談室にカウンセリングを依頼しようとしたら、できませんでした。
    >その時は切羽詰まっていたので、それでも自分なりに色々探して、カウンセリングを受けることができました。
    >初回は脚本ちゃん大喜びなカウンセリングになり、怒りをぶちまけた気がして、後日カウンセラーに聞きました。
    >カウンセラーからは、
    《この時間をどう過ごすかは、あなたの自由》
    と言われて、
    >「誰にカウンセリングをしてもらうのか、が大事なのではなく、自分がどこに進みたいのか大事なんだ。」
    と最近改めて実感しました。
    >リアルでは最小限の付き合いで、しゅみれちゃんの気持ちを大事に+仲良くしているので、「アルプスの少女ハイジ」の人嫌いのおじいさんみたいになってるけど、今はこれでいいんだなぁと思っています(*^_^*)




    風子さん
    中尾真智子
    > 待っていたんですよね。
    > チャイルドは、ずっとずっと、私が気付くのを、待っていた…。
    > こんなに近くにいるのに、全然気がつかない私を、それでもあきらめないで、待っていた。
    > 出会えるまでずっと。
    > そのことにようやく気付いて、どれほど私は自分をないがしろにしてきたか、チャイルドの苦しみがようやく分かって…号泣です。
    > 分かって欲しいのは、他の誰かではなく、この私なのだ、と。身にしみました。

    たくさんのインナーチャイルドが「わたしも」「わたちも」って出て来ますよぉ。^^
    未だに私も出て来ます。ああ、新しい気づき、ああ、新しい感覚ー大事に泣いて笑顔になります。たまに鏡に依頼しますが、ほぼ夫婦で鏡の役割をしています。同じ土俵にいられることに感謝しています。(^^)v

    待っていた
    風子
    待っていたんですよね。
    チャイルドは、ずっとずっと、私が気付くのを、待っていた…。
    こんなに近くにいるのに、全然気がつかない私を、それでもあきらめないで、待っていた。
    出会えるまでずっと。
    そのことにようやく気付いて、どれほど私は自分をないがしろにしてきたか、チャイルドの苦しみがようやく分かって…号泣です。
    分かって欲しいのは、他の誰かではなく、この私なのだ、と。身にしみました。

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    先日、妹と久しぶりに電話で話しました。

    その時に

    「昔、お姉ちゃん〜と思って話した時に、“親でもないのに”って言われたことがあって、哀しかった。」と言われて、はっとしました。そんなことを直接言ったなんて、酷い私です。
    ※いろいろ会話しましたが、このことだけを取り上げて書きますね。(妹が話した他の事は書きません。)

    ずっと、私の中には“親でもないのに”という言葉がいつのまにか住み着いていました。


    私「ごめんね。私自身の問題だったんだよ。私は、小学校1年から、年子のきょうだいのおむつを取り替えて、ミルクを作って飲ませて、隣の千葉医院に連れて行って二人の注射をさせて、そんなだったの。◯(妹の名前)が知らないことだものね。私と母の問題なの。」

    妹「そっかぁ。でも、お母さんは、いい姑の代表みたいな人だと思うよ。」

    私「◯はそう思うのね。◯がそう思うのはいいと思うよ。ただ、母と私、母と姉、母と弟たち、それぞれの関係は違うからさ、私にとってはしんどかったの。」

    妹「そっかぁ。それぞれだもんね。」



    妹たちは、私を母親だなんて思っていないでしょう。しかし、お世話する人という定位置におかれていたのは事実で、平日は給食があるけれど、土日や長期休みはお昼ご飯を用意するのが当たり前でした。そういう役割を与えて、両親は私を束縛してもいました。母は、互いに監視するように仕向けていたのです。上がどう過ごしていたかを下の子に探りを入れていた(面倒見ているはずが監視されていた)のですから、あの頃の何もかもにがっかりです。


    妹「それは、お父さん(私には養父)が、店にお母さんを縛っていたから。」と妹が言います。


    私も実はそう思っていたんですよね。無意識に、母を庇い続けていました。しかし、我が身を顧みると、母は、子どもの気持ちに寄り添っただろうかと。母も「お父さんが〜」と言いますが、お父さんの言いなりになっていたとしたら、母は自ら道具になっていたのです。そして、無意識に私を道具として使ったのでしょう。


    私「でもさ、◯もそうだし私もそうだけど、我が子のことを思ったら、夫と闘う場面もあったでしょう。譲れないこともあったでしょう。母も頑張ってほしかったよ。」

    妹「たしかにそうだね。」

    私「家に帰る前に、まず店に鍵を取りに寄るでしょう。誰かが先に帰ってても一度は店に寄るんだよね。あの束縛はいらないよ。」



    もちろん、小さい子だったら、“お帰りなさい”を言ってあげたいという親心と思いますが、私は高校生でした。店に必ず周り道してから、自宅まで帰る時間が本当に勿体なくて、限りある私の時間を無駄にしたくなかったです。



    妹「あれね。店の裏からそっと入るんだよね。あれで大変な思いをしたことがある〜。」



    そうそう。家族は裏から入るという決まりがあり、裏の鍵は閉まっているから、「トントン」と叩いて開けてもらう手はずが、なかなか開けてもらえず、冬の寒い中待っていたんだったか、ともかく大変な思いをしたらしいです。律儀過ぎる妹ですが、これが子どもなんです。素直に健気に親の言う通りにするんですよね。



    妹とのやり取りは、この辺までにしておきますが、“親でもないのに”は、姉に対してもありました。

    にぎやかな私のことは煩そうに冷たくあしらうのに、何かあると、「ねえ、まっちゃん・・・」と話しかけられました。子どもの頃は、ふだん冷たい姉が声をかけてくれるから、嬉しくて役に立ちたくてうきうきしていました。

    しかし、高校生の頃、姉も家を出てから、家事手伝いが私の肩にずんとのしかかり、末の弟が早産で病気がちだったので、熱を出すと学校を休んで看病をして、危なく落第する二年間を過ごしました。(姉がいるころは、半分ずつでした。)
    もう引き受けられない、という思いで家を出ましたが、一人暮らしの部屋に、姉が突然来ては「あのね。そのね。」と話してゆく。「突然来ないで。」と言いながら、結局は聞いてしまう。他人がいると、姉としての凛とした姿を崩さないのですが、私と二人だと、とっても素直な傷だらけの姿を見せるのでした。
    しんどくなると“親でもないのになぁ”と思っていました。



    そういえば“親でもないのに”は、叔母に対してもありました。

    一人暮らしを始めたら、「遊びにおいで」と誘われました。おいしいお酒とつまみとご飯があるのと、叔母と結婚した叔父さんが、えくぼがあるからと「ペコちゃん」と呼んで私を気に入ってくれました。
    叔父が帰るまで、愚痴を聞かされるので、だんだん行かなくなりましたが、その愚痴は、親でもない姉(私の母)に対して「してもらえなかったこと」でした。働き手の姉(母)が父親役になったのでしょうが、過去の不満を姉の娘である私に聴いて欲しがる叔母。私は、母じゃないし、ましてや“親でもないのに”




    “親でもないのに”
    ほとほと、困ったことで、そう言いながら、脚本はせっせと親のかわりに色々なことをしてきました。このことをてんこ盛りでおもしろおかしく書きたい衝動が湧くけれど、傷つく身内がいるかもしれないのでやめておきます。同じ事実でも、私側の思いと他の人の思いは、少し違ったり、時には正反対のこともあるかもしれませんから。それはそれで良いのです。
    問題は、私の生き癖ですから。



    “親でもないのに、なんで私がこんなことを”
    これは、私を使い続けたあの両親にも言いたいことでした。
    いえ、一番に母に言いたいことだったのです。


    私は、母の親じゃないのに・・・。



    全く、どこまで母親を守ってるんだろうねぇ。

    参照:怒りで隠して、母を守り続けた私の脚本



    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    心のコップがいっぱいの親御さん
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領を熟読戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2013/07/05 17:03】 | 人生脚本
    【タグ】 人生脚本  脳内親  無意識  インナーチャイルド  脚本チャイルド  
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    マユミさん
    中尾真智子
    以前のコメントが検索で見つかりました。

    > 離れていた子供たちの中で、長女が県外の短大へ行きました。
    > そして、今日メアドを教えてくれたんです。

    おめでとうございます♪

    > ずっと自分と向き合い、自分のチャイルドと繋がれるようになり、大切に出来るようになったこのタイミングで、我が子と繋がれました。
    >

    良かったですね。嬉しいですね。^^

    > 記事と関係ない内容で、すみませんm(__)m

    勇気を出して書いてくれたのでしょうか。ブログ「まほろば」の関連コメントですから歓迎です。

    記事へのコメントではないのですが
    マユミ
    少し報告をさせていただきます。


    離れていた子供たちの中で、長女が県外の短大へ行きました。
    そして、今日メアドを教えてくれたんです。

    ずっと自分と向き合い、自分のチャイルドと繋がれるようになり、大切に出来るようになったこのタイミングで、我が子と繋がれました。

    記事と関係ない内容で、すみませんm(__)m


    すみれさん
    中尾真智子
    > >今やっと、幼い頃の気持ちを癒すことができます\(^o^)/

    たくさんのインナーチャイルドがいることでしょう。^^


    お世話する人
    すみれ


    >私も、妹たちや両親にはわからないことだけど、物心がついた頃から、お世話する人をしてきました。
    >「言わなくてもわかるでしょう?」が口癖で、聞いてはいけなかったので、周りをみて何をしたらいいか、常に妄想してました。
    >ご飯の支度、家事、家業の手伝い、妹たちの面倒(妹たちの面倒をみることは、両親の願いであったとしても、これはさすがに、余計なお節介でしかなかった、と今は思います。)
    >幼い頃から、もしかしたらやらなくても良かったことを、仕方ない、とずっとやっていました。
    >なので、今は、必要以上は何もしないことにしました。
    >今やっと、幼い頃の気持ちを癒すことができます\(^o^)/




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