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    家族カウンセラーの想いつれづれ
    自分自身を赦すとき

    すべてを赦す瞬間に出会う
    自分自身の愛に出会う

    それは、意図して出来ることではない

    訪れるときに訪れる

    ひたすら、自分の気持ちを拾い上げて

    悪魔のような気持ちさえ、そっと痛ましく抱きしめて

    そんな思いを抱かなければならなかったことを

    やさしく泣いて

    激することもなくなり

    興奮もなくなり

    ただ、しずかな感情の流れを見守れるようになり

    ある日、訪れるのかもしれない





    ああ、ありがとう

    全ての善悪に生かされて

    育てられて

    生き延びた自分があるのだ






    言葉で言うのは簡単

    ほんものかどうかはいずれわかる

    まがい物は、饒舌

    可愛らしいお喋りとは違う

    饒舌に語って賞賛を浴びたがる

    語って酔いしれる

    そんなところには愛はない






    頭の中になんかない

    自分の外にもない

    一足飛びで前世を知りたがる人

    魂の声を聴きたがる人

    自身が苦しんで自律に辿り着くのだから、さぼっちゃだめよ

    前世がどうだったとか、自分を納得するのにはとてもいいと思う

    けど、今を生きている自分を前世のせいにしていられない

    地に足つけて生きようねって思う

    こころから思う




    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
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    【2013/09/19 23:44】 | 自律
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  
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    こうめさん
    中尾真智子

    > あれから、仲のいい古株サンに、意見があったらバシッと言ってももいいんだよって言われて、そう思えただけで気持ちが軽くなって、あれ以降嫌な思いをする事もなければ、逆にウルさかった人にもいくらか認めてもらえたり、気付けば何だかみんな丸く収まっていました…(・ω・;)

    こうめさんの中で「意見を言ってもいい」許可がおりて、気持ちが軽くなったのですね。^^

    >
    > ズルとか意地悪とかそういう偽物の強さじゃなくて、背筋がスッと伸びているような芯のある強さに惹かれます。

    ズルや意地悪は自分と向き合えない弱さかも。人のせいにしない人は芯があって惹かれます。



    こうめ
    すみません、この前はちょっと興奮してました(汗)

    前に別な職場でお局サンにされた意地悪と状況がダブってしまって、すごく嫌!って気持ちが先に立ってしまっていました。
    あれから、仲のいい古株サンに、意見があったらバシッと言ってももいいんだよって言われて、そう思えただけで気持ちが軽くなって、あれ以降嫌な思いをする事もなければ、逆にウルさかった人にもいくらか認めてもらえたり、気付けば何だかみんな丸く収まっていました…(・ω・;)

    ズルとか意地悪とかそういう偽物の強さじゃなくて、背筋がスッと伸びているような芯のある強さに惹かれます。

    こうめさん
    中尾真智子
    > 仕事をしていても、そういった事を感じる今日この頃。同じミスをしても、私ならこれ見よがしに怒っても(叱って、ではありません)いい、他の注意しづらい人にはあんまり強く言わない(言えない?)とか。ただの被害妄想かなって何年も思っていたのですが、監察しているとやっぱりそうじゃないみたい。昨日は「ちょっといい加減にしてくださいよ」って雰囲気を醸し出してみたら少し大人しくなりましたが、自分に隙があるんだろうなと思います。必要以上に言われない人を見ていると、なんていうか良くも悪くも自分の感情に素直なように見受けられます。私は逆らうことは悪いことって言葉と暴力で教え込まれてしまって、それが出来ない。ぐっと飲み込んでしまうから、相手は図に乗る。

    これらは、観察しながら思考していますね。

    > ちょっと、強い人をお手本にしてみたいと思います。

    う、うーん。それはいいのか悪いのかわかりません。が、こうめさんの“気もち”を、まずは自分自身で感じてあげることかなと思います。



    こうめ
    >こうめさんが侵入を許しているとも言えそうな気が。
    ズバリ、そうなんだと思います。
    仕事をしていても、そういった事を感じる今日この頃。同じミスをしても、私ならこれ見よがしに怒っても(叱って、ではありません)いい、他の注意しづらい人にはあんまり強く言わない(言えない?)とか。ただの被害妄想かなって何年も思っていたのですが、監察しているとやっぱりそうじゃないみたい。昨日は「ちょっといい加減にしてくださいよ」って雰囲気を醸し出してみたら少し大人しくなりましたが、自分に隙があるんだろうなと思います。必要以上に言われない人を見ていると、なんていうか良くも悪くも自分の感情に素直なように見受けられます。私は逆らうことは悪いことって言葉と暴力で教え込まれてしまって、それが出来ない。ぐっと飲み込んでしまうから、相手は図に乗る。
    ちょっと、強い人をお手本にしてみたいと思います。

    こうめさん
    中尾真智子
    > ホントにそう。出し抜かれたり、裏切られたり、もう沢山。それを悔やんでいる時間すら勿体ないですね。理屈では解っていても、気持ちがついてこないのが辛いところですが…。

    ゚(¨)(. .)(¨)(. .)

    > 他愛のないお喋り、いいですね。何だかキラキラしていいなーって。最近、「気楽な会話」が出来なくて。皆さん「忙しい」らしく、「何かあった時」じゃなきゃ話しかけちゃいけないって雰囲気で、メールや電話といえば先方が愚痴りたいときに来るか、こちらが業務連絡みたいな感じになるか。いつしかそういう時以外話しかけちゃいけないような気がしてしまって。

    「皆さん」が「忙しいらしい」と感じているこうめさんは、「業務連絡」以外には話しかけちゃいけないと思うのに、「皆さん」は「愚痴」の「メールや電話を」よこすのですね。こうめさんが侵入を許しているとも言えそうな気が。


    ももさん
    中尾真智子
    > 返ってきましたー。怒りをぶつけるのは良くないかも、、、とやっとわかった気がします。半沢直樹、涙をためながら怒ってるところにジーンとしてました(^^)

    半沢直樹は、劇画と言ってもいいほどの魅せ方でしたね。最終話だけは夫も一緒に観ました。^^


    こうめ
    >嘘で語る人も一生懸命自分を守っているのでしょうけれど、日常でおつきあいするには時間(=命)が惜しいですね。

    ホントにそう。出し抜かれたり、裏切られたり、もう沢山。それを悔やんでいる時間すら勿体ないですね。理屈では解っていても、気持ちがついてこないのが辛いところですが…。
    他愛のないお喋り、いいですね。何だかキラキラしていいなーって。最近、「気楽な会話」が出来なくて。皆さん「忙しい」らしく、「何かあった時」じゃなきゃ話しかけちゃいけないって雰囲気で、メールや電話といえば先方が愚痴りたいときに来るか、こちらが業務連絡みたいな感じになるか。いつしかそういう時以外話しかけちゃいけないような気がしてしまって。
    健全じゃないなって思います。


    もも
    返ってきましたー。怒りをぶつけるのは良くないかも、、、とやっとわかった気がします。半沢直樹、涙をためながら怒ってるところにジーンとしてました(^^)

    ももさん
    中尾真智子
    > 夫に怒りをぶつけて、悶々としていましたが、自分をゆるします!

    元気のいい宣言ですね。w(゜o゜)w
    ですが、ぶつけたい怒りは自分のものだから、相手にぶつけたら「倍返しだー(半沢直樹)」と戻って来るような。「悶々」こそが向き合いたいところかな。




    こうめさん
    中尾真智子
    > 頭で考えた言葉と、心から発した言葉は違いますね。嘘を綺麗な言葉で飾れるだけ飾ってる人と、今まで何人もすれ違ってきました。正直、苦手です。

    嘘で語る人も一生懸命自分を守っているのでしょうけれど、日常でおつきあいするには時間(=命)が惜しいですね。

    > 可愛らしいおしゃべり、最近聞いてないなぁ…

    あのね、こないだね、小学校の友人と担任だった先生に40年ぶりに会ったのー。87歳になってたの〜。せんせいったら生徒のこと一杯覚えていたのね。憧れの先輩が近くでパスタ屋さんを開いてるって聞いて、きゃっほーだわよ。その後、友達と二人で行ったの。先輩はいなかったのだけど、2号店の開店で頑張ってて、お店にお電話下さったの。受話器を渡されて感動だったよ〜。背は170もないけど、バスケットのレギュラーなの。なんでかって、ドリブルが素晴らしいの〜。きゃーきゃー!
    でもね、本当はその先生の事ずっと苦手だったの。勉強しろってうるさいしね。けど、親も言わない言葉を先生は言ってくれていたのね。高校を落ちた時、すーっと先生の顔が浮かんで、初めて本気で勉強したのね。その後も、先生の他の言葉や姿勢が浮かんでは私を支え続けてくれたの。先生は知らないけど、私は感謝で一杯なの〜。
    (たわいないお喋り編でしたぁ。)

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    ーカウンセリング現場より感じることー




    ひとは課題をクリアすると、螺旋の階段を登る

    課題から逃げると登れない



    一周した時に、同じような課題がやってくるので、何も変わっていないように感じるが

    逃げた人は同じ場所に戻ってくる。

    取り組んだ人は、一段上に登っている。





    上に登るということは、その課題に取り組む時に、自分の内側に潜るということだ。

    つまり螺旋の階段は、下にもあると想像してほしい。

    課題に出会ったら、意識の螺旋階段を降りる(潜る)ことになる。

    そして変化が起こり、

    気がついたら、螺旋の階段を登っている。

    潜る方に意識を取られて、登った自覚が無い方が多いのはないだろうか。

    逃げ続けたら、同じ場所でぐるぐるしているブラックホールになってしまう。

    (多くの皆さんが、ハラスメントは、過去と変わらぬ同じところで、同じ世界観で、変わらぬ文句を、ずーっと言っているのを体験されているだろう。)






    上に下に

    ふたつの螺旋が動いていると私は感じる。

    より膨らんで、まろやかに、変化(進化)しているように感じるのだ。





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    【2013/05/27 05:59】 | 自律
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    ももさん
    中尾真智子
    > 潜った分だけ上れるのですね(≧∇≦)じっくり潜ってきまーす♪

    誰でも持っている負の部分、自分にないわけないから、潜って抱きしめてあげてくださいね〜。^^

    ありがとうございます(*^^*)
    もも
    潜った分だけ上れるのですね(≧∇≦)じっくり潜ってきまーす♪

    ももさん
    中尾真智子
    > 娘&息子の学校行きたくない!がはじまってイライラと不安がでてきました~。ちょっとわたしとむきあってきます!螺旋を乗り越えるぞー(^O^)/

    \(^o^)/オー!!潜った分だけ螺旋の上に〜♪

    螺旋がやってきた♪
    もも
    娘&息子の学校行きたくない!がはじまってイライラと不安がでてきました~。ちょっとわたしとむきあってきます!螺旋を乗り越えるぞー(^O^)/

    すみれさん
    中尾真智子
    > >怒りの感情を口に出し続けたら、寂しい気持ちや哀しい気持ちがたくさん出てきました。
    > >そのまま泣きました。

    ゚(¨)(. .)(¨)(. .) ウンウン

    > >エンプティチェアやってみましたが、うまくできませんでした。

    一人では難しいですね。

    > >でも、今まで付き合いのあった人、今も付き合いがある人に、共通するところがわかりました。
    > >わかっても、次の瞬間スルッとわからなくなることがあります。

    ゚(¨)(. .)(¨)(. .) ウンウン
    > >忘れたころに、人のせいにする気持ちがわいて、あれ?と気付くこともあります。
    > >諦めないでやっていきます。

    自分を諦めない。(^^)b



    すみれ

    >怒りの感情を口に出し続けたら、寂しい気持ちや哀しい気持ちがたくさん出てきました。
    >そのまま泣きました。
    >エンプティチェアやってみましたが、うまくできませんでした。
    >でも、今まで付き合いのあった人、今も付き合いがある人に、共通するところがわかりました。
    >わかっても、次の瞬間スルッとわからなくなることがあります。
    >忘れたころに、人のせいにする気持ちがわいて、あれ?と気付くこともあります。
    >諦めないでやっていきます。




    すみれさん
    中尾真智子
    > >約2年前は怒りを自覚してなかったのですが、今は自覚できるようになりました。
    > >今までだったら、嫌なことがあれば友達と愚痴の言い合いだったかもしれませんが、今はしていません。

    嫌な気持ちを自分で口に出してみると、怒りの奥の傷に触れるかも・・・。


    ももさん
    中尾真智子
    > 逃げると同じところをぐるぐるということは、乗り越えるチャンスはまたやってくるということですね(≧∇≦)ちょっぴり怖いけど、楽しみなわたしです(^^)

    何度でもチャンスがやってきますね。ありがたいことに何度でも何度でも。^^



    すみれ

    >病院に通院していた時の、担当だった臨床心理士から、螺旋状の成長について言われたので、改めて思い出しました。

    >約2年前は怒りを自覚してなかったのですが、今は自覚できるようになりました。

    >怒りの処理がうまくできなくて、悔しかったりしますが、自分では前より人間臭くていいかなと思ったりします。

    >今までだったら、嫌なことがあれば友達と愚痴の言い合いだったかもしれませんが、今はしていません。

    >自分では成長しているように思えませんが、少しずつでも成長していけたらいいなと思います。




    螺旋階段って面白いですね(^ν^)
    もも
    逃げると同じところをぐるぐるということは、乗り越えるチャンスはまたやってくるということですね(≧∇≦)ちょっぴり怖いけど、楽しみなわたしです(^^)

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    親子、夫婦、恋人、友人、ママ友、役員、職場仲間、エトセトラ・・・
    人は一人で生きていませんね。

    そして、時には、思いがけない意見の「衝突」が起こったり、衝突を避けるために「我慢」をしたり、同じく相手に合わせたり、その場をおさめるために「取り繕ったり」することもあると思います。

    そんな時は、時間差で、怒り(憤りや不満や悔しさや色々な負の感情)が増幅することがあります。

    「衝突」したらすっきりするかと思いきや、後から後から、言われたことに傷つきます。言ったことは忘れてるか、過小評価して相手の傷より自分の傷が深いと思い込みます。
    「我慢」は、まさに後からじわじわと来ます。我慢に気がつかない場合、めまいや食欲不振やうつ状態など、体に来ます。
    「その場を取り繕ったら」、これも複雑な思いを抱きます。本当の自分がわからなくなることさえあります。



    なんで、こんなことが起こるかというと、置いてけぼりにされたその時の心が、放置されたままだからではないでしょうか。

    この心を放置し続けたら、同じことを繰り返します。
    対象者を変え、場所を変え、似たようなパターンの生き癖を脚本どおりに毎度まいどやってしまいます。




    そこで、私が棚卸し中によくやったことを提案してみます。

    今は便利なものがありますね。
    携帯メールです。

    対象者に言いたいことを書いて、送信しないで保存するのです。書きたいことが山ほどあればそれをいくつも書いて保存します。

    ※うっかり送信しないように、タイトルに「(対象者の名前)様へ」と書いて、アドレスは入れないことが肝心です。怖いことに、脚本ちゃんは、うっかり送信しかねないですからね。多くは、親より不幸になる人生脚本を持っている皆さんなので、ここはとっても大事です。

    時間をおいてそれを見ます。

    一度外に取り出して、眺める、何度でも、時間をおいて眺める。自分の問題と受けとけることが出来たものから削除してゆきます。苦しくて聴いて欲しいと思ったら、対象者ではなく、専門家を頼りました。



    私がこれをやってみて思ったのは、本当に伝えたいことはわずかだったり、伝える必要がないものばかりでした。


    こんな風に一度取り出して見つめなおしてみるまでは、その場に囚われてしまって、囚われているようで、実は自分が執着していること(無意識)に気がつかないのです。
    不満、憤り、悔しさなどが増幅させたもの(怒り)に取り囲まれて、自分の中の本質さえも見失ってしまうのです。


    どうか、傷つきすぎないでください。
    どうか、巻き込まれすぎないでください。

    自分と他人の境界を、しっかり持ってください。

    自分が、自分の気持ちと向き合ううちに、進む道はみずからで選び取ってゆくことでしょう。
    応援しています。





    心のコップがいっぱいの親御さん
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    【2013/01/15 16:27】 | 自律
    【タグ】 人生脚本  メール  棚卸し  無意識  
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    ありがとうございます。
    すみれ

    >早速やってみました。

    >今まで手帳やノートに書いていましたが、少しでも時間が経ってしまうと、イライラしているのに面倒だ…と書かなかったりしたので、携帯メールは良かったです。
    >自分の気持ちを、自分の中から出してあげると、相手に伝えなくても、自分が認めるだけで、楽になるのがわかりました。




    パターンから抜ける
    チエ
    決めつけたような言い方が

    頼みもしないのに土足で
    はいってくるような言い方が

    だいきらい

    これ、されちゃうと
    ついつい誤解されたくなくて
    長いはなしになる

    で、決まって、ウザい
    と言われ、なんで察してくれないの、と
    神経や人間性を否定されてしまう

    わたし、
    わたしではないものと
    レッテルがついているのが、わかるから

    苦しくて息が出来なくなる

    それで、長い話をしていた


    、、、怖かった、拒絶否定が怖くて
    仕方がなかったんだ、と気づきました

    それから、英司先生、おだいじに

    やってみます。
    いせびあん
    人と接しているとき,むっとするのに言葉が出てこなくて後からああ言えばよかったとかこうすればよかったと思うことがよくあります。

    小さい頃から我慢してきたせいかなあと思ってきました。

    やってみます。そうですね。自分がしがみついているんですよね。

    中尾先生の調子がよくなっていますように。
    真智子先生もお体ご自愛ください。

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    「運命なら泳いでみせましょう」―そして、輝け!

    暑い男が暑い部屋で暑い思いでテレビを見ていた。
    暑い女が暑い部屋で旅の準備をしていた。

    同じ部屋なのに違う世界で、とても平和にマイペースに過ごして心地良いです。また、暑くて夫が切ってくれたスイカにお塩かけて食べたり、遅いお昼は私が塩を利かせたおにぎりを作ったりして、逃した塩分を水分とともに補給していました。

    冒頭で紹介した『24時間テレビ』に札幌の会場に初めて一円玉を溜め込んだ元彼(夫)の募金に行ったのはもう30年以上前です。
    長寿番組ですねー。
    色々言う人もいるようですが、頑張っている人がいて、勇気を貰う人がいて、それはそれでいいんじゃないかなと思います。

    私は、西条秀樹さんの時は釘付けでした。リハビリでここまで出来る、意思と決意で黙々と、地味に黙々と、誰も見ていないところで黙々と日々苦しみや痛みと付き合うのです。

    棚卸しの自分を思い出しました。
    ただひたすら、黙々とした時間を作っていたなぁ。


    ★気がついたらともかく一人になること------------------------------

    最近も思いがけない自分のぶれに気がついてあえて孤独に踏み込みました。そのぶれは思いもかけず源家族の中での深い傷元でしたが、始めはそこまでわかりませんでした。

    一ヶ月は夫にも心のうちを見せず、朝には懐かしい絶望感や悪夢の後の脱力やらに襲われました。
    傷元がわからなくて、あがいたりしました。
    疲れたので、放置しました。

    ふと別の「なぜ」を思ってみました。やらかしたことの意味の奥が深いようなので、見つからなくて苦しいばかりなので、目先を変えてみたのです。




    ★自分の過去の傷に気づくまで記憶をさかのぼる----------------------

    ・なぜ、私は、虐めに対して殺意に近い感情まで沸くのだろう。
    集団の虐めにあった経験がないのに、見かけると気が付いたら渦中で戦っている「なぜ」


    ・なぜ、私は、影で嘘ついて人を陥れたりする人をこんなにも軽蔑して許しがたいと思うのだろう。
    会社の先輩が私について嘘の噂を流していると知って以来、彼女が退職するまでの数年、必要最低限の会話しか交わさなかった。すぐに異動になったのでほぼ会話はなくなったようなものだ。
    彼女はとうとう一度も謝らなかった。
    私に真実を確かめたくて聞いてきた人には事実を話した。
    どちらが嘘か真かおのずとわかるのだろう。
    気が付いたら仕事がしやすい人びとが周りに増えていた。


    ・なぜ、私はその先輩の嘘を暴かなかったのだろう。
    彼女が退職した後も、聞かれない限りは一切封印するように語らなかった。同じことをして自分を貶めたくない、それもある。
    が、彼女の嘘の噂で周囲の信頼を一時は失ったのだ。そうまでされて守るような相手じゃないのに、先に彼女の痛みに気付いてしまって、許せないし許さないけど嘘の噂を耐え続けた意味の「なぜ」


    ・中高生時代、噂で人を判断することが嫌で、私が相対して見て感じたものを頼りにして付き合った。過去に「虐めたあいつが嫌い!」という子の気持ちに同感しつつも、「俺は、嫌なやつだったんだ。」と寂しそうにぼやいた彼を責める気持ちになれなかった。どちらも傷を持っていて、どちらも私の友人。許せないのは虐めという行為だった。


    ・小学校高学年の終了式で次に会うのは新学期という日に、一人の女子がからかわれていた。とても書けない内容で大勢にからかわれていた。先に帰った数人の女子と男子全員は知らない。その時に私は「やめようよ。」と言った。すぐに「生意気」「いい子ぶって」「ふん!」「あっかんべー」と帰って行った。
    二人だけで残されたが、私はちっとも揺るがなかった。虐められるかもしれない、とか想像する以上に、「許せん!」という気持ちが強かった。この時私を虐めた子がいたら、ぼこぼこに仕返ししていたと思う。良かった、虐められなくて。


    ・小学校高学年、マ○ヨという名前の子が、嘘つきで人の悪口ばかり言うので嫌われていた。卒業式の練習の時に、唐突に誰かが「わたしマヨネーズ嫌い」と言い出して、他の女子も「私も嫌い」「私も」と笑っていた。「真智子も嫌いだよね。」と言われた時はむっと来て、「マヨネーズは嫌いじゃないよ。」と言った。「え?マヨだよ?」と確認するように言ってきたので、「サラダにつけておいしいよ。」とか言って、しらけさせたのを覚えている。嘘つきで陰口を言う彼女は嫌いだけど、集団虐めはもっと嫌い。


    ・小学校中学年、男子を舎弟みたいに操って女子を虐める陰の首謀者○○君をじっと見た。ただ、じっとまっすぐ見ていた。そのうち彼は「あいつを怒らせたら怖いから、あいつは止めろ。」と言った。
    私が怖いだと?お前が女子をどれほど怖がらせたか。お前だけは許さない!という思いだった。あの時の感情は暴走させたら怖い感情だと自覚している。


    ・小学校1年生、「お前のお父さんって生きてるの?死んでるの?」と苦労知らずに見えるお坊ちゃまが、好奇心をむき出しに興味津々の噂好きのおばさんみたいに聞いてきた。子どもながらに、傷ついた瞬間を感じながら、「お父さんは覚えてない。大人のことだから私は知らない。それが何か○○君に関係あるの?」と、堂々と言いきった。たじろいだ彼は二度と言わなかった。


    私は普段はおとなしい平凡な生徒で目立たなく(見えるように)普通に(見えるように)過ごしていたのだ。家庭環境が複雑なことからの自営手段だったのだろう。しかし、こうして振り返ってみると、なぜか、いじめの場面を目撃すると気が付いたら周りも驚くような言動をしていた。




    ★気づき1:「許せない怒り」の源----------------------------------

    負けるが勝ち~くらいに思って生きていた私が、なぜあんなに許せないのか。これまでも気にかかっていたのだけど、なかなかその大元に辿りつけなかった。

    しかし、まさか!?という封印した思いがあったことに気がついた。

    一番最初に受けた虐めの記憶は、よくある話だが姉だった。
    そうとう小さい頃だが、しかし姉を許した。
    姉の哀しみを察知してしまった小さな私は許すしかなかったのだ。

    誰にも言いつけずに一人で抱え込んで涙も見せないで我慢したのだ。
    4~5歳の記憶にぽつぽつとある姉からの仕打ち。
    その後もずっと許し続けていた(つまり、我慢し続けていた)。

    けれど、自分の痛みにまで目をつむっていたのだ。
    その痛みを感じ始めたら、涙が止まらなかった。

    喧嘩をしても途中で手を緩める私は、許すことで姉を大事にしたかった。
    けれど、自分を癒すことをしてないから虐めに対しての押し込めた怒りが沸いて来たのだろう。許せないという思いを抱えていたチャイルドと一緒に。

    子どもだったから出来なかった癒しを今なら出来る。
    それからは、時間があればチャイルドの癒しをした・・・




    ★気づき2:私の役割-----------------------------------------------

    ここで、相方にやっと打ち明けたのが一ヵ月後である。
    彼の俯瞰した視野からは、「姉の後ろにいるお母さんを庇い続けているように見える。」という。

    「姉を責めないのは、その奥にいるお母さんを責めたくないから」
    「お母さんを庇うために、姉を許さなければならなかった」

    え?? そんなことがあるだろうか?

    自分の中で検証してみた。
    頭で考えても、そんな気がしなかった。

    数日は放置してみた。
    わからないところでぐるぐるしたら、ぐるぐるから抜けるために離れる。

    その後、不意にある光景が浮かび、
    ああ!私はこの人たちをずっと見守っていた!! 
    と、思い知った。

    私は、親の親をやっていたんだ。
    そして、親の親をやるってことは、親の背負ってるものを肩代わりするってことで、ここには書けない色々を背負っていたことにしみじみと納得した。

    私がぶれたのは、代償行為の依存が起こっていたからだと気が付いていたけれど、その本質がやっと見えた。




    ★気づき3:本当に守ってきた(助けたかった)のはお母さん-----------

    本質が見えてほっとして過ごしていたら、ある日、さらに幼い記憶が感情を伴って湧き上がってきた。まるでドミノだ。
    2歳頃のある光景―私は祖母に連れられて劇を見ていた。舞台には母がいて、そして倒された―

    ぬぉ~~!!と全身に総毛立つ怒りが走った。

    ああ。この「ぬぉ~(怒)」と湧き上がる感情だ!
    これだ!!

    庇っていたのは、母だった。
    2歳の私が「助けたい!」と思ったのは母だった。

    子どもはこんなにも健気に親を愛し、親を守り生きているのか!

    この時、遠い舞台に向かって「カタチキ(仇)とってやる~」と叫ぶ私は、大慌ての祖母に抱えられて外に出されたのだ。
    私は、助けたかったけど助けられなかった無念の物語の続きを、懸命につむいでいたんだなぁ・・・。




    ★気づき4:「許せない怒り」の源の源-------------------------------

    ふと、相方が言った。
    「子のことを思うなら、そんな場面を見せないでしょ」

    あぁ―・・・・・
    パズルがはまった瞬間だった。


    私は、この頃から既に親を見守る役(親の親)をやっていたのだ。無意識の母は私に自分を見せたかったからこそ、2歳にしてその光景を見る羽目になったのだ。

    つまり、そんな思いを抱かせた張本人は、
    母だ!!

    母だったんだ・・・・


    あの総毛立つような怒りは、今の今まで母の相手への怒りだとばかり思っていた。けれど、劇は劇だ。2歳の私にはそれをわかっていた。その場面が来るまでは普通に見ていたのだから。見ている内に引き込まれもしたのだろう。

    ―想うに、あの怒りは、理不尽な思いをさせられたことへの怒り。
    理不尽な悲しみを味あわされた“真智子ちゃん”の仇をとってやる!という怒りではなかったか。そして、何もせずに、それを見ている、その“場”全体への怒りではなかっただろうか。




    ★気づき5:「人を追い詰めてはいけない」戒律の根-------------------

    しかし、その母への怒りを封印するために、私を土俵に乗せた母と祖母を無意識に許さなければならなかった。
    そして、怒りを封印し続けるためには、「私の役割」と「母の仕打ち」に気づいてはいけなかったのである。

    ここで私は綱渡りをすることになってしまった。

    卑怯な行為、特に大勢で一人をいじめるような行為―これには、「カタチキとってやる~」のチャイルドが反応して、「絶対に許せない!」という怒りが湧く。

    そして、その相手に怒りを吐き出してしまった場合、“次”の怒りが出番を待っている―それは、母への怒りだ。

    だから、母への怒りを自分に気づかせないためには、許せない相手に対して、とことん追い詰めるような復讐をしてはいけなかったのである。

    私が「正義感が強い」とか、「罪(行為)を憎んで人を憎まず」と言われたり、人をとことん追い詰める行為を嫌ったのは、自分が母への怒りに気づきたくなかったからだ・・・

    それを私は、「不当な虐めや卑怯さを許せない自分が同じことをしたら同じ人種に成り下がる!」と思っていた。

    違う。
    母に怒らないのなら、相手に対しても怒ることはできなかったのだ。
    母を許すなら、相手も許さなければならなかったのである。

    自分は、すべての怒りを抱え込みながら・・・




    ★気づき6:大元は母親----------------------------------------------

    これらをやっと夫に話せて、ふと見ると夫は涙を流していました。

    それまで、彼は仕事場の代表で先輩だけど、やはり夫という立場だから私も彼をカウンセラーとして頼る気持ちになれませんでした。

    今回も痛感したことがあります。
    他人に怒りを感じたり、
    気も狂わんばかりの憎悪を感じたり、
    貶めてやりたい、とか殺意とかの感情が沸いたら、
    「大元は母親だ」ということです。


    相談者さんが、たまにこちらの何気ない言動に対して怒りをあらわにすることがありますが、そこにも親への怒りが隠れています。が、人のことはよく見えますが、私自身、ここまで深いカラクリの中で生きてきたことには気が付きませんでした。

    これも、洞察してくれる相方がいてくれたので、深まりました。
    一人では難しかったなぁと今も思います。

    自分のことが一番難しい。

    今は夫婦二人がそれぞれで歩いているので、厳しい鏡になりながらお互いに感謝しつつ過ごせています。




    ★気づき7:友人への依存--------------------------------------------

    友人にも感謝です。
    いつの間にか、その友人を母親に据えていたことにも気がつけました。
    依存だと気が付いて、すぐに離れました。
    てぃへんだ~と緊急救難信号が鳴っているので、とにもかくにも距離がいる。

    ある日とても呼吸が浅く苦しくて泣きそうに壊れそうになったとき、友人を思い描いてみました。
    私の話を聴いてくれた時の穏やかな思いやりに満ちた雰囲気、おおらかでゆるがない存在、信頼している私、それだけで呼吸がラクになりました。妄想を活かすと凄いですよ~。

    こういっては厚かましいかもしれませんが、これは私が私を信じているから起こっていることで、そうじゃなければこんなことは起こりません。
    そして、その信頼は自分だけじゃなく相手の存在への信頼にもなっています。



    ある日は、カラオケにこもって子どもみたいに泣きました。

    こんなにもこんなにもこんなにも、
    私は母に認められたくて母の代理をしてきたのか、
    と泣けて泣けて電話をしたくなりました。
    その瞬間に

    ああ、求めた(実際の母親じゃない理想の)母親を投影していたのか、と気が付きました。

    私はどれだけ母親を大好きなんだ!?
    母親だと思わせないように、母親を慕う脚本。

    凄まじい脚本ちゃんを抱きしめる。
    もうとことん抱きしめることにしました。




    ★脚本ちゃんは自分が認めて許して愛して感謝するまで離れない---------

    最後の最後はいつも一人で孤独の中で仕上げてゆくなぁと実感です。
    依存が何かしら起こってる時は、誰かの手を掴んだら持っていかれるか、こちらに引っ張りこんでしまうんです。
    どちらにしても悲惨です。

    大事なら、なおさら一度は離れる必要があります。
    しがみついたら先にゆけません。

    夫婦である私と相方も、別々に棚卸しをしています。
    時には鬼のように感じますが、どちらもその結果を知っているから、片方が家にいたら片方は外でお一人様でした。

    今「仲良しですね。」と言われるけれど、ここまで来るのには死ぬほどの思いでした。昔は何度「死にたい」が出てきたことやら。
    それでも、私は明るい未来を生きたかったし、これからも生きたいです。

    苦しいけど、執着に気が付いたらすぐに手放す。
    それは、もう当たり前のこと。

    夫婦や仲間でそれが起こったら、修正するために一度は離れるのはお互いのためです。

    自分や他人に殺意を向けてまで棚卸しを邪魔するIPと脚本のタッグは強いです。この脚本ちゃんを抱きしめない限り終わらない旅が続きます。
    今後も出てくるでしょう。楽しみです。




    ★私は私の運命を泳ぐ----------------------------------------------

    ただ粛々とお互いのために離れることは勇気と決意が必要です。
    相手のことを引き受けない。
    相手の成長の邪魔をしないし、私の成長の邪魔もされない。
    あなたのため=わたしのため、天秤はつりあうのです。


    北斗さん家族のマラソンも同じ。
    一人ひとりで走って、お互いのためになっている。
    お互いを助け励ましている。

    まずは気付いた自分から傷つく勇気を持つのです。
    辛くても寂しくてもわずかな執着が大きくなる前にその手を放すのです。お互いの成長の邪魔にならないように。



    私は私の運命を泳ぐ。





    アサーティブなあり方
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    中尾相談室の方針
    私専用相談申込(女性のみ)



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    【2012/09/24 10:00】 | 自律
    【タグ】 虐め  脚本ちゃん  インナーペアレンツ  インナーチャイルド  自律  
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    しょうこさん
    中尾真智子
    > さっそくやってみます。とてもいいですね!

    ぜひぜひ〜。

    > まず、「一人になってみる」「傷に気づくまでさかのぼる」を時間をつくりやってみます。
    > もう行動で誤魔化すのはやめます。五感を閉ざすことなく、向き合ってみます。つらい・悲しい・さみしいのような、避けたい感情をしっかり感じて、今の自分から、内へ外へ歩み入り歩み出て、できることをやっていきますv-517

    たのもしいです。^^


    いい!
    しょうこ
    ふと脳裏に浮かぶのに言語化できないことが多く、こんなふうに記録に残せません。
    でも、別の記事にあった携帯メールに相手に言いたいことを残しあとで何度も見て、自分の問題だと受け止める方法、さっそくやってみます。とてもいいですね!
    それから、この記事のように
    段階を追っていけること、今はできませんがその可能性があることに気づかせてもらえました。
    まず、「一人になってみる」「傷に気づくまでさかのぼる」を時間をつくりやってみます。
    もう行動で誤魔化すのはやめます。五感を閉ざすことなく、向き合ってみます。つらい・悲しい・さみしいのような、避けたい感情をしっかり感じて、今の自分から、内へ外へ歩み入り歩み出て、できることをやっていきますv-517



    チエさん
    中尾真智子
    >
    > 深い気付きも、沢山発見し始めています

    それはよかったですね。^^

    すみれさん
    中尾真智子
    > 英司先生のブログからきました。今年に入ってからようやくチャイルドの気持ちに沿えるようになってきました。これからお邪魔させていただきます。

    ようこそ。私は、出来たら「感じ(感覚、とか明確じゃなくてもいい、そんな感じから始まるような何かにたどり着けそうな感じ)」を書けたら言いなぁと今のところ思っています。よろしくお願いいたします。


    あこちさん
    中尾真智子

    > でも、今回の記事は 全然読めません(T_T)
    > なにかがすごーーーーく 拒否してるみたいな
    >

    拒否してるときは、頭の親が邪魔してるのかもしれません。ゆっくりどうぞ~。^^


    アドバイス有難うございます
    チエ
    自分を無意識に理想で縛り
    自分を不自由にしながら
    人の自由は、認め続けるんですもん

    それは、なんか苦しい訳です、、

    気付くまで、
    随分と美化しちゃって
    正当化して、今のままで
    居ちゃいました

    そんな所から、私の心が曇っていて
    愛を受け取れない事が
    あったなぁとも振り返っています

    深い気付きも、沢山発見し始めています

    はじめまして。
    すみれ
    英司先生のブログからきました。今年に入ってからようやくチャイルドの気持ちに沿えるようになってきました。これからお邪魔させていただきます。



    あこち
    母に向けた殺意は 衝動的なものでした。
    あらがいようのない、感情や理性を超えた 本能的な
    わきおこる衝動でした。

    自分に向けての殺意は、うけとめたらその奥底から
    「生きたい」が湧いてきました。

    でも、今回の記事は 全然読めません(T_T)
    なにかがすごーーーーく 拒否してるみたいな

    また時間をおいて 読んでみることにします。

    自律することと、受け取るということは
    矛盾してるのかな?とずっと疑問に思っていましたが、
    まずは自律して、自分を信頼して 初めて
    自分を取り巻く世界を信頼できるのだな、と気づきました。
    自分を信頼できないままに 他人を信頼しようとしても
    世界は信頼できないものだから
    ハラスメント的なかかわりの中の「依存」にしかならないということ。

    自分を信頼できると、世界は安心できるものとなり、そこではじめて 「委ねる」とか「受け取る」ことが可能になるのだな、と 気づきました。

    私の中で「自律」と「受け取る」とは矛盾しないものになりました。

    やっぱり自分を信じられるようになりたいですね。



    チエさん
    中尾真智子
    理想を演じる主役・・・大役ですね。

    舞台の主役を、観客席から見てみると、脚本ちゃんが頑張ってきたことが客観的に見えると思います。

    主観と客観とを持ちながら潜るとよいです。^^


    チエ
    舞台から降りたい

    私は、役者でした
    理想を演じる主役

    なんとも言えない
    生きにくさ、の源を発見しに



    勇気を持って自分に潜ります


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    ハラッサーハラッシーの世界から抜ける時


    一度は過去の自分や関わりの一切を手放さないと自分が崩壊する


    気付いているのにハラッサーと付き合うことに無理があるから
    ジレンマを抱えながらハラッシーハラッサーになって苦しむ


    勇気を持って一度ぽつんと一人になる事を恐れるなかれ。




    twitter(140字)にて
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    【2012/09/19 07:35】 | 自律
    【タグ】 ハラッシーハラッサー  ハラスメント  
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    お返事有難うございます
    チエ
    はい、その通りです^_^

    親に、あるがままで、愛されたかったです

    条件付きの愛が嫌でした

    チエさん
    中尾真智子
    > 「ひとりぼっちは、怖くない」
    > このフレーズを聴いて
    > 喉のつかえ?が楽になり涙を流しました

    らくになってよかったです。

    > 私、本当は、さみしくて、
    > 「愛されたい」と思いながら
    > 自分の気持ちや感情を無視して
    > 「愛したい」と自分を偽っていました

    さみしいときは、素直に「寂しい」と言っていいのですよ。愛されたかったのは親にではないでしょうか。


    抱き合える人になる
    チエ
    ジレンマを感じては

    抱き合えない

    聴き合えない


    解って、居ながら

    ひとりを選べなかった

    犠牲して諦め、依存を許し
    自分を簡単に明け渡していたと
    気付きました





    「ひとりぼっちは、怖くない」
    このフレーズを聴いて

    喉のつかえ?が楽になり涙を流しました


    私、本当は、さみしくて、
    「愛されたい」と思いながら
    自分の気持ちや感情を無視して
    「愛したい」と自分を偽っていました

    Re: Re: タイトルなし
    中尾真智子
    > ひとりぼっちは こわくない
    >
    > のリフレインを聴いたとたんに
    > 何の前触れもなく いきなり
    > 涙があふれてきました。

    ひとりぼっちを感じる時の私の御呪いフレーズでした。あこちさんにも効き目があったのですね。^^
    > おなかの底から ことばにならない感情が
    > どんどんつきあげてくるかんじ。
    >
    思考でたどり着けないところです。その感覚を大事に覚えてあげてね。

    > この涙はしょっぱくないから きっとチャイルドが感動して そうだよ そのとおりだ!!って言ってるんだな、と思いました。
    >
    自分の感覚を大事にしてください。
    > 「ひとりぼっち」って 孤独 なんじゃなくて
    > 実は「同行二人」ってことなんだよ と
    > チャイルドが教えてくれました。

    さみしいちゃんと、さみしいちゃんを抱きしめる自分と。これは、誰もいないから邪魔されないから出来ることですもの。よかったよかった。おめでとうでし!



    あこち
    ひとりぼっちは こわくない

    のリフレインを聴いたとたんに
    何の前触れもなく いきなり
    涙があふれてきました。

    おなかの底から ことばにならない感情が
    どんどんつきあげてくるかんじ。

    この涙はしょっぱくないから きっとチャイルドが感動して そうだよ そのとおりだ!!って言ってるんだな、と思いました。

    「ひとりぼっち」って 孤独 なんじゃなくて
    実は「同行二人」ってことなんだよ と
    チャイルドが教えてくれました。


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    もう新しい人生脚本が始まっていますよ・・・

    嬉しい気持ちの後にものすごい不安がやってくる

    生まれたての赤ちゃんなら誰かに見守られて育つのに、自分は一人ぼっち?やだよぉ


    そして、うっかり何度かハラスメントに出会ってしまう
    そしていよいよ覚悟する

    ああ、自分が新しい脚本を生きるチャイルドを育ててゆくんだ

    これまでのハラスメント界に未練はないぞ




    それでも、ちょっと声をかけられると断れなかったり

    失礼なことをされても、その場で我慢したり

    その自分への悔しさを味わいながら

    ぶれないように、フックされても釣られないように頑張って踏みとどまって堪えて

    夢中に自分と向き合って


    気がついたら、それらの人びとと離れていたけど苦しくない

    むしろらくちん

    気がついたら、ハラスメントを仕掛けられても自律した人も近くにいる

    その存在に支えられている(何もしてくれるわけではないその在り方)

    ほっと一息して、今日も笑える

    こんな感じのところにいる人を何人か知っている





    数年前は、すぐにハラッサーに捕まり、時にはハラッシーに依存されてくたくただった人びとだ

    死ぬほどの苦しみを味わっただろうし

    本当にどうなるだろうかと思ったこともあった

    でも、自分が自分を諦めなかったから

    もう心理ゲームはいやだから

    ここに来た





    素敵だなって思う

    誰のせいにもしない、怒りは相手にぶつけずに消化してからアイメッセージで伝える(それはもう怒りじゃない)

    生き癖が怖がるけど、少しの依存もされたくないとつくづく思い知っているから、ちゃんと伝えるようになる

    決別が怖くない(怖くて仕方なかった昔と違う)

    次の出会いはいつでもある

    どう在るかで自分の周りの人も変化する

    途中は一人ぼっちな気持ちになっただろう

    ハラスメント界の人としか繋がってこなかったからね

    けど、そうじゃない人が見えるようになる

    あるいは、そうじゃない人がなぜか現れるということもあるらしい

    在り方が定まっていない時は、ジェットコースターみたいな日々もあっただろう

    上がったり下がったりの激しさに消耗したことだろう





    ただ決意してその決意を交わした自分との約束を守るだけなんだけど

    自分より他人をうっかり優先してしまう癖

    その後、相手にがっかりして裏切られたように嘆く癖

    そこを脱するところにきている人

    今まさに正念場!

    その人を見守って応援してる


    始まりのバラード アンジェラ・アキ 歌詞情報 - goo 音楽


    ※私が中尾相談室にカウンセラーと名乗ったのは2010年1月ですが、確定申告をする関係上、契約関係にあった全ての方のお名前は知っており、時にはカウンセラー仲間として共有していましたから、見守って来た年月は長いです。いくつもの感動に出会いました。



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    ハラッサーはもともとはハラッシー
    自分の生き癖や執着に気付く
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    【2012/07/19 09:24】 | 自律
    【タグ】 人生脚本  ハラスメント  
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    ももさん
    中尾真智子
    > 少しずつ人生楽しんでいる気がします。前はいろいろなことが怖かったから、なかなか前に進めなかった。今はやってみたいことを少しずつやっています(^^)

    楽んでください。^^


    少しずつ
    もも
    少しずつ人生楽しんでいる気がします。前はいろいろなことが怖かったから、なかなか前に進めなかった。今はやってみたいことを少しずつやっています(^^)

    Re: 境界線
    中尾真智子
    > 無意識でも母親と分離していってる気がします。

    母子分離、世代間境界、大事ですね。^^

    > 真智子さん、いつもありがとうございます(^^)
    いえいえ、私も修練の日々、ありがとうございます。

    マユミ さん
    中尾真智子

    > 一歩踏み出していることが嬉しいです☆

    一歩踏み出しおめでとうございます。^^

    Re: 削除お願いします
    中尾真智子
    > あこちです。
    > 最初のコメント、あまり適切なものではないと思われますので
    > 削除していただけますでしょうか。
    >
    > これからなんだなー うふふ。
    > 楽しみながら苦しみます。
    > 素敵な私になりまーす。

    削除了解です~。楽しみながら素敵になります。私もーー!

    削除お願いします
    あこち
    あこちです。
    最初のコメント、あまり適切なものではないと思われますので
    削除していただけますでしょうか。

    背骨ができたら、なんの問題もなくなると思っていました。
    ハラッサーにも会わなくなって、
    自律した人々との出会いが次々と起こるのだと思っていました。

    でも、背骨は 少しずつ 強くなっていくもので、
    その過程で ハラッサーにも会うし、つまずくこともあるのだということが分かりました。

    なにか焦っていて、感情に任せて書き込んでしまいました。
    ゴールにたどりついた気になっていましたが、スタートラインに立ったばかりだったんですね。

    これからなんだなー うふふ。
    楽しみながら苦しみます。
    素敵な私になりまーす。



    あこち
    真智子さん、ありがとうございます。

    また、折を見てお願いいたします。

    でも、「罪悪感」と「脚本ちゃん」と「IPの逆襲」に気づいてきたせいか 少し落ち着いた感じです。


    境界線
    風子
    最近、執拗にせまってくる母親をついに足で蹴飛ばす夢を見たり、「私はあなたとは別の世界に住んでいる」と母親に宣言し、母とは行動を別にする夢を見たり。
    無意識でも母親と分離していってる気がします。
    私に必要だったのは、母親と私の間にしっかり境界線をひくことだったのだなー、と思いました。

    真智子さん、いつもありがとうございます(^^)


    マユミ
    ワタシももう一歩。。

    親との境界線を引き、罪悪感に向き合って、随分楽になりました。


    夢で、魔女に勝つ夢や、母親を上から見下ろし、下に落ちるのを眺めている夢を見ました。

    ワタシの無意識が変わろうとしているとしているのを感じます。


    一歩踏み出していることが嬉しいです☆

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    昨日の「梅ちゃん先生」の中で

    「勝手にしろ!」と父親が言ったら
    「じゃあ、いいんですね(にっこり)。」と来たもんだ。

    「勝手にしろ!」とか
    「じゃあ、勝手にしたら」とか

    口げんかをした時に言ったこと、言われたことありませんか。

    これは、相手の言い分を肯定しているわけです。


    たとえば


    「もう!あなたとは別れたい!(このままでは、と付け足し忘れ)」

    「勝手にしろ!(別れると言われた傷を隠した抵抗かも)」

    別れるつもりもないのに頭に来て言ってしまった一言から、ほんとに別れることになっちゃいそうです。



    「もう絶交だ!」(勢い余ってうっかり)

    「勝手にしろ!」(喧嘩自体面倒くさくなってる)

    絶交状態に入り、仲直りの切っ掛けがおこるまでは続くのではないかしら。




    「もう死にたい!(死にたいくらいだとわかって欲しい)」

    「勝手にしろ!(命を盾に脅されて言葉に窮している)」

    かっとなっているから気がつかないでしょうが、うかつにも死ぬことを肯定しているのです。かっとなった感情を受け取ったら、更に上乗せした感情が膨らみますから大変です。



    勝手にしろ!という言葉が、相手の言葉を肯定してしまうと気がついて発している人はどれくらいいるのでしょう。
    やりとりに窮して言ってしまうことのほうが多いのではないでしょうか。
    私が半世紀生きてきた社会では、困った方が喚きたてるイメージが強いです。
    もちろん、肯定する意味合いで使ってる人もいると思いますが、多くの場合口論で言い負かされそうになって、あるいは次の言葉に窮して、うっかり 言ってるのではないでしょうか。




    昨日の朝ドラでは、夢を叶えるために進学について父親にお願いをします。
    ダメだ、無理だ、の連続ですが、主人公は諦めません。

    「どうぜ受験したって落ちて泣く」というようなことを父親が言いました。


    この「どうせ~」という言葉をネガティブに捉えたら、諦める方向に行くでしょう。

    (どうせ私はダメなんだ。)(どうせお父さんは私を認めない。)(どうせ何をやってもうまくいかない)とネガティブワールドを構築するのでしょう。

    どっこい主人公は、「受験したって」を自分の文脈に取り入れて

    「じゃあ、受験していいのね!(きらきら)」と喜びます。

    父親は窮して
    「勝手にしろ!」と言います。

    「受験していいのね~~っ!」と夢の一歩を掴むのです。


    面白いですね。



    --------------------------------------------------------
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    【2012/04/19 07:20】 | 自律
    【タグ】 言葉と感情  
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    しんどいときに我慢しないでください

    「しんどい」と言ってみてください

    誰かに言ってみてください
    家族がいたら、折り合いが悪くても言ってみてください

    勇気を出して言ってみてください

    抱え込んでしまわないでください

    声にしてみてください

    一人ぼっちにならないでください






    あなたの家族を、

    一人ぼっちにしないであげてください

    そっと見守ってあげてください

    ゆっくり羽を休ませてあげてください

    自分の尺度で推し量って

    大丈夫だなんて決めないでください

    こどもはとても健気です

    いくつになっても何十歳になっても健気なまま健在です

    一生懸命、心配をかけないようにします

    たとえ外で荒れても、おうちではいい子になったりします

    あるいは、親の存在不安を埋めるために問題を起こし続けてくれることさえあります

    わが子の問題は親にあることに気付いてあげてください

    親である自分の問題も親から連鎖したと気付いてください

    憎む人はいないのです

    連鎖に巻き込まれた傷を抱えた人ばかりです






    溜め込んだ怒りは行き場を探してしまいます

    小さなうちに吐き出せるといいな

    大きな雪だるまは解けるのに時間がかかるよ

    我慢して雪を転がし続けて、どこまで大きくしても褒めてもらえない

    その雪だるまが真っ赤な目をして怒り出すとき

    いっぱいの哀しみを湛えているだろう

    どうか、自分の気持ちに気がついてあげてください

    誰かとは繋がっていてください

    私が言う「一人になる勇気」は誰かの中で持つ勇気です

    一人ぼっちになることではありません






    寂しい時には、信頼出来る人と繋がってください

    疑いを感じたら離れていいのです

    ずっと一人ぼっちで、自問自答を繰り返してきたでしょう

    どれだけ、長い間、頭の中で相談して決めてきたことでしょう

    傷つくことを恐れないでください

    誰かと傷つくから変化も成長もあります

    棚卸しは一人でするものだけど、ひとりぼっちでは出来ません

    誰かがいるから、ことは起こり、そして傷ついて気づいて新しい自分が築かれてゆきます

    たとえ親が大嫌いになってしまって離れても、人は誰かを求めます


    代償行為もしてしまうでしょう

    そして傷つけあうでしょう

    その時に、学びが訪れるでしょう

    休んでいいから

    ゆっくりでいいから

    食べて

    眠って

    目に見える誰かと傷付き合うかもしれない勇気を持ってください

    その傷をまっすぐに見て、自分の傷をしっかり受け止めたらいいでしょう



    ※人と人で何かがあった場合、お互いがどこかしらに傷を負います。
    相手も傷を負っているのに自分の傷まで相手のせいにして攻撃するのは理不尽な行いです。
    また、受け止める傷は自分の分だけで、相手の傷は相手の成長の糧ですから邪魔しないようにそっとしておいてあげたいですね。(大人同士の場合です。)




    --------------------------------------------------------
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    【2012/03/25 12:10】 | 自律
    【タグ】 インナーチャイルド  
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    ひかりさん
    中尾真智子

    > 安心出来るパートナーに出会えたらやっと感情が感じられるようになって
    > そしたら先日物凄い不安に襲われて、ありもしない事で相手を責めてオイオイ泣いて困らせてしまいました。ギクシャクしています。嫌われたのでしょう。

    嫌われたのでしょう・・・これはひかりさんがそう思っているということですね。ギクシャクしてるー責められて腹が立ってる、どうしたのだろうと心 配してる、これから先の言動に困ってる、不安になってる、などなど色々想像出来ます。こういうシチュエーションで嫌われたのだと思ったチャイルドの記憶があるのかもしれませんね。

    > そしたら小さいちゃんの声が聞こえるようになって、探してたら居ました。父が親戚の前で下着姿の母のお尻を土足で蹴る場面を見たまま固まって居ました。
    > 抱き締めて撫でて声を掛けたら体を固くしていましたが、そのうち泣き出しました。
    > 今は連れて来て一緒にいます。

    小さいちゃん、お父さんを抱きしめて撫でてあげたのね。泣かせてあげたのね。やさしいね。ほんとは抱きしめてほしいね。だから連れて一緒にいるの かな。手放せない理由があるのでしょうね。
    >
    > パートナーに説明してわかってもらえるかわからないし、その人がハラッサーかハラッシーか、私の友人知人は彼から離れて行き私にも離れることを勧めています。私は自分の感覚で気持ちを感じてみます。

    人は自分のやりたいようにやってみないと納得しません。記事にあるように、色々なことが起こって学びも起こります。選んだのは自分だという意識が いつも大事です。その意識が自分を支え鍛えてくれます。

    うれしい
    ひかり
    ずっと辛かったけれど蓋をして来ました。

    安心出来るパートナーに出会えたらやっと感情が感じられるようになって

    そしたら先日物凄い不安に襲われて、ありもしない事で相手を責めてオイオイ泣いて困らせてしまいました。ギクシャクしています。嫌われたのでしょう。

    パートナーと出会ってすぐに父親が亡くなりました。偉大だった父が、あんなにあっさり死んでしまうなんて。

    でも私はホッとしました。

    そしたら小さいちゃんの声が聞こえるようになって、探してたら居ました。父が親戚の前で下着姿の母のお尻を土足で蹴る場面を見たまま固まって居ました。

    抱き締めて撫でて声を掛けたら体を固くしていましたが、そのうち泣き出しました。

    今は連れて来て一緒にいます。

    真っ暗な穴を時々両手を着いて覗く事があったのですが、今は小さいちゃんが一緒に穴を覗いていて、穴は闇ではなく、そこから光が溢れて笑顔の小さいちゃんが私に微笑みかけてくれてます。

    パートナーに説明してわかってもらえるかわからないし、その人がハラッサーかハラッシーか、私の友人知人は彼から離れて行き私にも離れることを勧めています。私は自分の感覚で気持ちを感じてみます。

    長かったな。


    あこち
    真智子先生 
    優しい言葉をありがとうございます。本当に背中をやわらかくポンポンしてもらったような大きな安心感を覚えました。

    しかし…1日休んでまた仕事です。
    講師ですからとにかく咳き込むとどうにもならなくなるのですが 季節講習ということもあり、通常週に一度のスケジュールを3日連続 普段より長めの時間でやったら 回復しかけた体調は逆戻り。昨夜は咳で寝つけず、今日は右目からイヤーなかんじの目やにがあとからあとからわいてきて、死にかけの猫になった気分でした。
    自分がひきおこしたこととはいえ、ずいぶん辛いことになっているなー と… それだけ小さいちゃんが怒ったのと、相手が強大だったのだと思われます。
    もういちど真智子先生のコメントを読んで、優しさにくるまれて眠ります(眠れたら…) 

    ちいさいちゃんへ
    中尾真智子
    > それから数日間、
    > 血のめぐりが悪くなり、心臓がドキドキして左手がしびれ、腹部全体が張り、
    > 身体が冷え切って インフルエンザのような高熱が続きました。
    > 死にそうに重く冷えた身体をひきずって むりやり仕事をヤッツケて、
    > 高熱で脳みそが溶けそうになりながら 一人の部屋で 悶えておりました。

    あややー。数日間もそんな状態でお仕事したなんて、しんどかったですね。昔の私のようです・・・死んじゃいますよって言われましたよ。ほんと、命削りすぎちゃったね。取り戻そうね。


    > 直感でハラッサーだと気づいていたのに、目先の利益を優先して 強大なハラッサーとつながりを持った私が悪かったよ。

    そかそか、よしよし。誰も悪くないよ。そういうことがあったってことなんだね。辛かったね。

    > ちいさなあこちが怒って、身体の中で暴れていたんだね。ハラッサーの生霊のせいじゃないよね。

    浴びちゃったちいさいちゃんが悲鳴をあげるようにおおわらわだったんだね。

    > ハラッサーの呪文に振り回された私が弱かったね。

    呪文こわかったねー。(弱いこと責めないでね。強いとこも弱いとこもみんな持ってるもん。)


    > これからは直感を大切にして、ハラッサーがハラッシーを使役しようとして唱える呪文に負けないようにがんばるから、許してね。

    頑張らなくていいんだよー。無理しなくていいんだよー。(^^)v



    あこち
    はじめてコメントします。
    英司先生にお世話になっていますが、
    こちらのブログからも 知恵と勇気をいただいております。

    しんどい状態でした。
    精神的にも、肉体的にも。
    うっかり超巨大なブラックホールな人とコードを繋いでしまい、
    ストーカーみたいなメール攻撃を受けて(本人はストロークを求めて必死になって私の幻想にすがりついてきているだけ)
    それから数日間、
    血のめぐりが悪くなり、心臓がドキドキして左手がしびれ、腹部全体が張り、
    身体が冷え切って インフルエンザのような高熱が続きました。

    電話カウンセリングをしようにも、
    喉をやられて声がでにくい せき込む 夜遅くまで仕事もある で 全然回復せず
    ほんとうにどうしようもない状態でした。
    死にそうに重く冷えた身体をひきずって むりやり仕事をヤッツケて、
    高熱で脳みそが溶けそうになりながら 一人の部屋で 悶えておりました。

    友人にも話せず(内容的に・・・人格疑われるだろうな、ものですから
    唯一なんでも話せる友人に電話しても、
    帰ってくる答えは 説教めいた言葉か さげすみを含んだ言葉で

    ああ、電話しなけりゃよかった。と、さらに具合悪くなり

    両親はもとより信頼していません。
    年寄りだし、私に受け止めてほしい餓鬼たちなので
    うっかり心配の種を投げ込んだら 受け止めて優しく包んでくれるどころか ストロークを求めてわらわらとたかってきて エネルギーをすいとられるだけなのは明白。それどころか、友人以上に説教の嵐、大騒ぎして飛行機に乗ってやって来て 今以上に私を苦しめるだけ

    そんなときに、このブログを読みました。

    ああ、だれにも 頼れない、と、自分の置かれた立場を再認識したのですが、
    敢えてそれを受け入れて
    あらためて自分のチャイルドを抱きしめました。

    直感でハラッサーだと気づいていたのに、目先の利益を優先して 強大なハラッサーとつながりを持った私が悪かったよ。
    ちいさなあこちが怒って、身体の中で暴れていたんだね。ハラッサーの生霊のせいじゃないよね。
    ハラッサーの呪文に振り回された私が弱かったね。
    これからは直感を大切にして、ハラッサーがハラッシーを使役しようとして唱える呪文に負けないようにがんばるから、許してね。

    朝起きたら、昨夜 夜中まで救いようもなかったのどの痛みや気管のかゆみがほとんどなくなっていました。
    嗅覚がおもいっきりバカになってしまってますが、
    これもしばらくしたら戻るでしょう。

    真智子先生のやさしい文章のおかげで、チャイルドへのまなざしを思い出すことができました。

    ありがとうございます。

    Re: 報告
    中尾真智子

    > 真智子先生には、どうしても伝えたかった。
    > 聴いて欲しかった。
    >
    > それでは♩

    メールフォームからも2件頂いてますが、読みました。^^
    それでは♩


    Re: 補足させて下さいね
    中尾真智子
    > 先生が気にやまれると、私が心苦しくなるので、少し私の家族の話をさせて下さいね。

    私は全く気に止んでいません。書きたいことがあったので書かれたのではないでしょうか。
    私のことを理由に、ここに長く書いていることの本質をそっと見つめてみたらいいのではないでしょうか。

    日常のカウンセリング業務で沢山のお話を聴きますので、ブログではそれに類似した長いコメントはなかなか読み込めません。その点はご容赦ください。

    >だいじょうぶですo(^▽^)o

    この顔文字にほっとしました。

    Re: ありがとうございます
    中尾真智子

    > 人が傷つくの、嫌だった。
    > 誰かが痛いなら、私が痛いほうがよかった。
    > だから、ひとりを選ぶ。
    > 仮面をつける。
    > ニセモノの相手が望む自分になる。
    > 自分が苦しくなる交友関係ばかりでした。
    >

    とても苦しい選択をされてきたのですね。軸が自分にないまま相手に合わせていると、自分を見失ってしまいそう。

    > でも、わたしね。
    > 途中から、本当は、自分の傷みたくないだけだったと気づいたの。

    気付いたら傷を見れますね。

    > お友達作るよ。
    > 相手が望む私になるんじゃなくて。
    > 私が私らしく表現する。
    > きっと作ります。
    > 希望を持ちます。

    私らしく表現する、勇気がいるけどはじめの一歩ですね。

    報告
    にゃんにゃん
    今は、代償行為は。
    試す行動は、してません。
    もう、ぜんぶ。
    謎は、解いたんです。
    ひとりで、がんばった。


    一族全員分の子として存在した私。やめました。

    そんなの幸せじゃない。そう思い込みした、私のエゴに気付いたんです。

    気持ちの私を生かす為、殺した、もう一人の感情の私。
    抑圧のインナーチャイルドに。生き残れなかった自分に。

    『ありがとうと歩み寄り、ごめんね、と赦しを乞い。
    愛しているよと抱きしめて。

    心に居場所をつくり、手を取りました。
    ずっと見守るから、一緒に成長しましょう、と。』

    身内や親については、その世界観を何を犠牲にしても貫いていた。

    外からどうみえようと、幸せで見事だと感じました。

    私の恨む気持ちを受け入れたら、ほんとは、すきと思って。

    一族全員自分のみたくもない問題から逃げてる限り、わたしは、受け止められた体験=承認されることなんか無いと洞察し絶望し、泣いて。

    人は、本来愛溢れる存在。ただ、そうなれない理由があったと気付いた、3歳の記憶を思い出し。

    それから、家族の温かい思い出が蘇りただ、悲しさじゃない、浄化のなみだでした、、

    もう、恨んでなんかいない。ただ、感謝。

    気付いたの。
    だあれも、わかんなくても。

    私が解れば、それで良かった。

    わたしは、学びました。
    学ばせて貰いました。
    魂を成長させました。

    人の中に自分を見つけ、自分のために、見返りを求めず、矩を超えず、自分と同じように愛する。
    知識でするんじゃなく、自分がしていて嬉しいからする。

    真実の愛を学ぶのに必要でした。

    わたしは、自分の人生を愛してた、、、


    母は、自立を願った。
    誰にも頼らず自分独りで生きれる逞しく強い子と。

    でも、わたしは、子ども時代、親の謎解きの為代償し。
    ほとほと懲りて、その虚しさに気付いていて、自分の問題を持ち出さない中で人と繋がる喜びを感じました。

    だから、わたしは、人と在る道を選んだ。

    そして、私が、わたしを解ればよかったと思えました、、。

    好きな人柄。

    温かな大地のようで、清らかな水のようで、いつでもそこに在る風のよう。
    誇り高い、決して支配されない、逞しく、ハングリーな人。
    思慮深く、人を思いやる子。

    そういう自分になるのに、必要な境遇でした。


    さらに、すべては、内的現実を生きていて、現象は、心の現れと気付きました。

    だから、意思が意志となりて想像が創造となり叶うんだと。
    なんとなく、直感ですが。

    今、わたしは、あらゆる場で。

    関わる人になんで?と言われます。

    理解不能な価値観、コントロールの聞かない私に恐れを抱きます。

    けれど、わたしは、もう心を開いてます。
    愛を持って接します。
    前のように心を閉じて固定観念に執着しません。

    あらゆる人生が素晴らしい。そんな感覚、、。
    宇宙愛のような感じです。

    互いに相互作用しながら、波長が合い共鳴してると思いました。

    相手の問題と自分の問題を区別し。
    矩を超えず、相手の中に過去の自分を見つけ、相互救済しています。

    真智子先生、ありがとう。

    外に向いた思いや感情、体験は、魂の記憶を思い出し自分に還る為に必要だった。

    これからは、螺旋を描きながら、循環させ上昇するイメージがあります。
    なんていうか、永遠の今に生きる。
    そんな表現がぴったり。

    すべてのはじまりは、ここからだと感じてます。

    真智子先生には、どうしても伝えたかった。
    聴いて欲しかった。

    それでは♩

    補足させて下さいね
    にゃんにゃん
    先生が気にやまれると、私が心苦しくなるので、少し私の家族の話をさせて下さいね。
    (対面でない為、情報が少ないので、文中からの推測です。思い込みでしたら、ごめんなさい。)

    今、家庭では夫と私であるがままを認めあえる安全な居場所を作る為、それぞれが自分と向き合い続けてます。

    批判無しに、良し悪しもなしに、話の聴き合いからはじめてます。

    夫は、自分の気持ちを感じ言葉で表せない人でした。
    ですから、そんな理由でなぜ暴力?と私は驚きました。

    謎を私は自分で解きました。

    否定、拒絶からの恐れ。抑圧の存在不安である、と。

    (過去、思いや感じ方を伝えると、それを否定と感じた夫は、衝動に負けました、、それに、怯えた私は自分の固定観念で押し付けをしました。私側の問題は、夫を通し幼少期の痛みを連想したと自分で気付きました)

    私が、彼の思考の癖と生きる為の癖、連鎖を解き、彼にそれを気付く為の質問をしてます。

    また、今現在の状況を二次元論ではなく、相対的に話したりもしています。

    今、ここにフォーカスして話をしてます。

    彼の表情。目の動きから、固定観念の反発を強く感じているので、受け止められた体験と感じて貰える信頼作りをしてます。

    思いや感じ方のフィードバックはそれからと観察しています。

    わたしは、自分の家庭環境での体験から、そこにそうあるべくし存在した出来事に対し、理由であり真相は見抜きますが、良し悪しはつけません。

    そうしたい気持ちが解るからです。過去の自分が暴力、物に当たる、暴言、カタチに仮託、依存、固定観念に執着、、していたのです。

    今のわたしは。
    親への承認の欲求を手放し、自分であるがままを認め、固定観念を取り払い本当の気持ちに出会うまでは。

    抑圧は、まだ居場所を作り抱きしめ感情を感じて味わってる段階です。

    子ども達には、押し付けてないですよ(^-^)

    夫に理想を押し付けてしまった体験からその罪深さや怖さをほとほと理解してます、、。

    子ども達に願うのは、いつか、私という一人の人間を参考に。
    自律した姿をみせるモデリングになれるよう努力してます。

    子どもに連鎖を持ち出すのは、してないです。

    だいじょうぶですo(^▽^)o

    その為、感情発散のため、思いのままに行動を、家族に迷惑にならない範囲でしてます。

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    ★依存とは、すすんで洗脳されること--------

    まず【依存】について、少し書いておきたいです。

    たとえば、相談者さんの中には質問ばかりされる方がいらっしゃいます。自分らしく生きることが出来ず、依存しか知らない人生脚本ですから無理もないことでしょう。
    ☆親といると辛いので、家を出たほうがいいですか?
    ☆自分で服を買ったことがないので、似合う服がわからないんですがどうしたらいいですか?(大人になっても親に与えられた服を着ている人もいます。)
    ☆会社にハラッサーがいるんですが、退職したほうがいいですか?

    その他にも、色々な場面で自分で決められずに訊いてくる人がいます。自分で決めたけど「あってますか?」と訊く人もいます。誰基準の「あってる(正解)」なのでしょうーカウンセラーを代理親にしています。

    こんな時は「私を代理親にしていますよ〜。」とお伝えして、お話を聴きながら問題を整理するお手伝いをさせていただきます。
    どこまでも自分が主体であることを知って欲しい。
    自分の思いは自分の責任であると自覚して行動することの大切さを伝えながら進んでゆきます。




    ★カウンセラーに恨みを抱く?--------

    依存が強い方は覚悟も決意も中途半端なので、カウンセラーの言葉のどこか(または何か)にその時は納得して取り入れてみたものの、しばらくして“やらされ感”が湧いて、あげくはカウンセラーに恨みを抱かせることさえあります。

    取り入れて行動したのは自分ですから恨むのはお門違いなのですが、脳内親に忠実な脚本に支配されている本人は気がつきません。カウンセラーを代理親にして(依存)いる間は、カウンセリングは進みません。

    そういう時は、本人が決めた経緯や事実をお伝えしながら進めていきます。

    縛られて身動きとれないストーリーにしているのも自分だと気付いて、いかに自分が無意識に人に依存してしまうか、そこでの葛藤を人のせいにして自分を大事にしていないかをフィードバックさせて頂くいい機会になります。

    カウンセラーは命令しませんから決めるのは全て自分ですが、生育環境で強く支配された方(絶対的服従を強いられた場合、真綿の支配を受け自己決断のチャンスを奪われた場合、放置されていながら何かをすると罰を受けた場合など色々)は、自分の言動に責任を持つことを脳が禁止するので、自分の感情を人のせいにして生きてゆきます。

    こちらがフィードバックしても、脳の支配から抜ける“決意”が足りない方は、カウンセリングを続けることが出来ません。




    ★アサーションに傷ついた方を無意識に背負っていた私-------

    わたくしごとですが、随分前にアサーションについて文字や言葉にするのがなんとなく億劫になるようなことがありました。

    「別のカウンセリングにかかったら、そこでアサーションを強要された。」というのです。アサーションスキルを強要するカウンセリングがあるとは考えにくいので、それはおかしいと思い詳しいことを聞こうとしましたが、「よくわからないんです」と、はっきりとした答えが返って来ず、もどかしい思いをしました。(よくわからない、を使う方も多いです。)

    現場を見ていないながらも、カウンセラーがよくわからないまま説明もしないで放置しておくはずはないとは思うので、クライエントに拒否反応が強くどんな説明も“強要”と受け取ってしまったのかなぁと、想像することは出来ます。

    ただ、その方はアサーションという言葉に酷く傷ついている様子なので、この言葉でここまで傷つくことがあるのだろうか、と戸惑いましたが、“無理をさせない”倫理に囚われて、やりとりの事実を徹底的に訊かなかった反省があります。

    同業者として真意を尋ねることも出来たのですが、その方の傷に重きを置いてそのままにしてしまいました。これが今では大いなる反省になっています。このようなよくわからない背景の中で、私自身もアサーションという言葉になんだか重たいものを背負ってしまっていたことに最近気がついたのでした。

    今思い返すと、はっきりと明確に白日のもとに晒してこそ出来る解決だったのではないだろうか、と思えてなりません。その方とそのカウンセラーとの誤解にも踏み込んで、解決出来る方法も模索出来たのではないかと残念です。


    とはいえ、日々のカウンセリングでは(日常生活においても)アサーションを意識しています。
    感情に良いも悪いもない、自分の感情は自分のもので誰かのせいで起こったものではなく自分に責任がある、相手の感情は相手のもので責任は相手にある、切っ掛けはともかく沸いた感情は沸いた人のものだということをきちんと把握してゆくことで、カウンセリングは進んでゆきます。

    あなたの感情や言動はあなたの責任の上で自由に起こっています。脚本を選択している時は不自由に感じるかもしれませんが、脚本ちゃんは自由自在に不幸の物語を紡げます。





    ★アサーションから見る3つのコミュニケーション-------

    Aさんは人の意見をそれはそれとして聞きながらも、自分の意見をはっきり言います。
    Bさんは、自分の意見に迷うことが多い人で、自分に自信を持ちたいと思い、Aさんを尊敬しています。
    Cさんは、何かと攻撃的な言い方で自分の意見を押し付けてしまいがちです。

    この三人の友人が久しぶりに会って友好を深めました。
    Aさんは、Bさんの意見もCさんの意見も尊重しつつも自分の意見ははっきりと伝えます。
    Bさんは、意見らしい意見を言ってはいないのでAさんをますます尊敬して見ます。
    Cさんは、自分の意見を二人に無視されたように感じてとても腹が立ちます。

    上のような経験をされていらっしゃる方は多いと思います。クラスメイトや会社の同僚やら「女子の3人組」はありがちです。

    コミュニケーションは実はこの3つに分けて考えられています。
    ・アサーティブーAさん
    ・ノン・アサーティブ(非主張的)ーBさん
    ・アグレッシブ(攻撃的)ーCさん

    ついでに言うと、アグレッシブの中に「操作的(他の人の利権を巧妙に侵す)」というものがあります。
    たとえば、なんとか自分の意見を押し通そうと色々な策をします。あるいは、媚びて取り入って自分を受け入れさせようとします。そのために相手の時間(=命)を奪うことさえ厭わないのですから、なんと罪深いと感じますが、そのようにしか生きて来れなかった生育環境(人生脚本)に目を向けて勇気を持って自分改革をするといいでしょう。

    操作的(他の利権を巧妙に侵す)というは日常でも見聞きします。
    平気で嘘をついたり、嘘の評判を噂で流して人を陥れたり、上司に媚びて部下には意地悪をしたり、先輩後輩で差別したり、暴力的な父親(母親)にわが子を差し出す母親(父親)、など困った人はいっぱいいます。

    かと思えば、ノン・アサーティブに言いたいことが言えないで、 ストレスが溜まり突然キレたり、外に攻撃的になれず自分を傷つける行為(自傷、OD、摂食障害など)になったり、いずれにしても生育歴で身についた人生脚本に関わっているでしょう。

    相談者さんは、ほぼ皆さんがBさんかCさんなことは、おわかりいただけると思います。(BかC、時々Aでしょうか)




    ★正直さと素直さがアサーティブな姿勢を導く--------

    私の相談者さんは、問題の整理をしてゆきながら、あるいはロールプレイやエンプティチェアの体験から自分の感情の責任を持つこと(アサーティブ)を学ばれてゆかれる方が多いです。思考ではなく実践的に体得して自分のものになってゆけたらと願い、ご本人が気付かれることを大事にしながらフィードバックをさせていただいています。


    自分を大事にすることがなかなか出来ない方、自分に自信が持てない方は、色々な場面で回りの人に依存しているかもしれません。
    「私を認めて!」という主張が強くて相手を大事に出来ないでいる時や、認めさせるために操作的に人と関わっている時は、相手に依存しています。

    ノン・アサーティブのストレスが鬱積して、ついにキレてアグレッシブになるわけですが、自分の問題と素直に向き合おうとする人は、アサーティブになっていくことを日々のカウンセリングで実感しています。
    自分自身と繋がって自分を信じること(自信)が出来るのは、正直さと素直さしかないと感じます。





    ★依存を乗り越えた人は凜として美しい--------

    時には、カウンセラーを権威と祭り上げ(依存)て、頑張りを認めてもらおうとしますが、「ハラスメントなやり方ですからこのままでは進めません。」と正直にお伝えしています。

    ここではっとされた方は、素直に向き合う勇気を手にしますから、自分とますます繋がってゆかれるので、見ていて楽しいです。

    「アドバイスをくれないから初めはがっかりしていたんです。」
    「依存したかったんだって気がつきました。」
    「先生に認めて欲しかったんですね。」
    など等、依存の自覚を告白されることは多々ありますが、この自己開示が先に進めてゆくのですから、素直さと正直さは宝ですね。

    依存の部分をどう切り抜けるだろうか、いつ途切れるかわからない細い糸の繋がりに思えることもありますが、自分を諦めず見捨てずに丁寧に進んで、まっすぐになった時の様子は凜と美しいです。自分と繋がることが出来たからカウンセラーを信じることが出来たのです。

    執着を手放した後は、苦しいけど楽しい。過去の自分を愛おしく悼み、新しい自分を向かえる涙を流すとき、人は美しいです。


    ここまで来るのに、丁寧に進めても数年かかります。
    それほどに、生育環境は大きいです。

    誰が好き好んで、攻撃的で自己防衛に終始する生き方を望んだでしょうか。人の言いなりになって道具のように差し出す生き方を望んだでしょうか。

    親の支配から抜けたと感じたら、まもなく親への忠誠心(脚本)が異論を唱えてくるのですから、カウンセリングの日々も決してラクじゃありません。

    それでも、まっすぐに向き合う方は確実に変わっていかれます。周りにも変化が(良くも悪くも)起こります。

    「周りに期待しないでやってきたけれど、自分が変わったら回りも前と違うんです。」ーまっすぐな人には、ハラスメントが通用しませんから、当然といえば当然でしょうね。

    素直(正直)になる。
    相手の問題を引き受けない、引き取らない。
    自分の問題を人のせいにしない。
    人の問題を自分のせいにしない。

    これを心がけるだけでも、相当生きやすくなってゆくでしょう。



    アサーションは、交流分析での「あなたも私もOK」の部分です。

    クリックして見てね。
    LifePosition1.jpg


    援助者の心構え(=人間関係の心構え)←こちらもどうぞ。



    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2012/03/11 11:56】 | 自律
    【タグ】 アサーション  アサーティブ  
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    Re: 子供の話を聞く時
    中尾真智子
    > これどう思う?と私の意見を聞きたがります。
    >そういう時に私の考えを言ってもいいのでしょうか。

    面白いですね。意見を聞きたがる娘さん
    そして、私に聞いているユキさん。

    ここに何かヒントがあるのかなと感じます。
    あくまでも、コメントからの印象です。^^

    子供の話を聞く時
    ユキ
    こんにちは ブログ興味深く読ませて頂いております。このままでいいのか不安になりコメントしました。毎日二人の娘の話を聞いています。上の娘は会社の事、下の娘は彼氏の事。悩みだったりグチだったり。片方が約1時間 計2時間。大体週5〜6日。それでスッキリしてもらえればと思って面倒な時も聞く様にしていますが、これどう思う?と私の意見を聞きたがります。そういう時に私の考えを言ってもいいのでしょうか。言ってしまうと自分で考える事をしなくなってしまう様な感じがあり、どうした物かと…娘は21と19です。父親嫌いの人間に育ててしまいどうも私に対して依存傾向があるのではと心配になりまして中尾相談室のブログを毎日少しづつ読ませて頂いております。

    Re: 追記読ませて頂きました
    中尾真智子

    > まだまだ、でした。
    > 引き続き、自分と向かい合います(^^)

    私もまだまだです。ずっとまだまだなんだろうけれど、自分をよしよしして生きてゆくことを良しとしていきます。

    Re: タイトルなし
    中尾真智子

    > 「自分を出してはいけない」と生きてきたんだもの
    > 「ほんとの自分を見せちゃったら嫌われる」と相手に合わせて生きてきたんだもの
    > 自分を信じていないんだもの

    私を含め多くの皆さんが、こんな風な子ども時代を過ごしてきたんだなぁーと切ないです。

    > 正直と素直ってまだ照れくさいけどすがすがしいなぁ

    ほんと、すがすがしいですよぉ。自分に正直になってみたら、人のせいにしていられないですから、自分の傷を直視するのだけど、それが出来る勇気があればたいしたもんだと思います。^^

    Re: 時の経過と共に
    中尾真智子

    > 完全なる自己一致してると思っても頭の中の支配により手の上で踊らされることもあるでしょうし、、。
    > お恥ずかしい話ながら私が、その典型でした。
    >

    生きにくいことがおありだったのですね。私は今とてもシンプルに生きたいと思っています。好き、面白い、楽しい、そういうものと過ごしたいと思っています。随分らくちんですから推奨しますよー。

    追記読ませて頂きました
    にゃんにゃん
    はい、未完でいいと思います(^^)
    自律する姿勢が大事と感じています。

    完璧という表現、誤解を招いてしまいましたね。
    ごめんなさい。

    完璧と思う⇒自分の心と向かい合い、その時の最善を尽くす、そんな意味合いでの表現でした。

    あるがままを認められた、受け入れ体験のない私は、以前は固定観念に執着してました。
    押し付けのプロみたい(しかも完璧な価値観でした。心にありましたのは、母と別の価値観。もう 誰にも脅かされる事のない価値観が欲しかった、それが本心でした。)でした。

    そんな執着は、手放したと思いました。
    しかし、それは思い込みで、つもりでした。

    ご指摘有難うございます。
    まだ、完全には抜けきれてないと発見出来ました。
    無意識でしてる、自己洗脳、、。

    まだまだ、でした。
    引き続き、自分と向かい合います(^^)

    有難うございます。


    wakako
    正直と素直
     
    むむむむ・・・
    これが難しい

    「自分を出してはいけない」と生きてきたんだもの
    「ほんとの自分を見せちゃったら嫌われる」と相手に合わせて生きてきたんだもの

    自分を信じていないんだもの

    だからすごーくおっかなびっくり、勇気を振り絞ってになる
    でも少しずつ正直と素直になれてるかな?

    正直さと素直が自己一致へのただ一つの道であり、自己一致すれば正直で素直になる
    正直と素直ってまだ照れくさいけどすがすがしいなぁ

    時の経過と共に
    にゃんにゃん
    個人的には、もっと、こうしていたらと思うことあると思いますし、むしろ、あっていいと思います。

    私自身、どんなにその時出来る精一杯をしても、今ならこうしたかなぁ、こう出来たなぁと悔むこともあります。

    体験からしか人は学べません。そういう体験だったから、次に生かそうと感じるのかなぁと、また、悔む気持ちがあるから成長できますし、沢山の経験を積むことで、より適切に対処できるようにも感じます。
    かつて自分をこれでもかと苦しめた癖や過去。今では、自分の支えになっています。

    もっと言ってしまうと、同じ体験でも思いや感じ方は千差万別だから、人は支え合えると思います。

    私は、すべての人は本来愛溢れる存在で、そうなれない何かがあり、自己責任を取らず人のせいにし、貶めると気付いていたのもあり、どんな目にあっても人が好きなのです。

    人の持つ無限の可能性を信じるカウンセラーといえど、心ある一人の人間ですもの。完璧だと思っていても今ならもっとと思っていいと思います。

    完全なる自己一致してると思っても頭の中の支配により手の上で踊らされることもあるでしょうし、、。
    お恥ずかしい話ながら私が、その典型でした。

    今回の真智子先生の記事を読ませて頂いて、どれほど励みになったか解りません。

    きっかけを嬉しく思います。

    心から、有難うございました。

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    紅白を見ないで過ごしたけれど、長渕さんの「ひとつ」は良いな。

    自衛隊を応援することの意味を語っていたのは見たけど、それも人間らしくて。

    -----

    自分と向き合うしかないもんね。

    引き返したり、立ち止まったり、

    自分で自分の道を見つけて歩くしかないもんね。

    傷つくことを恐れないで

    恐怖や不安を、力を緩めて迎え入れてやると

    感情(チャイルドたち)に会えたりするんだ。

    泣いていいんだ。

    ほえていいんだ。

    ふるえていいんだ。

    いろんなものを手放して

    それから、笑えるんだ。

    傷だったものが宝物になっているかもしれない。

    その傷と向き合った苦しみを知っているから寄り添えるのかもしれない。



    【2012/01/03 10:25】 | 自律
    【タグ】 インナーチャイルド  
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    おお!自然~
    中尾真智子
    『自分の思いのまま行動することに恐怖や不安』
    ここですよねー。切ないとこですよね。

    恐怖と不安は頑張らないで、感じてあげるといいと思います。
    怖いけどね。やってみると、おいおい(はらはら)泣けるけどね。だんだん緩んでゆくと思うの。

    『ぼちぼち』・・・いいですねぇ。
    ふぁいとっ!(おう!)

    昨日
    pao
    千葉県のいすみ市へ行ってきました。
    エコビレッジの料理教室棟の施工ボランティアでです。
    古い家の改修で、キッチンの棚にオイルを塗りました。
    慣れないことだったので難しかったし、「早くやらなきゃ」とか「評価されるようにやらなきゃ」とか「失敗しないようにしなきゃ」とか色々出てきてそれと格闘しました。でも「他の人より遅くてもマイペースでやろう」とか「ただやればいい」とか言い聞かせながらやりました。怖くて不安で緊張してどっと疲れたけど、無理なことはしないで今までに比べたら格段にマイペースにできたと思います。
    多分他の人達の様子をみてると私はムカつくくらいマイペースだったと思います。
    それにしても現場はとてもいいところでした。
    お寺や神社、祠や道祖神、敷地内にはお稲荷さんなんかもあって道は舗装されていなくて。
    ’となりのトトロ’でさつきちゃんがお母さんの病院へ電話をかけにいったところに似ていました。
    夏だったら生垣が青々としていてあんな風なんだろうなって。
    静かだし、焚き火をじっと見つめてるとすごく寒いけど暖かくもあって。
    ちょっとこの映像とかぶりました。
    まだまだ自分の思いのまま行動することに恐怖や不安があるし、その為に思いを引っ込めてしまうこともあるけれどぼちぼちやるぞー。


    中尾真智子
    映像が印象的ですよね。
    一度は南に避難していた彼が、はたと
    「俺なにしてんだ」というところから、動き出したこと。
    素直にそんなことを話せる大人っていいなって思いました。
    人は変化を恐れなければ気付くだけで手放してゆけるのだろうと感じます。^^


    光と闇
    pao
    さっきチラッとテレビで紅白の長淵さんが話題になっていました。
    私も紅白を見なかったので気になっていたのでこちらで見られて良かったです。
    照明の演出に心が動かされました。
    光が当たっている部分、闇の部分。
    光が強く当たって見えなくなって、でも歌は聴こえてきて。
    光が当たっていたところが闇になって、闇だったところに光が当たって。
    そこには今まで見えなかった人々がたくさん立っていました。
    そしてみんな闇の中から聴こえる歌に耳を澄ましていました。
    何だかとても印象的でした。

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