家族カウンセラーの想いつれづれ
    昨日、「ミツバチの羽音と地球の回転」という映画をやっと見てきました。

    「スウェーデンで出来ることが日本で出来ないことはない!」というようなことを、現地の方が言っていました。

    地方自治と国が繋がったスウェーデンは素晴らしいです。

    牛の飼料も上からベルトコンベアで落としで、牛は乳が張るとみずから搾乳の場所に移動してゆくので愉快でした。
    牛だってお乳が張ったらしんどいですもんね。
    小屋の掃除さえも自動です。
    牛の糞はバイオマスエネルギーになるのでしょう。
    ゴミをエネルギーにする技術は、日本でも流れは自然エネルギーで葛巻町を紹介していますが、日本は、海に囲まれ、山があり、風があり、地熱があり、波があり、バイオマスの技術もあるのです。
    石油を買わなくても、ウランを買わなくても(同時に放射能の恐怖のゴミを出さなくても)、再生エネルギーでやってゆけることを思い知りました。

    この映画は、祝島500人の原発反対の長い年月の戦いをわかりやすく描いてくれています。
    漁をしながら毎日まいにち反対運動のために費やすエネルギーは大変です。
    親父が賛成派にいる限り家には帰らんと言っていたという方が、今はブタを飼っていました。
    ブタが畑を耕しているのですから、凄いです。

    まぁ、この映画については相方が書くだろうと思うので、詳しくは譲ります。(笑)





    私がどうにも書きたいのは今朝目にした件です。
    昨日から心が忙しくて上手に書ける自信はありませんが、私のブログなので書いちゃいますぞよ。

    将来を想うハンガーストライキ


    以下、ある部分より抜粋します。
    __________________

    今回のハンガーストライキ、脱原発に強い想いがあるのは当然ですが、もう一つ僕たちが強く意識したのが、ハンストのやり方です。

    このハンストは対立をなるべく生まず、自分たち若者の意志を示し、今と未来への等身大の想いを発信することを意識しています。

    なぜそうなったか?

    みんなの総意でそうなったのですが、僕個人の例をあげると、それは上関原発の建設予定地(田ノ浦)での「学び」からです。

    今年の2月21日中国電力さんが田ノ浦へ600人ほどの作業員さんや警備員さんを連れて、夜が明ける前の田ノ浦の浜へ工事に来ました。

    その時の状況を幹太のツイッターなどで知り、僕は翌日の夕方から田ノ浦で座り込みを始めました。

    1週間ほど田ノ浦にいましたが、そこでの「気づき」は、 “当事者のいない対立”の恐ろしさでした。

    作業員さんも警備員さんも、現場にいる人たちは、仕事として原発を建てに来ます。

    反対派の人たちは、自分たちの生活の源である田ノ浦の海を守るため、浜に座り込みます。

    その場にいた実感として、あの浜にいた人たちで、本当に”原発を建てたい”人なんていないと思いました。

    中国電力の社員さんも、仕事として、自分の生活のため、家族の生活のために、原発の建設現場行く。

    本当に“原発を建てたい”人は、現場からは遠く離れたところにいる。

    それは電力会社の社長室かもしれないし、霞ヶ関の高層ビルの中かもしれない。

    でも、その時感じたのは、その元凶は誰でもない。

    人ではなく、原発を建てるという”国の方針”だと感じました。


    そして、それに沿った国のトップから山口県の小さな島まで伸びる建設“システム”。

    お互いに非暴力のポリシーを持っていても、工事を強行しようとすれば、反対派は何とか立ちはだかろうとするし、作業員や警備員は押し進もうとする。

    2月23日、そんなこと繰り返すうちに、その場の空気は狂気と化した(僕はそう感じた)。

    お互いに言葉づかいや振る舞いが乱暴になり、かなり危ない押しくらまんじゅう状態になりました。

    最後には祝島のおばちゃんがもみくちゃになって押しつぶされるようになり、病院に運ばれた。

    僕の22年間の人生で初めて感じた狂気。



    「戦争や紛争ってこういうものなのか」と直感しました。

    “当事者のいない対立”。

    これほど空虚なコトがほかにこの世にあるんだろうかと思った。



    どうすればこの状況が変わるのか、本気で考えました。

    “当事者のいない対立”という「気づき」から、まず、対話するという「学び」を得た。

    当事者がいないなら、現場にいる工事する側、反対する側で対話し、工事を止められないのか、と思いました。

    でも実際のところ、それだと工事を少し遅らせるぐらいが限度でした。

    根本的に建設計画を止めたり、脱原発するにはどうすればいいのか、また本気で考えた。

    そこでの「学び」は、未来に共通のゴールを持つことでした。

    数年先でも、数十年先でもいいから、相手と同じようなゴールのイメージを持つ。

    そうすれば、その相手は敵ではく、仲間になる。

    立場は違うかもしれないけど、大きくは進まないかもしれないけど、少しずつでも対話を通して、未来へ歩んでいく。

    そんな歩み方が必要だと強く感じました。

    長くなりましたが、そんな「気づき」と「学び」から、攻撃的ではない、未来のための想いを発信するハンストになればと思っています。
    (経産省の方や政治家の方と対話する機会はなさそうですが)

    そんなハンストへの想いを込めて、

    ~コブシを使わず、拡声器を使わず、ただ食べずに想いを発信する~

    という言葉をサブタイトルつけることになりました。

    抜粋終わり______


    実は、映画の後に監督さんから「初島のその後」を聞いてはいたのですが、偶然にも、ここでも書いてあり、しかも彼はその場にいたのですね。

    「本当に“原発を建てたい”人は、現場からは遠く離れたところにいる。」

    「それは電力会社の社長室かもしれないし、霞ヶ関の高層ビルの中かもしれない。 」

    「でも、その時感じたのは、その元凶は誰でもない。」

    「人ではなく、原発を建てるという”国の方針”だと感じました。」

    「“当事者のいない対立”。」

    これらの言葉は重いです。
    丁寧に丁寧に伝えようという気持ちが言葉に表れていると感じます。

    ハンガーストライキなんか危険だから止めたほうがいい、とか、あれこれ言うことは簡単ですが、彼の思いは半端じゃないです。

    彼らのサイトの上の方で、ストライキの様子が見れます。
    http://hungerstrike.jimdo.com/ハンスト中継/

    見守る目がたくさんあって、その一人でいたい私です。

    どうか無事で、そして大事にされますように。




    私たちにも出来ることがあります。
    NHK受信料を払っているからには、立派なスポンサーですから、ちゃんと報道してくださいって電話することです。
    とは、映画監督から頂いたお知恵ですけれど。

    4号機がぼろぼろだし、メルトダウンして更に潜り込んでいる放射能が一体どうなるのか、恐ろしい現状を隠す東電はもう信じられません。
    黒塗りの資料ってなんでしょうね。知りたいです。
    保安院が認めたとか言って隠す意味がわかりません。透明にしてほしいです。
    3.11に「撤退」と言った社長は5億の退職金をもらいながら、それを福島に全くお役に立てようということもないそうです。まだ6千万円もらうとか?どうか福島の人を助けるために使ってください。

    普通の会社で事故があったら警察が介入しますよね。
    危険物を扱っていたら尚更ですよね。
    なんで東電は警察が捜査しないのでしょうね。
    (と、これも監督の質疑応答で、ほんとだ!と今更ですが驚きました。)

    枝野経産相が言ったそうです。
    原子力発電所を一刻も早くやめるべきであるという心情は,非常に強く分かります
    しかしながら、それについては、国民的な合意の下に、あるいは議論の下で,そうなっていかなければならないと思っていますので、,ハンガーストライキというご自身の健康にも影響を与えるような手段,ではなくて、やっぱり国民的な議論を進めていく中で,そういったご意見についてもしっかり声を上げて頂きたいと思っています。

    国民的な合意の下、国民的な議論
    そうなるように、ぜひぜひ祈っています。
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    ゴミをエネルギーにする技術は、日本でも流れは自然エネルギーで葛巻町を紹介していますが、日本は、海に囲まれ、山があり、風があり、地熱があり、波があり、バイオマスの技術もあるのです。
    石油を買わなくても、ウランを買わなくても(同時に放射能の恐怖のゴミを出さなくても)、再生エネルギーでやってゆけることを思い知りました。

    この映画は、祝島500人の原発反対の長い年月の戦いをわかりやすく描いてくれています。
    漁をしながら毎日まいにち反対運動のために費やすエネルギーは大変です。
    親父が賛成派にいる限り家には帰らんと言っていたという方が、今はブタを飼っていました。
    ブタが畑を耕しているのですから、凄いです。

    まぁ、この映画については相方が書くだろうと思うので、詳しくは譲ります。(笑)





    私がどうにも書きたいのは今朝目にした件です。
    昨日から心が忙しくて上手に書ける自信はありませんが、私のブログなので書いちゃいますぞよ。

    将来を想うハンガーストライキ


    以下、ある部分より抜粋します。
    __________________

    今回のハンガーストライキ、脱原発に強い想いがあるのは当然ですが、もう一つ僕たちが強く意識したのが、ハンストのやり方です。

    このハンストは対立をなるべく生まず、自分たち若者の意志を示し、今と未来への等身大の想いを発信することを意識しています。

    なぜそうなったか?

    みんなの総意でそうなったのですが、僕個人の例をあげると、それは上関原発の建設予定地(田ノ浦)での「学び」からです。

    今年の2月21日中国電力さんが田ノ浦へ600人ほどの作業員さんや警備員さんを連れて、夜が明ける前の田ノ浦の浜へ工事に来ました。

    その時の状況を幹太のツイッターなどで知り、僕は翌日の夕方から田ノ浦で座り込みを始めました。

    1週間ほど田ノ浦にいましたが、そこでの「気づき」は、 “当事者のいない対立”の恐ろしさでした。

    作業員さんも警備員さんも、現場にいる人たちは、仕事として原発を建てに来ます。

    反対派の人たちは、自分たちの生活の源である田ノ浦の海を守るため、浜に座り込みます。

    その場にいた実感として、あの浜にいた人たちで、本当に”原発を建てたい”人なんていないと思いました。

    中国電力の社員さんも、仕事として、自分の生活のため、家族の生活のために、原発の建設現場行く。

    本当に“原発を建てたい”人は、現場からは遠く離れたところにいる。

    それは電力会社の社長室かもしれないし、霞ヶ関の高層ビルの中かもしれない。

    でも、その時感じたのは、その元凶は誰でもない。

    人ではなく、原発を建てるという”国の方針”だと感じました。


    そして、それに沿った国のトップから山口県の小さな島まで伸びる建設“システム”。

    お互いに非暴力のポリシーを持っていても、工事を強行しようとすれば、反対派は何とか立ちはだかろうとするし、作業員や警備員は押し進もうとする。

    2月23日、そんなこと繰り返すうちに、その場の空気は狂気と化した(僕はそう感じた)。

    お互いに言葉づかいや振る舞いが乱暴になり、かなり危ない押しくらまんじゅう状態になりました。

    最後には祝島のおばちゃんがもみくちゃになって押しつぶされるようになり、病院に運ばれた。

    僕の22年間の人生で初めて感じた狂気。



    「戦争や紛争ってこういうものなのか」と直感しました。

    “当事者のいない対立”。

    これほど空虚なコトがほかにこの世にあるんだろうかと思った。



    どうすればこの状況が変わるのか、本気で考えました。

    “当事者のいない対立”という「気づき」から、まず、対話するという「学び」を得た。

    当事者がいないなら、現場にいる工事する側、反対する側で対話し、工事を止められないのか、と思いました。

    でも実際のところ、それだと工事を少し遅らせるぐらいが限度でした。

    根本的に建設計画を止めたり、脱原発するにはどうすればいいのか、また本気で考えた。

    そこでの「学び」は、未来に共通のゴールを持つことでした。

    数年先でも、数十年先でもいいから、相手と同じようなゴールのイメージを持つ。

    そうすれば、その相手は敵ではく、仲間になる。

    立場は違うかもしれないけど、大きくは進まないかもしれないけど、少しずつでも対話を通して、未来へ歩んでいく。

    そんな歩み方が必要だと強く感じました。

    長くなりましたが、そんな「気づき」と「学び」から、攻撃的ではない、未来のための想いを発信するハンストになればと思っています。
    (経産省の方や政治家の方と対話する機会はなさそうですが)

    そんなハンストへの想いを込めて、

    ~コブシを使わず、拡声器を使わず、ただ食べずに想いを発信する~

    という言葉をサブタイトルつけることになりました。

    抜粋終わり______


    実は、映画の後に監督さんから「初島のその後」を聞いてはいたのですが、偶然にも、ここでも書いてあり、しかも彼はその場にいたのですね。

    「本当に“原発を建てたい”人は、現場からは遠く離れたところにいる。」

    「それは電力会社の社長室かもしれないし、霞ヶ関の高層ビルの中かもしれない。 」

    「でも、その時感じたのは、その元凶は誰でもない。」

    「人ではなく、原発を建てるという”国の方針”だと感じました。」

    「“当事者のいない対立”。」

    これらの言葉は重いです。
    丁寧に丁寧に伝えようという気持ちが言葉に表れていると感じます。

    ハンガーストライキなんか危険だから止めたほうがいい、とか、あれこれ言うことは簡単ですが、彼の思いは半端じゃないです。

    彼らのサイトの上の方で、ストライキの様子が見れます。
    http://hungerstrike.jimdo.com/ハンスト中継/

    見守る目がたくさんあって、その一人でいたい私です。

    どうか無事で、そして大事にされますように。




    私たちにも出来ることがあります。
    NHK受信料を払っているからには、立派なスポンサーですから、ちゃんと報道してくださいって電話することです。
    とは、映画監督から頂いたお知恵ですけれど。

    4号機がぼろぼろだし、メルトダウンして更に潜り込んでいる放射能が一体どうなるのか、恐ろしい現状を隠す東電はもう信じられません。
    黒塗りの資料ってなんでしょうね。知りたいです。
    保安院が認めたとか言って隠す意味がわかりません。透明にしてほしいです。
    3.11に「撤退」と言った社長は5億の退職金をもらいながら、それを福島に全くお役に立てようということもないそうです。まだ6千万円もらうとか?どうか福島の人を助けるために使ってください。

    普通の会社で事故があったら警察が介入しますよね。
    危険物を扱っていたら尚更ですよね。
    なんで東電は警察が捜査しないのでしょうね。
    (と、これも監督の質疑応答で、ほんとだ!と今更ですが驚きました。)

    枝野経産相が言ったそうです。
    原子力発電所を一刻も早くやめるべきであるという心情は,非常に強く分かります
    しかしながら、それについては、国民的な合意の下に、あるいは議論の下で,そうなっていかなければならないと思っていますので、,ハンガーストライキというご自身の健康にも影響を与えるような手段,ではなくて、やっぱり国民的な議論を進めていく中で,そういったご意見についてもしっかり声を上げて頂きたいと思っています。

    国民的な合意の下、国民的な議論
    そうなるように、ぜひぜひ祈っています。
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    【2011/09/13 13:54】 | 災害・脱原発・エネルギー
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