家族カウンセラーの想いつれづれ
    「寝たきり」になっていく経過と対策にある『9.配偶者の協力』に「実質的な支えだけではなく、気持ちの支えになってありがたいですね。」と夫が書いているのを見て、嬉し涙がふわっと沸きました。褒められて素直に喜べることも嬉しいです。^^
    子育てが終わって、自分の時間をやっと自由に謳歌出来る!という喜び、子どもの頃から子どもらしく過ごせなかったけれど、やっと自分で自分を楽しむことが出来るというわくわくに満ち満ちていたので、正直にいうと、気持ちの負担とどう折り合いをつけていくのか、が手探りでしたし、おそらく今も自分と向き合い続けなければ、うっかりと脳内母の手の内に絡み取られそうです。(。-_-。)



    たとえば、『人としての尊厳を保つことができるように』
    これは、無意識に子どもの頃から刷り込まれています。ただ、それは、「相手の尊厳を尊重するという意味において重きがあり、自分自身は我慢する」という仕組みだったのです。
    その無意識の我慢に気がつかないときは、相手は私の我慢など知りませんから(表現しないことは伝わらない)、当たり前の日常として過ごします。そして、不満が溜まってゆき「私を尊重していない!」と夫に対して昔はよく怒っていました。
    自分が自分を誰よりも尊重していなかったのです。
    これが無意識に発動しないように、日々、心がけています。

    一つは「頼まれていないことはしない」
    頼まれてもいないのにやってしまうことは、相手を尊重していないことが多いんですね。けれども、子どもの頃から、母が困っている時は空気を読んで動く癖が身についていますから、それを「しない」ことを続けることが初めは苦しいんです。脳内親との戦いですね。

    一つは「頼まれていないことをした時は反省はしても後悔はしない。」
    そうはいっても、相手の意向表明を待ってるわけにいかない場面があります。そういう時は、自分自身の脚本が絶好調になっていることが多いです。(ああ、脚本ちゃん絶好調だね。)と言える時は我慢になりませんが、無意識に自分の我慢に気がつかない時は、後から不満が湧いてくるんですね。また、脳内親に、頑張りを恩に着せたり自慢したい子が出てきます。
    なので、付け加えました。
    「頼まれていないことをした時は、恩に着せず自慢せずあるいは批判が来ようと甘んじて受ける覚悟でやり、反省はしても後悔はしない。」
    こう決めたら、自分が受け止めるしかないので、自分をいっぱい抱きしめられるようになりますよ。




    『トイレが終わってオムツする前にお尻を拭いたりするのは妻がやってくれています。』
    これは、膝にヒビが入った時からなので、8/15からですか。正直に言うと初めは抵抗がありましたが、私の脚本がとても機能的に相手を尊重するので、綺麗に拭いてあげないと気持ちが悪いのです。
    湧いてくる思いに「自分の母親じゃないのに」とかいろいろありますが、これらはダミー感情です。
    家庭内で困っている人がいたら、当たり前にやることなのに、脚本が「不幸物語」を紡ごうとするのです。いや、面白いくらいに引っかかりそうになります。



    『距離を保たないとすぐに母が甘え「人を使う癖」(自分で動けない人間は、人を使うのがうまくなります)が出てきますので、距離感が大切です。』
    ここは、私自身がしっかりしないとなりません。
    なぜならば、我が母が私の父親の姑の介護を、さらには再婚相手の姑の介護をしたという事実があります。
    更には、世の中の「嫁がやって当たり前」という風潮があります。その調子で話しかけられる時、実際の苦労以上に心が疲弊します。夫も義父母も、私に「嫁として使役しろ」とは全く言っていませんから、家族内では問題ないはずなのですが、うっかりすると「良い子(脳内親に忠実な)」になってしまいそうで、まだまだ危険ゾーンです。
    この脚本が、若い嫁時代は、義母の「人をうまく使う癖」とマッチングしていたのです。義母の人生脚本を知れば、なるほどと思いますが、当時の傷は癒えてはいません。それを癒す鍵は、上に書いているとおり私の母親と向き合うことです。(どこまでも「母」です。)
    ですから、うっかりすると、義母に利用されているように見せかけて利用している脚本といういやらしい図が出来上がるので要注意です。義母は無意識ですから、それを責めるのはお門違いなんですよね。



    このようなことを書くと、「カウンセラーなのに?」と思われる方がいらっしゃいます。もし、そう思われたら、医者やカウンセラーに強い依存をしている(してしまう)かもしれないと疑ってみると良いかもしれません。誰かを上に置いたり、下に置いたりする癖があるのかもしれません。どちらかにいないと居心地が悪いのかもしれません。
    新しく環境が変われば、新しい課題と出会うーごく当たり前のことです。

    神様は、ちゃんと成長の種を私の中にもたせてくれたんだなって思います。育てるか育てないかは自分次第。



    さて、これまでは写真を撮る暇もなかったですが、最近の義父の豊作です。
    坊ちゃんかぼちゃと義父が呼びます。実際は、この3倍はありました。
    ぼっちゃんかぼちゃ


    こちらはスープ用に
    かぼちゃ


    こちらは煮付て常備菜として
    IMG_3525_convert_20150922105946.jpg


    かぼちゃ団子(潰して片栗粉と卵を混ぜ込む)ですが、天ぷらやいろいろと化けます。
    かぼちゃだんご



    これからは、どうやら間引きされた大根菜が毎朝届くような予感。
    大根の間引き


    我が家で育ったゴーヤ。

    我が家のゴーヤ


    塩で茹でただけですが、あずき煮。
    あずき煮

    最近、腎臓に良いと聞いて、毎日のように食べています。きび砂糖を入れてちょこっとおやつに化けたり、ペースト状になるとパンにつけて美味しいですよね。


    月に一度、織座農園からお野菜を買っていますが、このお野菜が届くと俄然料理をする気になるんです。
    また、お茶碗の洗い物も、「溜まるのが嫌」だったんだとわかってからは、自分が嫌なものを見たくないので、すいすいと洗っています。鍋もフライパンもその蓋も、放置されているのが嫌い、シンクもガスコンロもすぐに洗うーこれは母の躾です。躾で済めば良いですが、毎回やらされてうんざりしていましたから、綺麗じゃなくちゃ嫌だけどやりたくない、というジレンマを抱えていました。なんのことはない、私が気持ちが良い方を選ば解決です。
    この件では、いえ、この件に限らず代理親にした夫が一番の私の被害者です。(反省)



    と、長々と書きましたが、こんな感じで夫の嫁をやってます。
    「こんな感じ」で、これからも「同居物語(仮)」「家族小景」というカテゴリで書いてゆくかと思います。
    私の体験が事例として提供出来る場面があれば、惜しみなく書いてゆきたいと思います。
    そこに脚本が入り混じっていないか、中心軸の私がしっかり見ながらね。

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    子育てが終わって、自分の時間をやっと自由に謳歌出来る!という喜び、子どもの頃から子どもらしく過ごせなかったけれど、やっと自分で自分を楽しむことが出来るというわくわくに満ち満ちていたので、正直にいうと、気持ちの負担とどう折り合いをつけていくのか、が手探りでしたし、おそらく今も自分と向き合い続けなければ、うっかりと脳内母の手の内に絡み取られそうです。(。-_-。)



    たとえば、『人としての尊厳を保つことができるように』
    これは、無意識に子どもの頃から刷り込まれています。ただ、それは、「相手の尊厳を尊重するという意味において重きがあり、自分自身は我慢する」という仕組みだったのです。
    その無意識の我慢に気がつかないときは、相手は私の我慢など知りませんから(表現しないことは伝わらない)、当たり前の日常として過ごします。そして、不満が溜まってゆき「私を尊重していない!」と夫に対して昔はよく怒っていました。
    自分が自分を誰よりも尊重していなかったのです。
    これが無意識に発動しないように、日々、心がけています。

    一つは「頼まれていないことはしない」
    頼まれてもいないのにやってしまうことは、相手を尊重していないことが多いんですね。けれども、子どもの頃から、母が困っている時は空気を読んで動く癖が身についていますから、それを「しない」ことを続けることが初めは苦しいんです。脳内親との戦いですね。

    一つは「頼まれていないことをした時は反省はしても後悔はしない。」
    そうはいっても、相手の意向表明を待ってるわけにいかない場面があります。そういう時は、自分自身の脚本が絶好調になっていることが多いです。(ああ、脚本ちゃん絶好調だね。)と言える時は我慢になりませんが、無意識に自分の我慢に気がつかない時は、後から不満が湧いてくるんですね。また、脳内親に、頑張りを恩に着せたり自慢したい子が出てきます。
    なので、付け加えました。
    「頼まれていないことをした時は、恩に着せず自慢せずあるいは批判が来ようと甘んじて受ける覚悟でやり、反省はしても後悔はしない。」
    こう決めたら、自分が受け止めるしかないので、自分をいっぱい抱きしめられるようになりますよ。




    『トイレが終わってオムツする前にお尻を拭いたりするのは妻がやってくれています。』
    これは、膝にヒビが入った時からなので、8/15からですか。正直に言うと初めは抵抗がありましたが、私の脚本がとても機能的に相手を尊重するので、綺麗に拭いてあげないと気持ちが悪いのです。
    湧いてくる思いに「自分の母親じゃないのに」とかいろいろありますが、これらはダミー感情です。
    家庭内で困っている人がいたら、当たり前にやることなのに、脚本が「不幸物語」を紡ごうとするのです。いや、面白いくらいに引っかかりそうになります。



    『距離を保たないとすぐに母が甘え「人を使う癖」(自分で動けない人間は、人を使うのがうまくなります)が出てきますので、距離感が大切です。』
    ここは、私自身がしっかりしないとなりません。
    なぜならば、我が母が私の父親の姑の介護を、さらには再婚相手の姑の介護をしたという事実があります。
    更には、世の中の「嫁がやって当たり前」という風潮があります。その調子で話しかけられる時、実際の苦労以上に心が疲弊します。夫も義父母も、私に「嫁として使役しろ」とは全く言っていませんから、家族内では問題ないはずなのですが、うっかりすると「良い子(脳内親に忠実な)」になってしまいそうで、まだまだ危険ゾーンです。
    この脚本が、若い嫁時代は、義母の「人をうまく使う癖」とマッチングしていたのです。義母の人生脚本を知れば、なるほどと思いますが、当時の傷は癒えてはいません。それを癒す鍵は、上に書いているとおり私の母親と向き合うことです。(どこまでも「母」です。)
    ですから、うっかりすると、義母に利用されているように見せかけて利用している脚本といういやらしい図が出来上がるので要注意です。義母は無意識ですから、それを責めるのはお門違いなんですよね。



    このようなことを書くと、「カウンセラーなのに?」と思われる方がいらっしゃいます。もし、そう思われたら、医者やカウンセラーに強い依存をしている(してしまう)かもしれないと疑ってみると良いかもしれません。誰かを上に置いたり、下に置いたりする癖があるのかもしれません。どちらかにいないと居心地が悪いのかもしれません。
    新しく環境が変われば、新しい課題と出会うーごく当たり前のことです。

    神様は、ちゃんと成長の種を私の中にもたせてくれたんだなって思います。育てるか育てないかは自分次第。



    さて、これまでは写真を撮る暇もなかったですが、最近の義父の豊作です。
    坊ちゃんかぼちゃと義父が呼びます。実際は、この3倍はありました。
    ぼっちゃんかぼちゃ


    こちらはスープ用に
    かぼちゃ


    こちらは煮付て常備菜として
    IMG_3525_convert_20150922105946.jpg


    かぼちゃ団子(潰して片栗粉と卵を混ぜ込む)ですが、天ぷらやいろいろと化けます。
    かぼちゃだんご



    これからは、どうやら間引きされた大根菜が毎朝届くような予感。
    大根の間引き


    我が家で育ったゴーヤ。

    我が家のゴーヤ


    塩で茹でただけですが、あずき煮。
    あずき煮

    最近、腎臓に良いと聞いて、毎日のように食べています。きび砂糖を入れてちょこっとおやつに化けたり、ペースト状になるとパンにつけて美味しいですよね。


    月に一度、織座農園からお野菜を買っていますが、このお野菜が届くと俄然料理をする気になるんです。
    また、お茶碗の洗い物も、「溜まるのが嫌」だったんだとわかってからは、自分が嫌なものを見たくないので、すいすいと洗っています。鍋もフライパンもその蓋も、放置されているのが嫌い、シンクもガスコンロもすぐに洗うーこれは母の躾です。躾で済めば良いですが、毎回やらされてうんざりしていましたから、綺麗じゃなくちゃ嫌だけどやりたくない、というジレンマを抱えていました。なんのことはない、私が気持ちが良い方を選ば解決です。
    この件では、いえ、この件に限らず代理親にした夫が一番の私の被害者です。(反省)



    と、長々と書きましたが、こんな感じで夫の嫁をやってます。
    「こんな感じ」で、これからも「同居物語(仮)」「家族小景」というカテゴリで書いてゆくかと思います。
    私の体験が事例として提供出来る場面があれば、惜しみなく書いてゆきたいと思います。
    そこに脚本が入り混じっていないか、中心軸の私がしっかり見ながらね。

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    【2015/09/22 10:54】 | 家族小景
    【タグ】 脳内親  人生脚本  無意識  怒り  インナーペアレンツ  
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    エミさん
    中尾真智子
    コメントありがとうございます。

    > 英司先生のブログをたまたま見て、同居の記事を見つけ、「うわ!うちと同じ」と驚きました。ストローク飢餓の人が取る行動とか全く一緒で。

    実の親子というのはシビアですよね。

    > 同じ嫁の立場の奥様のブログを読みたかったので、同居の記事があって、

    「嫁」という意識はなくて、義父母との共同生活を助け合って気楽にやりたいです。^^


    > 実子の英司先生の記事も真智子先生の記事もどちらも今の私には参考になります。

    ありがとうございます。

    > 実子である夫の気持ちも理解出来るようになればと思いながら。。。

    理解するには伝えてもらうのが良いですね。ご夫婦でお話しすると良いと思います。

    > ぜひぜひ今後も記事をアップしてください。楽しみにしています!

    記事は本業の合間に気が向いたらになりますけどよろしくお願いします。


    初めまして
    エミ
    英司先生のブログをたまたま見て、同居の記事を見つけ、「うわ!うちと同じ」と驚きました。ストローク飢餓の人が取る行動とか全く一緒で。
    同じ嫁の立場の奥様のブログを読みたかったので、同居の記事があって、しかも今後も書き繋ぐご意思があって良かったーと喜んでいます。

    実子の英司先生の記事も真智子先生の記事もどちらも今の私には参考になります。
    どうして義両親はこんな行動を取るのか、どう対応すれば良いのか、は英司先生。
    自分の心持や立ち位置を考えるときは真智子先生のリアルな心境記事。

    実子である夫の気持ちも理解出来るようになればと思いながら。。。

    まずはできることから。

    ぜひぜひ今後も記事をアップしてください。楽しみにしています!

    HN さん
    中尾真智子
    > 台所がキレイだとすごく気持ちが良いのに食後に皿洗いをしたくなくて、たびたび翌日まで放置してしまいます。
    > 洗い物がシンクにたまっているのを見て、うんざりします。

    わざわざ未来の自分を苦しめているのですものね。

    > 夏場はすぐにコバエがわいて、
    > 気分が悪く、更に罪悪感も湧きます。

    この「罪悪感」を味わうために無意識がさせてるのかも。。。

    >
    > 私の中にも、何かありそうです。
    > きっかけをありがとうございます。

    (^^)v


    風子さん
    中尾真智子
    > きれいがいいんです。汚いのは嫌なんです。なのに、中々お皿洗いに取りかかれないし、やってても気が重いし、すごく時間がかかるし。何でこんなにお皿洗いが嫌なの~?

    やったら案外あっという間に終わるのにねぇ。すごく時間がかかる気がしちゃいますよね。そのままにしておきたい何かがあるのかなぁ。

    > 何かありそうです。見つけるぞ~。

    (^^)v

    私もです!
    HN
    台所がキレイだとすごく気持ちが良いのに
    食後に皿洗いをしたくなくて、
    たびたび翌日まで放置してしまいます。

    洗い物がシンクにたまっているのを見て、
    うんざりします。

    夏場はすぐにコバエがわいて、
    気分が悪く、更に罪悪感も湧きます。

    私の中にも、何かありそうです。
    きっかけをありがとうございます。



    お皿洗い
    風子
    「綺麗じゃなくちゃ嫌だけど、やりたくない」
    今の私にぴったりで驚きました!
    きれいがいいんです。汚いのは嫌なんです。なのに、中々お皿洗いに取りかかれないし、やってても気が重いし、すごく時間がかかるし。何でこんなにお皿洗いが嫌なの~?
    何かありそうです。見つけるぞ~。

    コメントを閉じる▲
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    エミさん
    コメントありがとうございます。

    > 英司先生のブログをたまたま見て、同居の記事を見つけ、「うわ!うちと同じ」と驚きました。ストローク飢餓の人が取る行動とか全く一緒で。

    実の親子というのはシビアですよね。

    > 同じ嫁の立場の奥様のブログを読みたかったので、同居の記事があって、

    「嫁」という意識はなくて、義父母との共同生活を助け合って気楽にやりたいです。^^


    > 実子の英司先生の記事も真智子先生の記事もどちらも今の私には参考になります。

    ありがとうございます。

    > 実子である夫の気持ちも理解出来るようになればと思いながら。。。

    理解するには伝えてもらうのが良いですね。ご夫婦でお話しすると良いと思います。

    > ぜひぜひ今後も記事をアップしてください。楽しみにしています!

    記事は本業の合間に気が向いたらになりますけどよろしくお願いします。
    2015/11/29(Sun) 17:38 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    初めまして
    英司先生のブログをたまたま見て、同居の記事を見つけ、「うわ!うちと同じ」と驚きました。ストローク飢餓の人が取る行動とか全く一緒で。
    同じ嫁の立場の奥様のブログを読みたかったので、同居の記事があって、しかも今後も書き繋ぐご意思があって良かったーと喜んでいます。

    実子の英司先生の記事も真智子先生の記事もどちらも今の私には参考になります。
    どうして義両親はこんな行動を取るのか、どう対応すれば良いのか、は英司先生。
    自分の心持や立ち位置を考えるときは真智子先生のリアルな心境記事。

    実子である夫の気持ちも理解出来るようになればと思いながら。。。

    まずはできることから。

    ぜひぜひ今後も記事をアップしてください。楽しみにしています!
    2015/10/13(Tue) 09:30 | URL  | エミ #-[ 編集]
    HN さん
    > 台所がキレイだとすごく気持ちが良いのに食後に皿洗いをしたくなくて、たびたび翌日まで放置してしまいます。
    > 洗い物がシンクにたまっているのを見て、うんざりします。

    わざわざ未来の自分を苦しめているのですものね。

    > 夏場はすぐにコバエがわいて、
    > 気分が悪く、更に罪悪感も湧きます。

    この「罪悪感」を味わうために無意識がさせてるのかも。。。

    >
    > 私の中にも、何かありそうです。
    > きっかけをありがとうございます。

    (^^)v
    2015/10/02(Fri) 16:31 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    風子さん
    > きれいがいいんです。汚いのは嫌なんです。なのに、中々お皿洗いに取りかかれないし、やってても気が重いし、すごく時間がかかるし。何でこんなにお皿洗いが嫌なの~?

    やったら案外あっという間に終わるのにねぇ。すごく時間がかかる気がしちゃいますよね。そのままにしておきたい何かがあるのかなぁ。

    > 何かありそうです。見つけるぞ~。

    (^^)v
    2015/10/02(Fri) 16:28 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    私もです!
    台所がキレイだとすごく気持ちが良いのに
    食後に皿洗いをしたくなくて、
    たびたび翌日まで放置してしまいます。

    洗い物がシンクにたまっているのを見て、
    うんざりします。

    夏場はすぐにコバエがわいて、
    気分が悪く、更に罪悪感も湧きます。

    私の中にも、何かありそうです。
    きっかけをありがとうございます。

    2015/09/23(Wed) 07:38 | URL  | HN #mQop/nM.[ 編集]
    お皿洗い
    「綺麗じゃなくちゃ嫌だけど、やりたくない」
    今の私にぴったりで驚きました!
    きれいがいいんです。汚いのは嫌なんです。なのに、中々お皿洗いに取りかかれないし、やってても気が重いし、すごく時間がかかるし。何でこんなにお皿洗いが嫌なの~?
    何かありそうです。見つけるぞ~。
    2015/09/22(Tue) 14:23 | URL  | 風子 #1OcfNHt6[ 編集]
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