家族カウンセラーの想いつれづれ
    私は、札幌オリンピックであちこちが舗装されてしまった後で、この下の生き物はどうしてるだろうと胸が傷みました。会社時代には、ラッシュが嫌で一時間以上かけて歩いて帰ったこともありました。また、車の通勤渋滞を見るにつけ、一台の自動車を行き先が同じ人達で「カーシェアリング」すれば、排気ガスも減るし渋滞も減るしいいのになぁ、と思っていました。エアコンが部屋を冷やして外を熱くすることも抵抗がありました。我が家も義母が来てから、義母の脱水が怖いので何度か使っていますけれどね。

    そんなわけで、Hideshiが紹介している「緑の道路」でクールジャパン(東京新聞)を見た時に、わくわくして新聞を探しました。どうしてもこの目で読みたかったのです。
    以下、全文です。

    -------------------------------

    「道路を描いてごらん。」
    そう言われた子どもたちは迷わず緑のクレヨンを手を伸ばした。70年後、道路のイメージは黒やグレーではなくなっている。
    「アスファルトやコンクリートの舗装をはがしてしまいたい。」世田谷区・等々力渓谷に近い住宅地にオフィスを構える建築家の末光弘和さん(38)は訴える。

    戦後、舗装されていない道路は都市整備の遅れのシンボルだった。それが、ほとんどすべての道路が舗装されつくされたことで、新たな問題を引き起こしている。

    夏になると。日中は熱風が吹き、夜になっても気温は下がらない。「ヒートアイランド現象」だ。アスファルトやコンクリートは熱をためやすい。住宅地を走る自動車は熱を撒き散らす。

    道路が舗装されていくうちに、住宅の密閉性が高まった。夏は一日中エアコンをかけ、暖気を外気に出す。そこに人は閉じこもる。進んだのは住宅の要塞化。

    人と人を結びつけるはずの道が、地域を分断するバリアーとなってしまった。

    舗装をはがす発想は、そんな問題意識から産まれた。
    「住宅を内部から冷やすのではなく外部から冷やす」

    今後、一台の自動車を複数の人で利用する「カーシェアリング」や、1人乗りの「セグウェイ」など新たな移動手段が普及すれば、自動車は今ほど必要ではなくなる。人が歩くだけでなく、がちがちに固めなくてもぬかるまない程度に、草木が茂っていれば十分だ。

    「舗装するのは、遠方の都市と都市をつなぐ自動車用道路だけでいい。住民の生活用道路は緑道に。」

    現在の道路のうち、50%は舗装をはがせると見込む。
    保水力があり、太陽光の照り返しも少ない緑道は「住宅街の気温を2〜3度は下げる効果がある。」

    世界的建築家の伊東豊雄氏の下で修行した後、八年前に独立した末光さんは「自然環境の快適性を取り込んだ住宅」を目指して来た。2008年、千葉県で設計した住宅が、そのひとつ。内部で井戸水が循環する樹木状の柱を10本建て、涼しい木陰でくつろげるような空間を作った。「Kokage」と名付け、代表作になった。

    多くの建物がまちごと破壊された11年の東日本大震災では、他の建築家と同じように、無力感に打ちのめされた。コミュニティーの再生に建築は何が出来るか、を真剣に考え続けた。結論は、1つの敷地に閉じこもる建築ではない。開かれた建築。だから、積極的にまちづくりの提案を始めた。

    「車のための道が人のための道に変われば、暮らし方も変わる」。涼しい風の吹き抜ける沿道沿いに立つ家には、威圧的な塀はない。窓は開け放され、境界線がどこかも分からない連なった庭を近所同士、気軽に行き来する。週末だけキッチンカフェにしたり、書斎を趣味の取り柄として解放する家も・・・。末光さんは、そんな街の姿を想像する。

    「孤独死もなくなっていますよ」

    -------------ここまで

    私の色々な妄想が、現実になってゆくことを思うと、とてもわくわくします。
    末光さんを応援します。


    クリックした先の【元画像】で十分に読めます。
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    以下、全文です。

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    「道路を描いてごらん。」
    そう言われた子どもたちは迷わず緑のクレヨンを手を伸ばした。70年後、道路のイメージは黒やグレーではなくなっている。
    「アスファルトやコンクリートの舗装をはがしてしまいたい。」世田谷区・等々力渓谷に近い住宅地にオフィスを構える建築家の末光弘和さん(38)は訴える。

    戦後、舗装されていない道路は都市整備の遅れのシンボルだった。それが、ほとんどすべての道路が舗装されつくされたことで、新たな問題を引き起こしている。

    夏になると。日中は熱風が吹き、夜になっても気温は下がらない。「ヒートアイランド現象」だ。アスファルトやコンクリートは熱をためやすい。住宅地を走る自動車は熱を撒き散らす。

    道路が舗装されていくうちに、住宅の密閉性が高まった。夏は一日中エアコンをかけ、暖気を外気に出す。そこに人は閉じこもる。進んだのは住宅の要塞化。

    人と人を結びつけるはずの道が、地域を分断するバリアーとなってしまった。

    舗装をはがす発想は、そんな問題意識から産まれた。
    「住宅を内部から冷やすのではなく外部から冷やす」

    今後、一台の自動車を複数の人で利用する「カーシェアリング」や、1人乗りの「セグウェイ」など新たな移動手段が普及すれば、自動車は今ほど必要ではなくなる。人が歩くだけでなく、がちがちに固めなくてもぬかるまない程度に、草木が茂っていれば十分だ。

    「舗装するのは、遠方の都市と都市をつなぐ自動車用道路だけでいい。住民の生活用道路は緑道に。」

    現在の道路のうち、50%は舗装をはがせると見込む。
    保水力があり、太陽光の照り返しも少ない緑道は「住宅街の気温を2〜3度は下げる効果がある。」

    世界的建築家の伊東豊雄氏の下で修行した後、八年前に独立した末光さんは「自然環境の快適性を取り込んだ住宅」を目指して来た。2008年、千葉県で設計した住宅が、そのひとつ。内部で井戸水が循環する樹木状の柱を10本建て、涼しい木陰でくつろげるような空間を作った。「Kokage」と名付け、代表作になった。

    多くの建物がまちごと破壊された11年の東日本大震災では、他の建築家と同じように、無力感に打ちのめされた。コミュニティーの再生に建築は何が出来るか、を真剣に考え続けた。結論は、1つの敷地に閉じこもる建築ではない。開かれた建築。だから、積極的にまちづくりの提案を始めた。

    「車のための道が人のための道に変われば、暮らし方も変わる」。涼しい風の吹き抜ける沿道沿いに立つ家には、威圧的な塀はない。窓は開け放され、境界線がどこかも分からない連なった庭を近所同士、気軽に行き来する。週末だけキッチンカフェにしたり、書斎を趣味の取り柄として解放する家も・・・。末光さんは、そんな街の姿を想像する。

    「孤独死もなくなっていますよ」

    -------------ここまで

    私の色々な妄想が、現実になってゆくことを思うと、とてもわくわくします。
    末光さんを応援します。


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    【2015/01/11 08:51】 | 環境
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    ネコロビーさん
    中尾真智子
    > 建築業に従事しております。興味深く記事を拝見しました。
    > よい記事を有難うございました。

    こちらこそ、お読みいただいた上に、コメントもいただいてありがとうございます。
    人と環境が好循環するような活動が増えるように、人々の意識が変わってゆくといいなぁと思います。



    ネコロビー
    建築業に従事しております。興味深く記事を拝見しました。

    現代日本の高気密・高断熱住宅は「窓を開けなくてもいい」造りとなっています。
    窓とは本来、通風・採光・眺望のために機能するもので、これは言い換えれば「室内に如何に外部(自然)を取り込むか」であると言えます。
    日本の伝統家屋を見るにつけ、外部との繋がり方や自然との共生のしかたの見事さに感動を覚える事さえあります。

    しかし現代では、通風については上記の通り「開けない窓」となりつつありますし、採光・眺望に関してもプライバシーや労働条件(夜勤)等の問題で、昼間でもカーテンや雨戸を閉めたままのお宅が多いのが現状です。
    つまり現代日本家屋における窓は「外部環境との繋がりを保つための機能」ではなく、大袈裟に言えば「内部環境を脅かすウィークポイント」となってしまっているのです。

    まるで要塞のようで寂しいですね。
    人の心が鎧を着込んだ結果が住環境に現れているのでしょうか。
    ですが、それでも大きな窓や解放的な家屋を望む方が多い事から、誰もがその現状を「良し」としているわけではない、というのも肌で感じます。
    しかし周囲の環境がそれを許さない、だからますます要塞化した家が増える、というジレンマに陥っているように思います。

    この記事のような、人と環境が好循環するような活動がもっと増えるといいですね。
    まずは私達一人ひとりが、自分が本当に望んでいるものは何か、諦めたり誤魔化したりせずに見つめていく事から始まるのでしょうね。
    よい記事を有難うございました。

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    ネコロビーさん
    > 建築業に従事しております。興味深く記事を拝見しました。
    > よい記事を有難うございました。

    こちらこそ、お読みいただいた上に、コメントもいただいてありがとうございます。
    人と環境が好循環するような活動が増えるように、人々の意識が変わってゆくといいなぁと思います。
    2015/04/13(Mon) 16:04 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    建築業に従事しております。興味深く記事を拝見しました。

    現代日本の高気密・高断熱住宅は「窓を開けなくてもいい」造りとなっています。
    窓とは本来、通風・採光・眺望のために機能するもので、これは言い換えれば「室内に如何に外部(自然)を取り込むか」であると言えます。
    日本の伝統家屋を見るにつけ、外部との繋がり方や自然との共生のしかたの見事さに感動を覚える事さえあります。

    しかし現代では、通風については上記の通り「開けない窓」となりつつありますし、採光・眺望に関してもプライバシーや労働条件(夜勤)等の問題で、昼間でもカーテンや雨戸を閉めたままのお宅が多いのが現状です。
    つまり現代日本家屋における窓は「外部環境との繋がりを保つための機能」ではなく、大袈裟に言えば「内部環境を脅かすウィークポイント」となってしまっているのです。

    まるで要塞のようで寂しいですね。
    人の心が鎧を着込んだ結果が住環境に現れているのでしょうか。
    ですが、それでも大きな窓や解放的な家屋を望む方が多い事から、誰もがその現状を「良し」としているわけではない、というのも肌で感じます。
    しかし周囲の環境がそれを許さない、だからますます要塞化した家が増える、というジレンマに陥っているように思います。

    この記事のような、人と環境が好循環するような活動がもっと増えるといいですね。
    まずは私達一人ひとりが、自分が本当に望んでいるものは何か、諦めたり誤魔化したりせずに見つめていく事から始まるのでしょうね。
    よい記事を有難うございました。
    2015/01/11(Sun) 14:20 | URL  | ネコロビー #-[ 編集]
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