家族カウンセラーの想いつれづれ
    古い記事についたコメントですが、冷静で穏やかな文章に好感を持ちました。
    「野菜作りは壊れた心を癒してくれています」
    「今の若い世代にもこのことに気づいてる人たちがちゃんといます」
    「この社会にはまだ光があると信じています」
    「自分が信じたことを実行する勇気を持つべきで、うまくいかなくても恥と思わないこと」

    癒し、気づき、希望、自信、勇気、が語られています。
    自分が使う言葉は、今の自分を表しますし、未来の道先案内をしているように感じます。


    -------以下コピー--------

    はじめまして

    何年も前の記事で恐縮ですがはじめて拝見させていただきます、29歳の男です

    両親教員で生真面目体育会系完璧主義で、ヒステリックな母、子育てせず土日も仕事(部活)にいく父、毎晩のように大声で夫婦喧嘩、奔放な兄と妹、母から出る言葉は父の悪口と愚痴ばかり、その間で親の顔色をうかがい家庭内のバランスを保とうと必死に自分を殺して幼少時代を過ごしました

    29歳になった今でも自分の人生を生きている実感がありません

    高校あたりからそんな歪みの影響が出て不登校に、その頃には親と何度も衝突しましたが親は一度も正面から私に謝ることはありませんでした、両親から発せられる「親のせいにするな」
    「なんでこんなことになったんだ」
    「いじめでもされてたのか」という無神経な言葉。
    それとまともに高校に通えないという現実が当時の自分にはあまりにも重く、私は自分を責め続けました。
    当時は不登校の理由を親にはっきり言いませんでした、自分自身でもよくわからなかったというのが正しいかもしれません
    たまりたまったものが急に弾けて行けなくなったのです

    学校が合わなかったということにして当時は過ごしました
    事実として学校が楽しくありませんでした、しかし今思えばそれ以上に家で安らげていませんでした、例えば部活動で一年坊のためグラウンド整備などで遅くなることがあっても親の説教が待っていました、部活もあまり楽しくなかった上、家に帰っても怒られ、何のために頑張ってるのかよくわからなくなっていました、きっとこっちが主原因だったんだと思います、高校の勉強や部活が大変っていうのは皆一緒だと思いますからね

    家に帰っても親が何を言ってくるのか気にしながら監視されてるような安らげない毎日に耐えられなかったんだと思います、兄よりもランクの低い高校に行ったせいで余計に見る目は厳しくなっていたように思います
    兄はその頃すでに上京していて両親の視線が自分に一気に向いてしまったため余計にですね
    現在は仕事を転々とし震災後から無職です、収入にはなっていませんが野菜作りをしています、完全にお先真っ暗ですね 笑 

    でも野菜作りは壊れた心を癒してくれています、今は先の事など考えても落ち込むだけなので考えないように自分ができたことの喜びを素直に感じ自分を認めることにしています

    周りに迷惑をかけちゃいけないとか、あれはだめこれはだめと世間に気を使う真面目な人ほど自己評価を低くしがちです、でも自分に自信がなければエネルギーは湧いてきません、エネルギーがなければ何もできません、何もできなければ自信も付きません、そうやってどんどん卑屈になっていきます、超高齢化で不景気な今は尚更ですね、若い人で何をやってもうまくいかないなんて人は大勢いるんだと思います

    迷惑かけてもいいから自分が信じたことを実行する勇気を持つべきで、うまくいかなくても恥と思わないこと、この歳になってやっと気づきました、実行できるかは別ですがね・・・
    自分語りが長くなってすみません


    このブログのような冷静な分析がきちんと世に広まって、大人たち(特に力を持っている世代)がきちんと問題意識を持って社会全体に周知させて私が受けたような負の連鎖を断ち切り、未来の子供たちが連鎖の被害を受けず自由に生きていける世の中になればいいと思いコメントさせて頂きました

    今の若い世代にもこのことに気づいてる人たちがちゃんといます、私には何の力もありませんが・・・・
    この社会にはまだ光があると信じています

    ------------------------
    関連記事


    追記を閉じる▲
    「野菜作りは壊れた心を癒してくれています」
    「今の若い世代にもこのことに気づいてる人たちがちゃんといます」
    「この社会にはまだ光があると信じています」
    「自分が信じたことを実行する勇気を持つべきで、うまくいかなくても恥と思わないこと」

    癒し、気づき、希望、自信、勇気、が語られています。
    自分が使う言葉は、今の自分を表しますし、未来の道先案内をしているように感じます。


    -------以下コピー--------

    はじめまして

    何年も前の記事で恐縮ですがはじめて拝見させていただきます、29歳の男です

    両親教員で生真面目体育会系完璧主義で、ヒステリックな母、子育てせず土日も仕事(部活)にいく父、毎晩のように大声で夫婦喧嘩、奔放な兄と妹、母から出る言葉は父の悪口と愚痴ばかり、その間で親の顔色をうかがい家庭内のバランスを保とうと必死に自分を殺して幼少時代を過ごしました

    29歳になった今でも自分の人生を生きている実感がありません

    高校あたりからそんな歪みの影響が出て不登校に、その頃には親と何度も衝突しましたが親は一度も正面から私に謝ることはありませんでした、両親から発せられる「親のせいにするな」
    「なんでこんなことになったんだ」
    「いじめでもされてたのか」という無神経な言葉。
    それとまともに高校に通えないという現実が当時の自分にはあまりにも重く、私は自分を責め続けました。
    当時は不登校の理由を親にはっきり言いませんでした、自分自身でもよくわからなかったというのが正しいかもしれません
    たまりたまったものが急に弾けて行けなくなったのです

    学校が合わなかったということにして当時は過ごしました
    事実として学校が楽しくありませんでした、しかし今思えばそれ以上に家で安らげていませんでした、例えば部活動で一年坊のためグラウンド整備などで遅くなることがあっても親の説教が待っていました、部活もあまり楽しくなかった上、家に帰っても怒られ、何のために頑張ってるのかよくわからなくなっていました、きっとこっちが主原因だったんだと思います、高校の勉強や部活が大変っていうのは皆一緒だと思いますからね

    家に帰っても親が何を言ってくるのか気にしながら監視されてるような安らげない毎日に耐えられなかったんだと思います、兄よりもランクの低い高校に行ったせいで余計に見る目は厳しくなっていたように思います
    兄はその頃すでに上京していて両親の視線が自分に一気に向いてしまったため余計にですね
    現在は仕事を転々とし震災後から無職です、収入にはなっていませんが野菜作りをしています、完全にお先真っ暗ですね 笑 

    でも野菜作りは壊れた心を癒してくれています、今は先の事など考えても落ち込むだけなので考えないように自分ができたことの喜びを素直に感じ自分を認めることにしています

    周りに迷惑をかけちゃいけないとか、あれはだめこれはだめと世間に気を使う真面目な人ほど自己評価を低くしがちです、でも自分に自信がなければエネルギーは湧いてきません、エネルギーがなければ何もできません、何もできなければ自信も付きません、そうやってどんどん卑屈になっていきます、超高齢化で不景気な今は尚更ですね、若い人で何をやってもうまくいかないなんて人は大勢いるんだと思います

    迷惑かけてもいいから自分が信じたことを実行する勇気を持つべきで、うまくいかなくても恥と思わないこと、この歳になってやっと気づきました、実行できるかは別ですがね・・・
    自分語りが長くなってすみません


    このブログのような冷静な分析がきちんと世に広まって、大人たち(特に力を持っている世代)がきちんと問題意識を持って社会全体に周知させて私が受けたような負の連鎖を断ち切り、未来の子供たちが連鎖の被害を受けず自由に生きていける世の中になればいいと思いコメントさせて頂きました

    今の若い世代にもこのことに気づいてる人たちがちゃんといます、私には何の力もありませんが・・・・
    この社会にはまだ光があると信じています

    ------------------------
    関連記事
    web拍手 by FC2

    【2014/11/05 11:00】 | 連鎖
    トラックバック(0) |
    コメント
    この記事へのコメント
    コメントを投稿
    URL:

    Pass:
    秘密: 管理者にだけ表示を許可
     
    トラックバック
    この記事のトラックバックURL
    この記事へのトラックバック