家族カウンセラーの想いつれづれ
    昨日は、「アナと雪の女王」を見たくて朝一番に見に行きました。一人で映画を見るのはなんといっても気楽です。しかし、エンディングの歌を聞いた時に、物語に散らばっているエピソードのあれもこれも『英司だ!』と、閃き(相応しい言葉が見当たらないので)ました。

    映画が終わるとすぐに外に出て電話をしました。
    「アナの雪の女王を一緒に見ましょ。」
    「え?なんで?」
    「これは、あなたが見なくちゃ。次の映画は間に合わないから、その次の映画の切符を買っておくから。ポイントが溜まってるから私は無料だし、一枚は1000円で買えるから、先に買っておくから。」
    「え?随分強引だね。」
    「だって、これはあなたが見る映画なんだもの。」
    「・・じゃあ、一人で見に行くよ。」
    「また、一人になるの?雪の女王と同じね。」
    「なんか脅しが入ってるね~」
    「私が、こんな風に言うことなんか滅多にないでしょう。私だって、この感じが消えたらどうでも良くなってしまうから、必死なんだと思う。」
    「とにかく、次のには十分時間があるから、ネットで調べてみるよ。」
    「そんなことは必要ないの。私が誘ってるの。チケットは早くしないとなくなっちゃう。(なるべくいい席で見て欲しい)」
    「だから、そういう風にいわれても。」
    「うーんと。もっと言うと、私は見たから別にいいの。でも、これは英司がスクリーンで見なくちゃなの。一人でじゃなくて、いや、あなたはこの映画を一人では見ない。(このへんは言ってる言葉がむちゃくちゃだなぁと自覚しながら言ってました)」
    「でもねぇ・・・。」
    「じゃあ、ホワイトデーのプレゼントにおねだりする。」
    「え?お返ししたじゃない。」
    「じゃあ。一生のお願い。一生のお願いは、あと7回くらいしたいから、その1回(意味不明)。」
    「わかった、行くよ。チケットはそっちで買うんだね。」

    これで、私の仕事はほぼ終わりでした。
    合間の時間を小説を読みながら過ごして、時間になったら一緒に映画館に入りました。

    映画を見ても感動しないかもしれない、そんなことはどうでも良い。英司がその目で見ること、その耳で聴くことがきっと大事なんだ、という変な信念が沸いていました。


    ●-------------------------------------------------

    映画の途中で英司は頬をなでていました。
    泣いてるんですね

    雪の女王にかけられた呪は、魔法を使えることを隠すことでした。
    それは親子の問題です。

    私が、彼女の親なら人里離れたところで練習させてあげたかった。
    どんどん強くなる魔法の力、抑圧されているのだから当然です。

    唯一、魔法を一緒に楽しんでくれる妹を守るために怪我をさせたことは、更に自分を閉じ込めることになりました。

    やっと自由になった女王を私は喜べませんでした。
    ひとりぼっちの自由です。

    それでも、彼女は、やっと自由になったと喜び、こうしていたら誰も傷つけない、とほっとしていたのでしょう。哀しいことです。



    王と王妃が事故で亡くなって、二人の肖像画も布で覆われました。しかし、女王の部屋には王だけの肖像画が飾られていました。私の記憶違いでなければ、おそらく王一人でした。女王になるべく運命を背負った王女は、ずっと父親に従ってきたのでしょう。

    真実の愛を知らない姉妹。
    ここに不幸があったのです。

    真実の愛は、姉妹の中に育っていたのに、不幸な事故で引き離されてしまいました。そして、親からは、不安と恐怖しかもらってなかったと私にはうつりました。



    ●-------------------------------------------------

    英司だ!と思ったあたりは、英司に映画の後に伝えました。
    私の姉も浮かびました。女王とアナが姉と私みたいにも見えました。奇しくも、姉の不可抗力で怪我をしています。姉は自分を責めていますが、私は自分で招いたことだと知っています。

    そして、私は、映画に半ば強引に誘った自分自身の衝動をさぐりながら行動しているのですが、英司が「一人で行くよ。」と言うと、熱が冷めかけて(別にどうでもいいんだけどなぁ)と湧くのです。あかんあかん!と、私の感覚を信じて訴えます。

    「そう言われると言われるほど行きたくなくなる。」と英司が言ったときは、(だよねー。)と引き下がろうとします。が、あかんあかん!と食い下がっていました。あとで ふりかえっても、(  )は脳内の声でした。
    あの衝動は、まさに「愛」しかないでしょう。

    私は、「愛」でもって、合間の時間を過ごして英司が映画を見る時間を一緒に過ごして、涙がこみ上げている英司と夕食を、個室のある居酒屋で過ごしたのです。そこに、共依存とかありません。

    共依存だった頃には、おそらく映画に誘えていないだろうと思います。思いつきもしないか、思いついたとしても、冷たい分析を英司に投げていたかもしれません。「あなたが雪の女王だから私がこんな思いをした」みたいな、自己犠牲的な言葉で英司を打ち続けていたかもしれません。

    私の中は、あたたかいものだけが流れていました。
    その時間を後悔していません。私が自由に行動して、大事な時間を一緒に過ごせたと思えます。



    「愛は、自分よりも相手を思うこと」というような台詞があるのですが(正確に覚えていません)、いっけん共依存的に感じる人もいるかと思います。

    実際、共依存の人は、自己犠牲をよくします。相手に自己投影したり代償行為をしては、相手が望んでもいないのに、あるいは寂しい人をわざわざ見つけて自分が好きでやったことを「あなたのために」と語り「それなのにわかってくれない」と語ります。いかに相手が、自分の思いやりを理解しない冷徹な人間かととうとうと語ったりします。

    しかし、愛ある行動は、自己一致で起こっているので、相手に見返りも求めません。それだけで幸せなのです。

    これを私は、過去に英司にだけは出来ませんでした。
    代理親にして(これがまたそっくりなところがあるんです。汗)責めていました。

    気がついてからの棚卸しは、自分の欠点をさらけ出すようで本当に苦しかったし、罪を露にするようで恐かった。しかし、全部の自分を自分自身が認めて許さない限り、相手を同じ罪深い人として責める気持ちが湧くのです。

    それは、小手先で思考で理解したところで、簡単に変わることは出来ません。自分と向き合うたゆみない日々の中でしか得られないのです。




    相談者さんには、自分自身と向き合っているけれど、恐い、不安、相手に対する憎しみしかない、いろいろな人がいます。相手を憎むことで自分を庇い続けていますから、その憎しみも手放す日が来ることでしょう。

    どうか、勇気を持ってくださいね。
    恐かったらゆっくりでいいのです。
    自分のペースで良いのです。

    子育てママは、ちょっと急ぎたくなるけれど、子どものための自己犠牲になってしまうと自分自身のインナーチャイルドを見捨ててしまうので、抵抗が起こりますから進めません。なので、我が子への愛だけを感じてみてください。それを感じたら、その愛のように自分自身を見てあげて下さい。
    向き合う勇気だけは、持ち続けて下さい。

    【 松たか子 『アナと雪の女王』「Let It Go」】


    【May J. 『アナと雪の女王』エンディング 「ありのままで」】


    本編の「少しは寒くはないわ」とエンディングの「少しは寒くはないわ」が全く違うものに変わっていると私は感じました。
    関連記事


    追記を閉じる▲
    「アナの雪の女王を一緒に見ましょ。」
    「え?なんで?」
    「これは、あなたが見なくちゃ。次の映画は間に合わないから、その次の映画の切符を買っておくから。ポイントが溜まってるから私は無料だし、一枚は1000円で買えるから、先に買っておくから。」
    「え?随分強引だね。」
    「だって、これはあなたが見る映画なんだもの。」
    「・・じゃあ、一人で見に行くよ。」
    「また、一人になるの?雪の女王と同じね。」
    「なんか脅しが入ってるね~」
    「私が、こんな風に言うことなんか滅多にないでしょう。私だって、この感じが消えたらどうでも良くなってしまうから、必死なんだと思う。」
    「とにかく、次のには十分時間があるから、ネットで調べてみるよ。」
    「そんなことは必要ないの。私が誘ってるの。チケットは早くしないとなくなっちゃう。(なるべくいい席で見て欲しい)」
    「だから、そういう風にいわれても。」
    「うーんと。もっと言うと、私は見たから別にいいの。でも、これは英司がスクリーンで見なくちゃなの。一人でじゃなくて、いや、あなたはこの映画を一人では見ない。(このへんは言ってる言葉がむちゃくちゃだなぁと自覚しながら言ってました)」
    「でもねぇ・・・。」
    「じゃあ、ホワイトデーのプレゼントにおねだりする。」
    「え?お返ししたじゃない。」
    「じゃあ。一生のお願い。一生のお願いは、あと7回くらいしたいから、その1回(意味不明)。」
    「わかった、行くよ。チケットはそっちで買うんだね。」

    これで、私の仕事はほぼ終わりでした。
    合間の時間を小説を読みながら過ごして、時間になったら一緒に映画館に入りました。

    映画を見ても感動しないかもしれない、そんなことはどうでも良い。英司がその目で見ること、その耳で聴くことがきっと大事なんだ、という変な信念が沸いていました。


    ●-------------------------------------------------

    映画の途中で英司は頬をなでていました。
    泣いてるんですね

    雪の女王にかけられた呪は、魔法を使えることを隠すことでした。
    それは親子の問題です。

    私が、彼女の親なら人里離れたところで練習させてあげたかった。
    どんどん強くなる魔法の力、抑圧されているのだから当然です。

    唯一、魔法を一緒に楽しんでくれる妹を守るために怪我をさせたことは、更に自分を閉じ込めることになりました。

    やっと自由になった女王を私は喜べませんでした。
    ひとりぼっちの自由です。

    それでも、彼女は、やっと自由になったと喜び、こうしていたら誰も傷つけない、とほっとしていたのでしょう。哀しいことです。



    王と王妃が事故で亡くなって、二人の肖像画も布で覆われました。しかし、女王の部屋には王だけの肖像画が飾られていました。私の記憶違いでなければ、おそらく王一人でした。女王になるべく運命を背負った王女は、ずっと父親に従ってきたのでしょう。

    真実の愛を知らない姉妹。
    ここに不幸があったのです。

    真実の愛は、姉妹の中に育っていたのに、不幸な事故で引き離されてしまいました。そして、親からは、不安と恐怖しかもらってなかったと私にはうつりました。



    ●-------------------------------------------------

    英司だ!と思ったあたりは、英司に映画の後に伝えました。
    私の姉も浮かびました。女王とアナが姉と私みたいにも見えました。奇しくも、姉の不可抗力で怪我をしています。姉は自分を責めていますが、私は自分で招いたことだと知っています。

    そして、私は、映画に半ば強引に誘った自分自身の衝動をさぐりながら行動しているのですが、英司が「一人で行くよ。」と言うと、熱が冷めかけて(別にどうでもいいんだけどなぁ)と湧くのです。あかんあかん!と、私の感覚を信じて訴えます。

    「そう言われると言われるほど行きたくなくなる。」と英司が言ったときは、(だよねー。)と引き下がろうとします。が、あかんあかん!と食い下がっていました。あとで ふりかえっても、(  )は脳内の声でした。
    あの衝動は、まさに「愛」しかないでしょう。

    私は、「愛」でもって、合間の時間を過ごして英司が映画を見る時間を一緒に過ごして、涙がこみ上げている英司と夕食を、個室のある居酒屋で過ごしたのです。そこに、共依存とかありません。

    共依存だった頃には、おそらく映画に誘えていないだろうと思います。思いつきもしないか、思いついたとしても、冷たい分析を英司に投げていたかもしれません。「あなたが雪の女王だから私がこんな思いをした」みたいな、自己犠牲的な言葉で英司を打ち続けていたかもしれません。

    私の中は、あたたかいものだけが流れていました。
    その時間を後悔していません。私が自由に行動して、大事な時間を一緒に過ごせたと思えます。



    「愛は、自分よりも相手を思うこと」というような台詞があるのですが(正確に覚えていません)、いっけん共依存的に感じる人もいるかと思います。

    実際、共依存の人は、自己犠牲をよくします。相手に自己投影したり代償行為をしては、相手が望んでもいないのに、あるいは寂しい人をわざわざ見つけて自分が好きでやったことを「あなたのために」と語り「それなのにわかってくれない」と語ります。いかに相手が、自分の思いやりを理解しない冷徹な人間かととうとうと語ったりします。

    しかし、愛ある行動は、自己一致で起こっているので、相手に見返りも求めません。それだけで幸せなのです。

    これを私は、過去に英司にだけは出来ませんでした。
    代理親にして(これがまたそっくりなところがあるんです。汗)責めていました。

    気がついてからの棚卸しは、自分の欠点をさらけ出すようで本当に苦しかったし、罪を露にするようで恐かった。しかし、全部の自分を自分自身が認めて許さない限り、相手を同じ罪深い人として責める気持ちが湧くのです。

    それは、小手先で思考で理解したところで、簡単に変わることは出来ません。自分と向き合うたゆみない日々の中でしか得られないのです。




    相談者さんには、自分自身と向き合っているけれど、恐い、不安、相手に対する憎しみしかない、いろいろな人がいます。相手を憎むことで自分を庇い続けていますから、その憎しみも手放す日が来ることでしょう。

    どうか、勇気を持ってくださいね。
    恐かったらゆっくりでいいのです。
    自分のペースで良いのです。

    子育てママは、ちょっと急ぎたくなるけれど、子どものための自己犠牲になってしまうと自分自身のインナーチャイルドを見捨ててしまうので、抵抗が起こりますから進めません。なので、我が子への愛だけを感じてみてください。それを感じたら、その愛のように自分自身を見てあげて下さい。
    向き合う勇気だけは、持ち続けて下さい。

    【 松たか子 『アナと雪の女王』「Let It Go」】


    【May J. 『アナと雪の女王』エンディング 「ありのままで」】


    本編の「少しは寒くはないわ」とエンディングの「少しは寒くはないわ」が全く違うものに変わっていると私は感じました。
    関連記事
    web拍手 by FC2

    【2014/03/17 09:10】 | チャイルド
    【タグ】 人生脚本  脳内親  無意識  インナーチャイルド  インナーペアレンツ  アナの雪の女王  ありのまま  
    トラックバック(0) |

    すみれさん
    中尾真智子
    > 気になって気になって仕方なかったのに、上映が始まると観に行こうとしない自分がいて、映画の上映期間が終わりそうなギリギリの状態になってしまいましたが、なんとか観に行って来れました。

    わわー。不思議ですねー。

    > 観て来れて良かったです。

    良かった良かった。

    > 映画館でなかったら観ない気がするので。

    映像すてきでしたね。物語も面白く作られていましたが、それは本編を見ないとわからないですものね。^^



    すみれ
    他の映画を観に行った時の宣伝の映像で、[アナと雪の女王]を観て、気になって気になって仕方なかったのに、上映が始まると観に行こうとしない自分がいて、映画の上映期間が終わりそうなギリギリの状態になってしまいましたが、なんとか観に行って来れました。
    観て来れて良かったです。
    映画館でなかったら観ない気がするので。





    ももさん
    中尾真智子
    > 観に行けました!!満足です。一人じゃなくて子どもと行きました。

    お子さんと一緒に楽しめたら最高ですね。^^





    もも
    観に行けました!!満足です。一人じゃなくて子どもと行きました。
    Let it goの意味を教えて下さってありがとうございました(^^)

    いせびあんさん
    中尾真智子
    > 見に行きますね。

    ぜひぜひ〜。
    今日も、別の雪の女王から電話が来ました。きっとたくさんいるんだなぁーと。^^

    ももさん
    中尾真智子
    > 私も見たい!!Let it go ってありのままっていう意味なんですね。映画に一人で行くっていうのが今までなかったので、一人で行ってもいいんだーと思いました(^^)

    ぜひどうぞ〜。一人でポップコーン食べながら見るお一人様が私は大好きです♡

    Let it goは「ありのまま」ではありません〜。言葉の意味を尊重しつつ、口の動きにあったワードを選びなおして新しく歌詞をつくったそうです。http://news.ameba.jp/20140316-278/

    Let it go については
    http://www.eigowithluke.com/2012/01/let-it-go/


    いせびあん
    見に行きますね。


    もも
    私も見たい!!Let it go ってありのままっていう意味なんですね。映画に一人で行くっていうのが今までなかったので、一人で行ってもいいんだーと思いました(^^)

    コメントを閉じる▲
    コメント
    この記事へのコメント
    すみれさん
    > 気になって気になって仕方なかったのに、上映が始まると観に行こうとしない自分がいて、映画の上映期間が終わりそうなギリギリの状態になってしまいましたが、なんとか観に行って来れました。

    わわー。不思議ですねー。

    > 観て来れて良かったです。

    良かった良かった。

    > 映画館でなかったら観ない気がするので。

    映像すてきでしたね。物語も面白く作られていましたが、それは本編を見ないとわからないですものね。^^
    2014/05/12(Mon) 10:16 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    他の映画を観に行った時の宣伝の映像で、[アナと雪の女王]を観て、気になって気になって仕方なかったのに、上映が始まると観に行こうとしない自分がいて、映画の上映期間が終わりそうなギリギリの状態になってしまいましたが、なんとか観に行って来れました。
    観て来れて良かったです。
    映画館でなかったら観ない気がするので。



    2014/05/09(Fri) 21:02 | URL  | すみれ #-[ 編集]
    ももさん
    > 観に行けました!!満足です。一人じゃなくて子どもと行きました。

    お子さんと一緒に楽しめたら最高ですね。^^


    2014/04/26(Sat) 23:20 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    観に行けました!!満足です。一人じゃなくて子どもと行きました。
    Let it goの意味を教えて下さってありがとうございました(^^)
    2014/04/18(Fri) 11:32 | URL  | もも #ELgsKP12[ 編集]
    いせびあんさん
    > 見に行きますね。

    ぜひぜひ〜。
    今日も、別の雪の女王から電話が来ました。きっとたくさんいるんだなぁーと。^^
    2014/03/19(Wed) 17:54 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    ももさん
    > 私も見たい!!Let it go ってありのままっていう意味なんですね。映画に一人で行くっていうのが今までなかったので、一人で行ってもいいんだーと思いました(^^)

    ぜひどうぞ〜。一人でポップコーン食べながら見るお一人様が私は大好きです♡

    Let it goは「ありのまま」ではありません〜。言葉の意味を尊重しつつ、口の動きにあったワードを選びなおして新しく歌詞をつくったそうです。http://news.ameba.jp/20140316-278/

    Let it go については
    http://www.eigowithluke.com/2012/01/let-it-go/
    2014/03/19(Wed) 17:52 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    見に行きますね。
    2014/03/18(Tue) 09:18 | URL  | いせびあん #-[ 編集]
    私も見たい!!Let it go ってありのままっていう意味なんですね。映画に一人で行くっていうのが今までなかったので、一人で行ってもいいんだーと思いました(^^)
    2014/03/17(Mon) 14:47 | URL  | もも #ELgsKP12[ 編集]
    コメントを投稿
    URL:

    Pass:
    秘密: 管理者にだけ表示を許可
     
    トラックバック
    この記事のトラックバックURL
    この記事へのトラックバック