家族カウンセラーの想いつれづれ
    人生を丁寧にゆっくりと満足しながら進まれることは大事ですね。

    チャイルドを癒そうにいただいたコメントに
    「各駅切符で」とありましたね。

    各駅切符で丁寧に、自分と向き合ってゆくのがいいと思います。
    時には快速や特急や新幹線に乗りたくなるでしょうけれど、各駅だからいいのです。
    思う存分自分と付き合ってあげたらいいと思います。
    余所見をして自分と比較したり羨んだりしたら、そういう人が回りに集まってきます。
    自分の在り方が変わったら、回りの関わり方も変わったりします。

    自律が身に付いてもハラッサーに出会います。そのときの対処が昔と違うことに気がつくことでしょう。
    まず、出てくる言葉はほぼアイメッセージになります。
    簡単にいうと、出来ることと出来ないことを明確にします。
    出来ないこと(我慢してまでしたくないことも含みます)はしない。
    嫌悪が沸いた出来事は、必要最低限の接触で距離を置く。
    自律した人なら、ここで(ああ、やっちゃったな)と気づき、手放すでしょう。
    ハラッサーは、執着が強く、自分の価値観で物事を語ってきます。が、そこに乗っかる必要はありません。
    もし、乗っかってやり取り(循環)が必要以上に生じても、気づきが起これば、次から変わってゆけるでしょう。

    自分の言動を相手のせいにしていないか、出来事のせいにしていないか、に気づけたら、無意識にハラッサーをしてしまった人も、今この瞬間にも変わることが出来ると思います。

    気づき・・・これ以上にない「切符」ですね。




    英司のブログに「わかってくれない」のは他人ではなく自分の中でIさんが言っています。



    『ずっと私のこと誰でもいいからわかってほしいって思っていたけど、
     私がわかりさえすれば、それで満足だったことわかりました。
     私がわかりたかったのです。
     そして、わかったとたん
     誰にもわからなくてもいいことだったとわかりました。
     だって!誰にもわからないことだから』



    ここにたどり着くまで、どれだけチャイルドと旅をされたことでしょう。



    私も、言います。

    夫のことは私はわからない
    私のことは夫にわからない
    子どものことも私はわからない
    親のこともわからない
    言わないとわからない
    言っても全部なんかわからない
    聞いても全部わかるわけがない
    わからないから面白い

    私たちは想像力という素晴らしいものを持っています。

    全てはわからないけれど、感じあう響きあうことが出来る。

    押し付けず、そっと感じる心が自分にあったら豊かだなぁ。
    その思いが相手と同じじゃなくても、自分が豊かだったらそれで幸せで、
    それぞれが豊かだったら幸せで

    違うものを貰ったら、違うと伝えてもいい関係がいいなぁ。
    いらないものをくれたら、いらないことを伝えていい関係がいいなぁ。
    いただいて嬉しい時は、心からありがとうと伝えたいなぁ。




    「いりませんと伝えたら、相手が怒った。」
    「怒らせてしまったと傷つく自分。」
    「怒った相手を攻める自分。」
    「自分は人間関係を築けない、難しい。」

    これは、握って来た人生脚本ですね。このように学習してきた何かがあるのでしょう。

    「ごめんなさい」ってさらりと言える人と付き合ったらいいです。
    自分が間違えたら「ごめんなさい」って言える自分でいられたらいいです。
    「ありがとう」と言える自分なら「ありがとう」と言える人と繋がることが出来るでしょう。

    ただね、「ありがとう」も「ごめんなさい」も貰いすぎたら重たいです。
    どんな良いことも、やりすぎて相手の肩にのしかかるほど重かったらハラスメントになってしまいます。

    そんなのわからないよ・・・

    そうでしょうか。丁寧に自分の内側を感じてみたらいいです。
    自分が違和感を感じた瞬間があったら、自分が無理しているかもしれません。
    相手に合わせすぎたり、相手に押し付けすぎたりしているかもしれません。
    自分に無理があると相手に重たく伝わります。
    相手がそれを直接指摘してくれたら親切ですが、世間にそんな勇気のある人はなかなかはいません。下手をしたら更なる傷を負いますから、せいぜい他で愚痴話として処理されてしまうでしょう。
    それを回りまわって教えてくれる親切ぶったハラッサーさんもいるからややこしいですね。
    だからこそ、自分の内側を丁寧に感じることが大事です。(他と自分の関係性に囚われて関係性を丁寧に見てもぐるぐるします。)

    自分と自分以外には境界線が必要です。
    個の境界(夫婦、恋人、きょうだい、友人など)
    世代間境界(親子)
    しっかり一人で立たないと、相手に自分を乗せてしまうようです。
    あるいは、相手が望まないことを勝手に引き受けてしまうようです。(これは思いやりと言いません)

    束縛、執着、自己投影、代償行為、自分の価値判断で相手を決めてしまう。
    こんな付き合いは息苦しいですね。
    それでも、孤独に耐えかねて、こんな付き合いでもいいからとストロークを求めてしまいます。

    人はほんとうにかよわいです。

    でもね、一度孤独に浸って、全ての自分を受け入れて身を任せてみた後なら、ハラッサーと無理して付き合うよりは孤独を選ぶのじゃないかしら。

    他人はどこまでいってもわかりきれるものではないけど、自分はしみじみあじわうことが出来ます。
    そこでわいて来る誰かへの愛はしみじみ抱きしめていいし、怒りは一杯出してもいいし、他人を巻き込まないで表現したら気持ちは軽くなります。

    時間(=命)は待ってくれませんから、無駄に過ごしたくないです。

    各駅でいい、丁寧でいい、けれどハラッサーと付き合う時間はとーっても無駄遣いです。
    自分のチャイルドと付き合ったほうがよほど面白いです。
    新しくなる自分の可能性が嬉しいです。
    産みの苦しみのほうが嬉しいです。
    死ぬまで成長し続けたいです。



    チャレンジャーになりましょうよ。
    冒険しましょうよ。
    一人だけど一人じゃない。
    どこかで船を漕いでいる仲間がいて、ずっと先の未来に出会える人がいる・・・かもしれない。
    私はそんな夢を見て、わくわく過ごしています。
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    余所見をして自分と比較したり羨んだりしたら、そういう人が回りに集まってきます。
    自分の在り方が変わったら、回りの関わり方も変わったりします。

    自律が身に付いてもハラッサーに出会います。そのときの対処が昔と違うことに気がつくことでしょう。
    まず、出てくる言葉はほぼアイメッセージになります。
    簡単にいうと、出来ることと出来ないことを明確にします。
    出来ないこと(我慢してまでしたくないことも含みます)はしない。
    嫌悪が沸いた出来事は、必要最低限の接触で距離を置く。
    自律した人なら、ここで(ああ、やっちゃったな)と気づき、手放すでしょう。
    ハラッサーは、執着が強く、自分の価値観で物事を語ってきます。が、そこに乗っかる必要はありません。
    もし、乗っかってやり取り(循環)が必要以上に生じても、気づきが起これば、次から変わってゆけるでしょう。

    自分の言動を相手のせいにしていないか、出来事のせいにしていないか、に気づけたら、無意識にハラッサーをしてしまった人も、今この瞬間にも変わることが出来ると思います。

    気づき・・・これ以上にない「切符」ですね。




    英司のブログに「わかってくれない」のは他人ではなく自分の中でIさんが言っています。



    『ずっと私のこと誰でもいいからわかってほしいって思っていたけど、
     私がわかりさえすれば、それで満足だったことわかりました。
     私がわかりたかったのです。
     そして、わかったとたん
     誰にもわからなくてもいいことだったとわかりました。
     だって!誰にもわからないことだから』



    ここにたどり着くまで、どれだけチャイルドと旅をされたことでしょう。



    私も、言います。

    夫のことは私はわからない
    私のことは夫にわからない
    子どものことも私はわからない
    親のこともわからない
    言わないとわからない
    言っても全部なんかわからない
    聞いても全部わかるわけがない
    わからないから面白い

    私たちは想像力という素晴らしいものを持っています。

    全てはわからないけれど、感じあう響きあうことが出来る。

    押し付けず、そっと感じる心が自分にあったら豊かだなぁ。
    その思いが相手と同じじゃなくても、自分が豊かだったらそれで幸せで、
    それぞれが豊かだったら幸せで

    違うものを貰ったら、違うと伝えてもいい関係がいいなぁ。
    いらないものをくれたら、いらないことを伝えていい関係がいいなぁ。
    いただいて嬉しい時は、心からありがとうと伝えたいなぁ。




    「いりませんと伝えたら、相手が怒った。」
    「怒らせてしまったと傷つく自分。」
    「怒った相手を攻める自分。」
    「自分は人間関係を築けない、難しい。」

    これは、握って来た人生脚本ですね。このように学習してきた何かがあるのでしょう。

    「ごめんなさい」ってさらりと言える人と付き合ったらいいです。
    自分が間違えたら「ごめんなさい」って言える自分でいられたらいいです。
    「ありがとう」と言える自分なら「ありがとう」と言える人と繋がることが出来るでしょう。

    ただね、「ありがとう」も「ごめんなさい」も貰いすぎたら重たいです。
    どんな良いことも、やりすぎて相手の肩にのしかかるほど重かったらハラスメントになってしまいます。

    そんなのわからないよ・・・

    そうでしょうか。丁寧に自分の内側を感じてみたらいいです。
    自分が違和感を感じた瞬間があったら、自分が無理しているかもしれません。
    相手に合わせすぎたり、相手に押し付けすぎたりしているかもしれません。
    自分に無理があると相手に重たく伝わります。
    相手がそれを直接指摘してくれたら親切ですが、世間にそんな勇気のある人はなかなかはいません。下手をしたら更なる傷を負いますから、せいぜい他で愚痴話として処理されてしまうでしょう。
    それを回りまわって教えてくれる親切ぶったハラッサーさんもいるからややこしいですね。
    だからこそ、自分の内側を丁寧に感じることが大事です。(他と自分の関係性に囚われて関係性を丁寧に見てもぐるぐるします。)

    自分と自分以外には境界線が必要です。
    個の境界(夫婦、恋人、きょうだい、友人など)
    世代間境界(親子)
    しっかり一人で立たないと、相手に自分を乗せてしまうようです。
    あるいは、相手が望まないことを勝手に引き受けてしまうようです。(これは思いやりと言いません)

    束縛、執着、自己投影、代償行為、自分の価値判断で相手を決めてしまう。
    こんな付き合いは息苦しいですね。
    それでも、孤独に耐えかねて、こんな付き合いでもいいからとストロークを求めてしまいます。

    人はほんとうにかよわいです。

    でもね、一度孤独に浸って、全ての自分を受け入れて身を任せてみた後なら、ハラッサーと無理して付き合うよりは孤独を選ぶのじゃないかしら。

    他人はどこまでいってもわかりきれるものではないけど、自分はしみじみあじわうことが出来ます。
    そこでわいて来る誰かへの愛はしみじみ抱きしめていいし、怒りは一杯出してもいいし、他人を巻き込まないで表現したら気持ちは軽くなります。

    時間(=命)は待ってくれませんから、無駄に過ごしたくないです。

    各駅でいい、丁寧でいい、けれどハラッサーと付き合う時間はとーっても無駄遣いです。
    自分のチャイルドと付き合ったほうがよほど面白いです。
    新しくなる自分の可能性が嬉しいです。
    産みの苦しみのほうが嬉しいです。
    死ぬまで成長し続けたいです。



    チャレンジャーになりましょうよ。
    冒険しましょうよ。
    一人だけど一人じゃない。
    どこかで船を漕いでいる仲間がいて、ずっと先の未来に出会える人がいる・・・かもしれない。
    私はそんな夢を見て、わくわく過ごしています。
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    【2011/02/11 22:07】 | 自律
    【タグ】 境界線  ハラッサー    
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    冒険!
    真智子さん(下のお名前で失礼します)、はじめまして、
    英司さんのサイトで大変お世話になっています。

    冒険という言葉を見て、わくわくしました。
    なんだかドキドキして、楽しそう!
    と思いつつ、腰が引けている自分も面白いです。

    飛び立つときは、ひとりで飛ぼう。
    それまでは、沢山勇気を蓄えよう。
    その時が来たら、きっと分かる!
    私は私のタイミングで!

    こわいような、今すぐ飛び出したいような、うずうずした感覚です。
    巣立ちの雛って、こんな気持ちなのかもしれませんね。

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    冒険!
    真智子さん(下のお名前で失礼します)、はじめまして、
    英司さんのサイトで大変お世話になっています。

    冒険という言葉を見て、わくわくしました。
    なんだかドキドキして、楽しそう!
    と思いつつ、腰が引けている自分も面白いです。

    飛び立つときは、ひとりで飛ぼう。
    それまでは、沢山勇気を蓄えよう。
    その時が来たら、きっと分かる!
    私は私のタイミングで!

    こわいような、今すぐ飛び出したいような、うずうずした感覚です。
    巣立ちの雛って、こんな気持ちなのかもしれませんね。
    2011/03/04(Fri) 13:08 | URL  | 繭 #RMpw/hoU[ 編集]
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