家族カウンセラーの想いつれづれ
    さてさて、英司の記事のおもしろ裏話を書きたいとおもいまーす。
    夫婦30年間の大祓

    不思議な道行きでした。
    6/30は、前から英司に誘われて、前日までの用事を済ませ、車に乗って高速に乗るまで見守ったら、眠ってしまった・・・いつもは、もう少し確認するのに眠かったのでした。

    ふと気がついたら、英司が
    「間違えた。」といらっとして言いました。ああ、懐かしい、これが嫌だったなぁと私も不機嫌になります。
    「自分に腹が立っているだけだから。」と言ってくれましたが、道を間違えて腹を立てる姿を見ると、八つ当たりされた頃の“感覚”が蘇り私の脚本が発動しようとします。まず“我慢”をします、その我慢を溜めて夫にぶつけるというストーリーが展開されるのです。
    我慢をしないで「嫌と言いたい!」気持ちも湧いてきますが、このタイミングで言いたがっているのは脚本ちゃん(ICを利用して相手にぶつける)です。
    間違えた自分に腹が立った英司ー感情の主体が自分
    腹が立った英司に腹が立った私ー感情の主体が英司
    書いてみるとわかりやすいですね、私の脚本が英司の怒りを利用して、苦労する姿を脳内親に見せたがっているのです。自分に腹を立てている人はそうっとしておけば良いのですから。



    「ちょっと地図見てくれない?」と英司
    iPhoneで確認すると、木更津まで来てしまったようです。
    目的地までは、更に1時間半かかります。もうとっくに着いている頃ですが、まあ、ドライブだと思って行けばいいや〜。

    すると、英司が「曇ってるなぁ。今日は止めようか。」

    「ええ?(せっかく朝早くからいろいろ準備を終えて出て来たのに?)
    ゆっくり行けばいいじゃない?」

    「晴れていたら写真を撮りたかったんだけどね。」と英司

    天気予報は晴れでしたが、もくもくと雲が湧いて雨もぽつぽつ降って来ました。

    「今日は大祓(おおはらえ)の日で、とっても行きたかったんじゃないの?」

    「でも、雨だしね。」

    「え?梅雨だもの、計画した時から予想していたんじゃないの?」

    「いや、雨だったらやめるつもりだったんだ。」

    聞いてないよ・・・女の準備は化粧や着るものだけじゃなく、家事の準備もあるのだよ。早出となれば前日に終えておくこともあるのだよ〜。だから寝ちゃったんだけどねー。むむー。

    「そういうつもりなら、前もって言ってほしいな。」

    「悪かった。」

    「じゃあ、今日はこのまま帰るのね。(ぶひ)」

    「お詫びにカラオケに付き合うからね。」

    「うーん。わかった。」


    帰り道をナビしているうちに、昔の社宅とか寄ってみようと英司。
    せっかく来たんだもの、それはいいかも!





    ★工場------------------------------------

    まず寄ったのが、臨海コンビナート地帯。
    社有地を海へ向かってずんずん入っていき岸壁に到着。
    「ここでよく昼に寝たんだよねえ。」と、車から出て見に行きました。

    私は車から出れませんでした。一緒に肩を並べて見たい気持ちもどこかにありますが、それをやると過去にワープしそうでやめました。せっかく懐かしがっている英司に、昔の愚痴をぶつけそうですからね。一度発動しかけた脚本は、虎視眈々とチャンスを狙っています。

    こういう時は、カウンセリングでよくある「ICなのか脚本なのかわからない」状態になります。
    英司に付き合っても脚本が発動しそうだし、一人で車に残っている姿も孤独な脚本に見えますからね。
    自分の姿は鏡を見ないとわかりませんが、すっと車から出られなかった自分に「無理をさせない」ことにしました。それが、僅かな時間でも自分と向き合うことになりました。
    当時の“哀しみ”は表現されずに怒りの礫で英司にぶつけられ、ずっと置いてけぼりのままだったー私が味わってあげないと成仏できないんだもの、それは一人でやることだものね。





    さて運転再開、次は社宅方面です。

    ★郵便局---------------------------------

    覚えてたつもりの道も、空き地が空き地じゃなくなっているは、知っていた建物もなくなっているはで、道を一本間違えて社宅だったところに入れずに郵便局に着きました。

    自宅が郵便局という不思議なところでした。学資保険に入っていたおかげで、娘の入院に助けてもらいましたし、学資保険も団体割引になる工夫がされていたりとにかく親切なんです。私が郵便局が好きなのはここのおかげかもしれません。

    転居してはじめて散歩した時、些細な事で喧嘩をして夫に置いてかれたんですね。碁盤の目(札幌)で育った私は、曲がると90度に方角が変わるとインプットされた脳みそだったので、当然社宅に戻れませんでした。郵便局を見ると(知ってる〜)とほっとしますが、その先に行くと迷子になりそうで進めずにうろうろしていたら迎えに来てくれました。この時点ですでに迷子ですが、郵便局が見えると“迷子”じゃなくなるのだから、心丈夫な彼(郵便局)ですわ〜。
    その後も曲線の道を覚えられないから、地図が読める女になりましたっけ。その後に『話を聞かない男、地図が読めない女』という本が世に出回り、「私地図読めるもん!」とぶーぶー言ったものですが、ピーズご夫妻が書いた本のタイトルは次々とヒットしましたよねぇ。どれも読んでないけど・・・。えへ。





    ★社宅----------------------------------

    社宅は随分昔になくなっていましたが、わき道を通ると懐かしいですね。

    英司は結婚生活と会社生活が同時スタートなので、経済的にも大変でした。結婚している新入社員は生意気に見えたでしょうしね。そう言いながらも「道人会(九州出身なのにね)」と「楽唱会(カラオケ会)」に夫婦で入りました。私が寂しくないようにしてくれたんだと思います。男性ばかりですが、可愛がってくれました。
    「もっとかみさん大事にしろよ。」「真智子さん大事にしてやれよ。」と心配して言ってくれる男性陣に「いやぁ、こいつは大丈夫ですよ!」とわけわかめな太鼓判を押す夫でした。そのたびに私は心細〜くなりましたけどね。

    馴染まないマンモス社宅でしたが、子どもが産まれたらそうは言っていられません。社宅の棟長が妊娠時に順番で回って来て、中でも8週に一度の外掃除が大変でした。草刈りの範囲が広いのです。自分の棟の周りの草刈り、公園、テニスコートの隣の広い空き地。草刈り機は棟長がやる習慣になっていたので、それを夫に頼むのがなにより苦痛でした。

    8棟が一週間交代でやる約束で、皆さんその予定で休みのスケジュールを組むので延期はありえません。雨でも棟長が草刈り機を動かすとカッパを来た男性陣が出て来ます。刈った草は数日乾かしてから女性陣が集めて捨てます。
    ある日「こんな大雨なのになんでやるのだ?」と決まった時間に動いてくれなかったことがありました。年間で決まったスケジュールだしうちで止めることも出来ません。草刈り機は、次の週には別の棟が使います。
    「雨の日に機械を動かすのは良くない、休日に大雨に濡れてまでやること?スケジュールが決まっているって言うなら中止にすれば?」と夫の言いたいことはわかるけど、「棟長になるまではちゃんとカッパ着て協力してたんだから、今更言うならはじめの棟長会で議論してくれ」と思うじゃないですかーマンモス社宅が長い時を重ねて話し合った結果のルールを簡単に変えるとは思えないけどさ。
    夫の断じる言い方に疲れて、「もういい。使い方を教えてもらってやる。」と言ったら、やっと「危ないことをするな。」とカッパを着て出てくれました。出てくれなかったら、私がなんとかやろうとする流れで周囲を巻き込んだ二人の脚本の見せ場となったでしょう。

    その後も(転勤してからも)、町の役員や子供会の仕事や男手が必要な場面で、気疲れしながらなんとかかんとか夫に動いてもらったことは数知れず。なのに、ひとたび参加したらせっせとやるし、笑顔で対応するから外の評判が良くて「いい旦那さんねえ。」と言われるたびに複雑な心境でした。


    そんな結婚生活の始まりだった新居(社宅)は、カビが酷く畳も変えてませんでした。前の人が住んだまま放置されていた緑色のカーペットは自分で剥ぎました。社内結婚で会社に詳しい友人が遊びに来た時に「このまま入れるなんて!?」と驚いたほどです。人事課が壁の塗り替えと畳の張替えを手配するんですって。広いだけで喜んでいた若い夫になんとも言えぬ不満が湧きましたが、おかげさまで壁のペンキ塗りはちょっと上達したんじゃないかなぁ。





    ★バレエ教室--------------------------------

    良い思い出もいっぱいあります。

    娘が通っていたバレエスタジオが見えた時は嬉しかったですね。この先生もステキな先生でした。小さい頃はスタジオの隅っこに並んで母親が座って見ているのですが、休憩時間にやってきた我が子を「ちゃんとしなさい!」と叱るお母さんもいました。そんなある時「お母さんは叱らないで下さい。私が厳しくやりますから、お母さんは励ましてください。」と笑顔で言ってくれた時はほっとしました。何をかくそう、娘はこの先生によく叱られるし、かといって私は習い事で娘を叱ることに納得してないので、叱るお母さんを見ると叱らない自分が責められているような気になって辛かったのです。

    まぁ、先生のおっしゃる通り、我が子はいっぱい叱られましたし、出来た時は素晴らしく褒められました。先生にお任せしておいたら大丈夫と思えましたので、息子が産まれたのを機会に、娘と相談して送迎だけにしました。この時、娘はちょっと我慢したと思いますし、同時にほっとしたのじゃないかと思います。車で送って家でお茶飲んでまもなくお迎え時間だから、家事のひとつこなせるわけじゃありませんが、帰りの車の中で、あるいは帰ってから、娘の話を聴いてあげられる心の余裕を大事にしたかったのです。

    先生のレッスンは数年のおつきあいでしたが、転勤しても娘と先生はお手紙で繋がっていたので、千葉に戻ってからは都合がつけば発表会を見に行きます。一昨年は帰り際に友人に会い再開を喜びましたが、あの人ごみで偶然会えるなんて奇跡のようでした。





    ★幼稚園・ショッピングセンター------------------

    娘の通った幼稚園は、そこだけが別世界です。お隣があの郵便局。娘が一度だけお友だちとやんちゃして抜け出して遊んだ空き地は建物が立って残念〜。図書サークルだった私が立ち働いた(?)場所も見えました。小さな息子と娘の笑顔が今でもあちこちで見えそうです。広葉樹が葉を広げて十分な木陰が出来ます。なんて素敵な幼稚園だろう!やっぱり大好きです。当時は漢字や英語を教える幼稚園が人気でしたが、自然保育のこの幼稚園が娘にはあっていたしのびのび育ちました。

    お買い物は二カ所ありましたが、日曜日が定休日のレインボーショッピングが大助かりしました。間もなく近くにAコープが出来ましたが、レインボーショッピングの本屋、薬局、魚屋、肉屋、布団屋、小間物屋、どれもありがたかったです。本屋は文房具も扱っていて楽しい場所でした。一番頼りになったのが山川薬局ーいろんなことをおしゃべりしたし、お薬の相談にのってくれました。鎮痛剤を止めたのも、野菜ジュースで便秘を治したのも山川さんとの出会いのおかげ〜。

    シャッター街になった?と思ったら看板が新しいです。ああ、日曜日だったとほっとしました。Aコープが消えても残るレインボーショッピング!すごい!
    ここの夏祭りも楽しかった〜。子どもが並んで大きなスイカ割り。割ったスイカを入れて持たせてくれます。お金がかかったんだっけ?並べばよかったんだっけ?ヨーヨーやら、焼き鳥やら、くじやら、どのお店も何かしら出し物をだして家族連れを楽しませてくれました。カラオケもやっていて一度だけ歌った思い出があります。





    ★クリーニング店----------------------------

    ここまで来たら、私が2年働いたクリーニング店にも行きたいと連れていってもらいました。
    一度だけクレーム品のメーカーを割り出して弁償してもらったことがあったなぁ。お客様が購入した店頭に持ち込んで返品になることが多いと思うんだけど、「洗ってこうなったんだから弁償しろ!」と喧嘩腰に言ってくるお客さんに社長が折れて弁償しようとしてて、「ちょっと待ったぁ!」となっちゃった。アパレルで働いていたのもあるけど、「表示通りに洗ったチヂミ」はメーカーの表示ミスでしょう?とムキになっちゃった。

    ある時は私のいたずらがきを見て、「チラシ書いてみないかい?」と社長。それで、チラシの脇にちょこっとイラスト&お洗濯したくなるようなポエムを入れたチラシが新聞に入りました。下手くそなのに味があったのでしょうかねぇ。季節の変わり目には新聞に入りましたよ。

    辞めてからも、奥さんが社宅に遊びに来てくれたり、転勤になる時もお別れに来てくれました。社長も奥さんも大好きです。30年近くたつのに、社長も奥さんも変わってなくてびっくりしました。嬉しくて嬉しくてハグハグしました。この店での社長も奥さんも知らない武勇伝(?)はまたいつか。





    ★病院-------------------------------------

    ここも抜かせない大事な場所ー我が子の入退院に付き添ったり、お薬の事情で二週間に一度は通った労災病院に行きました。懐かしい〜。
    当時はアルトだったからなんとか駐車出来る場所を確保出来たものの、手前の駐車場はすぐに満車になったよなぁ。このアルトは姉が乗りなさいとくれたもので、名義は姉のまま税金を姉に送ったか、納付書を送ってもらっていました。廃車になるまで私たち母子を助けてくれました。このことで恩に着せることが一度もない姉ですし、話題にも出しませんが、私はずっと感謝しています。

    診察まで数時間待つこともあるので、一度家に戻ったり、吸入だけなら幼稚園に送って会計と薬のために後で来たり、通院日は数回往復、途中で買い物したりが当たり前でした。

    娘の点滴の間は、2歳の息子と階段の上り下りで遊びました。「病院だ」と思うと気が滅入るので、工夫をして遊びました。待ち長くて退屈した時はキーホルダートランプで神経衰弱をしたり、絵本は数冊持ち歩きました。今時は「迷路」の本もあります。病院で何時間も過ごすことが子どもにとっていいとは思えないので、少しでも楽しいことをしたかったんですよね〜。

    ある日「今日お注射する?」と聞かれたお母さんが「しないよ。」と言うので、その子は「よかった〜」とはしゃいでいたのに診察室で大泣きー点滴か採血かボスミンかなぁ。次に会った時は、まだ注射をするか決まっていないのに大泣きされて困っていました。この子が病院と母親を信用するのにどれくらいかかるんだろう。そんなわけで、娘に聞かれた時は「するかもしれない。でも、ちょっとの我慢だよ。大丈夫。」と覚悟を決めてもらいました。そのうち娘は「点滴の針の方が採血の針より痛くないね。」とか言い出し、いつもは他の子に見えないようにカーテンを閉める看護婦さんが、娘の時は閉めなくなりました。母親もカーテンの向こうに締め出すのが不思議で「どうして?」と聞いたら、お母さんにしがみつく子や、それを叱るお母さんやろたえるお母さんがいてスムーズに行かないらしいです。でもなぁ、私はカーテンの向こうに母親がいるのは反対だなぁ。

    医師は毎年変わりましたが、そこを任されている女医さんが素晴らしかったです。わからないことはわからないと言い、その場で専門書を見る姿勢が私も勉強が必要だと教えてくれました。実に堂々と、専門書を見せながら「ここにこう書いてあるでしょう。なのでお薬が合ってるのだけど、血中濃度を見ると体質的になんちゃらなのかな。ちょっと減らしてみましょう。(内容は全く違いますし、覚えてない。けどこんな感じ)」とかいって、私を納得させてくれるんですよね。

    医師の姿勢が問われるなら、患者の姿勢も問われることだろうと自分自身で問いかけ続けました。どうありたい?それは、子育ての一部でした。私の有り様を我が子が見ているものね。





    ★「原点」----------------------------------

    こうして、育児は育自ということを実感しながら、一番大事な夫婦連合をおろそかにしてしまいました。誰も頼れない緊張感に疲弊する場面もあり、夫に不満をぶちまけました。今思うと、「忙しくて任せきりでごめん。」「ありがとう。」これだけで元気になれたんだろうなぁと思います。

    その言葉を言えない脚本を持った夫を代理親にしてぶつけていたのです。脚本対脚本で喧嘩ばかりして、それを我が子に見せて来たのです。

    今回の旅で彼が気がついたことは、未だに私を自分の一部のように扱ってしまっている場合があるーということでした。私には躊躇も遠慮もなくぶつける感情ーそれを浴びて私の脚本が元気に発動するのを見れましたからね。


    「そっか~。道間違えたのも、ここに来させるためだったのかもね。半年間の大祓ではなく、この30年間の大祓をしろということか。」

    夫が、しみじみと言いました。

    「原点に戻ってやり直せと言うことなんだな。だから、夫婦生活のスタート地点を見せてくれたのかぁ。もう一度始めから、夫婦をやり直せと言うことだ。お互いを尊重し合う夫婦になれってことなんだ。本当の大祓はここなんだね。」

    嬉しかったです。
    嬉しくて、カラオケに行きました。




    ★カラオケ----------------------------------

    最近は喉が弱くて声が枯れますが、歌を歌うと元気になります。
    英司はしばらくマッサージチェアーその間に2時間経っていたとは!?

    英司も歌い始めましたが、待てど暮らせど私の聴きたい歌がないままタイトルが思い出せない・・・最後にやっと二曲リクエスト。「二人は若かった(尾崎紀世彦)」「君を乗せて(沢田研二)」
    これを聴かずに帰られようか。

    ずいぶん前に、カラオケにこもって自分の(離婚の)決意を確かめていたことがありました。知ってる曲をいっぱい入れてぼーっと眺めていたら、なぜか英司の笑顔が浮かんで来ました。嬉しそうな顔、両手を広げている笑っている顔、私が何をしても喜んでいる大昔の英司です。これらの笑顔を無かったことにして来たのか?と愕然としました。意地の張り合いで来た日々に、意地で終止符を打つのかい?と自分に問いかけた時に、竹内まりあさんの「もう一度」が流れて来て歌うことなくただ泣き濡れていたーあの時の曲を歌いました。


    表層で頑張っていたけれど、隠した感情がたくさんありました。夫への愛情を無き物にしていた私の罪深さ、やさしくなかった罪深さ、彼がどうあろうと私が出来なかったことは私の問題でした。そんな私から一言

    どうか、無意識という深い海に沈めた感情を助けてあげてください。

    もう一度(オリジナルでないらしい)

    なんと鳥取砂丘が映っています。

    歌詞

    二人は若かった


    歌詞



    札幌でのカウンセリング実施について(パート2)女性のみ
    ★日程:10月7(月)~11(金)で募集しています。



    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    心のコップがいっぱいの親御さん
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領を熟読戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。
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    6/30は、前から英司に誘われて、前日までの用事を済ませ、車に乗って高速に乗るまで見守ったら、眠ってしまった・・・いつもは、もう少し確認するのに眠かったのでした。

    ふと気がついたら、英司が
    「間違えた。」といらっとして言いました。ああ、懐かしい、これが嫌だったなぁと私も不機嫌になります。
    「自分に腹が立っているだけだから。」と言ってくれましたが、道を間違えて腹を立てる姿を見ると、八つ当たりされた頃の“感覚”が蘇り私の脚本が発動しようとします。まず“我慢”をします、その我慢を溜めて夫にぶつけるというストーリーが展開されるのです。
    我慢をしないで「嫌と言いたい!」気持ちも湧いてきますが、このタイミングで言いたがっているのは脚本ちゃん(ICを利用して相手にぶつける)です。
    間違えた自分に腹が立った英司ー感情の主体が自分
    腹が立った英司に腹が立った私ー感情の主体が英司
    書いてみるとわかりやすいですね、私の脚本が英司の怒りを利用して、苦労する姿を脳内親に見せたがっているのです。自分に腹を立てている人はそうっとしておけば良いのですから。



    「ちょっと地図見てくれない?」と英司
    iPhoneで確認すると、木更津まで来てしまったようです。
    目的地までは、更に1時間半かかります。もうとっくに着いている頃ですが、まあ、ドライブだと思って行けばいいや〜。

    すると、英司が「曇ってるなぁ。今日は止めようか。」

    「ええ?(せっかく朝早くからいろいろ準備を終えて出て来たのに?)
    ゆっくり行けばいいじゃない?」

    「晴れていたら写真を撮りたかったんだけどね。」と英司

    天気予報は晴れでしたが、もくもくと雲が湧いて雨もぽつぽつ降って来ました。

    「今日は大祓(おおはらえ)の日で、とっても行きたかったんじゃないの?」

    「でも、雨だしね。」

    「え?梅雨だもの、計画した時から予想していたんじゃないの?」

    「いや、雨だったらやめるつもりだったんだ。」

    聞いてないよ・・・女の準備は化粧や着るものだけじゃなく、家事の準備もあるのだよ。早出となれば前日に終えておくこともあるのだよ〜。だから寝ちゃったんだけどねー。むむー。

    「そういうつもりなら、前もって言ってほしいな。」

    「悪かった。」

    「じゃあ、今日はこのまま帰るのね。(ぶひ)」

    「お詫びにカラオケに付き合うからね。」

    「うーん。わかった。」


    帰り道をナビしているうちに、昔の社宅とか寄ってみようと英司。
    せっかく来たんだもの、それはいいかも!





    ★工場------------------------------------

    まず寄ったのが、臨海コンビナート地帯。
    社有地を海へ向かってずんずん入っていき岸壁に到着。
    「ここでよく昼に寝たんだよねえ。」と、車から出て見に行きました。

    私は車から出れませんでした。一緒に肩を並べて見たい気持ちもどこかにありますが、それをやると過去にワープしそうでやめました。せっかく懐かしがっている英司に、昔の愚痴をぶつけそうですからね。一度発動しかけた脚本は、虎視眈々とチャンスを狙っています。

    こういう時は、カウンセリングでよくある「ICなのか脚本なのかわからない」状態になります。
    英司に付き合っても脚本が発動しそうだし、一人で車に残っている姿も孤独な脚本に見えますからね。
    自分の姿は鏡を見ないとわかりませんが、すっと車から出られなかった自分に「無理をさせない」ことにしました。それが、僅かな時間でも自分と向き合うことになりました。
    当時の“哀しみ”は表現されずに怒りの礫で英司にぶつけられ、ずっと置いてけぼりのままだったー私が味わってあげないと成仏できないんだもの、それは一人でやることだものね。





    さて運転再開、次は社宅方面です。

    ★郵便局---------------------------------

    覚えてたつもりの道も、空き地が空き地じゃなくなっているは、知っていた建物もなくなっているはで、道を一本間違えて社宅だったところに入れずに郵便局に着きました。

    自宅が郵便局という不思議なところでした。学資保険に入っていたおかげで、娘の入院に助けてもらいましたし、学資保険も団体割引になる工夫がされていたりとにかく親切なんです。私が郵便局が好きなのはここのおかげかもしれません。

    転居してはじめて散歩した時、些細な事で喧嘩をして夫に置いてかれたんですね。碁盤の目(札幌)で育った私は、曲がると90度に方角が変わるとインプットされた脳みそだったので、当然社宅に戻れませんでした。郵便局を見ると(知ってる〜)とほっとしますが、その先に行くと迷子になりそうで進めずにうろうろしていたら迎えに来てくれました。この時点ですでに迷子ですが、郵便局が見えると“迷子”じゃなくなるのだから、心丈夫な彼(郵便局)ですわ〜。
    その後も曲線の道を覚えられないから、地図が読める女になりましたっけ。その後に『話を聞かない男、地図が読めない女』という本が世に出回り、「私地図読めるもん!」とぶーぶー言ったものですが、ピーズご夫妻が書いた本のタイトルは次々とヒットしましたよねぇ。どれも読んでないけど・・・。えへ。





    ★社宅----------------------------------

    社宅は随分昔になくなっていましたが、わき道を通ると懐かしいですね。

    英司は結婚生活と会社生活が同時スタートなので、経済的にも大変でした。結婚している新入社員は生意気に見えたでしょうしね。そう言いながらも「道人会(九州出身なのにね)」と「楽唱会(カラオケ会)」に夫婦で入りました。私が寂しくないようにしてくれたんだと思います。男性ばかりですが、可愛がってくれました。
    「もっとかみさん大事にしろよ。」「真智子さん大事にしてやれよ。」と心配して言ってくれる男性陣に「いやぁ、こいつは大丈夫ですよ!」とわけわかめな太鼓判を押す夫でした。そのたびに私は心細〜くなりましたけどね。

    馴染まないマンモス社宅でしたが、子どもが産まれたらそうは言っていられません。社宅の棟長が妊娠時に順番で回って来て、中でも8週に一度の外掃除が大変でした。草刈りの範囲が広いのです。自分の棟の周りの草刈り、公園、テニスコートの隣の広い空き地。草刈り機は棟長がやる習慣になっていたので、それを夫に頼むのがなにより苦痛でした。

    8棟が一週間交代でやる約束で、皆さんその予定で休みのスケジュールを組むので延期はありえません。雨でも棟長が草刈り機を動かすとカッパを来た男性陣が出て来ます。刈った草は数日乾かしてから女性陣が集めて捨てます。
    ある日「こんな大雨なのになんでやるのだ?」と決まった時間に動いてくれなかったことがありました。年間で決まったスケジュールだしうちで止めることも出来ません。草刈り機は、次の週には別の棟が使います。
    「雨の日に機械を動かすのは良くない、休日に大雨に濡れてまでやること?スケジュールが決まっているって言うなら中止にすれば?」と夫の言いたいことはわかるけど、「棟長になるまではちゃんとカッパ着て協力してたんだから、今更言うならはじめの棟長会で議論してくれ」と思うじゃないですかーマンモス社宅が長い時を重ねて話し合った結果のルールを簡単に変えるとは思えないけどさ。
    夫の断じる言い方に疲れて、「もういい。使い方を教えてもらってやる。」と言ったら、やっと「危ないことをするな。」とカッパを着て出てくれました。出てくれなかったら、私がなんとかやろうとする流れで周囲を巻き込んだ二人の脚本の見せ場となったでしょう。

    その後も(転勤してからも)、町の役員や子供会の仕事や男手が必要な場面で、気疲れしながらなんとかかんとか夫に動いてもらったことは数知れず。なのに、ひとたび参加したらせっせとやるし、笑顔で対応するから外の評判が良くて「いい旦那さんねえ。」と言われるたびに複雑な心境でした。


    そんな結婚生活の始まりだった新居(社宅)は、カビが酷く畳も変えてませんでした。前の人が住んだまま放置されていた緑色のカーペットは自分で剥ぎました。社内結婚で会社に詳しい友人が遊びに来た時に「このまま入れるなんて!?」と驚いたほどです。人事課が壁の塗り替えと畳の張替えを手配するんですって。広いだけで喜んでいた若い夫になんとも言えぬ不満が湧きましたが、おかげさまで壁のペンキ塗りはちょっと上達したんじゃないかなぁ。





    ★バレエ教室--------------------------------

    良い思い出もいっぱいあります。

    娘が通っていたバレエスタジオが見えた時は嬉しかったですね。この先生もステキな先生でした。小さい頃はスタジオの隅っこに並んで母親が座って見ているのですが、休憩時間にやってきた我が子を「ちゃんとしなさい!」と叱るお母さんもいました。そんなある時「お母さんは叱らないで下さい。私が厳しくやりますから、お母さんは励ましてください。」と笑顔で言ってくれた時はほっとしました。何をかくそう、娘はこの先生によく叱られるし、かといって私は習い事で娘を叱ることに納得してないので、叱るお母さんを見ると叱らない自分が責められているような気になって辛かったのです。

    まぁ、先生のおっしゃる通り、我が子はいっぱい叱られましたし、出来た時は素晴らしく褒められました。先生にお任せしておいたら大丈夫と思えましたので、息子が産まれたのを機会に、娘と相談して送迎だけにしました。この時、娘はちょっと我慢したと思いますし、同時にほっとしたのじゃないかと思います。車で送って家でお茶飲んでまもなくお迎え時間だから、家事のひとつこなせるわけじゃありませんが、帰りの車の中で、あるいは帰ってから、娘の話を聴いてあげられる心の余裕を大事にしたかったのです。

    先生のレッスンは数年のおつきあいでしたが、転勤しても娘と先生はお手紙で繋がっていたので、千葉に戻ってからは都合がつけば発表会を見に行きます。一昨年は帰り際に友人に会い再開を喜びましたが、あの人ごみで偶然会えるなんて奇跡のようでした。





    ★幼稚園・ショッピングセンター------------------

    娘の通った幼稚園は、そこだけが別世界です。お隣があの郵便局。娘が一度だけお友だちとやんちゃして抜け出して遊んだ空き地は建物が立って残念〜。図書サークルだった私が立ち働いた(?)場所も見えました。小さな息子と娘の笑顔が今でもあちこちで見えそうです。広葉樹が葉を広げて十分な木陰が出来ます。なんて素敵な幼稚園だろう!やっぱり大好きです。当時は漢字や英語を教える幼稚園が人気でしたが、自然保育のこの幼稚園が娘にはあっていたしのびのび育ちました。

    お買い物は二カ所ありましたが、日曜日が定休日のレインボーショッピングが大助かりしました。間もなく近くにAコープが出来ましたが、レインボーショッピングの本屋、薬局、魚屋、肉屋、布団屋、小間物屋、どれもありがたかったです。本屋は文房具も扱っていて楽しい場所でした。一番頼りになったのが山川薬局ーいろんなことをおしゃべりしたし、お薬の相談にのってくれました。鎮痛剤を止めたのも、野菜ジュースで便秘を治したのも山川さんとの出会いのおかげ〜。

    シャッター街になった?と思ったら看板が新しいです。ああ、日曜日だったとほっとしました。Aコープが消えても残るレインボーショッピング!すごい!
    ここの夏祭りも楽しかった〜。子どもが並んで大きなスイカ割り。割ったスイカを入れて持たせてくれます。お金がかかったんだっけ?並べばよかったんだっけ?ヨーヨーやら、焼き鳥やら、くじやら、どのお店も何かしら出し物をだして家族連れを楽しませてくれました。カラオケもやっていて一度だけ歌った思い出があります。





    ★クリーニング店----------------------------

    ここまで来たら、私が2年働いたクリーニング店にも行きたいと連れていってもらいました。
    一度だけクレーム品のメーカーを割り出して弁償してもらったことがあったなぁ。お客様が購入した店頭に持ち込んで返品になることが多いと思うんだけど、「洗ってこうなったんだから弁償しろ!」と喧嘩腰に言ってくるお客さんに社長が折れて弁償しようとしてて、「ちょっと待ったぁ!」となっちゃった。アパレルで働いていたのもあるけど、「表示通りに洗ったチヂミ」はメーカーの表示ミスでしょう?とムキになっちゃった。

    ある時は私のいたずらがきを見て、「チラシ書いてみないかい?」と社長。それで、チラシの脇にちょこっとイラスト&お洗濯したくなるようなポエムを入れたチラシが新聞に入りました。下手くそなのに味があったのでしょうかねぇ。季節の変わり目には新聞に入りましたよ。

    辞めてからも、奥さんが社宅に遊びに来てくれたり、転勤になる時もお別れに来てくれました。社長も奥さんも大好きです。30年近くたつのに、社長も奥さんも変わってなくてびっくりしました。嬉しくて嬉しくてハグハグしました。この店での社長も奥さんも知らない武勇伝(?)はまたいつか。





    ★病院-------------------------------------

    ここも抜かせない大事な場所ー我が子の入退院に付き添ったり、お薬の事情で二週間に一度は通った労災病院に行きました。懐かしい〜。
    当時はアルトだったからなんとか駐車出来る場所を確保出来たものの、手前の駐車場はすぐに満車になったよなぁ。このアルトは姉が乗りなさいとくれたもので、名義は姉のまま税金を姉に送ったか、納付書を送ってもらっていました。廃車になるまで私たち母子を助けてくれました。このことで恩に着せることが一度もない姉ですし、話題にも出しませんが、私はずっと感謝しています。

    診察まで数時間待つこともあるので、一度家に戻ったり、吸入だけなら幼稚園に送って会計と薬のために後で来たり、通院日は数回往復、途中で買い物したりが当たり前でした。

    娘の点滴の間は、2歳の息子と階段の上り下りで遊びました。「病院だ」と思うと気が滅入るので、工夫をして遊びました。待ち長くて退屈した時はキーホルダートランプで神経衰弱をしたり、絵本は数冊持ち歩きました。今時は「迷路」の本もあります。病院で何時間も過ごすことが子どもにとっていいとは思えないので、少しでも楽しいことをしたかったんですよね〜。

    ある日「今日お注射する?」と聞かれたお母さんが「しないよ。」と言うので、その子は「よかった〜」とはしゃいでいたのに診察室で大泣きー点滴か採血かボスミンかなぁ。次に会った時は、まだ注射をするか決まっていないのに大泣きされて困っていました。この子が病院と母親を信用するのにどれくらいかかるんだろう。そんなわけで、娘に聞かれた時は「するかもしれない。でも、ちょっとの我慢だよ。大丈夫。」と覚悟を決めてもらいました。そのうち娘は「点滴の針の方が採血の針より痛くないね。」とか言い出し、いつもは他の子に見えないようにカーテンを閉める看護婦さんが、娘の時は閉めなくなりました。母親もカーテンの向こうに締め出すのが不思議で「どうして?」と聞いたら、お母さんにしがみつく子や、それを叱るお母さんやろたえるお母さんがいてスムーズに行かないらしいです。でもなぁ、私はカーテンの向こうに母親がいるのは反対だなぁ。

    医師は毎年変わりましたが、そこを任されている女医さんが素晴らしかったです。わからないことはわからないと言い、その場で専門書を見る姿勢が私も勉強が必要だと教えてくれました。実に堂々と、専門書を見せながら「ここにこう書いてあるでしょう。なのでお薬が合ってるのだけど、血中濃度を見ると体質的になんちゃらなのかな。ちょっと減らしてみましょう。(内容は全く違いますし、覚えてない。けどこんな感じ)」とかいって、私を納得させてくれるんですよね。

    医師の姿勢が問われるなら、患者の姿勢も問われることだろうと自分自身で問いかけ続けました。どうありたい?それは、子育ての一部でした。私の有り様を我が子が見ているものね。





    ★「原点」----------------------------------

    こうして、育児は育自ということを実感しながら、一番大事な夫婦連合をおろそかにしてしまいました。誰も頼れない緊張感に疲弊する場面もあり、夫に不満をぶちまけました。今思うと、「忙しくて任せきりでごめん。」「ありがとう。」これだけで元気になれたんだろうなぁと思います。

    その言葉を言えない脚本を持った夫を代理親にしてぶつけていたのです。脚本対脚本で喧嘩ばかりして、それを我が子に見せて来たのです。

    今回の旅で彼が気がついたことは、未だに私を自分の一部のように扱ってしまっている場合があるーということでした。私には躊躇も遠慮もなくぶつける感情ーそれを浴びて私の脚本が元気に発動するのを見れましたからね。


    「そっか~。道間違えたのも、ここに来させるためだったのかもね。半年間の大祓ではなく、この30年間の大祓をしろということか。」

    夫が、しみじみと言いました。

    「原点に戻ってやり直せと言うことなんだな。だから、夫婦生活のスタート地点を見せてくれたのかぁ。もう一度始めから、夫婦をやり直せと言うことだ。お互いを尊重し合う夫婦になれってことなんだ。本当の大祓はここなんだね。」

    嬉しかったです。
    嬉しくて、カラオケに行きました。




    ★カラオケ----------------------------------

    最近は喉が弱くて声が枯れますが、歌を歌うと元気になります。
    英司はしばらくマッサージチェアーその間に2時間経っていたとは!?

    英司も歌い始めましたが、待てど暮らせど私の聴きたい歌がないままタイトルが思い出せない・・・最後にやっと二曲リクエスト。「二人は若かった(尾崎紀世彦)」「君を乗せて(沢田研二)」
    これを聴かずに帰られようか。

    ずいぶん前に、カラオケにこもって自分の(離婚の)決意を確かめていたことがありました。知ってる曲をいっぱい入れてぼーっと眺めていたら、なぜか英司の笑顔が浮かんで来ました。嬉しそうな顔、両手を広げている笑っている顔、私が何をしても喜んでいる大昔の英司です。これらの笑顔を無かったことにして来たのか?と愕然としました。意地の張り合いで来た日々に、意地で終止符を打つのかい?と自分に問いかけた時に、竹内まりあさんの「もう一度」が流れて来て歌うことなくただ泣き濡れていたーあの時の曲を歌いました。


    表層で頑張っていたけれど、隠した感情がたくさんありました。夫への愛情を無き物にしていた私の罪深さ、やさしくなかった罪深さ、彼がどうあろうと私が出来なかったことは私の問題でした。そんな私から一言

    どうか、無意識という深い海に沈めた感情を助けてあげてください。

    もう一度(オリジナルでないらしい)

    なんと鳥取砂丘が映っています。

    歌詞

    二人は若かった


    歌詞



    札幌でのカウンセリング実施について(パート2)女性のみ
    ★日程:10月7(月)~11(金)で募集しています。



    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    心のコップがいっぱいの親御さん
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領を熟読戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。
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    【2013/07/03 17:07】 | 家族小景
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    ハナハナさん
    中尾真智子
    > ずっと、一人悩み続けたことを、聴いてもらえて、旦那も聞いてくれない、そもそも旦那が悩みの種、ものすごく入れ込む自分をおさえるのが一仕事という時期がありました。

    大変な時期を過ごされたのですね。日本の主婦&母親はしんどいですね。企業戦士もしんどいですしね。

    >すいません、自分なりに、腎臓の結石の手術の、洗ってあります、という石の写真も一人で大笑い。

    それは嬉しいです。笑いは涙と同じく浄化作用があります〜。(^^)v

    > カウンセラー同士の夫婦だから、完璧だろうという単純な発想をひるがし、同じく、自分で書いた脚本と戦っている同士だと、いろいろ書いてくださるのに、慰められ、励まされ、勉強させてもらっています。

    人は、(〜だから)とレッテルを貼ってしまいがちですね。そのレッテルを私ははがしたいのかもしれません。そのようなレッテルを貼る人に、とても依存が強いと感じることもあります。

    > ありがとうございます。

    こちらこそ、ありがとうございます。<(_ _*)>


    すみれさん
    中尾真智子

    > >こうなるまでは大変だったと思うのですが、微笑ましくて本当にいいですね(*^_^*)

    大変でしたよー。気づく前も気づいてからの棚卸しも。

    > >家だと、両親で出掛けても、帰ってきたら、母は父の愚痴を私に言いまくりでした(-_-#)今思うと、愚痴を言うのも幸せな証拠だったんだなぁと思います。

    愚痴を聞かせられる子の気持ちは、深刻に受け止めているのにね。

    > >もう頑張れないと、先生にカウンセリングを依頼しようとした

    こちらがインナーチャイルド

    > 「それは甘え。先生は忙しいよ。」

    こちらがIP
    今も私たちは順次おうけしています。^^

    > >友人にも、私は依存が強いから、助けてと言わないでおいています。
    > >幼い言葉にならない思いが半端なくわいたり、隙間から不安が広がって、あっという間にマイナス思考に早変わりしたり、本当に忙しいなと思いました。

    おおわらわな状況もまた学びの時期なのでしょうね。^^


    お会いできててよかった。
    ハナハナ
    ずっと、一人悩み続けたことを、聴いてもらえて、旦那も聞いてくれない、そもそも旦那が悩みの種、ものすごく入れ込む自分をおさえるのが一仕事という時期がありました。こんな人を日本全国飛ばしつずける奥さんて、どんな人だろうと思っていました。昨11月に会えたので、今日の話もすごく理解しやすいすいません、自分なりに、腎臓の結石の手術の、洗ってあります、という石の写真も一人で大笑い。
    カウンセラー同士の夫婦だから、完璧だろうという単純な発想をひるがし、同じく、自分で書いた脚本と戦っている同士だと、いろいろ書いてくださるのに、慰められ、励まされ、勉強させてもらっています。
    ありがとうございます。

    微笑ましくていいですね(*^_^*)
    すみれ

    >こういう、家族の話しの記事を読むと、
    >「家とは全く違うよなぁ。」
    と思います。
    >こうなるまでは大変だったと思うのですが、微笑ましくて本当にいいですね(*^_^*)
    >家だと、両親で出掛けても、帰ってきたら、母は父の愚痴を私に言いまくりでした(-_-#)今思うと、愚痴を言うのも幸せな証拠だったんだなぁと思います。
    >私は、いいゴミ箱だったよなぁ~と、最近まとめて色々思い出しました。
    >気持ちを素直に行動に移すようにしたら、良くなると思ってやっていると、最終的には自分で台無しにするようなことしていて、脳内の邪魔者を自覚していて落ち着いていたらなんてことなくすむことが、不思議とやり終えるまで全く気付かないでいたりするから、自分でやっておいて本当に悔しいです。でも、自分でしたことだから他にぶつけられず、いっぱいいっぱいになってしまい、もう頑張れないと、先生にカウンセリングを依頼しようとしたけど、頭の中で
    「それは甘え。先生は忙しいよ。」
    >友人にも、私は依存が強いから、助けてと言わないでおいています。

    >幼い言葉にならない思いが半端なくわいたり、隙間から不安が広がって、あっという間にマイナス思考に早変わりしたり、本当に忙しいなと思いました。




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    ハナハナさん
    > ずっと、一人悩み続けたことを、聴いてもらえて、旦那も聞いてくれない、そもそも旦那が悩みの種、ものすごく入れ込む自分をおさえるのが一仕事という時期がありました。

    大変な時期を過ごされたのですね。日本の主婦&母親はしんどいですね。企業戦士もしんどいですしね。

    >すいません、自分なりに、腎臓の結石の手術の、洗ってあります、という石の写真も一人で大笑い。

    それは嬉しいです。笑いは涙と同じく浄化作用があります〜。(^^)v

    > カウンセラー同士の夫婦だから、完璧だろうという単純な発想をひるがし、同じく、自分で書いた脚本と戦っている同士だと、いろいろ書いてくださるのに、慰められ、励まされ、勉強させてもらっています。

    人は、(〜だから)とレッテルを貼ってしまいがちですね。そのレッテルを私ははがしたいのかもしれません。そのようなレッテルを貼る人に、とても依存が強いと感じることもあります。

    > ありがとうございます。

    こちらこそ、ありがとうございます。<(_ _*)>
    2013/07/10(Wed) 10:51 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    すみれさん

    > >こうなるまでは大変だったと思うのですが、微笑ましくて本当にいいですね(*^_^*)

    大変でしたよー。気づく前も気づいてからの棚卸しも。

    > >家だと、両親で出掛けても、帰ってきたら、母は父の愚痴を私に言いまくりでした(-_-#)今思うと、愚痴を言うのも幸せな証拠だったんだなぁと思います。

    愚痴を聞かせられる子の気持ちは、深刻に受け止めているのにね。

    > >もう頑張れないと、先生にカウンセリングを依頼しようとした

    こちらがインナーチャイルド

    > 「それは甘え。先生は忙しいよ。」

    こちらがIP
    今も私たちは順次おうけしています。^^

    > >友人にも、私は依存が強いから、助けてと言わないでおいています。
    > >幼い言葉にならない思いが半端なくわいたり、隙間から不安が広がって、あっという間にマイナス思考に早変わりしたり、本当に忙しいなと思いました。

    おおわらわな状況もまた学びの時期なのでしょうね。^^
    2013/07/10(Wed) 10:41 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    お会いできててよかった。
    ずっと、一人悩み続けたことを、聴いてもらえて、旦那も聞いてくれない、そもそも旦那が悩みの種、ものすごく入れ込む自分をおさえるのが一仕事という時期がありました。こんな人を日本全国飛ばしつずける奥さんて、どんな人だろうと思っていました。昨11月に会えたので、今日の話もすごく理解しやすいすいません、自分なりに、腎臓の結石の手術の、洗ってあります、という石の写真も一人で大笑い。
    カウンセラー同士の夫婦だから、完璧だろうという単純な発想をひるがし、同じく、自分で書いた脚本と戦っている同士だと、いろいろ書いてくださるのに、慰められ、励まされ、勉強させてもらっています。
    ありがとうございます。
    2013/07/06(Sat) 14:33 | URL  | ハナハナ #-[ 編集]
    微笑ましくていいですね(*^_^*)

    >こういう、家族の話しの記事を読むと、
    >「家とは全く違うよなぁ。」
    と思います。
    >こうなるまでは大変だったと思うのですが、微笑ましくて本当にいいですね(*^_^*)
    >家だと、両親で出掛けても、帰ってきたら、母は父の愚痴を私に言いまくりでした(-_-#)今思うと、愚痴を言うのも幸せな証拠だったんだなぁと思います。
    >私は、いいゴミ箱だったよなぁ~と、最近まとめて色々思い出しました。
    >気持ちを素直に行動に移すようにしたら、良くなると思ってやっていると、最終的には自分で台無しにするようなことしていて、脳内の邪魔者を自覚していて落ち着いていたらなんてことなくすむことが、不思議とやり終えるまで全く気付かないでいたりするから、自分でやっておいて本当に悔しいです。でも、自分でしたことだから他にぶつけられず、いっぱいいっぱいになってしまい、もう頑張れないと、先生にカウンセリングを依頼しようとしたけど、頭の中で
    「それは甘え。先生は忙しいよ。」
    >友人にも、私は依存が強いから、助けてと言わないでおいています。

    >幼い言葉にならない思いが半端なくわいたり、隙間から不安が広がって、あっという間にマイナス思考に早変わりしたり、本当に忙しいなと思いました。


    2013/07/03(Wed) 20:56 | URL  | すみれ #-[ 編集]
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