家族カウンセラーの想いつれづれ
    子育ての愛に混じり気ないですか

    『子どもには子どもで選び生きる権利があります。そこにも執着を持たないことです。持ってしまいかける自分がちゃんといます。それに気付けたら手放してゆけます。』

    と、書きましたが、執着を持たないことと、責任を放棄することは違いますので、ここは間違えないでください。
    子どもがサインを出しているのに、何もしないのは怠慢です。
    子どもが問題行動をしている場合の多くは、親が子をちゃんと見てくれていないことを教えています。


    ちゃんと、というのは、時間をかけるということではないです。
    子どもに、まっすぐ親として責任を持って向き合うということです。自分の存在をかけて向き合うことです。

    ・世間体や親族など外の価値で判断していないか。
    ・子どもの気持ちも聴かないで、押し付けてこなかったか。
    ・過去にした虐待を反省しすぎて、関わることさえ恐れていないか。
    ・(大きくなったから、もう子どもの問題だ)と間違えた手放しをしていないか。
    ・配偶者任せにしていないか。
    など、まずは自らのありようを見直してみると良いです。



    夫婦としてのあり方(夫婦連合)が、子にとってどれほど大きいことか。夫婦仲が悪いことが、子にとって存在を脅かされるほどのことだと、どうか知って欲しいです。

    子育ての時期は、本当に短い。
    短いとはいえ、大きくなったから関係ないとは言えない一生のことです。

    子を愛してください。
    親を求める気持ち以上に、子を愛して下さい。
    親を愛する以上に、わが子を愛してください。
    自覚的に、意識して、自分の愛を見てください。


    どっち見てますか。


    向き合うことを恐れないで下さい。

    恐れているのがわが子だとしたら、
    自分が植えつけてきたものだと思い知ったら良いです。

    配偶者を恐れてわが子に関われないとしたら、
    その関係しか築けなかったのが自分だったことを思い知ってください。

    世間を恐れているとしたら、
    頭の中でこしらえた社会規範(多くは親)です。それは、すでに自分自身になっています。だから、戦う相手は、今の親じゃない、自分自身なのです。



    甘えることを知らなかったインナーチャイルドを、今の親に預けても多分満足しません。インナーチャイルドが欲しいのは、あの日あの時の親の愛情で、今の親がいくらわかってくれても、薄っぺらに感じることでしょう。

    今の親にもらった、と感動して涙したとしても、実際は、自分の内側で起こらないと変わらないのです。
    たとえ、親が何をしてくれても、あの頃欲しかったものをくれたとしても、本当には満足しないでしょう。


    自分が自分を受け止めてゆくことが大事です。
    インナーチャイルドの思いを知っているのは、自分だけだからね。
    子育てと、棚卸しは、同じ作業かもしれません。




    子どもは、とてもわかりやすい鏡です。
    わが子に導かれて下さい。

    泣いている
    つっかかる
    怒っている
    沈んでいる
    睨んでいる
    暴れている
    盗んでいる
    篭っている
    etc・・・

    これらを、見過ごすことはしないでください。
    ちゃんと見てください。
    聴いてください。

    鏡(わが子)を見捨てることは自分を見捨てることと同じです。
    自分を見捨てることはわが子(鏡)を見捨てることと同じです。
    自分も子どもも救われるには、まっすぐ立ってください。
    親として立ってください。
    どんなに苦しくても目を逸らさないでください。



    親を恐れているのは、今の自分ではないはず。
    親に期待しているのは、今の自分ではないはず。
    親を憎んでいるのは、今の自分ではないはず。
    それは、過去のあの日あの時の自分なのです。


    そこをお掃除しないで、親に執着している自分は、こんなにも親を求め愛していた脚本ちゃんがいるというあかしでしょう。

    この脚本ちゃんを抱きしめるのは、大人の自分です。

    親にちゃんと絶望すること。
    本当の親への執着も手放すこと。

    親への執着がわが子に投影して苦しめているかもしれません。
    親への執着から、我が子を見ないで嘆くことに終始しているかもしれません。

    今を生きていない自分の罪深さを知ってください。
    そこに巻き込まれて、苦しい人は離れてゆきます。
    離れられない人は、同じ穴の狢で、しばし仲良しごっこをしても、まもなく苦しくなることを経験されているのではないでしょうか。

    周りのせいにするけれど、大概は自ら招いていることです。



    最後の最後には、現実の親を、
    ほぼ、あるがままに見れるようになるでしょう。

    そこに到達するには、自分自身の中で、自分への赦しが起こり、鏡になった色々な対象への赦しが起こるように感じています。(対象への依存も手放せます。)

    心がざわついたり、葛藤が起こる場合は、
    その対象者に親や自分を投影しています。

    ----------------------------------------------------


    ※親に限らず、虐待の通報義務があるように、地域の子どもを守る責任は、全ての大人にあると言えましょう。

    第六条:児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。




    心のコップがいっぱいの親御さん
    自分の生き癖や執着に気付く
    アサーティブなあり方
    ハラッサーとハラッシー
    相談申込み要領を熟読戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。
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    子どもがサインを出しているのに、何もしないのは怠慢です。
    子どもが問題行動をしている場合の多くは、親が子をちゃんと見てくれていないことを教えています。


    ちゃんと、というのは、時間をかけるということではないです。
    子どもに、まっすぐ親として責任を持って向き合うということです。自分の存在をかけて向き合うことです。

    ・世間体や親族など外の価値で判断していないか。
    ・子どもの気持ちも聴かないで、押し付けてこなかったか。
    ・過去にした虐待を反省しすぎて、関わることさえ恐れていないか。
    ・(大きくなったから、もう子どもの問題だ)と間違えた手放しをしていないか。
    ・配偶者任せにしていないか。
    など、まずは自らのありようを見直してみると良いです。



    夫婦としてのあり方(夫婦連合)が、子にとってどれほど大きいことか。夫婦仲が悪いことが、子にとって存在を脅かされるほどのことだと、どうか知って欲しいです。

    子育ての時期は、本当に短い。
    短いとはいえ、大きくなったから関係ないとは言えない一生のことです。

    子を愛してください。
    親を求める気持ち以上に、子を愛して下さい。
    親を愛する以上に、わが子を愛してください。
    自覚的に、意識して、自分の愛を見てください。


    どっち見てますか。


    向き合うことを恐れないで下さい。

    恐れているのがわが子だとしたら、
    自分が植えつけてきたものだと思い知ったら良いです。

    配偶者を恐れてわが子に関われないとしたら、
    その関係しか築けなかったのが自分だったことを思い知ってください。

    世間を恐れているとしたら、
    頭の中でこしらえた社会規範(多くは親)です。それは、すでに自分自身になっています。だから、戦う相手は、今の親じゃない、自分自身なのです。



    甘えることを知らなかったインナーチャイルドを、今の親に預けても多分満足しません。インナーチャイルドが欲しいのは、あの日あの時の親の愛情で、今の親がいくらわかってくれても、薄っぺらに感じることでしょう。

    今の親にもらった、と感動して涙したとしても、実際は、自分の内側で起こらないと変わらないのです。
    たとえ、親が何をしてくれても、あの頃欲しかったものをくれたとしても、本当には満足しないでしょう。


    自分が自分を受け止めてゆくことが大事です。
    インナーチャイルドの思いを知っているのは、自分だけだからね。
    子育てと、棚卸しは、同じ作業かもしれません。




    子どもは、とてもわかりやすい鏡です。
    わが子に導かれて下さい。

    泣いている
    つっかかる
    怒っている
    沈んでいる
    睨んでいる
    暴れている
    盗んでいる
    篭っている
    etc・・・

    これらを、見過ごすことはしないでください。
    ちゃんと見てください。
    聴いてください。

    鏡(わが子)を見捨てることは自分を見捨てることと同じです。
    自分を見捨てることはわが子(鏡)を見捨てることと同じです。
    自分も子どもも救われるには、まっすぐ立ってください。
    親として立ってください。
    どんなに苦しくても目を逸らさないでください。



    親を恐れているのは、今の自分ではないはず。
    親に期待しているのは、今の自分ではないはず。
    親を憎んでいるのは、今の自分ではないはず。
    それは、過去のあの日あの時の自分なのです。


    そこをお掃除しないで、親に執着している自分は、こんなにも親を求め愛していた脚本ちゃんがいるというあかしでしょう。

    この脚本ちゃんを抱きしめるのは、大人の自分です。

    親にちゃんと絶望すること。
    本当の親への執着も手放すこと。

    親への執着がわが子に投影して苦しめているかもしれません。
    親への執着から、我が子を見ないで嘆くことに終始しているかもしれません。

    今を生きていない自分の罪深さを知ってください。
    そこに巻き込まれて、苦しい人は離れてゆきます。
    離れられない人は、同じ穴の狢で、しばし仲良しごっこをしても、まもなく苦しくなることを経験されているのではないでしょうか。

    周りのせいにするけれど、大概は自ら招いていることです。



    最後の最後には、現実の親を、
    ほぼ、あるがままに見れるようになるでしょう。

    そこに到達するには、自分自身の中で、自分への赦しが起こり、鏡になった色々な対象への赦しが起こるように感じています。(対象への依存も手放せます。)

    心がざわついたり、葛藤が起こる場合は、
    その対象者に親や自分を投影しています。

    ----------------------------------------------------


    ※親に限らず、虐待の通報義務があるように、地域の子どもを守る責任は、全ての大人にあると言えましょう。

    第六条:児童虐待を受けたと思われる児童を発見した者は、速やかに、これを市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所又は児童委員を介して市町村、都道府県の設置する福祉事務所若しくは児童相談所に通告しなければならない。




    心のコップがいっぱいの親御さん
    自分の生き癖や執着に気付く
    アサーティブなあり方
    ハラッサーとハラッシー
    相談申込み要領を熟読戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。
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    【2013/02/11 15:27】 | 育児(育自)
    【タグ】 インナーチャイルド  インナーペアレンツ  子育て  
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    お礼が言いたくて
    中尾真智子
    私の体を心配戴いて、このブログにコメントをくださった皆さんに、お礼が言いたくて書きました。

    私は、1対1の関係を大事にしています。
    (九州に行く時は、英司が貰った言葉を勝手に応援に戴いてコメントしてしまいました。おはずかし。)

    1対1というのは、誰かを介しないということです。
    個と個が繋がって、離れて、それがたまたま幾人かが集まることもある。そして離れて、また自分に戻る。戻る中心はいつも自分です。

    自由自在がいいです。
    流れてゆくのが好きです。

    ここに来て下さってありがとうございます。^^

    今後は、コメント返しが出来ないかと思いますが、ブログのヒントとして使わせて頂くかもしれません。
    よろしくお願いします ♪



    チエさん
    中尾真智子
    > どうか、ご無理されませんように。

    ありがとうございます。

    > 葛藤、迷いは、解放されてないことが
    > 自分にあったから、なんですね。

    ひとつ抜けたら、新しい葛藤に出会えます。そのたびに、人は成長のチャンスを貰うのでしょうね。


    いせびあんさん
    中尾真智子
    > 良くなりますように,祈ってます。

    ありがとうございます。

    > 一歩一歩。

    親としての責任を持ち続ける覚悟があれば(^^)v

    lalaさん
    中尾真智子
    わからない・・・わかろうとしない・・・どっちでしょう。
    親から貰わなくても、私たちは想像力があります。
    親と向き合うより、自分と向き合うことかなと思います。^^

    お体案じています
    チエ
    英司先生のブログで、結石のこと知りました。
    どうか、ご無理されませんように。

    記事にあります、

    「今を生きていない自分の罪深さを知ってください。そこに巻き込まれて、苦しい人は離れてゆきます。離れられない人は、同じ穴の狢で、しばし仲良しごっこをしても、まもなく苦しくなることを経験されているのではないでしょうか。

    周りのせいにするけれど、大概は自ら招いていることです。」

    仲良しごっこ、、このあたりから
    わたしの本心を発見できました。
    寝た子が飛び起きる感覚です。
    はじめは、入っていかなくて、、、。

    葛藤、迷いは、解放されてないことが
    自分にあったから、なんですね。

    ようやく、強烈な、ぐるぐる思考から抜けれます。

    ありがとうございます。

    真智子先生。
    いせびあん
    良くなりますように,祈ってます。

    子どもとのやりとりの中で自分の中の方で何でだろうとかすかに思っていたことが,今はちょっと遅れて分かるようになってきたところです。

    子どもと接するとき上から目線でしか見ることができなかった。親というのはそういう物だと思っていた。

    今は私の言葉や行動に対する子どもの反応でやりとりができるようになった気がする。

    子どもから学べるようになったら肩の力は抜けて楽になった。

    でも,まだ時々知らぬ間に肩に力が入り子どもとちぐはぐになりあれれと気がつく。

    一歩一歩。





    lara
    はじめまして。
    いつも拝読させていただいています。

    子どもと向き合うという事はどういうことだろうと、まさに今、日々グルグルしていました。

    向き合いたい、
    向き合おう、
    と思う気持ちが湧いてきているのですが、
    私自身母親と向き合ってこなかったので、
    感覚としてわかりません。

    うーん、、、
    という感じです。

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    この記事へのコメント
    お礼が言いたくて
    私の体を心配戴いて、このブログにコメントをくださった皆さんに、お礼が言いたくて書きました。

    私は、1対1の関係を大事にしています。
    (九州に行く時は、英司が貰った言葉を勝手に応援に戴いてコメントしてしまいました。おはずかし。)

    1対1というのは、誰かを介しないということです。
    個と個が繋がって、離れて、それがたまたま幾人かが集まることもある。そして離れて、また自分に戻る。戻る中心はいつも自分です。

    自由自在がいいです。
    流れてゆくのが好きです。

    ここに来て下さってありがとうございます。^^

    今後は、コメント返しが出来ないかと思いますが、ブログのヒントとして使わせて頂くかもしれません。
    よろしくお願いします ♪

    2013/02/22(Fri) 17:11 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    チエさん
    > どうか、ご無理されませんように。

    ありがとうございます。

    > 葛藤、迷いは、解放されてないことが
    > 自分にあったから、なんですね。

    ひとつ抜けたら、新しい葛藤に出会えます。そのたびに、人は成長のチャンスを貰うのでしょうね。
    2013/02/22(Fri) 16:51 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    いせびあんさん
    > 良くなりますように,祈ってます。

    ありがとうございます。

    > 一歩一歩。

    親としての責任を持ち続ける覚悟があれば(^^)v
    2013/02/22(Fri) 16:43 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    lalaさん
    わからない・・・わかろうとしない・・・どっちでしょう。
    親から貰わなくても、私たちは想像力があります。
    親と向き合うより、自分と向き合うことかなと思います。^^
    2013/02/22(Fri) 16:22 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    お体案じています
    英司先生のブログで、結石のこと知りました。
    どうか、ご無理されませんように。

    記事にあります、

    「今を生きていない自分の罪深さを知ってください。そこに巻き込まれて、苦しい人は離れてゆきます。離れられない人は、同じ穴の狢で、しばし仲良しごっこをしても、まもなく苦しくなることを経験されているのではないでしょうか。

    周りのせいにするけれど、大概は自ら招いていることです。」

    仲良しごっこ、、このあたりから
    わたしの本心を発見できました。
    寝た子が飛び起きる感覚です。
    はじめは、入っていかなくて、、、。

    葛藤、迷いは、解放されてないことが
    自分にあったから、なんですね。

    ようやく、強烈な、ぐるぐる思考から抜けれます。

    ありがとうございます。
    2013/02/17(Sun) 21:34 | URL  | チエ #-[ 編集]
    真智子先生。
    良くなりますように,祈ってます。

    子どもとのやりとりの中で自分の中の方で何でだろうとかすかに思っていたことが,今はちょっと遅れて分かるようになってきたところです。

    子どもと接するとき上から目線でしか見ることができなかった。親というのはそういう物だと思っていた。

    今は私の言葉や行動に対する子どもの反応でやりとりができるようになった気がする。

    子どもから学べるようになったら肩の力は抜けて楽になった。

    でも,まだ時々知らぬ間に肩に力が入り子どもとちぐはぐになりあれれと気がつく。

    一歩一歩。


    2013/02/14(Thu) 07:54 | URL  | いせびあん #-[ 編集]
    はじめまして。
    いつも拝読させていただいています。

    子どもと向き合うという事はどういうことだろうと、まさに今、日々グルグルしていました。

    向き合いたい、
    向き合おう、
    と思う気持ちが湧いてきているのですが、
    私自身母親と向き合ってこなかったので、
    感覚としてわかりません。

    うーん、、、
    という感じです。
    2013/02/13(Wed) 18:12 | URL  | lara #-[ 編集]
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