家族カウンセラーの想いつれづれ
    私がツィッターを始めたのは、ツイログというものに登録してみたら2011/3/12と判明しました。
    ツィッターのツも興味がなかったのに?と、今更びっくりしていますが、それだけ危機感があったのだと思います。

    とにかく情報が速かったー。
    テレビではやらない情報ばかりでした。
    気になったものをまとめて1日に1回、相方にメールをしてましたっけ。

    あんな事故があったのだから、原発はまもなく廃止になると思って、そうなったらツィッターを止めるつもりでいました。

    が、そうはなりませんでした。


    兼業(カウンセラー)主婦に慣れてきて、ブログをはじめてみようと思ったのが2010年12月です。ブログをはじめて3ヶ月で震災が起こりました。

    数日様子を見ていましたが、電話相談を受け始めました。
    いろんなチャイルドが、相談者さんの中から飛び出した!という感じを受けました。

    3.11以降、私がブログで書く記事は、カテゴリを見ても一目瞭然ですが、震災を抜きには書けないことが多かったです。


    2011年の12月に、終息宣言を機会にですが、ひとつのことを決めました。
    ツィッターについて に書いていますが、それから1年経っても継続中です。

    フォローいただく方をフォローする以外は、自分が情報が欲しいと思った人を勝手にフォローしたり、応援したい人を勝手に応援しています。
    (勝手で悪いねえ)と思うくらい、見返りを期待しないし、期待されません。
    自由だから面白いんですよね~。



    今年は北海道電力泊原発の3号機が、5月5日のこどもの日に定期検査入りして停止、日本中の原子力発電所が停止しました。
    このまま、脱原発かと思いきや、夏に大飯原発が再稼動しちゃいましたね。
    いてもたってもいられずに、仕事を切り上げて デモ に行った気持ちが忘れられません。

    あの日は官邸だけじゃなく、3.11からのいろいろ に書いたように、現場でもデモがありました。哀しみでいっぱいになった日でした。

    その後、毎週金曜日の官邸デモが、日本中に拡がっています。
    官邸前での賑わいが少なくなったと、ニュースで流れたそうですが、それぞれの地域でデモがあります。
    反TPPデモ、脱原発デモ、と住み分けも起こっているようです。私は、この二つは切り離せないと思っています。



    ツィッターでは、覚え切れない情報が流れてゆきます。
    流してゆくこと、ピックアップすること、を自分で選びます。自分の好みのものだけ選んで偏ってるかもしれないので、そうじゃない方も見てみます。
    主体は自分です。軸を自分に置き続ける限り、迷いは起こりません。争いも起こりません。
    たまにぶれると、体感でわかるので、鏡の作用もあるようです。


    と、まぁ、ツィッターでの脱原発が日常化している、じゃないか、脱原発が日常化しているのが先ですね。
    おかげで放射能汚染地図(早川マップ)を手に入れることも出来ました。知ることが足りていませんが、知る手段、情報を手に入れる手段。困った時につぶやいてみたら、助けてもらった感謝とかね。
    二度目のお散歩デモで楽しい出来事もありました。
    「11.11 さようなら原発1000万人アクション」






    さて、
    昨日は、ドキュメンタリー映画「主権在民 ~フクシマから東海村へ」(西山正啓監督)を見て、武藤類子さんの講演を聴いてきました。東海村JCO臨界事故と福島原発事故 と言葉になりません。
    映画で見た内容は、ツィッターから知りえたことが大半ではありましたが、ネットをやらないお年寄りがたくさん参加されていたことは良かったと思います。
    武藤類子さんをご存知じゃない方は、「ハイロアクション福島」・武藤類子さんのスピーチ(書き起こし)を見ていただいたら、彼女のひととなりを感じることと思います。

    そんな中、山本太郎さんが出馬したというではありませんか。

    わくわくしましたねえ。
    彼の狙いはなんでしょう。
    楽しいですね。

    どこかの党に属したら、言いたいことが言えない。
    彼が党首なら、言いたいことを言えて、全部の責任が自分で取れるのです。気持ちいいなー。
    彼は、国民投票のメンバーから外れて、一時は、それまでの仲間から非難を浴びた経緯もありましたが、今は彼の出馬を応援しているのを見かけました。人は、変われる。何度でも変われる。
    変わったっていいんだもん。
    晴れ晴れした気持ちが、沸き起こりました。



    選挙のこともつぶやいていますから、今日は【公職選挙法】をざっくり読みました。しかしネットのことは書いていません。
    探していたらブログを見つけました。著作権を書かれているので引用できませんが、どうやら【文書図画】と据えられるようです。




    今回の選挙で、脱原発と反TPPと消費税が争点のようですね。テレビでもやっていました。それに合わせて、選挙公約なども変わったりする党があるとかないとか。ここは、ころころ変わっては困ります。
    3.11以降、ずっと私の思いはひとつの方向です。福島の事故を言わない政党は信用しません。脱原発を言わない政党は信用しません。
    今回は、党の名前が変わったり、無くなったり、ぎりぎりまで何があるかわからないと思って見ています。
    応援していた党が仕事していたら消えてましたから。(党の名前なんぞいくら変わっても良いです。笑)


    余談ですが、母に電話をしたら、
    「そうだね。こっちでデモもやってるしね。」ですって。
    母は年代的に、自民党で育ってるかと、これだけ党が増えたら大丈夫かと思ったけれど、ちゃんと考えているようです。

    そんなこんなありますが、昨日見た映画のタイトル【主権在民】の通り、皆さん、選挙行きましょうね。
    自分の目で、耳で確認して、自分の意志で投票するのです。


    どんな結果でも、私は諦めないで同じことを続けてゆく。1対1で繋がり離れしながら、出会ったときに持ち寄ったものを宝物にしてね。
    (^^)v




    ★★大切な追記★★

    『楢葉のおとうさん、松本喜一さんのこと』
    読んで涙が滲んできました。笑顔がすてきです。

    この方が、福島第5区から日本未来の党の公認を受けて出馬しました。
    双葉郡楢葉町の「おとうさん」こと、松本喜一さんです。

    以下サイトより抜粋

    楢葉町町議をつとめながら原発事故被災者を支援し続ける本当に立派な方です。
    ご本人も原発事故被災者です。

    原発立地自治体から、被災者の声を背に受けて、脱原発を主張しています。

    松本喜一さんの経歴・プロフィール
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    兼業(カウンセラー)主婦に慣れてきて、ブログをはじめてみようと思ったのが2010年12月です。ブログをはじめて3ヶ月で震災が起こりました。

    数日様子を見ていましたが、電話相談を受け始めました。
    いろんなチャイルドが、相談者さんの中から飛び出した!という感じを受けました。

    3.11以降、私がブログで書く記事は、カテゴリを見ても一目瞭然ですが、震災を抜きには書けないことが多かったです。


    2011年の12月に、終息宣言を機会にですが、ひとつのことを決めました。
    ツィッターについて に書いていますが、それから1年経っても継続中です。

    フォローいただく方をフォローする以外は、自分が情報が欲しいと思った人を勝手にフォローしたり、応援したい人を勝手に応援しています。
    (勝手で悪いねえ)と思うくらい、見返りを期待しないし、期待されません。
    自由だから面白いんですよね~。



    今年は北海道電力泊原発の3号機が、5月5日のこどもの日に定期検査入りして停止、日本中の原子力発電所が停止しました。
    このまま、脱原発かと思いきや、夏に大飯原発が再稼動しちゃいましたね。
    いてもたってもいられずに、仕事を切り上げて デモ に行った気持ちが忘れられません。

    あの日は官邸だけじゃなく、3.11からのいろいろ に書いたように、現場でもデモがありました。哀しみでいっぱいになった日でした。

    その後、毎週金曜日の官邸デモが、日本中に拡がっています。
    官邸前での賑わいが少なくなったと、ニュースで流れたそうですが、それぞれの地域でデモがあります。
    反TPPデモ、脱原発デモ、と住み分けも起こっているようです。私は、この二つは切り離せないと思っています。



    ツィッターでは、覚え切れない情報が流れてゆきます。
    流してゆくこと、ピックアップすること、を自分で選びます。自分の好みのものだけ選んで偏ってるかもしれないので、そうじゃない方も見てみます。
    主体は自分です。軸を自分に置き続ける限り、迷いは起こりません。争いも起こりません。
    たまにぶれると、体感でわかるので、鏡の作用もあるようです。


    と、まぁ、ツィッターでの脱原発が日常化している、じゃないか、脱原発が日常化しているのが先ですね。
    おかげで放射能汚染地図(早川マップ)を手に入れることも出来ました。知ることが足りていませんが、知る手段、情報を手に入れる手段。困った時につぶやいてみたら、助けてもらった感謝とかね。
    二度目のお散歩デモで楽しい出来事もありました。
    「11.11 さようなら原発1000万人アクション」






    さて、
    昨日は、ドキュメンタリー映画「主権在民 ~フクシマから東海村へ」(西山正啓監督)を見て、武藤類子さんの講演を聴いてきました。東海村JCO臨界事故と福島原発事故 と言葉になりません。
    映画で見た内容は、ツィッターから知りえたことが大半ではありましたが、ネットをやらないお年寄りがたくさん参加されていたことは良かったと思います。
    武藤類子さんをご存知じゃない方は、「ハイロアクション福島」・武藤類子さんのスピーチ(書き起こし)を見ていただいたら、彼女のひととなりを感じることと思います。

    そんな中、山本太郎さんが出馬したというではありませんか。

    わくわくしましたねえ。
    彼の狙いはなんでしょう。
    楽しいですね。

    どこかの党に属したら、言いたいことが言えない。
    彼が党首なら、言いたいことを言えて、全部の責任が自分で取れるのです。気持ちいいなー。
    彼は、国民投票のメンバーから外れて、一時は、それまでの仲間から非難を浴びた経緯もありましたが、今は彼の出馬を応援しているのを見かけました。人は、変われる。何度でも変われる。
    変わったっていいんだもん。
    晴れ晴れした気持ちが、沸き起こりました。



    選挙のこともつぶやいていますから、今日は【公職選挙法】をざっくり読みました。しかしネットのことは書いていません。
    探していたらブログを見つけました。著作権を書かれているので引用できませんが、どうやら【文書図画】と据えられるようです。




    今回の選挙で、脱原発と反TPPと消費税が争点のようですね。テレビでもやっていました。それに合わせて、選挙公約なども変わったりする党があるとかないとか。ここは、ころころ変わっては困ります。
    3.11以降、ずっと私の思いはひとつの方向です。福島の事故を言わない政党は信用しません。脱原発を言わない政党は信用しません。
    今回は、党の名前が変わったり、無くなったり、ぎりぎりまで何があるかわからないと思って見ています。
    応援していた党が仕事していたら消えてましたから。(党の名前なんぞいくら変わっても良いです。笑)


    余談ですが、母に電話をしたら、
    「そうだね。こっちでデモもやってるしね。」ですって。
    母は年代的に、自民党で育ってるかと、これだけ党が増えたら大丈夫かと思ったけれど、ちゃんと考えているようです。

    そんなこんなありますが、昨日見た映画のタイトル【主権在民】の通り、皆さん、選挙行きましょうね。
    自分の目で、耳で確認して、自分の意志で投票するのです。


    どんな結果でも、私は諦めないで同じことを続けてゆく。1対1で繋がり離れしながら、出会ったときに持ち寄ったものを宝物にしてね。
    (^^)v




    ★★大切な追記★★

    『楢葉のおとうさん、松本喜一さんのこと』
    読んで涙が滲んできました。笑顔がすてきです。

    この方が、福島第5区から日本未来の党の公認を受けて出馬しました。
    双葉郡楢葉町の「おとうさん」こと、松本喜一さんです。

    以下サイトより抜粋

    楢葉町町議をつとめながら原発事故被災者を支援し続ける本当に立派な方です。
    ご本人も原発事故被災者です。

    原発立地自治体から、被災者の声を背に受けて、脱原発を主張しています。

    松本喜一さんの経歴・プロフィール
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    【2012/12/02 20:53】 | ツィッター
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