家族カウンセラーの想いつれづれ
    「運命なら泳いでみせましょう」―そして、輝け!

    暑い男が暑い部屋で暑い思いでテレビを見ていた。
    暑い女が暑い部屋で旅の準備をしていた。

    同じ部屋なのに違う世界で、とても平和にマイペースに過ごして心地良いです。また、暑くて夫が切ってくれたスイカにお塩かけて食べたり、遅いお昼は私が塩を利かせたおにぎりを作ったりして、逃した塩分を水分とともに補給していました。

    冒頭で紹介した『24時間テレビ』に札幌の会場に初めて一円玉を溜め込んだ元彼(夫)の募金に行ったのはもう30年以上前です。
    長寿番組ですねー。
    色々言う人もいるようですが、頑張っている人がいて、勇気を貰う人がいて、それはそれでいいんじゃないかなと思います。

    私は、西条秀樹さんの時は釘付けでした。リハビリでここまで出来る、意思と決意で黙々と、地味に黙々と、誰も見ていないところで黙々と日々苦しみや痛みと付き合うのです。

    棚卸しの自分を思い出しました。
    ただひたすら、黙々とした時間を作っていたなぁ。


    ★気がついたらともかく一人になること------------------------------

    最近も思いがけない自分のぶれに気がついてあえて孤独に踏み込みました。そのぶれは思いもかけず源家族の中での深い傷元でしたが、始めはそこまでわかりませんでした。

    一ヶ月は夫にも心のうちを見せず、朝には懐かしい絶望感や悪夢の後の脱力やらに襲われました。
    傷元がわからなくて、あがいたりしました。
    疲れたので、放置しました。

    ふと別の「なぜ」を思ってみました。やらかしたことの意味の奥が深いようなので、見つからなくて苦しいばかりなので、目先を変えてみたのです。




    ★自分の過去の傷に気づくまで記憶をさかのぼる----------------------

    ・なぜ、私は、虐めに対して殺意に近い感情まで沸くのだろう。
    集団の虐めにあった経験がないのに、見かけると気が付いたら渦中で戦っている「なぜ」


    ・なぜ、私は、影で嘘ついて人を陥れたりする人をこんなにも軽蔑して許しがたいと思うのだろう。
    会社の先輩が私について嘘の噂を流していると知って以来、彼女が退職するまでの数年、必要最低限の会話しか交わさなかった。すぐに異動になったのでほぼ会話はなくなったようなものだ。
    彼女はとうとう一度も謝らなかった。
    私に真実を確かめたくて聞いてきた人には事実を話した。
    どちらが嘘か真かおのずとわかるのだろう。
    気が付いたら仕事がしやすい人びとが周りに増えていた。


    ・なぜ、私はその先輩の嘘を暴かなかったのだろう。
    彼女が退職した後も、聞かれない限りは一切封印するように語らなかった。同じことをして自分を貶めたくない、それもある。
    が、彼女の嘘の噂で周囲の信頼を一時は失ったのだ。そうまでされて守るような相手じゃないのに、先に彼女の痛みに気付いてしまって、許せないし許さないけど嘘の噂を耐え続けた意味の「なぜ」


    ・中高生時代、噂で人を判断することが嫌で、私が相対して見て感じたものを頼りにして付き合った。過去に「虐めたあいつが嫌い!」という子の気持ちに同感しつつも、「俺は、嫌なやつだったんだ。」と寂しそうにぼやいた彼を責める気持ちになれなかった。どちらも傷を持っていて、どちらも私の友人。許せないのは虐めという行為だった。


    ・小学校高学年の終了式で次に会うのは新学期という日に、一人の女子がからかわれていた。とても書けない内容で大勢にからかわれていた。先に帰った数人の女子と男子全員は知らない。その時に私は「やめようよ。」と言った。すぐに「生意気」「いい子ぶって」「ふん!」「あっかんべー」と帰って行った。
    二人だけで残されたが、私はちっとも揺るがなかった。虐められるかもしれない、とか想像する以上に、「許せん!」という気持ちが強かった。この時私を虐めた子がいたら、ぼこぼこに仕返ししていたと思う。良かった、虐められなくて。


    ・小学校高学年、マ○ヨという名前の子が、嘘つきで人の悪口ばかり言うので嫌われていた。卒業式の練習の時に、唐突に誰かが「わたしマヨネーズ嫌い」と言い出して、他の女子も「私も嫌い」「私も」と笑っていた。「真智子も嫌いだよね。」と言われた時はむっと来て、「マヨネーズは嫌いじゃないよ。」と言った。「え?マヨだよ?」と確認するように言ってきたので、「サラダにつけておいしいよ。」とか言って、しらけさせたのを覚えている。嘘つきで陰口を言う彼女は嫌いだけど、集団虐めはもっと嫌い。


    ・小学校中学年、男子を舎弟みたいに操って女子を虐める陰の首謀者○○君をじっと見た。ただ、じっとまっすぐ見ていた。そのうち彼は「あいつを怒らせたら怖いから、あいつは止めろ。」と言った。
    私が怖いだと?お前が女子をどれほど怖がらせたか。お前だけは許さない!という思いだった。あの時の感情は暴走させたら怖い感情だと自覚している。


    ・小学校1年生、「お前のお父さんって生きてるの?死んでるの?」と苦労知らずに見えるお坊ちゃまが、好奇心をむき出しに興味津々の噂好きのおばさんみたいに聞いてきた。子どもながらに、傷ついた瞬間を感じながら、「お父さんは覚えてない。大人のことだから私は知らない。それが何か○○君に関係あるの?」と、堂々と言いきった。たじろいだ彼は二度と言わなかった。


    私は普段はおとなしい平凡な生徒で目立たなく(見えるように)普通に(見えるように)過ごしていたのだ。家庭環境が複雑なことからの自営手段だったのだろう。しかし、こうして振り返ってみると、なぜか、いじめの場面を目撃すると気が付いたら周りも驚くような言動をしていた。




    ★気づき1:「許せない怒り」の源----------------------------------

    負けるが勝ち~くらいに思って生きていた私が、なぜあんなに許せないのか。これまでも気にかかっていたのだけど、なかなかその大元に辿りつけなかった。

    しかし、まさか!?という封印した思いがあったことに気がついた。

    一番最初に受けた虐めの記憶は、よくある話だが姉だった。
    そうとう小さい頃だが、しかし姉を許した。
    姉の哀しみを察知してしまった小さな私は許すしかなかったのだ。

    誰にも言いつけずに一人で抱え込んで涙も見せないで我慢したのだ。
    4~5歳の記憶にぽつぽつとある姉からの仕打ち。
    その後もずっと許し続けていた(つまり、我慢し続けていた)。

    けれど、自分の痛みにまで目をつむっていたのだ。
    その痛みを感じ始めたら、涙が止まらなかった。

    喧嘩をしても途中で手を緩める私は、許すことで姉を大事にしたかった。
    けれど、自分を癒すことをしてないから虐めに対しての押し込めた怒りが沸いて来たのだろう。許せないという思いを抱えていたチャイルドと一緒に。

    子どもだったから出来なかった癒しを今なら出来る。
    それからは、時間があればチャイルドの癒しをした・・・




    ★気づき2:私の役割-----------------------------------------------

    ここで、相方にやっと打ち明けたのが一ヵ月後である。
    彼の俯瞰した視野からは、「姉の後ろにいるお母さんを庇い続けているように見える。」という。

    「姉を責めないのは、その奥にいるお母さんを責めたくないから」
    「お母さんを庇うために、姉を許さなければならなかった」

    え?? そんなことがあるだろうか?

    自分の中で検証してみた。
    頭で考えても、そんな気がしなかった。

    数日は放置してみた。
    わからないところでぐるぐるしたら、ぐるぐるから抜けるために離れる。

    その後、不意にある光景が浮かび、
    ああ!私はこの人たちをずっと見守っていた!! 
    と、思い知った。

    私は、親の親をやっていたんだ。
    そして、親の親をやるってことは、親の背負ってるものを肩代わりするってことで、ここには書けない色々を背負っていたことにしみじみと納得した。

    私がぶれたのは、代償行為の依存が起こっていたからだと気が付いていたけれど、その本質がやっと見えた。




    ★気づき3:本当に守ってきた(助けたかった)のはお母さん-----------

    本質が見えてほっとして過ごしていたら、ある日、さらに幼い記憶が感情を伴って湧き上がってきた。まるでドミノだ。
    2歳頃のある光景―私は祖母に連れられて劇を見ていた。舞台には母がいて、そして倒された―

    ぬぉ~~!!と全身に総毛立つ怒りが走った。

    ああ。この「ぬぉ~(怒)」と湧き上がる感情だ!
    これだ!!

    庇っていたのは、母だった。
    2歳の私が「助けたい!」と思ったのは母だった。

    子どもはこんなにも健気に親を愛し、親を守り生きているのか!

    この時、遠い舞台に向かって「カタチキ(仇)とってやる~」と叫ぶ私は、大慌ての祖母に抱えられて外に出されたのだ。
    私は、助けたかったけど助けられなかった無念の物語の続きを、懸命につむいでいたんだなぁ・・・。




    ★気づき4:「許せない怒り」の源の源-------------------------------

    ふと、相方が言った。
    「子のことを思うなら、そんな場面を見せないでしょ」

    あぁ―・・・・・
    パズルがはまった瞬間だった。


    私は、この頃から既に親を見守る役(親の親)をやっていたのだ。無意識の母は私に自分を見せたかったからこそ、2歳にしてその光景を見る羽目になったのだ。

    つまり、そんな思いを抱かせた張本人は、
    母だ!!

    母だったんだ・・・・


    あの総毛立つような怒りは、今の今まで母の相手への怒りだとばかり思っていた。けれど、劇は劇だ。2歳の私にはそれをわかっていた。その場面が来るまでは普通に見ていたのだから。見ている内に引き込まれもしたのだろう。

    ―想うに、あの怒りは、理不尽な思いをさせられたことへの怒り。
    理不尽な悲しみを味あわされた“真智子ちゃん”の仇をとってやる!という怒りではなかったか。そして、何もせずに、それを見ている、その“場”全体への怒りではなかっただろうか。




    ★気づき5:「人を追い詰めてはいけない」戒律の根-------------------

    しかし、その母への怒りを封印するために、私を土俵に乗せた母と祖母を無意識に許さなければならなかった。
    そして、怒りを封印し続けるためには、「私の役割」と「母の仕打ち」に気づいてはいけなかったのである。

    ここで私は綱渡りをすることになってしまった。

    卑怯な行為、特に大勢で一人をいじめるような行為―これには、「カタチキとってやる~」のチャイルドが反応して、「絶対に許せない!」という怒りが湧く。

    そして、その相手に怒りを吐き出してしまった場合、“次”の怒りが出番を待っている―それは、母への怒りだ。

    だから、母への怒りを自分に気づかせないためには、許せない相手に対して、とことん追い詰めるような復讐をしてはいけなかったのである。

    私が「正義感が強い」とか、「罪(行為)を憎んで人を憎まず」と言われたり、人をとことん追い詰める行為を嫌ったのは、自分が母への怒りに気づきたくなかったからだ・・・

    それを私は、「不当な虐めや卑怯さを許せない自分が同じことをしたら同じ人種に成り下がる!」と思っていた。

    違う。
    母に怒らないのなら、相手に対しても怒ることはできなかったのだ。
    母を許すなら、相手も許さなければならなかったのである。

    自分は、すべての怒りを抱え込みながら・・・




    ★気づき6:大元は母親----------------------------------------------

    これらをやっと夫に話せて、ふと見ると夫は涙を流していました。

    それまで、彼は仕事場の代表で先輩だけど、やはり夫という立場だから私も彼をカウンセラーとして頼る気持ちになれませんでした。

    今回も痛感したことがあります。
    他人に怒りを感じたり、
    気も狂わんばかりの憎悪を感じたり、
    貶めてやりたい、とか殺意とかの感情が沸いたら、
    「大元は母親だ」ということです。


    相談者さんが、たまにこちらの何気ない言動に対して怒りをあらわにすることがありますが、そこにも親への怒りが隠れています。が、人のことはよく見えますが、私自身、ここまで深いカラクリの中で生きてきたことには気が付きませんでした。

    これも、洞察してくれる相方がいてくれたので、深まりました。
    一人では難しかったなぁと今も思います。

    自分のことが一番難しい。

    今は夫婦二人がそれぞれで歩いているので、厳しい鏡になりながらお互いに感謝しつつ過ごせています。




    ★気づき7:友人への依存--------------------------------------------

    友人にも感謝です。
    いつの間にか、その友人を母親に据えていたことにも気がつけました。
    依存だと気が付いて、すぐに離れました。
    てぃへんだ~と緊急救難信号が鳴っているので、とにもかくにも距離がいる。

    ある日とても呼吸が浅く苦しくて泣きそうに壊れそうになったとき、友人を思い描いてみました。
    私の話を聴いてくれた時の穏やかな思いやりに満ちた雰囲気、おおらかでゆるがない存在、信頼している私、それだけで呼吸がラクになりました。妄想を活かすと凄いですよ~。

    こういっては厚かましいかもしれませんが、これは私が私を信じているから起こっていることで、そうじゃなければこんなことは起こりません。
    そして、その信頼は自分だけじゃなく相手の存在への信頼にもなっています。



    ある日は、カラオケにこもって子どもみたいに泣きました。

    こんなにもこんなにもこんなにも、
    私は母に認められたくて母の代理をしてきたのか、
    と泣けて泣けて電話をしたくなりました。
    その瞬間に

    ああ、求めた(実際の母親じゃない理想の)母親を投影していたのか、と気が付きました。

    私はどれだけ母親を大好きなんだ!?
    母親だと思わせないように、母親を慕う脚本。

    凄まじい脚本ちゃんを抱きしめる。
    もうとことん抱きしめることにしました。




    ★脚本ちゃんは自分が認めて許して愛して感謝するまで離れない---------

    最後の最後はいつも一人で孤独の中で仕上げてゆくなぁと実感です。
    依存が何かしら起こってる時は、誰かの手を掴んだら持っていかれるか、こちらに引っ張りこんでしまうんです。
    どちらにしても悲惨です。

    大事なら、なおさら一度は離れる必要があります。
    しがみついたら先にゆけません。

    夫婦である私と相方も、別々に棚卸しをしています。
    時には鬼のように感じますが、どちらもその結果を知っているから、片方が家にいたら片方は外でお一人様でした。

    今「仲良しですね。」と言われるけれど、ここまで来るのには死ぬほどの思いでした。昔は何度「死にたい」が出てきたことやら。
    それでも、私は明るい未来を生きたかったし、これからも生きたいです。

    苦しいけど、執着に気が付いたらすぐに手放す。
    それは、もう当たり前のこと。

    夫婦や仲間でそれが起こったら、修正するために一度は離れるのはお互いのためです。

    自分や他人に殺意を向けてまで棚卸しを邪魔するIPと脚本のタッグは強いです。この脚本ちゃんを抱きしめない限り終わらない旅が続きます。
    今後も出てくるでしょう。楽しみです。




    ★私は私の運命を泳ぐ----------------------------------------------

    ただ粛々とお互いのために離れることは勇気と決意が必要です。
    相手のことを引き受けない。
    相手の成長の邪魔をしないし、私の成長の邪魔もされない。
    あなたのため=わたしのため、天秤はつりあうのです。


    北斗さん家族のマラソンも同じ。
    一人ひとりで走って、お互いのためになっている。
    お互いを助け励ましている。

    まずは気付いた自分から傷つく勇気を持つのです。
    辛くても寂しくてもわずかな執着が大きくなる前にその手を放すのです。お互いの成長の邪魔にならないように。



    私は私の運命を泳ぐ。





    アサーティブなあり方
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    中尾相談室の方針
    私専用相談申込(女性のみ)

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    ★気がついたらともかく一人になること------------------------------

    最近も思いがけない自分のぶれに気がついてあえて孤独に踏み込みました。そのぶれは思いもかけず源家族の中での深い傷元でしたが、始めはそこまでわかりませんでした。

    一ヶ月は夫にも心のうちを見せず、朝には懐かしい絶望感や悪夢の後の脱力やらに襲われました。
    傷元がわからなくて、あがいたりしました。
    疲れたので、放置しました。

    ふと別の「なぜ」を思ってみました。やらかしたことの意味の奥が深いようなので、見つからなくて苦しいばかりなので、目先を変えてみたのです。




    ★自分の過去の傷に気づくまで記憶をさかのぼる----------------------

    ・なぜ、私は、虐めに対して殺意に近い感情まで沸くのだろう。
    集団の虐めにあった経験がないのに、見かけると気が付いたら渦中で戦っている「なぜ」


    ・なぜ、私は、影で嘘ついて人を陥れたりする人をこんなにも軽蔑して許しがたいと思うのだろう。
    会社の先輩が私について嘘の噂を流していると知って以来、彼女が退職するまでの数年、必要最低限の会話しか交わさなかった。すぐに異動になったのでほぼ会話はなくなったようなものだ。
    彼女はとうとう一度も謝らなかった。
    私に真実を確かめたくて聞いてきた人には事実を話した。
    どちらが嘘か真かおのずとわかるのだろう。
    気が付いたら仕事がしやすい人びとが周りに増えていた。


    ・なぜ、私はその先輩の嘘を暴かなかったのだろう。
    彼女が退職した後も、聞かれない限りは一切封印するように語らなかった。同じことをして自分を貶めたくない、それもある。
    が、彼女の嘘の噂で周囲の信頼を一時は失ったのだ。そうまでされて守るような相手じゃないのに、先に彼女の痛みに気付いてしまって、許せないし許さないけど嘘の噂を耐え続けた意味の「なぜ」


    ・中高生時代、噂で人を判断することが嫌で、私が相対して見て感じたものを頼りにして付き合った。過去に「虐めたあいつが嫌い!」という子の気持ちに同感しつつも、「俺は、嫌なやつだったんだ。」と寂しそうにぼやいた彼を責める気持ちになれなかった。どちらも傷を持っていて、どちらも私の友人。許せないのは虐めという行為だった。


    ・小学校高学年の終了式で次に会うのは新学期という日に、一人の女子がからかわれていた。とても書けない内容で大勢にからかわれていた。先に帰った数人の女子と男子全員は知らない。その時に私は「やめようよ。」と言った。すぐに「生意気」「いい子ぶって」「ふん!」「あっかんべー」と帰って行った。
    二人だけで残されたが、私はちっとも揺るがなかった。虐められるかもしれない、とか想像する以上に、「許せん!」という気持ちが強かった。この時私を虐めた子がいたら、ぼこぼこに仕返ししていたと思う。良かった、虐められなくて。


    ・小学校高学年、マ○ヨという名前の子が、嘘つきで人の悪口ばかり言うので嫌われていた。卒業式の練習の時に、唐突に誰かが「わたしマヨネーズ嫌い」と言い出して、他の女子も「私も嫌い」「私も」と笑っていた。「真智子も嫌いだよね。」と言われた時はむっと来て、「マヨネーズは嫌いじゃないよ。」と言った。「え?マヨだよ?」と確認するように言ってきたので、「サラダにつけておいしいよ。」とか言って、しらけさせたのを覚えている。嘘つきで陰口を言う彼女は嫌いだけど、集団虐めはもっと嫌い。


    ・小学校中学年、男子を舎弟みたいに操って女子を虐める陰の首謀者○○君をじっと見た。ただ、じっとまっすぐ見ていた。そのうち彼は「あいつを怒らせたら怖いから、あいつは止めろ。」と言った。
    私が怖いだと?お前が女子をどれほど怖がらせたか。お前だけは許さない!という思いだった。あの時の感情は暴走させたら怖い感情だと自覚している。


    ・小学校1年生、「お前のお父さんって生きてるの?死んでるの?」と苦労知らずに見えるお坊ちゃまが、好奇心をむき出しに興味津々の噂好きのおばさんみたいに聞いてきた。子どもながらに、傷ついた瞬間を感じながら、「お父さんは覚えてない。大人のことだから私は知らない。それが何か○○君に関係あるの?」と、堂々と言いきった。たじろいだ彼は二度と言わなかった。


    私は普段はおとなしい平凡な生徒で目立たなく(見えるように)普通に(見えるように)過ごしていたのだ。家庭環境が複雑なことからの自営手段だったのだろう。しかし、こうして振り返ってみると、なぜか、いじめの場面を目撃すると気が付いたら周りも驚くような言動をしていた。




    ★気づき1:「許せない怒り」の源----------------------------------

    負けるが勝ち~くらいに思って生きていた私が、なぜあんなに許せないのか。これまでも気にかかっていたのだけど、なかなかその大元に辿りつけなかった。

    しかし、まさか!?という封印した思いがあったことに気がついた。

    一番最初に受けた虐めの記憶は、よくある話だが姉だった。
    そうとう小さい頃だが、しかし姉を許した。
    姉の哀しみを察知してしまった小さな私は許すしかなかったのだ。

    誰にも言いつけずに一人で抱え込んで涙も見せないで我慢したのだ。
    4~5歳の記憶にぽつぽつとある姉からの仕打ち。
    その後もずっと許し続けていた(つまり、我慢し続けていた)。

    けれど、自分の痛みにまで目をつむっていたのだ。
    その痛みを感じ始めたら、涙が止まらなかった。

    喧嘩をしても途中で手を緩める私は、許すことで姉を大事にしたかった。
    けれど、自分を癒すことをしてないから虐めに対しての押し込めた怒りが沸いて来たのだろう。許せないという思いを抱えていたチャイルドと一緒に。

    子どもだったから出来なかった癒しを今なら出来る。
    それからは、時間があればチャイルドの癒しをした・・・




    ★気づき2:私の役割-----------------------------------------------

    ここで、相方にやっと打ち明けたのが一ヵ月後である。
    彼の俯瞰した視野からは、「姉の後ろにいるお母さんを庇い続けているように見える。」という。

    「姉を責めないのは、その奥にいるお母さんを責めたくないから」
    「お母さんを庇うために、姉を許さなければならなかった」

    え?? そんなことがあるだろうか?

    自分の中で検証してみた。
    頭で考えても、そんな気がしなかった。

    数日は放置してみた。
    わからないところでぐるぐるしたら、ぐるぐるから抜けるために離れる。

    その後、不意にある光景が浮かび、
    ああ!私はこの人たちをずっと見守っていた!! 
    と、思い知った。

    私は、親の親をやっていたんだ。
    そして、親の親をやるってことは、親の背負ってるものを肩代わりするってことで、ここには書けない色々を背負っていたことにしみじみと納得した。

    私がぶれたのは、代償行為の依存が起こっていたからだと気が付いていたけれど、その本質がやっと見えた。




    ★気づき3:本当に守ってきた(助けたかった)のはお母さん-----------

    本質が見えてほっとして過ごしていたら、ある日、さらに幼い記憶が感情を伴って湧き上がってきた。まるでドミノだ。
    2歳頃のある光景―私は祖母に連れられて劇を見ていた。舞台には母がいて、そして倒された―

    ぬぉ~~!!と全身に総毛立つ怒りが走った。

    ああ。この「ぬぉ~(怒)」と湧き上がる感情だ!
    これだ!!

    庇っていたのは、母だった。
    2歳の私が「助けたい!」と思ったのは母だった。

    子どもはこんなにも健気に親を愛し、親を守り生きているのか!

    この時、遠い舞台に向かって「カタチキ(仇)とってやる~」と叫ぶ私は、大慌ての祖母に抱えられて外に出されたのだ。
    私は、助けたかったけど助けられなかった無念の物語の続きを、懸命につむいでいたんだなぁ・・・。




    ★気づき4:「許せない怒り」の源の源-------------------------------

    ふと、相方が言った。
    「子のことを思うなら、そんな場面を見せないでしょ」

    あぁ―・・・・・
    パズルがはまった瞬間だった。


    私は、この頃から既に親を見守る役(親の親)をやっていたのだ。無意識の母は私に自分を見せたかったからこそ、2歳にしてその光景を見る羽目になったのだ。

    つまり、そんな思いを抱かせた張本人は、
    母だ!!

    母だったんだ・・・・


    あの総毛立つような怒りは、今の今まで母の相手への怒りだとばかり思っていた。けれど、劇は劇だ。2歳の私にはそれをわかっていた。その場面が来るまでは普通に見ていたのだから。見ている内に引き込まれもしたのだろう。

    ―想うに、あの怒りは、理不尽な思いをさせられたことへの怒り。
    理不尽な悲しみを味あわされた“真智子ちゃん”の仇をとってやる!という怒りではなかったか。そして、何もせずに、それを見ている、その“場”全体への怒りではなかっただろうか。




    ★気づき5:「人を追い詰めてはいけない」戒律の根-------------------

    しかし、その母への怒りを封印するために、私を土俵に乗せた母と祖母を無意識に許さなければならなかった。
    そして、怒りを封印し続けるためには、「私の役割」と「母の仕打ち」に気づいてはいけなかったのである。

    ここで私は綱渡りをすることになってしまった。

    卑怯な行為、特に大勢で一人をいじめるような行為―これには、「カタチキとってやる~」のチャイルドが反応して、「絶対に許せない!」という怒りが湧く。

    そして、その相手に怒りを吐き出してしまった場合、“次”の怒りが出番を待っている―それは、母への怒りだ。

    だから、母への怒りを自分に気づかせないためには、許せない相手に対して、とことん追い詰めるような復讐をしてはいけなかったのである。

    私が「正義感が強い」とか、「罪(行為)を憎んで人を憎まず」と言われたり、人をとことん追い詰める行為を嫌ったのは、自分が母への怒りに気づきたくなかったからだ・・・

    それを私は、「不当な虐めや卑怯さを許せない自分が同じことをしたら同じ人種に成り下がる!」と思っていた。

    違う。
    母に怒らないのなら、相手に対しても怒ることはできなかったのだ。
    母を許すなら、相手も許さなければならなかったのである。

    自分は、すべての怒りを抱え込みながら・・・




    ★気づき6:大元は母親----------------------------------------------

    これらをやっと夫に話せて、ふと見ると夫は涙を流していました。

    それまで、彼は仕事場の代表で先輩だけど、やはり夫という立場だから私も彼をカウンセラーとして頼る気持ちになれませんでした。

    今回も痛感したことがあります。
    他人に怒りを感じたり、
    気も狂わんばかりの憎悪を感じたり、
    貶めてやりたい、とか殺意とかの感情が沸いたら、
    「大元は母親だ」ということです。


    相談者さんが、たまにこちらの何気ない言動に対して怒りをあらわにすることがありますが、そこにも親への怒りが隠れています。が、人のことはよく見えますが、私自身、ここまで深いカラクリの中で生きてきたことには気が付きませんでした。

    これも、洞察してくれる相方がいてくれたので、深まりました。
    一人では難しかったなぁと今も思います。

    自分のことが一番難しい。

    今は夫婦二人がそれぞれで歩いているので、厳しい鏡になりながらお互いに感謝しつつ過ごせています。




    ★気づき7:友人への依存--------------------------------------------

    友人にも感謝です。
    いつの間にか、その友人を母親に据えていたことにも気がつけました。
    依存だと気が付いて、すぐに離れました。
    てぃへんだ~と緊急救難信号が鳴っているので、とにもかくにも距離がいる。

    ある日とても呼吸が浅く苦しくて泣きそうに壊れそうになったとき、友人を思い描いてみました。
    私の話を聴いてくれた時の穏やかな思いやりに満ちた雰囲気、おおらかでゆるがない存在、信頼している私、それだけで呼吸がラクになりました。妄想を活かすと凄いですよ~。

    こういっては厚かましいかもしれませんが、これは私が私を信じているから起こっていることで、そうじゃなければこんなことは起こりません。
    そして、その信頼は自分だけじゃなく相手の存在への信頼にもなっています。



    ある日は、カラオケにこもって子どもみたいに泣きました。

    こんなにもこんなにもこんなにも、
    私は母に認められたくて母の代理をしてきたのか、
    と泣けて泣けて電話をしたくなりました。
    その瞬間に

    ああ、求めた(実際の母親じゃない理想の)母親を投影していたのか、と気が付きました。

    私はどれだけ母親を大好きなんだ!?
    母親だと思わせないように、母親を慕う脚本。

    凄まじい脚本ちゃんを抱きしめる。
    もうとことん抱きしめることにしました。




    ★脚本ちゃんは自分が認めて許して愛して感謝するまで離れない---------

    最後の最後はいつも一人で孤独の中で仕上げてゆくなぁと実感です。
    依存が何かしら起こってる時は、誰かの手を掴んだら持っていかれるか、こちらに引っ張りこんでしまうんです。
    どちらにしても悲惨です。

    大事なら、なおさら一度は離れる必要があります。
    しがみついたら先にゆけません。

    夫婦である私と相方も、別々に棚卸しをしています。
    時には鬼のように感じますが、どちらもその結果を知っているから、片方が家にいたら片方は外でお一人様でした。

    今「仲良しですね。」と言われるけれど、ここまで来るのには死ぬほどの思いでした。昔は何度「死にたい」が出てきたことやら。
    それでも、私は明るい未来を生きたかったし、これからも生きたいです。

    苦しいけど、執着に気が付いたらすぐに手放す。
    それは、もう当たり前のこと。

    夫婦や仲間でそれが起こったら、修正するために一度は離れるのはお互いのためです。

    自分や他人に殺意を向けてまで棚卸しを邪魔するIPと脚本のタッグは強いです。この脚本ちゃんを抱きしめない限り終わらない旅が続きます。
    今後も出てくるでしょう。楽しみです。




    ★私は私の運命を泳ぐ----------------------------------------------

    ただ粛々とお互いのために離れることは勇気と決意が必要です。
    相手のことを引き受けない。
    相手の成長の邪魔をしないし、私の成長の邪魔もされない。
    あなたのため=わたしのため、天秤はつりあうのです。


    北斗さん家族のマラソンも同じ。
    一人ひとりで走って、お互いのためになっている。
    お互いを助け励ましている。

    まずは気付いた自分から傷つく勇気を持つのです。
    辛くても寂しくてもわずかな執着が大きくなる前にその手を放すのです。お互いの成長の邪魔にならないように。



    私は私の運命を泳ぐ。





    アサーティブなあり方
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    中尾相談室の方針
    私専用相談申込(女性のみ)

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    【2012/09/24 10:00】 | 自律
    【タグ】 虐め  脚本ちゃん  インナーペアレンツ  インナーチャイルド  自律  
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    しょうこさん
    中尾真智子
    > さっそくやってみます。とてもいいですね!

    ぜひぜひ〜。

    > まず、「一人になってみる」「傷に気づくまでさかのぼる」を時間をつくりやってみます。
    > もう行動で誤魔化すのはやめます。五感を閉ざすことなく、向き合ってみます。つらい・悲しい・さみしいのような、避けたい感情をしっかり感じて、今の自分から、内へ外へ歩み入り歩み出て、できることをやっていきますv-517

    たのもしいです。^^


    いい!
    しょうこ
    ふと脳裏に浮かぶのに言語化できないことが多く、こんなふうに記録に残せません。
    でも、別の記事にあった携帯メールに相手に言いたいことを残しあとで何度も見て、自分の問題だと受け止める方法、さっそくやってみます。とてもいいですね!
    それから、この記事のように
    段階を追っていけること、今はできませんがその可能性があることに気づかせてもらえました。
    まず、「一人になってみる」「傷に気づくまでさかのぼる」を時間をつくりやってみます。
    もう行動で誤魔化すのはやめます。五感を閉ざすことなく、向き合ってみます。つらい・悲しい・さみしいのような、避けたい感情をしっかり感じて、今の自分から、内へ外へ歩み入り歩み出て、できることをやっていきますv-517



    チエさん
    中尾真智子
    >
    > 深い気付きも、沢山発見し始めています

    それはよかったですね。^^

    すみれさん
    中尾真智子
    > 英司先生のブログからきました。今年に入ってからようやくチャイルドの気持ちに沿えるようになってきました。これからお邪魔させていただきます。

    ようこそ。私は、出来たら「感じ(感覚、とか明確じゃなくてもいい、そんな感じから始まるような何かにたどり着けそうな感じ)」を書けたら言いなぁと今のところ思っています。よろしくお願いいたします。


    あこちさん
    中尾真智子

    > でも、今回の記事は 全然読めません(T_T)
    > なにかがすごーーーーく 拒否してるみたいな
    >

    拒否してるときは、頭の親が邪魔してるのかもしれません。ゆっくりどうぞ~。^^


    アドバイス有難うございます
    チエ
    自分を無意識に理想で縛り
    自分を不自由にしながら
    人の自由は、認め続けるんですもん

    それは、なんか苦しい訳です、、

    気付くまで、
    随分と美化しちゃって
    正当化して、今のままで
    居ちゃいました

    そんな所から、私の心が曇っていて
    愛を受け取れない事が
    あったなぁとも振り返っています

    深い気付きも、沢山発見し始めています

    はじめまして。
    すみれ
    英司先生のブログからきました。今年に入ってからようやくチャイルドの気持ちに沿えるようになってきました。これからお邪魔させていただきます。



    あこち
    母に向けた殺意は 衝動的なものでした。
    あらがいようのない、感情や理性を超えた 本能的な
    わきおこる衝動でした。

    自分に向けての殺意は、うけとめたらその奥底から
    「生きたい」が湧いてきました。

    でも、今回の記事は 全然読めません(T_T)
    なにかがすごーーーーく 拒否してるみたいな

    また時間をおいて 読んでみることにします。

    自律することと、受け取るということは
    矛盾してるのかな?とずっと疑問に思っていましたが、
    まずは自律して、自分を信頼して 初めて
    自分を取り巻く世界を信頼できるのだな、と気づきました。
    自分を信頼できないままに 他人を信頼しようとしても
    世界は信頼できないものだから
    ハラスメント的なかかわりの中の「依存」にしかならないということ。

    自分を信頼できると、世界は安心できるものとなり、そこではじめて 「委ねる」とか「受け取る」ことが可能になるのだな、と 気づきました。

    私の中で「自律」と「受け取る」とは矛盾しないものになりました。

    やっぱり自分を信じられるようになりたいですね。



    チエさん
    中尾真智子
    理想を演じる主役・・・大役ですね。

    舞台の主役を、観客席から見てみると、脚本ちゃんが頑張ってきたことが客観的に見えると思います。

    主観と客観とを持ちながら潜るとよいです。^^


    チエ
    舞台から降りたい

    私は、役者でした
    理想を演じる主役

    なんとも言えない
    生きにくさ、の源を発見しに



    勇気を持って自分に潜ります


    風子さん
    中尾真智子
    感情に嫌悪感を持ったら
    「感情に良いも悪いもない。感情は全部まる。」と言ってあげてください。

    >激しい感情に戦き、戸惑い、途方にくれる

    それはいいですね。感じているのですから。
    私は、感じることを忘れていた頃が、今思うと一番生きながら生きてなかったと、そちらの方が今は怖いです。
    怖いと感じることが出来る今は、生きているなぁとしみじみとします。
    大いに戦き、戸惑い、途方にくれて、それを実感している自分を大事にして歩きましょうよ。


    風子
    涙があふれて、途中で何度も中断しました。
    私はまだ自分に対する謎だらけです。
    何でこんなに嫌だと思うのか?
    何でこんなに嫌悪するのか?
    自分の中の激しい感情に驚き、戸惑い、途方に暮れる日々…。
    真智子さんに、自分に潜る方法をまた1つ教えていただいたような気がします。
    大切な体験のお話を、どうもありがとうございました。
    今はもがいてばかりだけど、私も次に何が起こるかなって楽しみに思えるようになったらいいな。
    歩いていきます♪

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    しょうこさん
    > さっそくやってみます。とてもいいですね!

    ぜひぜひ〜。

    > まず、「一人になってみる」「傷に気づくまでさかのぼる」を時間をつくりやってみます。
    > もう行動で誤魔化すのはやめます。五感を閉ざすことなく、向き合ってみます。つらい・悲しい・さみしいのような、避けたい感情をしっかり感じて、今の自分から、内へ外へ歩み入り歩み出て、できることをやっていきますv-517

    たのもしいです。^^
    2015/04/13(Mon) 16:08 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    いい!
    ふと脳裏に浮かぶのに言語化できないことが多く、こんなふうに記録に残せません。
    でも、別の記事にあった携帯メールに相手に言いたいことを残しあとで何度も見て、自分の問題だと受け止める方法、さっそくやってみます。とてもいいですね!
    それから、この記事のように
    段階を追っていけること、今はできませんがその可能性があることに気づかせてもらえました。
    まず、「一人になってみる」「傷に気づくまでさかのぼる」を時間をつくりやってみます。
    もう行動で誤魔化すのはやめます。五感を閉ざすことなく、向き合ってみます。つらい・悲しい・さみしいのような、避けたい感情をしっかり感じて、今の自分から、内へ外へ歩み入り歩み出て、できることをやっていきますv-517

    2015/02/27(Fri) 10:11 | URL  | しょうこ #-[ 編集]
    チエさん
    >
    > 深い気付きも、沢山発見し始めています

    それはよかったですね。^^
    2012/10/12(Fri) 05:12 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    すみれさん
    > 英司先生のブログからきました。今年に入ってからようやくチャイルドの気持ちに沿えるようになってきました。これからお邪魔させていただきます。

    ようこそ。私は、出来たら「感じ(感覚、とか明確じゃなくてもいい、そんな感じから始まるような何かにたどり着けそうな感じ)」を書けたら言いなぁと今のところ思っています。よろしくお願いいたします。
    2012/10/12(Fri) 05:11 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    あこちさん

    > でも、今回の記事は 全然読めません(T_T)
    > なにかがすごーーーーく 拒否してるみたいな
    >

    拒否してるときは、頭の親が邪魔してるのかもしれません。ゆっくりどうぞ~。^^
    2012/10/12(Fri) 05:01 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    アドバイス有難うございます
    自分を無意識に理想で縛り
    自分を不自由にしながら
    人の自由は、認め続けるんですもん

    それは、なんか苦しい訳です、、

    気付くまで、
    随分と美化しちゃって
    正当化して、今のままで
    居ちゃいました

    そんな所から、私の心が曇っていて
    愛を受け取れない事が
    あったなぁとも振り返っています

    深い気付きも、沢山発見し始めています
    2012/09/27(Thu) 16:23 | URL  | チエ #-[ 編集]
    はじめまして。
    英司先生のブログからきました。今年に入ってからようやくチャイルドの気持ちに沿えるようになってきました。これからお邪魔させていただきます。
    2012/09/27(Thu) 16:12 | URL  | すみれ #DL7C8m6w[ 編集]
    母に向けた殺意は 衝動的なものでした。
    あらがいようのない、感情や理性を超えた 本能的な
    わきおこる衝動でした。

    自分に向けての殺意は、うけとめたらその奥底から
    「生きたい」が湧いてきました。

    でも、今回の記事は 全然読めません(T_T)
    なにかがすごーーーーく 拒否してるみたいな

    また時間をおいて 読んでみることにします。

    自律することと、受け取るということは
    矛盾してるのかな?とずっと疑問に思っていましたが、
    まずは自律して、自分を信頼して 初めて
    自分を取り巻く世界を信頼できるのだな、と気づきました。
    自分を信頼できないままに 他人を信頼しようとしても
    世界は信頼できないものだから
    ハラスメント的なかかわりの中の「依存」にしかならないということ。

    自分を信頼できると、世界は安心できるものとなり、そこではじめて 「委ねる」とか「受け取る」ことが可能になるのだな、と 気づきました。

    私の中で「自律」と「受け取る」とは矛盾しないものになりました。

    やっぱり自分を信じられるようになりたいですね。

    2012/09/27(Thu) 01:18 | URL  | あこち #-[ 編集]
    チエさん
    理想を演じる主役・・・大役ですね。

    舞台の主役を、観客席から見てみると、脚本ちゃんが頑張ってきたことが客観的に見えると思います。

    主観と客観とを持ちながら潜るとよいです。^^
    2012/09/26(Wed) 20:25 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    舞台から降りたい

    私は、役者でした
    理想を演じる主役

    なんとも言えない
    生きにくさ、の源を発見しに



    勇気を持って自分に潜ります
    2012/09/26(Wed) 17:12 | URL  | チエ #-[ 編集]
    風子さん
    感情に嫌悪感を持ったら
    「感情に良いも悪いもない。感情は全部まる。」と言ってあげてください。

    >激しい感情に戦き、戸惑い、途方にくれる

    それはいいですね。感じているのですから。
    私は、感じることを忘れていた頃が、今思うと一番生きながら生きてなかったと、そちらの方が今は怖いです。
    怖いと感じることが出来る今は、生きているなぁとしみじみとします。
    大いに戦き、戸惑い、途方にくれて、それを実感している自分を大事にして歩きましょうよ。
    2012/09/24(Mon) 20:54 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    涙があふれて、途中で何度も中断しました。
    私はまだ自分に対する謎だらけです。
    何でこんなに嫌だと思うのか?
    何でこんなに嫌悪するのか?
    自分の中の激しい感情に驚き、戸惑い、途方に暮れる日々…。
    真智子さんに、自分に潜る方法をまた1つ教えていただいたような気がします。
    大切な体験のお話を、どうもありがとうございました。
    今はもがいてばかりだけど、私も次に何が起こるかなって楽しみに思えるようになったらいいな。
    歩いていきます♪
    2012/09/24(Mon) 10:45 | URL  | 風子 #1OcfNHt6[ 編集]
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