家族カウンセラーの想いつれづれ
    カウンセリングでは、依存を手放して自律(自由と責任)を目指す人をお手伝いしている。

    聴いて、
    問題をフィードバックする。

    「ハラッサーに出会って苦しい」と言いながら、
    ハラスメントを仕掛けている場面があれば、それもはっきりと伝える。

    ほぼ、皆さん、
    ああ!と気付かれて照れる。

    怒りをこちらにぶつける人はいない。
    だって、その謎を解いて自分に気付きハラスメントを手放したいのだから、当然といえば当然だろう。

    だが、長いことハラッサーを受け続けた方には、自分の定位置をハラッシーと決め込んでそこに安住したがる人もいる。
    自分のハラッサーを認めたくない頑固さを、
    自分で打ち壊す以外に先に進めない。

    それこそが覚悟だ。



    フィードバックを、受け入れられずに攻撃に転じることもあるだろう。攻撃自体が依存だが、その気持ちは痛いほどわかる。

    ハラッシーに安住していたい
    ・・・それは実は過去の私の姿でもある。



    許せない怒りをぐっと堪え続けて、自分の尊厳を守った
    ・・・つもりだった。

    相手の非情を汚いもののように冷たく見たこともあった。
    (そうしてやっと自分を支えていた。泣いてしまえばいいのに泣いたら壊れる気がしていたのだろう。)

    自分がされたら耐え忍ぶくせに、
    友人がされたら立ちはだかって戦っている自分に驚いたりもした。
    (自己投影して自分を差し出して。)



    結婚して、夫が、釣った魚に餌はやらない人になって随分な目に合いながら、なんだかんだ耐えた。
    こんなに耐える私って全くもって偉い!と誰かに言いたかった。
    (誰に?)

    思い出しても、ハラッシーと認定されるだろう状況の中で、私の中は怒りがあった。その怒りは、切っ掛けがあれば夫に向かっていった。
    (ハラッシーハラッサー)

    十分、夫を打ちのめしたことだろう。
    (被害者意識が強かった昔は、そこまで打ちのめしたと思えなかった。どこまでも自分が被害者でいたかったのかもしれない。)

    夫は、素直で正直な人なので、自分と向き合わざるをえなかったのだろうと思う。



    もう20年前ほど前のこと、私が興味をそそられて買った本(交流分析)に本気で取り組んでいたことも知らなかった私は、その頃、家事育児で何も助けてもらえないと嘆いていたはずだ。
    (真実であるが部分的だ。)

    同じ頃に、アルコール依存の父親のもとで育った知人に思いを馳せて買った本(アダルトチルドレン)を、「これは俺のことだ!」と言った日には、私の方が「ええええっ?」とドン引きした。(夫の両親はアルコール依存ではない。)

    夫は、全くもって素直だ。
    普段出さない感情も、出す時はストレートに出す。

    負の感情も凄い勢いだった。
    私は、負の感情を人にぶつけることは悪いという刷り込みがあるので、とても耐えられなかった。

    耐えられないといいながら、そこに居続けたのだ。
    耐えられない!という悲鳴は、相手を打ち続けただろう。
    そんな存在(私)がいることは、さぞや苦しかっただろう。

    今は、そういう視点で見られるし、気の毒だったなぁと思う。
    (こちらの視点で見たら気の毒、本当はお互い様だけどね。)



    私はハラッシーと胸を張りたいところだったが、
    ちゃんとハラッサーをしてきたじゃないか。

    自分自身を虐めて耐えて、
    自分にもハラッサーをしてきたじゃないか。

    こういうことに気が付くことが、とっても怖かったなぁ・・・。逃げられるものなら逃げたかった。



    夫が変わってゆく様を見て、夫に非があると言えない状況になってゆき、わなわなとわけがわからない恐怖に怯えた。


    存在不安が自分にあるのは自覚していた。
    複雑な家庭で常に不安を意識していたから。

    向き合わざるを得ない環境だから、
    小さい頃の気付き、
    10代の気付き、
    20代の気付きとあるにはあったのに

    結婚したら、
    阿呆みたいに力を全身抜いて夫に依存していたのだ。



    気付きは、そのまま棚に置いておかれて、
    成長の見る影もなし。

    その自分の依存に気付き始めた頃、
    自分の崩壊を受け止められるのか、と恐れた。




    昔、自律していると人様にも言ってもらえた私は、
    夫婦連合としては全く存在していないじゃないか。

    とても一緒にいられない
    今は呼吸も出来ない

    夫が家にいるから私は外に出続けた。
    大学、仕事、ネットカフェ、カラオケルーム、ドリンクバー、電車の中、そしてよく歩き続けた。

    もう、へとへとになって、
    (あがくのよそうよ)と、覚悟を決めていった。
    たった一人の覚悟。

    逃げていたら、
    今の私はいない。



    夫は夫、私は私

    時には、嫌な思いをするけど、伝えたらいいだけだ。

    嫌な伝わり方をしたら、それを伝えあうだけだ。


    気付いた今は、相手のせいにして逃げ切れないとお互いに知っているから。

    昔は、家に一緒にいるなんてありえない、定年離婚がわかる、と思っていたのに、今は
    一緒にいてもいなくても大丈夫。

    もちろん、普通にさみしかったり嬉しかったりする。

    寂しいと伝えたらいい。嬉しいと伝えたらいい。

    笑って受け止めたら、お互い平和で幸せだ。



    ハラッシーもハラッサーも自分の内側で沸く感情を切っ掛けに、
    相手に向けて始まる。

    加害者になるか、被害者になるか、
    まさに自分が選んで感情を表出させている。

    その感情を無かったことにしても、また別のチャンスに出てくる。
    無視すればするほど大きくなっているのじゃないだろうか。

    感情は、その都度味わって手放してあげたらいいと思う。

    ぐるぐる回転してどんどん大きくなってしまった雪だるまを溶かすのはちょっと時間がかかるから。

    それでも、お日様を向いたらちゃんと溶けてゆくから。






    今日は、苦労をかけあった夫の誕生日だ。


    たくさんたくさんの

    ありがとう!を添えて言います。

    お誕生日おめでとう!





    HAPPY BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽


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    追記を閉じる▲
    怒りをこちらにぶつける人はいない。
    だって、その謎を解いて自分に気付きハラスメントを手放したいのだから、当然といえば当然だろう。

    だが、長いことハラッサーを受け続けた方には、自分の定位置をハラッシーと決め込んでそこに安住したがる人もいる。
    自分のハラッサーを認めたくない頑固さを、
    自分で打ち壊す以外に先に進めない。

    それこそが覚悟だ。



    フィードバックを、受け入れられずに攻撃に転じることもあるだろう。攻撃自体が依存だが、その気持ちは痛いほどわかる。

    ハラッシーに安住していたい
    ・・・それは実は過去の私の姿でもある。



    許せない怒りをぐっと堪え続けて、自分の尊厳を守った
    ・・・つもりだった。

    相手の非情を汚いもののように冷たく見たこともあった。
    (そうしてやっと自分を支えていた。泣いてしまえばいいのに泣いたら壊れる気がしていたのだろう。)

    自分がされたら耐え忍ぶくせに、
    友人がされたら立ちはだかって戦っている自分に驚いたりもした。
    (自己投影して自分を差し出して。)



    結婚して、夫が、釣った魚に餌はやらない人になって随分な目に合いながら、なんだかんだ耐えた。
    こんなに耐える私って全くもって偉い!と誰かに言いたかった。
    (誰に?)

    思い出しても、ハラッシーと認定されるだろう状況の中で、私の中は怒りがあった。その怒りは、切っ掛けがあれば夫に向かっていった。
    (ハラッシーハラッサー)

    十分、夫を打ちのめしたことだろう。
    (被害者意識が強かった昔は、そこまで打ちのめしたと思えなかった。どこまでも自分が被害者でいたかったのかもしれない。)

    夫は、素直で正直な人なので、自分と向き合わざるをえなかったのだろうと思う。



    もう20年前ほど前のこと、私が興味をそそられて買った本(交流分析)に本気で取り組んでいたことも知らなかった私は、その頃、家事育児で何も助けてもらえないと嘆いていたはずだ。
    (真実であるが部分的だ。)

    同じ頃に、アルコール依存の父親のもとで育った知人に思いを馳せて買った本(アダルトチルドレン)を、「これは俺のことだ!」と言った日には、私の方が「ええええっ?」とドン引きした。(夫の両親はアルコール依存ではない。)

    夫は、全くもって素直だ。
    普段出さない感情も、出す時はストレートに出す。

    負の感情も凄い勢いだった。
    私は、負の感情を人にぶつけることは悪いという刷り込みがあるので、とても耐えられなかった。

    耐えられないといいながら、そこに居続けたのだ。
    耐えられない!という悲鳴は、相手を打ち続けただろう。
    そんな存在(私)がいることは、さぞや苦しかっただろう。

    今は、そういう視点で見られるし、気の毒だったなぁと思う。
    (こちらの視点で見たら気の毒、本当はお互い様だけどね。)



    私はハラッシーと胸を張りたいところだったが、
    ちゃんとハラッサーをしてきたじゃないか。

    自分自身を虐めて耐えて、
    自分にもハラッサーをしてきたじゃないか。

    こういうことに気が付くことが、とっても怖かったなぁ・・・。逃げられるものなら逃げたかった。



    夫が変わってゆく様を見て、夫に非があると言えない状況になってゆき、わなわなとわけがわからない恐怖に怯えた。


    存在不安が自分にあるのは自覚していた。
    複雑な家庭で常に不安を意識していたから。

    向き合わざるを得ない環境だから、
    小さい頃の気付き、
    10代の気付き、
    20代の気付きとあるにはあったのに

    結婚したら、
    阿呆みたいに力を全身抜いて夫に依存していたのだ。



    気付きは、そのまま棚に置いておかれて、
    成長の見る影もなし。

    その自分の依存に気付き始めた頃、
    自分の崩壊を受け止められるのか、と恐れた。




    昔、自律していると人様にも言ってもらえた私は、
    夫婦連合としては全く存在していないじゃないか。

    とても一緒にいられない
    今は呼吸も出来ない

    夫が家にいるから私は外に出続けた。
    大学、仕事、ネットカフェ、カラオケルーム、ドリンクバー、電車の中、そしてよく歩き続けた。

    もう、へとへとになって、
    (あがくのよそうよ)と、覚悟を決めていった。
    たった一人の覚悟。

    逃げていたら、
    今の私はいない。



    夫は夫、私は私

    時には、嫌な思いをするけど、伝えたらいいだけだ。

    嫌な伝わり方をしたら、それを伝えあうだけだ。


    気付いた今は、相手のせいにして逃げ切れないとお互いに知っているから。

    昔は、家に一緒にいるなんてありえない、定年離婚がわかる、と思っていたのに、今は
    一緒にいてもいなくても大丈夫。

    もちろん、普通にさみしかったり嬉しかったりする。

    寂しいと伝えたらいい。嬉しいと伝えたらいい。

    笑って受け止めたら、お互い平和で幸せだ。



    ハラッシーもハラッサーも自分の内側で沸く感情を切っ掛けに、
    相手に向けて始まる。

    加害者になるか、被害者になるか、
    まさに自分が選んで感情を表出させている。

    その感情を無かったことにしても、また別のチャンスに出てくる。
    無視すればするほど大きくなっているのじゃないだろうか。

    感情は、その都度味わって手放してあげたらいいと思う。

    ぐるぐる回転してどんどん大きくなってしまった雪だるまを溶かすのはちょっと時間がかかるから。

    それでも、お日様を向いたらちゃんと溶けてゆくから。






    今日は、苦労をかけあった夫の誕生日だ。


    たくさんたくさんの

    ありがとう!を添えて言います。

    お誕生日おめでとう!





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    【2012/02/10 13:30】 | ハラスメント
    【タグ】 ハラッサー  ハラッシー  
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    Re: 長いです^^;
    中尾真智子
    > 今頃ですが、お誕生日おめでとうございます♪

    ありがとうございます♪

    > ゲームをしている自分を知る。ことの凄さを実感しています。
    > 少なくても立ち止まることを意識できるようになりました。

    そりはしゅばらしー。ゲームに気付いたら降りることが出来ます。

    > むしろ責めてる場合じゃないよ。まず○!(笑)みたいな感じ。いいすぎかな?

    その通りです。少なくとも自分と向き合おうとしている方は、自分(他人)を責めている場合じゃないよ、と思っています。まずは○にして、その傷の痛みを抱きしめてあげてから先に進めます。^^

    > こうやって文章にするとコップの水位が下がることがあります。
    > だから何か感じたときはまたコメントします。

    文章は思考で感情をクールダウンさせてくれることもあるし、整理してくれるし、気持ちを伝えてくれるし、あり難いです。コメントをありがとうございます。

    長いです^^;
    yui
    今頃ですが、お誕生日おめでとうございます♪
    このブログにはすごく救われました。

    ゲームをしている自分を知る。ことの凄さを実感しています。
    まだまだ気づかないで仕掛けてるときがたくさんあるから減ってるわけではないけど、少なくても立ち止まることを意識できるようになりました。
    出来ないことを出来ないと言わせるゲーム。誤らせるゲーム。こちらを見ざるを得ないような言葉と態度。それはシナリオを描いて仕掛けるゲーム。
    要求要求のオンパレード。心を許した相手にはこの繰り返しで破たん。

    思った通りの答えを用意してその答えを言わせるように仕掛けるのはやめてくれ。
    思った通りの答えを返さないと途端にキレるのはやめてくれ。

    存在不安から仕掛ける「ゲーム」を知ることが無かったらたぶん上記の言葉はそっくりスルーしていたと思います。それどころか今まで何度もスルーしていたんだと思います。
    気づいたら、昔母にそうされててたのを思い出しました。
    フィードバックを相手からもらったら小さい頃の私の思いそのままでした。

    真智子さんのブログを読んでいるといつも自分を責めなくていい。と思えます。
    むしろ責めてる場合じゃないよ。まず○!(笑)みたいな感じ。いいすぎかな?

    絡みまくった糸が真っ黒になっていて出だしも分からなくなっているものが少しづつほどけたり、ほどけながら、ほどけてるのに真っ黒に見えたりしながら時には一気にスルスルーっとなったりできる気がしてくるんです。

    こうやって文章にするとコップの水位が下がることがあります。
    だから何か感じたときはまたコメントします。


    こちらこそ
    中尾真智子
    暖かい言葉をありがとうございます。夫婦でいるので羨ましいと言われたりしますが、実際は別々に棚卸しをしていました。その結果がどうなるかは神のみぞ知る、という感じで、後先も損得も全く入る余地はなかったです。そこまで追い詰められての覚悟でした。^^;


    アヨ
    お誕生日、おめでとうございます♪

    覚悟と決心…素的な記事、いつも、ありがとうです☆


    コメントを閉じる▲
    コメント
    この記事へのコメント
    Re: 長いです^^;
    > 今頃ですが、お誕生日おめでとうございます♪

    ありがとうございます♪

    > ゲームをしている自分を知る。ことの凄さを実感しています。
    > 少なくても立ち止まることを意識できるようになりました。

    そりはしゅばらしー。ゲームに気付いたら降りることが出来ます。

    > むしろ責めてる場合じゃないよ。まず○!(笑)みたいな感じ。いいすぎかな?

    その通りです。少なくとも自分と向き合おうとしている方は、自分(他人)を責めている場合じゃないよ、と思っています。まずは○にして、その傷の痛みを抱きしめてあげてから先に進めます。^^

    > こうやって文章にするとコップの水位が下がることがあります。
    > だから何か感じたときはまたコメントします。

    文章は思考で感情をクールダウンさせてくれることもあるし、整理してくれるし、気持ちを伝えてくれるし、あり難いです。コメントをありがとうございます。
    2012/02/26(Sun) 10:12 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    長いです^^;
    今頃ですが、お誕生日おめでとうございます♪
    このブログにはすごく救われました。

    ゲームをしている自分を知る。ことの凄さを実感しています。
    まだまだ気づかないで仕掛けてるときがたくさんあるから減ってるわけではないけど、少なくても立ち止まることを意識できるようになりました。
    出来ないことを出来ないと言わせるゲーム。誤らせるゲーム。こちらを見ざるを得ないような言葉と態度。それはシナリオを描いて仕掛けるゲーム。
    要求要求のオンパレード。心を許した相手にはこの繰り返しで破たん。

    思った通りの答えを用意してその答えを言わせるように仕掛けるのはやめてくれ。
    思った通りの答えを返さないと途端にキレるのはやめてくれ。

    存在不安から仕掛ける「ゲーム」を知ることが無かったらたぶん上記の言葉はそっくりスルーしていたと思います。それどころか今まで何度もスルーしていたんだと思います。
    気づいたら、昔母にそうされててたのを思い出しました。
    フィードバックを相手からもらったら小さい頃の私の思いそのままでした。

    真智子さんのブログを読んでいるといつも自分を責めなくていい。と思えます。
    むしろ責めてる場合じゃないよ。まず○!(笑)みたいな感じ。いいすぎかな?

    絡みまくった糸が真っ黒になっていて出だしも分からなくなっているものが少しづつほどけたり、ほどけながら、ほどけてるのに真っ黒に見えたりしながら時には一気にスルスルーっとなったりできる気がしてくるんです。

    こうやって文章にするとコップの水位が下がることがあります。
    だから何か感じたときはまたコメントします。
    2012/02/25(Sat) 23:27 | URL  | yui #-[ 編集]
    こちらこそ
    暖かい言葉をありがとうございます。夫婦でいるので羨ましいと言われたりしますが、実際は別々に棚卸しをしていました。その結果がどうなるかは神のみぞ知る、という感じで、後先も損得も全く入る余地はなかったです。そこまで追い詰められての覚悟でした。^^;
    2012/02/10(Fri) 18:01 | URL  | 中尾真智子 #-[ 編集]
    お誕生日、おめでとうございます♪

    覚悟と決心…素的な記事、いつも、ありがとうです☆
    2012/02/10(Fri) 14:23 | URL  | アヨ #-[ 編集]
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