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    家族カウンセラーの想いつれづれ
    まだまだですが、木を描く苦手意識が薄れている?
    これはとっても嬉しいで〜す。


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    ※第一第三水曜日は午後に出かけます。お電話は9時におかけくださいね〜。

    【2019/01/31 08:35】 | チャイルド
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    ハムさん
    中尾眞智子
    > やりたい事をなかなかめんどくさがって出来ずにいます。出かけるのがおっくうでしょうがありません。楽しい気持ちでちっちゃいちゃんを喜ばせたいです。

    「面倒くさい」と脳が言ってきたら、その足で外に出ちゃいましょう。そして歩きながら見えるもの聞こえるものを感じてください。思考(脳内親)に負けず行動することで小さいちゃんとの信頼関係が築かれていきますよ〜。


    らほいさん
    中尾眞智子
    > 一度手に丸め収めた紙を拡げ、その上に描いているのでしょうか

    そのとおりです。

    > 少しわびしさを感じさせ、冬の山そのものに思えました

    なんと嬉しい!
    ありがとうございます。(^^)



    ハムさん
    やりたい事をなかなかめんどくさがって出来ずにいます。出かけるのがおっくうでしょうがありません。楽しい気持ちでちっちゃいちゃんを喜ばせたいです。


    らほい
    一度手に丸め収めた紙を拡げ、その上に描いているのでしょうか
    少しわびしさを感じさせ、冬の山そのものに思えました

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    あけまして、おめでとうございます。

    去年は義母が亡くなって、哀しい年でした。
    今では男3人と女は私だけー義母とのたわいのないお喋りと笑いで、ずいぶん気持ちが和んだなーと思い出します。
    コロコロと笑う声が大好きでした。


    義父母との同居は、私と母(と祖母)のことを深めるきっかけになりました。

    私は母親の手で育った記憶がなく、「おかあさ〜ん」という気持ちにならず「おばあちゃ〜ん!」と駆け寄って行く私しか浮かびませんでした。
    父は生後7ヶ月で離婚していますから、全く記憶にありません。
    言ってみれば、親なし子だったのです。
    おばあちゃん子と言われ、可愛がられ、子どもの頃は大人にちやほやされましたが、母に抱かれた記憶もなければ写真もない。感触もない。
    だから、本当の親子を目の前で見せてくれた夫と義父母には感謝しています。彼の努力が“本当の親子”を実現させたと思います。


    親子とは
    こんなにもぶつかり合うものなのか。
    大声で喧嘩するものなのか。
    暫くしたら何事もなかったかのように笑いあうものなのか。
    懐かしそうにアルバムをめくって笑ったりするものなのか。

    写真の量や作文の内容からして、莫大なエネルギーをかけて育ったことがわかりますが、夫が親にかけたエネルギーも莫大だったと思います。

    私の家庭はこんな風に裸の感情をさらけ出すことはなく、都会的でどこか取り澄ました養父と母に、私の気持ちが届かないことが悔しかったなぁ。
    諦めていくしかなかった。
    母が子にエネルギーをかけないのですから、私の母に向かうエネルギーも循環しないまま滞っていたのでしょう。
    それが抑圧された感情だし、結婚後には夫を代理母にしてぶつけました。
    そうして夫を怒らせては、夫とのことも自分から諦めていったのです。ぶつけた石つぶてはどれほど夫を傷つけただろう。申し訳ないことをしました。

    母を諦めたのではなく、母に従って自分のやりたいことを諦め、自分の気持ちを封じていったのだから無念で仕方がない。
    だからやりたいことやります。
    好きな音楽も、苦手だと思っていた絵も続けます。
    最近始めた登山も楽しみます。
    朝日に夕日にときめきます。
    都会ではできなかった体験をして、最近では蝶が逃げずについてきます。
    不思議だけど通じ合っている気がします。
    不思議といえば1月に季節はずれのグラジオラスが咲いてました。
    グラジオラスは思い出の花。
    他にもいろんな「大切」を見せてくれる不思議に出会っています。
    都会育ちだろうが田舎育ちだろうが、差別なく自然は受け止めてくれる。
    ありがたいです。

    母を諦められるかというと諦めきれるものじゃないことを痛感します。
    無意識に代理母に期待する時に、母を諦めてい無いことが証明されます。
    それもひとつひとつ受け止めていくしかありません。



    そして、感謝してもしきれないのが孫のRちゃんです。
    我が子を産んだ時も、一生分の喜びと幸せをもらったと思いましたが、その後の脚本の発動で背負わなくて良いものを背負わせてしまいました。

    Rちゃんを見ていると、当時のことが蘇ります。
    当時の自分の孤独と、それを受け止めてきた子ども達に涙が溢れます。
    早々に夫や実家を諦めて自分から孤独になっていた(我慢と苦労の脚本)ことが悔やまれます。
    「やめな、その姿を脳に見せてるだけだよ。もっと一所懸命夫に言ってごらんよ、簡単に諦めるなよ。」
    届くものなら当時の私に言ってやりたい・・・。

    Rちゃんを見ていると、心が洗われます。
    きっと赤ちゃんには浄化の力があるのでしょう。
    可愛くて愛おしくて自然と笑みがこぼれます。
    見つめ合うだけで通じ合う喜び。
    遊んでいて飽きることがない。
    見ていて楽しくて仕方がない。
    気持ちのまんま表現します。
    命が輝いています。
    こちらが元気と勇気をもらいます。

    「育てた恩を忘れてなんちゃら」とはよく聞きますが、親が子どもを守り育てるのは当たり前のこと。死なせなかっただけでしょうが、と言いたくなる親もいれば、エゴを押し付けて子の心を殺し続ける親もいます。
    それに比べ、赤ちゃんはエゴを押し付けてきません。

    Rちゃんは存在だけで私を周りを幸せにしてくれます。
    Rちゃんが産まれてくれたことと、いくつかの奇跡は感謝してもしきれません。
    Rちゃんに、そして子どもたちに恩を返していくー出来る限りのサポートをするつもりです。


    それには元気でいなくちゃね。
    頑張りますよ〜。
    楽しみますよ〜。

    巷ではインフルエンザが流行っていますが、私は今のところ風邪の兆候はありません。
    皆様もうがいと手洗いでしっかり予防してくださいね〜。



    今年もどうぞよろしくお願いいたします。(^^)v




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    【2019/01/08 06:02】 | 育児(育自)
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  怒り  あるがまま  
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    iz
    うちも母親が働き祖母が私を育てた。大好きな祖母だったけど何故か私には家事一切を手伝わさず何でもやってくれた。楽ちんだった。大好きな祖母に嫌われたくないからいつも母と祖母に従った。反抗することも諦めた。学生時代も友達が何でもやってくれて楽だった。

    だから今でも自分で考える事をしない、出来ない。でもそれって、
    自分で考えたら「不安」まで考えなくちゃいけないから。

    「あの人は周りが支えてくれる人がいるから病気が回復している、あの人はお金を持ってるから回復してる」

    そんな馬鹿な考えしてる。自分で立ち上がらなくては駄目だ。

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