家族カウンセラーの想いつれづれ
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    葬送~四十九日の間、喪主がなすべき事にあるとおり、先日、無事に四十九日の法要と納骨式を終えて、ひと段落したところです。

    振り返ってみますと・・・


    11月末に娘が管理入院開始(2〜3日おきに飲み物数リットル持参)
    12月8日〜11日夫と義父が九州里帰り
    12月11日に娘のお産の点滴開始ー夫帰宅後お見舞い
    12月12日娘が2500グラムで出産
    12月16日娘が退院〜我が家で産褥期を過ごすー乳マッサージ
    12月18日孫が退院(一室を娘家族に提供)
    12月24日命名式で我が家に両家集合
    正月から還暦(夫)、米寿(義母)、初節句、お食い初め(と宮参り)の計画
    1月22日大雪
    1月23日娘と産後初の買い物(息子の誕生プレゼントとバレンタインデーの準備)
    1月24日夫が発熱で寝込む
    1月25日私が空咳ーインフルエンザ対策(手洗いとドアノブ消毒)
    1月26日義母咳ー水分に気をつける
    1月28日〜29日私38度ーマスクで家事
    2月2日義母が良くなってきてほっとする
    2月3日息子の誕生日ー夜義母亡くなる
    2月7日通夜、息子発熱
    2月8日お葬式
    2月10日夫の還暦
    2月11日娘床上げ(家に戻る)
    2月14日手作りバレンタイン
    2月19日札幌の姉来訪ーお参り
    2月25日娘夫婦引っ越し
    3月1日義父の分も一緒に確定申告
    3月3日初節句(&婿の誕生日祝い)
    3月4日三十五日法要で我が家に親族集まる
    3月21日午前お宮参り、午後お食い初め
    3月23日四十九日法要と納骨式

    12月の退院当初は、娘と孫のリズムを作ることと、義父母の生活リズムを崩さないことを意識して、誰もが無理のないように過ごせるよう心がけていたと思います。

    命名式は、大人たちそれぞれが筆を取って、一番堂々とした婿の書を飾ることになりました。その後のクリスマスパーティーも楽しく過ごし、娘の母乳も落ち着き始めた頃でした。

    お正月は近くの神社に義父母とお参り。人生初の大凶を引いた義父が慌てて二度目のみくじを引いていましたが、義母はそんな義父を笑い飛ばしていました。この時に義父がお祓いをしてもらっていたら違っただろうか・・・

    日常では、私のピアノの先生が旦那さまの転勤で3月に札幌に行ってしまうので、2月7日の先生のステージでは友人と歌う約束でした。またギターの先生が、私と友人のハーモニー(歌)をCDにしてプレゼントする企画を考えてくださり、2月7日に間に合うようにと1月22日に録音してくださいました。帰り道はまるで札幌?という雪景色でした。

    次の日は夫と義父が雪かきをして、午後は娘と内緒のプレゼントを書いました。先生のステージ(イオン幕張新都心とベイタウン)を夕方に見に行った以外は、ほとんど外出していなかったので、久しぶりにのびのびとショッピングを楽しみました。夫も孫を抱っこしてのお留守番が幸せそうでした。

    その翌日、夫が風邪で寝込み、全ての負担が私にかかってくるので緊張しました。娘と孫を守ること、つまりは風邪ひきを増やさないことーそれは無理なので娘には手洗いを徹底してもらいました。

    義父は「風邪は何十年もひいたことがない」と豪語するほど丈夫で、炊事洗濯をする者として(全員がダウンしなかったことが)とっても有難かったです。

    風邪の猛威もひと段落しかけて迎えた息子の誕生日を祝い、その夜にまさかの出来事ーそこから怒涛のように日々が過ぎました。日常も淡々と流れながら、同時に非日常を生きるための違うエネルギーを注ぐ日々が始まりました。


    義母がいない朝、納豆が嫌いで、豆腐が嫌いで、前回と同じ形で出たおかずを食べない義母に(今日は何を作ろうか?)とわくわくしていた私を発見し、それをしないことの寂しさに泣きました。もう義母の体を拭くこともない、義母を支えることもない、昨日トイレで一人移動した時に、「病み上がりなのに素晴らしい!後は良くなるばかりね」と喜んだ私を「ありがとう、そう言ってくれると嬉しい」と言った祖母がもういない。
    私でこんなですから、血族の皆さんはいかばかりか・・・。


    4日の夫の「喪に服す」宣言で、一度は祝い事に白紙の空気が流れましたが、義母が残した財産(我が子=夫)の祝い事を中止にしたら義母が悲しむと思い、私が勝手に準備を進め、こどもたちが協力してくれて、義父とも郵便局に付き合うと見せかけて内緒のプレゼントを相談して買いました。


    通夜お葬式は、夫が打ち合わせを綿密にしてくれていたので、つつがなく終えることができました。棺に思い入れのある衣類やお帽子、あったかい下着上下、手紙を入れて、送りました。


    葬儀関係で日々多忙な夫に内緒で、夫がかつて「美味しい」と言ったものの組み合わせで「赤」「紅白」「祝」を意識した還暦メニュー(鯛の尾頭付き、お赤飯、寿司ケーキ、筑前煮、長芋ゆず酢和え、豚角煮、煮タマゴ、白和え、からいね大根酢漬け、エビチリ、アボカドフルーツサラダ、吸い物、ベリーケーキ)を、数日かけて作りお祝いしました。ただひたすら夫の笑顔が浮かび愛おしい思いで作っていました。赤いちゃんちゃんこもかっこよく似合ってましたよ〜。


    翌日は娘たちが床上げで戻りましたら、急に寂しい人数です。
    お魚を買う時に、7切れだったのが急に4切れになってしまい、「いくつだっけ?」と数えてしまいます。


    喪主(あるいは喪主の家族)になることはそうそうないわけですが、外からはわからないこと、見えない苦労があるものだなぁとつくづく思いました。葬儀の前も後も細かい仕事が多く、それらを業者に任せてしまわず、ひとつひとつ丁寧にすることで、自分の気持ちの整理もできていくのだろうと思います。


    葬儀に関わることは頼まれたこと以外は手を出さず、もっぱら義父の話し相手をして、全てを夫がしたいようにしてもらいました。
    こんなに細やかな心遣いをして家に関わり、細かい事務仕事や電話連絡にも時間を費やしている夫を見るのは初めてです。任された現金管理(出納帳)で概ねの出来事は理解出来ますが、そこからも苦労が偲ばれます。夫には、本当にお疲れ様だし、本当に良かったねって思います。


    義母の料理を考えていた朝の時間は、義父とのラジオ体操になりました。
    日常と非日常を、喜びと哀しみの時を、丁寧に過ごした私たちを、義母も喜んでくれていると思います。







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    【2018/03/30 09:09】 | 家族小景
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    淡々と着々と為すべきことをやる

    くじけずにやる

    落ち込んでもやる

    時に楽しむ



    嫌な時ほど丁寧にやる

    もやもやした時ほど集中してやる



    為すべきことをやるーそれが自分を支える

    自信になっていく
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    【2018/03/19 14:50】 | 自分との闘い
    【タグ】 自律  育自  
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