家族カウンセラーの想いつれづれ
    「お母さん、娘をやめていいですか?」

    面白く恐ろしい番組が始まりましたね。

    「友達といるよりもママいる方が楽しい!ママは誰よりもわかってくれる」ー幼い頃の蜜月が大人になっても続いているホラーな世界です。
    主人公みっちゃんを巧みに誘導するママと、ママの顔色を読んで自分を誤魔化していく姿が悲しいですね。

    このように、みっちゃんも自らママに洗脳されてきたのです。

    自分の部屋の家具の色もお母さんの顔色を見て決める。

    職場の悩みもいちいちお母さんにメールをして判断してもらう。

    「ママには超能力があるんだと思う。だって離れていても私が困っているのがわかる。」というくだりは現実にもよくある話です(だからドラマになるのね)。

    ママは我が子を手放さないための画策をしているのに、ママの愛情を疑わない(ようにしている?)みっちゃんが痛々しい。

    好きな服を着れない、好きな色も言えない、ワンピースが似合うと着替えさせられる、ママのアドバイス通りにやって大失敗したのに、「ママのいう通りだったよ。」ってことにして、頭の後ろにハゲをこさえているみっちゃん。

    ママがみっちゃんの自我を乗っ取って(=みっちゃんが自らママに自我をあけわたして)「二身一体」の状態です。

    友人に「優秀な分身」と言われて嬉しそうなママが怖い〜。

    このドラマはとてもわかりやすく描かれていて今後の展開も楽しみです。





    現実でもこんな母娘はよくみられますし、あからさまに我が子を受け皿にして共依存の関係を繋ごうとする母親もいっぱいいます。

    「こんなこと言えるのはあなただけ」

    「私のことをわかってくれるのはあなただけ」

    「あなたのことをわかってあげられるのは私だけ」

    「他の子に内緒、あなただけ。」

    一人の子を特別(ターゲット)にするケースもあるし、それぞれの子を特別であるかのように付き合いながら、どの子も自分の受け皿をするように仕向けるケースもあります。子供達が個々に繋がらないように「あなただけ」に打ち明けごとをするなんてざらにあります。言われた方は兄弟に会っても秘密にしなければ、と健気に母を守り会うのも気詰まりになります。



    棚卸しが進み本人が受け皿にならないと決めると、母親からたちまち酷い言葉を浴びせられます。

    「お母さんのいうことが聞けないの?」

    「あなたのためを思って言ってるのよ」

    「好きにすればいいでしょ。」

    「親に逆らうなんて!」

    「親に向かってなんて事言うの!」

    「産まなければ良かった」

    「もう親でも子でもない」

    「今後敷居をまたぐのを許さない」

    「あなたは死んだと思うことにする」

    「私のことは死んだと思ってちょうだい」

    「私に二度と連絡してこないでちょうだい」

    些細なことで大袈裟に責め立てて、我が子の罪悪感を刺激して、自分に服従するまで手を緩めません。服従しなければしないで(この子はいらない)と捨てます。罪悪感に苛まされてすり寄って来たら、真逆の穏やかな顔を装い受け入れます。


    哀れを装ってなかなか子どもを手放さない母親もいます。

    「お母さんが悪かったのね」

    「お母さんがあなたを困らせてるのね」

    かわいそうになってしまって離れることが出来ないことをいいことにずっと甘え続けます。脚本の維持に協力的な子は大歓迎なのです。





    良い子は大人になってから初めて悪態ついたりするんですよ。

    中学までに口答えのひとつもして、その後も母子ゲンカをたくさんできるならまだしも、ずっと親が望む通り(勉強なら勉強を、家事手伝いならそれを、弟や妹の子守を望めばそれを、「女も自立せよ」ならそれを)邁進してきた子は、大人になるまでろくに反抗したことがありません。

    大人になって世の中を知って、我が母親がおかしいと知って、母親に言ってみるわけです。

    そんな子どもをひと昔は世間も冷たく言い放ったでしょう。

    「成人にもなって親のせいにするなんて甘ったれてる」

    「こんな子どもで親が気の毒だ」


    けど、今は世代間の連鎖が理解されてきました。

    母親と対峙する人も増えてきたのではないかと思います。

    我が母親はわかってくれるのでは?とチャレンジしても、自分の脚本を維持したい母親は“気持ち”を表現する我が子を受け入れるわけにいかないので「酷い」「冷たい」「意地悪」「薄情」「嘘つき」と言い放って(悲鳴をあげて)逃げます。

    それでも心のどこかでいつかは伝わるかもしれない、そんな思いを尽くして言ってみたりするわけです。





    みっちゃんもせっかく初回で気がついたんだもの、直接ママに返してほしいもんだ〜。

    「こそこそと私の後をつけないで!」

    「25年付き合った恋人って言うな!気持ち悪い!」

    「喧嘩したことがないのは私が合わせきたからだよ」

    「私とママは別々の人間なの!」

    「生徒のこともわからないのにアドバイスしないで!」

    「みっちゃんなら大丈夫って簡単にいうな!」

    「お菓子持って生徒のところに行けなんて非常識だ!」

    「失敗を恐れないでぶつかってごらんって言ってよ」

    「失敗が怖いから言えないんでしょ?」

    「私はワンピースが嫌いなの」

    「あなたはこの色が合うって勝手に押し付けないで!」

    「私の選んだ色を認めて」

    「自分の好きな色を私に言わせないでよ!」

    「自分で表現したらいけない脚本だからって私に決めさせないで」

    「お人形を売らないのはママが脳内母親を怖がっているだけじゃないの」

    「教えるのも手伝ってるくらいなんだから、作ったお人形を売ればいいじゃないの」

    なんて思いつくまま書いてみたけど




    みっちゃんはこの先どうなるんだろうか・・・。

    ママも自分の連鎖に気がついて、自分の母親と対決するのかなぁ。

    ママがあの母親(みっちゃんの祖母)の毒に気圧されて自分の傷を誤魔化していたら、それと同じ毒でみっちゃんを苦しめるって、無意識はわかってやってるんだろうなぁ。矛先はみっちゃん。

    「あんたに裏切られてみっちゃんだけが希望の星」って母親(みっちゃんの祖母)が言ってたけど、娘が結婚して孫を連れて戻ってくるように仕向ける母親もいっぱいいます。

    母を選ぶか我が子を選ぶか試されます。

    その前に、母を選ぶか自分を選ぶかです。



    来週が楽しみです。(゚O゚)\(- -;おいおい







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    【2017/01/15 12:15】 | 未分類
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  怒り  
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    『他者に依存しないという自律した個人の幻想は放棄すべきであろう……個人が一人で存立できるというのは危険なフィクションである。個人の自己実現には、他の人びとの支えが必要なのだ。』 
    (フェビアンヌ・ブルジェール『ケアの倫理―-ネオリベラリズムへの反論』より)

    という一文を見かけて、ちょっと気になりました。
    とても当たり前のことが書いてあります。
    人は助け合って支え合って生きてゆきます。

    ただ、世の中には、このような自然体ではなく、強い依存と執着を手放せずに、自分自身を律することが出来ず、時にはストーカーまがいの迷惑行為や、自分の孤独を不安を埋めるために、人を道具にして生きる人があることも見逃せない事実です。





    他人の時間を奪い続けて、それでも愛が足りない、可哀想な私だと嘆き続ける人たちがいます。

    相手の気持ちを勘ぐって、決めつけて、勝手に怒ったり、一人大忙しをしている人たちがいます。

    過去に囚われて、過去の言葉に囚われて、ずっと変われない人たちがいます。

    人のせいにして怒りをぶつける人たちがいます。

    相手にぶつけられず、自分は悪くない風に巧妙に言い換えて陰口を言う人たちがいます。

    相手の非を攻撃し続けて、自分の非を認めようとしない人たちがいます。

    「ありがとう」が言えない

    「ごめんなさい」と謝れない

    「お願いします」が言えない

    「ごめんなさいね。」と断れないで無理をして引き受ける

    「無理をさせて許してね。」と言わずに「勝手に引き受けたあいつが悪い。」と責める

    相手次第であからさまに態度を変える

    条件を満たしていないと人を信頼出来ない

    条件付きじゃないと人を愛せないなら「愛しています」が継続しません。

    ホオポノポノの言葉からとおーーーーーいですね。。。





    この人々が『個人の自己実現には、他の人びとの支えが必要なのだ。』と言い出したらどうなっちゃうんだろう・・・と、空恐ろしく思ってしまいました。

    執着する生き癖のある人が、依存を正当化して人を道具にするのはもはや罪ですし、高じると犯罪に繋がります。





    なにかしらの執着が、人々を不自由にしています。

    過去に抑圧した感情が、身近な人を代理親にして、あたかも自分が正当であるかのように怒りをぶつけます。

    今もって、日々の暮らしで抑圧した感情が、執着を生み出してもいるでしょう。

    この負のサイクルは、幼い頃から続いていることではないでしょうか。

    幼い頃は、大好きな親の怖い顔は見たくないから、いつも笑顔が見たくて頑張ったでしょう。

    その報われない日々の積み重ねが、怒りのマグマになって、チャンスがあれば人に怒りをぶつけます。

    特に母親を庇い守ってきた人は奥底にマグマのように怒りをためこんでいます。

    無意識だからそれに気がつきません。

    「普通に言っているだけ。」という人の無表情で平坦な表現が、周囲の人を緊張させていることに本人は気がつきません。

    「穏やかな自分を怒らせた(傷つけた)相手が悪い」と言い募る人さえいます。

    どんな理由があっても今現在怒っている(怒りを抱えている)のは自分なのに不思議ですよね。

    「私怒った事がないんです。」とにこやかに言う人が、どれほどの我慢をして感情を抑え込んで来たことか

    どれほど良い人という嘘の仮面をかぶってきたことか

    「相手の怒りが理解出来ません」と言いながら、長々と自己正当化の理論武装を語ってくれます。






    いずれの人もそうせざるをえない環境で育ったことはとても哀しいことです。

    が、人や物や誰かの言葉や負の感情に取り巻かれて執着が起こっているのに『他者に依存しないという自律した個人の幻想は放棄すべき』とは思って欲しくありません。まず自律して、他者とWinWinで繋がれる関係を築けるようになって欲しいです。

    また、条件付きじゃないと安心しない人が完全に安全なのは一人の時だけです。人間はそもそも不完全ですのに、他人の不完全ぶりをチェックしていとも簡単に相手を責めます。そうして「誰も安心出来ない」ので『個人が一人で存立できる危険なフィクション』の世界で生きているかもしれません。




    これらの人々が、自分自身を律する(自律)ことが出来たら、お互い様の世界で支え合いながらラクに生きられるようになるだろうと思います。そういう世界が広がる事を願って止みません。





    怒りが沸いたら、一人で(安心出来る環境で)口に出して表現してあげてください。
    直接ぶつけられた相手は、傷ついて新しい怒りのマグマを育てます。
    陰口で憂さを晴らすのは、負のオーラを撒き散らしてるだけです。
    悪口陰口嫌がらせは陰湿そのものですから、陰陽のバランスを壊して負の世界に落とし込んでゆくんじゃないかと思います。
    一人で、気持ちと向き合って下さい。

    その先にこそ、「お互い様」の成熟した依存の世界があるのではないでしょうか。
    人を助けることは特別なことじゃなく、助けられた方は一期一会の感謝をして、ことさら大袈裟にすることもなく喜び、日日是好日の心境で生きれるのではないかと思います。





    にじいろーどんな風に聴こえるでしょうか





    PS:歌詞を書いたらいけない(凍結されちゃう)んですって。そんなわけで14/12/29のエントリーNO267の書き直しでーす。





    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
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    【2017/01/14 07:00】 | ハラスメント
    【タグ】 ハラッサー  ハラッシー  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  
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    はじめてのおもちゃはくまのぬいぐるみ

    産まれた時から一緒にいたね
    毎日抱っこして寝たっけね

    ほっぺを擦り寄せたね

    おんぶひもで背中におぶいつけて(とママに頼んで)床を箒で掃いたりしたね

    椅子に座らせてお話ししたり、仲良しだったね

    お洗濯をしたら大騒ぎ

    「ママ!くまちゃん痛いって言ってるよ!」

    「くまちゃんも洗ってあげないとねぇ。」

    「わたしがお風呂で洗ってあげるから〜。」






    娘と一緒に嫁いでいった

    今では小さなぬいぐるみ






    クマのぬいぐるみ 投稿者 dm_5263e9624d83f


    歌詞【くまのぬいぐるみ


    この歌が「みんなの歌」で流れると涙がぐっと込み上げます。

    ぬいぐるみにつまづくママは「お片づけしなさい」とばかりにぷりぷり怒ります

    お出かけに連れて行く!と駄々をこねる子ども

    お片づけをしないからゴミに捨てちゃうママ

    収集車が来た時に慌てて拾ってぷんぷん怒って持って帰る子ども

    台所のママの後ろをさーっと走り抜けて

    取れかけた腕をちくちく縫う子ども


    もう愛くるしくて泣いちゃいます。





    PS:歌詞を書いたらいけない(凍結されちゃう)んですって。そんなわけで書き直しでーす。


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    【2017/01/13 09:24】 | 家族小景
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    日常的に怒りが強い人は、それが「当たり前」の世界(源家族)で育ったので、自分自身が相手に与える《圧》に気がつきません。

    ★かっと目を見開いたり眇(すが)めたり三白眼になったり、腕組みや語調で《圧》を与えているけど、本人は「普通に言ってる」と思っています。


    「怒ってる?」なんて尋ねようものなら
    怒ってないよ」と力強くかえってきます。

    「怒ってないのに怒ってるって言わないで!」と怒るなんてことはよくありますね。







    ★濁音(が、だ、で、etc)や促音便(小さい「つ」が入る)を強く発します。

    から怒ってないってっただろう(でしょう)!」

    「そうだっいったじゃないか(の)!」

    「ちう!ちがーう!」





    ★怒りを強調するために小さい「つ」が入ります。

    「うるさい!」

    ばっかじゃないか!」

    「ふっざけんな!」





    ★さらに相手を疑問系で追い詰めます。

    どう思ってるんの?

    何がしたいの?

    わかってんの?

    んっとうにわかったの?

    どこがわかったの?

    なんで謝ってんの?

    ほんとにわかって謝ってんの?



    ★相手を決めつけて話します。

    ★言葉の音程が上がったり下がったりと激しかったり、一本調子で冷たいです。








    おびやかされた相手は、“気持ち”が閉じて脚本が刺激されます。

    萎縮してしまう。

    固まったまま黙って相手の言うことを聞いてしまう。

    こんなに怒らせたのだから何か悪いことをしたのだろうととりあえず謝ってしまう。

    声の飛礫(つぶて)に嫌悪感を持つのに、逃げられずにそこに居続けてしまう。

    “怖い”を言わず(言えず)我慢して自分の中に無意識の「怒り」を溜め込む。







    怒りが強い人は自分で気がつかないまま、上のように相手の(受け皿になって我慢する)脚本を刺激して、同時に怒りの種まきをしているのです。

    相手の内側で怒りの種がほどよく育ち、いよいよ耐えきれなくなって悲鳴になって表出します(ハラッシーハラッサー)。

    すると

    怒ってるのはあなたじゃないの!

    強い語気で言い返されるなんてこともあるあるですね。





    ★自分の怒りに気づく

    自分ではなかなか気がつきませんが、口から出た言葉は耳から入ってきます。その言葉を手掛かりに、語気や濁音や発音が強くてきついなぁと思ったら、ちょっと深呼吸して穏やかに伝えてみるとその場のトラブルは避けられるかもしれません。

    とはいえしょせん小手先ですから、後から怒りが噴き出してきたり、相手をやり込めたくなるし、ムカムカしたりするかもですね。

    私は「怒り」を内包しているらしいぞ?と自分を疑ってみてください。

    疑ったら少し寝かせてみたり、間をおいて眺めます。

    じゃあなぜ怒りを内包してるのかというと、更に下に隠しているものがあります。

    慌てず急がずにじっくり向き合ってあげます。

    怒りが隠しているもの(=心に刻み込まれた傷)を無視しているいるから、自分の怒りに気がつかないのでしょう。

    その傷はお母さんの笑顔を見たくて見たくてずっと待っていたのにこっちを見てくれなかった哀しみ。

    待っても待っても私の番が来なくてずっとお兄ちゃんに夢中だったお母さんへの悔しさ。

    話しかける暇もないお父さんとお母さんへのがっかり。

    手伝いばかりさせたお母さんへの反発。

    100点とっても私には興味がないお母さんへの絶望。

    「優秀」が当たり前でそこから脱線できない悔しさ。

    かけっこが早くても褒めないお母さんへの絶望。

    お父さんも私に興味がなかったけど怒鳴った時は怖かった。

    お母さんは守ってくれなかった。

    向うの部屋で呆れたように見てる兄の顔が悲しい。

    「お前が悪い」と頭のなかで聞こえてくるお母さんの声。

    私を困らせるお前が悪い。

    悲しかったなぁ。

    怒ってるんじゃなくて、本当は壊れそうな心を守っていたんだ。

    傷つくのが怖かったんだ。

    弱い柔らかな場所で泣いている魂がいたんだ。



    こんなあんな自分に気がついてあげたいですね。


    ハラッサーとハラッシーハラッサーのいたちごっこから降りることもできるでしょう。


    ラスボスはお母さん。

    それ以外の人に怒りを持っているとしたら、その人をお母さんを守るために利用しているのです。

    別の人間を憎んでいたら、お母さんを守っていられるからね。

    お母さんを庇って守っている間は棚卸しは進まない。

    進んだふりをして自分を騙しても母親以外への怒りの表出ですぐにばれてしまう。

    自分にバレるより先に他人にわかってしまう。必ず自己矛盾が起こってしまうからね。

    一度は徹底してICの味方にならないと、思考でほころびを取り繕ってチグハグな辻褄合わせをしてしまいます。

    嘘の棚卸しになってしまうから、一度は母を棄てる覚悟で自分(IC)の味方になりましょう。

    ずっと先に「お母さん大好き!」がもう一度湧き上がってくるでしょう。

    犠牲的で我慢する愛情じゃなくて、自然体でただ愛するだけの「大好き!」が。

    お母さんがどうあろうと、自分の中にある愛情が可愛いし嬉しいし幸せでしょう。

    その時は嫌悪する人もなく、穏やかに自分の命を生きられるでしょう。







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    【2017/01/11 07:00】 | 育児(育自)
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  ハラッサー  ハラッシー  怒り  
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    2017年!

    あけましたね。

    おめでとうございます。o(^▽^)o

    今年もよろしくおねがいいたします。m(__)m




    昨年は母のジェノグラム書きから始まり、娘の結婚と引越し、息子の卒業と就職と、変化の年でした。

    今年の元旦は義父母と私たち夫婦と近くの神社まで歩いて初詣。

    2015年の夏の骨折以降義母は車椅子ですが、皆で並んで鈴を鳴らしてお参りできましたし、甘酒を所望し、おみくじも引いてよかったよかった。

    義父は畑もダンスもラジオ体操も続けていて、きっと今年も夏と冬に同窓会に出かけるでしょう。







    2日はだらだらと塗り絵を塗って過ごしました。


    梅1ーまずは薄いピンクで
    梅1
    梅1 posted by (C)machi



    梅2ー水彩色鉛筆がはみ出すはみ出す(爆)
    梅2
    梅2 posted by (C)machi



    梅3ー塗れば塗るほど変になっていくような〜でも楽しかった〜。
    梅3
    梅3 posted by (C)machi



    風景ーこちらは前回よりはずっと楽しめました〜。もうちょっと手を入れるかも?と壁に貼ってます。
    風景
    風景 posted by (C)machi







    昨日(3日)は夫と「歌い初め」をしてきました。

    楽しかった〜〜〜!!!

    久しぶりに音と遊んだ〜〜〜!!!







    そうそう、べっぴんさんの影響で、急に刺繍がしたくなって去年買った輪っかと針と糸。

    小4で母に言われ仕方なく入った手芸クラブは、6年が姉ともう一人しかいない不人気ぶりでした。

    家庭科が嫌いなのに3年間も続けた姉を尊敬しつつも、私は1年間で逃げ出しました〜。


    そんな手芸クラブだけど、刺繍だけは楽しかったような・・・。

    刺繍ー6本の糸を3本ずつに分けて針に通し、枠にはめた布に縫いこんでいくーフランス刺繍というやつですね。

    ランニングステッチやらアウトラインステッチ、チェーンステッチ、サテンステッチやらを教わって花と葉っぱを刺繍しました。

    何を作ろうってことでもないんだけど、懐かしくてねぇ。

    気が向いたら針に糸を通すと思います。(^^)







    習い始めたばかりの欲張りレッスン(ギター月2+ピアノ月1)も楽しみたいです。

    ギターは仲田先生、ピアノはKUMIKO先生にお世話になっています。

    たった一度の人生、習い事のひとつもやってみたいもんだと思いつきました。

    義父が毎週欠かさずダンスサークルに参加する姿も原動力になりましたー居間で一緒にワルツのステップを踏んだら、普段歩くよりもずっとかっこいい義父ー素晴らしいです。

    義父のように、おばあちゃんになっても楽しめる趣味を持ちたいなぁ〜。







    そんなこんなで

    今年もいっぱい遊びまーす!\(^o^)/

    棚卸しで苦しくなったら楽しいことやりましょうね。(^^)v






    明日から通常勤務です。( ̄^ ̄)ゞ





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    【2017/01/04 18:06】 | チャイルド
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