家族カウンセラーの想いつれづれ
    ※似たようなツィートを、文字足ししてみました。何度もなんども、同じような思いが湧いてきます。子どもの成長は待ってくれないけど、その時々の課題と向き合った大人は親に成長してゆけます。逃げて、課題を先延ばしにすればするほど、問題が大きくなってゆきます。





    家事育児のほとんどを夫は見ていない

    妻は誰にも認められない孤独感を抱えてしまう

    妻と夫の役割分担があるが

    「ありがとう」の感謝のきもちと

    辛い時は「お願い」出来る柔軟さがあって欲しいと願う





    夫は夫で満員電車の通勤

    家庭を支える収入を得るために働いている

    会社でどんなに認められても

    妻に「仕事ばっかり!」と文句を言われるとやる気が失せるだろう

    お互いを尊重して感謝している夫婦の仲の良さが

    子どもの何よりの安心材料

    喧嘩したら仲直りしたことも子に伝えてあげてほしい

    喧嘩しても大丈夫なんだっておしえてあげてほしい





    育児は密室で行われるわけで

    常に自分との向き合いでいつも子に自分を試されている

    成長させてくれるありがたい存在

    だが、お互いの源家族からの連鎖を背負っているので

    尊重と配慮をもって築いてゆかないと良い夫婦連合は築けない

    その不安定な両親のもとで更に家族連鎖が起こる





    昔から

    「母親の笑顔が何よりの子どもの安心」

    という神話に苦しんだ女性は多いことだろう

    それを言う夫が誰よりも妻の笑顔を求め強要したりする

    夫が埋められなかった心の空洞を妻を代理親にして満たそうとする

    妻も、夫を代理親にして期待に応えようと頑張り疲弊する

    こういう時は子を見ていない

    夫婦が

    お互いにやさしさを持ち寄れなければ

    思いやれなければ

    源家族の問題は固着してしまう





    忙しくて家でゆったり過ごしたいと思うとしても

    こどもにとっては親と会う時間が100%の親像なのだ

    忙しい!といらいらをぶつける親や

    いかに仕事が大変かを語って聞かせる親は多いが

    せめて「忙しくてごめん」と言う親でいたいものだ

    父親にも母親にも言えること






    子育ての苦労は

    ある程度の想像はついても

    24時間を数年継続して関わったことがない夫には

    到底理解出来るものでないだろう

    「理解出来ていないだろう」という謙虚さをもつことで

    家庭内での関係性をより良いもの出来るだろうとは思う

    仕事で育児参加が出来ない環境には同情するけれど

    幼児(おさなご)は両親を見つめ見守り我慢してしまう





    24時間子育てに関わる母親は

    いろいろな状態を子に見られてしまう

    隠していてもわかってしまう

    頑張って気配りしても完璧なわけがない

    子にとって母親の存在は大きい

    それを母親が痛感しているから苦しむ

    心身(命)を預かる責任と緊張は半端ではない

    妻の挫ける心を助けるのが

    夫の「忙しくてごめん」「ありがとう」などの一言だろう








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    【2015/09/26 07:11】 | 言の葉
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    さちこさん
    中尾真智子
    > 泣けてきます>_<
    > なんで泣けるんだろう?

    過去の自分を受け止めている感じがします。

    > かけがえのない我が子たちに、本当に申し訳なかった。
    > ごめんなさい。
    > そして、そんな私に気づかせてくれて、本当にありがとう。
    > 愛しています。
    > どうか、許してね。
    > 涙が止まらなくなっちゃった…>_<…

    いっぱい溜まってたものが流れてくれてるのですね。^^

    > 真智子さんさん、ありがとうございますm(_ _)m

    どういたしまして(^^)

    なんで泣けるんだろう…>_<…
    さちこ
    泣けてきます>_<
    なんで泣けるんだろう?
    一人で全部抱えて、苦しかった。でも、どうしようもなかった。どうしていいかわからなかった。
    あんな孤独な子育てはないと、今にして思う。でも、あの時にはそんな自分のことがわからなかった。つらいと口に出したら、自分が壊れてしまいそうだった。
    もっと笑って、子育てを楽しみたかった。
    若いお母さんたちに、できればこんな思いはしてほしくないと思う。
    かけがえのない我が子たちに、本当に申し訳なかった。
    ごめんなさい。
    そして、そんな私に気づかせてくれて、本当にありがとう。
    愛しています。
    どうか、許してね。
    涙が止まらなくなっちゃった…>_<…

    真智子さんさん、ありがとうございますm(_ _)m


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    【もう一人のあなた 嫉妬のジレンマ(3)】 より

    今思えば、疑いようもなく虐待だった。

     午前5時、まだ寝ている長男(8)を起こす。机に向かわせ、自作の計算ドリルや漢字ドリルを与える。答えを間違えればもう一度やり直し。ミスを重ねれば頭をたたく。夜も同じことを繰り返し、長男をかばう妻には「出ていけ」と怒鳴りちらした。

     尾崎学(39)=仮名=は9年前、妻(39)の妊娠を機に結婚した。半年後に長男が誕生すると、素直に感動が込み上げた。だが、何事も長男が優先される生活にストレスを感じるようになり、長男と妻を「支配」する“もう一人の自分”が生まれた。

     妻と長男は今年2月、突然行方をくらませた。警察に捜索願を出しにいくと、「家庭内暴力のため保護した」と告げられた。ノートに自分がしてきた行動を書き出して初めて、長男への嫉妬という感情と暴力を自覚した。


    抜粋ここまで-------------------------------

    「机に向かわせ、自作の計算ドリルや漢字ドリルを与える。」
    「答えを間違えればもう一度やり直し。」
    「ミスを重ねれば頭をたたく。」
    「嫉妬という感情と暴力を自覚した。」

    これらに心あたりのある方が、男女ともに多いと感じています。

    男性は、妻に理想の母親を求めます。

    第一にボクを愛して欲しかった

    一番にボクを見て欲しかった

    ボクの声に耳を傾けて欲しかった

    ボクの成績じゃなくて、ボクの遊びを知って欲しかった

    ボクの心に寄り添って欲しかった

    ボクのためのお母さんでいて欲しかった

    そういう思いが、我が子に嫉妬という形で現れます。(それらが満たされて育ったら、妻子にDVをほぼしません。)

    嫉妬だと自覚できませんから、勉強や運動能力を伸ばすふりをして叩き潰してしまったり、日常の躾と称して自分のエゴを押し付けてしまいます。

    同じように、女性も愛されたかった小さい子が嫉妬して、我が子を愛せないと勘違いしている人も多いです。

    妻が夫子にDVをしたり、モラハラで苦しめている家庭さえあります。



    けれども本人が、自分自身の背景を知ることで変わってゆく可能性が生まれます。

    諦めないで欲しい。

    自分の気持ちを自分で受け止める。

    そうして、親になってください。

    親として育ってください。

    我が子の成長を、ゆくゆくは自分を越えてゆく勇姿を喜ぶ親になりましょうよ。





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    【2015/09/23 07:32】 | ハラスメント
    【タグ】 ハラスメント  インナーチャイルド  人生脚本  脳内親  無意識  
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    「寝たきり」になっていく経過と対策にある『9.配偶者の協力』に「実質的な支えだけではなく、気持ちの支えになってありがたいですね。」と夫が書いているのを見て、嬉し涙がふわっと沸きました。褒められて素直に喜べることも嬉しいです。^^
    子育てが終わって、自分の時間をやっと自由に謳歌出来る!という喜び、子どもの頃から子どもらしく過ごせなかったけれど、やっと自分で自分を楽しむことが出来るというわくわくに満ち満ちていたので、正直にいうと、気持ちの負担とどう折り合いをつけていくのか、が手探りでしたし、おそらく今も自分と向き合い続けなければ、うっかりと脳内母の手の内に絡み取られそうです。(。-_-。)



    たとえば、『人としての尊厳を保つことができるように』
    これは、無意識に子どもの頃から刷り込まれています。ただ、それは、「相手の尊厳を尊重するという意味において重きがあり、自分自身は我慢する」という仕組みだったのです。
    その無意識の我慢に気がつかないときは、相手は私の我慢など知りませんから(表現しないことは伝わらない)、当たり前の日常として過ごします。そして、不満が溜まってゆき「私を尊重していない!」と夫に対して昔はよく怒っていました。
    自分が自分を誰よりも尊重していなかったのです。
    これが無意識に発動しないように、日々、心がけています。

    一つは「頼まれていないことはしない」
    頼まれてもいないのにやってしまうことは、相手を尊重していないことが多いんですね。けれども、子どもの頃から、母が困っている時は空気を読んで動く癖が身についていますから、それを「しない」ことを続けることが初めは苦しいんです。脳内親との戦いですね。

    一つは「頼まれていないことをした時は反省はしても後悔はしない。」
    そうはいっても、相手の意向表明を待ってるわけにいかない場面があります。そういう時は、自分自身の脚本が絶好調になっていることが多いです。(ああ、脚本ちゃん絶好調だね。)と言える時は我慢になりませんが、無意識に自分の我慢に気がつかない時は、後から不満が湧いてくるんですね。また、脳内親に、頑張りを恩に着せたり自慢したい子が出てきます。
    なので、付け加えました。
    「頼まれていないことをした時は、恩に着せず自慢せずあるいは批判が来ようと甘んじて受ける覚悟でやり、反省はしても後悔はしない。」
    こう決めたら、自分が受け止めるしかないので、自分をいっぱい抱きしめられるようになりますよ。




    『トイレが終わってオムツする前にお尻を拭いたりするのは妻がやってくれています。』
    これは、膝にヒビが入った時からなので、8/15からですか。正直に言うと初めは抵抗がありましたが、私の脚本がとても機能的に相手を尊重するので、綺麗に拭いてあげないと気持ちが悪いのです。
    湧いてくる思いに「自分の母親じゃないのに」とかいろいろありますが、これらはダミー感情です。
    家庭内で困っている人がいたら、当たり前にやることなのに、脚本が「不幸物語」を紡ごうとするのです。いや、面白いくらいに引っかかりそうになります。



    『距離を保たないとすぐに母が甘え「人を使う癖」(自分で動けない人間は、人を使うのがうまくなります)が出てきますので、距離感が大切です。』
    ここは、私自身がしっかりしないとなりません。
    なぜならば、我が母が私の父親の姑の介護を、さらには再婚相手の姑の介護をしたという事実があります。
    更には、世の中の「嫁がやって当たり前」という風潮があります。その調子で話しかけられる時、実際の苦労以上に心が疲弊します。夫も義父母も、私に「嫁として使役しろ」とは全く言っていませんから、家族内では問題ないはずなのですが、うっかりすると「良い子(脳内親に忠実な)」になってしまいそうで、まだまだ危険ゾーンです。
    この脚本が、若い嫁時代は、義母の「人をうまく使う癖」とマッチングしていたのです。義母の人生脚本を知れば、なるほどと思いますが、当時の傷は癒えてはいません。それを癒す鍵は、上に書いているとおり私の母親と向き合うことです。(どこまでも「母」です。)
    ですから、うっかりすると、義母に利用されているように見せかけて利用している脚本といういやらしい図が出来上がるので要注意です。義母は無意識ですから、それを責めるのはお門違いなんですよね。



    このようなことを書くと、「カウンセラーなのに?」と思われる方がいらっしゃいます。もし、そう思われたら、医者やカウンセラーに強い依存をしている(してしまう)かもしれないと疑ってみると良いかもしれません。誰かを上に置いたり、下に置いたりする癖があるのかもしれません。どちらかにいないと居心地が悪いのかもしれません。
    新しく環境が変われば、新しい課題と出会うーごく当たり前のことです。

    神様は、ちゃんと成長の種を私の中にもたせてくれたんだなって思います。育てるか育てないかは自分次第。



    さて、これまでは写真を撮る暇もなかったですが、最近の義父の豊作です。
    坊ちゃんかぼちゃと義父が呼びます。実際は、この3倍はありました。
    ぼっちゃんかぼちゃ


    こちらはスープ用に
    かぼちゃ


    こちらは煮付て常備菜として
    IMG_3525_convert_20150922105946.jpg


    かぼちゃ団子(潰して片栗粉と卵を混ぜ込む)ですが、天ぷらやいろいろと化けます。
    かぼちゃだんご



    これからは、どうやら間引きされた大根菜が毎朝届くような予感。
    大根の間引き


    我が家で育ったゴーヤ。

    我が家のゴーヤ


    塩で茹でただけですが、あずき煮。
    あずき煮

    最近、腎臓に良いと聞いて、毎日のように食べています。きび砂糖を入れてちょこっとおやつに化けたり、ペースト状になるとパンにつけて美味しいですよね。


    月に一度、織座農園からお野菜を買っていますが、このお野菜が届くと俄然料理をする気になるんです。
    また、お茶碗の洗い物も、「溜まるのが嫌」だったんだとわかってからは、自分が嫌なものを見たくないので、すいすいと洗っています。鍋もフライパンもその蓋も、放置されているのが嫌い、シンクもガスコンロもすぐに洗うーこれは母の躾です。躾で済めば良いですが、毎回やらされてうんざりしていましたから、綺麗じゃなくちゃ嫌だけどやりたくない、というジレンマを抱えていました。なんのことはない、私が気持ちが良い方を選ば解決です。
    この件では、いえ、この件に限らず代理親にした夫が一番の私の被害者です。(反省)



    と、長々と書きましたが、こんな感じで夫の嫁をやってます。
    「こんな感じ」で、これからも「同居物語(仮)」「家族小景」というカテゴリで書いてゆくかと思います。
    私の体験が事例として提供出来る場面があれば、惜しみなく書いてゆきたいと思います。
    そこに脚本が入り混じっていないか、中心軸の私がしっかり見ながらね。



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    【2015/09/22 10:54】 | 家族小景
    【タグ】 脳内親  人生脚本  無意識  怒り  インナーペアレンツ  
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    エミさん
    中尾真智子
    コメントありがとうございます。

    > 英司先生のブログをたまたま見て、同居の記事を見つけ、「うわ!うちと同じ」と驚きました。ストローク飢餓の人が取る行動とか全く一緒で。

    実の親子というのはシビアですよね。

    > 同じ嫁の立場の奥様のブログを読みたかったので、同居の記事があって、

    「嫁」という意識はなくて、義父母との共同生活を助け合って気楽にやりたいです。^^


    > 実子の英司先生の記事も真智子先生の記事もどちらも今の私には参考になります。

    ありがとうございます。

    > 実子である夫の気持ちも理解出来るようになればと思いながら。。。

    理解するには伝えてもらうのが良いですね。ご夫婦でお話しすると良いと思います。

    > ぜひぜひ今後も記事をアップしてください。楽しみにしています!

    記事は本業の合間に気が向いたらになりますけどよろしくお願いします。


    初めまして
    エミ
    英司先生のブログをたまたま見て、同居の記事を見つけ、「うわ!うちと同じ」と驚きました。ストローク飢餓の人が取る行動とか全く一緒で。
    同じ嫁の立場の奥様のブログを読みたかったので、同居の記事があって、しかも今後も書き繋ぐご意思があって良かったーと喜んでいます。

    実子の英司先生の記事も真智子先生の記事もどちらも今の私には参考になります。
    どうして義両親はこんな行動を取るのか、どう対応すれば良いのか、は英司先生。
    自分の心持や立ち位置を考えるときは真智子先生のリアルな心境記事。

    実子である夫の気持ちも理解出来るようになればと思いながら。。。

    まずはできることから。

    ぜひぜひ今後も記事をアップしてください。楽しみにしています!

    HN さん
    中尾真智子
    > 台所がキレイだとすごく気持ちが良いのに食後に皿洗いをしたくなくて、たびたび翌日まで放置してしまいます。
    > 洗い物がシンクにたまっているのを見て、うんざりします。

    わざわざ未来の自分を苦しめているのですものね。

    > 夏場はすぐにコバエがわいて、
    > 気分が悪く、更に罪悪感も湧きます。

    この「罪悪感」を味わうために無意識がさせてるのかも。。。

    >
    > 私の中にも、何かありそうです。
    > きっかけをありがとうございます。

    (^^)v


    風子さん
    中尾真智子
    > きれいがいいんです。汚いのは嫌なんです。なのに、中々お皿洗いに取りかかれないし、やってても気が重いし、すごく時間がかかるし。何でこんなにお皿洗いが嫌なの~?

    やったら案外あっという間に終わるのにねぇ。すごく時間がかかる気がしちゃいますよね。そのままにしておきたい何かがあるのかなぁ。

    > 何かありそうです。見つけるぞ~。

    (^^)v

    私もです!
    HN
    台所がキレイだとすごく気持ちが良いのに
    食後に皿洗いをしたくなくて、
    たびたび翌日まで放置してしまいます。

    洗い物がシンクにたまっているのを見て、
    うんざりします。

    夏場はすぐにコバエがわいて、
    気分が悪く、更に罪悪感も湧きます。

    私の中にも、何かありそうです。
    きっかけをありがとうございます。



    お皿洗い
    風子
    「綺麗じゃなくちゃ嫌だけど、やりたくない」
    今の私にぴったりで驚きました!
    きれいがいいんです。汚いのは嫌なんです。なのに、中々お皿洗いに取りかかれないし、やってても気が重いし、すごく時間がかかるし。何でこんなにお皿洗いが嫌なの~?
    何かありそうです。見つけるぞ~。

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    自分が「子の母親」になることより、「自分の母親の子」でいることを選んできたお母さん。
    無意識に我が子を「自分を見守る親」「自分を助ける親」に育てたお母さん。
    子を「自分の優秀作品として親に見せる」お母さん。
    それに気がつかずに、一生懸命に、母親を庇っている人々

    怒りの矛先は、本当は親に向いているのに、親を庇って配偶者や子に、仕事仲間にぶつけます。こうしていつまでも変われずにいるのです。

    自分が怒っている自覚がある人はまだ良いですが、「普通に言っているのに、怒ってるの?と言われる。里の方言がきついんですよね。」と弁解される方も多いです。語気が強く濁音が強く勢いがあります。本当に怒っていないのでしょうか。




    ★私が、相談者の方々から聞いてきた母親に対しての言葉の数々を並べてみます。

    厳しい母だった。
    学校にしか居場所がなかった。
    父の暴力がかわいそうだった。
    仕事で忙しくて大変そうでかわいそうだった。
    母を守れなかった。
    一緒に死のうと言われた。
    本当にいつ殺されるんだろうって怖かった。
    学校に行っている間に何があるか心配だった。
    他の兄弟ばかりで私はかまってもらえなかった。
    病気の兄弟が羨ましかった。
    成績が下がると不機嫌になった。
    遊びに出してもらえなかった。
    いつも見張られていた。
    やんちゃをして怒らせてもこっちを向いてくれなかった。
    いつも病気がちだった(と思っていた)。
    やることを次々先回りされた。
    自分の意思で行動したと思っていたけど、母の思惑通りだった。
    笑顔は母の役に立たないともらえなかった。
    笑顔は成績が良くないともらえなかった。
    笑顔は見たことがなかった。

    等々・・・





    ★代理親になる瞬間(事例)---------

    小さい頃によく映画に連れて行かれた。中学生の叔母と行くと青春映画だったので面白かったが、母と行くと当たりとハズレがあった。(つまり、子供のために映画に居ているのではないということ)

    ある日の映画はとてもつまらなかった。幸いにも一番後ろの席だったので、席を立って後ろで遊んでいたら、母もつまらないのか外に向かって歩いていくのでついて行った。
    外に出て、明るいところで母じゃないとわかって、戻ろうとしてドアを開けたら、映像以外は深い暗闇に包まれていて、母を探せる気がせずに困って泣いてしまった。すると、アイスクリーム売り場のおばちゃんが映画館に戻って探してくれた。

    心強いおばちゃんとべそかいて歩いていたら、目が慣れてきて母の洋服を探せた。(その時の母の上着はペイズリー模様で、大人になるまで避けていた理由はこれだった。)一度人違いをしているから、用心深く確認した。

    おばちゃんは、「この人?」と言いながら、声をかけてくれたか、私が、とんとんと肩を叩いたか、どっちだろう。ほぼ同時かもしれない。「あら、どこに行ってたの。」と言いながら、おばちゃんにお礼を言っていた母。

    この時に、ほっとしたと同時に「お利口に座っていないと大変なことになる」と身を引き締めた。この瞬間に私におまじないがかかっているのだ。

    今なら、小さな子をほったらかしにして映画を見ているこの母親は、なんてひどい親だろうとわかる。炎天下、車に赤ちゃんを置き去りにしてパチンコし、赤ちゃんを死なせた母親と同じだ。悔しくて、悲しくて、怒っていいところだ。

    けれどそれが日常の中で当たり前すぎて、私が母の行動に付き合う=私が母を見守る親役として育てられていった。そして、

    母のそばでお利口であること
    母に迷惑をかけないこと
    母のすべきことは代替わりすること
    どんどん増えていった
    母は頼りにならないから私がやるしかない
    私がしっかりするしかない
    誰もあてにできない
    誰も私を助けない
    家族で頼りになる人は一人もいない

    こんなふうに、いつの間にか母を助け母を庇うことが身についていた。たくさんの諦めを口に出さず、我慢の脚本と一人ぼっちの脚本が出来ていった。





    ★武勇伝じゃないのに(事例)-------------

    妹がデパートの下りエスカレーターの前で立ち往生し、取り残されたことがあった。
    泣いてる声で気がついて、回り込んで上りエスカレーターで駆け上がったら、妹のひとつ上の弟が、妹の名前を叫びながら下りのエスカレーターを懸命に逆走して上ってきていた。

    とても悲しかっただろう
    親に見捨てられ、とてもとても悲しかったわたしたち兄弟。


    なのに、当時の私は弟の武勇伝として語った。
    帰ってからその状況を嬉々として語っていた。
    本当は、冷静に行動して誇らしい自分を、一瞬でかき消した弟の姿に圧倒されて姉としてのプライドが傷ついていたんだと思う。弟を過剰に褒めることで、その傷を自分を慰めていたんだ。こんな小さな弟をあんなに心配でいっぱいにしてしまった、こんな小さな妹を不安でいっぱいにしてしまった、痛ましくて痛ましくて申し訳ないと思っていた12才の私。

    それからは、「外にいる時は気を付けていないと何が起こるかわからない、おばあちゃんに預けるのは無理なんだ!」と認識を変えたのを覚えている。

    当時、私は、祖母と私と弟と妹で出かけたと思っていた。
    母がいたらそんなことはなかったのに、とまで思っていた。

    最近になって、母が「あれは驚いたわねぇ。」と見てきたように言うので、よほど当時の私の話が臨場感あふれていたのだろうと思いながら「お母さんいなかったでしょう。」と言ったら、「私もいたわよ~。」と。
    嘘だ~と思ったものの、「私がおばあちゃんに3人もこどもを預けるわけないでしょう!?」と言われ、確かに母は祖母の限界を超える負担はかけないよなぁ、と納得した。

    祖母は、自称「こどもが嫌い」である。
    可愛がられたのは、私だけだとも言われている。
    その祖母が、いくら私がいたとしても、小さい子を二人も連れてバスで街のデパートに出かけるはずがないという気もする。なのに、私の目には母はうつっていなかったことがショックだった。

    私の記憶では、叫びながら登ってくる弟を下で心配そうに祖母が見ていた姿だ。
    母も何かアクションを起こしていたのかもしれないけど、実際は何も役に立っていないから、記憶の隅にも残っていないのかもしれない。

    実際は、祖母は、しっかり者の私がいれば、二人を連れて行ったかもしれないし、母の言う通り私の勘違いかもしれない。ただ、母がいたとしたら、こんなに悲しいことはない。

    幼い娘の手を繋がずに、エスカレーターを降りたのか
    大人が二人もいながら、5歳の子をエスカレーターに乗せずに残したのか
    それを助けに行ったのは、12歳の姉(私)と6歳の兄だ
    私を迷子にした母だからあり得るだろうか・・・

    そういえば、私の迷子もデパートで母と祖母を見失った時だった。
    この時も、母と祖母が一緒だった。
    母は、祖母といる時に母親じゃないのだ!

    悲しみでいっぱいになる。

    私は、母を庇うために母を記憶から消したのだ。その日は母がいなかったことにしたのだ。そして母がいなかったことに信憑性を持たせるために、我が身を犠牲にしてまで作ったストーリーが、あの「弟の武勇伝」だったのだ。

    『申し訳ないと思っていた12才の私』と書いたが、母親が責められそうになった時に、瞬時に「自分を責める」姿は、他の相談者の方にもよく見られることだ。母を責めること=母に責任を求めることは、母への絶望を直視することになる。母に絶望したくない私は、母を責めるわけにはいかなかった。だから、瞬時に自分を責め、弟を勇者に仕立て上げたのだ。そして、最終的には、弟に注目させることで、母に視線が向かないように仕向けてきた。それだけにとどまらず、私は、母がそこにいたことさえ記憶から消していたのだ!

    三重にも四重にも、いったいどこまで私は母を庇っているのだろう。

    現実を見れば、私は母の母親として、弟は母の父親として存在するように育っているではないか。

    母は、弟に対して、まるで亡くなった夫(=母の代理親)のように気を使っている。
    弟は子どもとして存在しているのに、母が気を使えば気を使うほど、弟の中でフックされ続けてどんどん父親に似てしまう。

    弟と私は全く性格が違うのに、どこか似てる気がしていたけど、母の代理親という共通点だと合点がいった。





    ★お母さんはやさしい?(事例)---------

    中学生か高校生の頃、姉が「お母さん、昔はやさしかったのにね。」と言った時、私はあんまり驚いてしまって、やさしい母を脳裏に浮かべようと頑張って探し回って見つからなかった。
    「お母さんが優しかった記憶はないよ。」というと、「ええ?やさしかったでしょう。」と言われて、母は姉ばかり可愛がると言われていたのを思い出していた。

    そうか、姉にはやさしい記憶があるんだ、よかった・・・

    よかった、というのは、姉は別れた父親の記憶があるせいか、小さい頃は喋らない子だったと聞いていたので、私には無い傷を負っているんだろうと申し訳なかったから、母が姉にやさしかったならよかったって思ったのだ。

    今になってわかるのは、これは大ショックだったと言うこと。
    「えー?!! お母さんはお姉ちゃんに優しくしたことがあったの?! 私にはないのに!!」―これが本当の気持ちだ。

    私はそのショックに気づきたくなかった。気づけば、父の記憶も、母の優しさも知らない自分だけが不幸だと気づいてしまうから。
    その劣等感を封印するために、あえて私が優位に立つ「思い方」をしたんだ。





    ★ありがとう?(事例)---------

    姉が私によく言うのが、「ありがとう」から始まるエピソード。
    たとえば、初めて映画館に二人で行った時、立ち見だったとはいえ姉が何度か移動するので、「お姉ちゃんどうしたの?」と言ったら、私に(静かに)と小声で言ってから小さく「ちかん」と。それを聞いた私は、(たいへん!)と思って「え?痴漢?」とあたりを大げさに見回した。その時は、姉が恥ずかしそうにしていたけど、どうやら痴漢は消えたらしい。そのあとも、私はちらちらと睨みを効かせていた。

    その時の姉の嫌そうな顔が、私に対して(静かにって言ったのに!)と責められている気がして、その後は話題にしなかった。痴漢にあったことが恥ずかしいお年頃だったのかもしれない。すっかり忘れていたのだけど、大人になってから「あの時はありがとう」と言われて思い出したのだ。

    姉を守ろうとする時も、姉の顔色を見て自分の対応を決めるところも、映画館での私の行動は「娘を守る母親」の行動だ。私はすっかり「子の親」としての行動が身についていたのだ。ちらちらと睨みを効かせている時の私は「脚本ちゃんが絶好調」だったのだ。

    私は、自分の目の前にあることを楽しむよりも、周囲に気配りをするようになってしまった。どんなにもったいない時を無駄にしてしまっただろう。





    ★母の母であること(事例)---------

    上に書いたように、母の母であることは、母の子(私のきょうだい)の母でもあるということ。
    私は、意識上はきょうだいの一員でいたけど、無意識では常に心配したり、気遣ったり、胸を痛めたり、ちゃんと出来ない自分を責めていた。

    一人暮らしをする時は、これまで私が担っていた家事手伝いを誰がいったいやるのだろうと心配した。
    父のお店は繁盛しているわけじゃないし、自宅とはすぐそこだから、母が行き来すればこなせる家事なのに、家事と子の面倒の多くは私が分担していた。

    当時は、学校の奨学金を貰う成績を維持していたので、学校生活に専念したかった。土曜日は弟と妹のお昼ご飯の世話、平日は保育園のお迎えのために5時には家に帰らないといけない。体はひとつしかない。くたくたになって(この家はおかしい。母親が母親をやっていない。)と気がついて家を出た。

    母に対する怒りを当時も感じていたし、意識上では、母を好きだと思ったことはない。好きになろうとしていたという方がぴったりくるが、この表現も、母に見捨てられていたことを自覚したくなくて、傷つかないように無意識に認知の操作をしていたのだろう。

    もうやめよう。母を助けるのはもうやめよう。そう思って家を出た。なのに数年もしたら、母は、子どもたちのトラブルがあると電話をかけてきて私を頼った。頼ってくるのをうざいと思いながら、断ることに罪悪感があった。実際に断った後は結構しんどくて腹を立てていた。

    (※この腹立ちは、罪悪感を持つ自分に対するチャイルドの腹立ちーそこに気がつかないうちは、対象人物に腹を立て続けて脳内親を守っている)

    結婚後は離れられると思ったが、結局、自分が本当に手放さない限り、形を変え人を変えずっと続くのだった。





    ★無意識を意識化する---------

    無意識を意識化して、母に対する怒りをちゃんと味わってあげるまで、手放したと思ったものは何度でもチャンスがあれば形を変えて戻って来る。怒りを吐き出して、何度も絶望して、結局私が選んできたんだなぁと深層心理に辿り着いて、その自分を抱きしめた時に、ひとつずつ手放せるのだ。赦しを手にいれるのだなぁと感じている。
    自分を赦して相手も赦すー本当に赦し手放した感情は、その後は恨みとして口に出てこないと実感している。

    相手に怒りが湧いたり、その怒りを正当化したくなるときは、親を庇っている時だろう。まだ、手放していない親からの傷を見つけてあげないから、怒りとなって発動する。その怒りは、本当は昔の親に言いたいこと、そして、自分の傷を見ない自分自身に対して怒っているのだろう。

    現家族に対する怒りは、源家族に対する怒りがスライドしている。他人でも、身近になればなるほど怒りを持ってしまうのは、無意識に代理親にしているのだろう。よくあるのは、教師や上司や先輩や医者やカウンセラーや友人を代理親にしてしまい、大好きになったり、大嫌いになったりする。両極に気持ちが走る時は、依存が強くなっていて代理親にしていると疑うとよいかもしれない。





    母親を背負って生きている人、父親から守ってくれなかった母親を庇い続けている人、母親になれなかった母親を「忙しかったから」「父が横暴だったから」と庇い続けている人、どうか、自分のチャイルドに気がついてあげてください。




    子育ての愛に混じり気ないですか
    心のコップがいっぱいの親御さん
    どっち見てますか
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。



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    【2015/09/11 11:07】 | 自律
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  脳内親  無意識  怒り  ハラスメント  インナーペアレンツ  
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    けやきさん
    中尾真智子
    > いつもこちらと英治さんのブログを拝見しています。

    ありがとうございます。

    > 自分の存在に対する謎、両親に対する謎、生きづらさの謎がようやく解けてきて、今こここを生きています。

    ながーい旅路だったことと思います。

    > 小さい頃から親の"親"だった私。
    > 一番上の子を自分の"親"にしようとしてた私。

    連鎖を実感されたのですね。

    > ようやく子供の親になってきたし、自分の育て直しをしています。

    がんばりどころですね。^^

    > これからもブログを楽しみにしています。とても励みになります。

    こちらこそ、ありがとうございます。



    けやき
    いつもこちらと英治さんのブログを拝見しています。
    両親がどんな子育てを私にしたのか、思い出し作業中にこの記事がアップされていました。

    両親に対するなぞは、ここに行き当たります。
    子供に対するメッセージが、親としてのものよりも親本人の必要性に応じたものだったのだな、と思い当たります。

    こんがらがった細い鎖を解きほぐすような、子供時代の思い出と思い込み、大人になってから得た知識で両親の子育てをあらためて思い出し考え、
    自分の思い込みだけの感情でなく、本当は味わっていたはずの感情をもう一度味わい直す、そんなことを時々しています。


    以前は両親に対して仕返ししてやりたい、後悔させたいという深い恨みの気持ちもありましたが、きっといってもわからないと、なぜだか諦めてもいました。
    過去に2回、話して逆ギレされているからだとおもいます。
    最近その諦めは、結局両親も連鎖の中にいて自分でどうすることもできず、苦しみながら子育てして、そして私に連鎖したのだ、彼らは常に被害者の立場(受身の立場?それか子供の立場ですね)でしかないので、子供がどう思ったか、という共感は得られないのだ、とやっとわかりました。それまではきっとどこかで、親なんだからきっといつかはわかってくれるはず、という期待や希望があったんだと思います。

    自分の存在に対する謎、両親に対する謎、生きづらさの謎がようやく解けてきて、今こここを生きています。

    小さい頃から親の"親"だった私。
    一番上の子を自分の"親"にしようとしてた私。
    ようやく子供の親になってきたし、自分の育て直しをしています。


    これからもブログを楽しみにしています。とても励みになります。

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    実は途中まで七夕に書いたのですが、自分のがっかり感を大事にしたいと思って味わっておりました。悪しからず。(゜゜)(。。)ペコッ

    -------------------

    今日は七夕ですが、あいにくのお天気で、織姫と彦星は出会えたのやら・・・。

    さて、日本の行事をなるべく大事にしたいので、夕方にお仕事を切り上げて、素麺を!

    と思いきや、涼しいので、にゅうめんを作り、 誕生祝いで頂いた赤飯と、茹でとうきびと、義父が育てたミニトマトを一緒にいただきました。

    【我が家のにゅうめん】(クリックで大)


    美味しそうでしょう?
    美味しかったんですよ〜。


    材料2人前(6人前で作ったので想像で逆算)
    (1)人参ー太い方から食べたい分を3ミリの輪切りにして星で型取り
    (2)オクラ2本ー3ミリくらいに輪切り
    (3)ハム2枚ー星で型取り
    (4)1、2の残りをみじん切り
    (5)紫蘇2枚ーみじん切り(細切りでも良い)
    (6)ネギ4分の1ー細輪切り
    (7)水ー適当(おわんで2杯ー多めに作ってもスープで使える)
    (8)コンソメスープ(適量)
    (9)素麺1人分(吸い物代わりなので)
    (10)玉子1個(最後に溶き卵を入れる)


    1ー材料を別べつの容器に入れて準備。
    2ー小鍋で、(1)の型取り人参を茹でて、少ししたら(2)のオクラも入れ、さっと茹でてザルにあけておく。
    3ー水(7)に(8)コンソメを入れて沸騰させ(4)のみじん切りを入れる。
    4ー3に(9)の素麺を入れ、硬めに茹でて、(10)の卵を溶き入れ、おわんに盛る。
    5ー2の型取り人参やオクラ、(3)の型取りハム、(5)の紫蘇、(6)のネギを入れて出来上がり
    お好みで、胡椒やゆずやいろいろ工夫して食べれます。


    我が家は6人いるので、大鍋に3のスープを作りおいて、小鍋で2人分ずつ作りました。
    そうすると、麺がのびずにおいしくいただけますし、大鍋の残りのスープは翌日に、わかめを入れて玉子をふんわり入れてスープとして食べられるし、冷やご飯を入れて雑炊にも出来ますから多めに作りました。


    何十年ぶりのにゅうめん作りなので、我が家レシピとして記録しておこうと思ったのです。
    今度作るときは、さらに何十年後かもしれません。
    あるいは作らないかもしれません。
    なぜならば、「素麺は冷たいものだ!」という頑固な夫に、「いやいや、にゅうめんもおいしいから。今日は涼しいしね。」と説得して作ったものの「やっぱり素麺は冷たいのがいい」と言われてしまい、非常にがっかりしてしまったからです。


    義父は食べ物はなんでも食べますが、美味しいものは美味しいと言います。これは「美味しい」と言いました。
    量が多くて残すのでは?と思った義母も食べきりました。
    娘もおいしいと食べました。
    息子はお代わりしましたので、再度作りました。
    私は、もちろんおいしくいただきましたさっ。
    夫だけが、どーしても「冷たい素麺が良い!」と言います。

    すると娘も「私も素麺は冷たいのが好きだよ。」と父親に同意。
    離乳食で作った時は、おいしそうに食べた子が・・・。

    「ブルータス!おまえもか!?」とは言いませんでしたが
    ( ꒪⌓꒪)がーん
    となってから
    orz (がっくし)となった私に娘が言いました。

    「ママ、仕方ないよ。同じ材料なのに《なぜシチューなんだ!?》という感じなんだよ。私はシチューもおいしく食べるけど、カレーだったらもっといいのにって思うもん。」
    なるほど!よくわかりました。
    また、彼女は自分の気持ちを言っているようで、無意識に父親を庇い私を励ましていますね。
    全く持って痛み入りまする。

    「すっごく納得したわぁ。」とすごすごと自室に退散しました。





    さて、抵抗のしようがない程よくわかった途端ちょっと寂しくなりました。
    あらら?
    せっかく作ったのに?
    素麺ごときに手間暇かけたから?
    いやいや、そんな手間暇かかってない。


    そうじゃない。
    小さな傷を感じます。


    ふと目に浮かぶ温かいお素麺のお椀。
    ほっこりします。
    おばあちゃんが作ってくれた温かいお味噌汁。

    お母さんじゃなくて、おばあちゃん。
    おばあちゃんが、温かいお味噌汁にさっと茹でた素麺を入れてくれた、それこそあたたかい記憶だったのです。
    麺がのびてなくて美味しかった。

    味噌汁に素麺を入れるなんて田舎臭いと、どこかで嫌がっていたことも思い出しました。
    ダサいと思うのに、気持ちがあったかなる。
    母と祖母を天秤にかける私の小さいちゃんがいたましい。



    上の「がっかりして、もう作らないかもしれない。」と書いた私は、夫を代理母にしていたのです。
    母ががっかりしないように、にゅうめんを封印するところでした。
    本物の母は「そんなこたぁどーでもいい!」と言いそうですから、私のチャイルドの問題なんです。



    こんな小さなところでも、まだ出てきますね。
    面白いですね。
    おそらく一生、発見を続けるんだと思います。
    楽しみです。

    もちろん、にゅうめんはこれからも作りますよ。^^
    おばあちゃんを思い出しながら。



    夫の「冷たいソーメンじゃないと嫌だ(あったかい素麺は嫌だ)。」というのも、彼の記憶に何か鍵があるのかもしれませぬ。




    どっち見てますか
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領をお読み頂いて納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2015/09/02 16:28】 | チャイルド
    【タグ】 インナーチャイルド  代理親  脳内親  インナーペアレンツ  食べ物  記憶    
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    東風さん
    中尾眞智子
    > うちの母のレシピに、冷たいコンソメスープでいただくそうめんがありました。
    > 私はそれが大好物で、夏になると「コンソメのそうめん作って~」とねだっていました。

    冷たいのもおいしそう〜♪

    > 母は「うん、次のそうめんの時はやろうね」と言うのですが、次は大抵麺つゆ。
    > がっかりしながらコンソメでない理由を聞いても、はぐらかされるばかり…

    一手間かかるからかなぁ。残念でしたね。

    > という記憶がこちらの記事で蘇り、その事を書こうとしたら
    > 「母のコンソメそうめんがどういうもので、如何に美味しかったか」
    > ばかりを書き連ねた文章になっていました。
    > きっと、そこに埋もれている小さいちゃんがいますね…

    おかあさんのコンソメそうめんをいっぱい食べたかったね。私のために作って欲しかったね。


    こうめさん
    中尾眞智子
    > にゅうめん、私は大好きですよ。
    > 風邪を引いたり食用がないときに、母が作ってくれたりしました。体長悪くてご飯が苦手な時はありがたかったです。

    おかあさんの温かい思い出が嬉しいですね。

    > コンソメ味は斬新ですね。具が星形なのも可愛らしくて素敵です!
    > 夏バテのせいか、食欲が落ちているので、早速真似してみようと思います。

    作られましたか?^^


    ああ~
    東風
    うちの母のレシピに、冷たいコンソメスープでいただくそうめんがありました。
    私はそれが大好物で、夏になると「コンソメのそうめん作って~」とねだっていました。
    母は「うん、次のそうめんの時はやろうね」と言うのですが、次は大抵麺つゆ。
    がっかりしながらコンソメでない理由を聞いても、はぐらかされるばかり…

    という記憶がこちらの記事で蘇り、その事を書こうとしたら
    「母のコンソメそうめんがどういうもので、如何に美味しかったか」
    ばかりを書き連ねた文章になっていました。
    きっと、そこに埋もれている小さいちゃんがいますね…


    こうめ
    にゅうめん、私は大好きですよ。
    風邪を引いたり食用がないときに、母が作ってくれたりしました。体長悪くてご飯が苦手な時はありがたかったです。
    コンソメ味は斬新ですね。具が星形なのも可愛らしくて素敵です!
    夏バテのせいか、食欲が落ちているので、早速真似してみようと思います。

    すみれさん
    中尾真智子
    > 彩りがきれいですね♪
    > 美味しそう(*^^*)(写真拡大して見ました。)

    ありがとうございます。

    > 具材を星形にするところとか、家族への愛情を感じました。

    七夕なので小さな笹に飾り付けをしたし、わたしが一番わくわくしてました。^^

    > 因みに私の実家では、ネギのみでした。

    それもさっぱりと美味しそうですね。

    > 私は素麺は温かいほうが好きです。

    煮麺(^▽^)Λ(^▽^)Λ(^▽^) ナカマ!!増えた〜。


    すみれ
    彩りがきれいですね♪
    美味しそう(*^^*)(写真拡大して見ました。)
    具材を星形にするところとか、家族への愛情を感じました。
    因みに私の実家では、ネギのみでした。
    私は素麺は温かいほうが好きです。





    ももさん
    中尾真智子
    > 私はにゅうめんが好きです(^^)/冷たい素麺は食べすぎて飽きちゃいました。おつゆがコンソメって新しいですね!!素麺まだ沢山あるので作ってみまーす♪

    お星様の具が欲しかったので、選んだ素材からコンソメがあうかなぁと思いました。他にもいろいろな味を楽しめると思います〜。(^^)


    Kさん
    中尾真智子
    > 煮麺、可愛いですね。

    ありがとうございます。

    > 私も、煮麺実はダメです
    > 母親が作っていたから。
    > これ、嫌いと言えず食べていました
    > いや、嫌いと言えたけど、
    > その万倍文句言われたか、睨まれたか…
    >
    > 吐き気に襲われちゃうんです。

    わわ、それは哀しい記憶ですね。いっぱいの哀しいちゃん、出ておいで〜。

    > 読みながら思い出してしまったので
    > 書き込みしました。
    > 思い出させてくれて、ありがとうございます

    こちらこそ、ありがとうございます。


    いせびあんさん
    中尾真智子
    > ここらはめっきり秋めいて来たので特においしそうに思いました。

    わーいヽ(´▽`)ノ。

    > 一つ一つ拾っていくんですね!!

    強弁したくなる時や相手に怒りが湧く時は、無意識に母親を庇っていることが多いので、自分と向き合うチャンスです。(^^)v



    もも
    私はにゅうめんが好きです(^^)/冷たい素麺は食べすぎて飽きちゃいました。おつゆがコンソメって新しいですね!!素麺まだ沢山あるので作ってみまーす♪

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