家族カウンセラーの想いつれづれ
    しんどいときに我慢しないでください

    「しんどい」と言ってみてください

    誰かに言ってみてください
    家族がいたら、折り合いが悪くても言ってみてください

    勇気を出して言ってみてください

    抱え込んでしまわないでください

    声にしてみてください

    一人ぼっちにならないでください






    あなたの家族を、

    一人ぼっちにしないであげてください

    そっと見守ってあげてください

    ゆっくり羽を休ませてあげてください

    自分の尺度で推し量って

    大丈夫だなんて決めないでください

    こどもはとても健気です

    いくつになっても何十歳になっても健気なまま健在です

    一生懸命、心配をかけないようにします

    たとえ外で荒れても、おうちではいい子になったりします

    あるいは、親の存在不安を埋めるために問題を起こし続けてくれることさえあります

    わが子の問題は親にあることに気付いてあげてください

    親である自分の問題も親から連鎖したと気付いてください

    憎む人はいないのです

    連鎖に巻き込まれた傷を抱えた人ばかりです






    溜め込んだ怒りは行き場を探してしまいます

    小さなうちに吐き出せるといいな

    大きな雪だるまは解けるのに時間がかかるよ

    我慢して雪を転がし続けて、どこまで大きくしても褒めてもらえない

    その雪だるまが真っ赤な目をして怒り出すとき

    いっぱいの哀しみを湛えているだろう

    どうか、自分の気持ちに気がついてあげてください

    誰かとは繋がっていてください

    私が言う「一人になる勇気」は誰かの中で持つ勇気です

    一人ぼっちになることではありません






    寂しい時には、信頼出来る人と繋がってください

    疑いを感じたら離れていいのです

    ずっと一人ぼっちで、自問自答を繰り返してきたでしょう

    どれだけ、長い間、頭の中で相談して決めてきたことでしょう

    傷つくことを恐れないでください

    誰かと傷つくから変化も成長もあります

    棚卸しは一人でするものだけど、ひとりぼっちでは出来ません

    誰かがいるから、ことは起こり、そして傷ついて気づいて新しい自分が築かれてゆきます

    たとえ親が大嫌いになってしまって離れても、人は誰かを求めます


    代償行為もしてしまうでしょう

    そして傷つけあうでしょう

    その時に、学びが訪れるでしょう

    休んでいいから

    ゆっくりでいいから

    食べて

    眠って

    目に見える誰かと傷付き合うかもしれない勇気を持ってください

    その傷をまっすぐに見て、自分の傷をしっかり受け止めたらいいでしょう



    ※人と人で何かがあった場合、お互いがどこかしらに傷を負います。
    相手も傷を負っているのに自分の傷まで相手のせいにして攻撃するのは理不尽な行いです。
    また、受け止める傷は自分の分だけで、相手の傷は相手の成長の糧ですから邪魔しないようにそっとしておいてあげたいですね。(大人同士の場合です。)




    --------------------------------------------------------
    アサーティブなあり方
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    中尾相談室の方針
    私専用相談申込(女性のみ)



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    【2012/03/25 12:10】 | 自律
    【タグ】 インナーチャイルド  
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    ひかりさん
    中尾真智子

    > 安心出来るパートナーに出会えたらやっと感情が感じられるようになって
    > そしたら先日物凄い不安に襲われて、ありもしない事で相手を責めてオイオイ泣いて困らせてしまいました。ギクシャクしています。嫌われたのでしょう。

    嫌われたのでしょう・・・これはひかりさんがそう思っているということですね。ギクシャクしてるー責められて腹が立ってる、どうしたのだろうと心 配してる、これから先の言動に困ってる、不安になってる、などなど色々想像出来ます。こういうシチュエーションで嫌われたのだと思ったチャイルドの記憶があるのかもしれませんね。

    > そしたら小さいちゃんの声が聞こえるようになって、探してたら居ました。父が親戚の前で下着姿の母のお尻を土足で蹴る場面を見たまま固まって居ました。
    > 抱き締めて撫でて声を掛けたら体を固くしていましたが、そのうち泣き出しました。
    > 今は連れて来て一緒にいます。

    小さいちゃん、お父さんを抱きしめて撫でてあげたのね。泣かせてあげたのね。やさしいね。ほんとは抱きしめてほしいね。だから連れて一緒にいるの かな。手放せない理由があるのでしょうね。
    >
    > パートナーに説明してわかってもらえるかわからないし、その人がハラッサーかハラッシーか、私の友人知人は彼から離れて行き私にも離れることを勧めています。私は自分の感覚で気持ちを感じてみます。

    人は自分のやりたいようにやってみないと納得しません。記事にあるように、色々なことが起こって学びも起こります。選んだのは自分だという意識が いつも大事です。その意識が自分を支え鍛えてくれます。

    うれしい
    ひかり
    ずっと辛かったけれど蓋をして来ました。

    安心出来るパートナーに出会えたらやっと感情が感じられるようになって

    そしたら先日物凄い不安に襲われて、ありもしない事で相手を責めてオイオイ泣いて困らせてしまいました。ギクシャクしています。嫌われたのでしょう。

    パートナーと出会ってすぐに父親が亡くなりました。偉大だった父が、あんなにあっさり死んでしまうなんて。

    でも私はホッとしました。

    そしたら小さいちゃんの声が聞こえるようになって、探してたら居ました。父が親戚の前で下着姿の母のお尻を土足で蹴る場面を見たまま固まって居ました。

    抱き締めて撫でて声を掛けたら体を固くしていましたが、そのうち泣き出しました。

    今は連れて来て一緒にいます。

    真っ暗な穴を時々両手を着いて覗く事があったのですが、今は小さいちゃんが一緒に穴を覗いていて、穴は闇ではなく、そこから光が溢れて笑顔の小さいちゃんが私に微笑みかけてくれてます。

    パートナーに説明してわかってもらえるかわからないし、その人がハラッサーかハラッシーか、私の友人知人は彼から離れて行き私にも離れることを勧めています。私は自分の感覚で気持ちを感じてみます。

    長かったな。


    あこち
    真智子先生 
    優しい言葉をありがとうございます。本当に背中をやわらかくポンポンしてもらったような大きな安心感を覚えました。

    しかし…1日休んでまた仕事です。
    講師ですからとにかく咳き込むとどうにもならなくなるのですが 季節講習ということもあり、通常週に一度のスケジュールを3日連続 普段より長めの時間でやったら 回復しかけた体調は逆戻り。昨夜は咳で寝つけず、今日は右目からイヤーなかんじの目やにがあとからあとからわいてきて、死にかけの猫になった気分でした。
    自分がひきおこしたこととはいえ、ずいぶん辛いことになっているなー と… それだけ小さいちゃんが怒ったのと、相手が強大だったのだと思われます。
    もういちど真智子先生のコメントを読んで、優しさにくるまれて眠ります(眠れたら…) 

    ちいさいちゃんへ
    中尾真智子
    > それから数日間、
    > 血のめぐりが悪くなり、心臓がドキドキして左手がしびれ、腹部全体が張り、
    > 身体が冷え切って インフルエンザのような高熱が続きました。
    > 死にそうに重く冷えた身体をひきずって むりやり仕事をヤッツケて、
    > 高熱で脳みそが溶けそうになりながら 一人の部屋で 悶えておりました。

    あややー。数日間もそんな状態でお仕事したなんて、しんどかったですね。昔の私のようです・・・死んじゃいますよって言われましたよ。ほんと、命削りすぎちゃったね。取り戻そうね。


    > 直感でハラッサーだと気づいていたのに、目先の利益を優先して 強大なハラッサーとつながりを持った私が悪かったよ。

    そかそか、よしよし。誰も悪くないよ。そういうことがあったってことなんだね。辛かったね。

    > ちいさなあこちが怒って、身体の中で暴れていたんだね。ハラッサーの生霊のせいじゃないよね。

    浴びちゃったちいさいちゃんが悲鳴をあげるようにおおわらわだったんだね。

    > ハラッサーの呪文に振り回された私が弱かったね。

    呪文こわかったねー。(弱いこと責めないでね。強いとこも弱いとこもみんな持ってるもん。)


    > これからは直感を大切にして、ハラッサーがハラッシーを使役しようとして唱える呪文に負けないようにがんばるから、許してね。

    頑張らなくていいんだよー。無理しなくていいんだよー。(^^)v



    あこち
    はじめてコメントします。
    英司先生にお世話になっていますが、
    こちらのブログからも 知恵と勇気をいただいております。

    しんどい状態でした。
    精神的にも、肉体的にも。
    うっかり超巨大なブラックホールな人とコードを繋いでしまい、
    ストーカーみたいなメール攻撃を受けて(本人はストロークを求めて必死になって私の幻想にすがりついてきているだけ)
    それから数日間、
    血のめぐりが悪くなり、心臓がドキドキして左手がしびれ、腹部全体が張り、
    身体が冷え切って インフルエンザのような高熱が続きました。

    電話カウンセリングをしようにも、
    喉をやられて声がでにくい せき込む 夜遅くまで仕事もある で 全然回復せず
    ほんとうにどうしようもない状態でした。
    死にそうに重く冷えた身体をひきずって むりやり仕事をヤッツケて、
    高熱で脳みそが溶けそうになりながら 一人の部屋で 悶えておりました。

    友人にも話せず(内容的に・・・人格疑われるだろうな、ものですから
    唯一なんでも話せる友人に電話しても、
    帰ってくる答えは 説教めいた言葉か さげすみを含んだ言葉で

    ああ、電話しなけりゃよかった。と、さらに具合悪くなり

    両親はもとより信頼していません。
    年寄りだし、私に受け止めてほしい餓鬼たちなので
    うっかり心配の種を投げ込んだら 受け止めて優しく包んでくれるどころか ストロークを求めてわらわらとたかってきて エネルギーをすいとられるだけなのは明白。それどころか、友人以上に説教の嵐、大騒ぎして飛行機に乗ってやって来て 今以上に私を苦しめるだけ

    そんなときに、このブログを読みました。

    ああ、だれにも 頼れない、と、自分の置かれた立場を再認識したのですが、
    敢えてそれを受け入れて
    あらためて自分のチャイルドを抱きしめました。

    直感でハラッサーだと気づいていたのに、目先の利益を優先して 強大なハラッサーとつながりを持った私が悪かったよ。
    ちいさなあこちが怒って、身体の中で暴れていたんだね。ハラッサーの生霊のせいじゃないよね。
    ハラッサーの呪文に振り回された私が弱かったね。
    これからは直感を大切にして、ハラッサーがハラッシーを使役しようとして唱える呪文に負けないようにがんばるから、許してね。

    朝起きたら、昨夜 夜中まで救いようもなかったのどの痛みや気管のかゆみがほとんどなくなっていました。
    嗅覚がおもいっきりバカになってしまってますが、
    これもしばらくしたら戻るでしょう。

    真智子先生のやさしい文章のおかげで、チャイルドへのまなざしを思い出すことができました。

    ありがとうございます。

    Re: 報告
    中尾真智子

    > 真智子先生には、どうしても伝えたかった。
    > 聴いて欲しかった。
    >
    > それでは♩

    メールフォームからも2件頂いてますが、読みました。^^
    それでは♩


    Re: 補足させて下さいね
    中尾真智子
    > 先生が気にやまれると、私が心苦しくなるので、少し私の家族の話をさせて下さいね。

    私は全く気に止んでいません。書きたいことがあったので書かれたのではないでしょうか。
    私のことを理由に、ここに長く書いていることの本質をそっと見つめてみたらいいのではないでしょうか。

    日常のカウンセリング業務で沢山のお話を聴きますので、ブログではそれに類似した長いコメントはなかなか読み込めません。その点はご容赦ください。

    >だいじょうぶですo(^▽^)o

    この顔文字にほっとしました。

    Re: ありがとうございます
    中尾真智子

    > 人が傷つくの、嫌だった。
    > 誰かが痛いなら、私が痛いほうがよかった。
    > だから、ひとりを選ぶ。
    > 仮面をつける。
    > ニセモノの相手が望む自分になる。
    > 自分が苦しくなる交友関係ばかりでした。
    >

    とても苦しい選択をされてきたのですね。軸が自分にないまま相手に合わせていると、自分を見失ってしまいそう。

    > でも、わたしね。
    > 途中から、本当は、自分の傷みたくないだけだったと気づいたの。

    気付いたら傷を見れますね。

    > お友達作るよ。
    > 相手が望む私になるんじゃなくて。
    > 私が私らしく表現する。
    > きっと作ります。
    > 希望を持ちます。

    私らしく表現する、勇気がいるけどはじめの一歩ですね。

    報告
    にゃんにゃん
    今は、代償行為は。
    試す行動は、してません。
    もう、ぜんぶ。
    謎は、解いたんです。
    ひとりで、がんばった。


    一族全員分の子として存在した私。やめました。

    そんなの幸せじゃない。そう思い込みした、私のエゴに気付いたんです。

    気持ちの私を生かす為、殺した、もう一人の感情の私。
    抑圧のインナーチャイルドに。生き残れなかった自分に。

    『ありがとうと歩み寄り、ごめんね、と赦しを乞い。
    愛しているよと抱きしめて。

    心に居場所をつくり、手を取りました。
    ずっと見守るから、一緒に成長しましょう、と。』

    身内や親については、その世界観を何を犠牲にしても貫いていた。

    外からどうみえようと、幸せで見事だと感じました。

    私の恨む気持ちを受け入れたら、ほんとは、すきと思って。

    一族全員自分のみたくもない問題から逃げてる限り、わたしは、受け止められた体験=承認されることなんか無いと洞察し絶望し、泣いて。

    人は、本来愛溢れる存在。ただ、そうなれない理由があったと気付いた、3歳の記憶を思い出し。

    それから、家族の温かい思い出が蘇りただ、悲しさじゃない、浄化のなみだでした、、

    もう、恨んでなんかいない。ただ、感謝。

    気付いたの。
    だあれも、わかんなくても。

    私が解れば、それで良かった。

    わたしは、学びました。
    学ばせて貰いました。
    魂を成長させました。

    人の中に自分を見つけ、自分のために、見返りを求めず、矩を超えず、自分と同じように愛する。
    知識でするんじゃなく、自分がしていて嬉しいからする。

    真実の愛を学ぶのに必要でした。

    わたしは、自分の人生を愛してた、、、


    母は、自立を願った。
    誰にも頼らず自分独りで生きれる逞しく強い子と。

    でも、わたしは、子ども時代、親の謎解きの為代償し。
    ほとほと懲りて、その虚しさに気付いていて、自分の問題を持ち出さない中で人と繋がる喜びを感じました。

    だから、わたしは、人と在る道を選んだ。

    そして、私が、わたしを解ればよかったと思えました、、。

    好きな人柄。

    温かな大地のようで、清らかな水のようで、いつでもそこに在る風のよう。
    誇り高い、決して支配されない、逞しく、ハングリーな人。
    思慮深く、人を思いやる子。

    そういう自分になるのに、必要な境遇でした。


    さらに、すべては、内的現実を生きていて、現象は、心の現れと気付きました。

    だから、意思が意志となりて想像が創造となり叶うんだと。
    なんとなく、直感ですが。

    今、わたしは、あらゆる場で。

    関わる人になんで?と言われます。

    理解不能な価値観、コントロールの聞かない私に恐れを抱きます。

    けれど、わたしは、もう心を開いてます。
    愛を持って接します。
    前のように心を閉じて固定観念に執着しません。

    あらゆる人生が素晴らしい。そんな感覚、、。
    宇宙愛のような感じです。

    互いに相互作用しながら、波長が合い共鳴してると思いました。

    相手の問題と自分の問題を区別し。
    矩を超えず、相手の中に過去の自分を見つけ、相互救済しています。

    真智子先生、ありがとう。

    外に向いた思いや感情、体験は、魂の記憶を思い出し自分に還る為に必要だった。

    これからは、螺旋を描きながら、循環させ上昇するイメージがあります。
    なんていうか、永遠の今に生きる。
    そんな表現がぴったり。

    すべてのはじまりは、ここからだと感じてます。

    真智子先生には、どうしても伝えたかった。
    聴いて欲しかった。

    それでは♩

    補足させて下さいね
    にゃんにゃん
    先生が気にやまれると、私が心苦しくなるので、少し私の家族の話をさせて下さいね。
    (対面でない為、情報が少ないので、文中からの推測です。思い込みでしたら、ごめんなさい。)

    今、家庭では夫と私であるがままを認めあえる安全な居場所を作る為、それぞれが自分と向き合い続けてます。

    批判無しに、良し悪しもなしに、話の聴き合いからはじめてます。

    夫は、自分の気持ちを感じ言葉で表せない人でした。
    ですから、そんな理由でなぜ暴力?と私は驚きました。

    謎を私は自分で解きました。

    否定、拒絶からの恐れ。抑圧の存在不安である、と。

    (過去、思いや感じ方を伝えると、それを否定と感じた夫は、衝動に負けました、、それに、怯えた私は自分の固定観念で押し付けをしました。私側の問題は、夫を通し幼少期の痛みを連想したと自分で気付きました)

    私が、彼の思考の癖と生きる為の癖、連鎖を解き、彼にそれを気付く為の質問をしてます。

    また、今現在の状況を二次元論ではなく、相対的に話したりもしています。

    今、ここにフォーカスして話をしてます。

    彼の表情。目の動きから、固定観念の反発を強く感じているので、受け止められた体験と感じて貰える信頼作りをしてます。

    思いや感じ方のフィードバックはそれからと観察しています。

    わたしは、自分の家庭環境での体験から、そこにそうあるべくし存在した出来事に対し、理由であり真相は見抜きますが、良し悪しはつけません。

    そうしたい気持ちが解るからです。過去の自分が暴力、物に当たる、暴言、カタチに仮託、依存、固定観念に執着、、していたのです。

    今のわたしは。
    親への承認の欲求を手放し、自分であるがままを認め、固定観念を取り払い本当の気持ちに出会うまでは。

    抑圧は、まだ居場所を作り抱きしめ感情を感じて味わってる段階です。

    子ども達には、押し付けてないですよ(^-^)

    夫に理想を押し付けてしまった体験からその罪深さや怖さをほとほと理解してます、、。

    子ども達に願うのは、いつか、私という一人の人間を参考に。
    自律した姿をみせるモデリングになれるよう努力してます。

    子どもに連鎖を持ち出すのは、してないです。

    だいじょうぶですo(^▽^)o

    その為、感情発散のため、思いのままに行動を、家族に迷惑にならない範囲でしてます。

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    ★依存とは、すすんで洗脳されること--------

    まず【依存】について、少し書いておきたいです。

    たとえば、相談者さんの中には質問ばかりされる方がいらっしゃいます。自分らしく生きることが出来ず、依存しか知らない人生脚本ですから無理もないことでしょう。
    ☆親といると辛いので、家を出たほうがいいですか?
    ☆自分で服を買ったことがないので、似合う服がわからないんですがどうしたらいいですか?(大人になっても親に与えられた服を着ている人もいます。)
    ☆会社にハラッサーがいるんですが、退職したほうがいいですか?

    その他にも、色々な場面で自分で決められずに訊いてくる人がいます。自分で決めたけど「あってますか?」と訊く人もいます。誰基準の「あってる(正解)」なのでしょうーカウンセラーを代理親にしています。

    こんな時は「私を代理親にしていますよ〜。」とお伝えして、お話を聴きながら問題を整理するお手伝いをさせていただきます。
    どこまでも自分が主体であることを知って欲しい。
    自分の思いは自分の責任であると自覚して行動することの大切さを伝えながら進んでゆきます。




    ★カウンセラーに恨みを抱く脚本ちゃん--------

    依存が強い方は、カウンセラーの言葉のどこか(または何か)を自分で取り入れて納得したものの、しばらくしてから、脚本ちゃんが「NO」と主張して落ち着かなくなり、あげくはカウンセラーに恨みを抱くようなことさえあります。

    取り入れて採用すると決めたのは自分ですから、恨むのはお門違いなのですが、人生脚本に忠実な脚本ちゃんがいきなりの変化を認めることは出来ないのでしょう。

    そういうことが起こった時には、自分が決めたことを自覚していただいた上で、一度決めたとはいえ馴染まなければ止めても良いことを伝えています。

    縛られて身動きとれないようなストーリーにしているのも自分だと気付いて、いかに自分が無意識に人に依存してしまうか、そこでの葛藤を人のせいにして自分を大事にしていないかをフィードバックさせて頂くいい機会になります。

    カウンセラーは命令しませんから、決めるのは全て自分です。
    聞かれたらアドバイスをする場面もないではありませんが、そこに依存することを推奨していません。

    あくまでも決めるのは自身です。

    しかしながら、生育環境の影響で強く支配された方(絶対的服従を強いる支配を受けた場合、一見甘やかしのような真綿の支配を受け自分で決めることを奪われた場合、放置されていながら何かをすると罰を受ける場合など色々)は、自分の言動に責任を持つことを禁止されていますから、自分に起こった感情を人のせいにして生きてゆきます。

    このことをフィードバックしてみても、自分自身の中に変わりたいという強い決意と勇気をもてずに、強い依存のままではカウンセリングは中止になるしかありません。




    ★アサーションに傷ついた方を無意識に背負っていた私-------

    わたくしごとですが、随分前にアサーションについて文字や言葉にするのがなんとなく億劫になるようなことがありました。

    「別のカウンセリングにかかったら、そこでアサーションを強要された。」というのです。アサーションスキルを強要するカウンセリングがあるとは考えにくいので、それはおかしいと思い詳しいことを聞こうとしましたが、「よくわからないんです」と、はっきりとした答えが返って来ず、もどかしい思いをしました。(よくわからない、を使う方も多いです。)

    どのカウンセラーでも、よくわからないまま説明もしないで放置しておくはずはないとは思うのですが、例外としてはクライエントさんが拒否反応があり無理は出来ないと判断した場合などだろうと思います。私もその方の憤りだけは強く伝わったことと、詳しいやりとりは言いたくなさそうなので追求はしませんでした。私が想像したのは、アサーションのトレーニングをするカウンセラーさんなのかな、という程度です。

    ただ、その方はアサーションという言葉に酷く傷ついている様子なので、この言葉でここまで傷つくことがあるのだろうか、と私も戸惑いました。

    同業者として真意を尋ねることも出来たのですが、その方が傷ついた事実を大事にしてそのままにしてしまいました。これが今では大いなる反省になっています。このようなよくわからない背景の中で、私自身もアサーションという言葉になんだか重たいものを背負ってしまっていたことに最近気がついたのでした。

    今思い返すと、はっきりと明確に白日のもとに晒してこそ出来る解決だったのではないだろうか、と思えてなりません。その方とそのカウンセラーさんとの誤解にも踏み込んで解決出来る方法も模索出来たのではないかと、その時の自分の遠慮が残念です。


    とはいえ、日々のカウンセリングでは(日常生活においても)アサーションを意識しています。
    正直、素直、感情にいいも悪いもない、自分の感情は自分のもので誰かのせいで起こったものではなく自分に責任がある、相手の感情は相手のもので責任は相手にある、切っ掛けはともかく沸いた感情は沸いた人のものだということをきちんと把握してゆくことで、カウンセリングは進んでゆきます。

    全てにおいて言えることですが、自分の言動は自分がとっているのですからその責任は自分のものです。あなたの感情や言動はあなたの責任の上で起こっております。

    とはいえ、人のせいにして生きている人は多いです。




    ★アサーションから見る3つのコミュニケーション-------

    Aさんは人の意見をそれはそれとして聞きながらも、自分の意見をはっきり言う人です。
    Bさんは、自分の意見に迷うことが多い人で、自分に自信を持ちたいと思い、Aさんを尊敬しています。
    Cさんは、何かと攻撃的な言い方で自分の意見を押し付けてしまいがちです。

    この三人の友人が久しぶりに会って友好を深めました。
    Aさんは、Bさんの意見もCさんの意見も尊重しつつも自分の意見ははっきりと伝えます。
    Bさんは、意見らしい意見を言ってはいないのでAさんをますます尊敬して見ます。
    Cさんは、自分の意見を二人に無視されたように感じてとても腹が立ちます。

    上のような経験をされていらっしゃる方は多いと思います。特に、クラスメイトや会社の同僚やらでの「女子の3人組」ではありがちではなかったでしょうか。

    コミュニケーションは実はこの3つに分けて考えられています。
    ・Aさんがアサーティブ
    ・Bさんが非主張的(ノン・アサーティブ)
    ・Cさんが攻撃的(アグレッシブ)

    ついでに言うと、攻撃的(アグレッシブ)の中に「操作的(他の人の利権を巧妙に侵す)」というものがあります。
    たとえば、なんとか自分の意見を押し通そうと色々な策をする場合があります。または、媚びて取り入って自分自身を受け入れさせようという策をする場合もあります。そのために相手の時間(=命)を奪うことさえ厭わないのですから、なんと罪深いと感じますが、そのようにしか生きて来れなかった生育環境(人生脚本)に目を向けて勇気を持って自分改革をするといいのではないでしょうか。

    操作的(他の利権を巧妙に侵す)というは結構日常的にも見受けられでしょう。
    平気で嘘をついたり、嘘の評判や噂をまるで本当のように流して人を陥れたり、上司に媚びて部下には意地悪をしたり、先輩後輩で差別したり、暴力的な父親(母親)にわが子を差し出す母親(父親)、などなかなか大変な人がこの世には多いです。

    かと思えば、非主張的で言いたいことが言えないで、 ストレスが溜まり突然キレたり、外に攻撃的になれず自分を傷つける行為(自傷、OD、摂食障害、など等)になったり、いずれにしても、子どもの頃からの生育歴で身についてしまった人生脚本に関わっています。

    相談者さんは、ほぼ皆さんがBさんかCさんなことは、おわかりいただけると思います。(BかC、時々Aでしょうか)




    ★正直さと素直さがアサーティブな姿勢を導く--------

    私の相談者さんは、問題の整理をしてゆきながら、あるいはロールプレイの体験から自分の感情の責任を持つこと(アサーティブ)を学ばれてゆかれる方は多いです。思考ではなく体験的に自分のものになってゆけたらという私の願いは強いので、解説や分析は私の中で起こりますがご本人が気付かれることを大事にしています。

    ロールやエンプティでは、思考でアサーティブを理解するよりも体験的に実践的に体得している場面があるのではないかと感じています

    自分を大事にすることがなかなか出来ないでいる方、自分に自信が持てなくなっている方などは、色々な場面で回りの人に依存しているかもしれません。
    「私を認めて!」という主張が強くて相手を大事に出来ないでいる方、認めさせるために操作的に関わっている方、その相手に依存していることは歴然としてます。

    日常的にアサーティブでない場合は、上記BかCのどちらかではなく、どちらも自分の内側に持ち合わせているのではないだろうか、と私は感じています。Bのストレスが溜まったキレル状況はCですから苦しいことでしょう。
    自分の問題と正直に素直に向き合おうとした人は、アサーティブな姿勢になれることを日々のカウンセリングで実感しています。
    自分自身と繋がって自分を信じること(自信)が出来るのは、正直さと素直さしかないと感じています。

    また、意識を外に向けている間は、カウンセリングは進みません。




    ★依存を乗り越えた人は凜として美しい--------

    時には、カウンセラーを権威と祭り上げて依存して、頑張りを認めてもらおうとしますが、「それもハラスメントなやり方ですからこのままでは進めません。」と正直にお伝えしています。ここは厳しい場面です。認めてくれるどころか、自分の思い通りにならないカウンセラーだと怒って離れてゆかれることもまれにあります。

    ここで、はっと気付かれた方は、自分と素直に向き合う勇気を手にしますから、自分とますます繋がってゆかれるので、見ていて楽しいです。

    「アドバイスをくれないから初めはがっかりしていたんです。」
    「依存したかったんだって気がつきました。」
    「先生に認めて欲しかったんですね。」
    など等、言葉はいろいろですが依存の自覚を告白されることは多々あります。が、この自己開示こそが、先に進めることになってゆくのですから、素直さと正直さは宝ですね。

    「がっかりしていたんです。」と言った方は、同時に「あれでよかった。」とも言ってくれました。私は彼女の「がっかり」を実はとても誇りに受け止めているのです。なぜならば、多くの方に見られますが、初めに強い依存があります。その方も心細い思いで(助けて)と思っていらっしゃるのが伝わりました。助けるのは自分自身ですから、それを見守る苦しさを私も覚悟しました。

    依存の部分をどう切り抜けるか私と彼女を信じてずっと寄り添っていた過程がありました。苦しい時を過ごしているのも知っていたし、見えないところでじれったい思いをしていることも感じていました。いつ途切れるかわからない細い糸の繋がりに思えることもありました。けれど、彼女は自分を諦めず見捨てずに丁寧に進んでゆかれ、その姿勢は凜として美しいと感じました。自分と繋がることが出来たから私というカウンセラーを信じることが出来たのです。

    そして、あることを手放した後にめまぐるしい変化が起こりました。それはさなぎが蝶になるような変化に感じました。

    苦しいけど楽しい。涙が出るけど、もはや恨みの涙じゃない。過去の自分を愛おしく悼み、新しい自分を向かえる涙を流すとき、人は美しいです。とてもとても美しいです。(アサーションとは、基本的人権のもとに、自分も相手も大切にした自己表現と言われています。誰かを恨み憎む生き方ではありません。)





    ★自分を大事にすることは、自分と関わる相手も大事にすること-------

    ここまで来るのに、大真面目に丁寧に進めても数年かかっているでしょう。
    それほどに、生育環境は大きいです。

    誰が好き好んで、攻撃的で自己防衛に終始する生き方を望んだでしょうか。あるいは、人の言いなりになって道具のように差し出す生き方を望んだでしょうか。

    どちらも、親の支配が怖くて怖くて怖くて、他のお手本を知らなくて、お手本を知ったら知ったで親への忠誠心(脚本)がそこに異論を唱え て葛藤の日々を過ごすのですから、カウンセリング自体も決してラクじゃないはずです。

    それでも、正直に素直に向き合ってこられた方々は、確実に変化を感じていらっしゃいます。周りにも変化が起こっているとおっしゃる方も多いです。
    「周りに期待しないでやってきたけれど、自分が変わったら回りも前と違うんです。」
    そういう方は、多分、使う言葉も沸いて来る気持ちも変化しているのではないでしょうか。

    自分を大事にすること、それは、
    自分と関わる相手も大事にすることです。

    この部分を尊重したら物事の捉え方や気持ちの表現方法や選ぶ言葉もおのずと変化してゆくことでしょう。

    素直
    正直
    自己一致

    相手の問題を引き受けない、引き取らない。
    自分の問題を人のせいにしない。
    人の問題を自分のせいにしない。

    これを心がけるだけでも、相当生きやすくなってゆくと私は感じています。はじめは、脚本ちゃんが頑張りますから難しいですが、素直になれた時の清々しさったらありません。脚本ちゃんも素直なチャイルドと一緒に子どもに戻れる瞬間です。


    追記:アサーションは、完全主義や完璧主義とは縁が遠いです。交流分析での「あなたも私もOK」の部分です。

    クリックして見てね。
    LifePosition1.jpg


    援助者の心構え(=人間関係の心構え)←こちらもどうぞ。



    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2012/03/11 11:56】 | 自律
    【タグ】 アサーション  アサーティブ  
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    Re: 子供の話を聞く時
    中尾真智子
    > これどう思う?と私の意見を聞きたがります。
    >そういう時に私の考えを言ってもいいのでしょうか。

    面白いですね。意見を聞きたがる娘さん
    そして、私に聞いているユキさん。

    ここに何かヒントがあるのかなと感じます。
    あくまでも、コメントからの印象です。^^

    子供の話を聞く時
    ユキ
    こんにちは ブログ興味深く読ませて頂いております。このままでいいのか不安になりコメントしました。毎日二人の娘の話を聞いています。上の娘は会社の事、下の娘は彼氏の事。悩みだったりグチだったり。片方が約1時間 計2時間。大体週5〜6日。それでスッキリしてもらえればと思って面倒な時も聞く様にしていますが、これどう思う?と私の意見を聞きたがります。そういう時に私の考えを言ってもいいのでしょうか。言ってしまうと自分で考える事をしなくなってしまう様な感じがあり、どうした物かと…娘は21と19です。父親嫌いの人間に育ててしまいどうも私に対して依存傾向があるのではと心配になりまして中尾相談室のブログを毎日少しづつ読ませて頂いております。

    Re: 追記読ませて頂きました
    中尾真智子

    > まだまだ、でした。
    > 引き続き、自分と向かい合います(^^)

    私もまだまだです。ずっとまだまだなんだろうけれど、自分をよしよしして生きてゆくことを良しとしていきます。

    Re: タイトルなし
    中尾真智子

    > 「自分を出してはいけない」と生きてきたんだもの
    > 「ほんとの自分を見せちゃったら嫌われる」と相手に合わせて生きてきたんだもの
    > 自分を信じていないんだもの

    私を含め多くの皆さんが、こんな風な子ども時代を過ごしてきたんだなぁーと切ないです。

    > 正直と素直ってまだ照れくさいけどすがすがしいなぁ

    ほんと、すがすがしいですよぉ。自分に正直になってみたら、人のせいにしていられないですから、自分の傷を直視するのだけど、それが出来る勇気があればたいしたもんだと思います。^^

    Re: 時の経過と共に
    中尾真智子

    > 完全なる自己一致してると思っても頭の中の支配により手の上で踊らされることもあるでしょうし、、。
    > お恥ずかしい話ながら私が、その典型でした。
    >

    生きにくいことがおありだったのですね。私は今とてもシンプルに生きたいと思っています。好き、面白い、楽しい、そういうものと過ごしたいと思っています。随分らくちんですから推奨しますよー。

    追記読ませて頂きました
    にゃんにゃん
    はい、未完でいいと思います(^^)
    自律する姿勢が大事と感じています。

    完璧という表現、誤解を招いてしまいましたね。
    ごめんなさい。

    完璧と思う⇒自分の心と向かい合い、その時の最善を尽くす、そんな意味合いでの表現でした。

    あるがままを認められた、受け入れ体験のない私は、以前は固定観念に執着してました。
    押し付けのプロみたい(しかも完璧な価値観でした。心にありましたのは、母と別の価値観。もう 誰にも脅かされる事のない価値観が欲しかった、それが本心でした。)でした。

    そんな執着は、手放したと思いました。
    しかし、それは思い込みで、つもりでした。

    ご指摘有難うございます。
    まだ、完全には抜けきれてないと発見出来ました。
    無意識でしてる、自己洗脳、、。

    まだまだ、でした。
    引き続き、自分と向かい合います(^^)

    有難うございます。


    wakako
    正直と素直
     
    むむむむ・・・
    これが難しい

    「自分を出してはいけない」と生きてきたんだもの
    「ほんとの自分を見せちゃったら嫌われる」と相手に合わせて生きてきたんだもの

    自分を信じていないんだもの

    だからすごーくおっかなびっくり、勇気を振り絞ってになる
    でも少しずつ正直と素直になれてるかな?

    正直さと素直が自己一致へのただ一つの道であり、自己一致すれば正直で素直になる
    正直と素直ってまだ照れくさいけどすがすがしいなぁ

    時の経過と共に
    にゃんにゃん
    個人的には、もっと、こうしていたらと思うことあると思いますし、むしろ、あっていいと思います。

    私自身、どんなにその時出来る精一杯をしても、今ならこうしたかなぁ、こう出来たなぁと悔むこともあります。

    体験からしか人は学べません。そういう体験だったから、次に生かそうと感じるのかなぁと、また、悔む気持ちがあるから成長できますし、沢山の経験を積むことで、より適切に対処できるようにも感じます。
    かつて自分をこれでもかと苦しめた癖や過去。今では、自分の支えになっています。

    もっと言ってしまうと、同じ体験でも思いや感じ方は千差万別だから、人は支え合えると思います。

    私は、すべての人は本来愛溢れる存在で、そうなれない何かがあり、自己責任を取らず人のせいにし、貶めると気付いていたのもあり、どんな目にあっても人が好きなのです。

    人の持つ無限の可能性を信じるカウンセラーといえど、心ある一人の人間ですもの。完璧だと思っていても今ならもっとと思っていいと思います。

    完全なる自己一致してると思っても頭の中の支配により手の上で踊らされることもあるでしょうし、、。
    お恥ずかしい話ながら私が、その典型でした。

    今回の真智子先生の記事を読ませて頂いて、どれほど励みになったか解りません。

    きっかけを嬉しく思います。

    心から、有難うございました。

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