家族カウンセラーの想いつれづれ
    たまたま古い記事にコメントを頂いて、コメントをしました。コメントを見ながら、ついつい遡ってコメント返しをしてみました。(6月末までで今日のところは限界でした。笑)


    やってみて、文字の世界は大変だーということを実感しました。

    10年ちょっと昔の私は、ホームページの掲示板のレスを日々怠ることなくやっていたのですから、随分思考で生きていたのだなーと思います。それでも、助け合う仲間がいることで、だんだん個々に変化が起こっていったことも事実です。
    今はネット人口が増えて、情報量が半端じゃないから選ぶのが大変かと思いますが、選べるほどなかった頃より楽しまれている人が多いと感じています。

    今も昔も、ネットとはいえ繋がってみると、一人じゃないってことを感じます。

    一人で頑張っているように思えるかもしれないけれど、どこかでよく似た誰かがきっと頑張っています。
    別のどこかで誰かが、頑張らなくてもいいよ、言っているでしょう。

    自分の気持ちと会話をしてゆけば、きっと答えがうちがわにあります。


    尚、このコメント返しについての苦情申し立ては受け付けません。
    好奇心が強いので、また面白くやってみたくなるかもしれません。幸い、コメントは隠しコメントを含めても多くは無いので、出来ないこともないと思います。ただ、その時点の皆さんとずれたコメント返しになっても自然な成り行きとして、苦情は聴けませんということです。私自身の整理になる場面もあるかと思ったりしています。

    ※メールフォームに関しては、ほぼお返事出来ません。
    ただし、悪質なものがあれば公表するなど色々な対策をさせていただくかもしれません。

    【2012/02/25 18:57】 | 私事
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    Re: アサーション
    中尾真智子
    質問形式のコメントに答えることは出来かねます。
    私の場合は大学の心理学や研修で学び、今も研修の身ですから、一生学び続けることと思っています。

    アサーション
    風子
    アサーション。中尾先生のブログにも出てきていて、私もこのやり方を身に付けたいなあと思っているのですが、これはどこかで実技で習得するものなのですか?それとも、しっかり方法がわかれば、自分一人でもやっていけるものなのでしょうか?

    Re: ネット
    中尾真智子
    > ネットの情報に振り回されることなく、自分主体で活用して、さらに人と繋がる。そうなったらいいなぁと思う、日々試行錯誤の私です。

    匿名性(ハンドルネーム)の強みは、離れたいときに離れることが現実よりやりやすいと思います。

    > でも、会って面と向かって話すコミュニケーションの力には到底敵わないなあ、とも思います。
    > 矛盾してる、今の気持ちです…。

    ネットについての話題なので、面と向かって話すというとオフ会とかでしょうか。ネットから申し込んだ講演やコンサートもありですね。実際に会うというのは、プラスにもマイナスにも影響力は大きいです。敵いません。
    マイナスの感情がわいたら、自分の気持ちを大事にして相手を傷つけないで離れたらいいですよ~。(アサーション)

    ネット
    風子
    ネットの情報に振り回されることなく、自分主体で活用して、さらに人と繋がる。そうなったらいいなぁと思う、日々試行錯誤の私です。
    でも、会って面と向かって話すコミュニケーションの力には到底敵わないなあ、とも思います。
    矛盾してる、今の気持ちです…。

    コメントを閉じる▲
    カウンセリングでは、依存を手放して自律(自由と責任)を目指す人をお手伝いしている。

    聴いて、
    問題をフィードバックする。

    「ハラッサーに出会って苦しい」と言いながら、
    ハラスメントを仕掛けている場面があれば、それもはっきりと伝える。

    ほぼ、皆さん、
    ああ!と気付かれて照れる。

    怒りをこちらにぶつける人はいない。
    だって、その謎を解いて自分に気付きハラスメントを手放したいのだから、当然といえば当然だろう。

    だが、長いことハラッサーを受け続けた方には、自分の定位置をハラッシーと決め込んでそこに安住したがる人もいる。
    自分のハラッサーを認めたくない頑固さを、
    自分で打ち壊す以外に先に進めない。

    それこそが覚悟だ。



    フィードバックを、受け入れられずに攻撃に転じることもあるだろう。攻撃自体が依存だが、その気持ちは痛いほどわかる。

    ハラッシーに安住していたい
    ・・・それは実は過去の私の姿でもある。



    許せない怒りをぐっと堪え続けて、自分の尊厳を守った
    ・・・つもりだった。

    相手の非情を汚いもののように冷たく見たこともあった。
    (そうしてやっと自分を支えていた。泣いてしまえばいいのに泣いたら壊れる気がしていたのだろう。)

    自分がされたら耐え忍ぶくせに、
    友人がされたら立ちはだかって戦っている自分に驚いたりもした。
    (自己投影して自分を差し出して。)



    結婚して、夫が、釣った魚に餌はやらない人になって随分な目に合いながら、なんだかんだ耐えた。
    こんなに耐える私って全くもって偉い!と誰かに言いたかった。
    (誰に?)

    思い出しても、ハラッシーと認定されるだろう状況の中で、私の中は怒りがあった。その怒りは、切っ掛けがあれば夫に向かっていった。
    (ハラッシーハラッサー)

    十分、夫を打ちのめしたことだろう。
    (被害者意識が強かった昔は、そこまで打ちのめしたと思えなかった。どこまでも自分が被害者でいたかったのかもしれない。)

    夫は、素直で正直な人なので、自分と向き合わざるをえなかったのだろうと思う。



    もう20年前ほど前のこと、私が興味をそそられて買った本(交流分析)に本気で取り組んでいたことも知らなかった私は、その頃、家事育児で何も助けてもらえないと嘆いていたはずだ。
    (真実であるが部分的だ。)

    同じ頃に、アルコール依存の父親のもとで育った知人に思いを馳せて買った本(アダルトチルドレン)を、「これは俺のことだ!」と言った日には、私の方が「ええええっ?」とドン引きした。(夫の両親はアルコール依存ではない。)

    夫は、全くもって素直だ。
    普段出さない感情も、出す時はストレートに出す。

    負の感情も凄い勢いだった。
    私は、負の感情を人にぶつけることは悪いという刷り込みがあるので、とても耐えられなかった。

    耐えられないといいながら、そこに居続けたのだ。
    耐えられない!という悲鳴は、相手を打ち続けただろう。
    そんな存在(私)がいることは、さぞや苦しかっただろう。

    今は、そういう視点で見られるし、気の毒だったなぁと思う。
    (こちらの視点で見たら気の毒、本当はお互い様だけどね。)



    私はハラッシーと胸を張りたいところだったが、
    ちゃんとハラッサーをしてきたじゃないか。

    自分自身を虐めて耐えて、
    自分にもハラッサーをしてきたじゃないか。

    こういうことに気が付くことが、とっても怖かったなぁ・・・。逃げられるものなら逃げたかった。



    夫が変わってゆく様を見て、夫に非があると言えない状況になってゆき、わなわなとわけがわからない恐怖に怯えた。


    存在不安が自分にあるのは自覚していた。
    複雑な家庭で常に不安を意識していたから。

    向き合わざるを得ない環境だから、
    小さい頃の気付き、
    10代の気付き、
    20代の気付きとあるにはあったのに

    結婚したら、
    阿呆みたいに力を全身抜いて夫に依存していたのだ。



    気付きは、そのまま棚に置いておかれて、
    成長の見る影もなし。

    その自分の依存に気付き始めた頃、
    自分の崩壊を受け止められるのか、と恐れた。




    昔、自律していると人様にも言ってもらえた私は、
    夫婦連合としては全く存在していないじゃないか。

    とても一緒にいられない
    今は呼吸も出来ない

    夫が家にいるから私は外に出続けた。
    大学、仕事、ネットカフェ、カラオケルーム、ドリンクバー、電車の中、そしてよく歩き続けた。

    もう、へとへとになって、
    (あがくのよそうよ)と、覚悟を決めていった。
    たった一人の覚悟。

    逃げていたら、
    今の私はいない。



    夫は夫、私は私

    時には、嫌な思いをするけど、伝えたらいいだけだ。

    嫌な伝わり方をしたら、それを伝えあうだけだ。


    気付いた今は、相手のせいにして逃げ切れないとお互いに知っているから。

    昔は、家に一緒にいるなんてありえない、定年離婚がわかる、と思っていたのに、今は
    一緒にいてもいなくても大丈夫。

    もちろん、普通にさみしかったり嬉しかったりする。

    寂しいと伝えたらいい。嬉しいと伝えたらいい。

    笑って受け止めたら、お互い平和で幸せだ。



    ハラッシーもハラッサーも自分の内側で沸く感情を切っ掛けに、
    相手に向けて始まる。

    加害者になるか、被害者になるか、
    まさに自分が選んで感情を表出させている。

    その感情を無かったことにしても、また別のチャンスに出てくる。
    無視すればするほど大きくなっているのじゃないだろうか。

    感情は、その都度味わって手放してあげたらいいと思う。

    ぐるぐる回転してどんどん大きくなってしまった雪だるまを溶かすのはちょっと時間がかかるから。

    それでも、お日様を向いたらちゃんと溶けてゆくから。






    今日は、苦労をかけあった夫の誕生日だ。


    たくさんたくさんの

    ありがとう!を添えて言います。

    お誕生日おめでとう!





    HAPPY BUMP OF CHICKEN 歌詞情報 - goo 音楽




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    【2012/02/10 13:30】 | ハラスメント
    【タグ】 ハラッサー  ハラッシー  
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    Re: 長いです^^;
    中尾真智子
    > 今頃ですが、お誕生日おめでとうございます♪

    ありがとうございます♪

    > ゲームをしている自分を知る。ことの凄さを実感しています。
    > 少なくても立ち止まることを意識できるようになりました。

    そりはしゅばらしー。ゲームに気付いたら降りることが出来ます。

    > むしろ責めてる場合じゃないよ。まず○!(笑)みたいな感じ。いいすぎかな?

    その通りです。少なくとも自分と向き合おうとしている方は、自分(他人)を責めている場合じゃないよ、と思っています。まずは○にして、その傷の痛みを抱きしめてあげてから先に進めます。^^

    > こうやって文章にするとコップの水位が下がることがあります。
    > だから何か感じたときはまたコメントします。

    文章は思考で感情をクールダウンさせてくれることもあるし、整理してくれるし、気持ちを伝えてくれるし、あり難いです。コメントをありがとうございます。

    長いです^^;
    yui
    今頃ですが、お誕生日おめでとうございます♪
    このブログにはすごく救われました。

    ゲームをしている自分を知る。ことの凄さを実感しています。
    まだまだ気づかないで仕掛けてるときがたくさんあるから減ってるわけではないけど、少なくても立ち止まることを意識できるようになりました。
    出来ないことを出来ないと言わせるゲーム。誤らせるゲーム。こちらを見ざるを得ないような言葉と態度。それはシナリオを描いて仕掛けるゲーム。
    要求要求のオンパレード。心を許した相手にはこの繰り返しで破たん。

    思った通りの答えを用意してその答えを言わせるように仕掛けるのはやめてくれ。
    思った通りの答えを返さないと途端にキレるのはやめてくれ。

    存在不安から仕掛ける「ゲーム」を知ることが無かったらたぶん上記の言葉はそっくりスルーしていたと思います。それどころか今まで何度もスルーしていたんだと思います。
    気づいたら、昔母にそうされててたのを思い出しました。
    フィードバックを相手からもらったら小さい頃の私の思いそのままでした。

    真智子さんのブログを読んでいるといつも自分を責めなくていい。と思えます。
    むしろ責めてる場合じゃないよ。まず○!(笑)みたいな感じ。いいすぎかな?

    絡みまくった糸が真っ黒になっていて出だしも分からなくなっているものが少しづつほどけたり、ほどけながら、ほどけてるのに真っ黒に見えたりしながら時には一気にスルスルーっとなったりできる気がしてくるんです。

    こうやって文章にするとコップの水位が下がることがあります。
    だから何か感じたときはまたコメントします。


    こちらこそ
    中尾真智子
    暖かい言葉をありがとうございます。夫婦でいるので羨ましいと言われたりしますが、実際は別々に棚卸しをしていました。その結果がどうなるかは神のみぞ知る、という感じで、後先も損得も全く入る余地はなかったです。そこまで追い詰められての覚悟でした。^^;


    アヨ
    お誕生日、おめでとうございます♪

    覚悟と決心…素的な記事、いつも、ありがとうです☆


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    ハラッサーのでき方
    ハラッシーハラッサーのでき方

    がなにやら賑わっておりますが、忘れていることがあるような・・・。


    ハラッサーは生まれたときからハラッサーではないということ。
    ハラッサーを受け続けて受け皿を引き受けてきた、つまりはハラッシーだったのです。

    家ではハラッシーでありながら、外ではハラッサーをしている人もいるでしょう。
    家でも外でも、ハラッシーでいる人もいるでしょう。


    結婚する前は、やさしくて思いやりがあったのに、結婚したら釣った魚に餌はやらないのがハラッサーの特徴のひとつだと思います。

    源家族で過ごした親のお手本がハラッサーですから、配偶者に対するやりかたはハラッサーになってしまうでしょう。
    男の子のお手本は父親です。
    女の子のお手本は母親です。
    (更に複雑化している環境では、どちらも身に付きます。生育者が複数いる場合もあります。)

    ハラッサーというと男性を浮かべる人が多いのではないでしょうか。実は、母親がハラッサーで、父親がひたすら我慢するという家庭も結構多いと感じています。
    時には子どもを守りきれず、ハラッサーである母親に置き去りにして自分だけ逃げる父親もいます。
    わが子を救えないハラッシーぶりは、ハラッサーと同じくらい非情だと感じます。
    母親は、父親の薄情ぶりを恨み辛みで聞かせますから、恨みは子どもに連鎖します。
    と、まぁ、これもひとつの例です。
    あまたある中の一部分しか書くことは出来ません。キリがありませんから。

    つまりは
    ハラッサーはハラッシーであった過去もあるので、恨みも強いでしょう。
    ハラッシーはハラッサーを受けた分だけハラッサーになれる要素を持っているのです。
    そうなるかならないか、はその人の自律した生き方次第ではないでしょうか。


    ただ、いつも感じるのは、コメントを書いた人の人生模様を映し出しているのだなぁっていうことです。
    それぞれの方が、今現在の状況の中で、自分の感覚で受け入れられない部分をどうしたらいいかと不安に駆られてしまうのでしょうね。

    それも「今」という限定された「自分」であり、明日あさって、一年後は違うと思います。
    「今」にしがみつく必要はないんです。
    「今、こういう気持ちになっているんだなぁ」って自分で感じて味わってあげるといいと思います。



    ----------------------------------------------------------

    アサーティブなあり方
    壁(鏡)になること
    中尾相談室の方針
    私専用相談申込(女性のみ)


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    【2012/02/04 09:01】 | ハラスメント
    【タグ】 ハラッサー  ハラッシー  ハラスメント  
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    Re: ふぁ~。。
    中尾真智子
    > 実は講座で一度お会いしてるので、その時の笑顔もパッと出てきて。。
    > あの日も温かく帰ったなぁ私。。^^
    >
    ええ?どの講座も各地からお越しいただいてありがとうございます。
    笑顔が浮かんでくれるなんてありがたいです。きっとオレンジさんが気持ちのいい日を過ごせたのでしょうね。

    > 本当に本当に本当にありがとう真智子さん。

    こちらこそ、ありがとうございます。

    ふぁ~。。
    オレンジ
    よく気付かれましたね。が嬉しくて、
    しゅばらしーー。がまた可愛いくて嬉しくて、ジーンとなりました。
    実は講座で一度お会いしてるので、その時の笑顔もパッと出てきて。。
    あの日も温かく帰ったなぁ私。。^^

    本当に本当に本当にありがとう真智子さん。

    Re: タイトルなし
    中尾真智子
    > 先日、母が突然「私もカウンセラーに行こうかな」って言ったんです。
    > 衝撃でした。怖くて。
    >
    > 私は、母が"まとも"になることを望んでたはずなのに。
    > そうすれば私はもっと救われる気がしてたのに。
    > ただただ、置いていかれるような怖さと悲しさ、淋しさだけが湧いて。

    よく気付かれましたね。^^

    > それで愕然としたんです。
    > 中尾さんの記事にも通じますが、やっぱり自分で選んでたんやって。
    > ハラッサーの母のせいにして、私はハラッシー(=ハラッサー)で居続けようとしていたこと。
    > 私の中の「あの人が認めないから…!!」て承認欲求や怒りが、
    > 人のせいじゃないってこと。
    >
    > 認めてもらいたいという思いは誰も関係なく初めから私の中にあるんだ~…。
    >
    > 誰だってあるよね、人間だもんと思えたら、それに対する"卑しい"という感覚が消えてった。

    普遍化したり一般化して自分の感情をごまかすことは多々あるけれど、この「誰にだってあるよね。人間だもの」はごまかしや甘えではなく、自分の感情をOKにしていますね。「卑しい」が消えたのは認めてあげたからでしょう。負の感情を受け入れるって生易しくないけど感じることで浄化されると思います。

    > そして、なぜ私は私の頑張り(脚本)を認められなかったかも分かりました。
    > 何としてでも自律したい!!とただ燃える私にとって、IPだけでなく脚本ちゃんもろとも敵でしかなかった。
    >
    > 本当、自分で認めないから、脚本ちゃんはIPを頼るしかないんですね。
    >
    > 真智子さんのレスにただただ頷きました。
    > 温かいです。
    > これからも何度も、怖いと大丈夫を繰り返していこう。

    オレンジさんのお母さんのカウンセリングを受けるというところからの気付き、ごまかさず受け止めた姿勢がしゅばらしーー。(←嬉しい時は言葉がこんなふうになります。^^)


    オレンジ
    脚本ちゃんとIPが手を組みかけている…に、「あ」と気付きました。
    その通りみたい。

    先日、母が突然「私もカウンセラーに行こうかな」って言ったんです。
    衝撃でした。怖くて。

    私は、母が"まとも"になることを望んでたはずなのに。
    そうすれば私はもっと救われる気がしてたのに。
    ただただ、置いていかれるような怖さと悲しさ、淋しさだけが湧いて。

    それで愕然としたんです。
    中尾さんの記事にも通じますが、やっぱり自分で選んでたんやって。
    ハラッサーの母のせいにして、私はハラッシー(=ハラッサー)で居続けようとしていたこと。
    私の中の「あの人が認めないから…!!」て承認欲求や怒りが、
    人のせいじゃないってこと。

    認めてもらいたいという思いは誰も関係なく初めから私の中にあるんだ~…。

    誰だってあるよね、人間だもんと思えたら、それに対する"卑しい"という感覚が消えてった。
    そして、なぜ私は私の頑張り(脚本)を認められなかったかも分かりました。
    何としてでも自律したい!!とただ燃える私にとって、IPだけでなく脚本ちゃんもろとも敵でしかなかった。

    本当、自分で認めないから、脚本ちゃんはIPを頼るしかないんですね。

    真智子さんのレスにただただ頷きました。
    温かいです。
    これからも何度も、怖いと大丈夫を繰り返していこう。


    Re: 私が言いたかったのは
    中尾真智子
    >私達の感情は全部幻だってこと。

    私はあえてここに言及しませんでした。
    今のpaoさんが「私たちの感情は幻」と捉えていらっしゃるのだなぁと思いましたが、私は幻とは思っていません。
    私自身は、感情たち(苦しみも涙も感激も)は大事な宝物と捉えています。

    >ほとんどの部分で共感できるけれど、端々に違和感を覚えていたんです。

    違和感が起こるのは自然なことと思います。
    百人百色で一人ひとり違いますから、違和感があって当たり前だと思っています。
    私は、脚本の下で苦しんでいるインナーチャイルド(感情)を大事にしてあげたいのです。これは、譲れない私の思いで願いです。

    私が言いたかったのは
    pao
    そういう体験をしたことではなくて、私達の感情は全部幻だってこと。
    分別が感情を産んでるってこと。
    そっちの方です。
    私は何もわかっていない未熟な人間ですが、それがとても大事なことだと感じています。
    今のところの考えです。
    英司さんのブログとこちらのブログでとても勉強になります。
    ただどうしてもどこか違和感が拭えませんでした。
    それが根底に漂うヒューマニズムというイデオロギーだと思いました。
    ほとんどの部分で共感できるけれど、端々に違和感を覚えていたんです。
    あちらのブログにも書かせていただきました。
    嫌な思いをさせると思います。
    ごめんなさい。

    Re: ああ
    中尾真智子

    > 今やこれから先を生きなくていいのか?って、
    > 周りと全然違う時間を生きてることが不安だった。
    > 誰とも共有出来ないものが日に日に増えてることへの孤独感にも心が折れそうで。

    IPと脚本ちゃんが手を組みかけているのが感じます。苦しいですね。それほど不安を味わうことは孤独で怖いですものね。

    >
    > 最近感情のアップダウンや、凄い幸せや絶望や、ハラッサーハラッシー感覚への突然の引き戻し、フラッシュバックなど激しくて、それが自分が育ってる証だと頭で分かってもやっぱり死ぬほど怖い。
    > でも逃げたくない。

    逃げるか逃げないかという選択だと本当に苦しいですね。死ぬほど怖いんだもの逃げたいですもん。そこにそのまま「Be(あるがまま)」でいたらいいです。

    > なんだか、その状態こそが「今」だって分かった気がしました。
    > 私今これでいいんだって。
    > これが、私の今なんや。
    > あ~~怖い怖い怖い。

    > 真智子さんありがとう。

    「Be(あるがまま受け入れる)」になれたオレンジさんにおめでとう。
    また新しい「怖い」も「不安」も沸き起こりますが、なんどでも大丈夫になりますよー。

    ああ
    オレンジ
    「今にしがみつく必要はない」
    にファーっと心が軽くなって嬉し?感動?の涙が滲みました。

    今の私?
    過去の私?
    小さい時?
    って、感情が色んな所を行き来する時、
    今やこれから先を生きなくていいのか?って、
    周りと全然違う時間を生きてることが不安だった。
    誰とも共有出来ないものが日に日に増えてることへの孤独感にも心が折れそうで。

    最近感情のアップダウンや、凄い幸せや絶望や、ハラッサーハラッシー感覚への突然の引き戻し、フラッシュバックなど激しくて、それが自分が育ってる証だと頭で分かってもやっぱり死ぬほど怖い。
    でも逃げたくない。

    なんだか、その状態こそが「今」だって分かった気がしました。
    私今これでいいんだって。
    これが、私の今なんや。
    あ~~怖い怖い怖い。
    構わんよ。

    真智子さんありがとう。

    Re: 私も
    中尾真智子
    >自分が居るんだけどいないみたいな。
    >空間に溶け込んじゃったみたいな。

    その感覚わかります。
    戻っちゃうのもわかります。^^
    戻ってきた時にまた新しい試練があったりするのかも。

    私も
    pao
    そう思いました。
    それに日を変えて読んだら全然違った。
    あれ?なんであんな風に感じたのかな?って。
    不思議だったけどその数日で私が変わったのかもしれないし、日によって心模様も違うのかもしれないけれど。
    ただ、一つわかったことは何度も書いてるけど、全部幻だったということ。
    私の中の分別(中尾さんの言う二項対立と同じかもしれないし違うかもしれない)が感情を産んでるってこと。
    それで怒ったり喜んだり恨んだりしてたってこと。
    な~んだ、あほくさみたいな。
    それに気付いた後、何もかもが有難くて穏やかでしかたない日を数日送りました。
    自分が居るんだけどいないみたいな。
    空間に溶け込んじゃったみたいな。
    でもまたもとにもどっちゃったけど・・・。
    時々近い感覚がやってくるくらいで。
    本当は解ってるのに解らないふりしてる自分がいるんだなっていうのも気付いてきた。
    もう偽物だって気付いたのにまだ感じたがってるっていうか。
    意味不明だったらごめんなさい。


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