家族カウンセラーの想いつれづれ
    今改めて関東で帰宅難民が凄かったのをテレビで見ています。
    震災の時のようではありませんか。
    台風は少なくとも、予想出来ることなのに、なぜこんなことになっているのだろう。
    これって、人災じゃないでしょうか。

    我が家も子どもたちの話では、これまで体験したことがない台風だったといいます。
    ベランダのガラスがしなり、下から水が入ってくる勢いで、どうなるんだろうと思ったそうです。

    関東で昼に帰るように言われた人は普通に帰れて、午後3時に言われた人は何時間もかかったとか聞きました。
    トップの判断で、こんなに違うのだから、これも人災だと思います。
    会社も休もうよ・・・と思います。
    無理に返さないで篭城しようよとって思います。


    自分は昼過ぎに京都で新幹線に乗っておきながら言うのもなんですが、雨もなくてですね、のん気に発車しました。
    米原で止まっても
    「強風につき掛川ー豊橋で止まっております。」とかそんな程度しか情報は放送されません。
    強風で早く進んでいるようだから、いずれ抜けるだろうと思ったら5時間経っていたのです。
    惨状を知らないまま、曇り空の下でのん気に斜めった新幹線に座って夜になってました。

    その時、どんどん静岡から関東に向けて台風被害は広がっていたのですね。
    夜遅くに帰り着いた知人と連絡がついて驚きましたし、その夜のテレビも見ましたが、その後も大変だったのですね。薄着で傘も使えず濡れて並んでいる人々が一杯じゃないですか。
    これ、自然災害と言えるのかな。


    大学の授業を終えたら駐車場の車が水に埋まっていた前の台風だって、休校にしてくれたらあんな悲惨なことにはならないだろうにと呆れたっけ。これも人災だと思いました。
    想定外は起こるって学んだのに、想定外を想定しようって学んだのに。


    営業大事ですか、人間大事ですか、って試されてるような気がしてきちゃいます。
    お金大事ですか、命大事ですか
    位牌大事ですか、命大事ですか
    モノ大事ですか、命大事ですか


    あの震災で、一瞬はいろんな覚悟をした私も、またもや煩悩深き自分に出会っては手を合わすのです。
    今ここを生きる。
    今何が出来るか、出来ないか、自分と対話する。
    自分はしたいことをする、人には出来ることをする。
    人との境界線を大事にする。
    たとえ、夫婦でも親子でもきょうだいでも、自分を守り相手を守る大事な境界線です。



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    【2011/09/23 09:41】 | 自律
    【タグ】 境界線  
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    日曜に台風が近づいている西に向かいながら、伊賀市へ向かい夕方から夜まで面談。
    月曜は朝から移動して昼に大阪入りして昼から面談。

    たまたま相方も西方面に仕事が入り、火曜昼に京都で合流しました。

    せっかくなので、10年ぶりに大仙院の尾関宗園和尚に会いに行きました。
    私が一番苦しい時に私の中にいた存在です。
    忘れもしない17の修学旅行での強烈な出会い。
    生きる様とは、まさに今ここ、を見せて頂いたと思います。
    その後、ほぼ10年おきに訪れております。

    今回、大事にしていたお守りが壊れてしまって結びなおしてはほどけるということがあったのですが、たまたま西にお仕事が入り、どうしてもお守りを買いたくて寄りました。
    今回は、修学旅行の団体もいなくて、丁寧な案内をしていただいた後に、会えました。

    話しかけたら、一杯お話してくださいました。
    4度目にして、私は私のことを話せたんだなぁ・・・。
    「今は元気です。」って。

    1度目は源家族の複雑な事情の中で、必死で家族と自身を守ってきた健気な自分に勇気をもらい
    2度目は慣れない土地のしがらみに疲れ果てて、生きることに疲れていた自分を自分が支えられますようにと祈る思いで行き
    3度目は自分自身と向き合うことをやってきたつもりで、気がついたら配偶者を責めている自分を見つめに行き
    4度目は感謝の気持ちで笑顔で会えました。

    和尚はいきさつは何も知りません。

    が、雨のおかげで参拝客が少なく、ずっとお話いただけました。
    相方もとてもいい出会いだったと言ってくれました。
    (17の子どもだった私も、今は大人にやっとなれたのかなぁ)と感じました。
    17の時、和尚は今の私くらいの年齢だったわけですが、いやとてもとても元気で30代くらいかと思ってました。

    和尚は本も随分書いておられます。
    わかりやすい言葉で心に響くから好きでした。
    苦しいときは思考も働きません。
    私が私を支えるお守りの言葉が、ちょっと足りなくて17で買ったサイン入りの本を読み返したのが28歳の時。
    その頃は本屋で見かけたら手に入れました。
    28歳の私は、生きることが苦しいけど必ず生きなくてはならなかった。人の親として必ず生きて守るそれだけは決意していたのですが、自分を支えきるのが大変だった。
    その後は驚異の復活をしますが、その内面は誰も知らないことです。(笑)


    和尚の本が特別でもなんでもありません(失敬)。
    誰にでもわかることを書いてくれていると思っています。
    和尚はいつもただ今生きることを実践していると感じます。
    エロ話は相変わらずしてましたが・・・本気で話すときの目の力はもうすぐ80になると思えないです。
    おでこも心も「まぶしっ!」と見とれていた私の隣で相方がお話しておりました。(笑)
    和尚があと20年は生きるとおっしゃったので、私もあと50年生きる気持ちで何度でも会いに行きたいです。

    人間くらいです。
    生きることを見失ったり、憎悪で他人の心を殺すことが出来るのは。
    誰のために生きているのかをすっかり忘れてしまうのでしょうね。
    自分のためのはず。(当たり前のど真ん中ですが親の時期は自分の我欲よりもわが子のためです。)

    人様に憎しみを持つ時間の惜しいことったらありゃしません。
    が、芽生えてしまうのも人間です。
    自分の生きてきた価値で人を裁き、決め付け、自分を証明するために誰かを卑しめる、哀しいことをしてしまいます。
    この哀しさも、また人です。
    愛しい哀しさです。
    誰かに受け止めて欲しい感情です。
    私はそんな風に感じます。
    ぶつける拳(こぶし)にせず、掌(たなごころ)で話せばきっと痛みを分かち合えると思うのです。
    だってにんげんだもの・・・。




    翌日は相方がお参りしたい場所があったのですが、台風で新幹線が運休するかもと聞いて、どこも参らず早めに新幹線に乗りました。
    万が一のためにポカリ他水分を用意して乗り込みました。
    すぐに米原で止まりました。(がーん)
    全然動かず、斜めに止まった列車を歩くのに苦労しました。

    「外に買い物に行くなり、途中で旅の予定を変更または取りやめする方のために橋げたをかけました。」と案内があり、買出しに行こうかと一人15号車から5号車まで斜めりながら歩いて歩いて、気分が悪くなったので戻りました。かなり斜めですから、並ぶのにも疲れましたし、人混みにも疲れてしまいました。

    せめて名古屋まで行ってくれまいかと祈り続けました。
    携帯ナビはよく使うのですが、米原はこの人数分の宿泊施設は期待できなさそうでした。
    先発も後発も入れたら、結構な人数が新幹線の中で困っているでしょう。
    隣にも後から来た新幹線が停まっています。

    とっくに東京に着いた時間も過ぎて、一夜明かす覚悟も出来た頃、「名古屋まで行き折り返し運転する」と案内がありました。
    早速携帯ナビで名古屋のホテルを探しまくりましたが、どこも一杯でした。
    こんなにホテルがあるのに・・・むむ・・・携帯の電池が~~。
    1キロ以上離れたところで探すことにして、伏見駅近くで見つかりました。電池が限界なので相方にかけてもらいました。(その間抜かりなく新幹線の電源頂いて充電。相方は携帯は仕事以外使う気がないから私より不慣れですもんで。)

    翌日はこの人数が新幹線に向かうことを想像して、ゆっくり出ようと決まりました。
    とはいえホテルは出るしかありませんから、熱田神宮をゆっくり参りました。

    さて、名古屋駅では払い戻しやら、乗り換えやら、窓口は並んでいます。
    東京で払い戻し出来るからと駅員さんに聞いて、改めて新しい切符を買って乗り込んで、ぐったり~。

    今、やっとこ東京を離れて家に向かう電車に乗っています。
    その間、相方はいつも通り携帯オフ。
    私は身内の連絡の為に音を消して鞄の中。
    数件お電話頂いて、こんな状況で心配かけてしまいました。
    ありがとうございます。
    明日から予定通りに動けそうです。

    さて
    携帯からだとどんな風になるんだろ。(←ここまで読み返してパソコンからなおしております9/24朝。)


    まぁ、くたくただけどストレスハイで書いてみました。

    (と昨日の文ですが、笑ってしまいました。文章は下手なのはともかく、携帯からだと全体の雰囲気というか、なんだろ、自分の視界しかない感じ。不慣れなせいでしょうけど、この実験は今後やめようと思います。9/24朝--;)


    「相方は隣で寝ています。
    音や光が気になるわりにはどこでも寝れるようです。
    ああ、羨ましい。」
    >この時、彼のブログのコメントに胸を痛めておりまして、どれも実はチャイルドの成せる業ではと始まりからずっと見守っていたのでした。
    そんなことも知らないで寝てるし・・・そんな思いで書いたのを覚えています。

    かくいう私も自分のブログは見ません。
    移動で疲れた上に、心まで疲弊しては、その日の相談者さんに失礼だから見ません。--;





    台風とすれ違い、名古屋のテレビで関東の凄い状況を知りました。

    東北、北海道も大丈夫でしょうか。
    もう日本は防風域から抜け出せたのかな。
    心配です。

    慣れない打ち込みで、はや最寄り駅の隣です。
    帰ったら倒れそうかも。(笑)(←くたくたなのに寝付けませんでした。)

    貴重な体験させていただいました。

    後で読み直して、書き直しするかもしれません。(汗)←しました。

    9/24からは電話や面談の合間に、旅の荷解きをゆっくりすることにします。

    ----------------------------------------------------------

    カウンセリング受付

    中尾相談室の方針


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    【2011/09/22 17:59】 | 私事
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    真智子
    hamusannさん

    伊賀のカバ丸という漫画が好きな私は、伊賀の地に立ったことがちょっとした感動でした。(笑)

    今回の台風は、ベランダのガラスがしなったり、雨が入り込みそうな勢いで、生まれて初めての凄さだったと留守番の子ども達から聞きました。

    雨の日は大阪に行かないと決めてます!!
    >大決心していらっしゃるのですね。
    私も、大阪に向かう電車の本数が少ないので、一本逃したら・・・と想像してしまったら、軽く動揺が起こり、用心して朝は早めに出ました。^^



    真智子
    wakakoさん、ありがとうございます。

    wakakoさんも大変な目にあったのですね。
    富山経由で夏の列車で札幌から高山に行った大昔、暑さにくらくらしたのを思い出します。

    私も一人だったらきっと往生したことでしょう。

    今、相方が実家に帰っているのですが、高山祭りがあるせいか連休のせいかバスが遅れたとか。
    帰りはすんなり帰れますように、と祈りつつ、少し時間が出来たので遅いコメント返ししております。


    有難うございました
    hamusann
    お疲れ様でした。
    丁度台風が来ていたので大丈夫かなとは思ってましたが、そんな事が有ったなんて・・・^^;

    わざわざ伊賀までお越しいただき有難うございました。

    私も大阪からの帰りバスのピストンになった事が有ります。
    電車会社はなかなかどうするか決めてくれないし
    待ってる方は電車が苦手な上にハプニングで混乱してしまいます。
    雨の日は大阪に行かないと決めてます!!

    斜めの電車、考えてだけで↓よく頑張りました!


    wakako
    大変でしたね。
    お疲れ様です。

    私も経験あります。(新幹線ではありませんが)
    富山の近くで止まり、金沢に戻り一泊しました。
    最初その電車に乗った時、私のすぐ後ろに4人連れの賑やかなおばさまたちが座り、正直「最悪」と思いました。
    車両に十数人しか乗ってないのに、指定席なのにどうしてこんな席の取りかたなのかと不思議でしたが、この4人に助けられました。
    混雑の中ホテルまで一緒に取ってくれました。

    私は一人だったので本当に心強かったです。


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    昨日、「ミツバチの羽音と地球の回転」という映画をやっと見てきました。

    「スウェーデンで出来ることが日本で出来ないことはない!」というようなことを、現地の方が言っていました。

    地方自治と国が繋がったスウェーデンは素晴らしいです。

    牛の飼料も上からベルトコンベアで落としで、牛は乳が張るとみずから搾乳の場所に移動してゆくので愉快でした。
    牛だってお乳が張ったらしんどいですもんね。
    小屋の掃除さえも自動です。
    牛の糞はバイオマスエネルギーになるのでしょう。
    ゴミをエネルギーにする技術は、日本でも流れは自然エネルギーで葛巻町を紹介していますが、日本は、海に囲まれ、山があり、風があり、地熱があり、波があり、バイオマスの技術もあるのです。
    石油を買わなくても、ウランを買わなくても(同時に放射能の恐怖のゴミを出さなくても)、再生エネルギーでやってゆけることを思い知りました。

    この映画は、祝島500人の原発反対の長い年月の戦いをわかりやすく描いてくれています。
    漁をしながら毎日まいにち反対運動のために費やすエネルギーは大変です。
    親父が賛成派にいる限り家には帰らんと言っていたという方が、今はブタを飼っていました。
    ブタが畑を耕しているのですから、凄いです。

    まぁ、この映画については相方が書くだろうと思うので、詳しくは譲ります。(笑)





    私がどうにも書きたいのは今朝目にした件です。
    昨日から心が忙しくて上手に書ける自信はありませんが、私のブログなので書いちゃいますぞよ。

    将来を想うハンガーストライキ


    以下、ある部分より抜粋します。
    __________________

    今回のハンガーストライキ、脱原発に強い想いがあるのは当然ですが、もう一つ僕たちが強く意識したのが、ハンストのやり方です。

    このハンストは対立をなるべく生まず、自分たち若者の意志を示し、今と未来への等身大の想いを発信することを意識しています。

    なぜそうなったか?

    みんなの総意でそうなったのですが、僕個人の例をあげると、それは上関原発の建設予定地(田ノ浦)での「学び」からです。

    今年の2月21日中国電力さんが田ノ浦へ600人ほどの作業員さんや警備員さんを連れて、夜が明ける前の田ノ浦の浜へ工事に来ました。

    その時の状況を幹太のツイッターなどで知り、僕は翌日の夕方から田ノ浦で座り込みを始めました。

    1週間ほど田ノ浦にいましたが、そこでの「気づき」は、 “当事者のいない対立”の恐ろしさでした。

    作業員さんも警備員さんも、現場にいる人たちは、仕事として原発を建てに来ます。

    反対派の人たちは、自分たちの生活の源である田ノ浦の海を守るため、浜に座り込みます。

    その場にいた実感として、あの浜にいた人たちで、本当に”原発を建てたい”人なんていないと思いました。

    中国電力の社員さんも、仕事として、自分の生活のため、家族の生活のために、原発の建設現場行く。

    本当に“原発を建てたい”人は、現場からは遠く離れたところにいる。

    それは電力会社の社長室かもしれないし、霞ヶ関の高層ビルの中かもしれない。

    でも、その時感じたのは、その元凶は誰でもない。

    人ではなく、原発を建てるという”国の方針”だと感じました。


    そして、それに沿った国のトップから山口県の小さな島まで伸びる建設“システム”。

    お互いに非暴力のポリシーを持っていても、工事を強行しようとすれば、反対派は何とか立ちはだかろうとするし、作業員や警備員は押し進もうとする。

    2月23日、そんなこと繰り返すうちに、その場の空気は狂気と化した(僕はそう感じた)。

    お互いに言葉づかいや振る舞いが乱暴になり、かなり危ない押しくらまんじゅう状態になりました。

    最後には祝島のおばちゃんがもみくちゃになって押しつぶされるようになり、病院に運ばれた。

    僕の22年間の人生で初めて感じた狂気。



    「戦争や紛争ってこういうものなのか」と直感しました。

    “当事者のいない対立”。

    これほど空虚なコトがほかにこの世にあるんだろうかと思った。



    どうすればこの状況が変わるのか、本気で考えました。

    “当事者のいない対立”という「気づき」から、まず、対話するという「学び」を得た。

    当事者がいないなら、現場にいる工事する側、反対する側で対話し、工事を止められないのか、と思いました。

    でも実際のところ、それだと工事を少し遅らせるぐらいが限度でした。

    根本的に建設計画を止めたり、脱原発するにはどうすればいいのか、また本気で考えた。

    そこでの「学び」は、未来に共通のゴールを持つことでした。

    数年先でも、数十年先でもいいから、相手と同じようなゴールのイメージを持つ。

    そうすれば、その相手は敵ではく、仲間になる。

    立場は違うかもしれないけど、大きくは進まないかもしれないけど、少しずつでも対話を通して、未来へ歩んでいく。

    そんな歩み方が必要だと強く感じました。

    長くなりましたが、そんな「気づき」と「学び」から、攻撃的ではない、未来のための想いを発信するハンストになればと思っています。
    (経産省の方や政治家の方と対話する機会はなさそうですが)

    そんなハンストへの想いを込めて、

    ~コブシを使わず、拡声器を使わず、ただ食べずに想いを発信する~

    という言葉をサブタイトルつけることになりました。

    抜粋終わり______


    実は、映画の後に監督さんから「初島のその後」を聞いてはいたのですが、偶然にも、ここでも書いてあり、しかも彼はその場にいたのですね。

    「本当に“原発を建てたい”人は、現場からは遠く離れたところにいる。」

    「それは電力会社の社長室かもしれないし、霞ヶ関の高層ビルの中かもしれない。 」

    「でも、その時感じたのは、その元凶は誰でもない。」

    「人ではなく、原発を建てるという”国の方針”だと感じました。」

    「“当事者のいない対立”。」

    これらの言葉は重いです。
    丁寧に丁寧に伝えようという気持ちが言葉に表れていると感じます。

    ハンガーストライキなんか危険だから止めたほうがいい、とか、あれこれ言うことは簡単ですが、彼の思いは半端じゃないです。

    彼らのサイトの上の方で、ストライキの様子が見れます。
    http://hungerstrike.jimdo.com/ハンスト中継/

    見守る目がたくさんあって、その一人でいたい私です。

    どうか無事で、そして大事にされますように。




    私たちにも出来ることがあります。
    NHK受信料を払っているからには、立派なスポンサーですから、ちゃんと報道してくださいって電話することです。
    とは、映画監督から頂いたお知恵ですけれど。

    4号機がぼろぼろだし、メルトダウンして更に潜り込んでいる放射能が一体どうなるのか、恐ろしい現状を隠す東電はもう信じられません。
    黒塗りの資料ってなんでしょうね。知りたいです。
    保安院が認めたとか言って隠す意味がわかりません。透明にしてほしいです。
    3.11に「撤退」と言った社長は5億の退職金をもらいながら、それを福島に全くお役に立てようということもないそうです。まだ6千万円もらうとか?どうか福島の人を助けるために使ってください。

    普通の会社で事故があったら警察が介入しますよね。
    危険物を扱っていたら尚更ですよね。
    なんで東電は警察が捜査しないのでしょうね。
    (と、これも監督の質疑応答で、ほんとだ!と今更ですが驚きました。)

    枝野経産相が言ったそうです。
    原子力発電所を一刻も早くやめるべきであるという心情は,非常に強く分かります
    しかしながら、それについては、国民的な合意の下に、あるいは議論の下で,そうなっていかなければならないと思っていますので、,ハンガーストライキというご自身の健康にも影響を与えるような手段,ではなくて、やっぱり国民的な議論を進めていく中で,そういったご意見についてもしっかり声を上げて頂きたいと思っています。

    国民的な合意の下、国民的な議論
    そうなるように、ぜひぜひ祈っています。


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    【2011/09/13 13:54】 | 災害・脱原発・エネルギー
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    第一原発からの撤退認めていたら東北は全滅していた…菅内閣の元側近が明かす3・11直後の官邸VS東電ドキュメント
    2011年09月05日 15時30分

     3日に千葉県の船橋中央公民館で開催された市民団体「景観と住環境を考える全国ネットワーク」(日置雅晴代表)の全国集会で、五十嵐敬喜・前内閣官房参与が菅直人政権の震災・原発対応の裏話を披露した。

     法政大学教授の五十嵐氏は古くから菅直人前首相のブレーンと目されている人物である。

    弁護士として建築紛争で不当な建築によって権利を侵害される側の弁護活動に携わり、日照権という言葉を生み出した。
    また、都市政策論を専門とする研究者として、神奈川県真鶴町の「美の条例」制定を支援するなど、美しい都市創りを提言している。
     全国集会「私たちは震災から何を学ぶのか」で五十嵐氏は「東日本大震災と『美しい都市』」と題する基調講演を行ったが、8月30日の菅内閣総辞職に伴い、五十嵐氏も内閣官房参与を辞任した。そのために講演内容の一部を変更し、辞任後だから話せる菅内閣の裏話を語った。
     3月9日に内閣官房参与に任命された五十嵐氏は11日の東日本大震災を首相官邸で経験したという。ちょうど内閣官房参与としてのレクチャーを受けている最中であった。
    大きな揺れが襲ったが、秘書官から「ここは日本で一番頑丈な場所ですから、ご安心ください」と言われた。この11日は毛布一枚で官邸に宿泊した。


     福島第一原発事故対応については、菅首相(当時)の対応を擁護した。
    菅氏が東京電力に出向き、「撤退はあり得ない」と死守を迫ったという話は、怒鳴りつけるだけの“イラ菅”というネガティブな文脈で報道された。
     これに対して五十嵐氏は、事前に東京電力が福島第一原発の撤退を打診しており、それに対する死守命令であったと説明する。
    その上で「もし東京電力の撤退を許していたら、東北は全滅していたと考える。もっと菅前首相は評価されてもいいのではないか」と述べた。


     笹森清内閣特別顧問によると菅氏は3月16日に「東日本が潰れることも想定しないといけない」と語ったとされる。
    不謹慎と批判された上記発言を首相官邸は公式に認めていないが、五十嵐氏の「東北は全滅していた」との言葉から官邸が深刻な危機感を抱いていたことが裏付けられた。

     
    五十嵐氏は東日本大震災復興構想会議の検討部会専門委員に任命され、復興構想に携わることになる。
    復興会議の違和感として、被災3県の知事の主張がバラバラであることを挙げた。
    達増拓也・岩手県知事は復興のための増税に反対し、村井嘉浩・宮城県知事は復興には増税が必要と主張した。
    一方で佐藤雄平・福島県知事は原発事故処理の優先を訴えた。


     菅氏が退任に追い込まれた要因としては、浜岡原発の停止などの脱原発的な政策に対する政権内の亀裂と分析した。
    これに関連して五十嵐氏は脱原発デモに万単位の参加者が集まる動きを評価しつつも、「脱原発デモが首相官邸に来たら政治が動いたのではないか」と指摘した。



     退任を決意した菅氏は原発事故対応で2つの重要な意思決定を明らかにした。

    第一に原発周辺地域は長期間に渡って居住が困難になると判断し、立ち入り禁止措置を継続することである。
    第二に放射性廃棄物の中間処理施設を福島県内に建設することである。

     これらは福島の県民感情からすれば受け入れがたい内容であり、実際に猛反発を受けた。
    それでも五十嵐氏は誰かが伝えなければならなかった内容であったと述べる。
    菅氏としては野田佳彦新首相にパスすることもできたとして、菅氏を評価した。


    (林田力)



    消えるかもしれませんので全文コピーしました。--;


    第一に、原発周辺地域は長期間に渡って居住が困難になると判断し、立ち入り禁止措置を継続することである。
    第二に、放射性廃棄物の中間処理施設を福島県内に建設することである。

    このふたつを誰も言いませんでした。
    住民の心情を思うと切ないことですが、真実を知らないと前に進めません。
    菅さんの発言は、東電、経産省、その他のしがらみを振りほどいて、しかも批判必須を覚悟しての発言だろうと思います。



    エネシフ・ナウ(6/15)―孫正義&管直人首相講演 全文掲載

    この日からやや3ヶ月も経つのですね。

    企業人が動くということで批判も出ました。
    その反面、ソフトバンクを応援する人も増えたことでしょう。
    その効果は、他の企業にも「その気」になっていただいたように感じます。
    そういう意味では大歓迎に思っています。

    国民が日常生活の余力で出来ることは選挙とデモと署名運動と不買運動などと限られています。
    しかしその国民の中には企業のトップの立場の人もいるのです。
    その人々が、自分と社員とその家族のために営利を目標とするのは当然ですが、お仕事の内容も地球のことを大事にして少しでも負担が軽い仕組みで技術開発してやってくれたらなぁと思います。

    孫さんが本業の収入を国難に出資してくれるなら感謝の上に大歓迎です。


    ところで気になる千葉県はというと。
    千葉市長が、企業がやるなら遠慮するとサイトでコメントしていました。(ただし再生エネルギー賛成だと言います。)
    そういう考えもあると思います。
    ただ、今は機動力が必要なので、乗ってもいいんじゃない?と思うんですよね。
    軌道に乗るまで協力すると言っている孫さんと同じく軌道に乗ったら手放せばいいのですから。

    小さな単位で想像してみたら、
    村長と農家と商家と工場(こうば)と色々職業があり、みんな家族があり、村長はみんなの代表です。
    村長はみんなの幸せのために選ばれた人ですから、それぞれを繋ぐ中心にいるでしょう。

    そう思ってみると、千葉市長は賛成していると言っている再生エネルギーを現実にするために、どこでどんな働きをされているのかなぁと興味深いです。
    上からの指示待ちなのか、下の意見を吸い上げるのか、今は地方自治の代表がふたつに分かれているように感じます。



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    【2011/09/08 10:21】 | 災害・脱原発・エネルギー
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    首都圏壊滅の危機感 菅前首相に聞く,2011年9月6日 07時09分

    私もほぼそんな感じじゃないかなーと思うことが書かれてありました。
    東京新聞なので記事の削除をされることはないと思いますが、産○や色々な記事が紹介されてすぐに削除されるのも見てきていますから、一応全文載せます。
    ______________


    2日に退任した菅直人前首相が5日、本紙の単独インタビューに応じ、東京電力福島第一原発の事故発生当初に原子炉の状態が把握できず、水素爆発が相次ぐ中で「東京に人っ子一人いなくなるような事故に拡大するかもしれない」と、首都圏壊滅の危機感を持ったことを明らかにした。事故の体験から「日本の技術なら大丈夫」との考えが変わり、7月の「脱原発依存」宣言につながった。


     菅前首相は、事故四日後の三月十五日に東電本店に乗り込んだ理由を「午前三時ごろ、海江田万里経済産業相(当時)から『東電が第一原発から撤退の意向を示している』と言われた」ためと明言。「(第一と第二で)十基の原発と十一個の核燃料プールを放置したら、何時間か何十時間の間に原子炉とプールの水は空になり、どんどんメルトダウン(炉心溶融)する」との危機感から、本店に政府と東電の対策統合本部を設けたと述べた。


     その上で「撤退したら今ごろ、東京に人っ子一人いなくなっていたかもしれない。まさに日本が国家として成り立つかどうかの瀬戸際だった。(旧ソ連)チェルノブイリ事故の何倍、何十倍の放射性物質が出ていたかもしれない」と説明。こうした体験から「日本の技術なら大丈夫」との考えを改め、原発に依存しない社会を目指そうと思ったという。


     五月六日に中部電力浜岡原発(静岡県御前崎市)の運転停止を要請した理由は「東海地震が発生する確率が非常に高いとの研究結果があり、事故が起きたら完全に東京と大阪の間が遮断されて、日本の経済、社会に極めて大きな影響を及ぼすから」と話した。


     九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の再稼働目前に新たな安全検査の導入を決めた理由は「(経産省原子力安全・)保安院は、私の知らないところで、保安院だけで再稼働を判断する従来のやり方を取ろうとした。それでは国民の理解を得られないと言った」と述べ、経産省の対応を批判した。太陽光などの再生可能エネルギーについては「産業的にも可能性があるが、電力業界と経産省が三十年前から抑え込んできた。それをどう突破するか。私も頑張ってやろうと思う」と述べた。


     高速増殖炉もんじゅ(福井県敦賀市)の運転再開や核燃料サイクルは「技術的に極めて難しい。根本的に再検討する時期にある」との見方を示した。

    (東京新聞)




    菅さんが、防護服も着ないで乗り込んだと国会でも責められ続けたことを思い出します。
    「国の代表がそんな無防備なことをしてどうするんだ!」というようなことを何度も繰り返されていました。
    重箱の隅をつつくようなくだらない国会は、小学校の学級会より酷いと感じてしまいます。


    管さんが、東電社員を怒鳴ったと批判記事があったのは、初期の頃でした。
    事故を放り投げて撤退しようとしていた、いや、実際幹部は撤退していたという話もあります。
    この無責任さを怒るのは当たり前じゃないでしょうか。
    撤退して放置してどれだけの放射能を撒き散らすことになったかと思うとぞっとします。


    菅さんが関東から人がいなくなるかもしれない、と発言したことも一部で流れていましたが、こういうことだったのですね。


    なぜ他じゃなく浜岡を止めた?という批判記事も見かけましたが、私が住んでいた静岡の町では9/1に町をあげて避難訓練をしました。炊き出し、救急手当て、消防隊出動、実際のホースはとても重たいのでしらないで扱うと大怪我につながります。いつ来てもおかしくない地震、富士山の爆発、を皆さんが意識していました。
    そこにある原発を止めて欲しいという運動は危機感の歴史があるのです。
    そこに応えてくれたことは心から嬉しいことでした。


    管さんの言葉より
    ____

    九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)の再稼働目前に新たな安全検査の導入を決めた理由は「(経産省原子力安全・)保安院は、私の知らないところで、保安院だけで再稼働を判断する従来のやり方を取ろうとした。それでは国民の理解を得られないと言った。」と述べ、経産省の対応を批判した。
    太陽光などの再生可能エネルギーについては「産業的にも可能性があるが、電力業界と経産省が三十年前から抑え込んできた。それをどう突破するか。私も頑張ってやろうと思う」と述べた。
    ____

    突然のストレステストで批判を受けていましたが、潰されるわけにいかないことだったから、なんと批判されようと国の代表として表に出る言葉にしたかったのではないでしょうか。



    そして早速菅さんを潰すような動きが出ています。
    元の福島県知事の佐藤さん(今の佐藤知事は県民のことを案じているとは思えません)のように、また他の議員さんたちのように重箱の隅をつついてほじくって、私たち国民ががっかりするようなことを流すのでしょう。

    私たちの弱さは「お金」でしょう。

    だれそれが献金を受けていたとか聴くと、たちまちこれまでの成功も地に落とす勢いで攻撃します。
    ひとつひとつ丁寧にみてゆきたいと思います。

    電気代が安い原発の嘘。実際は税金がたくさん使われていること、電気代としてじゃなく原発誘致のために莫大なお金が使われていることを忘れないでいたい。

    【電気料金も高くする、なぜならば火力にお金がかかるから。原発を動かしたら値下げする。】という動きになっているそうです。
    電気代が高くなるのは困る、どうせ動いているなら使ったっていいじゃないか、という思考に向かうよいになっています。
    廃炉にするにもお金も時間もかかりますから、動いている間はお金を稼いで欲しいのでしょう。
    それでは、意味がないんです。
    はっきりとしたビジョンで【廃止】と決めないと、人は弱いものです。
    決意がないと、迷いも多くなります。


    原子力の科学はまだまだ必要でしょう。
    原子力を選んだけど、こんなことになって就職とかどうなるんだろうという声もあるようですが、科学は夢があると思うのです。(人間の驕りが問題なのではないでしょうか。)
    技術が進んで、何十年何百年いやもっとと言われている廃炉への期間が、少しでも短くなったら素晴らしいではないでしょうか。

    「人間が作り出したものだから、人間が除染出来ないと思わない。」でしたか。
    児玉教授の言葉は、こういうことだったのではないかと思っています。



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    【2011/09/07 08:27】 | 災害・脱原発・エネルギー
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    3.11から半年
    中尾真智子
    3.11から半年の頃ですね。
    そして、私のコメントはもうすぐ一年という時に書いています。
    何も解決していない。
    どころか、雪がとけた4月以降の線量が心配されている現状です。

    自分と繋がって自分自身で選んで決めて生きてゆきたいと思います。


    ぐり
    菅さん首相辞めちゃいましたが、いまだに菅さんがそんなに世間でたたかれてるほど悪いかったのだろうかと思ってます。

    詳しい内容しらないんですが、菅さんって首相に就任したときいままでみたどんな人よりやりたくなさそうな感じだったのをよく覚えています。そして今の日本を立て直すには3年はかかります、3年耐えてください見たいなことをいったのもよく覚えてます。

    ほかの人って首相になるともっと首相になった!そしてどんどんやります!!見たいな感じの人が多いので、そのときにこの人現実見えてるなぁと思いました。

    感覚でしかないので裏付けは何もないんですが、菅さんの世間の評価はなんだかいまだに違和感を感じます。

    書いたはいいけれど・・・
    pao
    長くなってしまいました。
    なのでアップするのを止めようとしましたが、
    それではこれまでの自分と一緒なので
    やっぱりコメントします。

    私は脱原発に賛成です。
    あまりにも無関心すぎたのですが、今回の事故が起こるまで日本に原子炉が54?基も出来ていたとは知らず驚きました。
    だって私の小さい頃の記憶では原子力は良くないもの、これから減らしていくものだったからです。
    非核三原則を習ったり、広島の原爆資料館見たり、核分裂について習ったりすると、どう考えても原子力発電はリスクが大きすぎるとしか思えなかったし。
    子供の私がそう思うんだから大人はそんなこと解りきってるんだろうって思ってました。
    だからクリーンなエネルギーと言われていたなんて事故後初めて知って「なに言っちゃってんの?!」と怒りすら覚えました。
    大人は解りきっていたんだと思います。
    ただお金に目がくらんだんです。
    気付かないフリをしたんです、たぶん。

    私の父の勤めていた会社は石油会社です。
    今太陽光発電を進めている会社です。
    だから何も考えないで「太陽光発電いいよね」って思ってました。
    でもトータルで考えた時、太陽光など自然エネルギーと言われているものが果たして本当に良いと言い切れるのか私には自信がありません。
    太陽光パネルをひとつ作るのに必要な二酸化炭素について考えれば、加工・輸送・廃棄などトータルで見た場合、人間が作りこんでいる分排出量は大きいように思えて仕方ないです。
    エコのために省エネタイプの家電に買換えることが推進された時もすごく違和感を覚えました。
    使う時に費やされるエネルギーは少なくても、
    作るときや廃棄するときなど消費者に見えない部分では逆にエネルギー使ってるんじゃないの?って。
    実際LED電球は半導体が使われてるんですけど、その半導体を作るのにものすごい量の二酸化炭素使ってるみたいなんです。
    照明メーカーに勤めている時、そのことについて会社に質問をしたことがあったんですが回答がありませんでした。
    そのことが真実を語っているように思います。
    企業は環境のことよりあれこれ理由をつけて買い換えてもらってお金儲けがしたいんです。

    化石燃料が本当に無くなるのかも疑問です。
    石油を握っている人達が
    本当はまだあるのに石油無くなるよって言って
    石油の価格を保持したり、
    無くなったら困るから
    太陽光へシフトしましょうって言って、
    石油と太陽光の
    両方のエネルギーを手にするつもりなのかな
    なんて勘ぐってしまいます。

    それにやっぱりエネルギーについてトータルで考えるとよく解りません。
    もし風力発電機をある場所に設置したら
    そこで風力は私達の使う電力として取られます。
    発電機が作られる前、その風は他の何かに使われていたはずです。
    それまで得られていたエネルギーが得られなくなった時、自然環境のその部分にまたは全体として少しずつ異変が起こるかもしれません。
    石油に比べて石炭に比べてどっちが負荷が少ないのでしょうか。

    ソフトバンクの孫さんが太陽光を推進しています。
    孫さんは今回の震災で
    巨額の義援金を出されました。
    なんて有難いことだ、
    すばらしい方だと思っています。
    ただ、ソフトバンクは非常に大々的に広告を打っています。
    そこに違和感があります。
    広告費は非常に曖昧だと聞いたことがあります。
    ある意味東電の電気代のように言い値であると。
    そんな広告に莫大な費用を費やし、
    そのお金は通話料から支払われています。
    広告はイメージでその会社の実態とは違います。
    なぜ今孫さんが自然エネルギーの中で風力でも水力でも地熱でもなく太陽光へかかわるのか。
    何となく違和感を覚えます。

    この何ともいえない変な感じを拭い去れない限り原子力を止めた後、どのエネルギーをどんな風に使っていくかについて、もう少し見極める時間が欲しいです。

    並行して、
    エネルギーを使う量を減らして行くことが大切だなと思います。
    そのためには建物の在り方が大切です。
    太陽の光の取り入れ方や空気の流れを今まで以上に積極的に利用したり、室内環境をエネルギーを使わずに快適にする為の材料選びや構法も取り入れていく必要があります。
    日本の山を守る為に木材の循環ももっと考えていけるといいです。
    (私はつい最近まで引きこもりでしたが、アルバイトを始めました。そして将来的には大学で学んだ建築の仕事に携わっていこうと考えているのでこんなことを書きました。)

    でも今回の震災で、津波で全部モノがさらわれたのを見て、すごく不謹慎かもしれませんが毎日頑張ってるゴミの分別って本当に必要なんだろうか・・・と思ってしまいました。
    私のエネルギーの使う方向間違ってるのかも・・・なんて。
    どうなんでしょう?
    ほんと生きるってよく解らない、何が正しくて何が間違ってるかなんてあるんだろうか。
    むずかしいです。

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    署名の紹介です。

    お願いと書きたいのは山々ですが、ご自分の心で決めてすることなので、あえて紹介と書きます。
    もどかしいながらも、自分で選んで決めることに尽きることだから、あえて、紹介です。

    3.11以降、テレビで報道されないことばかりが、ネットで検索するとわらわらと見えます。
    日常を過ごしながら、これらを紹介する暇もなく、どうかどうか、と願いながら過ごしていました。
    テレビは地震速報で十分だと思っていましたが、英司が「おひさま」の流れで見ていたらモーニングバードが面白いよ、と言うので見るようになりました。
    それから更にネットの声が広まり、テレビ局もいよいよ報道しはじめたと思いきや、がっかりする番組もあります。

    先日は、妊婦がふるさとで産みたいと戻った地域にガン患者の医師が支えているという過酷な現実。

    それを報道している男性が、20ミリシーベルト以下とか、100ミリシーベルトを超えるとガンになりやすくなるとか、平気で言っているのです。
    年間1ミリシーベルトを20ミリシーベルトにしたから大きな問題になったのに、1ミリシーベルトと決めてそれ以上のところは除染をすると決めた心ある市もあるというのに、まだ現実から目をそらそうというのでしょうか。



    前置きがちょっと長くなりました。

    福島原発事故後半年、事態は深刻化している中、原発作業員は何を伝える 
    では、私もずっと見てぞっとしてきた数々のことを書いてくれました。

    そのコメントで紹介されているものです。
    左側の「原発・新エネ等署名」のところで紹介し忘れていたようです。
    (新しいものには日付入りで記載していますので、それを目安に参加していただけたらと思います。)


    【農林水産省が決定した、放射性物質が検出された汚泥を全国に肥料として流通させる新基準に反対する署名】 

    このままでは日本中に汚泥を肥料として流通させてしまいます。

    未来の子どもたちから預かっている地球に、一体何をしようとしているのか。
    私たち一人ひとりが、自分と向き合って「大切」を守りたい。
    そう思えたら、少しでも未来は変わると信じたいです。

    私は諦めません。

    【2011/09/02 23:27】 | 災害・脱原発・エネルギー
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