家族カウンセラーの想いつれづれ
    美女と野獣の吹き替え版ですが、(それそれ!)という場面がありました。セリフそのものはは覚えてないので私流に書いてみます。

    ベル「一度閉じたら二度と開かないって(野獣が)言っていたのに?」

    ルミエール(蝋燭)「ああ、感情に任せて言っただけだよ♪」
    ベル「一緒に食事をしないならずっと食べるなって 」

    ポット夫人「言ってたわねぇ、それに従うか従わないかは私たちしだいよ。」



    ベル「あんな酷い人にどうして尽くすの?こんな魔法をかけられたのよ、何もしていないのに」

    ポット夫人「そう、何もしなかったの。お母様が亡くなって厳しいお父様に育てられ、あんなにねじ曲がってしまったのに、何もしなかった。」


    彼らはビースト(野獣)がどんな風でも愛していたのです。

    ただ、ビーストの寂しさを知りながら何もしなかった。

    “どんなビーストも愛してる”だけじゃダメだったーちゃんと叱られ受け止められることがビーストには必要だったということでしょう。

    相手(王子)が傷ついていることを慮って目に余ることをしても注意しないー正しいフィードバックがないのですから、ねじ曲がるのは当然でしょう。





    ★ちゃんと喧嘩する---------

    つくづく子どもの頃の喧嘩相手は大事だなぁと思います。
    喧嘩する子どもたちにすぐに仲裁してしまうと、鬱憤だけ溜まって学びがないんですよね。

    抵抗勢力との折り合いのつけ方を学んでないから、抵抗されただけで傷ついてしまいます(ハラッシー)。
    あるいは、傷つくのが怖いから相手が抵抗しないように圧力をかけてしまいます(ハラッサー)。

    どんな風に喧嘩をして、どんな風に折り合いをつけるのか、むしろそこに注目して子育てしたいものです。

    暴力に訴える子
    言葉遣いが激しい子
    駆け引きのうまい子
    涙目で黙ってしまう子
    クールを装う子
    仲間を作って対抗する子
    大人の前で良い子に変貌する子
    嘘をつく子

    いろんな子がいますが、この中で揉まれて育ったら面白いじゃないですか。
    自分がどういう性質なのか相手が教えてくれますからね。
    幼少時の傷つき体験と、受け止められ体験はとっても大切です。


    感情に任せて言ってるだけのことを真に受けて自らハラッシーになる、それどころか言質にとって相手を人非人扱いしてしまう(ハラッシーハラッサー)なんてよくあります。
    それを責められた相手がカッとなって暴力を振るおうものなら、脚本は大喜びで食いついて、DV認定出来ます。その積み重ねで、離婚に至るなんてザラでしょう。

    嫌なことは嫌だと、とっても悲しいと、とっても悔しいと、相手に伝えたいですね。ただ、相手を悪人認定したまま物別れに終わるのは、脚本は喜ぶでしょうけれど、自分のICが気の毒ですものね。



    このお話はここまで〜ちゃんちゃん♪




    ◯おまけ

    余談ですが、解釈によっては「ちゃんと」が苦しい人もいます。
    「ちゃんとやりなさい」と言われて、出来ないところを見て「ほらちゃんとしてない」と言われて育ったら、完璧じゃないと許されないから苦しいです。

    子育てでごく普通に使う「ちゃんとしようね」さえ、苦しくて言えない人もいます。あるいは自分がされたようにしまったりね。

    「ちゃんとやる」は目標、出来たところは褒めて、出来なかったところを励ましていけば良いですね。子育てに限らず“自分育て”もです。




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    【2017/04/25 08:10】 | 人生脚本
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    Re: タイトルなし
    中尾眞智子
    > 昔言えなかった事を言ってるだけなのだけれど

    昔言えなかったのは、受け止めて貰えないと諦めていたのではないかしら。

    > 子供が居ないから分から無いのよと言われて、関係無いと反撃してました。

    受け止めてもらえずがっかりですよね。

    > 悪いことをしたな、言い過ぎたかなと少し反省させてくるのは脚本なのかな?

    母親との関係で形成された思考の癖(脳内親=IP)が自分を責めてきます。その言いなりになって、反省して従順な良い子になるのが脚本ちゃんというとわかりやすいかな。
    >
    > 何度か読み返しさせてもらいますね。

    どうぞ〜。



    ハムさん
    まちこさんは棚卸しをされたのですか?
    先日私も母に昔の事を弟と責めて懐かしがりながらでも傷つけてしまったのかなと思ってました。
    昔言えなかった事を言ってるだけなのだけれど
    子供が居ないから分から無いのよと言われて、関係無いと反撃してました。
    悪いことをしたな、言い過ぎたかなと少し反省させてくるのは脚本なのかな?

    何度か読み返しさせてもらいますね。


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    ★ダミー感情で生きてた---------

    私もそうですが、小さい世界(母親)の住人だったから、小さいことで驚いて怯えるーそういう人は多いですね。
    大声に怯える

    語気が強いと嫌悪感が湧く

    乱暴な言葉遣いに傷つく

    この怯えも嫌悪感も傷つきも脚本のダミー感情で、小さい世界(母親)を守るために仮想敵(夫)を責めていたのです。

    わざわざ相手を嫌う仕組みが埋め込まれていたというか、人と繋がらない脚本ですね。


    ある日、義父から「あんたは育ちがいいんじゃね。」と言われて、新鮮に聞きました。

    ほぉ!

    昔からそんなようなことを言われたことはあったけど
    貧しい育ちと卑下してたし
    友人に家事手伝いぶりを中学時代の友人に「おしんみたいだ」って気の毒そうに言われたし
    だからピンと来なかったけど・・・

    義父に嫌味でもなく褒めるでもなくいたって普通に言われ、「わしは田舎育ちじゃからのぉ」と言った時にすっと入ってきたのでした。

    育ちが良いと思われる=私の場合、母親の洗脳が深いってことじゃないの?

    お義父さん、ありがとう!


    汚い言葉遣いは抵抗があったし、ちょっと羨ましさもありました。

    実際に、クラスメイトが母親のことを「あのくそばばぁ」と憎々しげに言うのを見た時は、(親に向かってなんてことを言うんだろう!?恐ろしい。)とその子を人非人に思ってました。

    「くそばばぁ!」には、ちゃんと聞いてよ、ちゃんと見てよ、この分からず屋、口うるさいんだから、放っておいてよ、とか色んな思いが篭ってるだろうに、当時の私は母親一神教で洗脳されていたのですよ。ああ、馬鹿臭い。





    ★自分に尽くしたい--------

    育ち(脚本)が違うのに、それを責めていたら脳内母の思う壺です。

    なんて酷い人だろう、と相手のせいにして離婚を考えていた私は脚本絶好調だったと思います。

    少なくとも私は、自分が選んだ人との人生を随分ないがしろにしてしまった感があります。

    その姿は、子どもたちの心を傷つけただろうと思います。

    子どもは両親仲良くしてほしいですからね。



    私の「怒りっぽい」とか、「酷い言葉だ」とかの指摘が、相手をレッテル貼りをしてしまい、相手はそうしか振る舞えなくなってしまうのです。

    私自身も、意地悪していないのにもかかわらず母に「意地悪だね」と言われた時に、ほんっとに意地悪してやりたくなりましたからねぇ、びっくりですよ。

    脳内母に従って、自分が選んだ人生、そこでの生活を「不幸だ」と嘆いていたのだものね、悔しいし馬鹿馬鹿しいです。

    本当に不幸しかなかったら、とっとと別れて颯爽と生きなおせば良いのだものね。

    離婚の理由を聞かれた時や、例えば子どもに責められた時に、堂々と「ママがそうしたかったから」と言えるまでになって颯爽と生きる道もありますもの。

    母を選ぶか(自分が苦しむ)、代理親を選ぶか(相手を苦しめる)、自分を選ぶかです。

    「慕情(中島みゆき)」の歌詞に「ただ、あなたに尽くしたい」とありますが、まず自分が無視してきたICに尽くしたいですね。

    無意識とはいえ脳内母に尽くしてきた人生はあまりにも悔しいー私と私の家族に尽くしたいです。



    (続く)


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    【2017/04/25 07:00】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  
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    ★籠の鳥--------------

    それにしても私の世界の狭いことったら・・・。

    常にきょうだいの面倒と家事手伝いがついてまわり、今にして思えば小さい私は母親の顔色を確かに伺っていたのです。
    夫を怖がって顔色を伺う自分ー怖がっていれば相手のせいにできますからね。

    それにしても母親の顔色を伺う小さい私に辿り着けず、四苦八苦しました。

    5歳まで祖母と(まだ子どもだった叔母と叔父と)暮らしていたことが、棚卸しを複雑にさせました。

    ご飯時に現れる母を「お母さん」とは呼んでいたけど、お母さんが大好き!とか、お母さんを悲しませたくない、がっかりさせたくない、とか、世の中のあたたかいお母さん像を描けてないのです。

    小さい頃は、一緒にいたら緊張する人でした。



    よそ様にお邪魔した時はきちんとご挨拶をする。

    よそ様では手前勝手に振舞ってはいけない。

    よそ様にお邪魔する機会が少ないので、どこまでが良くてどこからがいけないのかもわからず、「一緒に遊ぼう!」と言われても、遊んでいいのか悪いのか、母の顔をちらっと見ていたなぁ。

    母のOKがないと大人しく椅子に座っているのですーつまらないったらありゃしない。



    でも、確かに隣に座っている人の顔色を見ていたのです。

    (ねえ、自由に振る舞っていいでしょう?)と訴えている視線を受け止めずに大人と話す母親が、「どんな風に育てたらこんな良い子になるの?」と言われて「とりたてて何もしてなくて、厳しく育てただけ」と心地よさげに言うー子どもらしくないって言われてるようなものなのにねぇ。


    母の世界はとってもつまらなかった。

    あったかくないし、やわらかくないし、面白くないし、楽しくないし、笑顔もないし、籠の鳥の私は、想像力で頭の中の自由を満喫していました。
    「頭の中は誰にも縛られないもんね」と言っていたけど、どれだけ不自由だったんだろうねぇ。





    ★家(母)が重たい---------

    もっと外で遊びたかったなぁ。

    弟や妹は可愛かったけど、面倒を見るのが当たり前だと思われていることに気づいて愕然としたものでした。


    ちょっと待てよ?と・・・
    私と姉は弟と妹の年齢の時にオムツ交換をして、布オムツだからウンチをトイレに捨ててオムツをバケツに入れて、その後漂白もやったなぁ。
    古い洗濯機も使ったなぁ。
    ミルクも着替えも手伝ったなぁ。
    ご飯と味噌汁は小学1年生で作ってたよなぁ。

    私が家を出るまで、彼らに家の手伝いをさせたのはほぼ見たことがありません。連れ子の定めと思っていましたが、世の中を知れば知るほど、うちって変だよねってわかるのです。

    ともあれ、姉がやるのが当たり前に育ち、母じゃなく姉のせいにできるという仕組みも完成です。私の「母のせいにするには母に育っていないしなぁ」と思った時と同じように、母はどの子にも隠れ蓑を持っています。



    小1から高卒で家を出るまで、家族が重たくて重たくてたまらなかったー大学に行けと高校は勧めるけど、ともかく早く家を出たかったーその重たさは、弟であり妹であり家事であり義父であり、その全てが母親だったのです。彼らの間に必ず母の存在があったーこの母の支配に苦しんでいたのです。

    家がこんなですから、外に出るとわくわくしました。冒険者の気分です。
    小さい頃(祖母宅)は自由に振舞っていましたから、外に出る(母から離れる)のが大好きです。
    室内より室外遊びが好きだったのも、室内では無意識に脳が“気働きをせよ”と言ってくるからです。

    小さい頃に世間に揉まれていたら、もっと耐性がついただろうにと思います。



    (続く)


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    【2017/04/24 08:15】 | 人生脚本
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    ★相手を怒らせて黙らせる母--------------

    以前の母とのやりとりですが、私も下手くそでした。どうにも腹が立ってしまうのです。

    まぁ、自分の脚本に気がついたら、それまで通りに母を庇うなんてできませんけどね。

    それにしても、ついひっかかってしまっています。



    私「お母さんってほんと子どもを見てなかったよねぇ。」

    母「私だって若かったんだから、そんな昔のことで親を苦しめないで。」

    私「言い訳しかしない。受け止めないよね。」

    母「仕方がないっしょ。5人も子どもが居たし店(再婚相手の商売)もあったし。」

    私「私もそう思ってたけど、働きながらちゃんと子育てしてる人はたくさんいるよ。私と姉に下の面倒をみさせて、家事も手伝わせて楽だったでしょう。自分で手をかけないで無駄に気を揉んでいただけでしょう。私は絶対に子どもから目を離さなかったよ。」


    母「あら、それは良かったじゃないの。」

    私「そんな思いをさせたんだね、くらい言えないの?がっかりするなぁ。」

    母「あんたこそ、いい大人になって親を言い負かして何が楽しいの?」

    私「大人になっても親は親でしょう。子どもの頃には従うしかなかったから今やっと言えてるんだよ〜。」

    母「全くあんたって意地悪だね。」

    出た!意地悪が嫌いな私にこれを言うと黙ると思ってるのか?と思いつつも、その卑怯さに腹が立って止まらず

    私「馬鹿言ってんじゃないわよ!私が意地悪したくても出来ない性格だって、お母さんが一番解ってるでしょ!?(怒)」

    「(沈黙)」



    私が怒ってしまったら会話は打ち切りです。

    母はいつもうまく逃げ切るのですが、最後は私を怒らせて自分は沈黙してまるで被害者のように振る舞い、更には都合の良い記憶の操作も織り交ぜてそれぞれの子に、別の子の愚痴を聞かせるのです(自分以外と繋がらないようにする)。

    事実も相手の気持ちも無視した言い分なので、聞いてるとだんだん腹が立ってきますが、本人の脳内では既に都合よく操作されていますから太刀打ちできません。

    今度こそ怒るまい!と思うのですが、まんまと術中にハマってしまう悔しさ。

    この悔しさは、私に「酷い!」と責められた夫の悔しさなんだなぁと今はよくわかります。

    母を無意識になぞる時、母を庇って守っているー脚本劇場を生きているのです。まるで本心の傷つきのような顔をして、被害者になっているー馬鹿馬鹿しいですね。



    (続く)


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    【2017/04/24 08:00】 | 人生脚本
    【タグ】 人生脚本  無意識  怒り  インナーチャイルド  脳内親  ハラスメント  
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    ★私が見ないとダメなんだ-------------

    母が居るのに子どもは危険な目にあう不思議ー妹はエスカレーターで置いてけぼりにあいました。

    上で泣いているので、急いで反対のエスカレーターで上がったら、下から弟が妹の名前を叫んで駆け上がっていました。
    妹はもちろんですが、弟の危機感も凄まじかったですーここで弟は妹を助ける脚本が刷り込まれたでしょう。

    エスカレーターの下には祖母が心配そうに立っていましたから(祖母に任せたらダメだ)と思い、次からは下の兄弟を常に危険じゃないように見るようになりました。

    ところが、後年母が懐かしそうに言うので、「一緒にいた?」と聞いたら、「いたよ〜。」と笑っています。

    当時話を聞いて記憶に強く残っていて、“自分も居た”と記憶の改ざんをしてないかな?と疑いましたが、母のリアルさに私の記憶の方が怪しくなってきました。無意識に、母親を庇って視界から消し、記憶から消したのでしょう。

    母がいながら、私も弟も「自分が助けなくては!」と動いたわけですから、母が頼りにならないことを物語っていますし、幼い妹には、自分を助けてくれる人=兄、姉、と刷り込まれたことでしょう。

    “身動き出来ない状況になって助けられた”経験がその後の脚本になって、自分の意思で動くとなぜかトラブルを起こして頓挫するーこんな事例はよくありますが、強い意思で向き合って変わっていきますから、決してめげないでください。






    ★母娘逆転--------------------

    その後に産まれた末の弟は、誰から見ても可愛がられていたので油断していました。

    家族と親戚とで日帰り温泉に入った時です。湯船でゆったりつかって振り向いたら、真ん中で弟が溺れています。

    一瞬周りを見たら母は体を洗いながら叔母とおしゃべりしていました。


    私しかいない(間に合うのは)!!


    湯を掻いて、お湯を飲まないようにうつぶせのまま弟を掬い上げました。

    咽せただけで無事だったので、母の記憶に残っているかさえわかりません。

    「お母さん、溺れかけてたよ。(子どもから離れるな)」

    言ったけど、溺れてるところを見てないので、危機が全く伝わってない母に怒りと諦めしかありませんでした。

    母の無意識はすでに私を母親役にしてるから、伝わるわけがないのです。





    (続く)


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    【2017/04/22 12:00】 | 人生脚本
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    Re: タイトルなし
    中尾眞智子
    > 「あるがまま…」の方を読み始めたらきつくなったので、こちらを読んでいたのですが、最新記事まで来てしまって、今後のこちらの更新を楽しみに、またあちらの続きへ行ってきます。有難うございました。

    なるべく軽い読み物にしたいと思っているので、とても嬉しいです。また遊びに来てください。(^^)


    とくめい
    「あるがまま…」の方を読み始めたらきつくなったので、こちらを読んでいたのですが、最新記事まで来てしまって、今後のこちらの更新を楽しみに、またあちらの続きへ行ってきます。有難うございました。

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    やすらぎの郷で、姫(八千草薫)が水谷マヤ(加賀まりこ)に

    「そんなに怒らないでくれる?叱られているような気がするわ。」

    と言いますが、マヤは

    「怒ってなんかいませんよ〜。叱ってもいません!」と。

    「あなたの喋り方がきつくて頭がじんじんしてくる」と言うと「私がきつい?」と言われて、身に覚えのないマヤはびっくりします。まるで夫と私みたい。

    姫とマヤの育ちの違いでしょうね。

    育ちの違いに文句を言っても仕方がないという意味ですけどね。

    育ち(脚本)を知ることで、相手をわざわざ嫌うこともなくなります。

    姫は葛藤に弱い温室育ちなのでしょうね。



    私の場合は、危ないからと外に出してもらえずに「母親」の常識を植えつけられて育っただけで、温室じゃないですけどね。

    危ない=産みの父が攫いに来るかもしれない

    誰とはなしにそう聞かされて、(父親はとんでもない人間だ)と刷り込まれましたから、同時に異性への不信感も育ちますし、母親の無意識からしたら一石二鳥です。

    母と一緒の時に2度迷子になっていますから、“母親から目を離したら危ない”の一石三鳥を母の無意識は狙ったかなぁ。

    小さい子に“不安”を植え付けるのだから、とんでもないですよね。


    (続くー書いてみたら長いので)




    狭い世界で育てられ・・・(序)
    狭い世界で育てられ・・・(親子逆転)
    狭い世界で育てられ・・・(怒らせて黙らせる)
    狭い世界で育てられ・・・(籠の鳥)
    狭い世界で育てられ・・・(自分に尽くしたい)
    狭い世界で育てられ・・・(真に受けない)


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    【2017/04/22 10:48】 | 人生脚本
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    ★出来ちゃいけない脚本----------

    私は左利きです。

    学校に上がる前に読み書きを覚えたけど、通信簿に「字をもっと綺麗に書きましょう。」と書かれました。

    教えてくれたおばあちゃんは褒めていたのでとてもショックでした。

    わたし字が下手なんだ(上手じゃないとダメなんだ)・・・。
    先生も私が良い子で他にネタがなかったのか、ご丁寧に1学期から3学期まで3回も(こっちにしたらまるっと1年)書かれたました。

    「字をもっと綺麗に書きましょう」

    右手はちょっと笑うと力が全然入らなくなるので、授業中に笑いが起こるとその後暫く力が抜けているのでとっても苦労しました。

    「字をもっと綺麗に書きましょう」

    習字が始まった時は、太筆は重たくてうんざり、細筆は操れなくてげんなり、もうもう最悪な気分でした。

    子育てしてわかるのは、先生は保護者に「夏休み(冬休み&春休み)に字を練習したら良いですね」というメッセージを送っているのですが、我が母は「利き手じゃないから仕方ないよねぇ。」でおしまい。



    “出来ちゃいけない”脚本の種は、こんな風に大人(左利きを認めない祖母に任せた母)の無意識によって撒かれているのです。

    子どもは健気に全身全霊で受け止めて、その後の人生脚本に取り入れてせっせと種を育て邁進するのです。

    ずいぶん後に「私は左利きでもいいと思ってたんだけどねぇ。左利きは器用だって言うじゃない?母さんの時代は無理やり直したんだよね。」と言う母も、脳内母に従って生きてきたことがわかります。

    そのおばあちゃんも、母親と死に別れ父親が再婚、連れ子として遠慮と我慢で生きてきたことが、母のジェノグラムからわかりました。

    そんなことは小さいまっちゃんは知りませんから、おばあちゃん大好きで育ちました。







    ★おばあちゃんが教えてくれたもの----------

    読み書きと編み物

    そうだった!編み物もだ!

    教わって間もなくおばあちゃんが函館の地元に数日帰ることになって、「編んでてもいい?」と言ったら「いいよ。」とにっこり笑った。

    おばあちゃんを驚かせたくて喜ばせたくておっかなびっくり編んだなぁ。

    帰って来たおばあちゃんが「ほぉ、すごいねぇ」と褒めてくれたけど、私の編んだ分は編み直しされていたんだよね。

    そりゃそうだ!覚えたてで均等に出来てないもん。

    編み直しされていた萌黄色の前身頃が浮かぶとしゅーんとした気持ちを思い出します。



    「天国のおばあちゃん!
    編み直すなら言ってよ!
    気がつかないバカだと思ってんの?
    言ってることとやってることが違うじゃん!
    子どもはやってることを見てるんだよ!?」



    おばあちゃんの代わりに小さいちゃんに声かけておこうっと。


    「覚えたてなのにこんなに編んだの?凄いねぇ。
    まっちゃんは上達が早いけど、少し曲がってるから編み直しするね。
    だんだん上手になるからね、また一緒にやろう。」

    うん、ちょっとスッキリ!



    編み物は、コースター数枚、帽子、マフラー数本と指あり手袋を編んだけど、右手がひたすら疲れるのでいやだった〜〜。

    一度だけ本を読んでセーター(なんと萌黄色に近い)のパーツをげんなりしながら全部編んで「繋ぎ方わかんない(ほんとはやる気がない)。」と母に渡したこともあるけど、“ちゃんとダメな人やってます”って証明してたんだねー(棒)。




    小さい頃の私は人の向かい側で覚えるか、隣に並んだ時は脳で鏡に置き換えて覚えていました。

    なので、編み物を左で覚えられないはずがなかったんだと今はわかるのですが、右手でやらないとおばあちゃんが教えにくそうなので、私が合わせていた感覚も思い出しました。

    相手に合わせる脚本もこういうところで創られていきます。

    誰のために?

    もちろん!母のためにです。

    脚本おそるべし!






    ★左手は禁じ手----------------

    そんなこんなんで図工の時間はドキドキしました。

    だって・・・右手では人と同じペースではできませんもん。

    だから禁じ手(左手)を使ってました。

    そして、先生が来ると止まってしまいます。

    「描いてごらん」と言われても、固まって動けませんでした。

    そしていつのまにか図工が大嫌いになっていました。

    左手で描いても注意されないことがわかってほっとした頃には、すっかり苦手意識が染み付いていました。

    休み時間に友達と漫画を描くのは楽しいのに、図工になるとたちまちやる気がなくなってしまうのでした。

    たまに友達に褒められると「私よりも絵が苦手なんだなぁ」と思いました。

    10歳までには絵が苦手と思い込んで、そのとおりの脚本を歩いてきたのですよね。

    右手は上達しない(悪い評価)し、左手は禁じ手だから評価されてはいけない(上達の道を閉ざす)のです。

    誰に器用だと言われても、もっと器用な人を見つけては「私なんてたいしたことない。」と本気で言っていました。

    母が「あんたは器用貧乏だねぇ。」と言った日にゃ「一生貧乏だったらどうしよう」とくらくらする始末です。







    ★塗り絵に挑戦----------

    さてさて、そんな脚本を脱ぎ捨てるべく色鉛筆を握ってみました〜。

    塗り絵1-1
    塗り絵1-1 posted by (C)machi


    30分もしたら飽きて後からちょっと塗り足したもの

    塗り絵1-2
    塗り絵1-2 posted by (C)machi





    背景に飽きたので、女の子塗り絵

    塗り絵2-1
    塗り絵2-1 posted by (C)machi



    ぼけらっとしてるのでもうちょっと塗ってみましたが飽〜き〜る〜。

    塗り絵2-2
    塗り絵2-2 posted by (C)machi



    色鉛筆を持つだけで気持ちが萎えて、思い描いている色をチョイス出来てないことにいらっとなりますが、時間が経っていくとちょっと“楽しい”感覚になったことは収穫です。

    「こんなことやるくらいなら他の好きなことやろうよぉ〜」と、内側でチャイルドに似せた脚本ちゃんが私を唆しますが、産まれて初めて白い紙と鉛筆を持った時のわくわくを今は知っています。

    あのわくわくを手放した寂しさを味わってあげないなんて、脚本ちゃんの思う壺。

    とはいえ、はてさてこの下手くそな塗り絵がもっとましになる日が来るのやら。

    いやいや、上手下手じゃなくて、“楽しい”でしょ?

    そうだった!そうだった!

    小さい頃に確かにあった“楽しい”ーそれを思い出す旅(お絵描き塗り絵)を時々やろうと思いました。(^^)


    追記
    塗り絵1はここまで(塗りすぎて重ね塗りが出来ないので)
    1-4ここまで
    1-4ここまで posted by (C)machi






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    【2016/11/02 13:00】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  禁じ手  利き手    
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    emerge さん
    中尾眞智子
    > 柔らかい色ですね~。妖精さんの羽の色が好みです。

    ありがとうございます。(*^.^*)てれっ


    > 私は母に「あんたは器用貧乏なのよ」って、言われたなぁ。
    > その頃は「私の器用さはいいことじゃないんだ」と、さみしく思ってたけど、今は大きな長所、「私は器用ゴージャス♪」と思っていまーす。

    ポジティブでしゅばらしーー!!やる気パワーもらいました〜。


    emerge
    柔らかい色ですね~。妖精さんの羽の色が好みです。
    塗り絵、小さい頃に好きだったのを思い出しました。

    私は母に「あんたは器用貧乏なのよ」って、言われたなぁ。
    その頃は「私の器用さはいいことじゃないんだ」と、さみしく思ってたけど、今は大きな長所、「私は器用ゴージャス♪」と思っていまーす。

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    なぜ、親にぶつけたい気持ちを自分が受け止めなければならないの?より

    男性の記事ですが、どの方にも当てあまるので引用します。

    ----ここから

    俺は自分の気持ちを一度だって聴いてもらったことがない!
    ―事実に気づいた。そうか、自分が気持ちを大事にされたことがなかったから、気持ちの大切さがわからなかったんだ…
    「お父さんがちゃんとしないから、お母さんはこうなんだ」
    と、何事につけ母は父のせいにして自己正当化していたが、人のせいにする自分も母と同じじゃないか…。

    それに、文句を言いつつこの場にいるということは、父の存在が自分を正当に見せるために必要だったからだ。夫婦げんかだって子どもを守るためじゃない、自分が文句を言いたいからだけだ―亡くなった父は利用されていた。

    (略)

    自分とICを分離してみる。
    そして、ICの立場に立って物事を見てみる。
    すると、親が自分にやってきたことと、自分がICにやっていたことと本質的には全く同じ―そういうことが見えてくる。

    親にどんな事情があろうとも、自分は気持ちを聴いてもらえなかった。
    自分にどんな事情があろうとも、ICは気持ちを聴いてもらえなかった。

    同じなのである。

    母親は、自身が親から気持ちを聴いてもらったことがない。だから、子どもの気持ちなんか聴くものかとどこかで思っている。
    自分は、母親との間に湧いたこの感情(IC)を母親にぶつけたいと思っている。だから、ICの気持ちなど自分が聴くものかと思っている。

    結局、『俺の気持ちを受け止めていないのは同じじゃないか』と親に言った言葉は、そっくりそのままICから自分に突きつけられているのである。自分が悔しかったように、ICも悔しいよね。



    ----------------------------------------------------------
    「あー、そっかー」
    彼は腑に落ちた。

    自分が親のことを意識している間は、実はICを無視していることなのにも気がついた。

    そうして彼は、自分の感情を自分で受け止め始めた。


    ---------引用ここまで----------



    『自分が親のことを意識している間は、実はICを無視していることなのにも気がついた。』

    「自分が代理親のことを意識している間は」

    と言い換えても当てはまります。

    自分が「わかってほしい」と思った相手を代理親にして、気持ちをぶつけますし、そのやりとりを続ける間(自分が親のことを意識している間)は、ICを無視し続けているのです。だから、苦しいのです。

    その「苦しさ」を脚本は利用して、「代理親のせいで苦しい。」と、脳内変換します。
    「苦しのは代理親のせい。」というロジックを作り維持し続けます。

    無限ループですね。


    代理親にぶつけずに、「わかってほしい気持ちがあるなぁ」と自分の気持ち(IC)を声に出して聴いてあげてほしいです。





    ※代理親=「わかってほしい」とか「わからせたい!」と思う相手。わが子も対象になります。






    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
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    【2016/09/10 07:56】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  無意識  代理親  
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    は、母を悲しませるのはいつも父だと思い込んでいました。母としか繋がらないように、という洗脳はとっくに完了していたのです。

    父が仕事でどんな嫌な上司にも我慢しているかなんて知りませんでした。疲れてへとへとなのにお酒に付き合ってぐったりしてるなんて知りませんでした。

    私たちのご飯も服も住む処も、父のおかげで維持されていたのに、誰も教えてくれませんでした。誰もじゃないですね、母が教えてくれませんでした。

    その一番大事なことが当たり前すぎて、父に感謝しないで生きていました。

    私の命は、父にも守られていたことをちゃんと感謝したかった。

    父には父の役割があるってこと、教えて欲しかった。

    「共働きなのに!」と母は愚痴ばかりでしたが、「家事育児に専念して欲しかったけど、お母さんの人生も大事だからな。」と大人になってから父から聞きました。

    なあんだ!好きで働いてたんだぁ・・・。

    父はいつも新しい電化製品を買うので、「お金がない」と母は文句を言っていたけど、子どもを大学まで出して家も建てて、今も働いている母は、家事より子育てよりも仕事を選んできたのです。

    なのに、私はいつも遠慮していました。

    学校からのお便りを渡すのも、友達の話をするのも、いつも母の顔色を伺っていました。

    風呂掃除やトイレ掃除をしてからだと聞いてくれると学習しました。

    ご飯の支度や洗濯を手伝いながら話すと聞いてくれると学習しました。

    母がかわいそうだったから、日曜日も朝から手伝いました。他のともだちみたいに、家族で昼まで寝てみたいって思ったこともあったなぁ。






    かわいそうだったのは私です。

    自分のことも頑張って、家の手伝いもして、母がうたた寝をしてるとほっとしていました。

    ほっとして、母が嫌いな漫画を読んで音楽をこっそり聴いて、つかの間の開放感を味わいました。母が目を覚ますと大変なので、寝息を聞きながら・・・。まるで子守してるみたい。

    母のいない学校で母に見張られている(気がしてる)のに、母が目の前で寝ている時に解放されるなんておかしな話です。

    学校から帰ったら朝の食器を洗い、自分のブラウスのついでに家族の洗濯物を洗い、掃除機をかけて拭き掃除をして、テーブルの上のメモどおりに近所のスーパーで買い物をして、野菜を指示どおりに切っておく。味に煩い父のために料理はさせなかったんだなぁ。

    一番のいいとこ取りしてた母ーだから私は、手をかけたことの仕上げがどこかしらおろそかになってしまうのだろうか。最後までちゃんとやってはいけないストーリーの中にいたんだなぁ。

    母が仕事から帰ったら、手伝いをしながら話しかけましたが、いつの間にか母の愚痴を聞いていました。愚痴に絡めて聞かせる教訓めいたことわざを、白々した気持ちで味気なく聞きました。

    わがままと烙印を押された弟は、堂々と戦隊モノとか好きなテレビを見るけど私には興味がないものばかり。母のお守りを私がして、弟のお守りをテレビがしていたのです。







    母が怖いから外でのびのびできなかった私は、未だに人に緊張します。上司や先輩に萎縮します。男の人とはどう接していいか不安です。夫が笑っていないと不安がこみ上げてきます。誰もが代理親になっていました。


    「お母さんはあなたのことはなんでもわかるのよ。」
    そのわりに、褒められて嬉しくて帰った時には何も言ってくれませんでした。

    「先生からお電話があった」とか「~ちゃんのママが教えてくれた」とか言ってくれたら良かったのに、(お母さんには特別な力があるのかな?)と不思議でした。叱られることばっかりで、どこにいても視線が気になって怖かったです。


    今も昔のようにどこかで「お母さん」が見ている気がして怖い気持ちになります。

    何かをやろうとすると、「お母さん」に見張られている気がして緊張します。

    言葉遣いが悪い人にはいらいらするし、大声の人には「怖い!」と思います。

    たとえドラマでも喧嘩のシーンを見ると緊張して身動きできません。

    本音で人とぶつかるなんて怖くてできません。

    自分のことなのに、自由に選ぶことが苦しくて仕方がありません。

    自分で生きている気がしないー毎日重苦しくて疲れはてて、おかしいと気がつくまで、私は私の意志ではなく、頭の中の「お母さん」の良い子を続けていたのです。






    悔しい!
    悔しい!
    悔しい!
    私を返して!!
    私の人生を返して!!


    大学も浪人しないところに決めて、就職浪人にならないように大手企業は諦めて、25歳を過ぎてからは(結婚しないと!)と焦っていたことは誰にも言ってません。

    「25歳は売れ残り、30歳は高齢出産。」と聞かされていたので、就職の次の目標は「結婚」でした。

    どこまでも私は母の言葉に束縛されていたのだなぁ。

    自由なんかどこにもなかったなぁ。






    ※特定の誰かの事例ではありません。よく聞かれる内容を物語にしました。



    どっち見てますか
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    【2016/08/27 14:25】 | 人生脚本
    【タグ】 人生脚本  脳内親  インナーペアレンツ  無意識  囚われ  
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    (初めにお断りすると、これは2013年の記事です。心ないコメントがあり非難が集まることを想定して、記事内にコメントをコピーすることで「場」を守った経緯があります。今も下書きのまま保存していますが、コメント混みの記事を出すのはもういいかなと省いて掲載します。当時暖かいコメントをいただいた皆様には感謝しています。)

    前記事の会話--------------

    手術翌日の夜に、母から電話があった。

    私「どうしたの?」

    母「今少し話せる?」

    私「うん。少しならね。私手術して入院中なのよ。」

    母「ええ?なしたのー?」
    私「結石だよ。お母さんくらいには教えようかと思ったけど、札幌の時みたいにけんもほろろにされたら哀しいからさー。」

    母「もう、けんもほろろにしないよー。」

    私「個室しかなくて、おかげさまで話せるよ。」

    母「あのね、母さんの手紙が届いたのね。」

    私「ああ。敬老の日に贈り物をしていたから、手紙とゼリーが届いたことがあったの。直筆の手紙にびっくりしてね。思いついて、コピーを送ったのさー。本物は私の宝物だけどね。」

    母「うん。届いたときは、絶交だとか言ったくせにこんなの送って、意地悪だなぁって思ったのね。代筆かなってひっくりかえしてみたけど、本当に母さんが書いた字なんだって思って、私よりまっすぐで綺麗な字だなって思って、凄いなぁって思ってね。(涙)」

    「母さんの手紙を貰うなんて、あんたって凄いなぁって思ってね。敬老の日にいつも送ってくれてたんだもんね。刺し子とか、覚えてるよー。」
    「最近、母さんとH(叔父の名)が夢枕に立つのさ。なんで今頃、毎日出てくるのかなって思って、もう、切なくてね。そんな時に手紙が来たから、初めは本気で意地悪だと思ったんだよね。でもさ、哀しくて哀しくて(涙)」

    私「沢山泣いて追悼しようね。」

    母「うんうん。(涙)」

    私「親子逆転してるね。」

    母「そうだね。」

    私「おばあちゃんには助けられたからなぁ。
    私、洗い物トラウマなんだよね。これで夫と30年争ってる気がする。食器洗い機が欲しいくらいと言ったら、俺が洗うからいらないって。でもね、いつ洗うかは俺の自由だっていうんだもの、終わるまで料理の下ごしらえが出来ないからご飯の仕度に困るしね。馬鹿馬鹿しいけどよく喧嘩したんだわぁ。」

    母「私も洗い物は好きじゃないけど、シンクに溜まってるのがすごく嫌なんだわー。だからさっさと洗うの。」

    私「私も溜まってるのが大嫌い。洗濯機は水が回ってるのを見ながら歌うたって楽しいし、干すのも好きだったけどね。洗濯が好きなのは、夫いわく、小さい頃の祖母とのあたたかい思い出なんだって。それはすごく納得したよー。
    でもさ、高校の頃、洗い物するでしょ。向こうではみんなでテレビ見てるのね。つまんなかったよー。」

    母「そんな思いまでさせてたんだね。あんたには本当に助けてもらったもんね。忘れないよ。
    そういえば、母さんが言ってたけど「かたちき取ってやるー」って言ったってねえ。」

    私「そうだよ。最近、その感覚まで思い出したんだけど、私の中で『命かけても揺るがない!』という意志の強さが沸いて来る時にその感覚があるの。お母さんを守る!って強く思ってたんだねえ。ずっとお母さんを守ってきたんだなぁって思うよ。」

    母「そうだねえ。」

    私「誰かを守ってるつもりでも、結局はお母さんを守ってたんだよ。」

    母「そりゃそうだよ。全部、私のためになっちゃうんだもん。」




    ★言ってみて食器洗いの傷が深いと気付く------------------

    電話を切ってから、洗い物の傷を見てゆく必要を感じた。認知行動療法しかないなと決意する。しんどかったらカウンセリング仲間に伴走を頼むとする。眠ろうとした病室のベッドで、先の母の言葉が浮かんだ。

    「私も嫌い。溜まるのが嫌だからさっさと洗う。」

    そう。私も、溜まるのが嫌い。洗うことより溜まっているのを見るのが、げんなりだった。いつげんなりしたんだっけと思い巡らせた。義父と暮らした頃からだ。

    祖母が同居した時期は除いて、学校から帰って、一番にやることが洗い物だった。そうだ!あの頃は、台所に洗い物が溜まっていたんだー。

    低血圧の母、姉、私の中で、早寝早起きの私が一番に起きて、弁当作って登校して、次に他のきょうだいが起きてご飯食べて登校して、母が義父のお握りを作って、末の弟を保育園に連れてから店に行ったはずだ。義父は、朝ごはんが母の握るお握りなので、起きたら台所も見ないで店に行く。

    母よ、洗い物を放置して行ってるぞ。
    後始末は私だ。

    洗い物が溜まるのを嫌う母に家事を習ったんだもの、私だって嫌だ。学校から帰るたびにそれを見たことを想像するだけで、げんなりする。
    細かく想像をめぐらさないと到達しない記憶になっていた。




    ★認知行動療法の応用--------------

    退院して、さっそく洗い物を全部引き受けて、その時に流れてくる感情を客観視してみることにした。なんせ、洗い物に対する嫌悪が強すぎる。

    「洗い物は私が頼まない限りは私がやるので、よろしく」と、家族に協力を求めた。「やりたい時に洗っても文句は言わないでね。」という家族にも了解した。実際洗ってみると、いつもどおり、洗っている時は全然嫌じゃない。

    が、次の朝、食器を洗っていたら、たまたま、夫がいつも見る朝ドラを見ていた。不意に頭の中で、声がする。

    「テレビの音が聞こえないから、後でやってくれ!」
    「お前もこっちで一緒にテレビを見ればいいじゃないか!」

    急にびくっとなったが、振り返っても、彼は何も言ってない。すっごく恐かったけど、本人は何も言っていないから、かまわず洗っていたら

    「洗い物が溜まるもん。」という不満気な私が浮かんだ。あったあった。
    「そんなの明日でもいいじゃないか!」と争う夫と私。

    これだ。
    忘れていたが、ここで私は最後は我慢するのだ。この「我慢」が、「恨み」として残っている。

    洗い物を片付けないでテレビを見ても、気持ちが良くない、楽しくない。
    翌朝に溜まった食器を洗う時も、ひたすら「嫌悪感」と付き合っていたのだ。その「恨み」がとても強いことに気がついた。


    源家族では、テレビを見ている家族の邪魔をしないように、多少の気を使っていた感覚も思い出した。頼まれてもいないし、注意もされていないのに、ここでも我慢していたのだなぁ。

    夫の「音がうるさい」は、私の中の「邪魔しないように」という我慢がぴたりと対応していたのだろう。もう我慢したくない私は、夫に「恨み」を募らせた。


    さらに思い出した。
    「日曜日の朝から、ばたばたしないでくれ!」と、若き夫は言った。
    平日はパートで忙しいから、土日に掃除をしたくても、夫が起きるまで音を出してはならないので、ため息をつきながら時間がたつのを待っていた私もいたなぁ。起きたら起きたで、休日くらいゆったり過ごしたい、という夫がいる中で、一体いつ何をやったらいいのよっ!って不満だったことも思い出した。子育てでそれどころじゃなくなって、彼も諦めたのかもしれないけど、それまではこんなだったなぁ。

    私の源家族では、日曜日は朝から掃除だった。気持ちよく掃除をしたら、長いパンを切りながら、おいしく食べたものだった。その時は、義父も一緒に掃除をした。義父は料理も好きで、なんでもやる。機械いじりも好きで、ラジオを作ってくれたりした。

    私にとっての当たり前(日常)と、夫にとっての当たり前(日常)が違ったのだ。




    ★若い頃の代償行為----------------

    結婚前にも、夫への不満があった。むしろ、こちらの記憶が強いので、このことでずっと文句を言ってきた。

    私は会社員で、仕事帰りに生協に寄って買い物をして、約束どおり食器洗いを終えているだろう彼の家に行き、毎度溜まっている洗い物にげんなりしていた。
    「明日こそ洗っておいてね。」という私に、はいはい、と言いながら、洗ったことは数回じゃなかろうか。私は、まずお釜を洗って米を研いでから、ご飯が炊ける間に他の洗い物とおかずつくりをした。2年くらいだったと思うが、すっごく苦労した気分が抜けない。


    こんなだから、自分の部屋の片付けどころじゃなかったが、夫が私の部屋を見て「片付けたら。」と言うのも頭にきたっけ。
    源家族では、義父が綺麗好きなので、掃除も気を使ったものだった。帰宅した義父が1-2本の髪の毛を拾う姿を見ると、髪の毛くらいすぐ抜け落ちるんだけどなーと鬱陶しかった。

    ここでも、結局は連れ子として母のためにやっていたのだ。嫌いな掃除をせっせとやっているという脚本が出来上がるわけだ。掃除が嫌いなのじゃなくて、指摘や批難や否定のフィードバックが嫌だったのだなぁ。


    新婚時代に夫に言ってみたことがある。
    「今ならわかると思うんだけど、想像してみてよ。あなた出来る?」(←微妙に洗い物から論点がずれている)
    すると、「男と女は仕事量が違う。」と言われた。

    ええー?
    会社の階段を1段抜かしで走って時間短縮して、電卓は「本当に計算出来てるの?」と回りに言われるくらい早く叩いて時間短縮して、もちろん私が自分の時間が欲しかったにしても、月に3日しか残業しないで定時にはタイムカードを押している仕事ぶりは、まぁ、残業しないから傍目にはわからないだろうが、辞めた後の後任から「どうやったら残業しないで済んだんですか?係長に残業が多いって怒られたんです。」と言われたくらいだ。(こういう仕事ぶりは後任者にとって迷惑なものだなぁと反省した。)

    とはいえ、「男と女は違う」の一言で片付けられて、忙しかった私が走馬灯のようにくるくるして、粉々に打ち砕かれた気分だった。


    今となっては、お恥ずかしい話だが、どれもこれも頼まれもしないのに、脚本が勝手にやっていたことだ。

    わかって欲しいのにわかってくれない・・・
    これは、今ならわかる代償行為。
    親にわかって欲しい気持ちが、当時の夫に向かっていたのだ。




    ★頭の理解でおさまらない感情からの気付き--------------

    頭でわかるし解説の肉付けも出来るのだが、しばし夫への怒りが消えないで困った。どうにも燃え上がる一方で、夫をやっつけたくて仕方が無い衝動が沸く。

    しかも、私自身が「自分で洗い物を溜める」という行いをするようになっていたので、いつの間にか「洗い物が嫌い」という記憶の操作が起こっている。

    むかむか~が消えないので、朝に聞こえた声のことを夫に言ってみた。すると、

    「そうかぁ。それは悪かったなぁ。そういえば、俺は、お袋が本気で熱くなってプロレスを見ていたので面白くてな、それが唯一の家族の団欒の記憶なんだ。俺の脚本は、一緒にテレビを見て欲しかったんだなぁ。」(しみじみ)

    ( ̄□||||!!
    「そうかぁ。それは悪かったなぁ。」だけかい。一緒にテレビを見て欲しい脚本を押し付けられていたと思うと、ますます腹が立ってくる。なのにどこかで、また我慢しなくちゃ・・・というのも沸く。

    なんで我慢?




    ★過去の夫に怒りは沸かない------------

    洗い物は全然苦にならない。だって、溜めないから。もう、溜めなくてもいいから。なのに、怒りがおさまらない。
    思考では色々解説も出来るのに、怒りの矛先が夫のまま変更されなくて参った。怒りの奥にも届きそうにない。

    なので、まずは目先の怒り(対象は夫)からつぶやき始めた。
    洗い物にまつわるあらゆる夫を想像してみた。今となっては芋づる式に出てくる若き夫の記憶だ。

    「いちいちお湯で洗うのか。」
    「洗った食器は綺麗に重ねろ。」
    「いちいち布巾で拭かなくても自然乾燥でいい。」
    「俺の方がずっと丁寧に洗うよな。」
    「手順を教えるからやってみろ。」・・・

    彼は、シンクの洗い物はとても綺麗に洗った。が、コンロに置いてある使った鍋や蓋やフライパンやコンロ自体は目に入ってないらしく洗わなかった。私がそれを指摘する前に、彼にあれこれ言われるので、結局、洗い物に対する負の感情は強くなるばかりだったのだ。

    夫が変化しても、私の中で軌道修正したくなかったのだろう。そりゃそうだ。自分の感情を無視している間は、そんなことが出来るわけはない。


    と、ここまで思い浮かんでも、不思議と過去の夫に怒りが沸かない。じゃあ、この怒りはなんなのよっと独り言で罵ってみた。やっぱり過去の夫には沸いてこない。

    今の夫の言動には反応するんだけど、過去の夫には、(脚本君だったんだなぁー)って思える。今の夫は、洗い物を何時やっても文句を言わないのに、今の夫に言いたくてたまらないのだ。

    おかしい。

    つまり、今の夫に代償行為をしたくてたまらない子がいるわけだ。
    これ、駄々っ子のようだけど、夫を代理親にしている脚本なのだ。




    ★脚本VS脚本----------------

    私の脚本ちゃんは、インナーペアレンツ(溜まっている洗い物が嫌いな母)に忠実で、台所を綺麗にしたかったのに、色々なパターンで邪魔をした夫の脚本君を恨んでいるらしい。

    夫婦の争いは、おそよ頭の中に巣食った親に支配されて戦っているのだろう。お互いの脚本が闘っている。

    その怒りを抱えている時の私は、まっすぐに相手を切り込んでゆく怖いもの知らずの私になってゆく。激昂しないが決して赦さない私になってゆく。
    この感覚は、「かたちきとってやるー」と言った幼い頃の、強い強い意志を思い出す。「母を守りたい」私だ。

    ここに戻ってきましたね・・・て感じである。

    凄いね。脚本・・・。二日間、怒りの炎に取り巻かれて過ごしたが、ここまで体感して、怒りの憑き物が落ちた。

    どこをどうしたって、今の夫に文句を言えることではないのだ。
    過去の夫との出来事の恨み辛みを言ったところで、何も解決しない。
    もう、わかっていることなのに、こんなにも沸いて来る感情に翻弄されかける。
    ここを自分で受け止めないと、ゲームを続けることになる。




    ★「大好きな母を守りたい」脚本-----------------

    私の脚本の根底は、「母を守りたい」。

    母に甘えられなくても、母に抱きしめらた記憶が無くても、幼い頃は母が怖かったからと母に近づかない自分に言い訳しても、母を庇ってきたのだ。

    母が大事にするものを大事にしてきたのだ。
    新しい父親も、新しい弟も妹も、もちろん姉も、その他の身内も。

    誰もやらないから私がやるしかない、と思っていたけど、それは全て母のためになっていたのだ。


    ある夜、未熟児で産まれた末弟の高熱で、
    「救急に行くから、どっちか(私か姉)着いてきて欲しい。」と頼まれた。義父は、たまたま商工会か何かの集まりで留守だったのだろう。
    そのお年頃には、(なんで私ばっかり?)いう思いが沸いていたので、姉に
    「お姉ちゃん行ってよ。いつも私ばっかりでずるいよ。」と、姉が動くまで動かないぞ、と支度もしなかった。

    すると母が、赤ちゃん用の大きなバックを抱えて、「もういい!」と弟を抱いて出て行った。すぐに姉が動くだろうと思いきや動かない。
    「信じられない!!」と嘆いて母の後を追いかけたが、タクシーで行ったらしい。どこにもいない。

    あの時の罪悪感は、半端なかった。哀しくて哀しくて、ごめんね、ごめんね。母と赤ん坊で行かせてしまった・・・と。

    あんな思いをするくらいなら、と
    私はまた母を助けてゆくのだった。




    そうは言っても、姉が家を出てからずっと私の肩にのしかかっていた負担が苦しくて、就職して家を出ると決めた時は、もうこの家族の犠牲になるわけにいかないと思っていた。
    世の中の母親は、家事をやりながら仕事もしているらしいと気がついて、うちの親は、連れ子に甘えすぎだと思って家を出ると決意した。

    が、その一方で、本当の家族で過ごしてくださいという思いも強くあった。母と義父とその子どもたちで過ごしたら、本当の家族で過ごせると思った。それは、私には味わえない甘美なものに思えた。

    義父が家にいる時は、義父がとてもいい人過ぎて逆によそよそしい空気があった。義父が留守の時は、ぶつかり合ったり話し合ったり賑やかだった。なので今後は(義父も交えて家族らしい家族になってくれ)と願っていた。

    ここでも、母に対して(連れ子がいる遠慮をしないで欲しい)と思っている。

    自宅の近くまで行き、公園から窓を見て泣いた。弟妹を思うと泣けた。ごめんね、ごめんねって思っていた。親に対しては(ちゃんとやってね!)と思っていた。自己投影と代償行為と親子逆転のオンパレードだ。

    同時に、(お前がいなくなって本当の親子をやれているよ。)という声も自分の中で聞こえて、ほっとした。


    こうして親を手放したつもりの私だったが、両親に頼まれると断れないで助けた。断れない性格じゃないのに、私しかいないのか・・・と観念して引き受けていたのだ(脚本)。


    結婚して、北海道を離れる日にも、寂しいと思わなかった(と思っていた)。やっと、やっと、あの家から離れられると思った。私が道具にされている自覚があったから、家族は好きだけど、離れたかった。心から離れたかったのだ。もう誰からも何も引き受けたくなかったんだなぁ。

    何度も何度も、こうして離れているのに、私の歴史で作られた価値感とか、当たり前の日常とか、普通でありたいと努め続けた普通とか、細やかなところまで、インナーペアレンツとして出来上がっていたわけで、そこに忠実に脚本は自動実行していたのだ。




    ★「怒り」で隠したり「大好き」で隠したり------------

    子は、健気に親を守る。
    お母さんを守り、庇う。

    「怒り」という形に温存してでも、守っている。
    怒りの奥にはなかなか人は踏み込まないからね。

    怒りの奥に「恐い」があるというは多い。
    「怒り」の奥に「諦め」「寂しさ」「我慢」が見つかるだろう。
    どれもこれも、更にその奥があるんだろう。


    ーお母さんが大好き。


    「大好き」の奥に「恐い」や「怒り」を隠している人もいる。
    母を嫌いになってはいけない脚本ちゃんだ。
    この子は、どれだけ母を守るために、家族を支え続けていただろう。
    心まで束縛されてきただろう。

    それでも、子どもはみんなお母さんを守っている。


    幼い私の「母を守りたい。」という姿は、娘や息子のそれに重なる。
    小さな頃から、私も子どもたちに守られてきた。沢山の場面が浮かぶ。
    父親の誘いを断って、脱いだ小さなジャンパーを高熱の私の布団にかけて、風邪がうつらないように、離れたところで本を読む息子。
    初めて、電車の中で過呼吸を起こした遠い昔、知識があったので袋で呼吸した。私をじろじろ見る周りを、しっかりと見返してから「ママ、大丈夫?」と言った幼い娘。


    ありがとう
    ごめんね
    ゆるしてね
    あいしています


    小さな私に、小さな子どもたちに、今の子どもたちに、届けたい言葉。




    ★振り返って-----------------

    今回の体感から言えることは、やはりこれまでと同じことです。

    怒りは、相手にぶつけるものではありません。

    カウンセリングが始まってから、
    「母に(上司に、夫に、仕事仲間に・・・)言えるようになりました!」
    と言う声もよく聞きます。
    それは、まだまだほんの序章に過ぎないでしょう。
    言えるようになったからと言って、その内容によって言って良いこと悪いことがあるからです。自分の身の置き所を失ってゆくことにもなりかねません。

    怒りや不満をそのままぶつけることは、ハラッサーのやり方。
    怒りや不満の負の感情は、抱き続けたら増幅させるだけ。
    それを相手にぶつけたら、相手にも負の感情が増幅されて、負の循環が起こり、どんどん泥沼化するでしょう。

    負の感情を成仏させてあげるには、その奥の傷を探してあげて、体感してあげて、自分で受け止めることです。

    困難なことは、ジョハリの窓
    3,自分が知らないで、他人は知っている自分
    4,自分が知らないで、他人も知らない自分
    のように、「自分が知らない」部分があること。

    この無意識の領域は、鏡にフィードバックしてもらわなければ、気がつきにくいです。無意識を意識化することはとても重要です。

    フィードバックも、相手の文脈を純粋に伴走出来なくては、毒になってしまいます。似た傷を持った同士が集まると、共感が起こるけれど、それは自分の文脈の承認欲求が満たされたからでしょう。

    聴けるようになるまでは、どんなに気をつけても無意識に相手を傷つけたり傷つくことが多いでしょう。

    かといって、聴けるようになるには、神になることでも仙人になることでもありません。過去の傷が完全に癒えて、完璧に自律していて、なんてことがあるわけもないです。ただ、大方の棚卸しの経験は必要だし、最低限、下の3つは必須だと思います。

    1)個の境界線をしっかり持てること。
    2)不必要にアドバイスをしないこと。
    3)目の前の人の文脈をまずは全て肯定的に受け止めること。

    日常会話では、1)を持てると生き方が楽になる。
    2)ができたらお互いに楽ですね。
    3)は訓練が必要。沸いて来る自分の感情を封じ込めずに解放しながら、相手の気持ちを聴き続けることは難しいです。(スリーテンのようなワークショップは、訓練の場になるかと思います。)

    私は大学5年間とその後のボランティアや家族相談士の養成講座や研修で更に3年間が必要でした。

    一歩一歩、気付きを大事にして、自分の内側を見つめてゆく勇気を持っていましょうね。その一歩一歩が、確実に未来に繋がっています。


    人の怒りを引き出さないと怒れないハラッシーハラッサーに続きます。

    参照:“親でもないのに”




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    【2016/01/07 08:00】 | 人生脚本
    【タグ】 脳内親  インナーペアレンツ  人生脚本  無意識  怒り  家族間連鎖    
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    Kさん
    中尾眞智子
    > 怒りが出た時の対処が分からず、悩んでいました。

    怒りが出たら一人で口に出し続けて、怒りが表現し尽くした後に湧いてくる気持ちも口にして味わってあげると良いですね。相手にぶつけたい衝動=「親に言いたかった気持ち」だと理解すると良いかもしれません。

    > B型はこうだけど、ABは。。と、母親に見下されて悲しかったんですね。
    >
    辿りつけてよかったですね。

    > それを思いださせてくれた知り合いには感謝しないといけないんだろうけど
    > 言い表せないくらい、しんどい気持ちになるからやっぱり距離は取らないとダメです、
    > 子供同士が同じクラスだから。。と無理したこついもありますけど。。

    この方はKさんの代理親になっているのでしょうね。感謝が湧いたご自身を喜んで、今は無理せず自分の心の傷を癒してあげたら良いのかも。



    怒りが出た時の対処が分からず、悩んでいました。
    以前、さほど仲良くない知り合いから、いきなり
    あなた、AB型っぽいよねーと言われて
    何だか言い様のない虚しさに襲われて
    頑張って『それ、どういう意味?』と返したら
    なんか気まずい空気になってしまいました。
    それがずっと心に引っかかってしまい
    色々思い出してみたら、
    母親から、あんたはAB型だからね。と言われていたのを思い出しました。
    ここだろうなあ、と思いながら過去を思い出すと
    両親(母親B型、父親AB型)が冷戦状態だったことに行き着いてしまいました。
    B型はこうだけど、ABは。。と、母親に見下されて悲しかったんですね。

    と、書きながら俯瞰してしまいました。
    それを思いださせてくれた知り合いには感謝しないといけないんだろうけど
    言い表せないくらい、しんどい気持ちになるからやっぱり距離は取らないとダメです、
    子供同士が同じクラスだから。。と無理したこついもありますけど。。


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