家族カウンセラーの想いつれづれ
    【ガザの映像からの両極】
    今、ツィッターやFacebookでガザの映像が毎日のように流れています。流す人は、この現実を見て欲しい!という強い願いを持っていると感じます。

    反対に、「子どもの悲惨な映像が流れてきてしんどい。」という声も良く見かけます。見る程に傷付きながら心を痛めているのではと想像します。

    どちらの気持ちもわかりますが、哀しいのは、片方が片方を非難している時です。
    ・悲惨な映像を繰り返し流さないで!
    ・事実を見なくてどうするんだ!

    ユーメッセージで他人を操作しようとする表現が残念だなぁと感じます。

    見た映像を拡散しない人を責める人もいるらしいです。私も映像は見ますが拡散していません。悲惨な事象を受け入れられる許容範囲は人それぞれで、見れない人もいるだろうとよぎります。どうしても拡散したい場合は、「要注意」と一言入れてたり、見れない人の目に直接触れないような工夫をしたいとは思いますが、はてさてどうしても拡散したい!という事態にそんな余裕があるかは自信はありません。





    【受け手の解釈】
    ・悲惨な映像を繰り返し流さないで!
    という文字を見ると、
    「私はガザの映像を辛くてみれません。」ということなんだなぁと、私は解釈しています。

    ・事実を見なくてどうするんだ!
    という文字を見たら、
    「私は事実をしっかり見たいです。」ということなんだろうなぁと解釈します。更に、「出来れば、辛い映像だけれども、この痛みを共有出来る方がいたら嬉しいです。」と伝えたい気持ちなんだろうなぁと解釈しています。

    このように、自分なりの解釈で、相手を踏みにじらない対応が出来ますし、同時に自分も傷つきません。それは、私の手前勝手な想像からの解釈とも言えますが、そもそも情報を受ける側は自由に解釈します。人の数だけ解釈があると思います。

    どうしても見れないものが流れてきたら、スルーすれば良いですね。一瞬でも見れない!という人は、ツィッターやFacebookから少しの間離れるのも良いと思います。まずは自分を守ることだと思います。万が一、ネットで傷ついたら、それも棚卸しのチャンスです。傷つけた相手(=と思っている)を非難する (自分の外を見る)より、自分の内側に潜って傷そのものを見たら良いと思います。





    【極端から極端】
    ネットの世界も現実の世界も、あまり変わらないと私は思っています。人には、良いところ(好き)もあれば嫌なところ(嫌い)もあります。自分の中にも、日々変化する感情がありますでしょ。

    なかには、初めに持った印象を大事に持ち続けて随分我慢してしまう方もいます。多少の嫌な部分を見ても、(きっと今は疲れている に違いない)となどと庇いながら我慢します。いよいよ我慢の限界が来て相手の嫌な部分に接した時、裏切られたように感じて急激に相手を嫌ったり憎んだりすることがあります。極端から極端に感情が移動していまい、白か黒かマルかバツかになってしまうんですね。

    人は、好感を持った人や、何か気になる人に近づきます。近づいてみたら、案外違った面も見えてきますし、自分にとって好ましくない面もとうぜんあります。それを受け入れながら更に仲良くなるか、受け流してほど良い距離を保つか、受け入れがたしとそっと離れるか自由です。が、両極から両極に揺れる人は、相手の嫌な面を見たら傷ついてしまい、毒でも浴びたように弱ってしまったり、相手に闘いを挑んだりします。どちらも脚本ちゃんですが、相手に対する評価が真逆に変わり、自分は白で相手が黒という構図になりがちです。過剰な自己防衛ですが、これはカウンセリング現場でもあちらこちらで見られます。

    相手に対する評価が変わるのは仕方ないことですが、それを全面的に相手のせいにするのはハラスメントでしょう。そもそも人は、汚れた感情も併せ持って生きています。相手の汚れを赦せないでいる間は、自分の汚れた感情にも目を背けているのではないでしょうか。





    【事実を見続ける】
    映像といえば、3.11当時、私は津波の映像を次から次に見続けました。泣きながら見続けました。目を背けたら「恐怖」の印象だけが強く残る気がしました。当時の私にとっては、事実を見ることが、ショックを乗り越える手段だろうと直感しました。どうしようもない憤りを支え続けるのも、事実を見続けることでした。私の性分かもしれません。

    あの惨事の跡を「戦場のようだ」と戦争体験者が言った記事もみかけました。もっと悲惨だったとは思いますが、その方にとっては戦場を想起させるほどの惨事だったのでしょう。

    戦場といえば、私がガザに住む母だったらと想像すると、「怒りを哀しみをこの惨状を世界に知って欲しい!」と強い感情が沸いてきます。カメラマンに、「どうか映してひろめて欲しい!」と訴えるだろうと思います。





    【傷をまっすぐ見る】
    映像を見れないーで思い出すのは、怖くて3.11の津波映像が見れないという相談者さんが多かったことです。これまで、獏たる不安と恐怖を抱えて生きてこられましたから、これ以上の恐怖と不安を抱える余裕はありません。
    無理をして見なくて良いと思います。まずは、ぶれない自分(背骨)作りをしっかりすることが優先されるでしょう。
    映像を見ることに勇気を使わなくても良いのです。自分自身の傷を見る勇気を持ってください。傷に脚色せずに、まっすぐ見たら良いなぁと思います。

    反対に、冷静に見れて感情が動かなかった人も幾人かいらっしゃいましたが、「瞬時に感情に蓋をして自己防衛」して、平静を装う生き癖をお持ちのように感じました。不安も恐怖も閉じ込めて生きて来たのでしょうね。
    日常のささやかな出来事で、自分が感じていることを口に出してみることからやってみてください。

    大丈夫。 一歩一歩、歩いていれば行きたい所に行けます。
    急がず焦らずていねいに参りましょう。



    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2014/07/31 10:51】 | 両極
    【タグ】 ハラスメント  両極  自己防衛  事実  脚本  脚色  背骨  感情  
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    すみれさん
    中尾真智子
    > そうですね。脚本ちゃんです。
    > 相手と書いて、無意識に自分とは関係ないと切り離したいみたいです。

    どんまいです!(^^)v




    すみれ
    そうですね。脚本ちゃんです。
    相手と書いて、無意識に自分とは関係ないと切り離したいみたいです。
    不安が出やすくなっているので、逃げようという気持ちも出ているのかなと感じました。
    指摘して下さってありがとうございます。



    すみれさん
    中尾真智子
    > 口癖って怖いですね。無意識でした。

    「言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。」ーマザーテレサの一文ですが、言葉は自分にお呪いをかけているみたいですよね。

    > 相手も必死なんですね。

    『相手』ーうーん。「私の脚本ちゃん」と言って上げましょうよ。脚本ちゃんを認めて受けとめてあげるのは、もう自分しかいないんですもん。^^


    すみれ
    指摘して下さってありがとうございます。
    口癖って怖いですね。無意識でした。
    ぼちぼちやる。がいつの間にか、やらない、できない…に変化していることもあります。相手も必死なんですね。



    すみれさん
    中尾真智子
    > 急がず焦らず丁寧に…ホントにそうだなぁと感じます。

    焦ったり急いだりする人が多いので、本文のおまけに書いてみました。

    > 小さいちゃんの気持ちで動いたことが、結果的に脚本ちゃんの望んでいる行動になったりして、[あれ?!]と我ながら笑ってしまいます。

    脚本ちゃんは、ICを黙らせるために必死ですから、乗っ取り大成功したのかな。^^

    > その時は区別できてないとがっかりするんですけど、自分の気持ちを聴けてないってことなんだなぁと感じました。

    がっかり?むむ。

    > 気長にやります。
    あれれ、「急がず焦らず」が「気長」になってしまった。記事ないの【極端から極端】の一例ですね。^^



    すみれ
    急がず焦らず丁寧に…ホントにそうだなぁと感じます。
    脚本ちゃんと小さいちゃんがぴったりくっついているなぁと感じます。
    小さいちゃんの気持ちで動いたことが、結果的に脚本ちゃんの望んでいる行動になったりして、[あれ?!]と我ながら笑ってしまいます。

    その時は区別できてないとがっかりするんですけど、自分の気持ちを聴けてないってことなんだなぁと感じました。
    気長にやります。




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