家族カウンセラーの想いつれづれ
    誕生 の記事一覧

      

    お誕生日のお祝いをありがとうございます。
    いくつもお祝いを頂いて、嬉しいです。
    これからも大事に生きてゆこうってますます思います。


    子どもの頃から、私の面倒を見る人は私でした。
    赤ん坊の頃は、100%依存していたはずなのに、物心ついたら私の面倒は私が見ていた。きょうだいの面倒も、間接的には親の面倒も。そして、人間観察をして、自分の中で想像して感じてみて、こんな時相手はどんな気持ちになるんだろう、いろいろなことやいろいろな場面を想像して、そんなことばかりしていた。妄想劇場ですが、それがずいぶん自分を助けました。


    とはいえ、夫とだけは、うまくいかなかったのです。
    (夫もそうです。)

    皆さんはどうでしょうか。

    縁あって結婚を決めたのに、やってること言ってることは、脳内親に支配されている無意識の脚本ですから、仲良くなれるはずがない。ある意味、脚本にしたら相性ばっちりですね。自分が悪くない(相手が悪い)、という生き方を貫き合うには、格好の相手なんでしょう。

    結婚して発動するのは、ハラッサーだけじゃないのね。
    ハラッシーもそうだなぁと思います。


    受け皿で引き受けてしまった過去を、脳が学習してしまい、せっせとやってゆく私は、ハラッサーを許してきたのですもの。その我慢は、いつしかハラッシーハラッサーとなって相手を傷つけてきたのですもの。
    あー、いやだいやだ。( ꒪⌓꒪)


    それでも、それらの私を今は愛おしいと思うんです。(ここまで簡単じゃない事を相談者さんは知っているでしょう。ここに辿り着けていなくても、いつか辿り着くことを辿り着いた相談者さんは知っているでしょう。^^)

    私は、昔から後悔はしない主義だったけれど、夫にやさしくなかったことが後悔ですね。夫の酷かったことを言いつ募れば、脚本ちゃんばりばり出て来て、きりのない戯言(恨み言というたわごと)を言う事でしょう。そうして傷つけあうのは、本当にうんざりなんですね。とてもばかばかしい(と思えるようになるまで、時間がかかることを相談者さんは知っているでしょう。)。


    脳は賢くて簡単にワープ出来るから、そこんとこ、お互いに気づかないと、いつまでも相手のせいにして、自分は悪くないって言い訳してしまう事でしょう。

    —自分は悪くない—

    確かに、子どもの頃に親との関係で出来た脚本は、一生懸命だったし、愛おしいくらい健気です。それを悪者にしていたら先に進めません。

    この時に私は言います。
    「貴方は悪くない。」=「私は悪くない」
    口に出して言ってもらいます。「私は悪くない」

    けれど、そこを超えたら、話は違いますでしょ。自分の脚本を庇って人を傷つけていたらそれは良くはないでしょう。
    夫が、子どもが、先生が、医者が、カウンセラーが、全部人のせいにしちゃう。脳内親に支配されちゃっているんですね。脳内親に健気に忠実なままの脚本ちゃんとも言えますけれどね。実際の親は更に強化されているか、年とともに力を失っているか、いずれにしてもとっくに脅威じゃないのに、支配されている。それは、出来上がった脳内親=自分自身への執着でしょう。意固地なまでのプライドでしょう。


    自分の生きにくさを人のせいにするのは、無責任。自分が酷い事を言うのも行動するのも、相手の言動が態度が言わせた・・・と言う人は多いです。自分の口から出た言葉や行動くらい責任持とうよって、思います。自分が関わったことを人のせいにしている=自律から遠いんですね。

    自律=自由+責任

    自分の言動、なにかしたこと、しなかったこと、全部自分の責任です。
    そういう風に、私はこれからも生きてゆきたいです。
    だからこそ、自由でいられるんですもの。


    自由になりたい人は、しばし(気休めは言わない。最低でも数年。抵抗が強ければもっと長い、覚悟次第です。)苦しいけど楽に生きられる未来に向かおう。今を生きよう。


    中島みゆきさんの誕生を歌った方がいて、その歌詞に触れて泣いてしまいました。
    「失うたびに」を「見送ってきた」と変えて歌ってくれて、私は大切な身内を友人を見送って来たことを思いました。


    誕生:歌詞

    子どもの頃、特に「いちごどし(15歳)」が好きな私は、HAPPY(BUMP OF CHICKEN)を載せたい次のライブは連日のチケットで行くぞー。(セトリが違うんだよねー)

    HAPPY:歌詞


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    【2013/07/12 07:28】 | 誕生
    【タグ】 脳内親  人生脚本  ハラッシー  ハラッサー  
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    すみれさん
    中尾真智子
    > >ネット上とはいえ、真智子先生に会えたことをとても幸せに思います。

    ありがとうございます。

    > >記事に書かれていること、まだまだ私はできていないように思うけど、無理はしなくても、自分のペースでやることは決めました。

    無理はしないでくださいね。

    > >今まで、《都合のいい人》という役割だったんだから、役割から離れるのは簡単じゃないなぁと思っています。でも負けないもん(^_^)v

    いい人をやめることは、反対になることじゃないから、簡単じゃないけれど、まずは自分自身の背骨作りですね。




    お誕生日おめでとうございます\(^o^)/
    すみれ

    >ネット上とはいえ、真智子先生に会えたことをとても幸せに思います。
    >記事に書かれていること、まだまだ私はできていないように思うけど、無理はしなくても、自分のペースでやることは決めました。
    >私が意見を言っても、それを聞かずに無視して、自分の意見のみ尊重する人が周りにいますが、相手を変えようとするわけじゃなく、私はこう思う、と自分を守るために距離をとったり、諦めずに言い続けたりしています。
    >今まで、《都合のいい人》という役割だったんだから、役割から離れるのは簡単じゃないなぁと思っています。でも負けないもん(^_^)v




    いせびあんさん
    中尾真智子
    >自分という存在の命を頂いた日。大事にしなくっちゃとやっと思えるようになってきました。

    それはすてき。(^^)v
    たった一日もステキだけど、月間だと毎日なんかわくわくするめでたい私です。

    真智子さん、お誕生日、おめでとうございますーー。
    いせびあん
    自分という存在の命を頂いた日。大事にしなくっちゃとやっと思えるようになってきました。

    夫に優しくーーも、まだ出来ないけど出来ないということから逃げはしません。

    過去のことをくよくよ考えたり未来のことを不安に思ったりすべて今を大切に生きていないということも分かってきました。

    不平、不満を言っている間は自分もしんどい。心もどんより重くなります。そうなる自分も分かってあげて今を感謝して明るく楽しく生きられるようになります。

    ももさん
    中尾真智子
    > 今日が真智子さんのお誕生日だと知ったことが嬉しかったので、コメントしました(^^)いつもありがとうございます!

    ありがとうございます。^^
    こちらこそ、いつも読んでいただいて感謝しています。<(_ _*)>

    お誕生日おめでとうございます(^∇^)
    もも
    今日が真智子さんのお誕生日だと知ったことが嬉しかったので、コメントしました(^^)いつもありがとうございます!

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    私には、腎臓にそれぞれ石があった。
    それがわかってから、一週間後には、腎臓から出た石が尿路に出てきて七転八倒の痛みに襲われたが、幸いにも入院手前で石が出てくれた。

    お話はその翌年のこと・・・
    ★偶然の場所------------------------------------------------------

    その夏は、一週間連泊で格安のプランのホテルが見つかり、この際生まれ育った町でゆっくりして来ようと思った。

    母(弟夫婦と同居)にそのことを話したら、案の定、お金が勿体無いんじゃないの?と気を回した後に、そのホテルの場所を聞いてきた。
    面倒臭いなぁと思いつつも、なにかあったら、と思い教えたら

    母「え?今なんていったの?」

    私「え?何が?」

    母「そこ、あなたが産まれたところ。」

    私「えぇ?」

    母「そのあたりで産まれたの。」

    私「へぇ~?家とかあるの?」

    母「色々変わったから家はないけどね。びっくりしたわぁ。」

    なんだか、変な因縁を背負った気分だったけど、気を取り直してホテルでゆったりとしながら姉、妹、友人と個々に過ごして、その後に弟宅に宿泊させてもらって関東に帰る予定にした。




    ★偶発の痛み------------------------------------------------------

    ホテルについた翌日に母から電話が来た。無事に着いたかということだったと思う。丁度その時だ。
    右のお腹に懐かしい激痛が走り始めた!

    私「お母さん、尿路結石だわ。痛い! ちょっと来て欲しい。」

    あの七転八倒の痛みがまもなくやってくることが予測されている私は、冷静に聞こえたかもしれないけど、頭の中はぞわ~っとなり、まもなく真っ白になるかも~という状態だった。

    なのに、母は
    「いっしゃ~(北海道弁?)、私今から髪切りに行くんだわ~。」

    へ?何言ってるの?この人?
    私の頭は、真っ白になる切っ掛けを失ってしっかりしてきた。

    私「尿路結石って知ってる?胆石とか腎臓結石とか」

    母「聞いたことあるけど、すっごく痛いんだってね。」

    私「そうなの。すっごく痛いの。だから助けて欲しいの。」



    母「でもさ、今そんなでもなさそうじゃないの。ずっと髪切るチャンスなかったのさ。」

    私「あのさ、前回も入院しなさいって言われたのね。」

    母「入院になったらそりゃ行くと思うけど。病院はどこに行くの?」

    私「札幌の病院は知らない。どこがいいと思う?」

    母「今、(同居の弟の妻)Mちゃんに聞いたら、○○病院ならいいんじゃないかって。」

    私「わかった。そこに電話してみるわ。」

    母「したら、ひとまず電話切るわ。」




    ★目の前の私を救う------------------------------------------------

    このときの絶望感!

    わが子が旅先で、尿路結石で激痛で苦しんでいるというのに、予約したヘアカットを優先する母親・・・

    ともあれ私は、目の前の私を救わなければならなかった。
    気を取り直して、「ホテルの従業員は家族だ」と妄想することにした。

    そのとき、
    「ああ、私は産まれたところにいるんだ!」
    と気がついた。なんだか心強くなった。

    フロントに今の状況を話して、いい病院を探して欲しいとお願いした。フロントの人は親切だった。

    一方で、持参したパソコンで母が言っていた病院を探して電話をかけると、泌尿器科がないということで他の病院を紹介された。その病院でも、他の病院を紹介され、結局二次救急の病院に行くことになった。

    これが救急車だったら、たらいまわしという結果になったかもしれない。移動時間でかなり痛みが増していったのだろうと思うと我ながら良くやった。(それぞれの病院の対応が旅の者に親切だったのだけどね。妥協しなかったのも私なの。)




    ★待合室での深い落胆---------------------------------------------

    病院が決まったのでフロントにその旨を告げ、母に電話をしたらMちゃんが出た。
    「お母さん、髪を切りにいってしまって・・・。」
    Mちゃんも困っている様子で申し訳なかったが、一応病院を伝えてもらうことをお願いした。

    「ひとまず」って言っていたのに、本当に髪を切りに行ったんだ・・・本気で呆れた。

    私なら何をおいても駆けつける。
    速い手段で駆けつける。
    遠ければ飛行機でもかけつける。

    母に改めて落胆して、一人で病院にたどり着いた。
    改めて落胆したと言うことは、心のどこかで母が髪を切りに行かずに駆けつけてくれるのではないかという期待があったのかもしれない。携帯の音を消しながらも振動を気にしていたからなぁ。


    造影剤を使うので、家族の同意書みたいなものに自分でサインをした。本来は、地元で親も親戚もいるのだから、自分で書くことはないだろうに。「旅の者」として病院受付したのだから、寂しさはひとしおだ。

    緊急で入れてくれた病院は、電気が必要なところしか点いておらずとても薄暗かった。その待合室で、つくづくと思った。

    「ほんとあの人はだめだなぁ・・・」


    母親と言われても実感がわかない。
    名ばかりの母親だ。

    いつからと言えば、小さい頃からだった。
    親の権威は感じても頼れない母親だった。

    子どもの頃から抑圧していたチャイルドがじんわりと涙になって溢れた。




    ★祝福------------------------------------------------------------

    造影剤の影響か極度の緊張か、途中で気分が悪くなりながらも検査を受け、途中で石が出たことも確認して、この先のための痛み止めを処方してもらった。

    外に出たら、眩しかった!

    どこまでも澄み渡った青!

    なんと晴れ晴れしい空だろう!!


    まぶしいー(嬉しい)
    青いー(嬉しい)

    何かが死んで何かが生まれた気がした。




    ★神仕組み-------------------------------------------------------

    この話を夫にしたら、お母さんに「正しく絶望」して、自分が生まれた場所で「第二の誕生」をしたんだね、と言った。「まさに神仕組みだ」と、夫は感動していた。

    カウンセリング体験から夫が言う。
    「親から心を放置されている子どもは大きな事故を起こすことがある。どこまで大変な目に遭えば母親が自分のことを心配してくれるのかを(無意識に)試しているかのようだ。」―私自身もいくつもそういう事例を見てきた。

    「母親の母親役」をしていた私も、母親から心を放任されていた。
    ※放任とは、事態の推移になんら手を出さないということであり、人の行動の上では当人の自己責任に委ねるという考えである。こと教育の範疇では、なんら指導を行わないことを意味している。言い換えれば各々が自由に行動するに任せ、その過程で各々が様々な判断を交えながら行動することを許す状態である。またその結果発生する責任をどう果たすかも当人の自由に任されている。(ウキペディアより)
    ―私の心は放任されていたと痛感する。


    そういえば、小さい頃にお転婆をして、膝にガラスの破片で穴が出来るほどの怪我をしたことがある。そのときも、腰を抜かした母は、たまたまいた祖母に私を病院まで連れていくように頼んだのだ。

    千葉で幼い娘が入院した時もそうだった。
    あの時母は、飛行機に乗るのが怖いといって来てくれなかったのだ。
    姉が内地で結婚した時に、重なるストレスから飛行機の中で不安発作を起こしたことが要因だったが、下の子を自宅で見てくれる人が必要なのに来てくれないことが哀しかった。

    もしかすると、母のいるこの町で“困った状況”になったら来てくれるのだろうか。ここなら「飛行機に乗るのが怖い」という言い訳は通用しない―私のチャイルドは、それを試したのかもしれない。母から電話が来たタイミングで痛み出したのだから、今はそう思えて仕方がない。




    ★第二の誕生------------------------------------------------------

    確かに私は、偶然にも生まれた場所にたどり着き、そこで母への“最終確認”をして思い知らされたのだ。同時に、頼りにならない母の一方で、ホテルの親切な人たち― 第三者が助けになってくれる心強さもわかった。自分が一人ではないことがわかった。

    もう、母に母親を期待する気持ちは消えていた。
    ただの人と人であればいいじゃないか。

    気が楽になったー。


    これまでの私、よく頑張った。

    ありがとう。



    あの薄暗い病院からたった一人で外に出た時、
    私を迎えてくれた澄み切った眩しい青空!

    今、夫の言った「第二の誕生」と言う言葉が実感としてわかる。
    私は、薄暗い産道を一人で抜けて、青空の下に立ったのだ。

    まさに、自分が生まれた場所で、生まれ直しをしたのである。


    あの澄み切った眩しい青空は、
    母への期待を消し去った私の心だったのかもしれない。



    BUMP OF CHICKENさん『ダイヤモンド』の歌詞



    アサーティブなあり方
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    自分の生き癖や執着に気付く
    中尾相談室の方針を熟読戴いた上で私専用相談申込(女性のみ)からお申込ください。


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    【2012/10/14 14:50】 | 誕生
    【タグ】 絶望  誕生    
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    Re: うちの母も同じ
    中尾真智子
    辛いことを思い出してしまいましたね。
    思い出せて良かったですね。その頃の体感で味わえたらよいなぁと思います。
    傷を見るのも癒すのも、最後は自分ですものね。

    >
    > わたしも正しく絶望できてる(できる)でしょうか。

    それは、ここの文脈だけではわからないですが、私に質問されているところを見るとまだ?かも?
    あるいは、人に意見を求めてしまう脚本をお持ちなのかな?
    この一文は、カウンセリングだと興味深く掘り下げているところです。^^
    ここは、そういう場じゃないので、このへんでやめておきますね。


    arc さん
    中尾真智子
    >後遺症は半身麻痺が残りましたので
    >そうまでして得た母からの関心は半年程度と短かいモ>ノだったけれどおかげで以前より人に素直に甘えられ>るようになった気がします

    怪我の功名でしょうか。切なく複雑な思いで読みました。

    講座の参加ありがとうございます。
    お待ちしています。^^

    うちの母も同じ
    にゃん
    私が結婚して、2ヶ月後虫垂炎で入院した時、
    義父がびっくりして実家に連絡したら
    『「そちらにやった子なのでよろしくお願いします」って、言われたよ。豪傑なおかあさんやなぁ。』
    と義父に言われた時、なんとも言えない気持ちがしました。

    このときは、切らずに薬でちらし、10年後、お腹が痛くて痛くて、病院で、検査のためでも歩けないほどで、車いすで検査に回ったほどで、再度虫垂炎と診察された時、迷いなく「切ってください。」とお医者様に言いました。(うんうんうなりながら、検査と手術の説明を聞いて決断&仕事先にも電話。)

    手術が終わって目が覚めて、ほっとしたら、
    「あ、お母さんに知らせなきゃ」と電話したら、
    聞くなり母は第一声、「あんた、なんでそんなん(病気になんか)なってんの。」

    ふつうは、大丈夫?とか痛くない?とか
    母親だったらそう言わない?

    真知子さんの記事見て、このこと思い出して泣きました。

    今年、乳がんかもって思った時、検査結果でるまでの間、もしそうだったら、余命3カ月ってなるまで
    絶対うちの実家には言わないで、って夫にたのもう、と思ってました。
    結局、なんでもなかったんですけど。

    また、「なんで、そんなんなってるの。」って言われたら、辛すぎるから。
    だれが、好きで病気になるって言うねん!!

    わたしも正しく絶望できてる(できる)でしょうか。


    arc
    後遺症は半身麻痺が残りましたので
    ちょっと。と言う表現はなんか違いますね<(_ _*)

    そうまでして得た母からの関心は半年程度と短かいモノだったけれどおかげで以前より人に素直に甘えられるようになった気がします

    運よく11月の講座に参加させていただく予定なのでそれまでにIPに怪我などさせられぬよう気を引き締めておかないと(笑
    お会いできるの楽しみです!






    Re: タイトルなし
    中尾真智子
    なんということでしょう。
    後遺症とか大丈夫でしょうか。

    > ちょっとわたしってかわいそうって思ったのでコメントに残しました

    ちょっとどころじゃありません。

    > 吐き出しみたいになってすみません

    ご自分のことを書かれておられるだけですから、大丈夫ですよ~。


    arc
    自分の事を思いながら読ませていただきました

    15年も前の話ですが私が脳内出血を起こして苦しんでいる時
    呼吸が出来ないから救急車を呼んで欲しい・・とか細い声で頼んでも
    なにこの子・・酔っ払ってんじゃないの?と母。瀕死の状態でもまともに取り合って貰えませんでした

    翌日私が部屋で意識を失い口から泡を吐いて身体を痙攣させていたらしく
    慌てて救急車を呼んでやった!と意識不明から戻った後に聞かされました。その間、病院に来なければならなかったと恩にきせられた記憶をいま思い出してしまいました

    この記事を読んで、もしかして私もそうまでして(命をはってまで)お母さんに自分のほうを見て貰いたかったのかナ~?と感じました

    ちょっとわたしってかわいそうって思ったのでコメントに残しました

    吐き出しみたいになってすみません



    Re: タイトルなし
    中尾真智子
    > 小学生か中学生の時、おなかが痛くて病院に連れて行ってと母に頼んだら、かなりしぶったのち車を出してくれ、その途中で交通事故を起こしたのを思い出しました。


    ガラスが割れて振ってくるなんて怖かったでしょうね。慌てていたのでしょうか。それにしても、事故の始末とは別に、病院に連れていく事は可能でしょうに。

    > 耳が痛いのを放置されて、ひどい中耳炎になって、結果1年病院に通うはめになったこともありました。子どもはほんと、親を写していますね。でも彼女は彼女でたいへんなものを負っていたのだと、これも今なら言えます。うん、ただの人と人でいいですよね。

    母親だと思うと色々な感情がわきますが、気の毒な連鎖を生きている人と思える時は平和です。ただの人と人でいつもありたいものだなぁと思いつつ、インナーチャイルドはこちらの背骨が育った分深いところからわいてきます。^^

    チエさん
    中尾真智子
    > (身内に悪気はなく
    > 叱咤激励だったんですが、、ね)

    悪気があろうとなかろうと、傷ついた気持ちが哀しいですよー。
    >
    > 頼るべき親は居ない、、と心底思い
    > 居るのに、居ない辛さ、、味わいました

    居るのにいない、辛いですね。寂しいですね。

    > その時に私の中で何かが壊れました
    > 今では、必要で良かったと受け取りますが

    必要で良かったと受け取れている今のチエさんがすてきです。

    ピノキオさん
    中尾真智子
    > 僕の場合、病気になったら母は普段は子供に極めて無関心なのに、急に物凄く「看病」してくれます。
    > でも、なぜか物凄い重苦しいんです。
    > なんというか、病気をさらに看病で悪化されている感じです。

    大変でしたね。普段優しいわけじゃないので、安心よりも不安や怖さがある人も多いです。


    > 一見「素晴らしい母」の裏にも「承認欲求のゲーム」が隠されてることって結構あるんだろうなって僕は思います・・・。

    私も、あると思います。子どもにしたらホラーだったりして・・・怖いもん。


    とくめい
    小学生か中学生の時、おなかが痛くて病院に連れて行ってと母に頼んだら、かなりしぶったのち車を出してくれ、その途中で交通事故を起こしたのを思い出しました。

    細道から優先道への右折。左を見ていなかった。
    先方の右前部が、私の乗っていた助手席に見事に当たり、窓ガラスが割れて降ってきた。私が無事かどうかよりも、事故の対処のために、近くの公衆電話に走って行った母。当然のように病院に行くのはなかったことになり、そのまま家に帰ったような…。

    幸いひどいケガではなく、今はなんともありませんが、今になって言えるのは「これだけ子どもがサインを出してたのに、母はなんにもわかってなかったんだなぁ」ということ。
    耳が痛いのを放置されて、ひどい中耳炎になって、結果1年病院に通うはめになったこともありました。子どもはほんと、親を写していますね。でも彼女は彼女でたいへんなものを負っていたのだと、これも今なら言えます。うん、ただの人と人でいいですよね。

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