家族カウンセラーの想いつれづれ
    フェイスブックでお見かけしていただいてきました。
    目に映る文字に静かに我が身をふりかえり、ふりかえり・・・。



    木の性質を見抜き
    悪い癖でもそれを生かしていったほうが良い
    癖が強いほど命も強い
    癖のない素直な木は弱い
    千年の木だったら
    少なくても千年生きるようにせな
    木に申し訳がたちませんわ



    自分は流れに杭を打ち込んで
    必死で流されないようにしているようなもんです



    体は飯を食わせれば大きくなりますが
    心とは そうはいきませんやろ

    心の糧は五感を通して
    心の底に万象を
    正しゅう判断して考える事

    これが心に飯を食わすということですな



    教えなければ子供は必死で考えます
    考える前に教えてしまうから身につかん



    時代に生かさせてもらっているんですから
    自分の出来る
    精一杯のことをするのが務めですわ



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    【2016/03/07 13:54】 |
    【タグ】 自律  育む  見守る    
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    自家用車の一年点検の待ち時間に夫に映画に誘われました。

    orange-オレンジ-」珍しく青春映画です。

    朝ドラの名コンビが主演だからかなぁと思いつつ見ていましたが、はじめに未来の自分から手紙が来ます。

    そこには「主人公の男子が、出会って1年後に死んでしまうこと」ー後悔しないために、あれするな、これをしろ、というアドバイスが書いてありますが、ヒロインはのっけから外してしまいました。



    と、いざ、書こうとするとネタバレしないように、と気遣いしてしまうので、結論をいうと、昨今こんなに泣いた映画は久しぶりでした。

    映像の母親の姿が、いろいろな事例の母親像に重なり、親族の母親と名乗る人々に重なり、夫や私の母親や、我が子から見た母親(私)が重なり、子どもは本当に母親の哀しむ姿を見たくないんだよねって涙が止まりませんでした。




    反抗期の子どもが悪態ついたら過剰に傷ついてしまう母親が悲しかった。

    「ごめん。泣かないで。」と母を庇う子どもの姿が悲しかった。

    口喧嘩も出来ない母子が悲しかった。

    「あなたのためを思って」という母親が悲しかった。

    子どもはとっくに「自分のことを思ってやった」と知ってて我慢しているだろう。

    子どもの存在を利用している苦労の脚本に、多くの母親が重なり悲しかった。

    「あなたのためを思ってやった」という枕詞の次に「邪魔してごめんなさい。」と詫びてることが悲しかった。

    友達と楽しんでいる時に「邪魔すんな!」と書いたメールに「邪魔してごめんなさい。」と言って死ぬなよ。

    ふざけんな!

    どんな重荷を背負わせたんだよ!

    母親が堂々と我が子と渡りあえない儚さが悲しかった。

    自分の楽しみよりも母親を守ることが優先順位が上で悲しかった。

    子どもはずっと親を背負って生きているから、

    親が死に逃げしても尚背負い続けてしまうんだから。

    安易に死んでくれるなよ。

    家族で衝突することを恐れてどうするよ!?

    ちょっと言われたことで凹んで、その凹んだ態度で相手をコントロールしてるじゃないか。

    怯えているのはダミー感情。

    その後の覚悟をすれば怖いものなぞない!

    傷つけたことを「ごめんなさい」と言う覚悟

    意地を張らない覚悟

    反省するところは素直に謝る覚悟をしよう!

    怖いのは自分自身が相手を代理親にした瞬間だけだ!

    そんなものはぶっとばしてやれ!

    果敢に挑んでいきましょうぞ!

    次々と手放す勇気を持って行こうじゃないか。

    失敗やすれ違いを恐れない勇気を持っていようじゃないか。

    何度でもチャンスがあると思えば良いじゃないか。

    喧嘩もない仲の良い美しい家族ーそんな幻想は捨てましょうぞ。

    家族はぶつかり合いながら、自己内省をする時間を持って、さらにやりとり(会話)を紡いで行けば良いですよ。

    互いの脚本を持ち寄って近しくなっていること、裏返せば成長させてくれる鏡だということ、これまで歩いてきた自分を信じて突き進みたいものです。


    3/16追記:相方のネタバレ編→orangeー大切な自分を救ってください






    どっち見てますか
    心のコップがいっぱいの親御さん
    自分の生き癖や執着に気付く
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    【2016/02/27 18:02】 |
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  ハラスメント  脳内親  
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    『赦し(許し)』は『怒り』『憎悪』『嫉妬』『執着』等々の負の感情を無視しては到底辿り着けません。

    【負の感情】の根源=『傷』を見ないと辿り着けないところが『赦し(許し)』だと、常々感じています。

    しかも『赦す(許す)』のはまず自分である。自分を赦すと言っても「自分の言動を言い訳して甘やかす」のとは意味が違います。

    先日、私は以下のようにツィートしました。

    -----------
    どこまで人を許せるだろう。
    どこまで人を愛せるだろう。
    若かった私がヘタクソだった人生の傷、今目の前に違う姿で現れて、時にトラウマに襲われながら、あの頃悼んであげられなかった負の感情をだきしめてやるのです。
    -----------

    思わずフラッシュバックにあった時のつぶやきでした。

    まだ、癒えてない傷を発見出来たから、ありがたいフラッシュバックではありましたが、この言葉が、「赦しが癒しの第一歩」とか「赦しが癒しの唯一の方法」とか印象でそう受け取られる場合を懸念して書いておこうと思います。

    というのも、「赦しが癒しの第一歩」とか「赦しが癒しの唯一の方法」と言っているカウンセラーが多い、という一文をネットで見かけたからです。

    どういう文脈でこのように書かれているかわからないし、知らなくても良いのですが、簡単にこのように言っているカウンセラーがいたとしたら大層心配なことです。少なくとも、私を含め私の周囲には、まず『赦せ』と言うカウンセラーはいません。

    先のツィートですが、実は、浮かぶ流れで「どこまで人を許せるだろう。どこまで人を愛せるだろう。」と書いて、すぐにこの言葉では足りないと書いたのが、『若かった私がヘタクソだった人生の傷、今目の前に違う姿で現れて、時にトラウマに襲われながら、あの頃悼んであげられなかった負の感情をだきしめてやるのです。』という言葉でした。

    ツィートなので、瞬時に出来上がった言葉であり深い考察はありませんが、今読んでも納得しています。



    紆余曲折はさておき、20代の頃の私が、色々な場面で、ある人の言動に傷ついて「傷つけられた。」という言い訳に逃げていたということ。
    その傷をながらく放置したのは自分自身だということ。

    つまりは、若かりし私自身の問題だったのだと自分自身に書いているツィートでもありました。
    更には、源家族での生育歴の問題でもあり、家族間連鎖の問題でもあります。





    周囲を見ていて、生育歴で負の受け止められ体験をいっぱい持つ人は、【負の感情】を見ることを恐れないように感じます。

    小さいことで腹を立てないし、日常的に自他を許せるから、気を許せる友人も多いなぁと感じます。

    【負の感情】を受け入れることが出来る(負の感情を持ち続けるという意味ではない)人の多くは、平時にはカウンセリングを必要としないでしょう。

    【負の感情】と向き合うことが出来る人は、ピアカウンセリング(同じ背景を持つ人同志が、対等な立場で時間を対等に分け合って、話しを聞き合う。 )の友人を作れるのではないでしょうか。

    しかし諦めることはありません。

    自分の傷を見る勇気と覚悟があれば、自分自身の傷を受け止めることが出来ます。

    自分の気持ちより相手を優先したり、相手を無視して自分を優先したりのハラスメントから抜け出せます。

    自律してゆくと、おのずと自他の境界線が出来るようになるし、常に向き合うのは自分自身だから相手に投影しなくなります。

    すると、相手のために腹を立てたり、我慢したりする時間がどんどん減ってゆくでしょう。

    これは私の実感なので、そうなるかどうかの保証は出来ないけれど、そうなりたい人はなってゆくと強く感じます。





    苦しい旅です。

    かさぶたを剥がしたら、まだ生々しい傷があった。

    かさぶたで治る傷じゃなかった。

    かさぶたはただ傷を隠していただけでその中でずっと膿んでいた。

    そんな傷をずっと持ち続けて我慢し続けたり、「痛い痛い」と「苦しい」「哀しい」「寂しい」と嘆き続けていたのです。

    その脚本人生を終わりに出来るのは自分自身です。






    ※この記事は、FBで書き始めていたのですが、長くなったのでブログに載せました。今、読み返したら、機能的な文字で暖かみがないので、敬語にして読みやすく行間を空けてみました。
    ツィッターもFacebookも、震災後の情報源として始めましたが、ブログを書く時と全然違うと自分でも驚きました。
    SNSは、自分のメモのように使ったり、情報の共有として利用しているので、人に語りかけるようには書いていないのですねー。
    日常的に流れてゆく小川(SNS)に、色々な葉っぱが浮かんでは消え、特に心に惹かれたものに目が留まるという感じでしょうか。
    そのように利用しているSNSですが、書かれている記事から、人のやさしさ、思いやり、葛藤などを見かけます。すると、心はじゅわんとあたたかいもので包まれ、愛燦々が私の中で流れます。(^^)



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    ハラスメント界にいるのは自分自身
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
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    【2014/10/18 11:47】 |
    【タグ】 人生脚本  怒り  赦し  許し  ハラスメント  家族間連鎖  生育歴  
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    自分と繋がればまず自分を信じられる。

    自分を信じられたら自分が選んだ人を信じる。

    気持ちに正直になって

    自分の中に誰も入れず 誰かの中に自分を入れず

    ただただシンプルに自分と繋がるらくちんなところ。






    日常的に脳内親(+脚本)とICの葛藤を乗り越える決心が必須。

    自分が変わりたいというスタートラインにまっすぐ立つ。






    入り口のハードルを超えてきた人は

    自分自身としっかり向き合う決意と覚悟がある。

    他力本願では辿り着きようがない。

    覚悟がないと 思考の足踏みで終わってしまう。






    自分が超えるハードルはいくつもある。

    一言を発する勇気。

    黙する覚悟。

    変化するたびに次のハードルが現れるのだろう。

    自分のペースで越えてゆけば良いのだもの。

    慌てない。

    焦らない。







    「嘆き哀しむ人生脚本」を活き活きと演じる脚本ちゃんは

    「攻撃」も美味しい御馳走。

    「攻撃された」と嘆き哀しむことが出来る。

    相手が相手の時間を過ごしてる時にも

    「無視された」と嘆いて哀しんで脳内親に見せる。

    どこまでも親に忠実な脚本ちゃん。

    底の底のフリーチャイルド出ておいで〜♡








    ハラッサーもハラッシーも気がついた方が先に降りるしかない。

    相手への執着が

    自分自身を苦しめ攻撃となって自分を相手を貶めてゆく。

    相手を自分の外に出して

    自分の気持ちと真直ぐに向き合うと良いのだけど。

    その執着は「自分への執着」でもある。

    生き方を変えたくない執着。

    変わりたくない執着。








    ハラッサーが誰にでもハラッサーなわけでもない。

    ハラッシーが誰にでもハラッシーなわけでもない。

    凹凸の関係性。

    いびつだと感じたら

    その場面を降りたら良いです。

    場と時を変えて

    自分軸を立て直してから対話したって良いのですもの。

    大事なのは囚われない心。

    いつだって心は自由。






    ray
    大丈夫だ あの痛みは忘れたって消えやしない

    大丈夫だ この光の始まりには君=ICがいる







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    【2014/09/03 21:30】 |
    【タグ】 インナーチャイルド  ハラッサー  ハラッシー  脳内親  執着  
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    ★相手を操作するハラスメント--------------

    周囲の人の心配ごと(不安)を「大丈夫。大した事じゃない。」と無理矢理「大丈夫」に納めようと相手を操作する人は多いですが、自分が不安感情を見たくないから相手の気持ち(不安)に蓋をしろと言ってるようなものです。
    相手に抑圧を強いることになると知ってか知らずか、問題を相手のせいにして自分の平静を保とうとします。そして、自分が見たくない不安から逃げるために、相手のせいにする言葉を投げ続けます。

    たとえば、

    ・笑え!(命令)

    ・そんな顔をするな!(負の感情表現を禁止)

    ・大袈裟だ!(相手を否定)

    ・過剰に心配し過ぎだ!(相手の気持ちを無視)

    ・そんなことを気にするなんておかしい!(相手の気持ちを否定)

    ・急げ!(感じる暇を与えずロボットのように従わせる)

    ・迷惑がかかるだろう!(外を気にして相手の気持ちを封じる)

    ・そうじゃないだろう!(自分を押し付けて相手を封じる)

    ・いいから聞きなさい!(自分を押し付けて相手を封じる)

    ・そんなこと必要ない!(自分ルールー相手を封じる)

    ・俺の(私の)言ってる事に間違いがあるか!?(相手が間違っているという方向にもってゆく)

    ・そんなことはわかってる!(指摘されることは許されない人生脚本ゆえに、相手を抑え込む)

    ・エトセトラ・・・

    どれも、自分自身の問題を棚上げしているから出て来る言葉です。全くアサーションから遠い言葉ですね。彼らの特徴は、自分の規範とか規定(自分ルール)を強いて無意識に操作します。自他の気持ちより自分ルールが大事なんですね。例えば「俺は(私は)こうしたいんだ!(「だから我慢しろ!」が隠れている)」ーこれ、気持ちというよりただのわがまま(自分ルールの押し付け)ですね。

    源家族での未解決な問題にフォーカスされると良いのでしょうけど、自分ではなかなか気がつきませんから、相手の問題ばかり指摘して自分を守るので難しいです。

    さて、これらの言葉を浴び続けた相手は、この人の前で気持ちを出してはいけないという禁止令をくらい、我慢し続けるか、コップが一杯になった時に、怒りとして噴出(怒りに気がつかない場合もある)、自傷(他傷)行為になることもあります。

    これに対抗しようとしたら、やるかやられるかの殺伐とした闘いになります。なぜならば、この人は一番見たくないもの(不安感情ー源家族との奥深い傷)に触れそうで悲鳴をあげているのです。だから、とことん相手のせいにして命がけで逃げ切らねばなりません。
    言われた相手も傷ついているから、一矢報いてやりたくて対抗するので同じ穴の狢になります。
    ハラッサーVSハラッシーハラッサーの図ですね。





    ★我慢の脚本--------------

    上のように無意識に相手を操作しようとする人から、気持ちを出してはいけない禁止令を受け続けた人の「表現されない気持ち(不安)」は、「我慢」の脚本が作られ育ちながら抑圧されてしまいます。

    自分の気持ち(不安)を表現したら罪悪感に襲われるので、気持ち(不安)を感じてはいけない人生脚本が出来上がってゆきます。

    気持ちを表現することを許されずに、ことごとく打ち砕かれて、抑圧された感情は怒りのマグマに押しつぶされて沈んでゆきます。無意識の怒りが自傷(他傷)行為で表出されることもあります。

    我慢の脚本が強烈な人は、我慢している気持ちも抑圧してしまいます。

    しんどいって言えない。

    辛いって言えない。

    苦しいって言えない。

    哀しいって言えない。

    暑い、寒い、とも言えない。

    そんなことを言った人に怒りも沸きます。言った相手を否定したくてたまりません。身近な人間には、過去に自分がされたように、無意識に相手を操作(操縦って言ってもいいかも)しようと振る舞います。それは、見事なまでの連鎖です。




    ★感情(気持ち)に良いも悪いもない--------------

    上のように不安を見たくない人の中には「不安」を悪いことのように捉えている人も多いです。が、それこそがその人がずっと受け止められなかったインナーチャイルドです。どうか不安を恐れないで見てあげてください。

    どんな感情にも良い悪いはないのですが、負の感情を嫌う人が多いですから、受け止められ体験が無い人が多いです。この「受け止められ体験」がないままでは、自己肯定感は育ってゆきません。特に、不安感情を認めて貰えなかった人は、受け止めてあげることは出来ません。親の価値で認められても、それ以外での存在を認められていない傷が深いです。

    試しに、不安だ、心配だ、って口に出してみてくださいね。語られる気持ちには、良いも悪いもないですよー。

    共感されることで自己肯定感が高まり、自己一致に繋がり自信も深まりますからねー。





    ★共感から共依存になる場合--------------

    傷ついている人は共感度が高い人が多いです。が、共感してから後に相手の問題を引き受けてしまう人も多いです。

    共依存ですね。

    相手に依存させる達人になり、認められたい気持ちを満たす道具にし続けてしまいます。親に認められたかったですね。

    あるいは、相手に(これだけしてやったのに!)という恨みを育てて、相手を悪者にし続ける達人になれたりします。憎みたいのは親でしょうね。

    (私はなんて不幸なの!?)とか(私が悪いからだ)とかの自虐物語を紡ぐ達人にもなれたりします。本質的に親を庇いながら、不幸物語を語り続けるのでしょう。





    ★自律関係を紡ぐ--------------

    かといって「共感」を恐れることはありません。

    共感したところでとどまっておくと良いです。

    何かしてあげたいと思ったら、その気持ちと向き合ってみると良いです。

    親にして欲しかった自分を投影しているかもしれません。

    あるいは、親との関係で出来上がった脚本が働いているかもしれません。

    それを自覚している時はやりすぎないです。

    (ああ、苦しいな)と思ったあたりで、手を抜いたり離れたり出来ます。

    ゼロか百か、一か八か、白か黒か、の強迫観念はなくなります。





    ★隠れた共依存--------------

    共依存は、周りが鏡になってくれて自分の問題に気がつきますが、我慢の脚本が強烈な場合、共依存が本人の内側で隠された状態で起こっていて外からは見えません。

    人と繋がってはいけない脚本なので、代理親にした対象(多くは配偶者や恋人)には共感の言葉も感謝の言葉も謝罪の言葉も表現しません(したがりませんor出来ません)。

    受け皿になって心配するけれど、心配(気持ち)を口に出してはいけないので「我慢」し続けて、心のコップが一杯になったある日、怒りとして表現してしまいます。

    負の感情を表す時は「怒り」になってしまうので、「怒りっぽい人」とレッテルを貼られますが、それさえも誰かのせいにし続けます。

    また、怒りは怒りを引き出すので(脚本は脚本を引き出すし、互いに引き合う)、常に相手のせいにし続けられます。

    自分は「怒り」という「感情」を認めたら抑圧した「不安」に辿り着くので、自分から発した怒りのパワーを認めません。相手の怒りのせいにし続けることで、不安感情から逃げ続けます。

    また、共依存を隠しているので、無意識に相手を道具にしていることになかなか気がつきません。

    たとえば、相手が何か言うと「それは俺の(私)のせいだと言うの?(どちらかのせいという判断)」と反応する。

    あるいは、「俺が(私が)何か間違ったことを言った?(どっちかが間違えている判断)」と反応する。

    こういう言葉を使う時は、白か黒しかないハラッサーになっています。

    こういう言葉を投げられた場合、受け皿体質の人は我慢するので、隠れ共依存はなかなか表に出ないまま相手をなぶり続けます。

    こういう言葉に怒りを引き出された人は、やるかやられるかの殺伐とした闘いになり、ハラスメント界を仲良く(?)ぐるぐるします。





    ★選ぶ言葉に注目してみる--------------

    我慢しているハラッサーは、相手に「我慢するな!」という禁止令や「自由でいろ!」という命令をしたりするから面白いです。どれだけ内側で葛藤してるんでしょうね。

    言葉に注目してみるとわかりやすいですよ。

    ・「〜せよ(せねばならない)」(命令)

    ・「〜してはいけない」(禁止令)

    ・「私が悪いの?」(極端)

    ・「公平じゃないね。」(比較)

    公平とか平等は、よく使われていますが、本当に公平で平等に出来るのでしょうかね。

    ご飯のおかずを平等にしたとしても、体格が違えば不平等ですし、お菓子の数を平等にしたとしても、欲しくなければ喜べません。

    上の子が公立に行ったからと下の子も公立じゃないとダメだとか、同じ習い事をさせようとか、習い事の金額を同じにしようとか、「公平(平等)」に対して過剰に執着していますから、そこに傷があるのではないでしょうか。

    ご自分の言葉に思い当たることがあれば、その言葉を言いたくなる時の気持ちをさぐってみてください。自分の中の何を守っているのでしょう。それは本当にそんなに手放せない大事なものでしょうか。





    ★向き合うのは目の前の一人--------------

    ただ、ひたすらに目の前の人の気持ちと会話をしてみましょう。

    配偶者、我が子、恋人、友人、大切な人と繋がる言葉を丁寧に選んでゆきましょう。

    気持ちを聴く(話す)姿勢になると良いでしょう。

    良い悪いと決めてかかったら、気持ちは出てこないし、聞く側も聴けません。

    自分の価値判断はちょっと脇に置いておきましょう。

    良くても悪くても、まずは気持ちを聴いて(話して)みましょう。

    共感が起こったら受け止める言葉を使ってみましょう。

    ・そうかそうか

    ・辛かったね

    ・頑張ったね

    ・苦しかったね

    ・エトセトラ・・・

    気持ちを話すのが苦手で思考で話す人は多いけれど、まずは気持ちにフォーカスしてみましょう。





    大丈夫。 一歩一歩、歩いていれば行きたい所に行けます。
    急がず焦らずていねいに参りましょう。





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    【2014/07/06 11:39】 |
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  ハラッサー  脳内親  ハラッシー  怒り  無意識  自律  共依存  共感  
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    ももさん
    中尾真智子
    > 子どもが不安を訴えたとき、「大丈夫!! 」っていってしまうけど、次からは「そうだね。辛かったね。」っていってみることにします(^^)私の中に不安があるんだね…

    「だいじょうぶだよ」と受け止めて貰うのと、「大丈夫だから」と無理強いされるのはちがいますね。
    受け止めてあげてください。^^

    少しずつ
    もも
    子どもが不安を訴えたとき、「大丈夫!! 」っていってしまうけど、次からは「そうだね。辛かったね。」っていってみることにします(^^)私の中に不安があるんだね…

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    自分の気持ちを大事に出来る人が、人を大事に出来ます。
    自分の寂しさを埋めるために、誰かのために生きることは常に相手に心を束縛されます。
    自分の欲望を叶えるために人を動かそうとする人は、寂しさを埋めようとする人と繋がります。
    また、傷つくことを恐れているあまり人と繋がらず、あるいは人といても感動出来ず、寂しい想いを抱える人のなんと多いことよ。
    生きていれば、傷つくことも多々あります。
    が、傷つく前に(勝手に引き受けて)傷ついているので、前にすすめないんですね。この【きもち】を表現してあげたいですね。と書くと簡単ですが、実際にカウンセリングをしてみると、これらの【気持ち】に気がついていないことが多いです。自分の気持ちに気づいてあげれないーこれほど苦しいことがありましょうか。

    自由に生きている人は、自由な人と繋ります。
    自分の気持ちで生きていると、傷は成長のチャンスだと受け止めることが出来るようになります。



    -----------------------

    「自分の気持ちは自分のもの」を読んで、【リオ会議でのムヒカ大統領のスピーチ】を思い出しました。


    (わたしたちは)発展するために生まれてきたのではありません。幸せになるためにこの地球にやってきたのです。

    (しかし)ハイパー消費は世界を壊しているにも関わらず、高価な商品やライフスタイルのために人生を放り出しているのです。消費が社会のモーターの世界では、私たちは消費をひたすら速く多くしなくてはなりません。消費が止まれば経済が麻痺し、経済が麻痺すれば不況のお化け(お化けです)がみんなの前に現れるのです。このハイパー消費を続けるためには、商品の寿命を縮め、出来るだけ多く売らなければなりません。
    ということは、10万時間持つ電球を作れるのに、1000時間しか持たない電球しか売ってはいけない社会にいるのです。そんな永く持つ電気はマーケットに良くないので作ってはいけないのです。人がもっと働くため、もっと売るために「使い捨ての社会」を続けなければならないのです。

    悪循環の中にいるのにお気づきでしょうか。


    命より高価なものは存在しません。


    昔の懸命な方々、エピクロス、セネカやアイマラ民族までこんなことを言っています。

    「貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲がありいくらあっても満足しない人のことだ。」

    水源危機と環境問題は問題源でないことをわかってほしいのです。根本的な問題は、私たちが実行した社会モデルなのです。改めて見直さなければならないのは、私たちの生活スタイルだということ。

    これが人類の運命なのか?

    発展は幸福を阻害するのもであってはいけないのです。
    発展は人類に幸福をもたらすものでなければなりません。

    愛、人間関係、子どもへのケア、友達を持つこと、必要最低限のものをもつこと。

    幸福が私たちのもっともたいせつなものだからなのです。
    幸福こそが環境の一番大事な要素だということを覚えておかなくてはなりません。


    ぜひ全訳されている動画をご覧下さい。






    自分の生き癖や執着に気付く
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    【2014/02/27 10:24】 |
    【タグ】 人生脚本  ハラッサー  ハラッシー  問題  成長    
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    つくことを恐れて、作り笑顔で人を迎え入れ、内側では疑心暗鬼でだらけ。

    防衛という攻撃で人をつけ、つけていることにも気がつかずつき続けている人もある。
    つくのは相手の問題」というのは、この場合は通じないのね。

    攻撃されたら誰しもつくのね。

    そのの正体を感じ取った人はつかないかもしれないってだけなのね。

    つくことを恐れているーすでについているーその傷を見ようよ。

    本当の傷の正体を見てあげよう。

    人に向かって自己防衛(=攻撃)するくらいなら、とっとと全力で逃げたら良いよ。

    この【逃げ】は存在不安からの逃げではないよ。

    傷に気づいたら全力で逃げるーとても当たり前のこと。

    存在不安から逃げるために、外に敵を作って仕掛けている自分自身に気がつきたくないーそして逃げ続けるー虚構を生きる】こととは違うよ。

    すでに見捨てている傷があるのだもの

    一目散で逃げてから、心に力を蓄えて出直したら良いよ。

    何度でも、何度でも・・・




    以下の記事から、そんなことを浮かびました。



    瑞巌寺随想~8.縄文人とインディアン~ペトログラフが語るものより抜粋


    あるアメリカ映画を思い出します。
    それは、突然宇宙人が各都市湾岸に飛来し、海から上陸するや無差別に殺戮し大都市に要塞を設けます。その要塞を核攻撃するために、その地にわずかに残された人々を海兵隊が救出に行く。ついでに要塞も破壊し、それだけで宇宙人全滅という都合のいい物語。

    このとき、海兵隊長が言っていた言葉―【敵は侵略してくるときに、その地に住む人間を抹殺し、その後土地を奪う】―というようなことを、さも当たり前のように言っていました。

    この映画で最も印象に残っているのはその言葉なのですが、それを聞いたとき、インディアンを根絶やしにしようとしたアングロサクソンらしい言葉だなぁと思ったことです。

    【※自分たちがしたことだから、相手もそうすると思っている】わけですね。そこには、【自分たちがしたことを悔い改めず正当化する態度】があります。【正当化するのは奪った権益を守りたいから】です。

    けれど、そのように【自己を正当化するなら相手も同じ理屈で正当化できるわけで、結局は力でねじ伏せた方が正義という幼稚な世界】にしかなりません(地球は誰のものでもないのにね)。

    だから、【武力を見せ続けなければなりませんし、その裏で自分たちもそうされるという恐怖が常に根底】にありますから、【市民生活においてさえも銃を手放すことができない】わけです。さらに【他国監視、市民監視、そして潜在的脅威の抹殺と疑心暗鬼】はとどまるところを知りません。(まさに【不安から逃げ続ける人生】を見るかのようです)

    映画でも、海兵隊長が父を失った子供に「勇気を持て」と伝える場面が一つの見せ場でしたが、結局、あの文脈の中では「戦い続けろ」と言っているわけですね。こういうプロパガンダの中できわめて愛国的な若者が育ち、しかし潜在的脅威抹殺のために派遣された先で現実を突きつけられ、真実に目覚める者もいます(「イラク―米軍脱走兵、真実の告発」)。

    このように【支配者として君臨し続けようとする生活は、裏を返せば不安と恐怖から逃げ続ける安らぎなき人生】なわけですが、その不安と恐怖を見たくないが故に「虚構」から降りようとはしません。いえ、自分が虚構の中にいることにさえ気づきません。あの映画で言われていることをさも当たり前のように見る米国人もいるのでしょう。

    -----------------------------------


    【※自分たちがしたことだから、相手もそうすると思っている】とありますが、ー人の発する言葉を聞いていると、その人の内側が見えてきます。口癖や、思いがけない時のひとことや、危機に出会った時の言葉、それは責められることでもなく、その人の現状(過去からの連鎖を含めて)を表しています。

    カウンセリングを重ねた人は、面白いくらいに少しずつ変化しています。ご本人に準備が出来た時には、ダイナミクスな変化が起こります。何度も訪れるチャンスを大事にしながら、素直に自身と向き合う姿は美しいです。素直に向き合うと、誰かを恨んだり憎んだり殺意を抱いたりする必要がないです。もちろん、現実的に嫌なことはありますよね。不意打ちハラッサーはあちこちにいますから。その傷も、素直に抱きしめて相手のことは手放します。その時世界が別れます。
    執着の世界にいたいか、手放してらくちんに生きたいか、いつでも選べる私たちなのです。




    自分の生き癖や執着に気付く
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    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
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    【2014/02/04 10:13】 |
    【タグ】 ハラッサー  怒り  憎悪  殺意  執着    自己  存在不安  
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    こうめさん
    中尾真智子
    > 最近、せっかく人と会ってもモヤモヤしてしまいます。相手はニッコリ笑顔なんだけど、私はなぁんかボコボコにされた気分で別れることが。
    > 自分も同じことをしてしまっているんじゃないか?って時折不安になります。

    苦しいですね。いっぱいインナーチャイルドが我慢しているように感じます。


    マユミさん
    中尾真智子
    > 少し、捉え方がわからない文章があったので、素直に聞いてみようとおもいます。

    素直に訊いてくれてありがとうございます。

    > というのは、自己防衛で相手を傷つけ、その相手からまた攻撃を受け、自分が傷つき続ける。
    > と言うことでしょうか?

    傷つくことを恐れている(すでに傷ついている状態)ので自己防衛で相手を傷つける(傷つき続けているまま)



    こうめ
    自分が不安だから同じ不安に誰かを引き込もうとしたり、嫌な気持ちだから誰かを虐めてみたり…そうやって、嫌な気持ちって伝搬するんだろうな。
    最近、せっかく人と会ってもモヤモヤしてしまいます。相手はニッコリ笑顔なんだけど、私はなぁんかボコボコにされた気分で別れることが。
    自分も同じことをしてしまっているんじゃないか?って時折不安になります。


    マユミ
    お久しぶりです。

    少し、捉え方がわからない文章があったので、素直に聞いてみようとおもいます。

    傷つけていることにも気がつかず傷つき続けている人もある。

    というのは、自己防衛で相手を傷つけ、その相手からまた攻撃を受け、自分が傷つき続ける。
    と言うことでしょうか?


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    エンプティは怖くないんだよ


    怖いのはね

    お母さんを守っているからだよ

    お母さんを守れなくなることが怖いんだよ



    自分よりもお母さんを守ってるんだよね

    自分より、現家族より、お母さんを守ってるんだよ



    それじゃ、家族が苦しいよ

    なにより自分が苦しいよ



    そんな苦しい思いをしてまで

    お母さんを守り続けてどうするのかな



    現実のお母さんは変わらない

    現実のお母さんが変わったら喜べば良い




    本当に守っているのはね

    自分でこさえた頭の中のお母さん


    それは、自分自身なんだよ


    その姿で、世間を見ているんだよ

    その姿で、子育てしているんだよ

    その姿で、夫婦をしてるんだよ

    それは、もう自分自身なんだよ



    逃げ続けたら、いつでも元通りなんだよ

    せっかく棚卸しをして来た日々も

    逃げた瞬間に元通りなんだよ



    感情の世界は一瞬でワープ出来るんだ

    でも、大丈夫

    進んで来た時点に戻ることも一瞬なんだ



    諦めないで

    勇気を出して



    もう、自分で自分を縛るの止めよう

    その上、誰かのせいにして生きるの止めよう



    頭の中のお母さんは、もうすっかり自分自身になっているんだ

    それを棄てないとね

    棄てるのは、本物の親じゃない

    最後まであがいているのは、実は自分自身なんだ




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    【2013/05/19 13:05】 |
    【タグ】 脳内親  エンプティチェア  怖い  棄てる  
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    すみれさん
    中尾真智子
    > >癖みたいなものだと思います。自動実行ですね。
    > >正直悔しいけど焦らずやります。

    怒りは誰でも持つ感情。だけれども、過剰反応が起きている相手がいたら、代理親になっている可能性が高いですね。悔しいの?むむー。それも含めて認めてあげてね。


    すみれ

    >大家さんのこと、いないことにはしてなくて、会ったら普通に挨拶すればいいやと思っていました。
    >そう思っている自分がいます。
    >でも、私にとって、親しくなくても、身近な年上の女の人が代理親になるようで、大家さんも代理親になっていたんだと思います。
    >別に怒ることじゃなくても怒りがわいたりするから、(怒りを感じない時もありますが)怒りがわく時は、境目がわからなくなっているんだと思います。
    >それで反抗的な気持ちが出るんだと思います。
    >癖みたいなものだと思います。自動実行ですね。
    >正直悔しいけど焦らずやります。




    いせびあんさん
    中尾真智子
    > 螺旋。今,自分がどっちに向かっているのか,私にはわかりません。

    歩いているのはおーきな螺旋階段。自分の内側の声を聴いてあげて(潜る)インナーチャイルドひとり救ったらひゅる〜んと上昇するイメージ。

    > 今は動けなくなっているけど逃げないと自分に言い聞かせてます。
    > 今は目の前にことをなげやりにせず,自分もないがしろにせず動ける時を待ちますね。

    わからない、動けない、逃げない、目の前のことをないがしろにせず、動ける時を待ちます。。。
    うーん。うーん。動けない魔法にかかりそう。散歩するとか、一人カラオケするとか、思考から離れてみるとよいかもです。

    すみれさん
    中尾真智子
    > >しばらく距離をとれていたのに、昨日出掛ける時に会ってしまい、今現在、仕事をしていない私に《今、何してるの?》って痛いところついてきました。
    > >ろくに話さない人で、相手の顔も全く見ない、自分のことも全く明かさない人なので、とんちんかんな答えで応戦しました。

    距離を取るのと、いないことにするのは違いますね。いないことにしておくと、不意打ちに自動実行が起こります。「今なにしてるの?」でエンプティかロールしたくなるわぁ。^^



    すーさん
    中尾真智子
    > タイムリーな記事でした。
    > いま苦しいです。

    苦しい時は、チャンス到来と思います。

    > エンプティチェア悩んでました。
    > 母を否定するようで。
    > 今まで母を信じて疑わなかった自分を否定するようで。

    ここまでわかっているのです。
    あとは、勇気です。o(^-^)o


    たこりんさん
    中尾真智子
    > 私に言ってくれてるの?
    > って感じました。

    よく言われます。--;
    一度だけ「意地悪だ」と指摘があり驚いたことがありました。((+_+))

    > 勇気がなかったのは私です。
    > かわいそうなのも私です。
    > 私を救えるのも私なんですね。

    ゚(¨)(. .)(¨)(. .)

    >ありがとうございます。真智子さん。

    どういたしまして♪

    すみれさん
    中尾真智子
    > >ここのところ、前から母のことは丸見えだったのに、捨てられる怖さから認めたくない自分がいて、丸見えだったことをわかっている自分と、認めたくない自分が戦っています。
    > >近所のこどもたちの声を聞くと、更にしんどくなるんですけど、自分を振り返るにはいいなぁと思ってますが、本当に疲れます。

    いいですねぇ。(*^^)v

    お世話になってます。
    いせびあん
    螺旋。今,自分がどっちに向かっているのか,私にはわかりません。

    ただ,あの手,この手の邪魔が入るなあと感心してます。今は動けなくなっているけど逃げないと自分に言い聞かせてます。

    世の中がきらきら見えていろんな事に感謝できる時があったので今はそうじゃないんだなと思います。子どもともぎくしゃくしておかしいんだと気づきます。

    今は目の前にことをなげやりにせず,自分もないがしろにせず動ける時を待ちますね。

    記事の感想でなくてスミマセン;
    すみれ

    >目の前に住んでいる大家さん。
    >しばらく距離をとれていたのに、昨日出掛ける時に会ってしまい、今現在、仕事をしていない私に《今、何してるの?》って痛いところついてきました。
    >あ~、自分でこの人を引き寄せたんだなと思いました。
    >ろくに話さない人で、相手の顔も全く見ない、自分のことも全く明かさない人なので、とんちんかんな答えで応戦しました。
    >このおかげで、脳内親がバンバン攻めて来て、昨日は1人カラオケしてきたけど全く楽しめず(苦しくて、声が出しにくかった;)、体が重くなって、しんどくなって、ハラッサ―の友人に頼りたくなったけど、元に戻るのは嫌だから堪えて、秀司先生と真智子先生のブログを読み漁りました。
    >パニックになって、読まないと引き戻されそうだったからです。
    >こういうことも、脚本ちゃんの仕業かもしれないですね。




    もんのすごく
    すー
    タイムリーな記事でした。
    いま苦しいです。

    エンプティチェア悩んでました。

    母を否定するようで。
    今まで母を信じて疑わなかった自分を否定するようで。

    怖いです。

    でもそうですね、人のせいにしても進まないですね。

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    うごくえこよみ(7分)


    美しい音から、日本の四季折々を感じてみてください。^^

    カウンセリングで思うことは、あれこれと考えてぐるぐるしていることの多いこと。

    ぐるぐる思考していた時間が苦しくて、電話を頂いたでしょう。

    そこから情報をいただき、フィードバックしながら、感情(インナーチャイルド)をこちょこちょ くすぐっていきます。

    なかなか気がついてくれなくても、ある瞬間に、何かの言葉に、感情が湧き出てくることがあります。

    浄化されるものもあるでしょう。

    あるだけの想像力を駆使してください。

    私は、感じることをエンパワーし続けています。




    心のコップがいっぱいの親御さん
    自分の生き癖や執着に気付く
    アサーティブなあり方
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    【2013/01/25 08:19】 |
    【タグ】 インナーチャイルド  感情  エンパワー  
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    存在不安が強い人の家の結界 7本殿―5,面的に覆うもの(カーテン、暖簾)

    で、思い出したことがあります。


    昔、夫は音と光があると眠れませんでした。

    朝日に目が覚めちゃうのでなんとかならんものかと、黒地のカーテンをつけたことがありました。




    私は外の明るさを感じながら起きるのが心地いいので、逆に朝起きれるかなと思いました。

    まぁ、当時は目覚まし時計が OKだったので大丈夫でしたが・・・。

    目覚まし時計が壊れた時に「音が煩いから」と言うので止めましたっけ。

    そこで私は腕時計の小さい目覚まし音で起きていました。

    おしゃれな腕時計じゃなくて実用的で目覚まし機能があるのを選んでいました。

    そうそう、思い出した!すぐに止められるように腕時計をして寝てたんだ。

    腕時計を探している間に、夫が起きてしまう・・・って。

    新婚でもらった壁掛け時計が壊れて買い換えようとしたら「いらない」と夫。

    時間に(しろなんにしろ)【束縛される】のが夫は嫌だったんだろうなぁ。

    私にしたら自分の腕時計が頼りだったんだなぁ〜。

    腕時計の謎も解けたわ。(。-_-。)






    さて、黒いカーテンです。

    昼間は開けているのでそう気になりませんが、夜は明かりをつけてカーテンをします。

    それがまた、大きな窓を覆うから好きになれませんでした。

    閉じ込められているようで嫌でした。

    多分夫もそうだったのでしょう。

    まもなく明るい色の遮光カーテンを買い、黒いカーテンは、眠るだけの北側の部屋につけました。






    これが子どもたちの「おばけのちーちー」という遊びに使われました。

    独立した北の部屋なのでカーテンをすると相当暗くなります。

    大人は中に入れてくれないのですが、愉快な笑い声が聞こえてきます。

    後から「何やってたのぉ?」と聞いても、「ふふふ」「内緒」って。

    「おばけのちーちー」はたっちゃんと娘しかわかりません。

    たっちゃんが来ると「おばけのちーちーしよう!」

    「うん!ママ、ペン貸して。」


    ある日、たっちゃんのママとこっそり覗いてみました。

    たっちゃんのママは子どもに口出ししないで見守る、とても気楽なママ友だちです。

    真面目な私たちは勇気を出して「見ないでね」という禁を犯したのですが・・・

    ふたりはお絵描き帳にいろんな蛍光ペンで紙に線を描いては「おばけのちーちー」と言って大笑い。

    その繰り返し。

    たっちゃんのママと首を傾げながらそーっと襖を閉めて居間に戻りました。

    なんだかわからないけどあんまり楽しそうに笑うので居間で“もらい笑い”します。

    親が見た事がわかって興ざめして止めちゃったらつまんないので、見たことは内緒にしました。

    「わっ!」とか脅かす気も満々だったけど、あの世界を壊したくなかったのです。


    転勤して何年も経ってから

    「おばけのちーちーって覚えてる?」と聞くと

    「覚えてる!楽しかったもん。」

    「ママたちでこっそり覗いて首傾げてたんだけど何か物語があったの?」と聞くと

    「ないない!なんであんなに楽しかったのかわかんないけど、たっちゃんとだから楽しかったんだと思うよー。」

    ですって。

    社宅の大親友たっちゃんと空想の世界でわかちあった楽しさ面白さなのね〜。






    たっちゃんのお引越しで「おばけのちーちー」遊びがなくなって、黒いカーテンも役目を終えました。

    色という色を遊びまくる子どもたちのパワーは頼もしいです。

    ちゃんちゃん♪






    ----------------------------------------------------------

    カウンセリング受付

    中尾相談室の方針


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    【2011/11/25 15:10】 |
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