家族カウンセラーの想いつれづれ
    理由があって捨てたゴミを

    横から
    「まだ使えるのに」

    と言われて嫌な思いをするくらいなら、家族と別に捨てたっていい



    嫌な思いを放置すると

    その後、脳内親として住みつかせてしまう



    相手は、頭の中の親に

    「勿体ないことはしませんよ」

    と言う為に証人として人を利用しているー自由じゃない人




    その後一人になって

    「ゴミまでチェックすんなー!」

    「嫌だー」

    「気持ち悪いー!」

    「むかつくー!」

    と吐き出して吐き出して

    その傷の悲しみも

    「悲しい、悲しい」

    と声に出して自分を抱きしめる






    そうして繰り返し抱きしめるうちに

    忘れていた子どもの頃の

    似たような感覚の出来事を思い出すかもしれない



    そのエピソードをリアルに体感(ロールプレイ)して

    子どもの頃の我慢を知るだろう



    あのひあのとき

    お母さんにいえなかった気持ちだったんだ・・・

    その我慢が大人になっても続いて痛んだ・・・

    「もう我慢しなくてもいいよ」

    自分に許可する






    日々の小さな怒りも

    隠れた傷(IC)を受けとめて棚卸しをすると

    気持ちで行動出来るようになってくる

    「いらないから捨てたんだよ。」

    「いちいち言われて嫌だよ。」

    同じ言葉なのに

    棚卸しの後は、堂々と言えて罪悪感もない

    スッキリして気持ちがいいー自由だ



    自律の一歩におめでとう




    ※家族のゴミをチェックする(人と境界線を引けない)親は多いです。



    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2017/07/01 06:23】 | 自律
    【タグ】 自由  自律  インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  ハラスメント  インナーペアレンツ  怒り  
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    Re: タイトルなし
    中尾眞智子
    > 離婚して実家に戻っていたころ、元夫からもらった指輪を捨てたら、後日母の指にその指輪があった。

    ええーーーっ?きっついなぁ。

    > 捨てたはずの辞書が父の書斎にあったことも。

    あわわ・・・

    > 分かっていて、ごみ捨てを両親に頼んでいた私も同じ世界にいたのかな。
    > 境界線を引けないということなんですね・・・

    ご自分に対する理解が深まってよかったです。


    お久しぶりです(*^^*)
    中尾眞智子
    > いやいや、それはあることによって私にとっては精神的圧迫になるのよ、と説明しても"もったいない"。話が通じないんですよね。


    >昔々貧乏してたからかな、とか、今ほど物質的に豊かな時代じゃない時を過ごして苦労したからかなとか

    心の通じる人であってほしい期待がどこかにあるから、(きっと理由があるに違いない)と思うのでしょうね。現実は、こちらの気持ちを説明しても、話が通じないのですもの。不安を見たくないための時間潰し空間潰しかもしれません。


    > 結婚して家を出てからは、「捨てるのも私の自由なんだぁぁー!!ヒャッハー(*≧∀≦*)」です

    (*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ

    > しかし、要るもの要らないものを整理整頓しておもったのですが…物を通じて色々な思いに支配されていたんだなぁ、と。

    気がつけて解放されましたね。^^


    はじめ
    離婚して実家に戻っていたころ、元夫からもらった指輪を捨てたら、後日母の指にその指輪があった。
    捨てたはずの辞書が父の書斎にあったことも。
    分かっていて、ごみ捨てを両親に頼んでいた私も同じ世界にいたのかな。

    境界線を引けないということなんですね・・・



    こうめ
    お久しぶりです(*^^*)
    >※家族のゴミをチェックする(人と境界線を引けない)親は多いです。
    ゴミチェックの話は、周りでもよく聞く話です。
    ワタクシ、最近まで断捨離をしていました。マメに片付けているつもりでも、知らず知らずのうちに要らないものが溜まっているものです(-""-;)
    うちの母も"もったいない"で集積所に夜中コッソリ捨てたゴミをわざわざ回収してきちゃう人でした。中には縁の切れた人(例えば元カレ)から貰ったものもあって、私としてはどうしても処分したいものまで"もったいない"。いやいや、それはあることによって私にとっては精神的圧迫になるのよ、と説明しても"もったいない"。話が通じないんですよね。昔々貧乏してたからかな、とか、今ほど物質的に豊かな時代じゃない時を過ごして苦労したからかなとか、色々考えて自分の気持ちと彼女の半生に折り合いをつけながらやり過ごしていましたが…。
    結婚して家を出てからは、「捨てるのも私の自由なんだぁぁー!!ヒャッハー(*≧∀≦*)」です
    しかし、要るもの要らないものを整理整頓しておもったのですが…物を通じて色々な思いに支配されていたんだなぁ、と。


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    阪急電車〜片道15分の奇跡〜にもう一度会えた〜〜。

    ラッキー♪
    2011年の記事より-----------------------

    電車に乗り合わせる人々の織り成す物語の中で、色々な変化が起こってゆきます。


    ハラスメント界から離れる人とそうじゃない人にわかれてゆきます。
    ハラスメント界から離れた人たちが出会います。

    これまでは、負の連鎖だっただろうけれど、新しい連鎖反応が起こってゆきます。
    自律した姿勢は執着がないので、さわやかに手助けしてさわやかに立ち去ります。
    その場を助けるだけで、本当の問題は[あなたがどうしたいか]なのだということ。




    感情にいいも悪いもありません。

    ただし、その感情はコミュニケーション方法を間違えたらハラッサー(ハラッシー)になりえます。
    内側にハラスメントの種を誰もが持っているのです。

    そんなまがまがしい感情を素直に認め傷みを哀しみ泣いて泣いて背骨を作ってゆきます。
    その彼女の姿を見た人や、言動に触れた人が自発的に変化してゆきます。
    同じ場所にいても、変わろうとしない人は変れません。
    DVカップルや、オバサマ集団が、変わろうとする勇気の人と悪態ついても変わらない人とをわかりやすく見せてくれています。

    誰でも失敗するし、誰でもやらかすし、そういう傷を受け止めてあげられる心を人は本来持っているんですよね。
    だんだん汚れて忘れていき、気付いてお祖母さんのようになってゆけるのでしょう。
    このお祖母さん、最後はオバサマ集団を叱り飛ばします。
    いい年をしてしつけの段階ですが、最後までオバサマは変わりません。


    結局は、謙虚さと素直さと聴すことが出来ない人は、なあんにも変わらないのだなぁ、と最後のオバサマとDV男が教えてくれました。

    ハラスメントから自分の内側に向き合い自律に向かった人々と、ハラスメントから抜けられず自分の外ばかり向いている人が浮き彫りに見えた映画に感じました。





    自律に向かうには依存(甘え)を一度は手放します。

    孤立無援の覚悟も必要な場面があります(だって心は自分のもので誰の手にも負えないから)。

    共依存の対象と離れても、別の人に代償行為で依存することがしばし続きます。それだけ寂しい哀しい脚本があるのですから無理からぬことです。

    「過剰な期待」をして裏切られ、裏切りに対する気持ちに同情してくれる相手に依存してまた裏切られ、相手が代わるだけで同じ繰り返しをしてしまいます。
    「過剰な期待」は曲者ですね。「過剰な依存」といってもいいでしょう。

    治療者・援助者に「過剰な期待や依存」をした場合は、フィードバックされます。
    治療者・援助者も間違えることはありますから、その部分をフォードバックします。
    それを素直に受け止めてゆくことが重要なのですが、ハラスメント界から抜ける準備不足の場合は、自分の思い通りになりませんから腹を立てます。


    自分の思い通りにならない人間を責めて、自分自身の問題から逃げる理由にしてしまいます。

    本気で変わりたかったら、依存をどれだけ手放せるか自分との戦いですから、人のせいにしている場合じゃないのです。




    感情についていえば、常に自分の問題です。

    誰かや物事に何か感じたとしたら、それは自分の中の何かが反応しています。
    同じ場所にいて同じ経験をしても、十人十色の感情を持ちます。

    その感情が気持ちがいいならその人にとってそこは安心出来る状況なのでしょう。(ハラスメント界で安心する人もいます。)

    嫌悪を抱いたり悪意が起こった場合は、その人の心に何か解決されない傷があるのでしょう。

    この映画でも、知らない人なのに気になり、自分の琴線に何かが触れて反応しているのがわかります。


    ハラッサーもハラッシーも自覚した時点で同じ苦しみの仲間とも言えます。(一緒にいられませんが)
    この言葉に過敏になるなら、覚悟が足らないのかもしれません。
    ハラッサー呼ばわりされた、とか、ハラッシーでありたくない、とか、あがいてもすすみません。

    そこにいたから苦しいんだもの、いたのは事実なのだから今更あがいても仕方ないのです。
    腹をくくってこそ抜けられるのですから、覚悟しましょう。



    Amazonのプライム会員でラッキー!でした。(^^)v


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    【2017/03/22 09:12】 | 自律
    【タグ】 ハラッサー  ハラッシー  ハラスメント  怒り  阪急電車  
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    自分が「子の母親」になることより、「自分の母親の子」でいることを選んできたお母さん。
    無意識に我が子を「自分を見守る親」「自分を助ける親」に育てたお母さん。
    子を「自分の優秀作品として親に見せる」お母さん。
    それに気がつかずに、一生懸命に、母親を庇っている人々

    怒りの矛先は、本当は親に向いているのに、親を庇って配偶者や子に、仕事仲間にぶつけます。こうしていつまでも変われずにいるのです。

    自分が怒っている自覚がある人はまだ良いですが、「普通に言っているのに、怒ってるの?と言われる。里の方言がきついんですよね。」と弁解される方も多いです。語気が強く濁音が強く勢いがあります。本当に怒っていないのでしょうか。




    ★私が、相談者の方々から聞いてきた母親に対しての言葉の数々を並べてみます。

    厳しい母だった。
    学校にしか居場所がなかった。
    父の暴力がかわいそうだった。
    仕事で忙しくて大変そうでかわいそうだった。
    母を守れなかった。
    一緒に死のうと言われた。
    本当にいつ殺されるんだろうって怖かった。
    学校に行っている間に何があるか心配だった。
    他の兄弟ばかりで私はかまってもらえなかった。
    病気の兄弟が羨ましかった。
    成績が下がると不機嫌になった。
    遊びに出してもらえなかった。
    いつも見張られていた。
    やんちゃをして怒らせてもこっちを向いてくれなかった。
    いつも病気がちだった(と思っていた)。
    やることを次々先回りされた。
    自分の意思で行動したと思っていたけど、母の思惑通りだった。
    笑顔は母の役に立たないともらえなかった。
    笑顔は成績が良くないともらえなかった。
    笑顔は見たことがなかった。

    等々・・・





    ★代理親になる瞬間(事例)---------

    小さい頃によく映画に連れて行かれた。中学生の叔母と行くと青春映画だったので面白かったが、母と行くと当たりとハズレがあった。(つまり、子供のために映画に居ているのではないということ)

    ある日の映画はとてもつまらなかった。幸いにも一番後ろの席だったので、席を立って後ろで遊んでいたら、母もつまらないのか外に向かって歩いていくのでついて行った。
    外に出て、明るいところで母じゃないとわかって、戻ろうとしてドアを開けたら、映像以外は深い暗闇に包まれていて、母を探せる気がせずに困って泣いてしまった。すると、アイスクリーム売り場のおばちゃんが映画館に戻って探してくれた。

    心強いおばちゃんとべそかいて歩いていたら、目が慣れてきて母の洋服を探せた。(その時の母の上着はペイズリー模様で、大人になるまで避けていた理由はこれだった。)一度人違いをしているから、用心深く確認した。

    おばちゃんは、「この人?」と言いながら、声をかけてくれたか、私が、とんとんと肩を叩いたか、どっちだろう。ほぼ同時かもしれない。「あら、どこに行ってたの。」と言いながら、おばちゃんにお礼を言っていた母。

    この時に、ほっとしたと同時に「お利口に座っていないと大変なことになる」と身を引き締めた。この瞬間に私におまじないがかかっているのだ。

    今なら、小さな子をほったらかしにして映画を見ているこの母親は、なんてひどい親だろうとわかる。炎天下、車に赤ちゃんを置き去りにしてパチンコし、赤ちゃんを死なせた母親と同じだ。悔しくて、悲しくて、怒っていいところだ。

    けれどそれが日常の中で当たり前すぎて、私が母の行動に付き合う=私が母を見守る親役として育てられていった。そして、

    母のそばでお利口であること
    母に迷惑をかけないこと
    母のすべきことは代替わりすること
    どんどん増えていった
    母は頼りにならないから私がやるしかない
    私がしっかりするしかない
    誰もあてにできない
    誰も私を助けない
    家族で頼りになる人は一人もいない

    こんなふうに、いつの間にか母を助け母を庇うことが身についていた。たくさんの諦めを口に出さず、我慢の脚本と一人ぼっちの脚本が出来ていった。





    ★武勇伝じゃないのに(事例)-------------

    妹がデパートの下りエスカレーターの前で立ち往生し、取り残されたことがあった。
    泣いてる声で気がついて、回り込んで上りエスカレーターで駆け上がったら、妹のひとつ上の弟が、妹の名前を叫びながら下りのエスカレーターを懸命に逆走して上ってきていた。

    とても悲しかっただろう
    親に見捨てられ、とてもとても悲しかったわたしたち兄弟。


    なのに、当時の私は弟の武勇伝として語った。
    帰ってからその状況を嬉々として語っていた。
    本当は、冷静に行動して誇らしい自分を、一瞬でかき消した弟の姿に圧倒されて姉としてのプライドが傷ついていたんだと思う。弟を過剰に褒めることで、その傷を自分を慰めていたんだ。こんな小さな弟をあんなに心配でいっぱいにしてしまった、こんな小さな妹を不安でいっぱいにしてしまった、痛ましくて痛ましくて申し訳ないと思っていた12才の私。

    それからは、「外にいる時は気を付けていないと何が起こるかわからない、おばあちゃんに預けるのは無理なんだ!」と認識を変えたのを覚えている。

    当時、私は、祖母と私と弟と妹で出かけたと思っていた。
    母がいたらそんなことはなかったのに、とまで思っていた。

    最近になって、母が「あれは驚いたわねぇ。」と見てきたように言うので、よほど当時の私の話が臨場感あふれていたのだろうと思いながら「お母さんいなかったでしょう。」と言ったら、「私もいたわよ~。」と。
    嘘だ~と思ったものの、「私がおばあちゃんに3人もこどもを預けるわけないでしょう!?」と言われ、確かに母は祖母の限界を超える負担はかけないよなぁ、と納得した。

    祖母は、自称「こどもが嫌い」である。
    可愛がられたのは、私だけだとも言われている。
    その祖母が、いくら私がいたとしても、小さい子を二人も連れてバスで街のデパートに出かけるはずがないという気もする。なのに、私の目には母はうつっていなかったことがショックだった。

    私の記憶では、叫びながら登ってくる弟を下で心配そうに祖母が見ていた姿だ。
    母も何かアクションを起こしていたのかもしれないけど、実際は何も役に立っていないから、記憶の隅にも残っていないのかもしれない。

    実際は、祖母は、しっかり者の私がいれば、二人を連れて行ったかもしれないし、母の言う通り私の勘違いかもしれない。ただ、母がいたとしたら、こんなに悲しいことはない。

    幼い娘の手を繋がずに、エスカレーターを降りたのか
    大人が二人もいながら、5歳の子をエスカレーターに乗せずに残したのか
    それを助けに行ったのは、12歳の姉(私)と6歳の兄だ
    私を迷子にした母だからあり得るだろうか・・・

    そういえば、私の迷子もデパートで母と祖母を見失った時だった。
    この時も、母と祖母が一緒だった。
    母は、祖母といる時に母親じゃないのだ!

    悲しみでいっぱいになる。

    私は、母を庇うために母を記憶から消したのだ。その日は母がいなかったことにしたのだ。そして母がいなかったことに信憑性を持たせるために、我が身を犠牲にしてまで作ったストーリーが、あの「弟の武勇伝」だったのだ。

    『申し訳ないと思っていた12才の私』と書いたが、母親が責められそうになった時に、瞬時に「自分を責める」姿は、他の相談者の方にもよく見られることだ。母を責めること=母に責任を求めることは、母への絶望を直視することになる。母に絶望したくない私は、母を責めるわけにはいかなかった。だから、瞬時に自分を責め、弟を勇者に仕立て上げたのだ。そして、最終的には、弟に注目させることで、母に視線が向かないように仕向けてきた。それだけにとどまらず、私は、母がそこにいたことさえ記憶から消していたのだ!

    三重にも四重にも、いったいどこまで私は母を庇っているのだろう。

    現実を見れば、私は母の母親として、弟は母の父親として存在するように育っているではないか。

    母は、弟に対して、まるで亡くなった夫(=母の代理親)のように気を使っている。
    弟は子どもとして存在しているのに、母が気を使えば気を使うほど、弟の中でフックされ続けてどんどん父親に似てしまう。

    弟と私は全く性格が違うのに、どこか似てる気がしていたけど、母の代理親という共通点だと合点がいった。





    ★お母さんはやさしい?(事例)---------

    中学生か高校生の頃、姉が「お母さん、昔はやさしかったのにね。」と言った時、私はあんまり驚いてしまって、やさしい母を脳裏に浮かべようと頑張って探し回って見つからなかった。
    「お母さんが優しかった記憶はないよ。」というと、「ええ?やさしかったでしょう。」と言われて、母は姉ばかり可愛がると言われていたのを思い出していた。

    そうか、姉にはやさしい記憶があるんだ、よかった・・・

    よかった、というのは、姉は別れた父親の記憶があるせいか、小さい頃は喋らない子だったと聞いていたので、私には無い傷を負っているんだろうと申し訳なかったから、母が姉にやさしかったならよかったって思ったのだ。

    今になってわかるのは、これは大ショックだったと言うこと。
    「えー?!! お母さんはお姉ちゃんに優しくしたことがあったの?! 私にはないのに!!」―これが本当の気持ちだ。

    私はそのショックに気づきたくなかった。気づけば、父の記憶も、母の優しさも知らない自分だけが不幸だと気づいてしまうから。
    その劣等感を封印するために、あえて私が優位に立つ「思い方」をしたんだ。





    ★ありがとう?(事例)---------

    姉が私によく言うのが、「ありがとう」から始まるエピソード。
    たとえば、初めて映画館に二人で行った時、立ち見だったとはいえ姉が何度か移動するので、「お姉ちゃんどうしたの?」と言ったら、私に(静かに)と小声で言ってから小さく「ちかん」と。それを聞いた私は、(たいへん!)と思って「え?痴漢?」とあたりを大げさに見回した。その時は、姉が恥ずかしそうにしていたけど、どうやら痴漢は消えたらしい。そのあとも、私はちらちらと睨みを効かせていた。

    その時の姉の嫌そうな顔が、私に対して(静かにって言ったのに!)と責められている気がして、その後は話題にしなかった。痴漢にあったことが恥ずかしいお年頃だったのかもしれない。すっかり忘れていたのだけど、大人になってから「あの時はありがとう」と言われて思い出したのだ。

    姉を守ろうとする時も、姉の顔色を見て自分の対応を決めるところも、映画館での私の行動は「娘を守る母親」の行動だ。私はすっかり「子の親」としての行動が身についていたのだ。ちらちらと睨みを効かせている時の私は「脚本ちゃんが絶好調」だったのだ。

    私は、自分の目の前にあることを楽しむよりも、周囲に気配りをするようになってしまった。どんなにもったいない時を無駄にしてしまっただろう。





    ★母の母であること(事例)---------

    上に書いたように、母の母であることは、母の子(私のきょうだい)の母でもあるということ。
    私は、意識上はきょうだいの一員でいたけど、無意識では常に心配したり、気遣ったり、胸を痛めたり、ちゃんと出来ない自分を責めていた。

    一人暮らしをする時は、これまで私が担っていた家事手伝いを誰がいったいやるのだろうと心配した。
    父のお店は繁盛しているわけじゃないし、自宅とはすぐそこだから、母が行き来すればこなせる家事なのに、家事と子の面倒の多くは私が分担していた。

    当時は、学校の奨学金を貰う成績を維持していたので、学校生活に専念したかった。土曜日は弟と妹のお昼ご飯の世話、平日は保育園のお迎えのために5時には家に帰らないといけない。体はひとつしかない。くたくたになって(この家はおかしい。母親が母親をやっていない。)と気がついて家を出た。

    母に対する怒りを当時も感じていたし、意識上では、母を好きだと思ったことはない。好きになろうとしていたという方がぴったりくるが、この表現も、母に見捨てられていたことを自覚したくなくて、傷つかないように無意識に認知の操作をしていたのだろう。

    もうやめよう。母を助けるのはもうやめよう。そう思って家を出た。なのに数年もしたら、母は、子どもたちのトラブルがあると電話をかけてきて私を頼った。頼ってくるのをうざいと思いながら、断ることに罪悪感があった。実際に断った後は結構しんどくて腹を立てていた。

    (※この腹立ちは、罪悪感を持つ自分に対するチャイルドの腹立ちーそこに気がつかないうちは、対象人物に腹を立て続けて脳内親を守っている)

    結婚後は離れられると思ったが、結局、自分が本当に手放さない限り、形を変え人を変えずっと続くのだった。





    ★無意識を意識化する---------

    無意識を意識化して、母に対する怒りをちゃんと味わってあげるまで、手放したと思ったものは何度でもチャンスがあれば形を変えて戻って来る。怒りを吐き出して、何度も絶望して、結局私が選んできたんだなぁと深層心理に辿り着いて、その自分を抱きしめた時に、ひとつずつ手放せるのだ。赦しを手にいれるのだなぁと感じている。
    自分を赦して相手も赦すー本当に赦し手放した感情は、その後は恨みとして口に出てこないと実感している。

    相手に怒りが湧いたり、その怒りを正当化したくなるときは、親を庇っている時だろう。まだ、手放していない親からの傷を見つけてあげないから、怒りとなって発動する。その怒りは、本当は昔の親に言いたいこと、そして、自分の傷を見ない自分自身に対して怒っているのだろう。

    現家族に対する怒りは、源家族に対する怒りがスライドしている。他人でも、身近になればなるほど怒りを持ってしまうのは、無意識に代理親にしているのだろう。よくあるのは、教師や上司や先輩や医者やカウンセラーや友人を代理親にしてしまい、大好きになったり、大嫌いになったりする。両極に気持ちが走る時は、依存が強くなっていて代理親にしていると疑うとよいかもしれない。





    母親を背負って生きている人、父親から守ってくれなかった母親を庇い続けている人、母親になれなかった母親を「忙しかったから」「父が横暴だったから」と庇い続けている人、どうか、自分のチャイルドに気がついてあげてください。




    子育ての愛に混じり気ないですか
    心のコップがいっぱいの親御さん
    どっち見てますか
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    アサーティブなあり方
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    【2015/09/11 11:07】 | 自律
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  脳内親  無意識  怒り  ハラスメント  インナーペアレンツ  
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    けやきさん
    中尾真智子
    > いつもこちらと英治さんのブログを拝見しています。

    ありがとうございます。

    > 自分の存在に対する謎、両親に対する謎、生きづらさの謎がようやく解けてきて、今こここを生きています。

    ながーい旅路だったことと思います。

    > 小さい頃から親の"親"だった私。
    > 一番上の子を自分の"親"にしようとしてた私。

    連鎖を実感されたのですね。

    > ようやく子供の親になってきたし、自分の育て直しをしています。

    がんばりどころですね。^^

    > これからもブログを楽しみにしています。とても励みになります。

    こちらこそ、ありがとうございます。



    けやき
    いつもこちらと英治さんのブログを拝見しています。
    両親がどんな子育てを私にしたのか、思い出し作業中にこの記事がアップされていました。

    両親に対するなぞは、ここに行き当たります。
    子供に対するメッセージが、親としてのものよりも親本人の必要性に応じたものだったのだな、と思い当たります。

    こんがらがった細い鎖を解きほぐすような、子供時代の思い出と思い込み、大人になってから得た知識で両親の子育てをあらためて思い出し考え、
    自分の思い込みだけの感情でなく、本当は味わっていたはずの感情をもう一度味わい直す、そんなことを時々しています。


    以前は両親に対して仕返ししてやりたい、後悔させたいという深い恨みの気持ちもありましたが、きっといってもわからないと、なぜだか諦めてもいました。
    過去に2回、話して逆ギレされているからだとおもいます。
    最近その諦めは、結局両親も連鎖の中にいて自分でどうすることもできず、苦しみながら子育てして、そして私に連鎖したのだ、彼らは常に被害者の立場(受身の立場?それか子供の立場ですね)でしかないので、子供がどう思ったか、という共感は得られないのだ、とやっとわかりました。それまではきっとどこかで、親なんだからきっといつかはわかってくれるはず、という期待や希望があったんだと思います。

    自分の存在に対する謎、両親に対する謎、生きづらさの謎がようやく解けてきて、今こここを生きています。

    小さい頃から親の"親"だった私。
    一番上の子を自分の"親"にしようとしてた私。
    ようやく子供の親になってきたし、自分の育て直しをしています。


    これからもブログを楽しみにしています。とても励みになります。

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    ★「夫が〜だから」---------------------

    「〜」は「怖い」「ケチ」「口煩い」「神経質」等などいっぱいありますが、特に現場で多く耳にするのは「夫が怖い。」です。

    よくよく聴いてみると、「怖い」は、自分の親の記憶に繋がっています。

    夫は、代理親になっているのです。(逆もしかり。)

    お互いに選び合っていますから、選んだ責任はそれぞれにあります。
    このことだけはしっかりと自覚しておいて欲しいのです。

    そうでなければ、自分の問題を相手に押し付けて、相手の問題を自分が引き受けるという境界線のない関係になってしまいます。




    ★夫婦連合---------------------

    夫(妻)が怖いというのは、怖いというレッテルを貼って問題から逃げているのでしょう。

    怖い夫(妻)のせいにして、自分の不幸物語を紡いで来たのでしょう。

    その姿を見て育った子どもが、負の連鎖を背負うことになるのです。

    子どもはお母さんが大好きですから、お母さんが喜ぶことをします。

    お母さんが、不幸物語を生きたがっていることを、子どもの無意識は拾いますから、色々な問題を起こしてくれます。

    家族の課題を子どもが教えてくれてもいます。

    この家族システムがおかしいよって、親がおかしいよって教えてくれています。

    親が気がついて、子どもにアプローチしたところ、親からもらった我慢の連鎖を発揮する子は、「私が悪いの。ママもパパも悪くないの。」と安心させ ようとするでしょう。

    大丈夫じゃなくても「大丈夫だよ。」とにっこり笑うかもしれません。

    ここで、子どもに甘えてはいけませんよ~。

    何度も言いますが、子どもはお母さんが好きだし、心配かけるな!という日本の文化で育っていますから、心配かける自分が悪い子だという思い込みを しているかもしれません。

    子どもの願いは、お父さんとお母さんが仲良しでいて欲しいのです。

    子にとって、両親が仲良しなことは、なによりの安全基地です。

    安心して、相談出来る両親でいて欲しいことでしょう。

    喧嘩をしても仲直りをして笑顔に戻れる、自律した大人でいて欲しいでしょう。

    今現在、夫婦関係にあるのなら、夫婦連合を築いてゆく努力をしてください。

    家族の中の問題は、まずは夫婦でしっかりと共有してください。

    今、子どもがいないご夫婦は、今から夫婦連合を大事に育てて下さい。

    お互いに、成長しあえる関係性を築いて下さい。

    「お願い」と「ありがとう」が言える関係を築いてください。

    夫(妻)の長所も短所も、距離をとって見守れるくらいに自律してください。





    ★子育てと境界線---------------------

    境界線を意識しないと、自律から遠ざかるばかりです。

    たとえば、人の携帯を許可なしで見る人は自他の分離が出来ていません。

    境界線もありませんし、母子分離も出来ません。

    勝手に部屋に入ったり、机の中を見てしまいます。

    心配ごとを見つけては、Doしたらいいんだろうと悩みます。

    子どもの問題を自分の問題にしてしまい、我が子の成長する過程を奪ってしまいます。

    事実をちゃんと見ないで、過剰反応な心配を抱えてしまう。

    ご飯も喉を通らなくなってしまう。

    家事もおろそかになってしまう。

    世間との境界線も見失い、怖い怖いと怯えることさえあります。

    勝手に見ておいて、怒りでいっぱいになる親御さんもいます。

    「親不孝な子ども」と嘆き哀しむ親御さんもいます。


    本末転倒ですね。

    境界線を意識して、問題(課題)の主体が誰かを見つめてください。

    そして、自分のもの以外は引き受けないことです。

    引き受けない=放置や無視じゃありません。

    引き受けずに、本人が問題を解決してゆく過程を見守ることです。

    引き受け手がいなければ、子どもはおのずと自分の問題と向き合うことになります。

    必要な時に相談に来れるように、「いつでも話しにおいで」というメッセージを伝えます。

    境界線を引いて見守るには、自分と向き合う覚悟が要ります。

    子育てを本気でやるならば、どうしたって自分と向き合わざるを得ないのです。

    我が子と対峙する「親として当たり前のこと(あえて“当たり前”と書きます)」をしないと、子どもが救われることはないでしょう。





    ★カウンセリング---------------------

    自分自身の問題と向き合おうとする時、なかなか一人では自分自身の課題が見えにくいので、カウンセリングをと考える方もいらっしゃるでしょう。

    この時に、大事なのは、自分自身のニーズにあったカウンセリングを選ぶことです。カウンセラー探しは、規約や要領を読んで納得されたところと契約 されることをお勧めします。ブログ等があれば、読まれる事をおすすめします。(ただし、相手になんとかして欲しいという依存があるとなかなか上手 くいきま せん。)


    例えば、当相談室ならば、相談申込み要領を読んで納得戴いた方をおうけしています。

    大きな特徴は、時間枠をとっぱらっていることです。2~3時間なら脚本ちゃんが喋って終わりますので、自分にたっぷり時間を用意することをおすす めしています。

    週に一回などの定期的な方法もしていません。気持ちがかけたい時に電話をかけてもらっていますが、その間隔は、個人によって、またその人の時期に よって違います。たっぷり時間をかけたカウンセリングを、実際の社会で体感して、自分で自分の育て直しをしていただいていると感じます。

    分割(借金)は依存を強めるので受けていません。以前は、お金が無い事情に同情をしたこともありましたが、お金が無くてもきちんと支払う相談者さ んがいらして、自律に向かう本気度はこういう姿勢に現れるのだと痛感致しました。そういう方がたは、普段から自分と向き合うことを意識しています し、自分 貯金(チャイルド貯金)をして、楽しみやカウンセリングに使っていらっしゃるようです。

    自律という目標に向かって、限りある時間(命)を、共有出来る方の鏡になりたいと思っております。




    子育ての愛に混じり気ないですか
    心のコップがいっぱいの親御さん
    どっち見てますか
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。



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    【2015/02/12 11:15】 | 自律
    【タグ】 人生脚本  脳内親  無意識  怒り  子育て  自律  代理親  境界線  母子分離    
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    今回は、シリーズで書かれている
    9-2)自己洗脳で心を再封印し、脚本のレールに自分を引き戻す(2004.夏)
    の補足( )内の部分を少し丁寧に書いてゆきたいと思います。
    -----ここから---------
    (これはカウンセリングも同じです。相談者の見せる切迫した感情や奇妙な動作、苦悩の叫びなど、時として脚本人生劇場の演出であることがあります。カウンセラーがそれに気づかずにそこに共感で終わることは、脚本ちゃんをエンパワーすることになり、その相談者は延々と脚本人生を歩くことになります。その脚本を受け止めることも大事ですが、受け止めた時点できちんとそれが演出であることを指摘することで変化が訪れます)
    -----ここまで---------


    ※【 】は引用部分

    【相談者の見せる切迫した感情や奇妙な動作、苦悩の叫び】ーどれほど頑張ったか、どれほど我慢したか、どれほど・・・と【時として脚本人生劇場の演出】をして、嘆き苦しむ様子を見せてくれます。この段階では、本当の感情は隠されていて、ご本人さえ気がついていません。

    脚本ちゃんは、親に認めて欲しいのに認めてもらえませんから、他の誰かを代理親にしてわかってもらおうとします。人を変え、場面を変えて、延々と脚本人生を歩いてきました。もちろん、カウンセラーも代理親にします。ここでは、代理親になっている自覚を持って、受け止める場面もありますが、その後にきちんとカラクリをお伝えします。カウンセリングが進むと、自分で気がついてゆきます。

    【カウンセラーがそれに気づかずにそこに共感で終わる】ーなんといっても、自分自身を騙してまで演じる【脚本人生劇場の演出】です。時には、こちらのフィードバックに、凄い剣幕で反論する人もありましたから、それほどまでに脚本ちゃんは脳内親に忠実です。私自身も、脚本かチャイルドか分かり難い場面があります。

    また、どんなに時間を費やしても、ご本人が脚本を手放す覚悟をしない限り、カウンセリングは進みません。時には、「カウンセラーは傾聴しろ(黙って聴け)。」というたぐいの要望を強く言って来る人もありました。その場合は、こちらのフィードバックは活かされることがないまま【脚本ちゃんをエンパワーすることになり】ますので、そのことをお伝えします。それで、気づいていただけることが多いですが、場合によっては、カウンセリングを一旦中止して、覚悟が決まったら新しく申し込みをいただくこともあります。どこに行きたいかはその人次第ですが、我々は【延々と脚本人生を歩く】ことを選んでいる人をエンパワーするわけにはいかないのです。

    ですから、【その脚本を受け止めることも大事ですが、受け止めた時点できちんとそれが演出であることを指摘することで変化が訪れます。】ー脚本ちゃんも、共感してあげないと降りてくれませんから、リアルに演じ続ける名女優の脚本ちゃんとしばしおつきあいしながら、ほころびや矛盾を見つけてお伝えします。

    相談者さんに「にこにこ笑って言う内容がきついです。」とか「怖い~。」とか言われることがたびたびあります。また、請求メールに、私が着目した部分をフィードバックしているのですが、はじめは凄い抵抗を感じて「苦しかった。」「読んで数行で止めて、数日後に読めた。」等と言っていた人も、慣れて来ると、「抵抗が強いほど核心に近い」と気づくようになってゆかれます。





    ★頑固な脚本ちゃん---------

    脚本ちゃんがこんなにまで頑固なのは、親に期待を隠し持っているからでしょう。現実の親や、脳内で育てて来た親を庇うために、誰かを代理親にして自分の本来の課題と向き合わないのです。誰かを責めたり、誰かに怒りをぶつけている時は、親を庇っていると言い換えることも出来ます。

    この脚本ちゃんを最終的に受け止めるのは本人です。自分自身が認めて受け止めてあげるように共感しながら、更に下の層のチャイルドに届くように種まきのフィードバックをします。この繊細な場面ではとくに、丁寧に進めてあげたいです。「傷ついたらごめんなさいね。」と前置きをして言うようにしていますが、流れで言えない時は請求時メールでのフィードバックになります。私は、毎日傷つける覚悟をしていますが、相談者さんも、傷つく覚悟なしではカウンセリングを進めることは出来ないでしょう。

    隠して生きて来た「傷」そのものを見てあげないで、「指摘される傷つき」から逃げ続けようとしますが、この時に傷ついているのは、人生脚本を手放したくない脚本ちゃん、つまりはダミー感情です。必死であがいて逃げようとします。あるいは、「傷」なんかありませんという風にスマートに逃げ切ろうとします。

    とはいえ、気持ちはわわさわさして、落ち着きませんから、おのずと、自ら葛藤の渦に入る場面が出現します。そうして、少しずつ、脚本人生とは別の、本当の傷を感じて味わって受け止めて浄化してゆかれます。





    ★カウンセラーは助けない---------

    カウンセラーは鏡です。私は、鏡として見える景色とその先の見立てをしながらフィードバックをします。迷路に入ってこちらに答えを求めたくなっている(依存が強い)場面や、思考が強い場面では、この部分は伝えて、この部分は少し待ってと言う風に見守ります。思考が強い人は、考え癖がある上に一人で頑張る脚本があるので、答えさえあればその先は「ひとりでできるもん!(教育番組にありましたね)」とばかりに、まずは答えをくれという姿勢の方がいらっしゃいますが、カウンセラーは人の人生の答えなぞ持っていません。自分で気づいて自分の足で立って歩を進めることこそが、自由と責任を担う自律の世界です。

    自律界は「誰か助けて」という甘えがあると辿り着けません。
    特別扱いをされていると思った人は自律しないという過去の経験から、当相談室は、例外を儲けていません。
    以前は、分割を受けていましたが、分割を中止にしてからのほうがどんどん進んでいます。分割(借金)という依存が無くなるだけで、こんなにも違うのかと思ったものでした。

    当相談室は、時間枠がありません。実は、私の相談者さんは、一人親で平日勤務の方や、共働きで平日勤務の方が多いです。フルタイムですから、なかなか時間が取れないだろうと思って2~3時間枠で受けた時期もありました。ところが、気持ちが出て来そうな場面で時間切れになるので、まもなく時間枠はとっぱらってしまいました。どうなるかなぁと思いましたが、有給を取ったり、協力者に頼んだりしながら、自分チャイルドにゆった~りと時間を作られていますし、時間枠で受けていたときよりも着実に前進しています。





    ★自分を救うのは自分---------

    どうか、カウンセリングに限らず、ご自身に時間を作ってあげてください。
    楽しいことをしてください。
    気持ちを口に出して下さい。
    人が抱える問題の多くは人間関係ですが、問題の主体が誰かを見て下さい。
    他人の問題を引き受けているから重たいし、思い通りにならないから腹が立つのです。
    自分と他人の境界線を持てたら、怒りが相手に関係ない自分自身の問題だと気がつきます。
    頼まれもしない荷物を抱えて、思い通りにならないと腹を立てて、相手に変われ!と要求し続けてしまったのは自分自身だと気がつくでしょう。夫婦や親子でありがちな光景だと思います。
    相手の問題が見えているけれど(当人が一番気がつきません)、それを引き受けず、距離を持って見守ることが出来るようになります。更に、アサーションを意識して、見えている問題を伝える自由もあります。相手が怒るから言えないと思ったなら、その方は自ら相手に束縛されています。更に言うと、レッテルを貼って、相手が変わるチャンスを奪い続けています。
    まずは、変わりたい自分を誰よりも優先して大事にしてあげましょうよ。





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    【2015/02/10 00:00】 | 自律
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  脳内親  無意識  ハラスメント  
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    のろのろ低気圧も過ぎて晴天が続きそうなGWですが、今日もブログをご覧戴いてありがとうございます。


    ★スマホからコメントが出来ない?

    久しぶりに、アクセスログを見てみたら、ガラケーでは今はDocomoがダントツです。次にau、Softbankの順でした。以前は、auがダントツでしたが、auでiPhoneを扱ってから減った気がします。Softbankはいち早くiPhoneに乗り変えた方が多いのでしょう。ガラケーの方がとても少ないです。

    なんて面白がってみたものの、ガラケーではプラグインが見えません。


    ★プラグインの記事を固定にしました。

    先日、スマホからコメントが出来ないという方がいらして、ググってみたのですが、詳しいことはわかりません。ちなみに、iPhoneからの『テスト投稿』は出来ました。

    ただ、スマホ表示とパソコン表示というのがあって、スマホ表示だと、ブログのプラグイン(両脇のご紹介)が見えないことがわかりました。スマホ表示というのは、ガラケーと同じ見え方なのですね。

    そこで、プラグインに書いていたものを、固定記事にしました。
    ☆☆カウンセリングのお申し込みについて☆☆




    ★再スタートの意味

    長らくやっていますと、随分前に中断されていた方のお電話がたびたび入ります。継続のおつもりでいらっしゃるのですが、数年の間に相談者さんの環境は随分と変わっています。ですので、新たに初回の手続きをして頂いています。また、継続中の方でも、カウンセラーに対する依存が強い方や、カウンセラーをコントロールしようとするハラスメントがたびたび見られる方は、仕切り直しをしていただいています。
    カウンセリング申し込み要領(中尾相談室)をきちんと読み、相談申込(私専用フォーム)を書くことで、自分の気持ちも整理されてゆき、覚悟も決まってゆきます。その姿勢は相談内容になにかしら表現されています。

    厳しいと思われるかもしれませんが、私たちの経験では、スタートから数回で頓挫した方は、IPが強く理屈でわかった気持ちになって、ご自身のICに繋がれない方が多いです。ですので、今ではやり直しをお願いしていますし、そのほとんどの方は、改めて覚悟されて、きちんと申込を戴いています。




    ★カウンセラーへの依存

    2010年から、中尾相談室のあり方も変わりました。まず、メールカウンセリングを止めました。理由はこちらをお読み下さい。

    カウンセリング料金に関しては、分割も受けていましたが、こちらが相手の借金を請け負うことは、依存を産むだけだと思い知るに至り止めました。収入の少ない方でも、自分貯金をして進まれています。

    カウンセラーに対する依存はやっかいです。カウンセラーになんとかして欲しいとか、カウンセラーが言ったことを言質に取ったりとか、『相手ありきの生き方』をしている自分自身を振り返ることもありません。

    多少の依存があっても、こちらが「依存が起こってる」と伝えて「なるほど!」と気がつかれる方は修正が起こります。そうじゃない方は、自分自身の『相手ありきの生き方』に気付きたくない、つまりは脳内親に支配されていることを「良し」としているわけです。おそらくは、自分で物事を決められない、誰かの意見を欲しがる、周りの人に対する不信感(実は自分自身への不信感)、ネット相談を見ては色んな意見に翻弄され傷つく、などなどわかりやすい現象が起こっているのではないでしょうか。

    依存対象は変わりながら彷徨う方、依存対象に執着する方、どちらも自分自身を生きてないので心細いと思います。とはいえ、決意と覚悟がないままでは、カウンセラーに依存するだけです。




    ★決意と覚悟がある方は変化している

    本気で変わりたいと思って始めた方は、多少IPが強くても、向き合うことから逃げないので年々変わってゆかれています。それと同時に、あれほど変わらないと思っていた親や配偶者との関係性もさまざまに変化しています。

    強い覚悟で始めた方には、初回からICと繋がってはIPと脚本の逆襲にやられる、というめまぐるしい変化に戸惑っている方もいらっしゃいます。ICが一気に溢れてくるので、それはそれで大変な思いをされています。どの方も、いずれここに到達するわけですが、早々と繋がった方は、ゆっくり深呼吸しながら進めています。深海から一気に浮上すると息が苦しいですからね。力に見合ったものが出ているでしょうけれど、その力に気がつかないまま、自己評価が低いままだとすぐに心のコップが一杯になります。受け止められる背骨作りをしましょうね。


    大丈夫。 一歩一歩、歩いていれば行きたい所に行けます。
    急がず焦らずていねいに参りましょう。



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    【2014/05/02 08:36】 | 自律
    【タグ】 心のコップ  インナーチャイルド  人生脚本  ハラッサー  脳内親  ハラッシー  無意識  インナーペアレンツ  ハラスメント  決意  
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    口に出す事の効果ー了解を頂いて掲載します。



    Aさんは大根漬けをしようとして、干さなくちゃなーと思いながら数日が過ぎてゆきました。やらなくちゃ、やらなくちゃ、と思いながら出来ないでいました。

    Aさんの夫は、冬場は仕事が減るので自宅でまったり過ごします。




    干されないままの大根を見ながら

    「これ、やんなくちゃ」と言うと

    「どうせやらないだろ」と夫は寝そべってテレビを見ながら言いました。

    Aさんは、猛烈に腹が立ちました。

    思わずぶつけそうになりましたが、我に返りました。




    (そうだ、夫にぶつけないで口に出してみよう)

    夫に聞こえない場所、トイレに行きました。

    小声で怒りを吐き出しました。




    ・やらないってなんだよ

    ・どうせってなんだよ

    ・お前がやれよ

    ・ふざけるな

    ・・・・・・

    ・・・・・・

    エトセトラ エトセトラ

    しばらく恨み言が出ていました。




    言い尽くして気が済んだ頃には

    ・やりたい時にやるよ

    と出てきました。

    不思議と怒りが消えていました。





    翌日には、大根を洗って干して清々しい思いになりました。




    IPと脚本の仕組みを打開出来ましたね。

    トイレで吐いた恨み言も、水に流してすっきりしたことでしょう。
    これから寒いですし、おすすめです。



    ★家族に、特にを子どもにぶつけそうな時は、とりあえずトイレに入って深呼吸してください。何故トイレかというと、我慢出来ない自然現象とも受け取れること、一番小さな守られた個室だからです。

    ※子どもを叩く、怒鳴る等の虐待衝動を止めるのは自分しかいません。わなわな震える自分の心をよしよししてから出ておいでなさいまし。(祈)



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    【2013/12/13 11:17】 | 自律
    【タグ】 怒り  脳内親  人生脚本  衝動  
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    独り言の効果
    すみれ

    >確かにトイレは寒いし、、頭も少し冷やせて、個室だから、安心して独り言言えますね。

    >独り言で気持ちを言うことを、こちらで教えていただいてから、もう習慣になりました。

    >それでも、相手に私の《怒り》が、雰囲気や語気の強さで伝わってしまったりしているかもしれませんが、前よりは怒りをそのままぶつけないように、言い方を変えたりして努力している自分を「頑張ったね(*^_^*)」と励ましています。

    >焦らず気長にやります。




    もも
    トイレで吐き出すのいいですね!今度子供に怒りたくなったらやってみます。ぶつけてもスッキリしなかったし、水にジャーって流します!

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    生きるって、日々の言動の積み重ね

    丁寧に生きたい





    「怒りは人に道具にされた時に湧く」という場合、道具にする方もされる方も無意識だ。

    その点で同等なのだが、相手に道具にされたと思うか、自分が道具を引き受けたと思うかで、生き方が変わる。

    道具にされたと相手のせいにしている間は自分の人生を引き受けてない。






    道具にされたと気がついたら、その事実と傷ついたことを伝えたら良いだろう。

    相手に怒りをぶちまけるのは、自分の怒りを持て余してる、自分自身に振り回されているんじゃないかな。

    それはそれで、そのことに気がついたら事実と謝罪を伝えたら良いと思う。






    比較、否定、分析、指摘、非難、批判など

    こんなものばかり貰っても(与えても)、それらに気をつけることで精一杯の防衛人形(あるいは攻撃ロボット)を育てるんじゃないのかな。

    気持ちがマイナスにしか傾いてゆかないのに、のびのびとした関係が育めるわけない。






    アイメッセージを使ってるつもりが、ユーメッセージになっていることは多々見られる。

    「私は」で始まっても相手を攻撃していたらアサーションから遠い。

    まずは「気持ちを伝える」ところから始めると良いかも。

    その結果に期待しないことも大事。

    相手は変わらないし、変えられない。






    いったいどれほどの禁止令や義務を食らってきたのだろう。

    こうするべきだ
    常識だろ
    普通は~だ
    軽卒なことをするな
    お前は~だから~なんだetc

    断定の助動詞で終わる言葉のきつさ。

    これらの言葉に溺れそうで心が死にかけていた人々が、未来の配偶者に子どもに同じことをする悲劇。






    子どもは、親の嫌悪してきた部分を無意識に取り入れているのだなぁ。

    親を論破してやると決めて、大人になったらそっくりさんとか。

    過干渉の親を嫌悪していたのに、結婚して配偶者や子どもに過干渉になっているとか。

    怯えた親を見続けて、無意識に怯えているとか。

    今更ながら恐ろしい影響力だと感じる






    ネガティブとしっかり向き合ってこそのポジティブじゃないと、ネガティブが沈殿していつかコア爆発するかも。






    いろんなハラスメントを仕掛けられて
    気持ちを乗っけて来られて
    期待をされて
    不満までもたれて

    その上申し訳ないとまで思いながら傷ついている人のなんと多いことよ。

    そして、無意識に自分も同じ事をしていたりする。

    無意識を客観視するには、どこかで傷ついた時がチャンスだ。





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    【2013/11/19 14:29】 | 自律
    【タグ】 無意識  客観視  ハラスメント  怒り  
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    yuiさん
    中尾真智子
    > こんばんは。yuiです。

    こんにちは

    > 時間がつくれた時に、(気持ちがつくれた時に)まとめてツイートされてる言葉を読ませていただいてました。最近拝見することが少なくなっていたので見逃してるだろうなぁ。と思っていました。
    > こんな風にまとめていただくと嬉しいです。

    私自身も、時間が作れたので自分のツィートから拾い集めてみました。(^m^)

    > 濃い。ですね。
    > シンプルですね。

    ありがとうございます。

    >
    > 忙しさにかまけて隅に追いやってる向き合う気持ち。
    > 自分の気持ちを救いだす決意。
    > そう、傷がチャンスなんですよね。

    ゚(¨)(. .)(¨)(. .) ウンウン

    >
    > 私には、すごく濃く、重いけど軽い。お言葉たちです。

    嬉しいです。

    > 上手く書けませんが、しばらくの間、気づいたら「丁寧に生きたい」と声に出してみます。
    >
    > 「今日」読めて良かったです。

    こちらこそ、ありがとうございました。^^



    yui
    こんばんは。yuiです。

    時間がつくれた時に、(気持ちがつくれた時に)まとめてツイートされてる言葉を読ませていただいてました。最近拝見することが少なくなっていたので見逃してるだろうなぁ。と思っていました。
    こんな風にまとめていただくと嬉しいです。

    濃い。ですね。
    シンプルですね。

    忙しさにかまけて隅に追いやってる向き合う気持ち。
    自分の気持ちを救いだす決意。
    そう、傷がチャンスなんですよね。

    私には、すごく濃く、重いけど軽い。お言葉たちです。

    上手く書けませんが、しばらくの間、気づいたら「丁寧に生きたい」と声に出してみます。

    「今日」読めて良かったです。

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    自分自身を赦すとき

    すべてを赦す瞬間に出会う
    自分自身の愛に出会う

    それは、意図して出来ることではない

    訪れるときに訪れる

    ひたすら、自分の気持ちを拾い上げて

    悪魔のような気持ちさえ、そっと痛ましく抱きしめて

    そんな思いを抱かなければならなかったことを

    やさしく泣いて

    激することもなくなり

    興奮もなくなり

    ただ、しずかな感情の流れを見守れるようになり

    ある日、訪れるのかもしれない





    ああ、ありがとう

    全ての善悪に生かされて

    育てられて

    生き延びた自分があるのだ






    言葉で言うのは簡単

    ほんものかどうかはいずれわかる

    まがい物は、饒舌

    可愛らしいお喋りとは違う

    饒舌に語って賞賛を浴びたがる

    語って酔いしれる

    そんなところには愛はない






    頭の中になんかない

    自分の外にもない

    一足飛びで前世を知りたがる人

    魂の声を聴きたがる人

    自身が苦しんで自律に辿り着くのだから、さぼっちゃだめよ

    前世がどうだったとか、自分を納得するのにはとてもいいと思う

    けど、今を生きている自分を前世のせいにしていられない

    地に足つけて生きようねって思う

    こころから思う




    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
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    【2013/09/19 23:44】 | 自律
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  
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    こうめさん
    中尾真智子

    > あれから、仲のいい古株サンに、意見があったらバシッと言ってももいいんだよって言われて、そう思えただけで気持ちが軽くなって、あれ以降嫌な思いをする事もなければ、逆にウルさかった人にもいくらか認めてもらえたり、気付けば何だかみんな丸く収まっていました…(・ω・;)

    こうめさんの中で「意見を言ってもいい」許可がおりて、気持ちが軽くなったのですね。^^

    >
    > ズルとか意地悪とかそういう偽物の強さじゃなくて、背筋がスッと伸びているような芯のある強さに惹かれます。

    ズルや意地悪は自分と向き合えない弱さかも。人のせいにしない人は芯があって惹かれます。



    こうめ
    すみません、この前はちょっと興奮してました(汗)

    前に別な職場でお局サンにされた意地悪と状況がダブってしまって、すごく嫌!って気持ちが先に立ってしまっていました。
    あれから、仲のいい古株サンに、意見があったらバシッと言ってももいいんだよって言われて、そう思えただけで気持ちが軽くなって、あれ以降嫌な思いをする事もなければ、逆にウルさかった人にもいくらか認めてもらえたり、気付けば何だかみんな丸く収まっていました…(・ω・;)

    ズルとか意地悪とかそういう偽物の強さじゃなくて、背筋がスッと伸びているような芯のある強さに惹かれます。

    こうめさん
    中尾真智子
    > 仕事をしていても、そういった事を感じる今日この頃。同じミスをしても、私ならこれ見よがしに怒っても(叱って、ではありません)いい、他の注意しづらい人にはあんまり強く言わない(言えない?)とか。ただの被害妄想かなって何年も思っていたのですが、監察しているとやっぱりそうじゃないみたい。昨日は「ちょっといい加減にしてくださいよ」って雰囲気を醸し出してみたら少し大人しくなりましたが、自分に隙があるんだろうなと思います。必要以上に言われない人を見ていると、なんていうか良くも悪くも自分の感情に素直なように見受けられます。私は逆らうことは悪いことって言葉と暴力で教え込まれてしまって、それが出来ない。ぐっと飲み込んでしまうから、相手は図に乗る。

    これらは、観察しながら思考していますね。

    > ちょっと、強い人をお手本にしてみたいと思います。

    う、うーん。それはいいのか悪いのかわかりません。が、こうめさんの“気もち”を、まずは自分自身で感じてあげることかなと思います。



    こうめ
    >こうめさんが侵入を許しているとも言えそうな気が。
    ズバリ、そうなんだと思います。
    仕事をしていても、そういった事を感じる今日この頃。同じミスをしても、私ならこれ見よがしに怒っても(叱って、ではありません)いい、他の注意しづらい人にはあんまり強く言わない(言えない?)とか。ただの被害妄想かなって何年も思っていたのですが、監察しているとやっぱりそうじゃないみたい。昨日は「ちょっといい加減にしてくださいよ」って雰囲気を醸し出してみたら少し大人しくなりましたが、自分に隙があるんだろうなと思います。必要以上に言われない人を見ていると、なんていうか良くも悪くも自分の感情に素直なように見受けられます。私は逆らうことは悪いことって言葉と暴力で教え込まれてしまって、それが出来ない。ぐっと飲み込んでしまうから、相手は図に乗る。
    ちょっと、強い人をお手本にしてみたいと思います。

    こうめさん
    中尾真智子
    > ホントにそう。出し抜かれたり、裏切られたり、もう沢山。それを悔やんでいる時間すら勿体ないですね。理屈では解っていても、気持ちがついてこないのが辛いところですが…。

    ゚(¨)(. .)(¨)(. .)

    > 他愛のないお喋り、いいですね。何だかキラキラしていいなーって。最近、「気楽な会話」が出来なくて。皆さん「忙しい」らしく、「何かあった時」じゃなきゃ話しかけちゃいけないって雰囲気で、メールや電話といえば先方が愚痴りたいときに来るか、こちらが業務連絡みたいな感じになるか。いつしかそういう時以外話しかけちゃいけないような気がしてしまって。

    「皆さん」が「忙しいらしい」と感じているこうめさんは、「業務連絡」以外には話しかけちゃいけないと思うのに、「皆さん」は「愚痴」の「メールや電話を」よこすのですね。こうめさんが侵入を許しているとも言えそうな気が。


    ももさん
    中尾真智子
    > 返ってきましたー。怒りをぶつけるのは良くないかも、、、とやっとわかった気がします。半沢直樹、涙をためながら怒ってるところにジーンとしてました(^^)

    半沢直樹は、劇画と言ってもいいほどの魅せ方でしたね。最終話だけは夫も一緒に観ました。^^


    こうめ
    >嘘で語る人も一生懸命自分を守っているのでしょうけれど、日常でおつきあいするには時間(=命)が惜しいですね。

    ホントにそう。出し抜かれたり、裏切られたり、もう沢山。それを悔やんでいる時間すら勿体ないですね。理屈では解っていても、気持ちがついてこないのが辛いところですが…。
    他愛のないお喋り、いいですね。何だかキラキラしていいなーって。最近、「気楽な会話」が出来なくて。皆さん「忙しい」らしく、「何かあった時」じゃなきゃ話しかけちゃいけないって雰囲気で、メールや電話といえば先方が愚痴りたいときに来るか、こちらが業務連絡みたいな感じになるか。いつしかそういう時以外話しかけちゃいけないような気がしてしまって。
    健全じゃないなって思います。


    もも
    返ってきましたー。怒りをぶつけるのは良くないかも、、、とやっとわかった気がします。半沢直樹、涙をためながら怒ってるところにジーンとしてました(^^)

    ももさん
    中尾真智子
    > 夫に怒りをぶつけて、悶々としていましたが、自分をゆるします!

    元気のいい宣言ですね。w(゜o゜)w
    ですが、ぶつけたい怒りは自分のものだから、相手にぶつけたら「倍返しだー(半沢直樹)」と戻って来るような。「悶々」こそが向き合いたいところかな。




    こうめさん
    中尾真智子
    > 頭で考えた言葉と、心から発した言葉は違いますね。嘘を綺麗な言葉で飾れるだけ飾ってる人と、今まで何人もすれ違ってきました。正直、苦手です。

    嘘で語る人も一生懸命自分を守っているのでしょうけれど、日常でおつきあいするには時間(=命)が惜しいですね。

    > 可愛らしいおしゃべり、最近聞いてないなぁ…

    あのね、こないだね、小学校の友人と担任だった先生に40年ぶりに会ったのー。87歳になってたの〜。せんせいったら生徒のこと一杯覚えていたのね。憧れの先輩が近くでパスタ屋さんを開いてるって聞いて、きゃっほーだわよ。その後、友達と二人で行ったの。先輩はいなかったのだけど、2号店の開店で頑張ってて、お店にお電話下さったの。受話器を渡されて感動だったよ〜。背は170もないけど、バスケットのレギュラーなの。なんでかって、ドリブルが素晴らしいの〜。きゃーきゃー!
    でもね、本当はその先生の事ずっと苦手だったの。勉強しろってうるさいしね。けど、親も言わない言葉を先生は言ってくれていたのね。高校を落ちた時、すーっと先生の顔が浮かんで、初めて本気で勉強したのね。その後も、先生の他の言葉や姿勢が浮かんでは私を支え続けてくれたの。先生は知らないけど、私は感謝で一杯なの〜。
    (たわいないお喋り編でしたぁ。)

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    ーカウンセリング現場より感じることー




    ひとは課題をクリアすると、螺旋の階段を登る

    課題から逃げると登れない



    一周した時に、同じような課題がやってくるので、何も変わっていないように感じるが

    逃げた人は同じ場所に戻ってくる。

    取り組んだ人は、一段上に登っている。





    上に登るということは、その課題に取り組む時に、自分の内側に潜るということだ。

    つまり螺旋の階段は、下にもあると想像してほしい。

    課題に出会ったら、意識の螺旋階段を降りる(潜る)ことになる。

    そして変化が起こり、

    気がついたら、螺旋の階段を登っている。

    潜る方に意識を取られて、登った自覚が無い方が多いのはないだろうか。

    逃げ続けたら、同じ場所でぐるぐるしているブラックホールになってしまう。

    (多くの皆さんが、ハラスメントは、過去と変わらぬ同じところで、同じ世界観で、変わらぬ文句を、ずーっと言っているのを体験されているだろう。)






    上に下に

    ふたつの螺旋が動いていると私は感じる。

    より膨らんで、まろやかに、変化(進化)しているように感じるのだ。





    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領を熟読戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2013/05/27 05:59】 | 自律
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    ももさん
    中尾真智子
    > 潜った分だけ上れるのですね(≧∇≦)じっくり潜ってきまーす♪

    誰でも持っている負の部分、自分にないわけないから、潜って抱きしめてあげてくださいね〜。^^

    ありがとうございます(*^^*)
    もも
    潜った分だけ上れるのですね(≧∇≦)じっくり潜ってきまーす♪

    ももさん
    中尾真智子
    > 娘&息子の学校行きたくない!がはじまってイライラと不安がでてきました~。ちょっとわたしとむきあってきます!螺旋を乗り越えるぞー(^O^)/

    \(^o^)/オー!!潜った分だけ螺旋の上に〜♪

    螺旋がやってきた♪
    もも
    娘&息子の学校行きたくない!がはじまってイライラと不安がでてきました~。ちょっとわたしとむきあってきます!螺旋を乗り越えるぞー(^O^)/

    すみれさん
    中尾真智子
    > >怒りの感情を口に出し続けたら、寂しい気持ちや哀しい気持ちがたくさん出てきました。
    > >そのまま泣きました。

    ゚(¨)(. .)(¨)(. .) ウンウン

    > >エンプティチェアやってみましたが、うまくできませんでした。

    一人では難しいですね。

    > >でも、今まで付き合いのあった人、今も付き合いがある人に、共通するところがわかりました。
    > >わかっても、次の瞬間スルッとわからなくなることがあります。

    ゚(¨)(. .)(¨)(. .) ウンウン
    > >忘れたころに、人のせいにする気持ちがわいて、あれ?と気付くこともあります。
    > >諦めないでやっていきます。

    自分を諦めない。(^^)b



    すみれ

    >怒りの感情を口に出し続けたら、寂しい気持ちや哀しい気持ちがたくさん出てきました。
    >そのまま泣きました。
    >エンプティチェアやってみましたが、うまくできませんでした。
    >でも、今まで付き合いのあった人、今も付き合いがある人に、共通するところがわかりました。
    >わかっても、次の瞬間スルッとわからなくなることがあります。
    >忘れたころに、人のせいにする気持ちがわいて、あれ?と気付くこともあります。
    >諦めないでやっていきます。




    すみれさん
    中尾真智子
    > >約2年前は怒りを自覚してなかったのですが、今は自覚できるようになりました。
    > >今までだったら、嫌なことがあれば友達と愚痴の言い合いだったかもしれませんが、今はしていません。

    嫌な気持ちを自分で口に出してみると、怒りの奥の傷に触れるかも・・・。


    ももさん
    中尾真智子
    > 逃げると同じところをぐるぐるということは、乗り越えるチャンスはまたやってくるということですね(≧∇≦)ちょっぴり怖いけど、楽しみなわたしです(^^)

    何度でもチャンスがやってきますね。ありがたいことに何度でも何度でも。^^



    すみれ

    >病院に通院していた時の、担当だった臨床心理士から、螺旋状の成長について言われたので、改めて思い出しました。

    >約2年前は怒りを自覚してなかったのですが、今は自覚できるようになりました。

    >怒りの処理がうまくできなくて、悔しかったりしますが、自分では前より人間臭くていいかなと思ったりします。

    >今までだったら、嫌なことがあれば友達と愚痴の言い合いだったかもしれませんが、今はしていません。

    >自分では成長しているように思えませんが、少しずつでも成長していけたらいいなと思います。




    螺旋階段って面白いですね(^ν^)
    もも
    逃げると同じところをぐるぐるということは、乗り越えるチャンスはまたやってくるということですね(≧∇≦)ちょっぴり怖いけど、楽しみなわたしです(^^)

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