家族カウンセラーの想いつれづれ
    幕末に訪れたオールコック(英人)は“大君の都”に「江戸の街頭で、裸のキューピットが父親に抱かれるのを見かけるが、これはごくありふれた風景だった。父親は、この小さな命を抱いて優しく起用にあやしながら歩き回っている。」と記しているとか。

    江戸時代は育メンが当たり前だったのですね。




    江戸時代の親より

    引用ここから--------
    最近のイクメンではありませんが、江戸時代は、父親が育児をしていたようです。
    しかし、孟母三遷のように母親が子どもの教育のために一生懸命になる姿が昔から紹介されてきました。その母親の姿は、寺子屋の教材として取り上げられ、紹介されてきましたが、その解説に「女性でありながら、素晴らしい子育てをしている。いわんや父親であれば。」と書かれてあるのを見ると、父親が育児をするのが普通であることがわかります。
    その意味から、かつては「父兄」と言っていたのかもしれません。どうして、父親が育児をしていたのかというと、子どもは目に見えない格式などを引き継ぐものであり、先祖から預かったもの、預かりもので、父親が責任を持って育てるという気風があったからだといわれています。
    この子どもは自分の所有物ではないと云う考え方から、昨日のブログの「換え子制度」のようなことが提案されるのでしょう。

    また、江戸時代には、母親が子育てに専念できない厳しい状況があったのもその理由だったようです。江戸時代、20代~30代の女性の死亡率は、男性の2倍もあったのです。その原因は、出産によるトラブルで、妊娠による病気や、難産、産後の日経ちの悪さが原因だったのです。
    また、農村では母親、女性は重要な労働力でした。女性として、出産時期が労働力としてもベストの時期なのです。ですから、江戸時代は父親が子育てに関わることなしでは考えられなかったのです。
    だからと言って、父親が一人で子育てができるわけはありません。そんな父親や家庭を助けるために、江戸時代には独特の地域システムがあったのです。いわゆる子育て支援が行われていました。
    天保、嘉永、安政にかけての混乱した世相の中、農民の教化と農村改革運動を指導し大きな事績を残した大原幽学は、「子供仕込み心得の掟」20か条を掲げています。

    1、預かった子を家中のものが可愛いと思うようになり、人目を忍んで落涙する程の愛情をかけよ。
    2、男は15歳、女は13歳までに何事も一人前にできるようにならないと生涯の恥なので、十分に心がけさせよ。ただし、これは口で教えると口で覚えるので、とにかく行いを示して教えよ。
    3.食事について意地汚くならないように心がけよ。
    4、子供が人の悪口を話すときは、家中内挨拶もせず知らぬふりをするが良い。
    5、人に呼ばれた時は、必ず返事をしっかりとさせるべきである。
    そして、最後の結びには、「ただ情の深いのが極上である」と書かれてあります。

    こんな幽学ではありましたが、親子の課題は何かというと、一人前になれない、親離れできない子どもというよりも、子離れできない親の問題でした。
    彼は、村人を立て直す同情として「改心楼」を建設して、子どもを独自に教育しようとします。その時に一番問題になったのは、甘やかす親と甘ったれる子どもであったようです。親子の情は、時として仇になることが多いことを指摘しています。子どもへの愛情がいつのまに溺愛になり、放蕩息子をつくることになって家は破産し、断絶することがままあったのです。
    ですから、子どもは小さいうちから第三者、今でいう保育園に入れるのがいいとしています。そこに入園させるのは、子どもを愛しているからこその行為であり、子どもを放り出すことではないことを強調しています。幽学たちは、幼いころから他人に面倒を見られるのは、親のありがたみ、他人の情けを知り、他との協調性、忍耐力を身に付けさせ、一人前の人間に育つためには非常にいいことであるとしています。
    子どもは、小さいうちは親のもとで育てるのが一番いいとする3歳児神話は、今では政策上の作戦であることはよく知られています。

    ----引用ここまで


    なるほどですねぇ。
    母親しか見当たらない学校行事で「ご父兄の皆様は〜」と言われる原点がわかりました。

    また、「養育往来(天保10年ー1839年京都の書家・小川保麿著)」には、子育ての秘訣が書かれてあって、90%は父親の子育ての心得が書かれてあり、子の9割がたは父親の子育ての結果である、とされていたそうです。

    妊娠中の妻が苦しみ始めた時の夫の心得が、図を使って説明されているそうですから、親切な育児書です。“まだ、体内にいる我が子さえ守るのは父親の責任とされた”なんて、頼もしいったらないですね。





    大原幽学が、我が子をよその子と取り替えて育てる「換え子教育」を始めた背景には、ー農村の改革があったようです。
    村人の心は飢饉の影響であれ荒んで、子供達の素行も乱れていたので、「村を立て直すには、改革しかない」と子どもたちの教育にも目を向けました。


    「江戸の父親たち」より

    引用ここから--------------
    1月5日夜、NHK教育TVで「大江戸子育て事情」という番組をやっていた。
    江戸時代、子どもは「家」やその財産、格式などを受け継ぎ、さらに次代へつなげる重要な役割を担っていた。
    その子どもを大事に育て、一人前にする役目を背負っていたのは父親であり、江戸時代は父親の子育て熱の盛んな時代であったという。
    それは、藩主から農民にいたるまでの様々な立場の人が書いた多くの「子育て論」からも伺えるという。
    また、江戸時代の人々は、親だけでの子育ては難しいことをわかっていて、地域全体での子育て体制を作っていたという。
    医療も発達していない時代で乳幼児の死亡率も高く、子どもを立派に成長させることは大変だった。
    そのため、成長の節目節目の通過儀礼を大切にして、地域全体で子どもを見守る体制を作っていたが、それが「仮親」である。
    これは、一人の子どもに、義理の親として何人もの大人が関わって地域社会の「絆」を深め、生涯にわたって子どもを見守っていくというものである。
    「仮親」は、妊娠中に「岩田帯」を送る《帯親》からはじまり、出産に立ち会い、へその緒を切る《取り上げ親》(産婆とは別)、出産直後に抱き上げる《抱き親》、名前を付ける《名付け親》、赤ん坊を初めて戸外へ連れ出して行き会った人を《行き会い親》、赤ん坊が丈夫に育つように形式的に捨て、それを拾って育てる《拾い親》→後日、実の親が貰い受けるなど等、さらに成人するまでには何人もの仮親がいて、最後は結婚時の仲人まで親が存在していた。
    そして、これらの親たちは、子どものセーフティーネットとして、生涯にわたって見守る役目を持っていたという。
    また、この「仮親」が、“父親たちの子育て”を支えていたという。

    江戸時代後期に、現千葉県旭市で農民を指導し、世界初の農業協同組合といわれる「先祖株組合(1838年)」を創設した大原幽学(1797~1858年)は、飢饉で荒廃した村人たちの心を取り戻すためと、未来を託す子どもの教育を兼ねて、「換え子教育」の実践に取り組む。
    これは、6歳~14歳くらいまでの年齢の子どもたちを、1~2年位ずつ実の子と他人の子を換えて育てるというものである。
    これは、格式やしきたりが違う家庭に子どもを預けて教育してもらうことであり、貧しい家の子は裕福な家へ、裕福な家の子は貧しい家へ預けられたという。
    そして、親たちが、どの子も我が子のごとく区別なく可愛がることで、人心の荒廃をくい止め、地域の絆を取り戻していこうというものである。
    この換え子は、幽学の死後も明治期まで続いたという。

    江戸期の父親の「子育て論」を調べてみると、むしろ親を戒めているものが多いと感じる。
    幼児教育に「三悪」といわれるものがあり、「表裏」「臆病」「傲慢」の三つの排除である。
    「表裏」は、親が子どもに対してその場限りの嘘をつくと、子どもも嘘をつくようになり「表裏」のもとになるから、親は子どもに対して嘘をつくなという。
    子どもが言うことを聞かないからといって、怖い話をして脅かせば「臆病」のもとになる
    子どもが気に入らないからと、(子どもの気に入るように)親が道理をまげて知らん顔をしていると「傲慢」のもとになるというものであり、どれも親自身の態度を戒めている。
    また、厳しい教育と折檻(体罰)は別で、まだ体のしっかり出来上がっていない子どもに対しての折檻は、親が病気の種を植え付けているようなものだと諫めている。
    あるいは、折檻は子どもに恨みを抱かせてしまい、結果的に子どもを悪い方へ向かわせてしまうと戒めている
    子どもを褒めればそこで止まってしまうので、褒めてはいけないというものもあれば、幼い子にも道理を尽くして語り、子どもも褒められれば嬉しくてさらに頑張るという、現代でいえば「褒めて育てる」というのもある。
    一番尤もだと思ったのは、悪くなってしまった子に対する接し方だ。
    大人に対する礼儀がないからといって怒ってはいけない、礼儀を教えられていないものに怒っても意味がない、まず、その子の善いところを一つ認めてやることから、人間関係を作っていき、大人自身が自分の親のことを思い出し、自分自身の真の気持ちをその子に語るべきだという
    つまり、口先だけのお説教や教訓は、相手の心に響かない、子どもを、表裏のない真っ当な人間に育てるには、大人自身も表裏のない真っ当な人間でいるということだ。
    そして、これらの「子育て論」の根底にあるのは、子どもを大事に育てるという思想だ。
    さらには、「子どもは預かりもの」で、戸主であってもその自由には出来ないという思想だ。

    引用ここまで----------------


    なんとも羨ましい。


    我々世代では《産む》という大業を成してぐったりしている枕元で、「次は男の子ね」と言われたなんてよくあることで、更には子育ての責任は母親に預けられてきたのです。母親はとても孤独です。その心細さを我が子を抱きしめることで耐え忍び、ついにはいつまでも母子分離出来ないまま、気が付いたら親子逆転しているーしかも気がつかないので連鎖します。

    「お前は母親だろ。」
    「子育ては母親がやるもんだ。」
    我々世代にはこのような男性も多いけど、彼らが本当に母親に愛されて育っていたとはあまり思えません。だって、母親に愛されていたら、内に育った愛情が妻子を放置しないでしょうし、我が子の責任を母親(妻)になすりつけようとはしないでしょう。自分の母親が心もとなく不完全だったから、妻に完全なる母親を求め続けるのだと思います。母親から本当には愛されなかった心の空洞を、妻に埋めてもらおうとするのじゃないかと思います。けれども母親の実態は見たくないから、無意識に母親を理想化して、それを妻に求めて(求めたとて高い理想は叶わず)、妻に不満ばかり言う男性っていますよね。ファザコン女性は、その逆をやって夫を苦しめます。





    1979年に出版された「母原病」という本がベストセラーになりました。
    著者の久徳重盛医師は、【人間学誌『致知』 /2000年12月 致知出版株式会社発行】で以下のように言っています。

    引用ここから-----
    小児科医の立場からいうと昭和30年から35年ごろにかけて、小児麻痺とか日本脳炎という昔の子どもの病気というのが非常に少なくなりました。それで将来の日本の子どもは健全に育つぞと思ったんですが、代わりに小児の心身症とか親子関係の歪みというような、それまでにはなかったような現象が出てきました。
    私の専門の喘息を例にとっても、子どもに投薬しても、生活スタイルを改善するように指導しても病気が快方に向かわないことが多くなり始めました。そういう患者を何人も診ていくうちに、これは身体的な原因だけでなく、心の問題が絡んだ病気ではないかと気づくようになりました。しかも多くの場合、付き添いとして一緒に来る家族、とくにお母さんとの関係が強いのではないかと考えつくようになったのです。
    -----ここまで

    戦争と、戦後の高度成長期が、母親を孤独にしてきたのでしょう。

    長い江戸時代(1603〜1867)を終えて、わずか88年後には「母原病―母親が原因でふえる子どもの異常 (1979年) 」がベストセラーですから、びっくりたまげてしまいます。江戸時代の面影はゼロ。人間ってほんと「忘れる」生き物なんですねぇ。
    『母親が原因で増える子どもの異常』ーつまりは、その母親を支える背景やシステム(社会構造)がおかしいということですが、「母原病」という言葉が独り歩きして苦しむ母親は多かったと思います。

    その後、久徳重盛医師は「父原病―父性なき父親が、子どもを歪ませる(1997)」という本を書いていますが、こちらも、父親を支えるシステム(社会構造)がおかしいということでしょう。

    いずれにしても、母も父も愛情豊かに育っていないから、こんなことになっているのでしょうね。





    2010年には、芦田愛菜ちゃんが、極寒の中薄着一枚でゴミ袋の中に入れられ捨てられていた怜南役をやった、「Mother」が話題になりました。(クライエントさんは辛くて見れないという人が多かった。)





    そして2011年には「母を棄ててもいいですか」という本が出版されました。
    これね、数年前に姉に送ったら「ちょっと読めない・・・」と言われちゃいまして、その後まもなくして、「“母という暴力”」は読めた、と。
    その時は適当に聞き流していたけど、今書いてみると、「母の暴力は受け入れるが、棄てることは出来ない」と言っているようではないか・・・。
    わお!“無意識に守る”ってこういうことです。





    今年は、「お母さん、娘をやめていいですか?(2017年1月〜ドラマ)」が話題になりましたね。

    早瀬美月は母親に真綿の支配を受けていたことに気がつかずに、「ママが大好き」で生きてきましたが、その母親ー顕子も、実母に苦しんできたことが描かれています。会社一筋だった父親が、顕子を母親としてじゃなく“妻”として向き合い始めてから夫婦関係が変わっていく様子も描かれています。
    母親にダメ人間のレッテルを貼られ、逃げるように結婚した顕子が、我が子(三月)を教師(自分がなれなったので母親に侮蔑を受けている)にさせ、自分の愛すべき分身として完全なる存在(人形)に作り上げようとする様子は凄まじいです。我が子のためじゃなく、自分の幸せのためでもなく、実母のためでさえなく、ひたすら脳内で自分を脅かす声に従って、忠実な人形を作ろうと必死なのです。そのたゆまぬ努力は脳内母親に見せるためにやっていますし、我が子を決して幸せにはしない執念があります。

    顕子の母親が、施設を訪れた孫の三月に、娘に対する本音(素直な反省の気持ち)を言った場面がありますが、直接言わないで娘を苦しめているんだもん、このばあちゃん確信犯です。「なーに孫にだけ良い人ぶってんだよ!ばーか、ばーか!」と言いたくなります。
    娘が脚本(アルコール)を手放さないための共依存者をやってる、決して娘を幸せにしないー解放しないのです。





    そして「母になる(2017年4月〜ドラマ)」。

    母原病と言われ、父原病と言われ、母を棄てたり、娘をやめたりして、やっと「母になるってどういうことでしょうね。」というテーマのドラマが出てきました。

    このドラマでは、産んだ母も、育てた母も、子どもを死なせてしまった母も、「母になるってどういうことだろう」と葛藤しますが、私はこの葛藤と向き合う人が「母親」なんだろうなと思います。逃げないで、言い訳しないで、向き合い続けることなんだと思います。

    「私は母になる途中なんです」と言うセリフがあるけど、真摯に向き合っている母なればこそ謙虚さが伝わって来ます。もし、未熟さの言い訳で「私は母になる途中なの!」と開き直って言われたら、「は?途中もなにも母親だろ!」と言いたくなるのじゃないかしらね。

    このドラマには、二人の母親を見守る多くの存在があります。
    例えば夫の母親が“家族会議”を開くと言い出し、孫(広)に関わる人みんなを集めるが、本当の狙いは、「結衣はひとりじゃない」ということを形にしたかったのでした。言葉で言っても説得力がありませんから、行動で示して形にする必要があったのです。こういうひとつひとつも勇気が要る世の中になってしまいましたから、ドラマでどんどここういう場面作ってほしいな。

    多くの人が、自分に無い魅力に惹かれたり、自分に似たものを感じて、結婚してみたら脚本もベストカップルなわけです。それはこのドラマの人物にも言えることだと思いますが、こどもの成長を思う時、自分を壊し(執着を手放す)、新しい自分を構築していくふたりの母親の様子に嬉しくなっちゃいます。

    家庭を築くー“築く”とは「積み上げてつくる」ことです。日々のたゆまぬ努力というか、“心がけ”がなければ築けないのでしょうね。積み木のように簡単に崩れる家庭にはしたくないですね。過去の自分の概念や執着をどんどん壊して、しっかりした土台を作りなおしながら家庭を築いていきたいですね。

    劇中で「母親に卒業はないけど家族にはあるー母親の手を離れた子どもがやがて家を出て行く時、それが家族の卒業」とあって、妙に納得しました。つまり、結婚しても(その後離婚しても)母親(&父親&兄弟姉妹&親戚一同等)に捉われているうちは、今の家族と生活しながら、心は源家族と暮らしてるのです。今の家庭が壊れるのも時間の問題ですよね、って脅したわけではないのですが、そう思えてきたらどうぞ少し焦ってください。本当に大切にしたいのは、どっちかな?





    色々と書きたい放題書きましたが、江戸時代のようにはいかないまでも、“母親”も“父親”も孤独にさせない社会システムになってほしいです。





    農村を救った知の侍ー世界で最初の協同組合を作った“大原幽学”

    長部村の遠藤伊兵衛さんにも拍手を送りたい。
    この人が動かなかったら、長部村は変わらなかったのだから。







    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2017/07/04 16:21】 | 育児(育自)
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  子育て  育自  大原幽学  江戸  養育往来  オールコック  
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    「或とき作左衛門留守の妻へ出状ニ 一筆申入火の用心おせん泣すな馬こやせ と 書て送りしと也」と岩瀬文庫蔵『古老雑話』にあると、 紹介されている方がいて、「おせん泣かすな、馬こやせ - 黌門客」で検索出来ました。
    とくめい
    御紹介の記事や引用元の楽しげな保育園の記事を読んでたら、終いには「…三歳児神話は、今では政策上の作戦…」と。根深いなと思ったので書いときます。
    恐らくは縄文以来、伝統的な日本社会は、異様に、男女を同等とする社会で、周辺とのお付き合い上、恥ずかしくなるくらい女性の権利が強い社会です。
    大正期くらい迄は、日本が取り入れようとした先進文明は男尊女卑の秩序で、導入に熱心な人達は、征服教化の対象の野蛮とされる事を恐れる又は受け入れようとする人達です。
    儒教圏から律令を導入する際も、
    凡、皇兄弟姉妹、皇子女、皆親王とは書けなくて、
    凡、皇兄弟、皇子、皆親王と書いて、本注で女帝子亦同と入れて、皇姉妹と皇女も親王、四世迄の女性皇親と五世の女性も同様に王とします。
    儒教圏では女性は親王、王とされませんので、皇子皇女を併せて「帝子」と呼びます。
    日本律令では、女の親王が内親王、女の王が女王です。
    男も女も親王、王で、女は男を補助する為に創られる男女差が解ってなくて、正妻でなくても天皇の母は院号を持つ国母で、庶子差別が厳格では無い社会じゃ教化植民地化の対象の野蛮とされかねないので、明治皇室典範から男は親王、王、女は内親王、女王、正妻の皇后、親王妃、王妃は婚姻により皇族とします。

    恋愛婚、離婚再婚自由なんで律令導入期は血眼になって二夫に見えぬ節婦を探して表彰します。節婦の存在は、他を征服教化する使命を持つ、男女の別有る文明社会を象徴するからです。
    女性の権利が強ければ、母子同居で、女性は異父兄弟姉妹の母となれ、子供の父達に対して「あんたの子でしょ!何とかしてやって」と、男親が提供出来る最高限度を要求しますから、子は父と同じ氏姓の同一身分とされ、父の世渡りの為の知識、技能、人間関係を受け継ぎます。別居婚でも婚姻関係破綻後も父子間に情が有り父母が話あえて協力出来る人間関係の基本を親子関係とする社会でないと男女平等は難しいんですが、近現代は婚姻関係を基本的人間関係とする文明社会が野蛮な他を植民地化教化する時代です。
    母子同居は女性が財産を持ち、労働して所得を得られる事が許容されないと無理ですが、江戸期迄子供は、働く母親の側にいました。
    「お仙痩さすな」(太らせろ)が原文だと言う話もありますが、
    武士の家では、あまり子供を泣かすと、戦働きが難しい大人になるとされていました。他の生業だって同じです。子供が一番泣くのは母子分離を強要される時です。

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    「母になる」ー9話で涙がぼろぼろ

    最終話(日テレオンデマンドは6/21午後9時59分で放送終了)は、予想通りの展開でほっとした〜〜。

    だってさ、子どもを苦しめる親でいたくないものね。
    9話で、「いい子でしょう?(自分が育てた!)」とそれまで自負していた小池ママが、

    「どんなに償っても償いきれないことをした、申し訳ございません。こうを産んでくれてありがとうございます。」と言いました。


    自分と本気で向き合ってカウンセリングも受けて、やっと自分が母親の為に生きていた、翻弄されていたと気がついたのです。

    この謝罪と感謝がなかったら、この先の未来はないなぁ。





    産みの母ー沢尻ママも、我が子のために歩み寄る方向に向かいます。

    本気で取っ組み合いの喧嘩をした二人の母

    いろいろと間違っていたことにも気がつけた。

    沢尻ママが

    「私が母親だから!

    あなたが(これで子どもを産めって言われなくなる)ってほっとしてた時に、マスコミから有らぬ疑いをかけられていたけど、そんなものは平気だった!

    そんなことよりも、こうが生きてる、どこかで生きてるって思っていた!

    母親だから!」


    というようなことを言った回があって、小池ママも圧倒されるのだけど、

    辛くないわけないよね・・・

    けど、我が子は今どこでどんな思いでいるだろうと思ったら「辛い」なんて言うわけにいかない。

    絶対に生きてる我が子に会う!ー信念が支えたんだろうな。

    どの母もこうなれるとは思わない。

    これがこの母の人生脚本なのかもしれない。(7/3追記)

    育った環境で全く違う母親になる。





    沢尻ママにしたって、誘拐犯の自殺で我が子は餓死したかもしれないところを、隣人の女性が保護したわけですから、この一点については感謝が湧くかなぁと思ったけど、そうは問屋が卸さないあたりも人間らしくて面白かったなぁ。

    “母親”で負けるわけにいかないーその気迫が伝わってきました。



    最終話で児童福祉司が

    「これで唯一無二の母親になりましたね、おめでとうございます。」

    みたいに言った時、

    この人はこの人で理想のお母さん像を思い描いているんだろうなぁと・・・。

    客観的に見られる立ち位置にいたかと思っていたんだけどなぁ。

    後に、Huluで見直してみたら、伏線を含め児童福祉司は必要な時に必要なことを言っていましたね。(7/3追記)



    まぁ、“産んだ母親はどんな人間でも特別なんだ”という回が伏線としてあったから、この流れが自然なんだけどね・・・。

    こう君にとっては、どっちも「お母さん」なんだよなぁ

    誘拐されて怖くて泣いていた時に救ってくれたお母さん

    ずっと一緒にいてくれたお母さん

    そのお母さんに「これで最後だから」と言う。

    そういうけじめがつけられる子に育ててくれたお母さん。

    産みのお母さん(沢尻ママ)からは、愛情をたっぷりもらって育った。

    その愛情が育てのお母さん(小池ママ)を包み込んだ。

    まぁ、この児童福祉司の言葉で、沢尻ママがはっとするのだけどね。

    そう考えたら、思慮深い児童福祉司はあえて言ったのかもしれない。



    なんにせよ


    やーっと、“母親は私”という執着心を手放せるようになった小池ママと、手放すと決意した沢尻ママに乾杯!





    最後に、養護施設で育った子が言います。

    「一番の復讐は、誰よりも幸せになること!」

    そうだ!そうだ!





    親の連鎖で苦しい人たちも

    未だ頭の中の親にあれこれ言われて身動き出来ない(と思い込んでいる)人たちも

    まず一歩踏み出そう。

    好き、嫌いを言おう。

    気持ちがいい、気持ちが悪い、と言おう。

    嬉しい、楽しい、悔しい、悲しい、寂しい、と

    気持ちを声に出そう。

    何も言わないでいたら始まんない。

    自分の気持ちを「声」で外にお披露目しようじゃないですか。

    人に聴かせるわけじゃなく、自分に聴いてもらうため。

    自分のために生きましょう。

    誰よりも幸せになりましょう。




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    【2017/06/20 17:58】 | 育児(育自)
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    6話を見て辛かった
    まるっこ
    6話の小池ママを自分と重ねて見てしまいました。
    私も小池ママと同じような間違いを犯してしまいそうな危うさがありました。
    自分に対してはしたいこと 親に対しては出来ることを忘れないようにします。
    小池ママとは違うなと思えるところは、母になりたいと一度も思えなかったところです。
    怒りや嫉妬の感情がそうさせていることは分かっています。
    私が母になることをチャイルドが許さないという感じです。
    私が子供を欲しくないことを許してくださった義理の父と母と夫に感謝ですm(_ _)m

    Re: 1話から4話まで見ました
    中尾眞智子
    > このドラマすごく泣けました。日テレオンデマンドが間に合わなくて、今Huluで見てました。

    おお!Huluは2週間無料お試し期間があるのですね。

    > 母親の気持ちが知りたくて見てみましたが、1話から涙ボロボロでした。コウ君の気持ちに感情移入したりもしました。

    最終話は「母に褒めて欲しかったこと」「孤独を埋めるためだった」「私は母ではなかった」と小池ママが言いますが、産みの母でもこういう人はいっぱいいますもの。いたたまれないです。

    > 明日も一気に見てしまいそうです(;_;)

    私も無料お試しで見てみまーす。(^^)

    1話から4話まで見ました
    まるっこ
    このドラマすごく泣けました。日テレオンデマンドが間に合わなくて、今Huluで見てました。

    母親の気持ちが知りたくて見てみましたが、1話から涙ボロボロでした。コウ君の気持ちに感情移入したりもしました。

    明日も一気に見てしまいそうです(;_;)

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    気がついたらもう8話ですね。


    沢尻エリカさんと小池栄子さんがともかく凄い。

    誘拐された子も、養母(門倉麻子ー小池栄子)にすくすくと育てられた様子。

    小池さんはやむなく施設に預けただけで、本当は手放す気がなかったのですねぇ。
    どこかできっと生きてると願い信じていた実母(柏崎結衣ー沢尻エリカ)は、やっと会えた喜びもつかの間、我が子が買ってあげたスマホで養母と連絡を取り合っているのを知ってショックを受けます。

    「礼儀も正しく挨拶もする、育て方がいいんだろうなぁ」と教師に呼ばれ、小池ママの「私のおかげです!」と言う姿が浮かぶ沢尻ママ。

    不幸な話のはずなのに、二人の母親に愛される子がちょっと羨ましい?

    小池さんほど熱心に子育てする母親にも、ずっと諦めないで信じ続ける沢尻母にも縁のない私は、そんないびつな思いが湧きました。

    二人の母は「我こそが母親だ」と主張し合うけど、なにかあれば我が子第一優先に考えます。一時的に手を組むことも厭わない。

    いっそ仲良く子育てして〜。

    そんな時期もあっというまに過ぎちゃうからさ〜。

    な〜んてね・・・






    今回は、仕事で忙しい母親の育児放棄の末に亡くなった子のエピソード。


    「俺の母ちゃん、今度部長になったんだ、営業部の売り上げナンバーワンになったんだ、ほんとは女優なんだ、ほんとはパイロットなんだ、世界中を飛んでいるんだ、大変なんだ、俺のために働いてるんだ、俺のために頑張ってるんだ」と言っていたかんちゃん。

    「絶対にお母さんの悪口を言わなかった」

    「誰かに大人に、酷い母親がいます!といえばよかった。かんちゃんは助かったかもしれない。ずっと後悔してました。」

    児童福祉司から聞かされて、自分を振り返る大塚寧々ママ




    「はじめは専業主婦で家のことはもちろん、子育てもしっかりやってた。」

    「離婚したあとも、仕事を始めた時も手抜きしなかった。」

    「勉強もちゃんと見てた。」


    ー完全主義だからこそ出来なくなってしまったのね。





    児童福祉司が言います。

    「自分がダメだと認めるところから始まる」

    「母親は(人は)やり直しがききます。」


    児童福祉司の言葉に勇気を貰う寧々ママでした。

       



    『自分がダメだと認めるところから始まる』

    『やり直し(育ち直しor生き直し)が出来ます』

    その通りなんだよなぁ


    人のせいにして怒鳴ったり脅したり、皮肉や意地悪言ったり、江戸の仇を長崎で打つようなことをしたり、記憶の改ざんをしたり、自分のことを棚にあげて責めたり、ハラスメント界はとかくまっすぐじゃないのよね。

    そういう自分のダメっぷりを認めたら、次から出来なくなると思うけど、そういう行為を相手のせいにして正当化するから出来ちゃうわけでね。

    誰もがぐるぐるするところー決意と覚悟の両方が必要です。


    決意だけあっても覚悟がないと勢いに任せた終着点はハラスメント界だったりね。


    覚悟があっても決意がないと軸がぶれてしまって気がついたらハラスメント界だったりね。

    さらには、主体が誰かをいつも念頭に置かないと、境界線がなくなっていつの間にか相手を勝手に心の所有物にしたりね。

    ただ感じる、慟哭とともに受け止める、誰にも出来ない自分にしか出来ないこと。

    そして、自分になりましょうよ♪

    その時は自然と母になって、父になってるでしょうさ♪


    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
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    【2017/06/04 08:08】 | 育児(育自)
    【タグ】 無意識  脳内親  ハラスメント  怒り  母親    
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    あれ?

    気がついたら、ひらいた両目から涙がこぼれていました。

    込み上げてくる思いがあるとか、ぐっと苦しくなる場面があるとかじゃなく、ただハラハラと涙が溢れていくのでした。



    (以下ネタバレ注意)
    ふん!

    トモは人を小馬鹿にしたように鼻を鳴らします。

    およそ子どもらしくない小生意気なトモの理解者はトランスジェンダーに悩むカイ。

    カイとは一緒にゲームをする仲なのに「学校ではこっち見ないで!私まで同じだと思われるじゃん!」と身も蓋もないトモーよほど普通に見られたいんだろうなぁ。

    カイはそんなトモに傷つく様子もなく初恋の男の子のことを打ち明けます。





    母親が消えて数年ぶりに訪ねるトモを、叔父のマキオは恋人リンコと迎えてくれました。

    リンコは料理が上手で

    キャラ弁を作ってくれて

    おっぱいを触らせてくれて

    「あかちゃんねぇ」とだっこしてくれました。


    リンコには本音(本当の気持ち)が言えるトモ。

    リンコも心からトモを可愛いと思い、マキオと結婚して養女にしたいと思います。

    「(介護士の)彼女が母親の爪を磨く姿が美しくて美しくて、好きになってしまったら他の(男とか女とか)ことはどうでもいいんだ。」というマキオの愛情がまっすぐでいいよなぁ。

    リンコのお母さんが、リンコがリンタロウだった中学の時に「あんたは女の子だもんねぇ。おっぱいほしいよねぇ。」と毛糸でおっぱいを作ってくれた時も、世の中がこんなお母さんだらけだったらいいのにって思いました。

    「私は自分の娘がいっちばん可愛い!」
    「リンコのことを傷つけたら承知しないよ」
    マキオの母親(認知症で施設に入ってる)のことや父親がこの世にいないことを、ぬけぬけと「ラッキー!」というリンコのお母さんが羨ましかったなぁ。
    我が母は、全面的に子どもたちの味方になることはなかったし、子どもの誰かが問題行動を起こしてサインを出しても「あの子の友達が悪いんだべさ」と言って自分自身を省みることのない人だったものなぁ。



    リンコが事故を起こして検査入院では男性部屋に入れられてしまって

    悔しくて泣くトモに「よく我慢したねぇ」と抱きしめるリンコ

    自分が辛い時でもトモをいたわるんだよなぁ。

    トモの母親ヒロミだったら、共感する娘に甘えて不幸自慢(本人は嘆きと思うだろうけどね)をするんだろうなぁ。






    カイの母親がリンコへの偏見から児童相談所に通報したせいで、突然マキオの家に立入検査が入った時は、リンコの気持ちを思うと切なくてたまりませんでした。

    カイがこの母親に理解される日はくるのだろうか、母親を諦める時がやってきても、自分の足で立っていられますように。

    カイが、母親に大野くんへのラブレターを勝手に読まれ破かれ自殺をはかった時、「そりゃあ死にたくなるね。」と生意気に言い、力強く「あんたのお母さんはたまに間違う!」というトモがなんと頼もしく自信に満ち溢れていることか。

    無条件の愛情をリンコにもらって、トモは自分を信じることができるようになったのでしょう。

    自信を持ったトモは、誰よりもカイを支えたことでしょう。





    いよいよトモの母親がマキオの家に引き取りにきました。

    養女にする気持ちが固まっていたマキオはそのことを言いますが、母親ーヒロミは「何言ってるの?あげるわけないじゃない。」と鼻で笑うように言います。

    マキオとリンコは悩んで覚悟を決めたというのに、まるでモノを扱うような「あげるわけにじゃない」に対してとても腹が立ちました。

    鼻で笑う感じは、トモの小生意気な態度と通じるものがあって親子だなぁと思います。

    反社会的なこと(子どもを置いて男と出て行く)をするヒロミは、自分の母親に対して甘えたくても甘えられなかったんだろうなぁ。父親が帰って来ないのは母親のせいだと子どもながらに感じ取っていたのだろうなぁ。

    マキオー「姉ちゃん、これが初めてじゃないじゃないか、無責任にもほどがあるよ。」

    ヒロミー「ちょっと預かってもらっただけでしょ。私ね女なの。母である前に女なのよ。一人で育ててどうしようもないときだってあるでしょ?そんなのも許してもらえないの?」

    ここでリンコー「許せません!女とか母とかの前にまず子どもを守らなきゃ、人として、大人として」

    しびれましたねぇ。そのとおりだと思います。

    「あんたなんか女でも母親でもないくせに!」と罵倒するヒロミ。

    どんなに頑張っても産めないリンコに向かって「あの子が生理になった時にちゃんとしてやれるのか?」ーほんとヒロミがにくったらしかったぁ。

    「女」「母親」という立場に甘えて努力もしないヒロミと、手に入らないものがある分葛藤して成長するリンコと、どちらが素敵かっていったらそりゃぁリンコさんですよ・・・。



    そんなどうしようもない母親なのだけど、それでもトモは母親に追いすがって「お母さん!私戻る!」と言うのです。

    あ〜あ、私だったら迷わずリンコとマキオに貰われていくのになぁ〜。

    この時のトモの気持ちにはどうしてもなれません。

    母がどうしようもない父親から、私と姉を連れて出たと聞かされてきたからかもしれません。

    「お母さんについてきて良かったんだよ」と祖母や叔母に言われて、きっとそうに違いないと思い、幼い頃はそのことを一切言わない母親を尊敬すらしていました(言う必要がなかっただけでしたが)。

    どんな酷い男でも自分が愛した事実(子ども二人を産んでいる)があるわけですから、そこは我が子に伝えてあげるべきでしょう。それをなかったことにするのは、自分の課題を配偶者のせいにして逃げ切りたいだけでしょうね。

    記憶にない父親でも、悪口を聞かされて育つと情緒不安定になっていきます。父親(母子家庭)でそうですから、父子家庭(母親の悪口を聞かされて育つ or 母親が自分を置いて出て行った etc)だともっと不安定になるかもしれません。

    さておき、ヒロミについていっても、コンビニのおにぎりが弁当に変わるくらいじゃないかなぁ。

    寂しいからトモをそばに置きたがるけど、男が出来たら行ってしまうんだよ?




    「でも今日は一人で帰って」ートモは言います。

    ちゃんとお別れをして、またヒロミのお母さん役をしに戻るのでしょう。

    マキオとリンコからもらった無条件の愛情を抱きしめて・・・。



    リンコはトモを見送る最後の夜に、トモにあげられる精一杯の贈り物を作りました。


    もう泣けて泣けて、泣けました。

    私はトランスジェンダーについてはさほど気にならず、ただただ人間愛を見せてもらったと思っています。

    「女なんだから」「男なんだから」「母親なんだから」「父親なんだから」「上司なんだから」「後輩なんだから」「お姉ちゃんなんだから」「お兄ちゃんなんだから」「妹なんだから」「弟なんだから」「医者なんだから」「教師なんだから」「カウンセラーなんだから」

    ラベルを貼って役割を押し付ける人もあれば(押し付けを拒む人もあれば)、それらのラベルに安穏と甘える人もあるのでしょう。

    自分自身の課題と向き合える人は、ラベルに縛られずに人として生きられるのかもしれません。

    リンコさんはどの時も人のせいにしないーその心が美しくて、ただただ美しくて憧れます。




    映画『彼らが本気で編むときは




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    【2017/03/11 08:53】 | 育児(育自)
    【タグ】 自律  トランスジェンダー    
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    日常的に怒りが強い人は、それが「当たり前」の世界(源家族)で育ったので、自分自身が相手に与える《圧》に気がつきません。

    ★かっと目を見開いたり眇(すが)めたり三白眼になったり、腕組みや語調で《圧》を与えているけど、本人は「普通に言ってる」と思っています。


    「怒ってる?」なんて尋ねようものなら
    怒ってないよ」と力強くかえってきます。

    「怒ってないのに怒ってるって言わないで!」と怒るなんてことはよくありますね。







    ★濁音(が、だ、で、etc)や促音便(小さい「つ」が入る)を強く発します。

    から怒ってないってっただろう(でしょう)!」

    「そうだっいったじゃないか(の)!」

    「ちう!ちがーう!」





    ★怒りを強調するために小さい「つ」が入ります。

    「うるさい!」

    ばっかじゃないか!」

    「ふっざけんな!」





    ★さらに相手を疑問系で追い詰めます。

    どう思ってるんの?

    何がしたいの?

    わかってんの?

    んっとうにわかったの?

    どこがわかったの?

    なんで謝ってんの?

    ほんとにわかって謝ってんの?



    ★相手を決めつけて話します。

    ★言葉の音程が上がったり下がったりと激しかったり、一本調子で冷たいです。








    おびやかされた相手は、“気持ち”が閉じて脚本が刺激されます。

    萎縮してしまう。

    固まったまま黙って相手の言うことを聞いてしまう。

    こんなに怒らせたのだから何か悪いことをしたのだろうととりあえず謝ってしまう。

    声の飛礫(つぶて)に嫌悪感を持つのに、逃げられずにそこに居続けてしまう。

    “怖い”を言わず(言えず)我慢して自分の中に無意識の「怒り」を溜め込む。







    怒りが強い人は自分で気がつかないまま、上のように相手の(受け皿になって我慢する)脚本を刺激して、同時に怒りの種まきをしているのです。

    相手の内側で怒りの種がほどよく育ち、いよいよ耐えきれなくなって悲鳴になって表出します(ハラッシーハラッサー)。

    すると

    怒ってるのはあなたじゃないの!

    強い語気で言い返されるなんてこともあるあるですね。





    ★自分の怒りに気づく

    自分ではなかなか気がつきませんが、口から出た言葉は耳から入ってきます。その言葉を手掛かりに、語気や濁音や発音が強くてきついなぁと思ったら、ちょっと深呼吸して穏やかに伝えてみるとその場のトラブルは避けられるかもしれません。

    とはいえしょせん小手先ですから、後から怒りが噴き出してきたり、相手をやり込めたくなるし、ムカムカしたりするかもですね。

    私は「怒り」を内包しているらしいぞ?と自分を疑ってみてください。

    疑ったら少し寝かせてみたり、間をおいて眺めます。

    じゃあなぜ怒りを内包してるのかというと、更に下に隠しているものがあります。

    慌てず急がずにじっくり向き合ってあげます。

    怒りが隠しているもの(=心に刻み込まれた傷)を無視しているいるから、自分の怒りに気がつかないのでしょう。

    その傷はお母さんの笑顔を見たくて見たくてずっと待っていたのにこっちを見てくれなかった哀しみ。

    待っても待っても私の番が来なくてずっとお兄ちゃんに夢中だったお母さんへの悔しさ。

    話しかける暇もないお父さんとお母さんへのがっかり。

    手伝いばかりさせたお母さんへの反発。

    100点とっても私には興味がないお母さんへの絶望。

    「優秀」が当たり前でそこから脱線できない悔しさ。

    かけっこが早くても褒めないお母さんへの絶望。

    お父さんも私に興味がなかったけど怒鳴った時は怖かった。

    お母さんは守ってくれなかった。

    向うの部屋で呆れたように見てる兄の顔が悲しい。

    「お前が悪い」と頭のなかで聞こえてくるお母さんの声。

    私を困らせるお前が悪い。

    悲しかったなぁ。

    怒ってるんじゃなくて、本当は壊れそうな心を守っていたんだ。

    傷つくのが怖かったんだ。

    弱い柔らかな場所で泣いている魂がいたんだ。



    こんなあんな自分に気がついてあげたいですね。


    ハラッサーとハラッシーハラッサーのいたちごっこから降りることもできるでしょう。


    ラスボスはお母さん。

    それ以外の人に怒りを持っているとしたら、その人をお母さんを守るために利用しているのです。

    別の人間を憎んでいたら、お母さんを守っていられるからね。

    お母さんを庇って守っている間は棚卸しは進まない。

    進んだふりをして自分を騙しても母親以外への怒りの表出ですぐにばれてしまう。

    自分にバレるより先に他人にわかってしまう。必ず自己矛盾が起こってしまうからね。

    一度は徹底してICの味方にならないと、思考でほころびを取り繕ってチグハグな辻褄合わせをしてしまいます。

    嘘の棚卸しになってしまうから、一度は母を棄てる覚悟で自分(IC)の味方になりましょう。

    ずっと先に「お母さん大好き!」がもう一度湧き上がってくるでしょう。

    犠牲的で我慢する愛情じゃなくて、自然体でただ愛するだけの「大好き!」が。

    お母さんがどうあろうと、自分の中にある愛情が可愛いし嬉しいし幸せでしょう。

    その時は嫌悪する人もなく、穏やかに自分の命を生きられるでしょう。







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    【2017/01/11 07:00】 | 育児(育自)
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  ハラッサー  ハラッシー  怒り  
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    あさが来たーより記憶に残った台詞


    千代はまだ、蝶々でいうたら
    蛹の時期やす
    そないな時に親ができるこというたら
    どないに嫌われても
    悪態つかれても
    おてんとさんみたいに
    さんさんと照らしてやることだけかも
    わからしまへんな


    子ども達のイヤイヤ期も思春期も、大きな視野でのりきりたいですね。
    子ども時代にけ止めてもらえなかったチャイルドが嫉妬して、いらいらしたりカッとなったりします。
    そんな時は、記憶に住んでいる小さいちゃんをおいでおいでして抱きしめてあげたら良いなぁ。



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    【2016/04/18 07:18】 | 育児(育自)
    【タグ】 インナーチャイルド  脳内親  無意識  インナーペアレンツ  
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    子どもの声が騒音かそうじゃないかというのを見ると

    騒音(やかましい音)だと認めて受け入れることが大事だと思う

    やかましくない子どもがいたら心配で気になってしまうなぁ

    何かに集中しているならほっとするけど・・・





    こどもが集中すると本当におとなしい

    集中力が身につくには

    思いっきり遊んで楽しむこと

    好奇心でいっぱいな気持ちや行動が許容されて育つことが大事





    気持ちや行動が許容されて育つと

    自分自身を信じる心(自信)も深まってゆくので自律してゆく






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    【2015/08/25 07:09】 | 育児(育自)
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    産まれてから感情表現をし続ける我が子

    親はポジティブな反応は容易く受け入れる



    ネガティブな反応を受け入れたくない親は多い
    親が傷つきたくなくて

    怒ったり

    無視したり

    ご機嫌をとったりすると

    子どもは

    感情を閉じたり

    自分の気持ちがわからなかったり

    突然いらいらを爆発させたりする

    困った子として扱われるようになる



    子どもがネガティブな感情を露わにした時に

    「痛いねぇ。」

    「悲しいねえ。」

    「悔しいねぇ。」

    「がっかりしちゃったね。」

    「むかむかしてるのね。」

    などと言葉で語りかけて受け入れてあげる

    それで子どもは安心する

    もやもやした気持ち(ネガティブな感情)を

    自分の言葉で表現出来るように育つ


    そこから始まらないと躾は押し付けになる



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    【2015/08/07 07:23】 | 育児(育自)
    【タグ】 ネガティブな感情    負の感情  
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    すみれさん
    中尾眞智子
    > 自分の中の子どもに対しても同じだと思って、自分に向かって言うことはよくあります。

    気持ちを口に出してあげて、受け止めてあげるー自分育てをして背骨(自分軸)を作ってゆく自律への大切な過程ですね。



    すみれ
    私には子どもがいませんが、自分の中の子どもに対しても同じだと思って、自分に向かって言うことはよくあります。






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    親と喧嘩して謝ったけれど」という記事をたまたま読んだ。

    母親にも回答コメントにも言葉を失った。




    「教育義務も、衣食住の義務も親にある。

    あなたは悪くない。

    10位に入る約束をあなたが言い出したとしたら

    『それは約束じゃなくてあなたの目標だよ。』

    と教えることがお母さんの役割だと思いますよ。

    それから、約束を破ってしまうことはあります。

    こんなに罰を与えられたら、人と約束することが怖くなってしまうでしょう。

    あなたは、守られる立場なのです。

    あなたの怒りは、あなたの悲鳴じゃないかなぁ。

    あなたは悪くないよ。」





    と書いてあげたい・・・。




    脚本が出来上がって行く過程の1ページを垣間見たようで・・・。


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    【2015/04/24 09:48】 | 育児(育自)
    【タグ】 ハラスメント  インナーペアレンツ  義務  約束  人生脚本  
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    Claireさん
    中尾眞智子
    > 初投稿です。あまりの凍ったコメントにこっちが硬直しましたが、中尾さんのブログを読んでホッとしました。

    ありがとうございます。

    >ぜひ中尾さんのコメントを本人に届けてあげてほしいと思いました。

    記事を読んだ時にはコメント締め切りになっていましたが、ここで表現することで、別の似た誰かに読んでもらえるかもって思います。
    初コメントありがとうございました。^^


    Kさん
    中尾真智子
    Re: 涙出た。。
    > 成績のことでは、1度も言われたことないです
    > おかげさまで、中3の時は成績優秀でした

    それはそれは頼もしい。勉強を楽しめたのではないでしょうか。

    > あの重い親を持ちながら、よく頑張れたもんじゃ笑

    親が過干渉しない「勉強」が逃げ場になることもありますからね。^^

    感想と願い
    Claire
    初投稿です。たまたまこの記事を拝見しました。
    もとの中学生の女の子の文章も拝読しました。コメントも。あまりの凍ったコメントにこっちが硬直しましたが、中尾さんのブログを読んでホッとしました。ぜひ中尾さんのコメントを本人に届けてあげてほしいと思いました。が、これってシロウト考えでしょうか…。

    涙出た。。
    このお嬢さんが不憫でたまらなくなりました
    成績良いことは、そんなに良いことかねぇ。


    うちの母親も相当頭おかしいですが
    成績のことでは、1度も言われたことないです
    おかげさまで、中3の時は成績優秀でした
    あの重い親を持ちながら、よく頑張れたもんじゃ笑



    こうめさん
    中尾眞智子
    > ブログは読んでいましたが、コメントはお久しぶりです(^^)

    お読みいただいてありがとうございます。^^

    > 親のお人形なんかやってられるかっつうの(-""-;)

    ほんとですよねぇ。ところが無意識の時は、親の操り人形になっている人が多いです。

    > 回答者の皆さんのコメントも、何だかズレてるなぁーと感じながら読みました

    表のキャッチボールとして「どう謝ればいいか分かりません。だれか、教えてください…。」に対応してしまうのでしょうね。

    。自分にもかつて似たような事があって、それこそ母や教師から「嘘つき」とか「裏切られた」とか大騒ぎされましたから…。

    目上が保護すべき対象にそんなレッテルを貼ってはいけませんね。

    >それからというもの、目標を立てて何かを頑張るとか、未来を見据えて何かをするという事が怖くなってしまっていました。万が一、失敗したらと思うと怖くて怖くて仕方がない。

    勘違いなどを含め、嘘をついたことがない人はいませんから、小さいことでも束縛されてしまいますね。毎日怖い思いで過ごして、悔しいですね。

    >今も、資格を取りたくて勉強しているのですが、かなり強い気持ちでいないと、時々そんな不安に襲われます。

    こうめさんは、好きなことをやっていいんですよ。許可なんかいらないんです。

    >もう、勉強していることも内緒です(>_<)

    この一言に束縛されていることがひしっと伝わりますが、こうめさんは悪いことは何もしていません。言う必要ないなら言わなくていいんですよ〜。

    > わたしの人生なのに!お母さんや先生の人生じゃないんだよ!謝ってほしいのはこっちの方だよ~って思います。

    うん。

    > 相談者さん、理不尽に負けないで(>_<)

    こうめさんもふぁいと!



    こうめ
    ご無沙汰してました!ブログは読んでいましたが、コメントはお久しぶりです(^^)

    相談者のお母さん、親の義務であるはずの事を「こんなにやってあげてる」なんてネチネチ、何だかなぁ~。うちの両親もそうだし、義父母も、何か気にくわない事があるとその度に「(旦那に)学費をいくら出してやって云々~」とか、ネチネチ言ってきますよ。全く、こちらはもうアラフォーだってのに、親のお人形なんかやってられるかっつうの(-""-;)
    回答者の皆さんのコメントも、何だかズレてるなぁーと感じながら読みました。自分にもかつて似たような事があって、それこそ母や教師から「嘘つき」とか「裏切られた」とか大騒ぎされましたから…。それからというもの、目標を立てて何かを頑張るとか、未来を見据えて何かをするという事が怖くなってしまっていました。万が一、失敗したらと思うと怖くて怖くて仕方がない。今も、資格を取りたくて勉強しているのですが、かなり強い気持ちでいないと、時々そんな不安に襲われます。もう、勉強していることも内緒です(>_<)
    この記事を読んで当時の事を考えれば考えるほど、わたしの人生なのに!お母さんや先生の人生じゃないんだよ!謝ってほしいのはこっちの方だよ~って思います。
    相談者さん、理不尽に負けないで(>_<)

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    最近「褒めて育てよ!」という言葉に違和感が湧いています。

    叱るより褒めろっていう感じ

    褒めたら育つという感じ

    この「褒める」の受け入れやすさは、「褒められたい」人々の思いではなかろうか。

    親が褒めることで、親に褒められたことを頑張る

    親に褒められるように頑張る

    もっともっと頑張る

    頑張ることから降りれなくなる

    親は、頑張れなくなった我が子を受け止められず、もっと頑張れって言ってしまう。





    褒めて育てる、という意識に隠れ潜む無意識には

    「褒めないと育たない」という強迫観念や

    「叱ったらダメ」という禁止令がありえます。

    これらに束縛されている親御さんは、褒めることも叱ることも怖くて出来ません。

    これらの人は、親の脅威を身に沁みながら育ったのでしょう。

    (褒められた記憶や、叱られた記憶がなくて出来ない人もいます。)




    「褒める」も「叱る」も上からの言葉なのです。

    親は、親であるだけで権威です。

    子どもにとって世界中の誰よりも権威ある存在です。


    権威から降りて、子どもと在ること

    子どもの成長を、子どもとともに喜ぶ存在であること

    親子して楽ちんです。

    楽ーラクですし楽しいです。


    「褒めたらいけない」「叱ったらいけない」とは思いません。

    そういう場面もあるでしょう。

    その後のケアも忘れないで欲しいのです。





    ※褒める
    1 人のしたこと・行いをすぐれていると評価して、そのことを言う。たたえる。「勇気ある行動を―・める」「手放しで―・める」「あまり―・めた話ではない」⇔そしる/けなす。
    2 祝う。ことほぐ。
    goo辞書

    1は評価され、2は日常では大袈裟です。

    ※評価
    1 品物の価格を決めること。また、その価格。ねぶみ。「―額」
    2 事物や人物の、善悪・美醜などの価値を判断して決めること。「外見で人を―する」
    3 ある事物や人物について、その意義・価値を認めること。「―できる内容」「仕事ぶりを―する」
    goo辞書





    これらとは別に、「教育評価」という言葉があります。

    児童・生徒の知能・学力・適性・性格・身体・健康などの変化を、教育目的に照らして価値判定すること。これによって教授計画改善や学習の動機づけをし、教育効果の向上を図る。
    goo辞書

    例えば、通知表がわかりやすいでしょうか。

    テストの成績表、学級委員、部活動、生徒会、進路など、たくさんありますね。

    ここに親の操作が入ると、教育現場は混乱しますし子どもが安心できません。

    外でも家でも緊張状態が続きますから、だんだん疲弊してゆきます。

    親は、安全基地であって欲しいですね。




    心のコップがいっぱいの親御さん
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    【2015/04/16 08:50】 | 育児(育自)
    【タグ】 褒める  叱る  安全基地  教育現場  評価  無意識  禁止令  強迫観念    
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    すみれさん
    中尾真智子
    > 親にとって価値があるから褒められ、親にとって価値がないから叱(怒)られる。

    親の所有物じゃないのにねえ。

    > 未だに親元にいた頃の習性ひきづってて、ごっちゃになります。

    脳内親め〜。IPに気がついたら無視してやりましょうね。


    すみれ
    私の育った家だと、常に評価で褒められ叱られていた気がします。
    親にとって価値があるから褒められ、親にとって価値がないから叱(怒)られる。
    未だに親元にいた頃の習性ひきづってて、ごっちゃになります。




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