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    家族カウンセラーの想いつれづれ
    親を背負った人生脚本(脚本感情)を選んでいる時

    心(本当の気持ち)で生きていないので

    “人でなし”の振る舞いをする

    それに言い訳(脳内母としか繋がらない誓い)を重ねて

    本当に人でないモノになっていく

    【2018/11/10 08:48】 | 人生脚本
    【タグ】 人生脚本  生き癖  存在不安  
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    いろいろと乗り越えたつもりでも、更に深いところの棚卸しが待っています。

    そして、それはやっぱり母親に繋がっていきます。

    そのたびに、自分を選び、その道を信じる、信じて進むのです。

    脳内親の指令(べき、ねば)や

    脳内親の脅し(罪悪感、恐怖)に操られないでください。





    道はいつだって整理整頓されてはいませんから

    頭でどれほど理解して

    どれほど分析したところでそのとおりに進みません。

    葛藤は葛藤で

    混沌は混沌で

    しっかり味わって

    それを外から眺めて

    親からの連鎖を思い知り

    自分にがっかりしてうんざりして

    その自分を捨てる(親を捨てる)と決意して

    新たな行動が始まります。





    この過程を、一足飛びに進もうとしても必ずつまづきます。

    けど、めげないでください。

    つまづいた自分を省みてまた進めば良いのです。





    自分を外から眺める癖をつけてください。

    人からどう思われるということではありません。

    自分を客観的に見る癖です。

    もっともらしい感情が、実は脚本感情だったり

    ICを利用した脚本が、違う解釈をさせていたり

    あらゆる手段で、無意識が親を庇っていることも見えてきます。





    ダメだとレッテルを貼らないことです。

    「まだこんなところに居るのか」と絶望するのは脳の仕業。

    「まだこんなところに居る」という事実はまっすぐに見て、

    「ここまでの道のり」も切符としてその手に握り、

    諦めないで自分を愛していきましょう。





    裁縫が好きなのに針を持てなかった人が

    今では素晴らしい作品を次々生み出しています。


    もう生きる力がないと泣き崩れていた人が、今は天職を楽しんでます。


    声が出ないと言っていた人が

    歌うことで発声が変わり自信が湧いていきました。


    親に奪われ自信を持てなかった人が

    子どもの頃の夏休みの課題に挑戦して喜びと達成感を持ちました。


    ウィンドウショッピングなんて無駄だと思っていた人が

    楽しみや喜びを感じるようになりました。


    自分で洋服を選べなかった人が、選んで買うようになりました。


    親にお金を渡していた人が、家を出て自分の為に稼ぐようになりました。


    スケジュールを埋めないと落ち着かない人が、

    何もない1日を楽しめるようになりました。


    スケジュールを決められない人が、

    好き嫌いで予定を決めて楽しむようになりました。


    「言えない」と思い込んでいた人たちが

    ロールプレイ体験を積んで生活サイクルが変わりました。


    思いっきり喧嘩をしちゃったけど

    わだかまりが消えて仲良くなりました。


    相手を客観的に見れるようになり

    様々な執着や衝動を手放せるようになりました。


    全く思い出せなかった小さい頃の記憶が蘇り、棚卸しが進んでいきました。



    それらの詳細は書けませんが、

    自分を救う!

    自分を諦めない!

    この意志を持ち続けて頑張った日々。

    時には、足元をすくわれるような出来事に出会い、

    時には、辛い別れを経験し、

    投げ出したくなったりしたこともありながらも、諦めなかった人々。

    彼らは自分の脚本がわかりますから、“悔しさ”がわいてきます。

    まずは親への“悔しさ”と“がっかり”

    次に、脚本に乗っ取られて生きている自分への“悔しさ”と“がっかり”

    “がっかり”を見ないようにして、親をかばい続けてきたことにも“がっかり”

    さらに深いところで、自分を見つめてゆくことになっていきます。





    そうして、脳内親と戦うコツがその人なりにわかるようになっていきました。

    気持ちで行動出来るようになっていきました。

    ICが出た後の“脳&脚本”の逆襲にも感度が働くようになっていきました。

    翻弄されていたこれまでと違って、

    客観的に事実を見つめられるようになっていいました。





    “事実を知る”

    そして

    “事実を見る”

    “気持ちを気持ちのまま感じる”

    誰もかばわず(代理親にした誰かを庇わず)

    言い訳もせず(脳内親を庇わず)

    誰のせいにもしないで“気持ち”を受け止める。

    その時、

    “自分を生きる喜び”で満たされていることでしょう。





    諦めないで自分を慈しんでいきましょう。



    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2017/10/24 09:00】 | 自分との闘い
    【タグ】 インナーチャイルド  怒り  存在不安    カウンセリング  脚本  生き癖  過剰反応  
    トラックバック(0) |
    ハラッサーは「あなたが私を~させるから悪い。」と相手を責め続けます。

    「~させるから悪い!」の「~」は、怒らせるから、哀しませるから、いらいらさせるから、焦らせるから、待たせるから、などなど。どこまでワガママなんでしょうね。
    ハラッシーは「私が~したから悪いんだ。」と自分を責め続けます。

    怒らせたから、哀しませたから、いらいらさせたから、焦らせたから、待たせたから、などなど、どこまでウケザラなんでしょうね。


    ハラッサーの【自分以外の誰かのせいにする生き癖】とハラッシーの【自分のせいにする生き癖】がマッチして、ハラッサーは「どんなに言っても理解されない!」と嘆き、ハラッシーは「どんなにやってもやっても報われない!」と嘆き続けることが出来て、不幸物語の相性はベストカップルです。

    が・・・

    ハラッサーの【自分以外の誰かのせいにする生き癖】が、言動として特定のハラッシーに何度も繰り出されると、そのハラッシーは、忍耐キャパを超えてしまい、ハラッシーハラッサーとなって我慢した分の恨みつらみをぶつけることになります。

    ハラッサーは常に【自分以外の誰かのせいにする生き癖】ですから、ハラッシーがハラッシーハラッサーになった時にも、表層意識では嘆きますが、無意識は大喜びで「あなたはちっとも変わらない!だからあなたが悪い!」と責めることが出来ます。つまり、ハラッサーは一生ハラッサーでいられるのです。

    そのままハラッサー対ハラッサーの緊張状態が続きます。

    その後、ハラッシーは慣れないハラッサーの役に疲れてしまい、(私が謝ればことはおさまる)という受け皿に戻り、ハラッサーに謝罪します。

    ハラッサーは、「そら見た事か!私の言う通りだとわかっただろう!」と鼻高々に憎々しげに言ったり、「そこまで謝るなら許してやる。」と太っ腹ぶりを見せたりします。

    ハラッシーは、我慢してこれらを受け入れて、ことなき日常に戻そうとします。

    お互いに傷を深めながらこれが繰り返されます。

    どっちもどっちのいたちごっこ。

    誰か(自分や相手)のせいにして悪者を作る発想を手放さないと変わりません。





    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2014/11/26 07:53】 | ハラスメント
    【タグ】 ハラッサー  脳内親  人生脚本  ハラッシー  無意識  怒り  受け皿  攻撃  手放す  生き癖  
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    いせびあんさん
    中尾真智子
    > でしたになりたい。
    > まだ、時々なるなあ。

    人間ですもの。無意識を意識化出来るようになってくると、巻き込まれなくなります。^^

    > こころがふるふるなるのを感じられるようになっただけ以前よりちょっと進歩。

    ふるふる〜。

    はるさん
    中尾真智子
    > 夫には恐ろしいほどの憎しみがあります。
    > 私に対する憎しみ
    > 私の父に対する憎しみ
    > 夫はお酒に酔うと暴れまくります。

    ご主人が本当に憎んでいるのは誰でしょう。夫婦は、お互いにを代理親にしてしまいます。

    > ここから自分はどうするのだろうか、まだわかりません。

    どうぞ、ご自愛ください。


    はる
    私も同じです。
    実父がハラッサーで私がハラッシー。
    私がハラッサーで夫がハラッシー。
    そんな最低な共依存から脱出したく
    まずは父と別居。

    夫には恐ろしいほどの憎しみがあります。
    私に対する憎しみ
    私の父に対する憎しみ
    夫はお酒に酔うと暴れまくります。

    そんな関係性を見えないよう見ないようにしてきたけれど...
    確実に見れるようになった自分はいました。
    ここから自分はどうするのだろうか、まだわかりません。

    そのもの!
    いせびあん
    夫とわたし。
    そのものです。

    でしたになりたい。
    まだ、時々なるなあ。

    以前はぼんやりとどうしてこんなだろう?
    何でこうなるんだろう?
    と、考えていました。

    こころがふるふるなるのを感じられるようになっただけ以前よりちょっと進歩。

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    思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
    言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
    行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
    習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
    性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

    マザーテレサの言葉と言われています。

    -----------------------------------------------------
    ★口癖や習慣は自分と環境の中で培われてゆく
    言葉は、その人の生きる癖(行動パターンや思考パターン)を表していることがとても多いと感じています。その人の決まり台詞や、感嘆語や、韻のふみや、いろんな癖として習慣ついているようです。
    これまでの人生脚本は、生育環境の中で習慣になり性格と位置づけされてしまったものではないでしょうか。
    言葉使いを変えてみたり、それまでの行動を変えてみたり、癖(習慣)を変えたら回りが変わったという経験をされた方もいらっしゃ ると思います。
    とはいえ、思考を変えることは、結構難しいと感じています。気がついたら脳は動いています。



    ★脳は常に働いている
    若い頃、私はとても悩み苦しみ不眠症になり、眠れない夜に座禅を組んでいました。悩みの原因に傷つき腹が立ち、その思考回路から離れたくて、座禅を組んだり瞑想をしましたが「空」だの「無」にはなれませんでした。いつでも思考が沸いていました。初めは思考に囚われることが多かったです。結局、思考は常に浮かび、悩みの元から離れても別のことが浮かび、際限がありませんでした。逆に冴え渡るほどに神経が研ぎ澄まされていました。
    最近、ある和尚さんが「座禅を組んでると、思考が次々と沸いてくるのでそれをあるがままに流してゆきます。」と言うのを聞きました。まさに最後は、浮かぶものを次々流すしかありませんでした。その頃には、始めの悩みの原因よりも眠れないことの方が重大になっていましたから、無意識な心はかくも身勝手です。重大なことが変わってしまうんですから。
    それはさておき、無意識の領域はそれくらい自動実行されているということだろうと思います。普通に生きている私たちには、和尚さんのように座禅を組んで思考を水に流すなどなかなか出来ません。
    そこで、無意識に出る言葉、行動、癖、に着目します。とくに自分が認めたくない部分、これらを外在化すると、客観視することも出来るようになります。



    ★カウンセリングにおいて
    私は、相談者さんの主訴を聴くときに、その場面での人と人のやり取りの台詞を言ってもらうことがあります。そこでの人々の言葉のやりとりが、行動や習慣などの生きる癖を表現していることがあるからです。その中で、相談者さんがどのような言葉を選んで使っているか、とても興味深いです。どの場面でも言葉(態度などの表現も含め)のキャッチボールをしているから、相手のせいとは言えません。相手を変えることも不可能です。
    ロールで色々やりとりをしてみると、自分の癖に気が付かれて、アサーティブな言い方に変えたやりとりで、気持ちが楽になったり素直になれたということもあります。
    守秘の手続きが必要なので具体的な事例は出しませんが、どうしても許しがたいほど傷ついた相手だったはずなのに、カウンセリングのロールプレイの後でじっくり自分と向き合って、相手に気持ちをアイメッセージで伝えて関係が修復されたという方々もいらっしゃいます。
    それは、ご自分の傷をとことん見つめて向き合ったからこそで、思考だけではたどり着けません。思考でたどり着いたとしても、表向きだけですから後から怒りが沸いてくることでしょう。つまり、気持ちを無視してまで無理してはいけないということです。



    ★認めてもらいたい脚本がくすぶって無理をする
    相談者さんの中には、カウンセラーに認めてもらいたいと親の代償行為を求めてしまうこともあります。この場合は、なかなかカウンセリングは進みません。言葉も態度も気持ちを無視して無理をして「いいこ」になるので、嘘や隠し事に付き合わされることさえあります。こちらは言動に違和感を感じますが少し見守ります。
    「ごめんなさい。私嫌われたくなくて嘘ついてました。」「実は言わなかったことがあります。」という風に、自己申告で変化してゆくことがたびたびあります。このような自己申告は望ましいです。
    自己申告もないままでは本当には進みませんから、指摘する部分があれば指摘します。まれにこちらの指摘を受け入れることが出来ず、逆恨みに変化する場合もあります。そういう方の真の目的は、自分をカウンセラーに認めて欲しい=認めさせることなので、自分が望んだカウンセリングではないと怒りを感じます。頭の中の親とはいえ、強烈な恐怖の対象である親と向き合うのを無意識に避けて、カウンセラーに代理を求めてしまうのでしょう。それでも、多くの相談者さんは決意と覚悟がおありなので、上のような指摘に始めは抵抗を感じても、いずれ自分自身の問題であることを受け入れてラクになってゆかれます。



    ★罪悪感と自己不信と執着
    親との問題に気がついて、棚卸しをしているとはいえ、現実に関わる人との問題も同時に解決してゆかなくてはなりません。チャイルドが反応するので、難しい場面も出てきます。
    一番影響しあうのは家族です。外では、会社の同僚、上司、部下、ママ友、習い事仲間、役員仲間、お隣ご近所、ネット仲間、どこにでも人はいます。頭の中の親が色々言ってくるし、インナーチャイルドと脚本ちゃんがせめぎあうし、生き難いったらありゃしませんてば!そんな気分にもなろうかと思います。
    人間関係の問題を一人で抱えるのはしんどいから、スッキリしたくて人に話したくなります。話したら話したで、人の悪口 を言ったような罪悪感に襲われたり、本当には信頼していいかかわからない相手だから話したことが尾ひれがついた噂になることを恐れて気が滅入ったり、話す前より鬱々となることもあるでしょう。

    *罪悪感を持ってしまうのは、人と繋がってはいけない脚本を持っているのではないかしら。
    *相手を信じられないのは、相手の人柄にもよりますが、それ以前に自分を信じることが出来ていないのではないかしら。
    *噂や陰口を流されるのが怖いのは、その時の自分(過去)に執着があるからではないかしら。



    ★「今」を大事にする
    噂や陰口は、流す人の価値判断で脚色されています。独自の価値判断で語られているのですから、誰もがそう思っているわけではありません。更に悪意を持った人は、事実に嘘を交えてあたかも真実であるかのように語ります。その悪意さえも当人の価値判断ですから、もう仕方がないのです。そこまで持つ悪意の本質(その悪意を育てた生育環境)を見ようとしない限り変わることは出来ないでしょう。腹が立っても無理はないのですが、長引かせることはないのです。ただただ傷ついた自分の心を癒してあげてください。
    ある日話したことが曲解されて尾ひれがついて嘘まで混じって流されていた・・・酷く惨い話ですよね。
    が、それはいつのことでしょう。ある日はとっくに過去になっていませんか。数日前ですか。数週間前ですか。数ヶ月前ですか。悶々としている間にもうそんなに時が流れていますよ。
    その過去にしがみつく必要はありません。今現在、自分と向き合い変化し続けることを望んでいるのですから、過去に執着することはありません。そこに気付かれたら、常に今の自分を見つめる勇気に変えられると思います。

    -----------------------------------------------------


    思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
    言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
    行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
    習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
    性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

    どこでもいいのです。気がついたところで立ち止まってみませんか。




    アサーティブなあり方
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    中尾相談室の方針
    私専用相談申込(女性のみ)


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    【2012/05/05 08:44】 | 人生脚本
    【タグ】 生き癖  
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    Re: コワイ
    中尾真智子

    > きっと、痛い、、
    > 目を背けたいこと
    > 心して、覚悟して、見つめてゆく
    >
    > そう、決心しました☆
    >
    > そうして、身軽になってゆきます

    はい。真実は自分の中にありますとも。勇気を出して決心して覚悟して内側の方へ。^^

    コワイ
    にゃんにゃん
    不安でコワイ
    相手の怒りがコワイ

    それは、相手のせいじゃなくて、
    過去の痛みを連想するから

    イヤなのに去れない
    無理しすぎる、挑戦ばかり



    虚構の帝国のような身内ともうまくやれてる
    あれだけ、せめぎ合った夫ともうまくやれてる
    子供達も、それぞれが幸せで在るよう
    身近な人とも、うまくしてる


    でも、どこか違和感を感じる


    ネットなどのコミュニケーション

    俗にいう晒しあげというのに合う

    でっち上げの事実
    真実を伝えようと書き込んでも
    コメント欄撤去

    途中でシグナルに気づいた
    でも、去れなかった

    コワくて言いなりになってしまった

    傷ついたわたしが
    人を傷つけてしまうのを恐れ

    今の自分の気持ちに無理をしすぎた結果


    きっと、痛い、、
    目を背けたいこと
    心して、覚悟して、見つめてゆく

    そう、決心しました☆

    そうして、身軽になってゆきます

    雪だるまさん
    中尾真智子
    > いつも更新されるのを楽しみにしてます。
    ありがとうございます♪

    > 最近、やっと自分の脚本が実感できてきた感じです。
    > 頭でわかるのと、実感するのとはずいぶん違うなぁと。
    頭でわかっても実感まで行かないと先に進めないですから、雪だるまさんがしっかり向き合ったのですね。^^

    > もーすぐ蛍の季節です。うちは田舎なので、近くで見れるそーなんですが越して来てから一度も行ったことがないので、今回は行ってみます。
    蛍が見れるなんて素敵ですね~。(^^)v

    GWも終わり~
    雪だるま
    いつも更新されるのを楽しみにしてます。
    両親との関係がおかしいと気づいて7年がたちました。
    最近、やっと自分の脚本が実感できてきた感じです。
    ダンナ様のブログも読んでます(^-^)
    頭でわかるのと、実感するのとはずいぶん違うなぁと。

    もーすぐ蛍の季節です。うちは田舎なので、近くで見れるそーなんですが越して来てから一度も行ったことがないので、今回は行ってみます。


    コメントを閉じる▲
    私の番だー!の裏事情は、自分の生き癖が意識していたレベルより深い部分で発動していたことが大きな要因。

    これは前は完全に無意識の領域だった。今回は無意識の領域に自分で閉じ込めた感触がある。

    地震の後の相方はとても不安定だった。

    こうなると、私の生き癖が発動するのだが、こうまで深く長く忍耐することはちょっと予想外で半ばに焦った。

    この焦りに気付いていたらその時に一度向き合えただろうに、

    今は無理、時間がないの、と幾度かやり過ごした感触が残っている。

    無理?ちょっと時間をあげてよかったじゃないのね。

    この「無理」も生き癖だよね。
    気付くこと、気付きから意識をそらさないこと。

    意識しているのと、無意識では大きな違いがある。

    意識している場合は、自分で引き受けている。

    無意識の場合は、受け皿になっている。

    同じ現象でも、これは両極だ。

    今回、意識的に受け皿になった(引き受けた)と思っていたが、気付きに目を逸らしてしまったなぁ。

    自分の内側から聞こえていたのに、我慢してって心でつぶやいたことさえ今は思い出せる。






    ごめんごめん、自分

    でもさ、完璧じゃないからさ、許してよ

    あーんな大きな地震であーんなに落ち着いている自分だったよね

    ちゃんと受け皿になっていたよね

    必要不可欠だったとしても、ちょと長くてしんどかったよね

    今、相棒が落ち着いているから安心して出てくるんだね

    類魂は私が年寄りらしいから、私が先に我慢することが多いのかもね

    それにしても、相変わらず報われない相方だよね

    思い出すと腹が立つほど、自分のことばかりで、自分中心で、家族を手足にする人だったけど

    ちょっとした隙にそういう生き癖が私相手にまだ顔を出して、私はむかっとなる

    このむかっ

    自分で引き受けて、勝手にむかっとなる私の問題なんだよね

    むかっとなったことだけ伝えたら、伝えたことを彼がどうするかは彼のこと

    私は、むかっの根っこに寄り添って否定しないでそこを大事に大事に愛するんだ

    この根っこに色々なチャイルドたちがいるんだ

    むかっは出てくるキッカケ

    おうさ!寄り添って大事に大事にしてあげる

    この痛ましい健気な生き癖を他の誰が愛してあげられる?

    私しかいないっしょ!

    私が愛さなくて

    許さなくて

    誰にも預けるわけにいかないっしょ

    もう何度もやったっしょ

    私の小さな痛みが大きくなる前に、抱きしめてやるんだ





    地震の後に、私はしばらくなりを潜めたような私自身がいたことを感じていた。

    変に強い。

    変に落ち着いている。

    ああ、受けているな・・・と感じる瞬後に『待って』と言っていたのも自分だった。

    出てくるのも予想していたよね。

    心のひだにしまいこまれたもの。

    全部知っていたんだよ。

    気付いてたくせに待たせたんだよ。

    何度もいうよ。

    私だよ。


    いっぱい潜ったあの頃に聴いた歌を唇に乗せてみるよ。

    君も僕も届ける誰かも彼も全部が自分







    ----------------------------------------------------------

    カウンセリング受付

    中尾相談室の方針


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    【2011/05/09 08:05】 | チャイルド
    【タグ】 受け皿  生き癖  
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    ももんが
    どんどん過去の構成が見えてきました。

    母はダンプカーのようで実は、惨めに孤立する自己イメージを持っていた弱々ちゃんだった。
    その恨み悲しみの心が 近隣を疑心暗鬼に見て反応し、
    風が吹くと桶やが儲かる的に 近隣のフィルターで形が変えられ 絵のリレーゲームみたいに違うものになって 私にしわ寄せが。そこで私は母と心すれ違うが、母は意味解らない。
    結局母が出した怒りが母に戻る。
    人を恨まば穴ふたつ ってホントですね
    脳内現実をみんな生きてる。って勘違いワールドですね。
    今の現実は 己が期待し願った現実って、そうかも。
    すごいなぁ…
    加害者、被害者のようで ただ脳内を真面目に生きてるただの人。
    流れがあるだけだ。
    思いの鏡。思いの現象。
    待ったなしにくる流れ。
    空の雲のイメージ浮かぶ。
    人間関係は 大自然の現象と同じ?



    カラフル
    今回の震災で、故郷を歌っている曲をよく耳にして、あぁ、私にはふるさとがない、帰る場所がない、ある人はいいなあ、と思ってました。
    でも、この記事と曲をきいて、あ、ふるさとあった。自分の中にあるのだ!と思いました。
    気づきをありがとうございます(^^)


    ももんが
    もうね、人に投影されて私を見られるのがね うんざりで
    親はね、私に自分を投影してたから
    それはあたしじゃないよって
    誤解解こうとヤッキになって 、
    自分を見せて努力した、
    今はもう疲れた。
    でも、癖になっとる。

    人が望んでるものを感じると自動スイッチが勝手に入る。

    投影されて キレられちゃうのも、もうご勘弁。
    私は敵じゃない、誤解、冤罪だよ。

    爆弾から逃げるように、極端に投影されるのを避け、怖がった。
    けど、これって 嫌うもの?困ったもの?

    いいのか…
    人と関わるって、その人の過去も含めてまるまる全体と関わる、って ことか?

    誰と関わりたいかは 選べる特権ある。
    決めたら もう決意?
    相手の過去が出ても これもその人の生だな~と見るのか

    そんだけか。怖がりすぎか。
    人の過去出しを見届けて 自分の手入れもする。

    これが平凡な日常だなんて、どんだけ大変で苦しいんだと思うけど

    それも傷があるからか
    楽な楽しいことなのか?

    そんなことが気付けました。



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    夕日がきれいね
    と散歩も終わって晩御飯のおかずもほぼ作った夜のこと・・・



    寒いな・・・と石油ストーブを机仕事の自分に向けようとした時、あろうことか、上のやかんをひっくり返してしまいました。

    スローモーションのようにやかんからお湯がばしゃーーっと床に広がり、一瞬だけ火が「ぼわっ」とあがった後、ストーブは静まりました。
    火の元は無事だ
    と、思った瞬間、私の足が熱湯に浸っているではないですか。
    (やばっ!足は歩けないと困る!)
    その瞬間に
    「やっばーい!」と大声が出てしまい、別室の電話相談の方に聞こえてしまったのではないかと気にかかったけど、私の足が第一優先です。(すみません)


    ダッシュで靴下のまま、水のはった風呂に飛び、その後流水に切り替えました。


    次に下の階に湯が漏れないか・・・
    ・・・大丈夫そう。

    息子(イヤホンをして聞こえてないらしい)にSOSを求めようとして、湯が熱いうちは彼もやけどをするだろうから少し待つことにしました。
    私の椅子の足元に置いていたバックが湯に浸かっているので、途中でそれを救出。
    濡れているのはバックの底部なので、中身の大事なものは守られたな、と判断してタオルの上に置く。


    20分流水して靴下をそっと脱いだら、真っ赤だけど皮は向けていない。
    床に撒かれた湯もぬるくなったので息子に声をかけて片付けのお願いをしました。
    私は足をたらいの水につけっぱなし。

    息子が惨事の後を片付けてくれたので、私は腹を据えて漫画を読みながらずっと冷やし続けました。
    2時間冷やしている間に、外出の娘も帰宅、皆のご飯も済んだ頃、
    そろそろお腹も空いたなーと水から足を出すと、ひりひり激痛がする。
    気が付いたら水ぶくれが出来ている。

    うぬぬ。

    冬の水は冷たさが衰えないのでお風呂ブーツに水を入れて机へ移動。
    パソコンで「熱湯、やけど」など調べてみる。



    外傷は赤いことと小さな水泡だけなんだけどな。
    なになに・・・やけどは見た目ではわからない。
    中の組織がどうのこうの・・・。
    うーん。
    問題は、私はこの痛みに堪えて眠ることは出来そうにない。
    どう考えても冷やすこと以外にないとは思う。
    なぜか熱っぽいので体温を測ったら37度ある。
    足をひやしているから、体温をあげて調節してるのかしら・・・。
    怖いのは、感染症なんだけど、水泡は破れてないし、傷もないのに感染症なんか起こるかなぁ。
    足の甲の毛細血管の色が紫になっているので、このあたりがやられたのだろうか。
    むむ・・・だんだんおかしな思考に取り付かれている。

    怖いことしか目に付かなくなっているぞ、と自覚したところで(こわい)は消えないものだなぁ。

    痛い・・・痛い・・・
    痛みによる妄想が心臓まで痛くさせるようです。

    ネットで病院を調べる。
    皮膚科の夜間(夜間の皮膚科?)はなさそうだ。
    やかんで火傷したのに、夜間やってないのかい・・・

    その頃には、私のただならぬ様子に家族もネットや携帯で何か動いてくれている気配がありました。
    参ったな。不安の拡大じゃないか・・・それはいやなんだな。(←これはこれで『迷惑をかけたら申し訳ない』という私の人生脚本です。)

    「私は大丈夫だから、自分のことだけやってくれたら助かる。」(←こんな時は素直に『ありがとう』なのにね)と言いながら
    痛いと言えば、尿路結石でかかった病院があるじゃないか、とはたと気づき電話をする。

    「今晩の宿直は泌尿器科の医師です、とりあえず見るというので来てください。」
    石でお世話になった泌尿器科の医師が担当とは、これもご縁と伺うことにしました。

    そうと決まると夫は、早くも運転するつもりでジャンパーを着て、車に行ってしまった・・・。(実は「車を暖めてくる」と言っていたらしい。私のインナーハズバンドが今の彼を決め付けてしまったのだろうなぁ。)

    なんか懐かしい・・・。
    夫がどんなに早く行動しても私が(昔なら家族が)準備出来ないとどうしようもない。 
    緊急事態には彼に手伝って欲しかったこともあったが、彼の出来る精一杯は速く動くことだったのだぁーと今なら納得できる。彼の人生脚本は「早く!速く!」が多かったらしい。こういうアクシデントで出てくるIP、なんだか今では可愛いものです。


    昔なら急かされて慌てる気持ちと、急かす相手を責める気持ちとの葛藤を抱えながら行動していたなー。
    急かされているのは私の問題、急かす方の受け皿になっていたのよねー。
    と思いながら、私は、底の濡れたバックから新しいバックにものを入れ替えたり、足がどうなるかを想像して(包帯になったら靴は履けない)つっかけて履ける靴を娘から借りるなどして、やっと外に出ました。
    すると、夫がドアの前まで迎えに来ていて、一緒に車に向かう。

    着いたら「車を駐車場に入れてくる」と行ってしまいました。
    夜間で誰もいないから、一緒に受付をしてから車を移動しても大丈夫だと思うのだけど、夫の中で公的に「他人に迷惑をかけてはならない」という禁止令が作動してるんだろうなぁ。
    尿路結石の時もそうだった。激痛で会話もしんどい中、一人で受付を済ませたっけなぁ。

    また、あのときは検査を終えて点滴が決まった段階で「ここにいてもすることがないから帰る。終わる頃に電話して」って帰ったけれど、今回は、なんと診察室まで入って来てくれました。


    医師いわく
    「ともかく今は冷やし続けることです。
    症状の悪化を遅らせるにはまず冷やすことです。怖いのは感染症ですが、今晩は冷やすお薬を使って包帯しますから、その上から氷で冷やしてください。」


    痛いまま放置したら悪化するということですね・・・。はい・・・。寝ないで冷やします・・・。

    包帯でもこもこになった足は靴が履けない。看護師さんが紙のキャップ(頭にかぶる)で足を包んで外に出られるようにしてくれて助かりました。



    その後、会計も夫がやってくれてコンビニで氷を買ってくれました。
    その氷を当てながら私は一日起きているつもりでパソコンに向かいました・・・。

    でも・・・眠い・・・
    なんかすっごく疲れてしまって・・・眠いを通り越して気持ちが悪い・・・

    幸い冬なので氷はなかなか解けないでいてくれる。
    氷を大きめのビニルに沢山入れて、足にぐるりと巻きつけるようにして、大き目のハンカチで縛り、その上からずれないように包み込む方法で更にバンダナで固定して縛りました。

    万が一解けて水漏れしたらやっかいなので、布団には入りたくないので、何枚も重ね着をして、大きなベンチコートを着て、コタツに入り込み、顔と足を出してなんとか寝る体制にしました。
    おお!いい感じに漫画を読める。
    ほどほどに面白く読んで数時間は眠れました。

    朝になり、病院へ。

    夫もわずかしか寝てないのに、文句も言わず送ってくれます。感謝です。

    朝は痛みが楽になっていたので、水泡が破れたときのための薬を出してくれるくらいだろうと思いきや、医師は慎重でした。

    「薬を塗りますから明日見せてください。今日は薬は出しません。」



    夫に電話をしたら電話中。
    幸い靴が履けたのでバスと電車で帰り、家ではおりこうに過ごしました。(笑)


    そして
    今日再診にて、悪化が見られず、水泡が破れた場合のお薬のみ出されて解放。


    ともかく冷やし続けたことが良かったとのこと。 
    真っ赤だったところが小さくなっている。
    痛みはほぼ消え、多少のひりひり感。
    今にも水泡になりそうだった箇所はいくつか見られるが、実質小指の爪くらいの水泡一個で済んでいる。

    夜間の医師に心から感謝です。
    痛みを堪えて眠ろうと過ごしていたら悪化していたことでしょう。



    迎えに来てくれた夫が言いました。

    「何よりいの一番に2時間冷やし続けたことが偉かったよ。
     ○○(息子の名前)がやけどをしないように少し時間を置いたのもいい判断だったね。
     IPが強かったら自分の痛みを我慢しても先に片づけをして悪化させてしまっただろう。」

    確かにそうかも・・・。

    誰かに迷惑をかけてはいけない、とか
    自分が悪い、とか
    早く片付けなくちゃ、とか
    それらが浮かんだ時に何を優先させるか。




    さておき、アクシデントで発動する無意識人生脚本は興味深かったです。
    過去と大きく変わっている部分と、無意識に発動されるプログラムのような部分を夫と振り返りました。
    お互いに相手の変化を認め褒めているのが面白いです。

    本当は、それぞれ苦しい思いをしながら自分が変わったんだよね
    夫の指摘が以前と違ってやわらかいので、傷つかずに受け入れられて、互いに問題点を自分の外に出して検証できるようになっている。自分の中でじくじくと傷つかない。(あれほど傷つけあえたことが今では夢のようです。)


    「自律」って、一人で抱え込むことではないのね。
    出来ることを申し出ていいし、して欲しいことをお願いしてもいい。
    改めて、そんなことを思いました。

    水浸しの床をきれいにしてくれた息子にありがとう。
    夜間皮膚科を検索してくれた娘にありがとう。
    夜遅くまで付き合ってくれて、晩御飯も作ってくれた夫にありがとう。


    自然に「ホ・オポノ・ポノ」を唱えています。


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    【2011/01/14 16:27】 | 家族小景
    【タグ】 人生脚本  無意識  生き癖  
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    冷やしても冷やしても
    氷や流水から離した途端に復活する血流と激痛…
    想像しただけでイタタタタ…。
    大事に至らずよかったです。

    そんな事件中?にも内面観察…些細な行動にもIPが関わってくる…グサッと思い当たる節が。

    何はともあれ、お大事にしてください。

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