家族カウンセラーの想いつれづれ
    美女と野獣の吹き替え版ですが、(それそれ!)という場面がありました。セリフそのものはは覚えてないので私流に書いてみます。

    ベル「一度閉じたら二度と開かないって(野獣が)言っていたのに?」

    ルミエール(蝋燭)「ああ、感情に任せて言っただけだよ♪」
    ベル「一緒に食事をしないならずっと食べるなって 」

    ポット夫人「言ってたわねぇ、それに従うか従わないかは私たちしだいよ。」



    ベル「あんな酷い人にどうして尽くすの?こんな魔法をかけられたのよ、何もしていないのに」

    ポット夫人「そう、何もしなかったの。お母様が亡くなって厳しいお父様に育てられ、あんなにねじ曲がってしまったのに、何もしなかった。」


    彼らはビースト(野獣)がどんな風でも愛していたのです。

    ただ、ビーストの寂しさを知りながら何もしなかった。

    “どんなビーストも愛してる”だけじゃダメだったーちゃんと叱られ受け止められることがビーストには必要だったということでしょう。

    相手(王子)が傷ついていることを慮って目に余ることをしても注意しないー正しいフィードバックがないのですから、ねじ曲がるのは当然でしょう。





    ★ちゃんと喧嘩する---------

    つくづく子どもの頃の喧嘩相手は大事だなぁと思います。
    喧嘩する子どもたちにすぐに仲裁してしまうと、鬱憤だけ溜まって学びがないんですよね。

    抵抗勢力との折り合いのつけ方を学んでないから、抵抗されただけで傷ついてしまいます(ハラッシー)。
    あるいは、傷つくのが怖いから相手が抵抗しないように圧力をかけてしまいます(ハラッサー)。

    どんな風に喧嘩をして、どんな風に折り合いをつけるのか、むしろそこに注目して子育てしたいものです。

    暴力に訴える子
    言葉遣いが激しい子
    駆け引きのうまい子
    涙目で黙ってしまう子
    クールを装う子
    仲間を作って対抗する子
    大人の前で良い子に変貌する子
    嘘をつく子

    いろんな子がいますが、この中で揉まれて育ったら面白いじゃないですか。
    自分がどういう性質なのか相手が教えてくれますからね。
    幼少時の傷つき体験と、受け止められ体験はとっても大切です。


    感情に任せて言ってるだけのことを真に受けて自らハラッシーになる、それどころか言質にとって相手を人非人扱いしてしまう(ハラッシーハラッサー)なんてよくあります。
    それを責められた相手がカッとなって暴力を振るおうものなら、脚本は大喜びで食いついて、DV認定出来ます。その積み重ねで、離婚に至るなんてザラでしょう。

    嫌なことは嫌だと、とっても悲しいと、とっても悔しいと、相手に伝えたいですね。ただ、相手を悪人認定したまま物別れに終わるのは、脚本は喜ぶでしょうけれど、自分のICが気の毒ですものね。



    このお話はここまで〜ちゃんちゃん♪




    ◯おまけ

    余談ですが、解釈によっては「ちゃんと」が苦しい人もいます。
    「ちゃんとやりなさい」と言われて、出来ないところを見て「ほらちゃんとしてない」と言われて育ったら、完璧じゃないと許されないから苦しいです。

    子育てでごく普通に使う「ちゃんとしようね」さえ、苦しくて言えない人もいます。あるいは自分がされたようにしまったりね。

    「ちゃんとやる」は目標、出来たところは褒めて、出来なかったところを励ましていけば良いですね。子育てに限らず“自分育て”もです。




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    【2017/04/25 08:10】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  ハラスメント  怒り  
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    Re: タイトルなし
    中尾眞智子
    > 昔言えなかった事を言ってるだけなのだけれど

    昔言えなかったのは、受け止めて貰えないと諦めていたのではないかしら。

    > 子供が居ないから分から無いのよと言われて、関係無いと反撃してました。

    受け止めてもらえずがっかりですよね。

    > 悪いことをしたな、言い過ぎたかなと少し反省させてくるのは脚本なのかな?

    母親との関係で形成された思考の癖(脳内親=IP)が自分を責めてきます。その言いなりになって、反省して従順な良い子になるのが脚本ちゃんというとわかりやすいかな。
    >
    > 何度か読み返しさせてもらいますね。

    どうぞ〜。



    ハムさん
    まちこさんは棚卸しをされたのですか?
    先日私も母に昔の事を弟と責めて懐かしがりながらでも傷つけてしまったのかなと思ってました。
    昔言えなかった事を言ってるだけなのだけれど
    子供が居ないから分から無いのよと言われて、関係無いと反撃してました。
    悪いことをしたな、言い過ぎたかなと少し反省させてくるのは脚本なのかな?

    何度か読み返しさせてもらいますね。


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    ★籠の鳥--------------

    それにしても私の世界の狭いことったら・・・。

    常にきょうだいの面倒と家事手伝いがついてまわり、今にして思えば小さい私は母親の顔色を確かに伺っていたのです。
    夫を怖がって顔色を伺う自分ー怖がっていれば相手のせいにできますからね。

    それにしても母親の顔色を伺う小さい私に辿り着けず、四苦八苦しました。

    5歳まで祖母と(まだ子どもだった叔母と叔父と)暮らしていたことが、棚卸しを複雑にさせました。

    ご飯時に現れる母を「お母さん」とは呼んでいたけど、お母さんが大好き!とか、お母さんを悲しませたくない、がっかりさせたくない、とか、世の中のあたたかいお母さん像を描けてないのです。

    小さい頃は、一緒にいたら緊張する人でした。



    よそ様にお邪魔した時はきちんとご挨拶をする。

    よそ様では手前勝手に振舞ってはいけない。

    よそ様にお邪魔する機会が少ないので、どこまでが良くてどこからがいけないのかもわからず、「一緒に遊ぼう!」と言われても、遊んでいいのか悪いのか、母の顔をちらっと見ていたなぁ。

    母のOKがないと大人しく椅子に座っているのですーつまらないったらありゃしない。



    でも、確かに隣に座っている人の顔色を見ていたのです。

    (ねえ、自由に振る舞っていいでしょう?)と訴えている視線を受け止めずに大人と話す母親が、「どんな風に育てたらこんな良い子になるの?」と言われて「とりたてて何もしてなくて、厳しく育てただけ」と心地よさげに言うー子どもらしくないって言われてるようなものなのにねぇ。


    母の世界はとってもつまらなかった。

    あったかくないし、やわらかくないし、面白くないし、楽しくないし、笑顔もないし、籠の鳥の私は、想像力で頭の中の自由を満喫していました。
    「頭の中は誰にも縛られないもんね」と言っていたけど、どれだけ不自由だったんだろうねぇ。





    ★家(母)が重たい---------

    もっと外で遊びたかったなぁ。

    弟や妹は可愛かったけど、面倒を見るのが当たり前だと思われていることに気づいて愕然としたものでした。


    ちょっと待てよ?と・・・
    私と姉は弟と妹の年齢の時にオムツ交換をして、布オムツだからウンチをトイレに捨ててオムツをバケツに入れて、その後漂白もやったなぁ。
    古い洗濯機も使ったなぁ。
    ミルクも着替えも手伝ったなぁ。
    ご飯と味噌汁は小学1年生で作ってたよなぁ。

    私が家を出るまで、彼らに家の手伝いをさせたのはほぼ見たことがありません。連れ子の定めと思っていましたが、世の中を知れば知るほど、うちって変だよねってわかるのです。

    ともあれ、姉がやるのが当たり前に育ち、母じゃなく姉のせいにできるという仕組みも完成です。私の「母のせいにするには母に育っていないしなぁ」と思った時と同じように、母はどの子にも隠れ蓑を持っています。



    小1から高卒で家を出るまで、家族が重たくて重たくてたまらなかったー大学に行けと高校は勧めるけど、ともかく早く家を出たかったーその重たさは、弟であり妹であり家事であり義父であり、その全てが母親だったのです。彼らの間に必ず母の存在があったーこの母の支配に苦しんでいたのです。

    家がこんなですから、外に出るとわくわくしました。冒険者の気分です。
    小さい頃(祖母宅)は自由に振舞っていましたから、外に出る(母から離れる)のが大好きです。
    室内より室外遊びが好きだったのも、室内では無意識に脳が“気働きをせよ”と言ってくるからです。

    小さい頃に世間に揉まれていたら、もっと耐性がついただろうにと思います。



    (続く)


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    【2017/04/24 08:15】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  ハラスメント  怒り  
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    ★相手を怒らせて黙らせる母--------------

    以前の母とのやりとりですが、私も下手くそでした。どうにも腹が立ってしまうのです。

    まぁ、自分の脚本に気がついたら、それまで通りに母を庇うなんてできませんけどね。

    それにしても、ついひっかかってしまっています。



    私「お母さんってほんと子どもを見てなかったよねぇ。」

    母「私だって若かったんだから、そんな昔のことで親を苦しめないで。」

    私「言い訳しかしない。受け止めないよね。」

    母「仕方がないっしょ。5人も子どもが居たし店(再婚相手の商売)もあったし。」

    私「私もそう思ってたけど、働きながらちゃんと子育てしてる人はたくさんいるよ。私と姉に下の面倒をみさせて、家事も手伝わせて楽だったでしょう。自分で手をかけないで無駄に気を揉んでいただけでしょう。私は絶対に子どもから目を離さなかったよ。」


    母「あら、それは良かったじゃないの。」

    私「そんな思いをさせたんだね、くらい言えないの?がっかりするなぁ。」

    母「あんたこそ、いい大人になって親を言い負かして何が楽しいの?」

    私「大人になっても親は親でしょう。子どもの頃には従うしかなかったから今やっと言えてるんだよ〜。」

    母「全くあんたって意地悪だね。」

    出た!意地悪が嫌いな私にこれを言うと黙ると思ってるのか?と思いつつも、その卑怯さに腹が立って止まらず

    私「馬鹿言ってんじゃないわよ!私が意地悪したくても出来ない性格だって、お母さんが一番解ってるでしょ!?(怒)」

    「(沈黙)」



    私が怒ってしまったら会話は打ち切りです。

    母はいつもうまく逃げ切るのですが、最後は私を怒らせて自分は沈黙してまるで被害者のように振る舞い、更には都合の良い記憶の操作も織り交ぜてそれぞれの子に、別の子の愚痴を聞かせるのです(自分以外と繋がらないようにする)。

    事実も相手の気持ちも無視した言い分なので、聞いてるとだんだん腹が立ってきますが、本人の脳内では既に都合よく操作されていますから太刀打ちできません。

    今度こそ怒るまい!と思うのですが、まんまと術中にハマってしまう悔しさ。

    この悔しさは、私に「酷い!」と責められた夫の悔しさなんだなぁと今はよくわかります。

    母を無意識になぞる時、母を庇って守っているー脚本劇場を生きているのです。まるで本心の傷つきのような顔をして、被害者になっているー馬鹿馬鹿しいですね。



    (続く)


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    【2017/04/24 08:00】 | 人生脚本
    【タグ】 人生脚本  無意識  怒り  インナーチャイルド  脳内親  ハラスメント  
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    配偶者に警戒心が強い人は、そもそも親を警戒しないといられなかったから。

    いつ脅かされるか恐れていたから。

    安心したと思ったら、裏切られてきたから。

    何度も裏切られて、鎧を着ることでやっと安心したから。






    不安の最中に置かれていたから、《警戒》という鎧を着た。


    本当の安心じゃないけどね・・・。

    鎧の中ではなんとか呼吸ができるからね。

    《警戒》してると悟られないように談笑し、要件は手短に済ますの。

    うっかり心地よいと緩んだら、手痛い目にあったからね。

    鎧はずっと着てないと安心しないもん。

    安心なんか出来ないよ。

    部屋に勝手に入る

    机の引き出しを勝手に開けられる

    持ちモノを見られる

    宿題はチェックされる

    細かい支持をされる

    勝手に決められる

    いちいち評価される

    その上で「もっと頑張れ」と言われる

    どこにいても安心なんか出来ないよ。

    《警戒》している間は、少なくとも不安にならないからね。

    安定した気分で今日も注意深く見ているよ。

    客観的によく見ているよ。

    腕組みして見ているよ。

    頬杖ついて見ているよ。





    どいつもこいつもダメ。

    中途半端、やりっぱなし、

    あれもこれもどうなってるの。

    外に不安を撒き散らしてさ。

    自分の痕跡を残して自己主張してる。

    もっとしゃんとしなよ!

    そんなだから、安心できないんじゃないか!

    こっちはどれだけ注意深くやってると思ってる!?

    だいたいにおいて完璧にやってるよ!?

    たまたまうっかりした時に、鬼の首でもとったように言うけど、

    いっつもやらかしてるのはそっちだ!

    こっちはいっつもちゃんと見てるんだから!

    そうじゃないと安心できないからね!






    あれ?

    ちょっと待てよ・・・

    注意深くしないと、親に安心出来なかったんだっけ。

    何をされているかわかったものじゃないから、部屋に入ったらわかるように仕掛けをした。

    案の定、勝手に入って机も開けていた。

    だからいつもちゃんとして、隙を与えないようにしていた。

    そうとも知らずに、ぼろぼろ証拠を残す親に呆れていた。

    「綺麗好きで完全主義で」と親は自慢するけど、あんたたちといてそうなったんだよ。

    いっつも親を見張っていたんだなぁ。

    相手を常に警戒していないと安心できないーこのロジックを今も持ち続けているのか・・・

    親を意識し続けているじゃないか・・・。

    不安を見てないのは自分も同じだ。

    不安を見ないで、外ばかり向いているかつての親じゃないか・・・。

    口煩かった親と同じじゃないか。

    親に安心しなかったICを源家族にぶつけ続け、

    いちいち細かく支持して、怒って、

    それに怯える家族は言動が不安定になって、

    それを、わざとらしいとイライラしては怒り、

    自分を怖がるーそんな家族にますます安心出来なくて、

    悪循環だった。






    安心させてくれる人を求めていた。

    安心を寄越せ、と詰め寄って困らせた。

    自分の受け皿になる人じゃないと、安心できないから選んだ相手だ。

    相手が納得するまで解らせたがった自分の幼さ。

    自分が安心するために「解れ!」と強要していた。






    安心は人がくれるものじゃない。

    自分の内側に安心を持つ。







    まず、鎧を脱がないとね。

    家族への警戒を解いて傷つく勇気を持たないとね。

    傷ついた時に、相手のせいにしないと決めないとね。

    ただ、悲しむ。

    痛いなぁとしみじみする。

    親にがっかりした上に、家族にまでがっかりしたくなくて

    この鎧を脱げなかったんだなぁ。

    がっかりした時に、思わず相手を責めてしまうからね。

    すると相手は噛み付いてくるから、こちらはもっと傷つくんだ。

    こちらも相手をがっかりさせていることなんて後から気がつくんだよね。

    自分に起こってることは相手にも起こってるだろうに、相手のせいにしてしまう。

    相手に親に言いたかったことをぶつけてるんだ。

    そうしていつまでも脳内親を温存しているんだ。

    闘う相手は、もはや現実の親でもない。

    ましてや家族でもない。

    自分の中。

    自分のしたことを認める。

    それを相手のせいにしない。

    そこからしか進む道はないんだ。







    ※事例をヒントに創作しています(特定の個人ではありません)。





    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。



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    【2017/04/09 10:28】 | 存在不安
    【タグ】 人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  怒り  ハラッサー  
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    Re: タイトルなし
    中尾眞智子
    > とてもタイミングよく、今の私に当てはまる内容で驚きました!

    それはそれは私も嬉しいです。

    > ありがとうございます

    こちらこそ、ありがとうございます。(^^)

    > 人は鏡だなー、でも、自分も同じだなんて、なんだかやだなーなんて、思ってました💦

    ここを認めるのがなかなかしんどいですよね〜。

    > そんな自分に気づけるようになったのは嬉しいですが^ ^

    それは素晴らしい!

    > 私の不安は、侵入される怖さです。干渉されたくない。結婚してからも、私の家庭にズカズカと入ってくる親の厚かましさ。私の存在を脅かされる不安。

    侵入されて「傷ついた気持ち」を隠して(親を庇って)「怖い」と思うのじゃないかしら。我慢した分、脅かされたと思います。

    > 入ってこないで!

    そうだ!そうだ!

    > 傷つく勇気、胸に留めておこうと思います。
    > 大切なものを守るために、、、

    (^^)


    Re: がっかりな気持ち
    中尾眞智子
    > 何だか泣きたくなって、相手を責めてしまう自分の気持ちが分からなくて。

    相手を責めている時は親を庇っているーここですね。

    > 私はがっかりしてたんだ。
    > けど、がっかりを味わうことをしないように、相手を責めていたんだ。

    親へのがっかりを味わいたくないから色んな「がっかり」を封じ込めちゃうのかな。
    >
    > 私は無意識に「がっかり」を味わうことをしないようにしてるんだなあと、気が付きました。

    気がつけた自分を褒めちゃおう!

    > 蓋を開けたら「がっかり」がたくさん出て来そうだなぁ(^^;
    > チャンスですね(^^)

    出ておいで〜〜。

    >
    > 大事なことに気づくことが出来ました。
    > ありがとうございます。

    こちらこそ、ありがとうございます。(^^)


    さちこ
    とてもタイミングよく、今の私に当てはまる内容で驚きました!
    ありがとうございます

    人の行動が気になる時、もしかしたら、私も同じ、または私が影響を与えてしまったかと思うことが増えたこの頃です
    人は鏡だなー、でも、自分も同じだなんて、なんだかやだなーなんて、思ってました💦
    そんな自分に気づけるようになったのは嬉しいですが^ ^
    そして、そう思うようになってから、今まで私にはないと思っていた、謙虚な気持ち?が出て来たように感じます(^^;)

    そして、不安。
    私の不安は、侵入される怖さです。干渉されたくない。結婚してからも、私の家庭にズカズカと入ってくる親の厚かましさ。私の存在を脅かされる不安。
    入ってこないで!

    子育てや仕事を通じても、尊厳を守るということの意味を、今更のように感じるこの頃です。
    自分も同じことをしてしまうのは、不安と向き合わないからなんですね💦
    傷つく勇気、胸に留めておこうと思います。
    大切なものを守るために、、、

    がっかりな気持ち
    風子
    「がっかりした時に、相手を責めてしまう」に
    探していた答えを見つけました。

    何だか泣きたくなって、相手を責めてしまう自分の気持ちが分からなくて。
    悲しいのかな?ううん、悲しくない。
    怒ってるのかな?ううん、怒りでもない。
    なんだろ?と悶々としていたけど、、、
    それは、がっかりでした!

    私はがっかりしてたんだ。
    けど、がっかりを味わうことをしないように、相手を責めていたんだ。
    ハッとしました。


    私は無意識に「がっかり」を味わうことをしないようにしてるんだなあと、気が付きました。
    あーあ。
    がっかりは、私の中で封印してる感情だったのかもしれません。
    蓋を開けたら「がっかり」がたくさん出て来そうだなぁ(^^;
    チャンスですね(^^)

    大事なことに気づくことが出来ました。
    ありがとうございます。

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    阪急電車〜片道15分の奇跡〜にもう一度会えた〜〜。

    ラッキー♪
    2011年の記事より-----------------------

    電車に乗り合わせる人々の織り成す物語の中で、色々な変化が起こってゆきます。


    ハラスメント界から離れる人とそうじゃない人にわかれてゆきます。
    ハラスメント界から離れた人たちが出会います。

    これまでは、負の連鎖だっただろうけれど、新しい連鎖反応が起こってゆきます。
    自律した姿勢は執着がないので、さわやかに手助けしてさわやかに立ち去ります。
    その場を助けるだけで、本当の問題は[あなたがどうしたいか]なのだということ。




    感情にいいも悪いもありません。

    ただし、その感情はコミュニケーション方法を間違えたらハラッサー(ハラッシー)になりえます。
    内側にハラスメントの種を誰もが持っているのです。

    そんなまがまがしい感情を素直に認め傷みを哀しみ泣いて泣いて背骨を作ってゆきます。
    その彼女の姿を見た人や、言動に触れた人が自発的に変化してゆきます。
    同じ場所にいても、変わろうとしない人は変れません。
    DVカップルや、オバサマ集団が、変わろうとする勇気の人と悪態ついても変わらない人とをわかりやすく見せてくれています。

    誰でも失敗するし、誰でもやらかすし、そういう傷を受け止めてあげられる心を人は本来持っているんですよね。
    だんだん汚れて忘れていき、気付いてお祖母さんのようになってゆけるのでしょう。
    このお祖母さん、最後はオバサマ集団を叱り飛ばします。
    いい年をしてしつけの段階ですが、最後までオバサマは変わりません。


    結局は、謙虚さと素直さと聴すことが出来ない人は、なあんにも変わらないのだなぁ、と最後のオバサマとDV男が教えてくれました。

    ハラスメントから自分の内側に向き合い自律に向かった人々と、ハラスメントから抜けられず自分の外ばかり向いている人が浮き彫りに見えた映画に感じました。





    自律に向かうには依存(甘え)を一度は手放します。

    孤立無援の覚悟も必要な場面があります(だって心は自分のもので誰の手にも負えないから)。

    共依存の対象と離れても、別の人に代償行為で依存することがしばし続きます。それだけ寂しい哀しい脚本があるのですから無理からぬことです。

    「過剰な期待」をして裏切られ、裏切りに対する気持ちに同情してくれる相手に依存してまた裏切られ、相手が代わるだけで同じ繰り返しをしてしまいます。
    「過剰な期待」は曲者ですね。「過剰な依存」といってもいいでしょう。

    治療者・援助者に「過剰な期待や依存」をした場合は、フィードバックされます。
    治療者・援助者も間違えることはありますから、その部分をフォードバックします。
    それを素直に受け止めてゆくことが重要なのですが、ハラスメント界から抜ける準備不足の場合は、自分の思い通りになりませんから腹を立てます。


    自分の思い通りにならない人間を責めて、自分自身の問題から逃げる理由にしてしまいます。

    本気で変わりたかったら、依存をどれだけ手放せるか自分との戦いですから、人のせいにしている場合じゃないのです。




    感情についていえば、常に自分の問題です。

    誰かや物事に何か感じたとしたら、それは自分の中の何かが反応しています。
    同じ場所にいて同じ経験をしても、十人十色の感情を持ちます。

    その感情が気持ちがいいならその人にとってそこは安心出来る状況なのでしょう。(ハラスメント界で安心する人もいます。)

    嫌悪を抱いたり悪意が起こった場合は、その人の心に何か解決されない傷があるのでしょう。

    この映画でも、知らない人なのに気になり、自分の琴線に何かが触れて反応しているのがわかります。


    ハラッサーもハラッシーも自覚した時点で同じ苦しみの仲間とも言えます。(一緒にいられませんが)
    この言葉に過敏になるなら、覚悟が足らないのかもしれません。
    ハラッサー呼ばわりされた、とか、ハラッシーでありたくない、とか、あがいてもすすみません。

    そこにいたから苦しいんだもの、いたのは事実なのだから今更あがいても仕方ないのです。
    腹をくくってこそ抜けられるのですから、覚悟しましょう。



    Amazonのプライム会員でラッキー!でした。(^^)v


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    【2017/03/22 09:12】 | 自律
    【タグ】 ハラッサー  ハラッシー  ハラスメント  怒り  阪急電車  
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    「お母さん、娘をやめていいですか?」

    面白く恐ろしい番組が始まりましたね。

    「友達といるよりもママいる方が楽しい!ママは誰よりもわかってくれる」ー幼い頃の蜜月が大人になっても続いているホラーな世界です。
    主人公みっちゃんを巧みに誘導するママと、ママの顔色を読んで自分を誤魔化していく姿が悲しいですね。

    このように、みっちゃんも自らママに洗脳されてきたのです。

    自分の部屋の家具の色もお母さんの顔色を見て決める。

    職場の悩みもいちいちお母さんにメールをして判断してもらう。

    「ママには超能力があるんだと思う。だって離れていても私が困っているのがわかる。」というくだりは現実にもよくある話です(だからドラマになるのね)。

    ママは我が子を手放さないための画策をしているのに、ママの愛情を疑わない(ようにしている?)みっちゃんが痛々しい。

    好きな服を着れない、好きな色も言えない、ワンピースが似合うと着替えさせられる、ママのアドバイス通りにやって大失敗したのに、「ママのいう通りだったよ。」ってことにして、頭の後ろにハゲをこさえているみっちゃん。

    ママがみっちゃんの自我を乗っ取って(=みっちゃんが自らママに自我をあけわたして)「二身一体」の状態です。

    友人に「優秀な分身」と言われて嬉しそうなママが怖い〜。

    このドラマはとてもわかりやすく描かれていて今後の展開も楽しみです。





    現実でもこんな母娘はよくみられますし、あからさまに我が子を受け皿にして共依存の関係を繋ごうとする母親もいっぱいいます。

    「こんなこと言えるのはあなただけ」

    「私のことをわかってくれるのはあなただけ」

    「あなたのことをわかってあげられるのは私だけ」

    「他の子に内緒、あなただけ。」

    一人の子を特別(ターゲット)にするケースもあるし、それぞれの子を特別であるかのように付き合いながら、どの子も自分の受け皿をするように仕向けるケースもあります。子供達が個々に繋がらないように「あなただけ」に打ち明けごとをするなんてざらにあります。言われた方は兄弟に会っても秘密にしなければ、と健気に母を守り会うのも気詰まりになります。



    棚卸しが進み本人が受け皿にならないと決めると、母親からたちまち酷い言葉を浴びせられます。

    「お母さんのいうことが聞けないの?」

    「あなたのためを思って言ってるのよ」

    「好きにすればいいでしょ。」

    「親に逆らうなんて!」

    「親に向かってなんて事言うの!」

    「産まなければ良かった」

    「もう親でも子でもない」

    「今後敷居をまたぐのを許さない」

    「あなたは死んだと思うことにする」

    「私のことは死んだと思ってちょうだい」

    「私に二度と連絡してこないでちょうだい」

    些細なことで大袈裟に責め立てて、我が子の罪悪感を刺激して、自分に服従するまで手を緩めません。服従しなければしないで(この子はいらない)と捨てます。罪悪感に苛まされてすり寄って来たら、真逆の穏やかな顔を装い受け入れます。


    哀れを装ってなかなか子どもを手放さない母親もいます。

    「お母さんが悪かったのね」

    「お母さんがあなたを困らせてるのね」

    かわいそうになってしまって離れることが出来ないことをいいことにずっと甘え続けます。脚本の維持に協力的な子は大歓迎なのです。





    良い子は大人になってから初めて悪態ついたりするんですよ。

    中学までに口答えのひとつもして、その後も母子ゲンカをたくさんできるならまだしも、ずっと親が望む通り(勉強なら勉強を、家事手伝いならそれを、弟や妹の子守を望めばそれを、「女も自立せよ」ならそれを)邁進してきた子は、大人になるまでろくに反抗したことがありません。

    大人になって世の中を知って、我が母親がおかしいと知って、母親に言ってみるわけです。

    そんな子どもをひと昔は世間も冷たく言い放ったでしょう。

    「成人にもなって親のせいにするなんて甘ったれてる」

    「こんな子どもで親が気の毒だ」


    けど、今は世代間の連鎖が理解されてきました。

    母親と対峙する人も増えてきたのではないかと思います。

    我が母親はわかってくれるのでは?とチャレンジしても、自分の脚本を維持したい母親は“気持ち”を表現する我が子を受け入れるわけにいかないので「酷い」「冷たい」「意地悪」「薄情」「嘘つき」と言い放って(悲鳴をあげて)逃げます。

    それでも心のどこかでいつかは伝わるかもしれない、そんな思いを尽くして言ってみたりするわけです。





    みっちゃんもせっかく初回で気がついたんだもの、直接ママに返してほしいもんだ〜。

    「こそこそと私の後をつけないで!」

    「25年付き合った恋人って言うな!気持ち悪い!」

    「喧嘩したことがないのは私が合わせきたからだよ」

    「私とママは別々の人間なの!」

    「生徒のこともわからないのにアドバイスしないで!」

    「みっちゃんなら大丈夫って簡単にいうな!」

    「お菓子持って生徒のところに行けなんて非常識だ!」

    「失敗を恐れないでぶつかってごらんって言ってよ」

    「失敗が怖いから言えないんでしょ?」

    「私はワンピースが嫌いなの」

    「あなたはこの色が合うって勝手に押し付けないで!」

    「私の選んだ色を認めて」

    「自分の好きな色を私に言わせないでよ!」

    「自分で表現したらいけない脚本だからって私に決めさせないで」

    「お人形を売らないのはママが脳内母親を怖がっているだけじゃないの」

    「教えるのも手伝ってるくらいなんだから、作ったお人形を売ればいいじゃないの」

    なんて思いつくまま書いてみたけど




    みっちゃんはこの先どうなるんだろうか・・・。

    ママも自分の連鎖に気がついて、自分の母親と対決するのかなぁ。

    ママがあの母親(みっちゃんの祖母)の毒に気圧されて自分の傷を誤魔化していたら、それと同じ毒でみっちゃんを苦しめるって、無意識はわかってやってるんだろうなぁ。矛先はみっちゃん。

    「あんたに裏切られてみっちゃんだけが希望の星」って母親(みっちゃんの祖母)が言ってたけど、娘が結婚して孫を連れて戻ってくるように仕向ける母親もいっぱいいます。

    母を選ぶか我が子を選ぶか試されます。

    その前に、母を選ぶか自分を選ぶかです。



    来週が楽しみです。(゚O゚)\(- -;おいおい







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    【2017/01/15 12:15】 | 未分類
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  怒り  
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    日常的に怒りが強い人は、それが「当たり前」の世界(源家族)で育ったので、自分自身が相手に与える《圧》に気がつきません。

    ★かっと目を見開いたり眇(すが)めたり三白眼になったり、腕組みや語調で《圧》を与えているけど、本人は「普通に言ってる」と思っています。


    「怒ってる?」なんて尋ねようものなら
    怒ってないよ」と力強くかえってきます。

    「怒ってないのに怒ってるって言わないで!」と怒るなんてことはよくありますね。







    ★濁音(が、だ、で、etc)や促音便(小さい「つ」が入る)を強く発します。

    から怒ってないってっただろう(でしょう)!」

    「そうだっいったじゃないか(の)!」

    「ちう!ちがーう!」





    ★怒りを強調するために小さい「つ」が入ります。

    「うるさい!」

    ばっかじゃないか!」

    「ふっざけんな!」





    ★さらに相手を疑問系で追い詰めます。

    どう思ってるんの?

    何がしたいの?

    わかってんの?

    んっとうにわかったの?

    どこがわかったの?

    なんで謝ってんの?

    ほんとにわかって謝ってんの?



    ★相手を決めつけて話します。

    ★言葉の音程が上がったり下がったりと激しかったり、一本調子で冷たいです。








    おびやかされた相手は、“気持ち”が閉じて脚本が刺激されます。

    萎縮してしまう。

    固まったまま黙って相手の言うことを聞いてしまう。

    こんなに怒らせたのだから何か悪いことをしたのだろうととりあえず謝ってしまう。

    声の飛礫(つぶて)に嫌悪感を持つのに、逃げられずにそこに居続けてしまう。

    “怖い”を言わず(言えず)我慢して自分の中に無意識の「怒り」を溜め込む。







    怒りが強い人は自分で気がつかないまま、上のように相手の(受け皿になって我慢する)脚本を刺激して、同時に怒りの種まきをしているのです。

    相手の内側で怒りの種がほどよく育ち、いよいよ耐えきれなくなって悲鳴になって表出します(ハラッシーハラッサー)。

    すると

    怒ってるのはあなたじゃないの!

    強い語気で言い返されるなんてこともあるあるですね。





    ★自分の怒りに気づく

    自分ではなかなか気がつきませんが、口から出た言葉は耳から入ってきます。その言葉を手掛かりに、語気や濁音や発音が強くてきついなぁと思ったら、ちょっと深呼吸して穏やかに伝えてみるとその場のトラブルは避けられるかもしれません。

    とはいえしょせん小手先ですから、後から怒りが噴き出してきたり、相手をやり込めたくなるし、ムカムカしたりするかもですね。

    私は「怒り」を内包しているらしいぞ?と自分を疑ってみてください。

    疑ったら少し寝かせてみたり、間をおいて眺めます。

    じゃあなぜ怒りを内包してるのかというと、更に下に隠しているものがあります。

    慌てず急がずにじっくり向き合ってあげます。

    怒りが隠しているもの(=心に刻み込まれた傷)を無視しているいるから、自分の怒りに気がつかないのでしょう。

    その傷はお母さんの笑顔を見たくて見たくてずっと待っていたのにこっちを見てくれなかった哀しみ。

    待っても待っても私の番が来なくてずっとお兄ちゃんに夢中だったお母さんへの悔しさ。

    話しかける暇もないお父さんとお母さんへのがっかり。

    手伝いばかりさせたお母さんへの反発。

    100点とっても私には興味がないお母さんへの絶望。

    「優秀」が当たり前でそこから脱線できない悔しさ。

    かけっこが早くても褒めないお母さんへの絶望。

    お父さんも私に興味がなかったけど怒鳴った時は怖かった。

    お母さんは守ってくれなかった。

    向うの部屋で呆れたように見てる兄の顔が悲しい。

    「お前が悪い」と頭のなかで聞こえてくるお母さんの声。

    私を困らせるお前が悪い。

    悲しかったなぁ。

    怒ってるんじゃなくて、本当は壊れそうな心を守っていたんだ。

    傷つくのが怖かったんだ。

    弱い柔らかな場所で泣いている魂がいたんだ。



    こんなあんな自分に気がついてあげたいですね。


    ハラッサーとハラッシーハラッサーのいたちごっこから降りることもできるでしょう。


    ラスボスはお母さん。

    それ以外の人に怒りを持っているとしたら、その人をお母さんを守るために利用しているのです。

    別の人間を憎んでいたら、お母さんを守っていられるからね。

    お母さんを庇って守っている間は棚卸しは進まない。

    進んだふりをして自分を騙しても母親以外への怒りの表出ですぐにばれてしまう。

    自分にバレるより先に他人にわかってしまう。必ず自己矛盾が起こってしまうからね。

    一度は徹底してICの味方にならないと、思考でほころびを取り繕ってチグハグな辻褄合わせをしてしまいます。

    嘘の棚卸しになってしまうから、一度は母を棄てる覚悟で自分(IC)の味方になりましょう。

    ずっと先に「お母さん大好き!」がもう一度湧き上がってくるでしょう。

    犠牲的で我慢する愛情じゃなくて、自然体でただ愛するだけの「大好き!」が。

    お母さんがどうあろうと、自分の中にある愛情が可愛いし嬉しいし幸せでしょう。

    その時は嫌悪する人もなく、穏やかに自分の命を生きられるでしょう。







    どっち見てますか
    心のコップがいっぱいの親御さん
    自分の生き癖や執着に気付く
    アサーティブなあり方
    ハラッサーとハラッシー
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    【2017/01/11 07:00】 | 育児(育自)
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  ハラッサー  ハラッシー  怒り  
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    気がついたら一ヶ月も経ってたの?
    CMが入ってるってことはそうらしい。
    今年はすごく速く過ぎている気がします。
    CMが入ると、なんかちょっとテンションが下がるので、つぶやいてたもの(ツィッター)をぽろろんと載せちゃいますだ。







    (子育てー人育てー自分育て)

    親が世の中のいろいろを説いたとて、そこに気持ちの共感がともなわなければ育たない。


    失敗するたびにガミガミ叱られると失敗する人が育つ。


    指摘するばかりで、共感も理解もない有り様の冷たさには、心を閉ざしてロボットのように従い身を守るしかないだろう。


    人を育てるには気持ちの共有と温もりと待つ辛抱強さが必須。

    ああしろ、こうしろ、こうするな、と指示ばかりの親は、我が子が自分で傷ついて修復する自由を与えない。子どもは指示待ちするしかないので、外で潰しがきかなくなる。自分の手の届く範囲にいる時期に、傷ついた翼を癒す術を身につけられるように見守ってあげてほしい。


    大人も同じ。傷つくのに、大人も子どももない。傷の癒し方を知らない人が多い。負の感情を出して否定されてきた大人は、今もずっと苦しんでいる。


    傷ついた結果を、周りのせいにするとか、結婚したら配偶者のせいにするとか、よくあるケースだけど、まずは自分の傷を素直に受け止めることから。



    *北海道の事件についてー記事内より共感する部分を抜粋
    「親が『しつけ』と言っても、子どもの安全が脅かされている場合は虐待にあたる」例えば、子どもを家の外に閉め出すことは、地域の絆が強く見守ってくれる人がいた昔は許されたかも知れないが「今は危険です」
    「一番大切なのは子どもに言い過ぎたり行き過ぎたことをやってしまったりした時に親が反省すること。『しつけのためだった』と、自分で正当化しては絶対にいけない。歯止めがきかなくなり、虐待までエスカレートする危険もある」。







    (脚本と連鎖)

    失敗してはいけない脚本の持ち主は、相手にダメ出しを繰り返すことで自分が完璧だと自己洗脳して、その完璧さを脳内親に見せる。ダメ出しされた方は失敗を繰り返すことになるので、お互いの脚本維持にとっておきの状況を作る。「相手に言われないように」と強迫観念的に気をつけてもいつかは失敗するから無敵の脚本だ。

    人は、「やるな!」と言われることほどやりたくなるし(カリギュラ効果)、「やれ!」と言われるほどやる気を失うもの(ブーメラン効果)。本人の納得がないことには真逆の効果しかないと思っておいたら良いかも。この場合の納得とは、本人にとって有益であること。



    子「ご飯の間にすき焼を挟んでティラミス丼にしたの(わくわく)。」
    親「ご飯の量が多い(ぴしゃり)。」
    子は食事を楽しむ気持ちが奪われて行き、残さないように食べることが重要な大人になる。
    ささやかな日常で、親の価値観は洗脳をされてゆく。人はわくわくがないと生きれないさ。

    ↑「事実を言ってるだけ。」と言う共感度の低い親に、子どもは今日も見捨てらたのだ。その子は大人になって人の心を見捨てるようになる。言葉に気持ちを添えない文化(家庭)で育った人は、ロボットみたいな反応に見えるが、別の文化(義務感とか責任感等など)が強く連鎖している。






    (代理親)

    人(代理親)の何気ない言動にぞわっと気持ち悪さを感じて、過剰防衛するのはよくある話。
    「気持ち悪さ」は自分の内側で起こっている「何か」ーそこを掘り下げて、相手を攻撃してまで守った「何か」の正体が母親由来の脚本だとわかると、自他(代理親)との分離が出来た対応に変わってくる。


    カウンセラーが男だろうと女だろうと代理母にしてしまう構造は同じ。認められよう褒められようとする無意識はよくあるし、厳しい母に育った人は厳しさを持つ男性を代理母にすることもある。「自律」の覚悟をしている人は、感情転移もチャンスに変えてゆける。


    相手を代理親にして依存しては期待してがっかりして傷ついて目を三角にして怒っていっそ死んでしまえ!と拳を握るなんてよく聞く話。本当は自分の母親にやりたかったこと言いたかったこと。外にぶつけることで内包した母親を庇い守り続けてるのでしょう。怒りに満ちたその姿こそが昔の怖い怖い母の姿でしょう。怖い母を外在化することが出来たら何か変わるかも。


    感情的になっている配偶者を相手にしたい(この時点で代理親)なら、ばーか!あーほ!ちんどんや!のレベルで喧嘩したほうがお互いに傷が浅くすむかも。
    理路整然と話せば話すほど相手は傷つき怒り狂い、こちらは相手の罵倒言葉に傷ついてしまう(お互いの脚本維持)。
    喧嘩が嫌なら、そっとしておく思いやり(相田みつを)で放置するが良いかと。


    友達が少ないと嘆く人の多くが、気が合わないママ友やご近所付き合いで四苦八苦してたり。
    相手の嫌なところを無理に受け入れようとするから苦しい。気の合わない人とおしゃべりしても楽しくないのに、自分が受け入れられないからだと思い込んでしまう。その時相手を代理親にしてる。





    ※書いてみて、それぞれに注釈を入れたくなるけど、その時間がないので、カウンセリング現場で発揮いたしまーす。ちゃんちゃん



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    【2016/06/22 11:57】 | 言の葉
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  怒り  インナーペアレンツ  ハラスメント  ハラッサー  ハラッシー  
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    匿名希望
    こんにちは。・

    確かに、お知らせに、「※2〜3週間私からの返信がない時は、申込み事項に漏れがないか確認の上ご連絡ください。」とありました。

    これは、「返信に2~3週間の時間がかかる」という意味だったのですね。
    了解致しました。

    ブログを拝見させて頂き、心の勉強をさせていただいております。有難う御座います。

    匿名希望さんへ
    中尾眞智子
    おはようございます。
    受付専用アドレス(19日)とこちらのフォーム(21日)に同じ内容のメールが届いていますね。

    こちらのブログ冒頭の【お知らせ】にあるとおり、記入漏れなどがない場合は通常2〜3週間のうちにはお返事をさせていただいています。
    お一人おひとり丁寧に対応させていただいておりますので、今暫くお待ちください。



    カウンセリングの申し込みをしたのですが
    匿名希望
    こんばんは。
    先日カウンセリングの申し込みのメールを送信させていただきました。こちらのブログのメールフォームからも再度確認のメールを送信したのですが、それに対する返信が届きません。

    もしかしたら、メールが届いておりませんか?
    または、新規のカウンセリングを受け付けてはおられないのでしょうか?

    何かしら、応答をしていただけますと嬉しいです。
    どうぞよろしくお願いいたします。


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    (初めにお断りすると、これは2013年の記事です。心ないコメントがあり非難が集まることを想定して、記事内にコメントをコピーすることで「場」を守った経緯があります。今も下書きのまま保存していますが、コメント混みの記事を出すのはもういいかなと省いて掲載します。当時暖かいコメントをいただいた皆様には感謝しています。)

    前記事の会話--------------

    手術翌日の夜に、母から電話があった。

    私「どうしたの?」

    母「今少し話せる?」

    私「うん。少しならね。私手術して入院中なのよ。」

    母「ええ?なしたのー?」
    私「結石だよ。お母さんくらいには教えようかと思ったけど、札幌の時みたいにけんもほろろにされたら哀しいからさー。」

    母「もう、けんもほろろにしないよー。」

    私「個室しかなくて、おかげさまで話せるよ。」

    母「あのね、母さんの手紙が届いたのね。」

    私「ああ。敬老の日に贈り物をしていたから、手紙とゼリーが届いたことがあったの。直筆の手紙にびっくりしてね。思いついて、コピーを送ったのさー。本物は私の宝物だけどね。」

    母「うん。届いたときは、絶交だとか言ったくせにこんなの送って、意地悪だなぁって思ったのね。代筆かなってひっくりかえしてみたけど、本当に母さんが書いた字なんだって思って、私よりまっすぐで綺麗な字だなって思って、凄いなぁって思ってね。(涙)」

    「母さんの手紙を貰うなんて、あんたって凄いなぁって思ってね。敬老の日にいつも送ってくれてたんだもんね。刺し子とか、覚えてるよー。」
    「最近、母さんとH(叔父の名)が夢枕に立つのさ。なんで今頃、毎日出てくるのかなって思って、もう、切なくてね。そんな時に手紙が来たから、初めは本気で意地悪だと思ったんだよね。でもさ、哀しくて哀しくて(涙)」

    私「沢山泣いて追悼しようね。」

    母「うんうん。(涙)」

    私「親子逆転してるね。」

    母「そうだね。」

    私「おばあちゃんには助けられたからなぁ。
    私、洗い物トラウマなんだよね。これで夫と30年争ってる気がする。食器洗い機が欲しいくらいと言ったら、俺が洗うからいらないって。でもね、いつ洗うかは俺の自由だっていうんだもの、終わるまで料理の下ごしらえが出来ないからご飯の仕度に困るしね。馬鹿馬鹿しいけどよく喧嘩したんだわぁ。」

    母「私も洗い物は好きじゃないけど、シンクに溜まってるのがすごく嫌なんだわー。だからさっさと洗うの。」

    私「私も溜まってるのが大嫌い。洗濯機は水が回ってるのを見ながら歌うたって楽しいし、干すのも好きだったけどね。洗濯が好きなのは、夫いわく、小さい頃の祖母とのあたたかい思い出なんだって。それはすごく納得したよー。
    でもさ、高校の頃、洗い物するでしょ。向こうではみんなでテレビ見てるのね。つまんなかったよー。」

    母「そんな思いまでさせてたんだね。あんたには本当に助けてもらったもんね。忘れないよ。
    そういえば、母さんが言ってたけど「かたちき取ってやるー」って言ったってねえ。」

    私「そうだよ。最近、その感覚まで思い出したんだけど、私の中で『命かけても揺るがない!』という意志の強さが沸いて来る時にその感覚があるの。お母さんを守る!って強く思ってたんだねえ。ずっとお母さんを守ってきたんだなぁって思うよ。」

    母「そうだねえ。」

    私「誰かを守ってるつもりでも、結局はお母さんを守ってたんだよ。」

    母「そりゃそうだよ。全部、私のためになっちゃうんだもん。」




    ★言ってみて食器洗いの傷が深いと気付く------------------

    電話を切ってから、洗い物の傷を見てゆく必要を感じた。認知行動療法しかないなと決意する。しんどかったらカウンセリング仲間に伴走を頼むとする。眠ろうとした病室のベッドで、先の母の言葉が浮かんだ。

    「私も嫌い。溜まるのが嫌だからさっさと洗う。」

    そう。私も、溜まるのが嫌い。洗うことより溜まっているのを見るのが、げんなりだった。いつげんなりしたんだっけと思い巡らせた。義父と暮らした頃からだ。

    祖母が同居した時期は除いて、学校から帰って、一番にやることが洗い物だった。そうだ!あの頃は、台所に洗い物が溜まっていたんだー。

    低血圧の母、姉、私の中で、早寝早起きの私が一番に起きて、弁当作って登校して、次に他のきょうだいが起きてご飯食べて登校して、母が義父のお握りを作って、末の弟を保育園に連れてから店に行ったはずだ。義父は、朝ごはんが母の握るお握りなので、起きたら台所も見ないで店に行く。

    母よ、洗い物を放置して行ってるぞ。
    後始末は私だ。

    洗い物が溜まるのを嫌う母に家事を習ったんだもの、私だって嫌だ。学校から帰るたびにそれを見たことを想像するだけで、げんなりする。
    細かく想像をめぐらさないと到達しない記憶になっていた。




    ★認知行動療法の応用--------------

    退院して、さっそく洗い物を全部引き受けて、その時に流れてくる感情を客観視してみることにした。なんせ、洗い物に対する嫌悪が強すぎる。

    「洗い物は私が頼まない限りは私がやるので、よろしく」と、家族に協力を求めた。「やりたい時に洗っても文句は言わないでね。」という家族にも了解した。実際洗ってみると、いつもどおり、洗っている時は全然嫌じゃない。

    が、次の朝、食器を洗っていたら、たまたま、夫がいつも見る朝ドラを見ていた。不意に頭の中で、声がする。

    「テレビの音が聞こえないから、後でやってくれ!」
    「お前もこっちで一緒にテレビを見ればいいじゃないか!」

    急にびくっとなったが、振り返っても、彼は何も言ってない。すっごく恐かったけど、本人は何も言っていないから、かまわず洗っていたら

    「洗い物が溜まるもん。」という不満気な私が浮かんだ。あったあった。
    「そんなの明日でもいいじゃないか!」と争う夫と私。

    これだ。
    忘れていたが、ここで私は最後は我慢するのだ。この「我慢」が、「恨み」として残っている。

    洗い物を片付けないでテレビを見ても、気持ちが良くない、楽しくない。
    翌朝に溜まった食器を洗う時も、ひたすら「嫌悪感」と付き合っていたのだ。その「恨み」がとても強いことに気がついた。


    源家族では、テレビを見ている家族の邪魔をしないように、多少の気を使っていた感覚も思い出した。頼まれてもいないし、注意もされていないのに、ここでも我慢していたのだなぁ。

    夫の「音がうるさい」は、私の中の「邪魔しないように」という我慢がぴたりと対応していたのだろう。もう我慢したくない私は、夫に「恨み」を募らせた。


    さらに思い出した。
    「日曜日の朝から、ばたばたしないでくれ!」と、若き夫は言った。
    平日はパートで忙しいから、土日に掃除をしたくても、夫が起きるまで音を出してはならないので、ため息をつきながら時間がたつのを待っていた私もいたなぁ。起きたら起きたで、休日くらいゆったり過ごしたい、という夫がいる中で、一体いつ何をやったらいいのよっ!って不満だったことも思い出した。子育てでそれどころじゃなくなって、彼も諦めたのかもしれないけど、それまではこんなだったなぁ。

    私の源家族では、日曜日は朝から掃除だった。気持ちよく掃除をしたら、長いパンを切りながら、おいしく食べたものだった。その時は、義父も一緒に掃除をした。義父は料理も好きで、なんでもやる。機械いじりも好きで、ラジオを作ってくれたりした。

    私にとっての当たり前(日常)と、夫にとっての当たり前(日常)が違ったのだ。




    ★若い頃の代償行為----------------

    結婚前にも、夫への不満があった。むしろ、こちらの記憶が強いので、このことでずっと文句を言ってきた。

    私は会社員で、仕事帰りに生協に寄って買い物をして、約束どおり食器洗いを終えているだろう彼の家に行き、毎度溜まっている洗い物にげんなりしていた。
    「明日こそ洗っておいてね。」という私に、はいはい、と言いながら、洗ったことは数回じゃなかろうか。私は、まずお釜を洗って米を研いでから、ご飯が炊ける間に他の洗い物とおかずつくりをした。2年くらいだったと思うが、すっごく苦労した気分が抜けない。


    こんなだから、自分の部屋の片付けどころじゃなかったが、夫が私の部屋を見て「片付けたら。」と言うのも頭にきたっけ。
    源家族では、義父が綺麗好きなので、掃除も気を使ったものだった。帰宅した義父が1-2本の髪の毛を拾う姿を見ると、髪の毛くらいすぐ抜け落ちるんだけどなーと鬱陶しかった。

    ここでも、結局は連れ子として母のためにやっていたのだ。嫌いな掃除をせっせとやっているという脚本が出来上がるわけだ。掃除が嫌いなのじゃなくて、指摘や批難や否定のフィードバックが嫌だったのだなぁ。


    新婚時代に夫に言ってみたことがある。
    「今ならわかると思うんだけど、想像してみてよ。あなた出来る?」(←微妙に洗い物から論点がずれている)
    すると、「男と女は仕事量が違う。」と言われた。

    ええー?
    会社の階段を1段抜かしで走って時間短縮して、電卓は「本当に計算出来てるの?」と回りに言われるくらい早く叩いて時間短縮して、もちろん私が自分の時間が欲しかったにしても、月に3日しか残業しないで定時にはタイムカードを押している仕事ぶりは、まぁ、残業しないから傍目にはわからないだろうが、辞めた後の後任から「どうやったら残業しないで済んだんですか?係長に残業が多いって怒られたんです。」と言われたくらいだ。(こういう仕事ぶりは後任者にとって迷惑なものだなぁと反省した。)

    とはいえ、「男と女は違う」の一言で片付けられて、忙しかった私が走馬灯のようにくるくるして、粉々に打ち砕かれた気分だった。


    今となっては、お恥ずかしい話だが、どれもこれも頼まれもしないのに、脚本が勝手にやっていたことだ。

    わかって欲しいのにわかってくれない・・・
    これは、今ならわかる代償行為。
    親にわかって欲しい気持ちが、当時の夫に向かっていたのだ。




    ★頭の理解でおさまらない感情からの気付き--------------

    頭でわかるし解説の肉付けも出来るのだが、しばし夫への怒りが消えないで困った。どうにも燃え上がる一方で、夫をやっつけたくて仕方が無い衝動が沸く。

    しかも、私自身が「自分で洗い物を溜める」という行いをするようになっていたので、いつの間にか「洗い物が嫌い」という記憶の操作が起こっている。

    むかむか~が消えないので、朝に聞こえた声のことを夫に言ってみた。すると、

    「そうかぁ。それは悪かったなぁ。そういえば、俺は、お袋が本気で熱くなってプロレスを見ていたので面白くてな、それが唯一の家族の団欒の記憶なんだ。俺の脚本は、一緒にテレビを見て欲しかったんだなぁ。」(しみじみ)

    ( ̄□||||!!
    「そうかぁ。それは悪かったなぁ。」だけかい。一緒にテレビを見て欲しい脚本を押し付けられていたと思うと、ますます腹が立ってくる。なのにどこかで、また我慢しなくちゃ・・・というのも沸く。

    なんで我慢?




    ★過去の夫に怒りは沸かない------------

    洗い物は全然苦にならない。だって、溜めないから。もう、溜めなくてもいいから。なのに、怒りがおさまらない。
    思考では色々解説も出来るのに、怒りの矛先が夫のまま変更されなくて参った。怒りの奥にも届きそうにない。

    なので、まずは目先の怒り(対象は夫)からつぶやき始めた。
    洗い物にまつわるあらゆる夫を想像してみた。今となっては芋づる式に出てくる若き夫の記憶だ。

    「いちいちお湯で洗うのか。」
    「洗った食器は綺麗に重ねろ。」
    「いちいち布巾で拭かなくても自然乾燥でいい。」
    「俺の方がずっと丁寧に洗うよな。」
    「手順を教えるからやってみろ。」・・・

    彼は、シンクの洗い物はとても綺麗に洗った。が、コンロに置いてある使った鍋や蓋やフライパンやコンロ自体は目に入ってないらしく洗わなかった。私がそれを指摘する前に、彼にあれこれ言われるので、結局、洗い物に対する負の感情は強くなるばかりだったのだ。

    夫が変化しても、私の中で軌道修正したくなかったのだろう。そりゃそうだ。自分の感情を無視している間は、そんなことが出来るわけはない。


    と、ここまで思い浮かんでも、不思議と過去の夫に怒りが沸かない。じゃあ、この怒りはなんなのよっと独り言で罵ってみた。やっぱり過去の夫には沸いてこない。

    今の夫の言動には反応するんだけど、過去の夫には、(脚本君だったんだなぁー)って思える。今の夫は、洗い物を何時やっても文句を言わないのに、今の夫に言いたくてたまらないのだ。

    おかしい。

    つまり、今の夫に代償行為をしたくてたまらない子がいるわけだ。
    これ、駄々っ子のようだけど、夫を代理親にしている脚本なのだ。




    ★脚本VS脚本----------------

    私の脚本ちゃんは、インナーペアレンツ(溜まっている洗い物が嫌いな母)に忠実で、台所を綺麗にしたかったのに、色々なパターンで邪魔をした夫の脚本君を恨んでいるらしい。

    夫婦の争いは、おそよ頭の中に巣食った親に支配されて戦っているのだろう。お互いの脚本が闘っている。

    その怒りを抱えている時の私は、まっすぐに相手を切り込んでゆく怖いもの知らずの私になってゆく。激昂しないが決して赦さない私になってゆく。
    この感覚は、「かたちきとってやるー」と言った幼い頃の、強い強い意志を思い出す。「母を守りたい」私だ。

    ここに戻ってきましたね・・・て感じである。

    凄いね。脚本・・・。二日間、怒りの炎に取り巻かれて過ごしたが、ここまで体感して、怒りの憑き物が落ちた。

    どこをどうしたって、今の夫に文句を言えることではないのだ。
    過去の夫との出来事の恨み辛みを言ったところで、何も解決しない。
    もう、わかっていることなのに、こんなにも沸いて来る感情に翻弄されかける。
    ここを自分で受け止めないと、ゲームを続けることになる。




    ★「大好きな母を守りたい」脚本-----------------

    私の脚本の根底は、「母を守りたい」。

    母に甘えられなくても、母に抱きしめらた記憶が無くても、幼い頃は母が怖かったからと母に近づかない自分に言い訳しても、母を庇ってきたのだ。

    母が大事にするものを大事にしてきたのだ。
    新しい父親も、新しい弟も妹も、もちろん姉も、その他の身内も。

    誰もやらないから私がやるしかない、と思っていたけど、それは全て母のためになっていたのだ。


    ある夜、未熟児で産まれた末弟の高熱で、
    「救急に行くから、どっちか(私か姉)着いてきて欲しい。」と頼まれた。義父は、たまたま商工会か何かの集まりで留守だったのだろう。
    そのお年頃には、(なんで私ばっかり?)いう思いが沸いていたので、姉に
    「お姉ちゃん行ってよ。いつも私ばっかりでずるいよ。」と、姉が動くまで動かないぞ、と支度もしなかった。

    すると母が、赤ちゃん用の大きなバックを抱えて、「もういい!」と弟を抱いて出て行った。すぐに姉が動くだろうと思いきや動かない。
    「信じられない!!」と嘆いて母の後を追いかけたが、タクシーで行ったらしい。どこにもいない。

    あの時の罪悪感は、半端なかった。哀しくて哀しくて、ごめんね、ごめんね。母と赤ん坊で行かせてしまった・・・と。

    あんな思いをするくらいなら、と
    私はまた母を助けてゆくのだった。




    そうは言っても、姉が家を出てからずっと私の肩にのしかかっていた負担が苦しくて、就職して家を出ると決めた時は、もうこの家族の犠牲になるわけにいかないと思っていた。
    世の中の母親は、家事をやりながら仕事もしているらしいと気がついて、うちの親は、連れ子に甘えすぎだと思って家を出ると決意した。

    が、その一方で、本当の家族で過ごしてくださいという思いも強くあった。母と義父とその子どもたちで過ごしたら、本当の家族で過ごせると思った。それは、私には味わえない甘美なものに思えた。

    義父が家にいる時は、義父がとてもいい人過ぎて逆によそよそしい空気があった。義父が留守の時は、ぶつかり合ったり話し合ったり賑やかだった。なので今後は(義父も交えて家族らしい家族になってくれ)と願っていた。

    ここでも、母に対して(連れ子がいる遠慮をしないで欲しい)と思っている。

    自宅の近くまで行き、公園から窓を見て泣いた。弟妹を思うと泣けた。ごめんね、ごめんねって思っていた。親に対しては(ちゃんとやってね!)と思っていた。自己投影と代償行為と親子逆転のオンパレードだ。

    同時に、(お前がいなくなって本当の親子をやれているよ。)という声も自分の中で聞こえて、ほっとした。


    こうして親を手放したつもりの私だったが、両親に頼まれると断れないで助けた。断れない性格じゃないのに、私しかいないのか・・・と観念して引き受けていたのだ(脚本)。


    結婚して、北海道を離れる日にも、寂しいと思わなかった(と思っていた)。やっと、やっと、あの家から離れられると思った。私が道具にされている自覚があったから、家族は好きだけど、離れたかった。心から離れたかったのだ。もう誰からも何も引き受けたくなかったんだなぁ。

    何度も何度も、こうして離れているのに、私の歴史で作られた価値感とか、当たり前の日常とか、普通でありたいと努め続けた普通とか、細やかなところまで、インナーペアレンツとして出来上がっていたわけで、そこに忠実に脚本は自動実行していたのだ。




    ★「怒り」で隠したり「大好き」で隠したり------------

    子は、健気に親を守る。
    お母さんを守り、庇う。

    「怒り」という形に温存してでも、守っている。
    怒りの奥にはなかなか人は踏み込まないからね。

    怒りの奥に「恐い」があるというは多い。
    「怒り」の奥に「諦め」「寂しさ」「我慢」が見つかるだろう。
    どれもこれも、更にその奥があるんだろう。


    ーお母さんが大好き。


    「大好き」の奥に「恐い」や「怒り」を隠している人もいる。
    母を嫌いになってはいけない脚本ちゃんだ。
    この子は、どれだけ母を守るために、家族を支え続けていただろう。
    心まで束縛されてきただろう。

    それでも、子どもはみんなお母さんを守っている。


    幼い私の「母を守りたい。」という姿は、娘や息子のそれに重なる。
    小さな頃から、私も子どもたちに守られてきた。沢山の場面が浮かぶ。
    父親の誘いを断って、脱いだ小さなジャンパーを高熱の私の布団にかけて、風邪がうつらないように、離れたところで本を読む息子。
    初めて、電車の中で過呼吸を起こした遠い昔、知識があったので袋で呼吸した。私をじろじろ見る周りを、しっかりと見返してから「ママ、大丈夫?」と言った幼い娘。


    ありがとう
    ごめんね
    ゆるしてね
    あいしています


    小さな私に、小さな子どもたちに、今の子どもたちに、届けたい言葉。




    ★振り返って-----------------

    今回の体感から言えることは、やはりこれまでと同じことです。

    怒りは、相手にぶつけるものではありません。

    カウンセリングが始まってから、
    「母に(上司に、夫に、仕事仲間に・・・)言えるようになりました!」
    と言う声もよく聞きます。
    それは、まだまだほんの序章に過ぎないでしょう。
    言えるようになったからと言って、その内容によって言って良いこと悪いことがあるからです。自分の身の置き所を失ってゆくことにもなりかねません。

    怒りや不満をそのままぶつけることは、ハラッサーのやり方。
    怒りや不満の負の感情は、抱き続けたら増幅させるだけ。
    それを相手にぶつけたら、相手にも負の感情が増幅されて、負の循環が起こり、どんどん泥沼化するでしょう。

    負の感情を成仏させてあげるには、その奥の傷を探してあげて、体感してあげて、自分で受け止めることです。

    困難なことは、ジョハリの窓
    3,自分が知らないで、他人は知っている自分
    4,自分が知らないで、他人も知らない自分
    のように、「自分が知らない」部分があること。

    この無意識の領域は、鏡にフィードバックしてもらわなければ、気がつきにくいです。無意識を意識化することはとても重要です。

    フィードバックも、相手の文脈を純粋に伴走出来なくては、毒になってしまいます。似た傷を持った同士が集まると、共感が起こるけれど、それは自分の文脈の承認欲求が満たされたからでしょう。

    聴けるようになるまでは、どんなに気をつけても無意識に相手を傷つけたり傷つくことが多いでしょう。

    かといって、聴けるようになるには、神になることでも仙人になることでもありません。過去の傷が完全に癒えて、完璧に自律していて、なんてことがあるわけもないです。ただ、大方の棚卸しの経験は必要だし、最低限、下の3つは必須だと思います。

    1)個の境界線をしっかり持てること。
    2)不必要にアドバイスをしないこと。
    3)目の前の人の文脈をまずは全て肯定的に受け止めること。

    日常会話では、1)を持てると生き方が楽になる。
    2)ができたらお互いに楽ですね。
    3)は訓練が必要。沸いて来る自分の感情を封じ込めずに解放しながら、相手の気持ちを聴き続けることは難しいです。(スリーテンのようなワークショップは、訓練の場になるかと思います。)

    私は大学5年間とその後のボランティアや家族相談士の養成講座や研修で更に3年間が必要でした。

    一歩一歩、気付きを大事にして、自分の内側を見つめてゆく勇気を持っていましょうね。その一歩一歩が、確実に未来に繋がっています。


    人の怒りを引き出さないと怒れないハラッシーハラッサーに続きます。

    参照:“親でもないのに”




    どっち見てますか
    心のコップがいっぱいの親御さん
    自分の生き癖や執着に気付く
    アサーティブなあり方
    ハラッサーとハラッシー
    相談申込み要領を熟読戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2016/01/07 08:00】 | 人生脚本
    【タグ】 脳内親  インナーペアレンツ  人生脚本  無意識  怒り  家族間連鎖    
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    Kさん
    中尾眞智子
    > 怒りが出た時の対処が分からず、悩んでいました。

    怒りが出たら一人で口に出し続けて、怒りが表現し尽くした後に湧いてくる気持ちも口にして味わってあげると良いですね。相手にぶつけたい衝動=「親に言いたかった気持ち」だと理解すると良いかもしれません。

    > B型はこうだけど、ABは。。と、母親に見下されて悲しかったんですね。
    >
    辿りつけてよかったですね。

    > それを思いださせてくれた知り合いには感謝しないといけないんだろうけど
    > 言い表せないくらい、しんどい気持ちになるからやっぱり距離は取らないとダメです、
    > 子供同士が同じクラスだから。。と無理したこついもありますけど。。

    この方はKさんの代理親になっているのでしょうね。感謝が湧いたご自身を喜んで、今は無理せず自分の心の傷を癒してあげたら良いのかも。



    怒りが出た時の対処が分からず、悩んでいました。
    以前、さほど仲良くない知り合いから、いきなり
    あなた、AB型っぽいよねーと言われて
    何だか言い様のない虚しさに襲われて
    頑張って『それ、どういう意味?』と返したら
    なんか気まずい空気になってしまいました。
    それがずっと心に引っかかってしまい
    色々思い出してみたら、
    母親から、あんたはAB型だからね。と言われていたのを思い出しました。
    ここだろうなあ、と思いながら過去を思い出すと
    両親(母親B型、父親AB型)が冷戦状態だったことに行き着いてしまいました。
    B型はこうだけど、ABは。。と、母親に見下されて悲しかったんですね。

    と、書きながら俯瞰してしまいました。
    それを思いださせてくれた知り合いには感謝しないといけないんだろうけど
    言い表せないくらい、しんどい気持ちになるからやっぱり距離は取らないとダメです、
    子供同士が同じクラスだから。。と無理したこついもありますけど。。


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    夫が出張に出て3日目−つまり2回目の朝・・・あれ?当日を入れたら3回目の朝かも。

    さすがに体がきつくて寝坊した。

    1時間遅れで洗濯を回し、コーヒーを入れてパソコンをつけて、ぼーっとしたらコーヒーを飲む暇もなくあっという間に7時を回ってしまった。

    まずい!!
    義父が時間に囚われているので、いろいろなこと(自分で立つこと、トイレでの自力移動、お尻拭き、部分入れ歯をはめるなど)をはしょって義母にご飯を出してしまう。

    ゆっくりと階下に行った。(二度と足を滑らせてたまるものか)

    義母はまだ寝ている、よし!

    「お母さん朝ですよ。」

    寝坊をしてタイミングがずれている私は、足のマッサージを忘れちゃった。( ꒪⌓꒪)。

    が、(今日はごめん)と心で謝って、今晩のカレーを作り始めた。

    一生懸命ベッドから起きようとするが、不思議なことに夫がいないと「できない」病にかかってしまう義母。

    今朝も「おとうさん、おとうさん。」と呼んだので、(まずい!)と手を止めてベッドに急いだ。

    台所なので義母の様子が一番わかる。

    幸い?義父は耳が遠い。(けど、おとうさん、だけは結構聞き分ける)

    義父が手を出すと、どっこいしょって自分の力で助けてしまうので義母は全く筋肉を使わないことになる。

    時間をかけて

    「もう一回、せーの!」

    「ごめんねぇ。」

    「大丈夫、もう一回、せーの!」

    と、ズボンの後ろを少しひっぱりあげると自分の力で立った。

    そこから、「右足をさげて、左足を前に」などと声かけしながら車椅子に座ってもらった。ほぼ自力。

    ここで、常温で置いてあった柚子水(柚子をいれてる水)を飲んでもらった。クエン酸摂取だ。

    こんな調子でえっちらおっちらトイレの往復を終えて、もう一度ベッドに横になってもらってオムツをつける

    はずだった・・・

    のに、私の脳みそはねぼけているらしく、せっかく上手に支えてベッドに移動したのに、オムツを起き忘れていた。

    がーん( ꒪⌓꒪)( ꒪⌓꒪)( ꒪⌓꒪)がーん

    「ごめんね。おかあさん。オムツ置き忘れちゃった。えへ。」

    ぷっと吹き出す義母。

    紙おむつにパット(紙おむつも紙パンツもパットなしでは漏れます)を敷いて、もう一回頑張ってもらった。

    数日便がなかったが今日は(人工肛門のストマパウチが)いっぱいになっているので、「おとうさん、ストマ変えてください。」というと、「よっしゃ!」とここはわしの出番じゃ!という感じでやってくれる。

    義母は「早くして」「もうそんなんせんでええ」「時間ばっかりかかって」「寒い」など義父には言いたい放題。

    ストーブもつけて電気ゆたんぽ(?)もつけて、そのうち電気毛布もつけるであろう義母の世界は、ぬくぬくと暖かいのでお布団に安住したい気持ちはわかるけどねー

    と、ちょっと意地悪な気持ちになった。

    義父はストーブの向きを変えてあげたりしながら黙々とやっている。

    ん?黙々とやってる?

    これかも・・・

    義母は、優しく声かけしてほしいのかもしれない。

    沈黙の時間は長く感じるものだし、時には重たく感じることもあるだろう。

    夫や私はこんなことは言われない。



    これまで紡いだ夫婦のあり方や、それを受け入れてきた自分自身の我慢に腹を立てているのかなぁ。

    代理親としては、お互いにぴったんこな相手だったのだろうなぁ。

    勝手な妄想でしみじみしながら、私も黙々と家事をやった。

    義父が義母の着替えをやってくれたところで私が登場。

    すると、義母が「お父さん、私が立つところ見ておいて!」としっかり義父の目を見て宣言した。

    これは初めてのことだ。

    どうやら私の協力を得て、ほぼ一人で立って移動するところを見せたいらしい。

    いつも「筋肉が落ちてる、これじゃダメだ」と言うくせに、気が短くてさっさと抱えて車椅子に運んでしまう義父に対しての憤りを表現してるようだ。

    このダブルバインドに対して闘う姿勢を見せているのだ。

    「私は立てるんだ(感嘆符!)見てなさい(感嘆符ふたっつ!!)」って感じだ。

    インナーチャイルドの言葉だと「おかあさん!私は一人で立つわよ!私を無視しないで!」かな。

    かっこいい!!


    いや、待てよ、おかあさん、昨日今日と一人で立ってないんですけど・・・

    どうやって、私が力をいれていない証拠を見せられるだろうか・・・

    ズボンの後ろを持ち上げている力の加減が義父にわかるだろうか・・・

    私の手を借りてるじゃんって思われたら癪だなぁ・・・

    一人でも時間をかければできるだろうけど、義父は待てないで手を出すだろう・・・

    それより先に「おとうさん。手をひっぱって。」といいそうな気もする・・・

    むむーーー


    私は指数本を遊ばせてズボンを持って見せたが、これで立てる保証はない。義母の膝が崩れたら、ぐぁしっ!と持たねばならない。

    「では、せーの!」

    「もう一回、せーの!」

    立てた!

    ここで、私が他の指を開いてひらひらさせたのを義父は見た。

    よしっ!たとえ明日忘れても今日の義母をしっかり見てるぞ!

    そのまま、右足左足の移動を声かけしながら座った。

    義母は得意満面ーいつも義父に力任せにされることを義母のチャイルドは嫌がっていたんだと思う。

    義母の「動いてはいけない脚本」を助長させる義父。

    義父は時間割で生きているので速く速くと急いてしまう。

    けど、今朝は待って見ていてくれた!

    「わしがちゃちゃっとやってしまうから筋肉がつかんのやなぁ。」

    義父が優しげに言った。

    車椅子に乗った義母をテーブルに運んだら、義父は早々にご飯を盛っている。

    「入れ歯をはめるからおかあさんのは盛らないでね。冷めちゃうから。」と言ったら、どこかに消えちゃた。あれ?

    義母が下の入れ歯をはめ終えて、上の入れ歯をひっくり返しもっくり返ししていたら、義父が「入れ歯がない」と現れた。

    私が磨いてテーブルに置いたのを気がつかなかったみたいで入れ歯を探していたらしい。

    「入れ歯は磨いてここにありますよ。」

    義父はほっとしてテーブルにつくと、ご飯を食べる時間が過ぎてゆくのが心配(不安)で、義母に入れ歯をはめる指南をするが、それが義母のやる気をそいでいく。

    「もっとこうせにゃはまらん!」「はよせぇ」「歯を入れんと噛めん。」「だから消化に良くない。」「ああしてこうしてうんたらかんたら(呪文)」

    「わかってんの。わかってんのに言わんといて。」

    「わしがはめちゃろか。」

    「いらん。」

    お!どうなるかな。

    子どもだったら従順に従うか、うっぎゃーと逃げ出すだろう。

    「もうはめんでもいい(ぴしゃっ!)」と投げ出すことも想定内だ。

    義父は総入れ歯なので必ずはめるが、部分入れ歯(といっても両奥歯)の義母は面倒がってしまう。

    というか、義母は人生の大きな反抗期をやっと迎えているのかもしれない。(ー私の妄想)


    ちゃんと見ていてよ。

    やさしく見ていてよ。

    注意ばっかりされたって頑張れないよ。

    もう十分頑張ってきたよ。


    そんな声が聞こえてきそうだ。

    そのうち夫が「それは自分で受け止めてあげるんだよ。」と語るだろうか。

    ま、私の役目ではないなー。(はたと現実に戻るの図)


    ちょっと行って「あら?入れ歯が上下反対。」というと、「そう?」と持ち直す。

    「そそ、そのまま入れたら大丈夫ですよー。」と声かけしたら上手にはまった。

    このタイミングで温かいご飯と豚汁と義父が育てた大根の煮物(いわしと大根煮)と、義母の好きなカボチャを出す。

    義父は、大急ぎで二人のお箸を用意して、とっとと自分が盛っていたご飯を食べ始めていた・・・。

    このお箸は、連続出張の合間に京都のお店で、名前を彫ってもらったフクロウの絵柄のものー途中までは塗り箸だけど先はざらっとなって麺類もOKだ。

    はじめは面倒臭いと使ってくれなかった。

    「自分のお箸とお茶碗を使うのも認知症予防ですって。」というと、健康ヲタクなところがあるので、ちゃんと使ってくれるようになった。

    ー私が留守の時はサボってるけどねー知ってるけどねー気がついてないふりしてあげるよ(。-_-。) ー


    さて、ここからは夫婦の物語を紡ぐ時間ー夜物語にまたおじゃましまーす。

    私は娘がお世話になった先生が主催する公演に行く。

    娘は仕事で行けないので、一人でしみじみと思い出を振り返るとする。

    洗濯を干して、作り終えたカレーが義父の焦がし被害にあっても最小限で済むように小鍋に分けて2階にあがった。

    書くと長いけど、わずか1時間半の出来事。




    どっち見てますか
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2015/12/07 11:11】 | 家族小景
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  怒り  ハラスメント  インナーペアレンツ  自律  
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