FC2ブログ
    家族カウンセラーの想いつれづれ
    いろいろと乗り越えたつもりでも、更に深いところの棚卸しが待っています。

    そして、それはやっぱり母親に繋がっていきます。

    そのたびに、自分を選び、その道を信じる、信じて進むのです。

    脳内親の指令(べき、ねば)や

    脳内親の脅し(罪悪感、恐怖)に操られないでください。





    道はいつだって整理整頓されてはいませんから

    頭でどれほど理解して

    どれほど分析したところでそのとおりに進みません。

    葛藤は葛藤で

    混沌は混沌で

    しっかり味わって

    それを外から眺めて

    親からの連鎖を思い知り

    自分にがっかりしてうんざりして

    その自分を捨てる(親を捨てる)と決意して

    新たな行動が始まります。





    この過程を、一足飛びに進もうとしても必ずつまづきます。

    けど、めげないでください。

    つまづいた自分を省みてまた進めば良いのです。





    自分を外から眺める癖をつけてください。

    人からどう思われるということではありません。

    自分を客観的に見る癖です。

    もっともらしい感情が、実は脚本感情だったり

    ICを利用した脚本が、違う解釈をさせていたり

    あらゆる手段で、無意識が親を庇っていることも見えてきます。





    ダメだとレッテルを貼らないことです。

    「まだこんなところに居るのか」と絶望するのは脳の仕業。

    「まだこんなところに居る」という事実はまっすぐに見て、

    「ここまでの道のり」も切符としてその手に握り、

    諦めないで自分を愛していきましょう。





    裁縫が好きなのに針を持てなかった人が

    今では素晴らしい作品を次々生み出しています。


    もう生きる力がないと泣き崩れていた人が、今は天職を楽しんでます。


    声が出ないと言っていた人が

    歌うことで発声が変わり自信が湧いていきました。


    親に奪われ自信を持てなかった人が

    子どもの頃の夏休みの課題に挑戦して喜びと達成感を持ちました。


    ウィンドウショッピングなんて無駄だと思っていた人が

    楽しみや喜びを感じるようになりました。


    自分で洋服を選べなかった人が、選んで買うようになりました。


    親にお金を渡していた人が、家を出て自分の為に稼ぐようになりました。


    スケジュールを埋めないと落ち着かない人が、

    何もない1日を楽しめるようになりました。


    スケジュールを決められない人が、

    好き嫌いで予定を決めて楽しむようになりました。


    「言えない」と思い込んでいた人たちが

    ロールプレイ体験を積んで生活サイクルが変わりました。


    思いっきり喧嘩をしちゃったけど

    わだかまりが消えて仲良くなりました。


    相手を客観的に見れるようになり

    様々な執着や衝動を手放せるようになりました。


    全く思い出せなかった小さい頃の記憶が蘇り、棚卸しが進んでいきました。



    それらの詳細は書けませんが、

    自分を救う!

    自分を諦めない!

    この意志を持ち続けて頑張った日々。

    時には、足元をすくわれるような出来事に出会い、

    時には、辛い別れを経験し、

    投げ出したくなったりしたこともありながらも、諦めなかった人々。

    彼らは自分の脚本がわかりますから、“悔しさ”がわいてきます。

    まずは親への“悔しさ”と“がっかり”

    次に、脚本に乗っ取られて生きている自分への“悔しさ”と“がっかり”

    “がっかり”を見ないようにして、親をかばい続けてきたことにも“がっかり”

    さらに深いところで、自分を見つめてゆくことになっていきます。





    そうして、脳内親と戦うコツがその人なりにわかるようになっていきました。

    気持ちで行動出来るようになっていきました。

    ICが出た後の“脳&脚本”の逆襲にも感度が働くようになっていきました。

    翻弄されていたこれまでと違って、

    客観的に事実を見つめられるようになっていいました。





    “事実を知る”

    そして

    “事実を見る”

    “気持ちを気持ちのまま感じる”

    誰もかばわず(代理親にした誰かを庇わず)

    言い訳もせず(脳内親を庇わず)

    誰のせいにもしないで“気持ち”を受け止める。

    その時、

    “自分を生きる喜び”で満たされていることでしょう。





    諦めないで自分を慈しんでいきましょう。



    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


    追記を閉じる▲
    関連記事
    web拍手 by FC2

    【2017/10/24 09:00】 | 自分との闘い
    【タグ】 インナーチャイルド  怒り  存在不安    カウンセリング  脚本  生き癖  過剰反応  
    トラックバック(0) |
    人生脚本を一度は恨むかもしれない

    けれど

    感情をいっぱい出して抱きしめて

    腑に落ちて

    自分を許すかもしれない

    両親や配偶者やその親の人生脚本がわかると

    怒りを手放せるかもしれない

    むしろ

    過去の怒りは自分の物だったと思い知ることで

    もっと深い傷を見つけて

    みずからを癒すことが出来るだろう



    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


    追記を閉じる▲
    関連記事
    web拍手 by FC2

    【2014/11/20 09:41】 | 言の葉
    【タグ】 人生脚本  怒り  感情    
    トラックバック(0) |
    つくことを恐れて、作り笑顔で人を迎え入れ、内側では疑心暗鬼でだらけ。

    防衛という攻撃で人をつけ、つけていることにも気がつかずつき続けている人もある。
    つくのは相手の問題」というのは、この場合は通じないのね。

    攻撃されたら誰しもつくのね。

    そのの正体を感じ取った人はつかないかもしれないってだけなのね。

    つくことを恐れているーすでについているーその傷を見ようよ。

    本当の傷の正体を見てあげよう。

    人に向かって自己防衛(=攻撃)するくらいなら、とっとと全力で逃げたら良いよ。

    この【逃げ】は存在不安からの逃げではないよ。

    傷に気づいたら全力で逃げるーとても当たり前のこと。

    存在不安から逃げるために、外に敵を作って仕掛けている自分自身に気がつきたくないーそして逃げ続けるー虚構を生きる】こととは違うよ。

    すでに見捨てている傷があるのだもの

    一目散で逃げてから、心に力を蓄えて出直したら良いよ。

    何度でも、何度でも・・・




    以下の記事から、そんなことを浮かびました。



    瑞巌寺随想~8.縄文人とインディアン~ペトログラフが語るものより抜粋


    あるアメリカ映画を思い出します。
    それは、突然宇宙人が各都市湾岸に飛来し、海から上陸するや無差別に殺戮し大都市に要塞を設けます。その要塞を核攻撃するために、その地にわずかに残された人々を海兵隊が救出に行く。ついでに要塞も破壊し、それだけで宇宙人全滅という都合のいい物語。

    このとき、海兵隊長が言っていた言葉―【敵は侵略してくるときに、その地に住む人間を抹殺し、その後土地を奪う】―というようなことを、さも当たり前のように言っていました。

    この映画で最も印象に残っているのはその言葉なのですが、それを聞いたとき、インディアンを根絶やしにしようとしたアングロサクソンらしい言葉だなぁと思ったことです。

    【※自分たちがしたことだから、相手もそうすると思っている】わけですね。そこには、【自分たちがしたことを悔い改めず正当化する態度】があります。【正当化するのは奪った権益を守りたいから】です。

    けれど、そのように【自己を正当化するなら相手も同じ理屈で正当化できるわけで、結局は力でねじ伏せた方が正義という幼稚な世界】にしかなりません(地球は誰のものでもないのにね)。

    だから、【武力を見せ続けなければなりませんし、その裏で自分たちもそうされるという恐怖が常に根底】にありますから、【市民生活においてさえも銃を手放すことができない】わけです。さらに【他国監視、市民監視、そして潜在的脅威の抹殺と疑心暗鬼】はとどまるところを知りません。(まさに【不安から逃げ続ける人生】を見るかのようです)

    映画でも、海兵隊長が父を失った子供に「勇気を持て」と伝える場面が一つの見せ場でしたが、結局、あの文脈の中では「戦い続けろ」と言っているわけですね。こういうプロパガンダの中できわめて愛国的な若者が育ち、しかし潜在的脅威抹殺のために派遣された先で現実を突きつけられ、真実に目覚める者もいます(「イラク―米軍脱走兵、真実の告発」)。

    このように【支配者として君臨し続けようとする生活は、裏を返せば不安と恐怖から逃げ続ける安らぎなき人生】なわけですが、その不安と恐怖を見たくないが故に「虚構」から降りようとはしません。いえ、自分が虚構の中にいることにさえ気づきません。あの映画で言われていることをさも当たり前のように見る米国人もいるのでしょう。

    -----------------------------------


    【※自分たちがしたことだから、相手もそうすると思っている】とありますが、ー人の発する言葉を聞いていると、その人の内側が見えてきます。口癖や、思いがけない時のひとことや、危機に出会った時の言葉、それは責められることでもなく、その人の現状(過去からの連鎖を含めて)を表しています。

    カウンセリングを重ねた人は、面白いくらいに少しずつ変化しています。ご本人に準備が出来た時には、ダイナミクスな変化が起こります。何度も訪れるチャンスを大事にしながら、素直に自身と向き合う姿は美しいです。素直に向き合うと、誰かを恨んだり憎んだり殺意を抱いたりする必要がないです。もちろん、現実的に嫌なことはありますよね。不意打ちハラッサーはあちこちにいますから。その傷も、素直に抱きしめて相手のことは手放します。その時世界が別れます。
    執着の世界にいたいか、手放してらくちんに生きたいか、いつでも選べる私たちなのです。




    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


    追記を閉じる▲
    関連記事
    web拍手 by FC2

    【2014/02/04 10:13】 |
    【タグ】 ハラッサー  怒り  憎悪  殺意  執着    自己  存在不安  
    トラックバック(0) |

    こうめさん
    中尾真智子
    > 最近、せっかく人と会ってもモヤモヤしてしまいます。相手はニッコリ笑顔なんだけど、私はなぁんかボコボコにされた気分で別れることが。
    > 自分も同じことをしてしまっているんじゃないか?って時折不安になります。

    苦しいですね。いっぱいインナーチャイルドが我慢しているように感じます。


    マユミさん
    中尾真智子
    > 少し、捉え方がわからない文章があったので、素直に聞いてみようとおもいます。

    素直に訊いてくれてありがとうございます。

    > というのは、自己防衛で相手を傷つけ、その相手からまた攻撃を受け、自分が傷つき続ける。
    > と言うことでしょうか?

    傷つくことを恐れている(すでに傷ついている状態)ので自己防衛で相手を傷つける(傷つき続けているまま)



    こうめ
    自分が不安だから同じ不安に誰かを引き込もうとしたり、嫌な気持ちだから誰かを虐めてみたり…そうやって、嫌な気持ちって伝搬するんだろうな。
    最近、せっかく人と会ってもモヤモヤしてしまいます。相手はニッコリ笑顔なんだけど、私はなぁんかボコボコにされた気分で別れることが。
    自分も同じことをしてしまっているんじゃないか?って時折不安になります。


    マユミ
    お久しぶりです。

    少し、捉え方がわからない文章があったので、素直に聞いてみようとおもいます。

    傷つけていることにも気がつかず傷つき続けている人もある。

    というのは、自己防衛で相手を傷つけ、その相手からまた攻撃を受け、自分が傷つき続ける。
    と言うことでしょうか?


    コメントを閉じる▲
    とってもムカムカする知人がいる。

    なんでムカムカするの?
    何がいや?

    嘘つきだから
    自分に都合のいいことを言って人を騙すから
    汚いから
    不気味だから
    得体が知れないから







    ★放置された気持ち------------------------------------------

    得体が知れないから・・・?

    ふと、父のことが浮かんだ。

    父は、私が赤ん坊の頃に別れて、顔も覚えていない。

    知らない不気味さ
    大人たちのささやかな嘘
    父は汚れのように語れている気がして
    不気味な空気を感じるのが嫌で、何度も祖母に聞いた。

    お父さんってどんな人?

    そのたびに

    「お母さんについてきてよかったんだよ。」と言われた。

    ますますお父さんを知るのが恐い、恐いけど知りたい


    幼い頃に会った優しいおじさんが、父と教えられたのは、18歳の時。

    「あなた会ったことあるでしょう。」と母。

    そうなんだ!あのやさしい人がお父さんなんだ!とほっとした。


    何でやさしいおじさんだと思ったんだろう。

    あと2年しないと学校に行かないのに、お道具バックや紅白帽子や体操着を色違いで2個ずつ買ってくれたからだ。大きくなってから、あしながおじさんを知った時にも、このおじさんを思い出した。

    「一人で知らない人に連れられて恐かったねー。」

    とカウンセラーに言われて、その当時の感覚を思い出した。木目の廊下を歩いた気がする。階段も手を繋がれて、黙って歩いた。
    緊張して、話しかけられても何も言えなくて、欲しいものを言ってごらん、と言われても、おねだりしたこともなくて、とても困ったんだ。緊張してたし男の人に連れられるなんてなかったから恐かったんだー。


    どこにも攫っていかなかったし、悪い人じゃなくて良かったけど、はじめは得体の知れない、どこの誰かわからない人に連れられて、緊張して、困っていたんだよなぁ。


    この時私の気持ちをケアする大人は一人もいなかったんだ。


    この小さいちゃんを見捨てていたことに気がついた。この子を放置したまま大人になってしまった。ごめんね、小さいちゃん。








    ★一人ぼっちで抱える秘密-------------------------------


    おじさんに連れられて帰ったら、恐い顔をした母がいて、私は別の部屋に行き、いつのまにかおじさんは帰ってしまったの。

    でも、大人たちはなんにも言わないの。

    あの人は誰?って聞けない雰囲気で、私一人の秘密になったの。

    名前も知らないおじさん。

    親戚なのかもわからないおじさん。



    どうして、あの幼い私に、お父さんだよ、と教えてくれなかったの?

    という思いが初めて沸いて、涙が止まらくなった。


    教えてくれたら、もっと早く傷は癒えたかもしれないのに。


    「お父さんてどんな人?」

    何度も聞いてきたけど、ずっと教えてくれなかった。



    あの頃の、大人たちの欺瞞、何より、名乗ってくれない父の不気味さ、怖かったよう。


    と、泣けて泣けてただ泣けて…。








    ★過剰反応に鍵がある--------------------------------

    私は、虐めをする人が大嫌い。
    人を利用して目的を叶える人が大嫌い。
    嘘をついて人を陥れる人の卑怯に屈するくらいなら、1人になっても本望だった。
    意地悪をされたら、頭の中ではいくつも仕返しの方法が浮かんだ。
    でも、それを実行することはありえなかった。
    同じ穴の狢になるものか!
    なぜ他の人が、平気でそんな人と外面だけで付き合えるのか理解出来なかったし、したくも無かったし、別の世界の出来事だと関わらなかった。


    この過剰とも言える拒否反応に、鍵があったのだ。

    私は大人の道具にされた。
    父が姉と会いたがっていたが、学校があるからといって私は差し出された。



    私は、父と知らずに父と親子デートしたのだ。

    そうと知った18歳以降は、今度は姉に申し訳なくて言えなかった。

    小さい頃にも、一人でこの秘密を抱えていた。

    私は、人の秘密を守るのでみんなにいろいろ相談される子になった。

    でも、私は、自分のことは、誰にも誰にも言えなかった。

    嘘をついてないけど、本当の事を話せない苦しさ。

    言えば、誰かが傷つく。

    小さい頃から、ずっと、言えなかった1人の秘密。







    ★悪い人なんかいないと思いたい私-----------------------

    一つもいいところがない人間なんているだろうか。

    一つでもいいところがあったら、いい人になる可能性があるだろう、と小さい頃から、信じたがっていた。


    父がいい人でいて欲しい願いを持ち続けていた私。

    大人たちが、父を悪く言うことが哀しかった。

    そんな父の子であることが哀しかった。
    とても哀しかった。

    悪い人なんかいないって、私は、父を庇っていたんだなーと思うと、とても納得出来る。

    「人を諦めないよね」と言われたこともあったけど、譲れなかったんだよね。

    その信念で生きていて、嫌だった人が変わったこともあったから。

    嫌なことをした人でも、良心に従って変化した時、私は握手してきた。







    ★知っている人を嫌いと言えなかった私---------------------

    私の、これまでの癖のひとつに、人を嫌いと言うことが苦手、という面倒くさい癖があった。

    それは一見、とても良い人みたいだけど、人間生きていれば嫌いな人も嫌いなこともおこる。
    嫌いなことは言えるのに、嫌いな人を言えないって、嫌いな人が無いっておかしいだろうに。
    「こういうところが嫌」というけど「あの人が嫌い」とは言えなかった。


    冒頭の知人を嫌いになっても良いのに、それくらいの傷を受けているのに、口に出したくなかった自分自身に、私の中のチャイルドが怒っていたのだと気がついた。


    「○さんが嫌いでもいいんだよ。」とカウンセラー

    ○さんが嫌い…言ってみた(ひぇ)
    続けてみる…

    ○さんが嫌い。
    嘘つきで嫌い。
    けがらわしい。
    ずる賢い。
    表と裏が違うから嫌い。
    見えるところでニコニコして見えないところで陰口言うから嫌い。
    都合のいい言い訳ばかりで嫌い。
    陰でこそこそするところが大嫌い。
    嘘がバレテナイと思って平然としている○さんが嫌。
    バレテルのに、バレテナイふりをして我慢する自分も嫌。
    思いっきり「バレテルよ」って言ってやりたーい。
    みんなにばれてるんだよ。
    あなたの裏工作があちこちでバレテルの。
    繕った笑顔でこっちに来ても、笑えないから近寄らないで。
    もう喋りたくもない。
    私は嘘で笑えないの。嫌なの!
    嘘つきが嫌い!



    あー!すっきりした!

    こんなに嫌いなのに、守りたがっていたんだ。負の感情に蓋して父を大人たちを守ったように。

    「嫌い」を「嫌い」と言えないことが、自分自身を苦しめていた。
    自分の中にある、似たような負の感情にも蓋をしていたとも言えるのだなぁ。


    この気持ちをその時直接にぶつけたら、ぶつけた自分が悪いと思って出来なかった。
    だから、この気持ちに蓋をして、相手に「いい人」の部分を見ようとしていたんだなぁ。
    「いい人」になろうとして、相手にも「いい人」を期待していたんだなぁ。
    自分の傷の手当もしないままだからひずみがおこる。





    ★感覚に入る----------------------------------------

    カウンセリングの終盤、私は、静かに泣いていました。

    カウンセラーが添える言葉から、私の気持ちにぴたりと来る言葉を見つけて味わったり
    感覚に委ねている時間が長かったのか、短かったのか
    その時間が、私の中で走馬灯のように流れる棚卸しでした。
    流れてゆき、どんどん沸いて流れてゆき、次々と新しくなる感覚。

    あの日のあの時、ただ傷だらけの私が安全だけを求めていたこと
    その安全を提供してもらう以外の何も期待していなかったこと
    (この期待しないというのは、大きいと思います。人間は欲深い時は何も得られないと感じるからです。)



    父と会ったのは、4歳くらい。
    母が作った一張羅を着ている。
    好きなものを買ってあげるといわれても、おねだりしたことがないから出来ない。
    おじさん(父)は、学校に必要なものを二つずつ買ってくれた。
    帰ったら、母が仕事場から帰っていて、恐い顔でおじさんを見た。

    つまり、私を差し出したのは祖母だ。
    祖母が私に一張羅の服を着せて、おじさん(父)に預けた。



    母が祖母を信じきれないのは、こういうこともあったからなのか・・・。
    やっと腑に落ちた。

    私にしたら、祖母も母も同じ・・・
    知らない人に祖母に差し出されて、母(洋服)が着いてきて、見張ってる・・・
    そこにいるのに、私は蚊帳の外・・・

    ここから、どわ~っと流れて消える色々な光景と感情が、とても速くて、言葉に出来なかった。
    カウンセラーは邪魔をせず、そっとそこにいてくれた。







    ★カウンセラーからの振り返りより抜粋 〈 〉内は私-------

    無意識は父だと気づいていた。だから逆に誰?とは聞けない。
    ※出かける際、母親の手作りの洋服を着せられていたのがミソだと思いました。
    お母さん一緒にきてますよね、見張ってますよね、囲ってますよね。


    父顕在意識
    可愛い娘との思い出が欲しい。
    名乗りたいけど、名乗らない約束。名乗るとこの子を混乱させてしまうという建前

    〈やさしいおじさんだったので納得出来る〉

    潜在意識
    父と名乗らないことで、自分を印象付けたい。不安を植え付けられる。そしたら異性とは繋がれない。
    あえて父親とは名乗らないことで、深く自分の存在を印象づける。

    〈確かにこのおじさんはずっと消えない記憶になっていた 〉


    母顕在意識
    本当は会わせたくない。でも仕方ない。父親と教えるとかえって、この子を混乱させる。それは都合が悪い。

    〈これは祖母と母と〉

    潜在意識
    絶対にこの子を夫に取られたくない。この子は私のもの、私のお母さん。
    父と教えないことで、不安を植え付けられる。得体が知れない正体不明の男性と一日過ごす不安。
    お母さんへの罪悪感、お母さんのところへ早く帰りたい、お母さんを求める気持ちが強くなる。
    異性への不信感。この子に父親の愛を与えたくない。感じさせたくない、気づかせたくない。
    異性を遠ざけたい、そしたらずっと面倒を見てもらえる、もらいたい。

    お父さんを利用して、(お父さんもそれに乗ったけど)目的を達成したお母さん。
    その狡さに嫌悪感。

    〈男友達ならいいけど、異性としては苦手だったなぁ。〉


    まだ十二分に、悲しみを味わいきっていないと感じています。

    あの時、お父さんだと知っていれば、もらったものはつまらなくても、それは間違いなく父からの愛情として受け取ることができたからです。

    〈号泣〉

    他人からもらう優しさは、親切です。
    親や伴侶、家族からもらう優しさは愛情です。

    同じ行為をされても、受け取るほうには全く違う想いが生まれます。
    また、行為自体も、違った色彩を伴います。

    〈おとうさーん〉

    そういう意味で、本来得られるはずだった愛情(豊かさ)を受け取ることができなかった。
    その悲しみは、まだあると思うのです。

    〈おとうさーん!おとうさーん!〉

    嫌いになること、嫌いと言うことと、その人の不幸を望むこととは違う。
    罪(行為)を憎んで人を憎まず。という矜持と、その矜持を持ちながらも「嫌い」といっていい、「嫌い」でもいい。という許可が自分に降りた。

    そのこととは別の悲しみ。

    受け取れるはずだった愛(豊かさそのもの)、返せるはずだった笑顔、その循環。
    良い人だったと思いたいのは、だってそこには「受け取れるはずだったもの」があったから。
    それを与えることができるのは、彼にそれがあるから(良い人)だから。
    少くともその可能性はゼロじゃあないんです。
    でも、その可能性ごと潰されてしまった悲しみとその先にある気持ち。

    〈愛があったことは一緒にいた感触を思い出すとわかる〉

    二人は無意識の共犯者だった。いや、三人かな。主犯は母であった。
    自分の世界に介入され、踏み荒らされた。そしてそれを許した、許さざる得なかった悔しさ、健気さ。
    悲しみは、それらに繋がっていくと思うのです。

    〈染みる〜〜。〉







    父親について、ずっと口を閉ざしていた何十年。やっと、ひと段落つきました。

    世の中には、確かに一緒にいられない、別れるしかない場合があります。離婚してくれたらよかったのに、と子どもが嘆くような両親もいます。私もそうだったのでしょう。しかし、語られるエピソードがあたたかければ、いない父親の分も補うことでしょう。本物がどうだとか、そんな証明よりも、母親が一度でも愛情を持っていたり、愛情をかけられていたことを知ればそれだけで安心するのじゃないかしら。

    20歳の頃、祖母が「いいとこもあった。面白いし、話しやすい人だったよ。」と言いました。呪いが解けた嬉びの瞬間でした。
    これを母から聞きたくてあがいたのですが無理でした。
    母は、どうしても自分のプライド(=脳内親)を捨てきれないのです。
    自ら選んだ人を悪人のように言う母は、自分自身をも貶めていることに気がつきません。
    顔も合わさない人を憎み続けることで、何を守っているんだろう。
    何十年も許さないでいるって、何十年も奥底で抱きしめているってことなのに、気がつかないんだから仕方がないですね。







    夢追人 - KOKIA full


    夢追人:歌詞




    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領を熟読戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


    追記を閉じる▲
    関連記事
    web拍手 by FC2

    【2013/04/03 21:00】 | チャイルド
    【タグ】  母子  父子  過剰反応    インナーチャイルド  表現    無意識  哀しみ  
    トラックバック(0) |

    すみれさん
    中尾真智子

    >1つ1つ、丁寧に自分をみていく作業を、見せて下さってありがとうございますm(_ _)m

    いえいえ。何かしら、感じるものに出会えたら私も嬉しいです。^^

    反応した言葉
    すみれ

    >『悪い人なんていないと思いたい私』『大人の道具』『嫌いと言えない』『得体が知れない』

    >不満をいうと、母から
    「人のいいところを見て付き合いなさい」
    と、よく言われて、悪口は言えなかった。自分の中で、変だって引っ掛かっても、それを打ち消していました。今思うとバカみたい(;_;)自分を裏切ってました。今でも、そういう時があります。

    >祖母の悪口を散々言うのに、祖母から請われると、サッサと私を差し出す母。結果、大人ばかりの、色々な場所につれ回されました。《大人の道具》です。
    >父についても、《恐怖》を植え付けられていたことを思い出し
    「ああ、こんなにも怖かったんだなぁ」
    と素直に感じています。
    >なんで今こうなのか…がわかってきた感じです。
    >1つ1つ、丁寧に自分をみていく作業を、見せて下さってありがとうございますm(_ _)m




    Re: タイトルなし
    中尾真智子

    > この記事、素敵な触媒になりました。感謝です^^

    ありがとうございます(^^)

    Re: 一つ一つ。
    中尾真智子

    > ああ,そうなのかと分かるときもあり,分からないときは離れてみる。急がない。ゆっくり,ゆっくりと,自分に言い聞かせてます。

    (¨ )(.. )(¨ )(.. )ウンウン!!
    とはいえ、人生はあっというま。急がず慌てず、たゆまず・かな。


    私は嫌いって言いづらくて「好きじゃない」と言っているなぁと気付きました。

    嘘つきや、えこひいきや、相手によって瞬時に顔を変えて見せる人がいや。嫌い!

    ああぁ、お母さんの顔が浮かんだ…。あと、お父さんも少し。

    私が大人になってからも変わらない母を、かなしい気持ちで見ていた。
    もう、嫌悪感を通り越して哀しいんだと思っていたけど、お母さんを嫌いになりたくない・でも、嫌いになりたい自分がいて、気持ちと感覚を持て余していたんだなぁ。

    おかあさんは好き。
    でも、ひとりの人としては好きじゃない。嫌い。

    チャイルドが言いたがってることがいっぱいある。
    潜ってきます~。

    この記事、素敵な触媒になりました。感謝です^^

    一つ一つ。
    いせびあん
    こんなに丁寧に向き合っていくんだ。

    私の中にも過剰反応してしまうことがある。ただ,漠然としていたモノが少しずつ形になってきたくらい。

    なるだけ音で自分を満たさないように,自分から逃げないように。少しずつでも感じられるようにしてる。

    ああ,そうなのかと分かるときもあり,分からないときは離れてみる。急がない。ゆっくり,ゆっくりと,自分に言い聞かせてます。

    コメントを閉じる▲