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    家族カウンセラーの想いつれづれ
    中尾相談室のカウンセリングについて

    おかげさまで四十九日法要までを無事に済ませることができました。
    お待ちいただいた皆様には心から感謝申し上げます。

    再開に当たり、当相談室のカウンセリングについて改めて述べておきたいと思います。

    「カウンセリング申し込み要領」(中尾相談室)に則ってお申し込みをしていただき、カウンセリングに入られる方は最初に面談を行います。

    ご自身の生育歴だけではなく、親の生育歴や親自身の親兄弟との関係も含めて半生のお話を伺う中で、親及びご本人がどのような脚本を歩んでいるのかを把握していくわけですが、この面談という場ではどのようなことが起こっているでしょうか。

    1.事前の画策
    2.語られるのは脚本
    3.語る相手は「代理母」
    4.脚本との直面化
    5.IPによる妨害
    6.妨害をはねのけて出てくるIC
    7.「継続した時間」が必要な理由
    8.相談者の内部で起こっているバトル
    9.自分を知ることが「人間」を知ること
    10.「脱洗脳過程」の9年間
    11.人が変化のバロメーター
    12.背骨の形成=共感力、人間力の形成
    13.「自信」とは自分(小さいちゃん)が自分を信じること
    14.実行と実感が自分を変える
    15.「小さいちゃん」の救済と「脚本ちゃん」の苦労の理解
    16.最後のトライ
    17.「お母さんを諦めたくないチャイルド」を抱きしめる
    18.「淋しさ」を抱きしめる
    19.日常で出来ること



    1.事前の画策----------------------------------------------------

    ご本人(の表層意識)は「今日は全て話そう」と思っていたりしますが、無意識は次のようになっています。

    1.集中できない場所を選ぼうとします。
    2.場所を間違えて開始が手間取ったり、後に何らかの用事を入れていたり、意識をそらしたり時間を気にさせる無意識の工夫があります。
    3.服装、持ち物、アクセサリーに至るまで母親カラーをそろえ、脚本ちゃんバリバリで来られます(例外はありませんので、ご安心下さい ^^;)
    4.飲み物等でも「母親」を召喚し、「母親」に監視されながらの面談となります。

    このように、自分(小さいちゃん)に集中できない舞台(時間枠&場所)を設定し、さらに舞台の中も自分の体も、小さいちゃんを雁字搦めにして来られるわけですが、脚本人生を歩かれていますので、脚本全開で来られるのも当然と思って下さい。





    2.語られるのは脚本----------------------------------------------

    その上で半生を振り返り語られるわけですが、

    5.それは「脚本舞台上の事実」(脚本によって現実化された事実及び取捨選択され脚色された事実)であり、そこにおける感情も演出感情やダミー感情だったりします(舞台を下りるまではそうとはわかりません)。
    6.「脚本舞台上の事実」(虚構)を維持するために、本当の感情は口に出さない、もしくは過去の当時の時点で封じられています。
    7.話題を次々に替えたり、話が飛んだりもします。自分を気持ちの部分にまで深入りさせないためと、時間を潰すための無意識の画策です。

    人と接する時は、自分が脚本人生を歩いていることをアピールするチャンスですから、相手がカウンセラーであっても同じ事をします。目の前の相手が誰であれ、その相手に向かって話しているのではなく、常に「脳内母親」に向かって話しているからです。

    言い方を変えれば、全ての言動を「脳内母親」に見せながら日々を送っているわけで、その中に入り込んできた○○カウンセリングや○○セラピー等も、脚本の見せ場あるいは代償行為の場として無意識は利用します。





    3.語る相手は「代理母」----------------------------------------------

    カウンセリングなど相手と深く関わらなければならないときには、無意識はカウンセラーを「代理母」と見なしています。というのも、母親以外とは繋がってはいけない「母親一神教」で生きている人にとって、深く関わる相手は「代理母」でなければならないからです。

    このように本人の表層意識とは裏腹に、本人の無意識(脚本)はカウンセラーを代理母と見なし、脚本人生の物語を切々と語るわけです(たとえば「我慢と苦労を見せる脚本」であれば、そのエピソードを話されます)。

    そこを受け止めることからスタートするわけですが、もしカウンセラーがその物語に共感して終わるだけであれば、「脚本ちゃん」は大喜びしてカウンセラーを「代理母」と認定し、「小さいちゃん」はガッカリして出てこなくなってしまいます。





    4.脚本との直面化----------------------------------------------
    けれど、個別のエピソードを詳細に掘り下げて事実を拾っていくと、たとえば上記の脚本で言えば、自分がその我慢と苦労を導き入れていたことが浮かび上がってきたりします。自分が望んでいないから“我慢”になるわけで、実は自分が無意識に演出していたことがわかる衝撃は大きいでしょう。

    これが自分の脚本との“直面化”ですが、これも心の準備が出来ていないと厳しいので、お申し込みいただく段階で覚悟のほどを見ているわけです。
    とはいえ、最初から覚悟が定まるはずもなく、カウンセリングを通して色々な体験をする中で覚悟も定まっていくものですので、最初は保護者が必要なよちよち歩き―ただ、少なくとも自分の足で歩く意志があり、向かう方向性が同じでなければ支援は出来ません。

    なお、“自分が演出していた”ことがわかると、「我慢と苦労」をするもしないも自分次第とわかりますので、希望が見えてくるわけです。





    5.IPによる妨害------------------------------------------------

    さて、話したいことを全て話さなければ聴くことは出来ません(出て行くものが出て行かなければ、「心のコップ」に入る余地がありません)。
    また、自分が語った事実を再構成してフィードバックされることで、自分がどのように自分を罠にはめているのかという理解も深まります。

    カウンセラーという鏡(当相談室では「世代間連鎖を映す鏡」になります)に映った相談者の姿をフィードバックしていきますと、これまでその方が立っていた“その方の常識(脳内母親の世界)”という岩盤に亀裂が入ります。すると、次のようなことが起こります。

    8.脳が戸惑い始め、そのことは脳を直接表す器官である眼に現れます。瞼が高速で瞬きし始めたり、時々本人も知らぬ間に眼がでんぐり返って白目を見せたりすることもあります。

    こうして自分の歩んできた脚本ストーリーの世界がひっくり返り始めると、そうはさせじと脳が逆襲を仕掛けてきます。

    9.あらぬ事を考えたり、時間を気にしだしたり、急に物音が気になり出したり、疑心暗鬼的に解釈したりします。

    10.さらに母親の実体に近づくと、言葉の意味がわからなくなったり、聞こえなくなったり、思考停止したり、突然トイレ休憩に立って中断したり、という妨害が始まり、

    11.さらに核心に近づくと、急に頭痛がしたり、体が重くなったり、急速に睡魔が襲ってきたりというあからさまな妨害に移行しますが、これはIPがかなり追い詰められている証拠です。

    これらが普段出てこないのは、その人が脚本人生(虚構)を歩いているからですが、本人が本当のことに気づきそうになると、本人に気づかせたくないために上記のようなことが起こります。
    ここに来て自分の中の抵抗勢力の力が強いことを初めて実感されるでしょう。





    6.妨害をはねのけて出てくるIC-----------------------------------

    初回面談の中で、実に上記のようなドラマが本人の中で展開されており、「小さいちゃん」はその全てを見て、聴いています。

    カウンセラーが本人の言動に惑わされずに、語られる事実から脚本を洞察する力があるのか、ちゃんと“本人”に“真実”を見せてくれるのか―そういう目でカウンセラーを見て、聴いています。

    また、“本人”は自分(小さいちゃん)と向き合う覚悟があるのか=時間を気にすることなく腹をくくって自分と向き合おうとしているか、ということも見ています。というのも、時間制限があれば「思考(脳内母親)+脚本」の連合軍は、“本人”をコントロールすることができるからです。

    このような経過の中で、カウンセラーが自分(小さいちゃん)の味方であり、かつIPにも惑わされないことがわかり、“本人”も「脳内母親+脚本」と闘おうとしていることがわかったとき、不意に「小さいちゃん」が出てきます。

    自分一人の時は、無意識に脚本人生を歩いていますので、「小さいちゃん」が出るチャンスはありませんが、外から「小さいちゃん」の支援者が現れて初めて「小さいちゃん」も安心して出てこられるわけで、これがカウンセラーの存在意義です。





    7.「継続した時間」が必要な理由-----------------------------------

    これらの“転換”が起こるには「継続した時間」が必要です。
    上記の変化が起こり始めるまでに、体験的に言えば5時間ほどはかかりますが、その後真実が見えて虚構が崩壊しそうになっても、“本人”は次から次へと無意識に自動修復をしていきます。

    語られたことを聞き流していると、相談者の方の脳は「黙認」(黙っていること=承認)と見なして勝手に修復を完了させていくわけです(黙っていること=承認、というのはハラスメント界の流儀です)。

    このようにカウンセリングの場であってもリアルタイムで自己洗脳していきますので、聞き流さず注意深くフィードバックをする必要があります。

    結果的に、平均すれば初回面談は8時間ほどがあっという間に過ぎてしまうわけで、カラオケボックスを利用する際はフリータイムをお願いしています。





    8.相談者の内部で起こっているバトル-----------------------------------

    このように初回面談から、相談者の方の内部では「小さいちゃん VS 脳内母親+脚本連合」のバトルは始まりますが、連合側をもっと詳しく言えば、

    ・自分の生きる姿を見てくれないなんてイヤだと叫ぶ「私を見てちゃん」
    ・自分の気持ちを母親にわかって欲しい「わかってちゃん」
    ・だから、脳内母親を創った「母親を諦めたくないちゃん」
    ・その脳内母親の虚構を維持するために生きる「脚本ちゃん」
    ・解きたくない謎を解き続けようとするだけの「謎解きゲームちゃん」
    ・代理母親を見つけては代理感情をぶつける「代償行為ちゃん」
    ・それらのチャイルドにパワーを送る「お母さん大好きちゃん」
    ・そして、存在不安を見たくない“本人”
    等々…

    “本人”が現実を見たくないわけですから、圧倒的に連合側優位なため、無意識に脚本人生を歩いていたわけですね。(なお、存在不安を見たくないために行うことは上記他に多々あります)
    初回で自分の自己洗脳のすごさを思い知り、思い知ることが本当のスタートになります。





    9.自分を知ることが「人間」を知ること------------------------------------------

    さて、初回面談後が本当のスタートとなります。

    相談者の方が身を置いている環境は、家庭であれ職場であれ、脚本が現実化している世界ですから、日常に戻ることは「脚本連合にとってのホームグラウンド」「小さいちゃんにとってのアウェイ」に戻ることになります。

    日常の全てが脚本の舞台なわけですから、瞬く間に呑み込まれて行ってしまうでしょう。思考も感情も混乱します。判断基準を失ってなすすべないまま大海に放り出された気持ちにもなるでしょう。

    ゲームや代償行為や感情爆発や、何度も何度も繰り返します。脳に踊らされて何度も何度も悔しいも思いをします。その都度その都度徐々に学びが深まり、自分の行為に気づくようになっていきます。

    正しい歩き方がわかっても、気づいたら以前の歩き方で歩いているように、癖というものはそう簡単に治るものではありません。気づいた瞬間に正しい歩き方に変える―その繰り返しを地道にやっていくだけです。

    大変そうに見えますね。
    まぁ実際大変なのですが(^^;)、苦しみながらも楽しいのです。というのも、ああ来たと思ったらこう来たかとか、瞬時に邪魔をしたり自動修復する仕方とか、気持ちを封じたり意識をそらしたりする仕方とか、自分が自分をどう罠にはめ、その自分がどう周りを巻き込み、自分を脚本に落とし込んでいくのか―その観察する目が育ってくるからです。

    そして、自分を深く知れば知るほど、自分は凄い、人間は凄い、と思えるようになってきます。「人間」を知る一番の近道は、実は自分を知ることなのです。





    10.「脱洗脳過程」の9年間------------------------------------------

    とはいえ、相手は言わば「洗脳されている脳」であり、しかも日々の言動で自己洗脳を強化しているわけですから、並大抵ではありません。口癖、思考の癖、表情、仕草、選んでいる衣食住の全てで自己洗脳を続けています。

    脚本書き換えのカウンセリングとは、家庭というサティアンでなされた洗脳の「脱洗脳過程」でもあり、カウンセリングによって「洗脳を解くには洗脳されたのと同じ期間かかる」ところを短縮しているとお考えください。それでも7~9年はかかるでしょう。

    7~9年というのは、私も実感している一つのスパンです。例えば何かに依存した場合も3年間深みに入っていき、底をついて1年どっぷりと苦しみ、そこから3年かけて這い上がり・・・依存症脱出に約7年はかかるようです。【ご参考:「7年転機」+「9年周期」で人生の転機を乗り切ろう


    それに、深海から急浮上しようとすると潜水病になるだけ。少し浮上して体を慣らし、また何かのきっかけで次の浮上へと向かう。
    当面の問題を乗り越えて、しばらくそこに止まろうとすることもあるでしょう。あるいは、もう随分見通しがきくようになったから自律できたと勘違いすることもあるでしょう。海上にぽっかりと顔を出して、抜けたと思ってそこに止まる人も居るでしょう。(まぁ、いずれも罠なんですが)

    それがいい悪いではなく、自律へ向かう旅は終わりなき旅ですから、どこで止まろうとも、また歩き出すかしないかも全てはその人の選択なのです。





    11.人が変化のバロメーター------------------------------------------

    それから、ただ苦しむだけの9年間ではありませんし、9年後にいきなり人生が変わるわけでもありません。その間にもどんどん人生は変化していきます。最もわかりやすいバロメーターは、人です。

    たとえば、母親が変われば、子どもは打てば響くように変化を始めます(子は自分の鏡ですから、自分は動かずに子(鏡に映っている自分)を動かそうと思っても無理なことがわかるでしょう)。

    また、去る人と出逢う人があります。脚本同士がかみ合って利用し合う人は去り、気持ちが通じ合う人が登場するでしょう。あるいは、これまでとても親しかった人がイヤになり、敬遠していた人とひょんなきっかけから近しくなったりします。

    脚本同士の役割分担で生きているハラスメント界では、その人に利用価値があると思っている間は追っ手を差し向けて妨害しようとしますが(これも自分が招いているわけですが)、その人が「気持ちと共にある人間」になってしまうと、「もうこっちへ来るな」と手のひら返しで拒絶します。

    というのも、感情こそが光ですから、闇に棲むハラスメント界の住人にとっては、蝋燭1本の光であってももはや闇ではなくなるので、そこに居られては迷惑なのです。それでも、自分の未練でハラスメント界にちょっかいだそうとすると、手痛いしっぺ返しを受けます。それが、自分はもはやそこに居るべき人間ではないことを悟るサインです。

    住む世界が変わっていくわけですから、人生が変わっていくのは自然な流れです。





    12.背骨の形成=共感力、人間力の形成-------------------------------------

    この9年間で起こることは次のようなことです。

    これまでのストーリー(常識)がひっくり返ることで過去の光景を虚飾なしの視点から見ることが出来、その視点を持つことで封じられていた感情が蘇り、それを声に出して実感する(=その感情を自分が受け止める)ことで、その感情は自分に同化して自分の背骨になります。

    リアルな感触や感情が蘇って衝撃を受けることもありますが、なぜリアルかというと、当時はその事実を理解したくなくて(親への絶望に繋がるため)、その出来事に伴う感情が瞬間冷凍されているからです。辛いけれどその感情を声に出して受け止める(=感情を“認知”してあげる)ことで、自分自身から疎外されていたその感情は自分の血肉となっていきます。

    自分が無意識にその感情を疎外している間は、その感情を呼び起こしそうな人や状況を避けようとしたり、そういう相手や状況に出逢うとパニックになったりしますが、その感情が自分のものとなれば、もはや避けるべき人や状況はなくなり、怖れが無くなるわけです。

    また、その出来事は“生もの”から“思い出”に変わって自分を形成する一部となり、感情を受け入れた分、人への共感能力が高まります。
    こうして背骨が出来た分、その背骨で受け止められる感情が蘇り、その感情を受け止めることでさらに背骨が形成され、豊かな人間性(人間力)が形成されていくことになります。





    13.「自信」とは自分(小さいちゃん)が自分を信じること----------

    また、「実感」することで、IPによる「ダミー感情」や、脚本舞台上の「ニセモノ感情」を見破ることが出来るようになります。これが舞台を下りられる条件で(というか舞台の上で演技しているのが馬鹿馬鹿しくなり)、背骨が出来れば「操り人形」から「人間」になり、自分の気持ちでどこへでも歩いて行けるようになるわけです。

    このように背骨が出来ると自分の気持ち主体に歩いて行くことが出来るようになるので、そうはさせじと脳が邪魔します。それは、気持ちを言葉に出させないこと。

    気持ちを声に出すと、それを「小さいちゃん」も聴くことが出来て、「そうだよ!」と“実感”が湧いてきます。声に出すと言うことは、“本人”が「小さいちゃん」(感情)に出てきていいよ、受け止めるよ、という合図なのです。なので、声に出すことで“実感”が出てくるわけですね。

    「無駄」「無意味」「恥ずかしい」「面倒くさい」「難しい」「無理」と言う脳(思考)の妨害にめげずに、気持ちを言ったり、気持ちで行動することが、自分と小さいちゃんの信頼を形成していきます。この積み重ねで、自分(小さいちゃん)が自分を信じるようになることを「自信」と言うわけです。





    14.実行と実感が自分を変える-------------------------------------

    黙読よりも音読の方が理解が深くなるのは、脳だけの理解ではなく体で理解するからでしょう。IP(に支配された脳)による理解ではなく、「小さいちゃん」も聴いて実感と共に理解するので、しっかりした理解になるのでしょう。

    日本の鉄道の優秀さは世界に知られていますが、運行の正確さや無事故を支えているのは「指差呼称」でしょう。目で見るだけではなく、声を出し指差して体で確認することで、確認が形骸化したものではなく実を伴ったものになります。

    脳だけではなく、声と体(=五感=小さいちゃん)を使うことが、虚を実にすることなのです。

    カウンセリングなどで自分を変えていく場合でも同じ。いくら本を読んでも変わらないのは、気持ちを声に出したり、気持ちのままに行動したりという“実行”がないからです。

    “実行”することで「小さいちゃん」と自分が一体化していきますので、逆にそうはさせじと、IP(脳)は本人に「わかったつもり」にさせて実行させようとしません。そして、実を伴わぬ虚のままに(虚構の中に)本人を留め置こうとします。

    頭で理解しても変わることは出来ません。気持ちを声に出そうとするとピタッと止まる人、エンプティチェアに踏み込めない人などいらっしゃいます。それが出来るようになるまで、ゆっくりと背骨を育てていくことになりますが、“実行”することで変化は訪れます。

    これまで、カウンセリング内容を詳細にフィードバックしたこともありますが、大切なのは、面談や電話カウンセリングなど現場での“体験”です。フィードバックも、現場でのフィードバックで十分と感じています。





    15.「小さいちゃん」の救済と「脚本ちゃん」の苦労の理解---------
    自律とは、「母親のための脚本」から「自分のための脚本」に変わることを言いますが、「脚本ちゃん」から脚本を引き継ぐには次の2つの条件が必要です。
    1.背骨を作ること
    2.「脚本ちゃん」の苦労を知ること。

    1―脚本ちゃんも、もう疲れたよと思っていることもありますが、背骨が出来ていない本人にバトンタッチは出来ません。

    2-自分の脚本を知らないのは自分自身です。それがどんな役であろうとも精一杯演じてきたわけです。やはり舞台を下りるときは「よくやった」とスタンディングオベーションで終えたいもの。だから、脚本がわかったからもう次へ行きたいと思ってもそうは問屋が卸しません。それに、引き継ぎとは、すべからく前任者の苦労を知ってこそ引き継ぎ完了となります。

    これらが次のように進みます。
    既出の通り、背骨が成長すれば、その背骨に耐えられる次の感情が出てきたり、思いも寄らなかった記憶が蘇ってきたりして、タマネギの皮をむくように一皮むけば次の埋もれていた感情が出てくるわけですが、それを実感することが「小さいちゃん」の救済になるわけです。

    そして、その感情を実感することで、こういう感情まで封じて頑張っていたのかと「脚本ちゃん」の苦労を深く理解することになるのです。つまり、この9年間のプロセスは、「小さいちゃん」の救済と「脚本ちゃん」の苦労の理解が同時並行で進む期間なのです。

    一方、その間も「脳内母親」は自動実行で自分を落とし込み続けてきますし、脚本も人を巻き込んで演出を続けるでしょう。けれど、それに気づける目を持っていますから、その自分を観察することも出来る―前述のようにこの9年間は自分を深く知る期間であり、人を巻き込む自分のすごさを知る期間でもあるのです。自分を深く知り、自分のすごさを知ることが人間を深く知ることになります。

    この9年間が、自分を通して「人間」を学ぶ機会だと捉えると楽しくないですか?





    16.最後のトライ-------------------------------------

    さて、自分の変化を実感すると、人は変わることが出来るとわかります。ここで、もしかすると親も変われるかも…と思うのです。さらに、ここまで変わった自分であれば、もしかすると親を救えるかもしれないと、再び親に立ち向かいに行きます。

    (変えようと思っている時点でハラスメント界どっぷりになっているわけですが…ほんと、とことん諦めない「諦めないチャイルド」の気が済まなければ次に行けません)

    相手は実の親であることもあれば、他人(代理親)であることもあります(相手が男性であれ、「代理母」と見なしています)。この時は、どっぷりとハラスメント界に逆戻りしますので、本人も「なぜここまできたのに・・・」と思ったりするわけですが、これも「気が済まないと次にいけない」ので必要なプロセスなのです。

    カウンセリングがプッツリ切れるときは、こういう時期だったりします。そして、1年くらい経ってカウンセリングに戻ってきたときはズタボロ状態。本人はもう少しで浮上と言うときに、日も射さぬディープな深海(ハラスメント界)に舞い戻ったのでボロボロになっていますが、それが後退ではなく誰もが通る道であり成長していることがわかると元気復活。

    まぁ、やるだけやらなければ気が済まず、次に行けませんから、こちらは気が済んだらまた始めましょうというつもりで居ます。





    17.「お母さんを諦めたくないチャイルド」を抱きしめる----------------------

    そして、本当に変わりようがないことをボロボロになって思い知るか、あるいはこれ以上追い詰めたら相手が壊れてしまうか―というところまでさせてしまうのが、「お母さんを諦めたくないチャイルド」です。

    そう、ラスボスは、実は「脳内母親」ではなく「お母さんを諦めたくないチャイルド」であり、あなた自身です。

    こんなにも諦めたくなかったんだね、とその子の存在を認め、その子を本当に実感して自分が抱きしめたときに大泣きし、母子分離がなされ、ハラスメント界から自律界への旅立ちがなされます。

    が、もう一つ関門があります。





    18.「淋しさ」を抱きしめる----------------------

    <14.実行と実感が自分を変える>で 『IP(脳)は本人に「わかったつもり」にさせて実行させようとしません』と書きましたが、実行部隊は脳であっても、その脳に指令を出していたのは、実は「お母さんを諦めたくないチャイルド」です。

    なぜ、「お母さんを諦めたくないチャイルド」が気持ちを声に出させず“実感”させようとしないのか。その究極は、「淋しい」という気持ちを認めたくないからです。淋しさを感じると、赤ちゃんの時に感じた淋しさに辿り着いてしまいます。

    その「淋しい気持ち」は、親に人間らしい反応を感じなかった違和感や嫌悪感、親が自分を見ていない空しさや見捨てられ感、この世界に血の通った人が居ないという茫漠たる孤独感や絶望感、自分の存在が誰にも支えられていないという存在不安―それらが全て含まれたものであり、それを実感するということは、「母親は自分と繋がれない存在だ」ということを認めてしまうこと。

    認めてしまった時点でいわば「母なき子」になってしまい、それこそ絶望ですので、諦めるわけにはいかなかったわけです。

    だから、「繋がれない存在」であるよりは、鬼でも悪魔でも幽霊でも冷酷でもわがままでも天然でも、関われる要素を持つ「脳内母親」を創ってしまうわけです。たとえば、憎み合っても嫌悪し合っても厄介に思っても、そこには、たとえば「憎しみ」という“関係性”が出来るわけですから、「無関係」よりはよほどいい。

    そして、一方で存在不安をちらつかせて、存在不安を見ないように追い立てるわけですが、その目的はゆったりと自分と向き合わせないため。その究極の目的は、赤ちゃんの頃に感じた「淋しさ」を感じさせないためです。

    「お母さんを諦めたくないチャイルド」を抱きしめた後は、「淋しさ」を感じてよい許可が下りますので、淋しさが襲ってくるでしょう。
    淋しさを抱えたチャイルド(淋しいちゃん)を無視していたのは、他ならぬ自分自身。だから、淋しかったのです。

    抱きしめてあげて下さい。




    -------------------------------------------------------------------
    さらっと書きましたが、いかがでしょうか。半端な9年間ではありませんが、素晴らしい9年間です。本当のカウンセリングは、この9年間のプロセスを言い、初回面談はそのカウンセリングプロセスのスタートラインに立つために必要なものなのです。

    そして、これらの自分との格闘のプロセスを経て、「自分(小さいちゃん)が自分(本人)を信じる」こと―それこそが「自信」であり、その時には何事にも動ぜず、思いのままに生きられる自分がそこにいるでしょう。





    19.日常で出来ること---------------------------------------------

    以上が、ごく大雑把ですが当相談室のカウンセリングの流れです。

    カウンセリングをすれば楽になるのではなく、「自分との闘い」が始まるわけです。そして、「自分との闘い」が最も難儀なので、普通は自分と闘おうとはせず、親も含めて人と闘っているわけです。

    自分と闘うとはどういうことか、ちなみに次のことを実行してみてください。

    ・たとえば、ふと青空を見て「外に出たいなー」と思ったら外に出る。当てがなくていい散歩をして、五感で感じる。
    ・まず、外に出て感じたことを声に出してつぶやいてみる。「あー、気持ちいい」「晴れててスカッとする」「暖かいなー(冷たいなー)」・・・五感でキャッチしたことを感じたままに言葉にしてみて下さい。
    ・その後も、歩きながら五感に触れた感覚と、そこから湧いてくる感情に意識を向けてみて下さい。声に出したくなったら、言葉にして言ってみて下さい。その時出せない状況でも、後で一人になって思い返して声に出すことで実感してみて下さい。
    ・悲しさや寂しさ、空しさなどが出てくるかもしれません。悔しかったことや恥ずかしかったことなど思い出すかもしれません。それも普通に声に出してください―「悲しいなぁ」とか。その気持ちがある間、繰り返しつぶやいているうちに軽くなっていくと思います。

    ・脳はあれこれ言って妨害してくるでしょう。
    「そんなことして何になる」
    「やるだけ無駄」
    「意味がない」
    「馬鹿馬鹿しい」
    「宗教か」
    「今そんなことしてる場合か」
    「他にやることあるだろう」
    「片付けしたのか」
    等々、思考がわんさか出てくると思います。

    ・グルグル思考が出てくれば来るほど「脳内母親」による妨害が強いと言うことで、その目的はただ一つ、本人を気持ちのままに動かさないことですから、思考グルグルになったときは逆に「GO!(やる)」ということです。

    ・また、「面倒くさい」というダミー感情や、「頭が痛い」「体が重い」といったダミー感覚で攻撃してくると思います。不意に睡魔が襲ってくることもあります。そのときも、「痛い痛い」「だるいなぁ」「眠いなぁ」と声に出しつつ、まずは一歩外に出てみてください。歩いているうちに痛みや重さ、眠気が取れてきたりします。

    ・これらの思考やダミー感覚・感情に負けて行動できなければ、脳内母親の支配が強まり、行動できればあなたと「小さいちゃん」の信頼が強まっていきます。

    ・それができるようになったら、カラオケボックスで自分の気持ちに合うような歌を思いっきり一人で歌ってみたり、小さい頃にほしくって買ってもらえなかったもの(かわいい筆箱など、些細なものでかまいません)などを恥ずかしがらずに(小さいちゃんのために)買ってあげるのもいいでしょう。

    ・そして、それらのすべての過程で自分自身を観察し、思い立ったときどのような思考が割り込んできたか、行動しようとしてどのような感覚や感情が出てきたか、実際歩いている最中や歩いた後はどうだったか、記録してみてください。

    何でもないことのように思えますが、このことに挑戦する中で、いろいろな気づきが得られると思います。また、自分がいかに脳(内母親)に支配されているかもわかるでしょう。


    こういう体験を積むことで、自分がいかに脳に支配されていたかわかって自分と向き合う覚悟が出来ていきます。体験することで手応えを感じ、実感して初めて危機感が深まり、それらが覚悟を定めていくわけです。

    一方で、先を焦ることは脳内母親の罠に落ちることになります。焦ったところで変われるものではないことは、9年間のプロセスを見ればわかると思います。

    私どもはここにおりますし、いつでも承ることが出来ます。

    まずは経験し、自分を観察してみて下さい。




    尚、「芳節」の記事の冒頭にあるとおり、英司の方はまだまだやることがあり新規の方は当面控えさせていただきますので、眞智子専用フォーム(女性のみ)からお申込みください。



    大丈夫。 一歩一歩、歩いていれば行きたい所に行けます。
    急がず焦らずていねいに参りましょう。


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    【2018/04/11 09:30】 | 相談依頼(女性のみ)
    【タグ】 カウンセリング  人生脚本  自律  インナーチャイルド  脚本チャイルド  代理親  存在不安  執着  ダミー感情  
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    カウンセリングでよく使っているエンプティチェア

    チャンスとタイミングがあって初回から入る人もあれば、数年かかってタイミングが訪れる人もあれば、「怖い」「今日はやめておきます」と避ける人や「所詮お芝居だし・・・」と本気になれない人もいます。

    初めは、「〜(台詞)と言って、すると母親は、〜(台詞)と言って」と、ト書き入りで話しますが、回を重ねるうちに抵抗がなくなって気持ちに集中するようになり「〜(台詞)」だけでやりとり出来るようになります。
    初体験の感想と部分事例をご紹介。

    -------感想ここから

    今年(2017年)に入って「自分が自分の親になる」って決意していたのに

    エンプティチェアの2シーン目で小さいちゃんのママになった時に

    (親になるのか!)と全くピンとこないあたり(笑)

    ああ、自分の親になるという意味が全然わかっていないんだなあと実感しました。



    それが、眞智子さんの流れに身を任せていたら。。。

    親になれる、というか自分の味方になれるものなんですねえ。

    小さいちゃんのママの出現には自分がびっくりしました。

    --------ここまで

    『眞智子さんの流れに身を任せていたら』とありますが、エンプティチェアの流れに身を任せたーこの方が自分を信じることが出来たからこそでしょうね。

    どの方にも言えますが、「カウンセラーのおかげ」にしてしまうと、脳に(カウンセラーがやったことだからね、私じゃないよ)と聞かせることになり、なかなか自律に向かいません。

    「カウンセラーが言っていた」ことさえも鵜呑みにせずに、それが実感になるまで自分の気持ちと照らしながら一歩ずつ進んでもらいます。

    頭の理解だけでは、いくらでも脳を騙すことが出来ますから、“実感”と出会うまで、行動しかありません。

    その“行動”が、次のステップの自分を支える軸を育てていきます。






    さて、1シーン目は友人とのやりとりを一人で再現しました。

    友人の両親が田舎からしばらく遊びに来るというので、両親を亡くしていたAさんはとても羨ましかった。

    けれども友人は、「トラブルばっかりで大変だよ」とその苦労を聞かせます。

    たまらなくなって「あなたは(親を)失ってないからわからない!」と友人にぶつけました。

    友人の苦労自慢を凌駕するほどの不幸(会いたくても会えない)を演じて、その姿を脳内母に見せたのでした。

    一人二役でやってみて、友人にぶつけた気持ち「あなたはわからない(=あなたはわかってくれない)!」は、本当はお母さんに言いたかったことだと気がつかれました。

    自分の苦労ばかり見せないでよ
    私がどんなに頑張ったか知りもしないくせに・・・
    自分のことばかり・・・・

    と言いたい小さいちゃんがいたのでしょうね。その子は、見て欲しかったし、わかって欲しかったでしょう。






    2シーン目は、友人を母親に置き換えてやってもらいましたが、

    Aさんが「会って話したいだけなんだよ。こんなに頑張ってきたのに、伝えられないのは寂しいなぁ。頑張ったねって言ってほしいなぁ(涙)」

    と言いましたらば、

    お母さんは「十分頑張ってきたのは見えてるよ、そんなに悲しまなくていいよ」

    と言いました。

    何気ないセリフですが、ニュアンスで伝わって来たのは、(天国では見えているから、そんなに悲しまないでちょうだい)です。

    Aさんの頭の中のお母さんは、Aさんが「頑張ったことを伝えたい。」「頑張ったと言って欲しい」と“頑張ったことを受け止めてほしい”と二度も言っているのに、「見えてる」と嘯き「そんなに悲しまなくていい」と負の感情(悲しい)を封じました。

    ずっと悲しい思いを我慢して頑張ってきた小さいちゃんは、(頑張ったことは天国で見えてるから、悲しんでないでもっと頑張れ)と受け取ってしまいます。

    また『(天国で)見えてる』と言って、実際に見てくれなかったお母さんを庇っています。

    お母さんは仕事に夢中で、病床でも仕事をしていました。子どもが努力している姿を見たことも、受け止めたこともありません。例えば発表会には来てくれるお母さんの為に、どれほど頑張ったかさえ知りませんから、小さいちゃんはずっと頑張り続けなければなりませんでした。

    このままでは、Aさんはまだまだ気持ちを我慢させて頑張り続け、『わかってくれない』物語を続けてしまいそうです。

    なので、この続きは「小さいちゃん」と「小さいちゃんのママ」でやってもらいました。



    Aちゃんー「今まで言ってくれなかったじゃない?頑張った時くらい聞きたいじゃない?(涙)」

    ママー「ごめんね。よく頑張ってきた。よくやってきたよ。偉いよ。誇りに思うよ。よくやってきたし、これからもやっていけるよ。だから大丈夫。(涙)」

    Aちゃんー「よかった〜。ほっとした。嬉しい!(嬉し涙)」

    自分でICを受け止めてひとつになりました。

    受け止めってもらえなかった『頑張り』は、これまで代理親に向かって主張してきましたが、自分が受け止めたら成仏します。頑張りの下に隠していた気持ちも出てくるでしょう。

    ここで「これからもやっていけるよ」と言ったとおり、数ヶ月後には自分自身を信頼できる(自信)ようになり、次のステージに立たれています。






    ----------------------------------

    エンプティチェアを一人でやってみる方もいらっしゃいますが、最後は自分の脳(に住む母親)に誤魔化されてしまいます。

    とはいえ、よほどの安心と信頼関係がなければ、本当の気持ち(インナーチャイルド)は出てこれませんから、カウンセリングで少しずつ自分を信頼することから始まります。

    無意識は自分の罪深さを知っているので、少しでも責められると“感情の蓋”を閉じてしまいます。それは脚本ちゃんの自己防衛なのですが、本人が経験からわかっていかないと、なかなか本当の気持ちに繋がっていきません。

    ふだんは自分を責めてくる相手を無意識に選んでいますが、カウンセラーは自分を責めないので、相手のせいに出来ない状況になります。そこで初めて「自分を責めているのは自分(脳内母)なんだ、自分を受け止めないで、脚本に好きにさせているのも自分なんだ。」とわかっていきます。

    そして、脚本感情(我慢と苦労の脚本)の下に、本当の感情(インナーチャイルド=悲しみ、寂しさ、がっかり、悔しさなど)を我慢させてきたことが実感としてわかっていきます。

    本当の気持ちが湧き上がると、脚本は、慌ててその感情の波を身近な人間のせいにして逃げようとします。その人と過ごした時間の全てを相手のせいにして責めるなんてことまでやってしまいます。それを一瞬でも脳に見せられたら大成功、後からどんな理屈を言ったところで、脚本は安泰なのです。

    逃げ方としては、相手の脚本が反応する(他人なら相手にしないような)“毒”を言動にはさみます。表層では「ごく普通のことを言った」と巧みに自己洗脳しては相手のせいにします。無意識の脚本は互いを知り尽くしていますから、やりたい放題に相手のせいに出来るのです。

    当然相手は“毒”に反応してきますが、当人は「ごく普通のことを言った」と真顔で言いますので、ますます相手は泥の沼で身動きがとれなく苦しくなり“毒”で返してきますが、それこそが、脚本の狙いです。

    これをやり続けることが出来れば、脚本はずっと脳内母親に「苦労の脚本」を見せられるのです。脳内母親を守るためなら、目の前で苦しんでいる人間(代理母)なんぞどうでもいいのです。

    このように脚本感情は自分本意で無慈悲ですから、例えば相手が死のうが去って行こうがかまいません。「自分の不幸は相手のせいだ」と刻めば安泰です。「この人でなければもっと違ったのに」と相手のせいにしたストーリーを持ち続けている限り、相手の脚本を刺激し続けるし、関係に破綻が来ても相手を変えて同じことを繰り返します。

    その相手というのは、だいたいが職場の人間関係や恋人や配偶者ですから、日々の生活は脅かされて、自己正当化するのにはもってこいです。

    そういうことをさんざんやって、いい加減に自分自身にうんざりがっかりして、本格的に“母親”と向き合い始めます。この“うんざり”“がっかり”を相手のせいにすると、その瞬間に振り出しにワープしますが、それに気がつくことができれば、進んだところにワープして戻ります。

    今の苦しみが脚本上の苦しみだと実感すると、嫌が応でも母親と向き合うことになりますが、その時はもちろんエンプティチェアでやってもらいます。


    ぜひ、カウンセリングで体験してください。




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    【2018/01/22 06:04】 | 自分との闘い
    【タグ】 人生脚本  無意識  代理親  自律  代償行為  執着  エンプティチェア  脚本チャイルド  チャイルド  依存  
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    Re: タイトルなし
    中尾眞智子
    > その都度、原因を自分の中に探しに行きますが
    > なかなか見つけられないことも。

    言いたいことを、親がやる方法(暴言、突き放し、嫌味、皮肉、遠回し等の毒)で代理親にぶつける人が多いです。


    > 思い切り、人を選んでいますね。。

    書いてて気がつくとは、しゅばらしー。

    >
    > 気づいたからには、自分の気持ちをぶつけないよう
    > 深呼吸して、気を付けなきゃですね

    他人にぶつけないように深呼吸ー大事ですね。
    ただ、その“気持ち”は成仏させてあげたいですね。


    Re: タイトルなし
    中尾眞智子
    『気づいてがっかり』

    しゅばらしー!
    親にがっかり、その親を庇う自分にがっかり、大事な道のりですね。
    よかったよかった。



    ちょこ
    他人との会話で、毒発言してしまって
    雰囲気ぶち壊したり、しこりを残したりすること
    私もよくあります。
    その都度、原因を自分の中に探しに行きますが
    なかなか見つけられないことも。

    というか、今気づいたんですが
    毒発言する相手は、大抵仕切り屋であったり
    権力者であったり、ボスママであったり
    後々大変な目に会うことが予測可能な人です。
    思い切り、人を選んでいますね。。

    母親がボスママをしていたから
    自分にも他人にも無慈悲なゲームを仕掛けてしまうみたいです。

    気づいたからには、自分の気持ちをぶつけないよう
    深呼吸して、気を付けなきゃですね



    風子
    あまりに今の私にぴったりの内容で、いたたたという感じです。そして何だか涙が出ます。
    今の私の頭の中は脳内親でいっぱいだったのかも。
    ふと気づいて、がっかり。でも謎が解けて安堵です。
    真智子さん、ありがとうございます。

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    なぜ、親にぶつけたい気持ちを自分が受け止めなければならないの?より

    男性の記事ですが、どの方にも当てあまるので引用します。

    ----ここから

    俺は自分の気持ちを一度だって聴いてもらったことがない!
    ―事実に気づいた。そうか、自分が気持ちを大事にされたことがなかったから、気持ちの大切さがわからなかったんだ…
    「お父さんがちゃんとしないから、お母さんはこうなんだ」
    と、何事につけ母は父のせいにして自己正当化していたが、人のせいにする自分も母と同じじゃないか…。

    それに、文句を言いつつこの場にいるということは、父の存在が自分を正当に見せるために必要だったからだ。夫婦げんかだって子どもを守るためじゃない、自分が文句を言いたいからだけだ―亡くなった父は利用されていた。

    (略)

    自分とICを分離してみる。
    そして、ICの立場に立って物事を見てみる。
    すると、親が自分にやってきたことと、自分がICにやっていたことと本質的には全く同じ―そういうことが見えてくる。

    親にどんな事情があろうとも、自分は気持ちを聴いてもらえなかった。
    自分にどんな事情があろうとも、ICは気持ちを聴いてもらえなかった。

    同じなのである。

    母親は、自身が親から気持ちを聴いてもらったことがない。だから、子どもの気持ちなんか聴くものかとどこかで思っている。
    自分は、母親との間に湧いたこの感情(IC)を母親にぶつけたいと思っている。だから、ICの気持ちなど自分が聴くものかと思っている。

    結局、『俺の気持ちを受け止めていないのは同じじゃないか』と親に言った言葉は、そっくりそのままICから自分に突きつけられているのである。自分が悔しかったように、ICも悔しいよね。



    ----------------------------------------------------------
    「あー、そっかー」
    彼は腑に落ちた。

    自分が親のことを意識している間は、実はICを無視していることなのにも気がついた。

    そうして彼は、自分の感情を自分で受け止め始めた。


    ---------引用ここまで----------



    『自分が親のことを意識している間は、実はICを無視していることなのにも気がついた。』

    「自分が代理親のことを意識している間は」

    と言い換えても当てはまります。

    自分が「わかってほしい」と思った相手を代理親にして、気持ちをぶつけますし、そのやりとりを続ける間(自分が親のことを意識している間)は、ICを無視し続けているのです。だから、苦しいのです。

    その「苦しさ」を脚本は利用して、「代理親のせいで苦しい。」と、脳内変換します。
    「苦しのは代理親のせい。」というロジックを作り維持し続けます。

    無限ループですね。


    代理親にぶつけずに、「わかってほしい気持ちがあるなぁ」と自分の気持ち(IC)を声に出して聴いてあげてほしいです。





    ※代理親=「わかってほしい」とか「わからせたい!」と思う相手。わが子も対象になります。






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    【2016/09/10 07:56】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  無意識  代理親  
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    《振り返りメールより一部ご紹介》

    カウンセリングを始めてからまもない方の感想の一部を紹介します。
    事例は違っても、この文章に共感する人は多いと思います。
    今はピンと来ていない人も、心の声をストレートに口に出す心地良さを体験される日が来ますように。


    -----------ここから

    今回のカウンセリングは今までと明らかに違いました。
    まず
    自分の心の声を
    まっすぐ言葉にできたことは自分でも驚きでした。

    今までは
    この声が感じられなくて
    カウンセリングが終わったあとで
    ものすごく恥ずかしくなったり
    後悔することがあったのですが
    今回は不思議と恥ずかしさや後悔などは感じなかったです。

    自分の気持ちを表現できたという発見と嬉しさと驚きが大きかったです。


    私生活でも
    考えるのではなく
    感じたままの声を表現するように意識するようになりました。

    聞こえてこないこともありますが
    とにかく考えず
    言葉にするようにしていると
    以前より楽になったようにも思います。


    Aさんの事を考えると
    信じられなくらい動悸が走ることもありますが
    その時の気持ちを言葉に出し続けると自然と動悸はおさまりました。

    代理親という感覚は
    まだ実感として受け入れられていない気がします。
    手放すことはどうしたら出来るのか?
    この感覚も
    いつか「これか!」と思える日が来ることを願っています。


    ほんと少しずつですね。
    でも確実に前に進んでますよね。
    そう信じたいし信じられるようになってきました。
    またよろしくお願いします。

    --------ここまで





    「自分の気持ちを表現できたという発見と嬉しさと驚き」
    「自分を信じられるようになってきた」
    この二つは大きいですね。

    また、「手放すことはどうしたら出来るのか?」という問いを持ちながら、「この感覚もいつか、これか!と思える日が来ることを願っています。」という自分で手に入れて感じることを選択していますね。
    自律に向かう姿勢を維持されています。




    自分の生き癖や執着に気付く
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
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    【2015/11/09 15:24】 | カウンセリング
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  代理親  自律  自信  カウンセリング  
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    実は途中まで七夕に書いたのですが、自分のがっかり感を大事にしたいと思って味わっておりました。悪しからず。(゜゜)(。。)ペコッ

    -------------------

    今日は七夕ですが、あいにくのお天気で、織姫と彦星は出会えたのやら・・・。

    さて、日本の行事をなるべく大事にしたいので、夕方にお仕事を切り上げて、素麺を!

    と思いきや、涼しいので、にゅうめんを作り、 誕生祝いで頂いた赤飯と、茹でとうきびと、義父が育てたミニトマトを一緒にいただきました。

    【我が家のにゅうめん】(クリックで大)


    美味しそうでしょう?
    美味しかったんですよ〜。


    材料2人前(6人前で作ったので想像で逆算)
    (1)人参ー太い方から食べたい分を3ミリの輪切りにして星で型取り
    (2)オクラ2本ー3ミリくらいに輪切り
    (3)ハム2枚ー星で型取り
    (4)1、2の残りをみじん切り
    (5)紫蘇2枚ーみじん切り(細切りでも良い)
    (6)ネギ4分の1ー細輪切り
    (7)水ー適当(おわんで2杯ー多めに作ってもスープで使える)
    (8)コンソメスープ(適量)
    (9)素麺1人分(吸い物代わりなので)
    (10)玉子1個(最後に溶き卵を入れる)


    1ー材料を別べつの容器に入れて準備。
    2ー小鍋で、(1)の型取り人参を茹でて、少ししたら(2)のオクラも入れ、さっと茹でてザルにあけておく。
    3ー水(7)に(8)コンソメを入れて沸騰させ(4)のみじん切りを入れる。
    4ー3に(9)の素麺を入れ、硬めに茹でて、(10)の卵を溶き入れ、おわんに盛る。
    5ー2の型取り人参やオクラ、(3)の型取りハム、(5)の紫蘇、(6)のネギを入れて出来上がり
    お好みで、胡椒やゆずやいろいろ工夫して食べれます。


    我が家は6人いるので、大鍋に3のスープを作りおいて、小鍋で2人分ずつ作りました。
    そうすると、麺がのびずにおいしくいただけますし、大鍋の残りのスープは翌日に、わかめを入れて玉子をふんわり入れてスープとして食べられるし、冷やご飯を入れて雑炊にも出来ますから多めに作りました。


    何十年ぶりのにゅうめん作りなので、我が家レシピとして記録しておこうと思ったのです。
    今度作るときは、さらに何十年後かもしれません。
    あるいは作らないかもしれません。
    なぜならば、「素麺は冷たいものだ!」という頑固な夫に、「いやいや、にゅうめんもおいしいから。今日は涼しいしね。」と説得して作ったものの「やっぱり素麺は冷たいのがいい」と言われてしまい、非常にがっかりしてしまったからです。


    義父は食べ物はなんでも食べますが、美味しいものは美味しいと言います。これは「美味しい」と言いました。
    量が多くて残すのでは?と思った義母も食べきりました。
    娘もおいしいと食べました。
    息子はお代わりしましたので、再度作りました。
    私は、もちろんおいしくいただきましたさっ。
    夫だけが、どーしても「冷たい素麺が良い!」と言います。

    すると娘も「私も素麺は冷たいのが好きだよ。」と父親に同意。
    離乳食で作った時は、おいしそうに食べた子が・・・。

    「ブルータス!おまえもか!?」とは言いませんでしたが
    ( ꒪⌓꒪)がーん
    となってから
    orz (がっくし)となった私に娘が言いました。

    「ママ、仕方ないよ。同じ材料なのに《なぜシチューなんだ!?》という感じなんだよ。私はシチューもおいしく食べるけど、カレーだったらもっといいのにって思うもん。」
    なるほど!よくわかりました。
    また、彼女は自分の気持ちを言っているようで、無意識に父親を庇い私を励ましていますね。
    全く持って痛み入りまする。

    「すっごく納得したわぁ。」とすごすごと自室に退散しました。





    さて、抵抗のしようがない程よくわかった途端ちょっと寂しくなりました。
    あらら?
    せっかく作ったのに?
    素麺ごときに手間暇かけたから?
    いやいや、そんな手間暇かかってない。


    そうじゃない。
    小さな傷を感じます。


    ふと目に浮かぶ温かいお素麺のお椀。
    ほっこりします。
    おばあちゃんが作ってくれた温かいお味噌汁。

    お母さんじゃなくて、おばあちゃん。
    おばあちゃんが、温かいお味噌汁にさっと茹でた素麺を入れてくれた、それこそあたたかい記憶だったのです。
    麺がのびてなくて美味しかった。

    味噌汁に素麺を入れるなんて田舎臭いと、どこかで嫌がっていたことも思い出しました。
    ダサいと思うのに、気持ちがあったかなる。
    母と祖母を天秤にかける私の小さいちゃんがいたましい。



    上の「がっかりして、もう作らないかもしれない。」と書いた私は、夫を代理母にしていたのです。
    母ががっかりしないように、にゅうめんを封印するところでした。
    本物の母は「そんなこたぁどーでもいい!」と言いそうですから、私のチャイルドの問題なんです。



    こんな小さなところでも、まだ出てきますね。
    面白いですね。
    おそらく一生、発見を続けるんだと思います。
    楽しみです。

    もちろん、にゅうめんはこれからも作りますよ。^^
    おばあちゃんを思い出しながら。



    夫の「冷たいソーメンじゃないと嫌だ(あったかい素麺は嫌だ)。」というのも、彼の記憶に何か鍵があるのかもしれませぬ。




    どっち見てますか
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    【2015/09/02 16:28】 | チャイルド
    【タグ】 インナーチャイルド  代理親  脳内親  インナーペアレンツ  食べ物  記憶    
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    東風さん
    中尾眞智子
    > うちの母のレシピに、冷たいコンソメスープでいただくそうめんがありました。
    > 私はそれが大好物で、夏になると「コンソメのそうめん作って~」とねだっていました。

    冷たいのもおいしそう〜♪

    > 母は「うん、次のそうめんの時はやろうね」と言うのですが、次は大抵麺つゆ。
    > がっかりしながらコンソメでない理由を聞いても、はぐらかされるばかり…

    一手間かかるからかなぁ。残念でしたね。

    > という記憶がこちらの記事で蘇り、その事を書こうとしたら
    > 「母のコンソメそうめんがどういうもので、如何に美味しかったか」
    > ばかりを書き連ねた文章になっていました。
    > きっと、そこに埋もれている小さいちゃんがいますね…

    おかあさんのコンソメそうめんをいっぱい食べたかったね。私のために作って欲しかったね。


    こうめさん
    中尾眞智子
    > にゅうめん、私は大好きですよ。
    > 風邪を引いたり食用がないときに、母が作ってくれたりしました。体長悪くてご飯が苦手な時はありがたかったです。

    おかあさんの温かい思い出が嬉しいですね。

    > コンソメ味は斬新ですね。具が星形なのも可愛らしくて素敵です!
    > 夏バテのせいか、食欲が落ちているので、早速真似してみようと思います。

    作られましたか?^^


    ああ~
    東風
    うちの母のレシピに、冷たいコンソメスープでいただくそうめんがありました。
    私はそれが大好物で、夏になると「コンソメのそうめん作って~」とねだっていました。
    母は「うん、次のそうめんの時はやろうね」と言うのですが、次は大抵麺つゆ。
    がっかりしながらコンソメでない理由を聞いても、はぐらかされるばかり…

    という記憶がこちらの記事で蘇り、その事を書こうとしたら
    「母のコンソメそうめんがどういうもので、如何に美味しかったか」
    ばかりを書き連ねた文章になっていました。
    きっと、そこに埋もれている小さいちゃんがいますね…


    こうめ
    にゅうめん、私は大好きですよ。
    風邪を引いたり食用がないときに、母が作ってくれたりしました。体長悪くてご飯が苦手な時はありがたかったです。
    コンソメ味は斬新ですね。具が星形なのも可愛らしくて素敵です!
    夏バテのせいか、食欲が落ちているので、早速真似してみようと思います。

    すみれさん
    中尾真智子
    > 彩りがきれいですね♪
    > 美味しそう(*^^*)(写真拡大して見ました。)

    ありがとうございます。

    > 具材を星形にするところとか、家族への愛情を感じました。

    七夕なので小さな笹に飾り付けをしたし、わたしが一番わくわくしてました。^^

    > 因みに私の実家では、ネギのみでした。

    それもさっぱりと美味しそうですね。

    > 私は素麺は温かいほうが好きです。

    煮麺(^▽^)Λ(^▽^)Λ(^▽^) ナカマ!!増えた〜。


    すみれ
    彩りがきれいですね♪
    美味しそう(*^^*)(写真拡大して見ました。)
    具材を星形にするところとか、家族への愛情を感じました。
    因みに私の実家では、ネギのみでした。
    私は素麺は温かいほうが好きです。





    ももさん
    中尾真智子
    > 私はにゅうめんが好きです(^^)/冷たい素麺は食べすぎて飽きちゃいました。おつゆがコンソメって新しいですね!!素麺まだ沢山あるので作ってみまーす♪

    お星様の具が欲しかったので、選んだ素材からコンソメがあうかなぁと思いました。他にもいろいろな味を楽しめると思います〜。(^^)


    Kさん
    中尾真智子
    > 煮麺、可愛いですね。

    ありがとうございます。

    > 私も、煮麺実はダメです
    > 母親が作っていたから。
    > これ、嫌いと言えず食べていました
    > いや、嫌いと言えたけど、
    > その万倍文句言われたか、睨まれたか…
    >
    > 吐き気に襲われちゃうんです。

    わわ、それは哀しい記憶ですね。いっぱいの哀しいちゃん、出ておいで〜。

    > 読みながら思い出してしまったので
    > 書き込みしました。
    > 思い出させてくれて、ありがとうございます

    こちらこそ、ありがとうございます。


    いせびあんさん
    中尾真智子
    > ここらはめっきり秋めいて来たので特においしそうに思いました。

    わーいヽ(´▽`)ノ。

    > 一つ一つ拾っていくんですね!!

    強弁したくなる時や相手に怒りが湧く時は、無意識に母親を庇っていることが多いので、自分と向き合うチャンスです。(^^)v



    もも
    私はにゅうめんが好きです(^^)/冷たい素麺は食べすぎて飽きちゃいました。おつゆがコンソメって新しいですね!!素麺まだ沢山あるので作ってみまーす♪

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    私は
    大学と卒業後の講義で
    「守秘」と「倫理」について厳しく教えられたので
    事例を扱うことにはとても慎重で
    それは当たり前の真ん中。
    現場を知りたがり
    事例を知りたがる学生は多かったが
    自分が何度でも研修対象になることこそが
    『現場』そのものだと、今振り返って思う。




    先日
    家族の研修に参加したが
    トイレから戻ると隣の受講生は杉渓先生。

    93歳になられる名誉教授のお立場でも
    謙虚な姿勢に感銘を受けました。

    私もそうありたい
    謙虚さをずっと持ち続けたいと思っています。





    その後ロールプレイになり
    杉渓先生が私の父親役でした。

    父親を知らない私にとって
    かけがえのない経験をさせていただきました。

    信頼している先生だから
    安心して私の禁忌の部分を開くことが出来たなと
    ここから私の世界の掘り下げが更に始まりました。





    その時の事例については
    話を作り替えられているとはいえ
    守秘があるので言えませんが
    子どもって
    本当に
    お父さんとお母さんの心配をして
    特にお母さんの顔色を伺いながら無意識に支えていること
    二人が仲良くしてくれることが
    一番の幸せで安心だということを実感しました。





    誰にもある承認欲求を満たされないまま
    子どもの成功を
    自分の手柄と勘違いする母親の気持ちも少しわかる気がしました。

    夫婦が良い夫婦連合を築いて
    おたがいに
    感謝の関係を作れたらもっと違うだろうにと思います。

    子にたいする責任は同じですが
    母を思う子の傷ましさは父親を上回ります。





    例外なく誰もに言えることですが
    油断するとすぐに脳内親は発動します。

    そして無意識に脚本が走り出します。

    近しい人と脚本vs脚本のバトルをします。

    それに気がついても
    代理親をやり込めたい脚本がいますから
    そこから降りるのは指南の技でしょう。

    その話題を中断すること
    その場を離れることを
    恐れないでください。

    頭を冷やしたら
    ごめんなさいを言う勇気を持ってください。



    (写真:夫婦岩)
    IMG_1056.jpg



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    【2015/04/20 07:26】 | 言の葉
    【タグ】 脳内親  代理親  人生脚本  承認欲求  夫婦連合  守秘  倫理  事例    
    トラックバック(0) |
    ★「夫が〜だから」---------------------

    「〜」は「怖い」「ケチ」「口煩い」「神経質」等などいっぱいありますが、特に現場で多く耳にするのは「夫が怖い。」です。

    よくよく聴いてみると、「怖い」は、自分の親の記憶に繋がっています。

    夫は、代理親になっているのです。(逆もしかり。)

    お互いに選び合っていますから、選んだ責任はそれぞれにあります。
    このことだけはしっかりと自覚しておいて欲しいのです。

    そうでなければ、自分の問題を相手に押し付けて、相手の問題を自分が引き受けるという境界線のない関係になってしまいます。




    ★夫婦連合---------------------

    夫(妻)が怖いというのは、怖いというレッテルを貼って問題から逃げているのでしょう。

    怖い夫(妻)のせいにして、自分の不幸物語を紡いで来たのでしょう。

    その姿を見て育った子どもが、負の連鎖を背負うことになるのです。

    子どもはお母さんが大好きですから、お母さんが喜ぶことをします。

    お母さんが、不幸物語を生きたがっていることを、子どもの無意識は拾いますから、色々な問題を起こしてくれます。

    家族の課題を子どもが教えてくれてもいます。

    この家族システムがおかしいよって、親がおかしいよって教えてくれています。

    親が気がついて、子どもにアプローチしたところ、親からもらった我慢の連鎖を発揮する子は、「私が悪いの。ママもパパも悪くないの。」と安心させ ようとするでしょう。

    大丈夫じゃなくても「大丈夫だよ。」とにっこり笑うかもしれません。

    ここで、子どもに甘えてはいけませんよ~。

    何度も言いますが、子どもはお母さんが好きだし、心配かけるな!という日本の文化で育っていますから、心配かける自分が悪い子だという思い込みを しているかもしれません。

    子どもの願いは、お父さんとお母さんが仲良しでいて欲しいのです。

    子にとって、両親が仲良しなことは、なによりの安全基地です。

    安心して、相談出来る両親でいて欲しいことでしょう。

    喧嘩をしても仲直りをして笑顔に戻れる、自律した大人でいて欲しいでしょう。

    今現在、夫婦関係にあるのなら、夫婦連合を築いてゆく努力をしてください。

    家族の中の問題は、まずは夫婦でしっかりと共有してください。

    今、子どもがいないご夫婦は、今から夫婦連合を大事に育てて下さい。

    お互いに、成長しあえる関係性を築いて下さい。

    「お願い」と「ありがとう」が言える関係を築いてください。

    夫(妻)の長所も短所も、距離をとって見守れるくらいに自律してください。





    ★子育てと境界線---------------------

    境界線を意識しないと、自律から遠ざかるばかりです。

    たとえば、人の携帯を許可なしで見る人は自他の分離が出来ていません。

    境界線もありませんし、母子分離も出来ません。

    勝手に部屋に入ったり、机の中を見てしまいます。

    心配ごとを見つけては、Doしたらいいんだろうと悩みます。

    子どもの問題を自分の問題にしてしまい、我が子の成長する過程を奪ってしまいます。

    事実をちゃんと見ないで、過剰反応な心配を抱えてしまう。

    ご飯も喉を通らなくなってしまう。

    家事もおろそかになってしまう。

    世間との境界線も見失い、怖い怖いと怯えることさえあります。

    勝手に見ておいて、怒りでいっぱいになる親御さんもいます。

    「親不孝な子ども」と嘆き哀しむ親御さんもいます。


    本末転倒ですね。

    境界線を意識して、問題(課題)の主体が誰かを見つめてください。

    そして、自分のもの以外は引き受けないことです。

    引き受けない=放置や無視じゃありません。

    引き受けずに、本人が問題を解決してゆく過程を見守ることです。

    引き受け手がいなければ、子どもはおのずと自分の問題と向き合うことになります。

    必要な時に相談に来れるように、「いつでも話しにおいで」というメッセージを伝えます。

    境界線を引いて見守るには、自分と向き合う覚悟が要ります。

    子育てを本気でやるならば、どうしたって自分と向き合わざるを得ないのです。

    我が子と対峙する「親として当たり前のこと(あえて“当たり前”と書きます)」をしないと、子どもが救われることはないでしょう。





    ★カウンセリング---------------------

    自分自身の問題と向き合おうとする時、なかなか一人では自分自身の課題が見えにくいので、カウンセリングをと考える方もいらっしゃるでしょう。

    この時に、大事なのは、自分自身のニーズにあったカウンセリングを選ぶことです。カウンセラー探しは、規約や要領を読んで納得されたところと契約 されることをお勧めします。ブログ等があれば、読まれる事をおすすめします。(ただし、相手になんとかして欲しいという依存があるとなかなか上手 くいきま せん。)


    例えば、当相談室ならば、相談申込み要領を読んで納得戴いた方をおうけしています。

    大きな特徴は、時間枠をとっぱらっていることです。2~3時間なら脚本ちゃんが喋って終わりますので、自分にたっぷり時間を用意することをおすす めしています。

    週に一回などの定期的な方法もしていません。気持ちがかけたい時に電話をかけてもらっていますが、その間隔は、個人によって、またその人の時期に よって違います。たっぷり時間をかけたカウンセリングを、実際の社会で体感して、自分で自分の育て直しをしていただいていると感じます。

    分割(借金)は依存を強めるので受けていません。以前は、お金が無い事情に同情をしたこともありましたが、お金が無くてもきちんと支払う相談者さ んがいらして、自律に向かう本気度はこういう姿勢に現れるのだと痛感致しました。そういう方がたは、普段から自分と向き合うことを意識しています し、自分 貯金(チャイルド貯金)をして、楽しみやカウンセリングに使っていらっしゃるようです。

    自律という目標に向かって、限りある時間(命)を、共有出来る方の鏡になりたいと思っております。




    子育ての愛に混じり気ないですか
    心のコップがいっぱいの親御さん
    どっち見てますか
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。



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    【2015/02/12 11:15】 | 自律
    【タグ】 人生脚本  脳内親  無意識  怒り  子育て  自律  代理親  境界線  母子分離    
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    『他者に依存しないという自律した個人の幻想は放棄すべきであろう……個人が一人で存立できるというのは危険なフィクションである。個人の自己実現には、他の人びとの支えが必要なのだ。』 
    (フェビアンヌ・ブルジェール『ケアの倫理―-ネオリベラリズムへの反論』より)

    という一文を見かけて、ちょっと気になりました。
    とても当たり前のことが書いてあります。
    人は助け合って支え合って生きてゆきます。

    ただ、世の中には、このような自然体ではなく、強い依存と執着を手放せずに、自分自身を律することが出来ず、時にはストーカーまがいの迷惑行為や、自分の孤独を不安を埋めるために、人を道具にして生きる人があることも見逃せない事実です。





    他人の時間を奪い続けて、それでも愛が足りない、可哀想な私だと嘆き続ける人たちがいます。

    相手の気持ちを勘ぐって、決めつけて、勝手に怒ったり、一人大忙しをしている人たちがいます。

    過去に囚われて、過去の言葉に囚われて、ずっと変われない人たちがいます。

    相手のせいにして怒りを相手にぶつける人たちがいます。

    相手にぶつけられず、自分は悪くない風に巧妙に言い換えて陰口を言う人たちがいます。

    相手の非を攻撃し続けて、自分の非を認めようとしない人たちがいます。

    「ありがとう」が言えない

    「ごめんなさい」と謝れない

    「お願いします」が言えない

    「ごめんなさいね。」と断れないで無理をして引き受ける

    「無理をさせて許してね。」と言わずに「勝手に引き受けたあいつが悪い。」と責める

    相手次第であからさまに態度を変える

    条件を満たしていないと人を信頼出来ない

    条件付きじゃないと人を愛せないなら「愛しています」が継続しません。

    ホオポノポノの言葉からとおーーーーーいですね。。。





    この人々が『個人の自己実現には、他の人びとの支えが必要なのだ。』と言い出したらどうなっちゃうんだろう・・・と、空恐ろしく思ってしまいました。

    執着する生き癖のある人が、依存を正当化して人を道具にするのは許されないことでしょうし、高じると犯罪に繋がります。





    なにかしらの執着が、人々を不自由にしています。

    過去に抑圧した感情が、身近な人を代理親にして、あたかも自分が正当であるかのように怒りをぶつけます。

    今もって、日々の暮らしで抑圧した感情が、執着を生み出してもいるでしょう。

    この負のサイクルは、幼い頃から続いていることではないでしょうか。

    幼い頃は、大好きな両親の怖い顔は見たくないから、いつも笑顔が見たくて頑張ったでしょう。

    その報われない日々の積み重ねが、怒りのマグマになって、チャンスがあれば人に怒りをぶつけます。

    「普通に言っているだけだ。」という人の無表情で平坦な表現が、周囲の人を緊張させていることに本人は気がつきません。こういう人が怒った時は「いつも冷静な自分を怒らせた相手が悪い」ということになります。

    「私怒った事がないんです。」とにこやかに言う人が、どれほどの我慢をして感情を抑え込んで来たことか、どれほど良い人という嘘の仮面をかぶってきたことか、こういう人は「相手の怒りが理解出来ません」と言いながら、長々と自己正当化の理論武装を語ってくれます。






    いずれの人もそうせざるをえない環境で育ったことはとても哀しいことです。

    が、人や物や誰かの言葉や負の感情に取り巻かれて執着が起こっているのに『他者に依存しないという自律した個人の幻想は放棄すべき』とは思って欲しくありません。まず自律して、他者とWinWinで繋がれる関係を築けるようになって欲しいです。

    また、条件付きじゃないと安心しない人が完全に安全なのは一人の時だけです。人間はそもそも不完全ですのに、不完全ぶりをチェックしていますから、いとも簡単に相手を責める事が出来ます。「誰も安心出来ない」ので『個人が一人で存立できる危険なフィクション』の世界で生きているかもしれません。





    これらの人々が、自分自身をある程度律することが出来たら、お互い様の世界でラクに生きられるようになるだろうと思います。そういう世界が広がる事を願って止みません。





    怒りが沸いたら、一人で(安心出来る環境で)口に出して表現してあげてください。
    直接ぶつけられた相手は、傷ついて新しい怒りのマグマを育てます。
    悪口言ったりして憂さを晴らすのは、負のオーラを撒き散らしてるだけです。
    悪口陰口嫌がらせは、陰湿そのものですから、陰陽のバランスを壊して負の世界に落とし込んでゆくんじゃないかと恐ろしいです。
    一人で、気持ちと向き合って下さい。

    その先にこそ、「お互い様」の成熟した依存の世界があるのではないでしょうか。
    人を助けることは特別なことじゃなく、助けられた方は一期一会の感謝をして、ことさら大袈裟にすることもなく喜び、日日是好日の心境で生きれるのではないかと思います。





    にじいろーどんな風に聴こえるでしょうか


    これからはじまるはじまるあなたの物語
    ずっと長く道は続くよ
    にじいろの雨降り注げば
    空は高鳴る

    眩しい笑顔の奥に
    哀しい音がする
    寄り添って 今があって
    こんなにも愛おしい

    手を繋げば温かいこと
    嫌いになれば一人になってくこと
    ひとつひとつがあなたになる
    道は続くよ

    風が運ぶ希望の種
    光が夢の蕾になる

    なくしたものを数えて
    瞳閉ざすよりも
    あるものを数えた方が
    瞳輝きだす

    あなたが笑えば誰もがわらうこと
    乗り越えれば強くなること
    ひとつひとつがあなたになる
    道は続くよ

    la la la la la la la la la lalalalala lalala..








    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2014/12/29 10:56】 | 未分類
    【タグ】 人生脚本  無意識  怒り  自律  自己実現  不安  安心しない  代償行為  代理親    
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    いせびあんさん
    中尾真智子
    > 今年もたくさんいっぱい、ありがとうございました。
    > 来年が中尾ご夫婦にとって素敵な一年になりますように。

    やや、年末からずっと、去年とは違う忙しさであっというまに、春、いまや桜の花びらが舞っておりまする〜。

    > 私も一歩一歩歩んで行きます。

    (^^)v


    全ては学びですね。
    いせびあん
    今年もたくさんいっぱい、ありがとうございました。

    来年が中尾ご夫婦にとって素敵な一年になりますように。

    私も一歩一歩歩んで行きます。

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    お昼にカラオケボックスでお会いしたAさんは、開口一番「動けないんです・・・」と暗い声で言われました。・・・そして、夜には笑顔で晴れやかなAさんになって帰って行かれました。

    どのような落とし穴があってそうなったのか、参考になる事例だと思いましたので、Aさんの許可を得て掲載させていただきます。
    ★自立支援担当サポーター------------------

    Aさんは母子家庭で、ずっと働いてきたのですが、契約期限が切れるのを機会に、少し貯蓄もあるので数ヶ月はのんびりしようと思い退職しました。

    母子家庭のちょっとした手続きがあり市役所に行くと、母子家庭の自立支援担当のサポーターがやってきました。
    「どうぞ、こちらへ。」―物腰柔らかく誘われ、(なんだろう)と思いながらサポーターについてゆきました。


    「あなたはまっすぐ来る道を、わざわざ遠回りしてしまったのですね~。」
    「それに気がつかなかったのですか~?」
    「自分でお金かけて資格取っちゃったの~?」
    「ここはね、月に10万もらいながら、色々な資格を受けられるのよ~。」
    「そのこと知らなかったの?」
    「あらあら、損しちゃったのね~。」
    「次のお仕事決めているの?」
    「正社員は無理!と思っていちゃあねえ。」
    「私もねえ、この仕事しながら、子育てやら大変だったわー。」
    「フルタイムで働きながら、介護もしてるの。」
    「そうそう、介護と言えば、老後のこととか考えているの?」

    (云々)

    「でも、会えて本当に良かったわ。」
    「無駄にしないで、ぜひこのままハローワークに行ってね~。」


    Aさんは、その後、ハローワークで無意識に正社員を検索していました。
    不意にそんな自分に気がついてびっくりしました。フルタイムで働くには、まだ色々な条件が整っていませんから。

    一方で、サポーターと会ってから気持ちが沈んで、毎晩、缶ビールを飲むようになりました。
    動けない・・もう動けない・・・何も出来ない・・・

    飲むたびに自分を責めては罪悪感に襲われていました。




    ★「楽しんではいけない」脚本----------------

    Aさんから、カウンセリングの始まりで出た言葉は「動けないんです・・・」でした。

    カ「ごはん作ってるのは?」→A「私です。」
    カ「せんたくしてるのは?」→A「私です。」 
    カ「買い物に行くのは?」→A「私です。」
    カ「毎食の洗い物は?」→A「私です。」
    カ「洗濯たたみは?」→A「私です。」
    カ「ゴミだしは?」→A「私です。」
    カ「トイレ掃除は?」→A「私です。」
    カ「風呂掃除は?」→A「私です。」

    カ「主婦としてやることはやっていますね。お休み中だからそれで十分では。」
    A「あら?」

    A「・・・そういえば、1月には近隣のツアー旅行に出かけました。一泊二日の旅もしているし、2月はスキー旅行もしてるし、西の方に新幹線旅行もしているし、3月まで結構動いています。」
    カ「精力的ですね。楽しかったですか?」
    A「楽しかったです。」

    楽しかったことを話して、それらの思い出が蘇ってきたようでした。

    カ「母子生活だからもっと苦労しなくては! という魔法にかかってしまったのですね。」
    A「ほんとうだわぁ。すっかり忘れていました。」


    どうやら、Aさんには「楽しんではいけない」脚本と、「出来てはいけない」脚本があるようです。脚本ちゃんとしては、普通に出来ていることが、出来ていないことになってしまい、楽しんだことは脳内親に見せるわけにはいかないので記憶から消し去るわけですね。

    脚本ちゃんとしては、頑張って「出来ないでいる姿」を脳内親に見せたいですから、IPを使って「動いていない(=出来ない)自分」を責めて、ますます動けないループに追い込むわけです。




    ★「楽しくお酒を飲んではいけない」脚本-------

    A「罪悪感でおいしくないビールを飲んでは、落ち込む繰り返しでした。ビールなんか飲んで・・・。」
    カ「ビール飲んだらダメですか?」
    A「え?」
    カ「たとえば、私が一日の終わりにビール飲みたいなってダメですか?」
    A「だめじゃないです。」
    カ「ついでにギター弾いていい気分で歌いたいんですけど、ダメですか?」
    A「わぁ、いいですね!楽しそうです。」(わくわくした様子と笑顔)
    カ「一日の終わりに、自分にお疲れっておいしいビール飲んでいいですよね。」
    A「そうですよねえ。」(にこにこ)

    カ「なんでそんなにわびしく飲むのかな?」
    A「だって、お酒ですよー。」
    カ「お酒を楽しく飲んで、楽しく生きてる人は一杯いますよ。どうやら、お酒を飲むことがいけないんですね。」

    A「ああ!! 母が『お酒なんか飲んで!!』と言ったことを思い出しました。もう、大人なのに、すごく悪いことをした気持ちですっごく嫌~でした。」

    友人となら一緒にお酒を飲めるAさんですが、一人で飲むと、脳内親と付き合うことになり、自動的に『すごく悪いことをした気持ち』になっていたのでしょう。


    A「せっかくだもの、楽しいお酒を飲みます!」
    カ「そうですよ。アルコール中毒でもないのに、罪悪感に満たされて飲むなんて、ビールが可哀想です(冗談)。そんな風に飲む自分が可哀想です。」
    A「ああ!なんか軽くなりました。動けなかった自分がいません。」




    ★ロールプレイ---------------------------

    さて、「のんびりしてもいい」「楽しくお酒を飲んでもいい」ところにたどり着いたところで、そもそもこの罪悪感や自責の念を起こさせたきっかけ―サポーターとのことを整理しておかなければなりません。

    サポーターは善意なのでしょうけれど、よく聞くとAさんに対して「ダメだ」と責める言葉と、将来の不安を呼び起こす言葉、そして働けというメッセージのオンパレードです。

    そのサポーターが、知らず知らず代理親になってしまっていたのでしょう。ハローワークで正社員を検索したのは,脳内親にその姿を見せたい脚本ちゃん。

    「IPに支配されて、脚本ちゃんが自動実行しちゃったのね。」と言うと、
    「なるほど!本当に自動実行だわ。」と、驚いていました。


    そして、その時のAさんを救うために、ロールプレイをしました。
    テーブルにあったティッシュの箱をサポーターに見立てて、私は声優をやりました。主役のAさんも、好演でした。^^

    その後のAさんは、笑顔を取り戻しました。


    KOKIA 0からの始まり


    KOKIAさん『0からの始まり』の歌詞

    ねぇ 恐いよね 全てを手放すって

    それでも進んでかなくちゃ ゼロからの始まり

    あ~何度でも あ~立ち上がる

    あ~力強い 勇気を下さい




    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領を熟読戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2013/04/12 20:30】 | 人生脚本
    【タグ】 人生脚本  脳内親  代理親  罪悪感  自動実行  インナーペアレンツ  脚本ちゃん  カウンセリング  
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    シーズンさん
    中尾真智子
    ほほーい!
    楽しんでよしっ!(^^)v


    ででーん
    シーズン
    全員、セーフぅ。

    楽しんで、よし!

    Re: \(^o^)/
    中尾真智子
    私は巻き込まれてないので、だいじょう(^^)vですよー。

    \(^o^)/
    すみれ

    >コメントした後、しばらく真智子先生と距離を置きたくなって、したいように過ごして、昨晩寝ようとしたらチャイルドが、
    《そろそろ見に行ってみたら(*^_^*)》
    というので見に来ました。
    〔あ~真智子先生のコメントがある~(>_<)\(^o^)/〕
    と、すごく嬉しかったです。
    >先生の指摘通りIPの逆襲だったのですが、わからない私に色々気付かせるために、チャイルドはそれを利用したみたいです。真智子先生を巻き込み(-.-;)すごい奴です(^_^;)私のチャイルドは図太く、たくましい奴なんですね(>_<)知らなかった(^_^;)
    >なんか真智子先生を利用したみたいでごめんなさいm(_ _)m
    >真智子先生のブログを見ない間、秀司先生のブログの《ひでし君》に共感して大泣きしたり、過去のことを思い出して絶望したり、私を支配できると思っている人からの知らせが来たり、色々気付くためのいい時間になりました。
    >真智子先生のコメントで更に気付きが進んで、現実はけして幸せに見えないけど、チャイルド的には幸せらしく、今は私もチャイルドに便乗して、幸せな気分を味わっています。ありがとうございました(*^_^*)




    すみれさん
    中尾真智子
    >前の記事、この記事にコメントしたことが、ずっと引っ掛かっていました。

    ほえ?

    >自分が反応したからとか、似た体験談とか、ここでコメントするのは違うなという思いが、コメント後、強くなりました。

    あらら。これはIPの逆襲では。

    >それは自分がわかっていたらいいことで、他人に話すことじゃなくて、それをキッカケに、自分に向き合うチャンスなんだと思いました。

    ネットで共有出来ることは素晴らしいと思いすよー。

    >コメントする時は気を付けます。

    私としては、なんも問題ないですよー。

    http://nakaosodansitu.blog21.fc2.com/blog-entry-1990.html
    より『』部は抜粋
    『ブログで自分の気持ちを吐露される方がいらっしゃるのは、この場が安全基地になっているからだと思います。その方々は、「Iメッセージ」で自分のことを書かれているだけで誰を批判しているものでもありません。
    そういう方々が、ようやく気持ちをはき出す場を見つけた。』
    にあるように、
    私も、皆さんが安心して書き込める場所だったら嬉しいです。^^


    すみれさん
    中尾真智子
    >少し前に、記事と似たようなことがありました。

    似たようなことを想起して、じっくり見直されたのですね。よかったよかった。^^

    いせびあんさん
    中尾真智子
    >でも,この記事を読んで前へ進んじゃダメってストップがかかっているのかな?と思い始めた。

    ゆっくりなんだけど、焦らずなんだけど、そうはいっても人生は短いですもんね。^^

    すみませんでした。
    すみれ
    >前の記事、この記事にコメントしたことが、ずっと引っ掛かっていました。
    >自分が反応したからとか、似た体験談とか、ここでコメントするのは違うなという思いが、コメント後、強くなりました。
    >それは自分がわかっていたらいいことで、他人に話すことじゃなくて、それをキッカケに、自分に向き合うチャンスなんだと思いました。
    >コメントする時は気を付けます。




    ありがとうございます。
    すみれ

    >少し前に、記事と似たようなことがありました。私の場合は勤め先の上司でしたが、〈言われた通りにしなくては!〉という気持ちと、《この人はそう思うんだ。でも、そうするかは、私の自由なのでは?》と思う気持ちがごちゃ混ぜになって、くたくたになりました。色々《できない!》という気持ちが強かったです。
    >苦労しなくてはいけないと、楽しんだ記憶を消すこともあるので、その時の沈んだ気持ちは受け入れつつ、自分がしたいことをして、楽しんだことを思い出し、それを独り言で呟いています。そうすると落ち着いてくるみたいです。似たようなことを、以前お世話になった方にしていただいたので、それを最近思い出して一人でやっています。
    >この記事もそうですが、焦らなくても、必要なことは、必要な時に知ることができるんですね。嬉しい\(^o^)/ありがとうございます(*^_^*)




    おーーなんてタイムリー。
    いせびあん
    ちょうど人と会ってから自分を責めていました。ああ。
    楽になりたいのに。

    気がつくと我慢しているーー。我慢は本当に得意。

    でも,この記事を読んで前へ進んじゃダメってストップがかかっているのかな?と思い始めた。

    真智子さん,チャンスをうかがって前へ進みます。

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