家族カウンセラーの想いつれづれ
    美女と野獣の吹き替え版ですが、(それそれ!)という場面がありました。セリフそのものはは覚えてないので私流に書いてみます。

    ベル「一度閉じたら二度と開かないって(野獣が)言っていたのに?」

    ルミエール(蝋燭)「ああ、感情に任せて言っただけだよ♪」
    ベル「一緒に食事をしないならずっと食べるなって 」

    ポット夫人「言ってたわねぇ、それに従うか従わないかは私たちしだいよ。」



    ベル「あんな酷い人にどうして尽くすの?こんな魔法をかけられたのよ、何もしていないのに」

    ポット夫人「そう、何もしなかったの。お母様が亡くなって厳しいお父様に育てられ、あんなにねじ曲がってしまったのに、何もしなかった。」


    彼らはビースト(野獣)がどんな風でも愛していたのです。

    ただ、ビーストの寂しさを知りながら何もしなかった。

    “どんなビーストも愛してる”だけじゃダメだったーちゃんと叱られ受け止められることがビーストには必要だったということでしょう。

    相手(王子)が傷ついていることを慮って目に余ることをしても注意しないー正しいフィードバックがないのですから、ねじ曲がるのは当然でしょう。





    ★ちゃんと喧嘩する---------

    つくづく子どもの頃の喧嘩相手は大事だなぁと思います。
    喧嘩する子どもたちにすぐに仲裁してしまうと、鬱憤だけ溜まって学びがないんですよね。

    抵抗勢力との折り合いのつけ方を学んでないから、抵抗されただけで傷ついてしまいます(ハラッシー)。
    あるいは、傷つくのが怖いから相手が抵抗しないように圧力をかけてしまいます(ハラッサー)。

    どんな風に喧嘩をして、どんな風に折り合いをつけるのか、むしろそこに注目して子育てしたいものです。

    暴力に訴える子
    言葉遣いが激しい子
    駆け引きのうまい子
    涙目で黙ってしまう子
    クールを装う子
    仲間を作って対抗する子
    大人の前で良い子に変貌する子
    嘘をつく子

    いろんな子がいますが、この中で揉まれて育ったら面白いじゃないですか。
    自分がどういう性質なのか相手が教えてくれますからね。
    幼少時の傷つき体験と、受け止められ体験はとっても大切です。


    感情に任せて言ってるだけのことを真に受けて自らハラッシーになる、それどころか言質にとって相手を人非人扱いしてしまう(ハラッシーハラッサー)なんてよくあります。
    それを責められた相手がカッとなって暴力を振るおうものなら、脚本は大喜びで食いついて、DV認定出来ます。その積み重ねで、離婚に至るなんてザラでしょう。

    嫌なことは嫌だと、とっても悲しいと、とっても悔しいと、相手に伝えたいですね。ただ、相手を悪人認定したまま物別れに終わるのは、脚本は喜ぶでしょうけれど、自分のICが気の毒ですものね。



    このお話はここまで〜ちゃんちゃん♪




    ◯おまけ

    余談ですが、解釈によっては「ちゃんと」が苦しい人もいます。
    「ちゃんとやりなさい」と言われて、出来ないところを見て「ほらちゃんとしてない」と言われて育ったら、完璧じゃないと許されないから苦しいです。

    子育てでごく普通に使う「ちゃんとしようね」さえ、苦しくて言えない人もいます。あるいは自分がされたようにしまったりね。

    「ちゃんとやる」は目標、出来たところは褒めて、出来なかったところを励ましていけば良いですね。子育てに限らず“自分育て”もです。




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    【2017/04/25 08:10】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  ハラスメント  怒り  
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    Re: タイトルなし
    中尾眞智子
    > 昔言えなかった事を言ってるだけなのだけれど

    昔言えなかったのは、受け止めて貰えないと諦めていたのではないかしら。

    > 子供が居ないから分から無いのよと言われて、関係無いと反撃してました。

    受け止めてもらえずがっかりですよね。

    > 悪いことをしたな、言い過ぎたかなと少し反省させてくるのは脚本なのかな?

    母親との関係で形成された思考の癖(脳内親=IP)が自分を責めてきます。その言いなりになって、反省して従順な良い子になるのが脚本ちゃんというとわかりやすいかな。
    >
    > 何度か読み返しさせてもらいますね。

    どうぞ〜。



    ハムさん
    まちこさんは棚卸しをされたのですか?
    先日私も母に昔の事を弟と責めて懐かしがりながらでも傷つけてしまったのかなと思ってました。
    昔言えなかった事を言ってるだけなのだけれど
    子供が居ないから分から無いのよと言われて、関係無いと反撃してました。
    悪いことをしたな、言い過ぎたかなと少し反省させてくるのは脚本なのかな?

    何度か読み返しさせてもらいますね。


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    ★ダミー感情で生きてた---------

    私もそうですが、小さい世界(母親)の住人だったから、小さいことで驚いて怯えるーそういう人は多いですね。
    大声に怯える

    語気が強いと嫌悪感が湧く

    乱暴な言葉遣いに傷つく

    この怯えも嫌悪感も傷つきも脚本のダミー感情で、小さい世界(母親)を守るために仮想敵(夫)を責めていたのです。

    わざわざ相手を嫌う仕組みが埋め込まれていたというか、人と繋がらない脚本ですね。


    ある日、義父から「あんたは育ちがいいんじゃね。」と言われて、新鮮に聞きました。

    ほぉ!

    昔からそんなようなことを言われたことはあったけど
    貧しい育ちと卑下してたし
    友人に家事手伝いぶりを中学時代の友人に「おしんみたいだ」って気の毒そうに言われたし
    だからピンと来なかったけど・・・

    義父に嫌味でもなく褒めるでもなくいたって普通に言われ、「わしは田舎育ちじゃからのぉ」と言った時にすっと入ってきたのでした。

    育ちが良いと思われる=私の場合、母親の洗脳が深いってことじゃないの?

    お義父さん、ありがとう!


    汚い言葉遣いは抵抗があったし、ちょっと羨ましさもありました。

    実際に、クラスメイトが母親のことを「あのくそばばぁ」と憎々しげに言うのを見た時は、(親に向かってなんてことを言うんだろう!?恐ろしい。)とその子を人非人に思ってました。

    「くそばばぁ!」には、ちゃんと聞いてよ、ちゃんと見てよ、この分からず屋、口うるさいんだから、放っておいてよ、とか色んな思いが篭ってるだろうに、当時の私は母親一神教で洗脳されていたのですよ。ああ、馬鹿臭い。





    ★自分に尽くしたい--------

    育ち(脚本)が違うのに、それを責めていたら脳内母の思う壺です。

    なんて酷い人だろう、と相手のせいにして離婚を考えていた私は脚本絶好調だったと思います。

    少なくとも私は、自分が選んだ人との人生を随分ないがしろにしてしまった感があります。

    その姿は、子どもたちの心を傷つけただろうと思います。

    子どもは両親仲良くしてほしいですからね。



    私の「怒りっぽい」とか、「酷い言葉だ」とかの指摘が、相手をレッテル貼りをしてしまい、相手はそうしか振る舞えなくなってしまうのです。

    私自身も、意地悪していないのにもかかわらず母に「意地悪だね」と言われた時に、ほんっとに意地悪してやりたくなりましたからねぇ、びっくりですよ。

    脳内母に従って、自分が選んだ人生、そこでの生活を「不幸だ」と嘆いていたのだものね、悔しいし馬鹿馬鹿しいです。

    本当に不幸しかなかったら、とっとと別れて颯爽と生きなおせば良いのだものね。

    離婚の理由を聞かれた時や、例えば子どもに責められた時に、堂々と「ママがそうしたかったから」と言えるまでになって颯爽と生きる道もありますもの。

    母を選ぶか(自分が苦しむ)、代理親を選ぶか(相手を苦しめる)、自分を選ぶかです。

    「慕情(中島みゆき)」の歌詞に「ただ、あなたに尽くしたい」とありますが、まず自分が無視してきたICに尽くしたいですね。

    無意識とはいえ脳内母に尽くしてきた人生はあまりにも悔しいー私と私の家族に尽くしたいです。



    (続く)


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    【2017/04/25 07:00】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  
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    ★籠の鳥--------------

    それにしても私の世界の狭いことったら・・・。

    常にきょうだいの面倒と家事手伝いがついてまわり、今にして思えば小さい私は母親の顔色を確かに伺っていたのです。
    夫を怖がって顔色を伺う自分ー怖がっていれば相手のせいにできますからね。

    それにしても母親の顔色を伺う小さい私に辿り着けず、四苦八苦しました。

    5歳まで祖母と(まだ子どもだった叔母と叔父と)暮らしていたことが、棚卸しを複雑にさせました。

    ご飯時に現れる母を「お母さん」とは呼んでいたけど、お母さんが大好き!とか、お母さんを悲しませたくない、がっかりさせたくない、とか、世の中のあたたかいお母さん像を描けてないのです。

    小さい頃は、一緒にいたら緊張する人でした。



    よそ様にお邪魔した時はきちんとご挨拶をする。

    よそ様では手前勝手に振舞ってはいけない。

    よそ様にお邪魔する機会が少ないので、どこまでが良くてどこからがいけないのかもわからず、「一緒に遊ぼう!」と言われても、遊んでいいのか悪いのか、母の顔をちらっと見ていたなぁ。

    母のOKがないと大人しく椅子に座っているのですーつまらないったらありゃしない。



    でも、確かに隣に座っている人の顔色を見ていたのです。

    (ねえ、自由に振る舞っていいでしょう?)と訴えている視線を受け止めずに大人と話す母親が、「どんな風に育てたらこんな良い子になるの?」と言われて「とりたてて何もしてなくて、厳しく育てただけ」と心地よさげに言うー子どもらしくないって言われてるようなものなのにねぇ。


    母の世界はとってもつまらなかった。

    あったかくないし、やわらかくないし、面白くないし、楽しくないし、笑顔もないし、籠の鳥の私は、想像力で頭の中の自由を満喫していました。
    「頭の中は誰にも縛られないもんね」と言っていたけど、どれだけ不自由だったんだろうねぇ。





    ★家(母)が重たい---------

    もっと外で遊びたかったなぁ。

    弟や妹は可愛かったけど、面倒を見るのが当たり前だと思われていることに気づいて愕然としたものでした。


    ちょっと待てよ?と・・・
    私と姉は弟と妹の年齢の時にオムツ交換をして、布オムツだからウンチをトイレに捨ててオムツをバケツに入れて、その後漂白もやったなぁ。
    古い洗濯機も使ったなぁ。
    ミルクも着替えも手伝ったなぁ。
    ご飯と味噌汁は小学1年生で作ってたよなぁ。

    私が家を出るまで、彼らに家の手伝いをさせたのはほぼ見たことがありません。連れ子の定めと思っていましたが、世の中を知れば知るほど、うちって変だよねってわかるのです。

    ともあれ、姉がやるのが当たり前に育ち、母じゃなく姉のせいにできるという仕組みも完成です。私の「母のせいにするには母に育っていないしなぁ」と思った時と同じように、母はどの子にも隠れ蓑を持っています。



    小1から高卒で家を出るまで、家族が重たくて重たくてたまらなかったー大学に行けと高校は勧めるけど、ともかく早く家を出たかったーその重たさは、弟であり妹であり家事であり義父であり、その全てが母親だったのです。彼らの間に必ず母の存在があったーこの母の支配に苦しんでいたのです。

    家がこんなですから、外に出るとわくわくしました。冒険者の気分です。
    小さい頃(祖母宅)は自由に振舞っていましたから、外に出る(母から離れる)のが大好きです。
    室内より室外遊びが好きだったのも、室内では無意識に脳が“気働きをせよ”と言ってくるからです。

    小さい頃に世間に揉まれていたら、もっと耐性がついただろうにと思います。



    (続く)


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    【2017/04/24 08:15】 | 人生脚本
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  ハラスメント  怒り  
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    ★相手を怒らせて黙らせる母--------------

    以前の母とのやりとりですが、私も下手くそでした。どうにも腹が立ってしまうのです。

    まぁ、自分の脚本に気がついたら、それまで通りに母を庇うなんてできませんけどね。

    それにしても、ついひっかかってしまっています。



    私「お母さんってほんと子どもを見てなかったよねぇ。」

    母「私だって若かったんだから、そんな昔のことで親を苦しめないで。」

    私「言い訳しかしない。受け止めないよね。」

    母「仕方がないっしょ。5人も子どもが居たし店(再婚相手の商売)もあったし。」

    私「私もそう思ってたけど、働きながらちゃんと子育てしてる人はたくさんいるよ。私と姉に下の面倒をみさせて、家事も手伝わせて楽だったでしょう。自分で手をかけないで無駄に気を揉んでいただけでしょう。私は絶対に子どもから目を離さなかったよ。」


    母「あら、それは良かったじゃないの。」

    私「そんな思いをさせたんだね、くらい言えないの?がっかりするなぁ。」

    母「あんたこそ、いい大人になって親を言い負かして何が楽しいの?」

    私「大人になっても親は親でしょう。子どもの頃には従うしかなかったから今やっと言えてるんだよ〜。」

    母「全くあんたって意地悪だね。」

    出た!意地悪が嫌いな私にこれを言うと黙ると思ってるのか?と思いつつも、その卑怯さに腹が立って止まらず

    私「馬鹿言ってんじゃないわよ!私が意地悪したくても出来ない性格だって、お母さんが一番解ってるでしょ!?(怒)」

    「(沈黙)」



    私が怒ってしまったら会話は打ち切りです。

    母はいつもうまく逃げ切るのですが、最後は私を怒らせて自分は沈黙してまるで被害者のように振る舞い、更には都合の良い記憶の操作も織り交ぜてそれぞれの子に、別の子の愚痴を聞かせるのです(自分以外と繋がらないようにする)。

    事実も相手の気持ちも無視した言い分なので、聞いてるとだんだん腹が立ってきますが、本人の脳内では既に都合よく操作されていますから太刀打ちできません。

    今度こそ怒るまい!と思うのですが、まんまと術中にハマってしまう悔しさ。

    この悔しさは、私に「酷い!」と責められた夫の悔しさなんだなぁと今はよくわかります。

    母を無意識になぞる時、母を庇って守っているー脚本劇場を生きているのです。まるで本心の傷つきのような顔をして、被害者になっているー馬鹿馬鹿しいですね。



    (続く)


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    【2017/04/24 08:00】 | 人生脚本
    【タグ】 人生脚本  無意識  怒り  インナーチャイルド  脳内親  ハラスメント  
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    配偶者に警戒心が強い人は、そもそも親を警戒しないといられなかったから。

    いつ脅かされるか恐れていたから。

    安心したと思ったら、裏切られてきたから。

    何度も裏切られて、鎧を着ることでやっと安心したから。






    不安の最中に置かれていたから、《警戒》という鎧を着た。


    本当の安心じゃないけどね・・・。

    鎧の中ではなんとか呼吸ができるからね。

    《警戒》してると悟られないように談笑し、要件は手短に済ますの。

    うっかり心地よいと緩んだら、手痛い目にあったからね。

    鎧はずっと着てないと安心しないもん。

    安心なんか出来ないよ。

    部屋に勝手に入る

    机の引き出しを勝手に開けられる

    持ちモノを見られる

    宿題はチェックされる

    細かい支持をされる

    勝手に決められる

    いちいち評価される

    その上で「もっと頑張れ」と言われる

    どこにいても安心なんか出来ないよ。

    《警戒》している間は、少なくとも不安にならないからね。

    安定した気分で今日も注意深く見ているよ。

    客観的によく見ているよ。

    腕組みして見ているよ。

    頬杖ついて見ているよ。





    どいつもこいつもダメ。

    中途半端、やりっぱなし、

    あれもこれもどうなってるの。

    外に不安を撒き散らしてさ。

    自分の痕跡を残して自己主張してる。

    もっとしゃんとしなよ!

    そんなだから、安心できないんじゃないか!

    こっちはどれだけ注意深くやってると思ってる!?

    だいたいにおいて完璧にやってるよ!?

    たまたまうっかりした時に、鬼の首でもとったように言うけど、

    いっつもやらかしてるのはそっちだ!

    こっちはいっつもちゃんと見てるんだから!

    そうじゃないと安心できないからね!






    あれ?

    ちょっと待てよ・・・

    注意深くしないと、親に安心出来なかったんだっけ。

    何をされているかわかったものじゃないから、部屋に入ったらわかるように仕掛けをした。

    案の定、勝手に入って机も開けていた。

    だからいつもちゃんとして、隙を与えないようにしていた。

    そうとも知らずに、ぼろぼろ証拠を残す親に呆れていた。

    「綺麗好きで完全主義で」と親は自慢するけど、あんたたちといてそうなったんだよ。

    いっつも親を見張っていたんだなぁ。

    相手を常に警戒していないと安心できないーこのロジックを今も持ち続けているのか・・・

    親を意識し続けているじゃないか・・・。

    不安を見てないのは自分も同じだ。

    不安を見ないで、外ばかり向いているかつての親じゃないか・・・。

    口煩かった親と同じじゃないか。

    親に安心しなかったICを源家族にぶつけ続け、

    いちいち細かく支持して、怒って、

    それに怯える家族は言動が不安定になって、

    それを、わざとらしいとイライラしては怒り、

    自分を怖がるーそんな家族にますます安心出来なくて、

    悪循環だった。






    安心させてくれる人を求めていた。

    安心を寄越せ、と詰め寄って困らせた。

    自分の受け皿になる人じゃないと、安心できないから選んだ相手だ。

    相手が納得するまで解らせたがった自分の幼さ。

    自分が安心するために「解れ!」と強要していた。






    安心は人がくれるものじゃない。

    自分の内側に安心を持つ。







    まず、鎧を脱がないとね。

    家族への警戒を解いて傷つく勇気を持たないとね。

    傷ついた時に、相手のせいにしないと決めないとね。

    ただ、悲しむ。

    痛いなぁとしみじみする。

    親にがっかりした上に、家族にまでがっかりしたくなくて

    この鎧を脱げなかったんだなぁ。

    がっかりした時に、思わず相手を責めてしまうからね。

    すると相手は噛み付いてくるから、こちらはもっと傷つくんだ。

    こちらも相手をがっかりさせていることなんて後から気がつくんだよね。

    自分に起こってることは相手にも起こってるだろうに、相手のせいにしてしまう。

    相手に親に言いたかったことをぶつけてるんだ。

    そうしていつまでも脳内親を温存しているんだ。

    闘う相手は、もはや現実の親でもない。

    ましてや家族でもない。

    自分の中。

    自分のしたことを認める。

    それを相手のせいにしない。

    そこからしか進む道はないんだ。







    ※事例をヒントに創作しています(特定の個人ではありません)。





    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。



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    【2017/04/09 10:28】 | 存在不安
    【タグ】 人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  怒り  ハラッサー  
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    Re: タイトルなし
    中尾眞智子
    > とてもタイミングよく、今の私に当てはまる内容で驚きました!

    それはそれは私も嬉しいです。

    > ありがとうございます

    こちらこそ、ありがとうございます。(^^)

    > 人は鏡だなー、でも、自分も同じだなんて、なんだかやだなーなんて、思ってました💦

    ここを認めるのがなかなかしんどいですよね〜。

    > そんな自分に気づけるようになったのは嬉しいですが^ ^

    それは素晴らしい!

    > 私の不安は、侵入される怖さです。干渉されたくない。結婚してからも、私の家庭にズカズカと入ってくる親の厚かましさ。私の存在を脅かされる不安。

    侵入されて「傷ついた気持ち」を隠して(親を庇って)「怖い」と思うのじゃないかしら。我慢した分、脅かされたと思います。

    > 入ってこないで!

    そうだ!そうだ!

    > 傷つく勇気、胸に留めておこうと思います。
    > 大切なものを守るために、、、

    (^^)


    Re: がっかりな気持ち
    中尾眞智子
    > 何だか泣きたくなって、相手を責めてしまう自分の気持ちが分からなくて。

    相手を責めている時は親を庇っているーここですね。

    > 私はがっかりしてたんだ。
    > けど、がっかりを味わうことをしないように、相手を責めていたんだ。

    親へのがっかりを味わいたくないから色んな「がっかり」を封じ込めちゃうのかな。
    >
    > 私は無意識に「がっかり」を味わうことをしないようにしてるんだなあと、気が付きました。

    気がつけた自分を褒めちゃおう!

    > 蓋を開けたら「がっかり」がたくさん出て来そうだなぁ(^^;
    > チャンスですね(^^)

    出ておいで〜〜。

    >
    > 大事なことに気づくことが出来ました。
    > ありがとうございます。

    こちらこそ、ありがとうございます。(^^)


    さちこ
    とてもタイミングよく、今の私に当てはまる内容で驚きました!
    ありがとうございます

    人の行動が気になる時、もしかしたら、私も同じ、または私が影響を与えてしまったかと思うことが増えたこの頃です
    人は鏡だなー、でも、自分も同じだなんて、なんだかやだなーなんて、思ってました💦
    そんな自分に気づけるようになったのは嬉しいですが^ ^
    そして、そう思うようになってから、今まで私にはないと思っていた、謙虚な気持ち?が出て来たように感じます(^^;)

    そして、不安。
    私の不安は、侵入される怖さです。干渉されたくない。結婚してからも、私の家庭にズカズカと入ってくる親の厚かましさ。私の存在を脅かされる不安。
    入ってこないで!

    子育てや仕事を通じても、尊厳を守るということの意味を、今更のように感じるこの頃です。
    自分も同じことをしてしまうのは、不安と向き合わないからなんですね💦
    傷つく勇気、胸に留めておこうと思います。
    大切なものを守るために、、、

    がっかりな気持ち
    風子
    「がっかりした時に、相手を責めてしまう」に
    探していた答えを見つけました。

    何だか泣きたくなって、相手を責めてしまう自分の気持ちが分からなくて。
    悲しいのかな?ううん、悲しくない。
    怒ってるのかな?ううん、怒りでもない。
    なんだろ?と悶々としていたけど、、、
    それは、がっかりでした!

    私はがっかりしてたんだ。
    けど、がっかりを味わうことをしないように、相手を責めていたんだ。
    ハッとしました。


    私は無意識に「がっかり」を味わうことをしないようにしてるんだなあと、気が付きました。
    あーあ。
    がっかりは、私の中で封印してる感情だったのかもしれません。
    蓋を開けたら「がっかり」がたくさん出て来そうだなぁ(^^;
    チャンスですね(^^)

    大事なことに気づくことが出来ました。
    ありがとうございます。

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    阪急電車〜片道15分の奇跡〜にもう一度会えた〜〜。

    ラッキー♪
    2011年の記事より-----------------------

    電車に乗り合わせる人々の織り成す物語の中で、色々な変化が起こってゆきます。


    ハラスメント界から離れる人とそうじゃない人にわかれてゆきます。
    ハラスメント界から離れた人たちが出会います。

    これまでは、負の連鎖だっただろうけれど、新しい連鎖反応が起こってゆきます。
    自律した姿勢は執着がないので、さわやかに手助けしてさわやかに立ち去ります。
    その場を助けるだけで、本当の問題は[あなたがどうしたいか]なのだということ。




    感情にいいも悪いもありません。

    ただし、その感情はコミュニケーション方法を間違えたらハラッサー(ハラッシー)になりえます。
    内側にハラスメントの種を誰もが持っているのです。

    そんなまがまがしい感情を素直に認め傷みを哀しみ泣いて泣いて背骨を作ってゆきます。
    その彼女の姿を見た人や、言動に触れた人が自発的に変化してゆきます。
    同じ場所にいても、変わろうとしない人は変れません。
    DVカップルや、オバサマ集団が、変わろうとする勇気の人と悪態ついても変わらない人とをわかりやすく見せてくれています。

    誰でも失敗するし、誰でもやらかすし、そういう傷を受け止めてあげられる心を人は本来持っているんですよね。
    だんだん汚れて忘れていき、気付いてお祖母さんのようになってゆけるのでしょう。
    このお祖母さん、最後はオバサマ集団を叱り飛ばします。
    いい年をしてしつけの段階ですが、最後までオバサマは変わりません。


    結局は、謙虚さと素直さと聴すことが出来ない人は、なあんにも変わらないのだなぁ、と最後のオバサマとDV男が教えてくれました。

    ハラスメントから自分の内側に向き合い自律に向かった人々と、ハラスメントから抜けられず自分の外ばかり向いている人が浮き彫りに見えた映画に感じました。





    自律に向かうには依存(甘え)を一度は手放します。

    孤立無援の覚悟も必要な場面があります(だって心は自分のもので誰の手にも負えないから)。

    共依存の対象と離れても、別の人に代償行為で依存することがしばし続きます。それだけ寂しい哀しい脚本があるのですから無理からぬことです。

    「過剰な期待」をして裏切られ、裏切りに対する気持ちに同情してくれる相手に依存してまた裏切られ、相手が代わるだけで同じ繰り返しをしてしまいます。
    「過剰な期待」は曲者ですね。「過剰な依存」といってもいいでしょう。

    治療者・援助者に「過剰な期待や依存」をした場合は、フィードバックされます。
    治療者・援助者も間違えることはありますから、その部分をフォードバックします。
    それを素直に受け止めてゆくことが重要なのですが、ハラスメント界から抜ける準備不足の場合は、自分の思い通りになりませんから腹を立てます。


    自分の思い通りにならない人間を責めて、自分自身の問題から逃げる理由にしてしまいます。

    本気で変わりたかったら、依存をどれだけ手放せるか自分との戦いですから、人のせいにしている場合じゃないのです。




    感情についていえば、常に自分の問題です。

    誰かや物事に何か感じたとしたら、それは自分の中の何かが反応しています。
    同じ場所にいて同じ経験をしても、十人十色の感情を持ちます。

    その感情が気持ちがいいならその人にとってそこは安心出来る状況なのでしょう。(ハラスメント界で安心する人もいます。)

    嫌悪を抱いたり悪意が起こった場合は、その人の心に何か解決されない傷があるのでしょう。

    この映画でも、知らない人なのに気になり、自分の琴線に何かが触れて反応しているのがわかります。


    ハラッサーもハラッシーも自覚した時点で同じ苦しみの仲間とも言えます。(一緒にいられませんが)
    この言葉に過敏になるなら、覚悟が足らないのかもしれません。
    ハラッサー呼ばわりされた、とか、ハラッシーでありたくない、とか、あがいてもすすみません。

    そこにいたから苦しいんだもの、いたのは事実なのだから今更あがいても仕方ないのです。
    腹をくくってこそ抜けられるのですから、覚悟しましょう。



    Amazonのプライム会員でラッキー!でした。(^^)v


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    【2017/03/22 09:12】 | 自律
    【タグ】 ハラッサー  ハラッシー  ハラスメント  怒り  阪急電車  
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    「お母さん、娘をやめていいですか?」

    面白く恐ろしい番組が始まりましたね。

    「友達といるよりもママいる方が楽しい!ママは誰よりもわかってくれる」ー幼い頃の蜜月が大人になっても続いているホラーな世界です。
    主人公みっちゃんを巧みに誘導するママと、ママの顔色を読んで自分を誤魔化していく姿が悲しいですね。

    このように、みっちゃんも自らママに洗脳されてきたのです。

    自分の部屋の家具の色もお母さんの顔色を見て決める。

    職場の悩みもいちいちお母さんにメールをして判断してもらう。

    「ママには超能力があるんだと思う。だって離れていても私が困っているのがわかる。」というくだりは現実にもよくある話です(だからドラマになるのね)。

    ママは我が子を手放さないための画策をしているのに、ママの愛情を疑わない(ようにしている?)みっちゃんが痛々しい。

    好きな服を着れない、好きな色も言えない、ワンピースが似合うと着替えさせられる、ママのアドバイス通りにやって大失敗したのに、「ママのいう通りだったよ。」ってことにして、頭の後ろにハゲをこさえているみっちゃん。

    ママがみっちゃんの自我を乗っ取って(=みっちゃんが自らママに自我をあけわたして)「二身一体」の状態です。

    友人に「優秀な分身」と言われて嬉しそうなママが怖い〜。

    このドラマはとてもわかりやすく描かれていて今後の展開も楽しみです。





    現実でもこんな母娘はよくみられますし、あからさまに我が子を受け皿にして共依存の関係を繋ごうとする母親もいっぱいいます。

    「こんなこと言えるのはあなただけ」

    「私のことをわかってくれるのはあなただけ」

    「あなたのことをわかってあげられるのは私だけ」

    「他の子に内緒、あなただけ。」

    一人の子を特別(ターゲット)にするケースもあるし、それぞれの子を特別であるかのように付き合いながら、どの子も自分の受け皿をするように仕向けるケースもあります。子供達が個々に繋がらないように「あなただけ」に打ち明けごとをするなんてざらにあります。言われた方は兄弟に会っても秘密にしなければ、と健気に母を守り会うのも気詰まりになります。



    棚卸しが進み本人が受け皿にならないと決めると、母親からたちまち酷い言葉を浴びせられます。

    「お母さんのいうことが聞けないの?」

    「あなたのためを思って言ってるのよ」

    「好きにすればいいでしょ。」

    「親に逆らうなんて!」

    「親に向かってなんて事言うの!」

    「産まなければ良かった」

    「もう親でも子でもない」

    「今後敷居をまたぐのを許さない」

    「あなたは死んだと思うことにする」

    「私のことは死んだと思ってちょうだい」

    「私に二度と連絡してこないでちょうだい」

    些細なことで大袈裟に責め立てて、我が子の罪悪感を刺激して、自分に服従するまで手を緩めません。服従しなければしないで(この子はいらない)と捨てます。罪悪感に苛まされてすり寄って来たら、真逆の穏やかな顔を装い受け入れます。


    哀れを装ってなかなか子どもを手放さない母親もいます。

    「お母さんが悪かったのね」

    「お母さんがあなたを困らせてるのね」

    かわいそうになってしまって離れることが出来ないことをいいことにずっと甘え続けます。脚本の維持に協力的な子は大歓迎なのです。





    良い子は大人になってから初めて悪態ついたりするんですよ。

    中学までに口答えのひとつもして、その後も母子ゲンカをたくさんできるならまだしも、ずっと親が望む通り(勉強なら勉強を、家事手伝いならそれを、弟や妹の子守を望めばそれを、「女も自立せよ」ならそれを)邁進してきた子は、大人になるまでろくに反抗したことがありません。

    大人になって世の中を知って、我が母親がおかしいと知って、母親に言ってみるわけです。

    そんな子どもをひと昔は世間も冷たく言い放ったでしょう。

    「成人にもなって親のせいにするなんて甘ったれてる」

    「こんな子どもで親が気の毒だ」


    けど、今は世代間の連鎖が理解されてきました。

    母親と対峙する人も増えてきたのではないかと思います。

    我が母親はわかってくれるのでは?とチャレンジしても、自分の脚本を維持したい母親は“気持ち”を表現する我が子を受け入れるわけにいかないので「酷い」「冷たい」「意地悪」「薄情」「嘘つき」と言い放って(悲鳴をあげて)逃げます。

    それでも心のどこかでいつかは伝わるかもしれない、そんな思いを尽くして言ってみたりするわけです。





    みっちゃんもせっかく初回で気がついたんだもの、直接ママに返してほしいもんだ〜。

    「こそこそと私の後をつけないで!」

    「25年付き合った恋人って言うな!気持ち悪い!」

    「喧嘩したことがないのは私が合わせきたからだよ」

    「私とママは別々の人間なの!」

    「生徒のこともわからないのにアドバイスしないで!」

    「みっちゃんなら大丈夫って簡単にいうな!」

    「お菓子持って生徒のところに行けなんて非常識だ!」

    「失敗を恐れないでぶつかってごらんって言ってよ」

    「失敗が怖いから言えないんでしょ?」

    「私はワンピースが嫌いなの」

    「あなたはこの色が合うって勝手に押し付けないで!」

    「私の選んだ色を認めて」

    「自分の好きな色を私に言わせないでよ!」

    「自分で表現したらいけない脚本だからって私に決めさせないで」

    「お人形を売らないのはママが脳内母親を怖がっているだけじゃないの」

    「教えるのも手伝ってるくらいなんだから、作ったお人形を売ればいいじゃないの」

    なんて思いつくまま書いてみたけど




    みっちゃんはこの先どうなるんだろうか・・・。

    ママも自分の連鎖に気がついて、自分の母親と対決するのかなぁ。

    ママがあの母親(みっちゃんの祖母)の毒に気圧されて自分の傷を誤魔化していたら、それと同じ毒でみっちゃんを苦しめるって、無意識はわかってやってるんだろうなぁ。矛先はみっちゃん。

    「あんたに裏切られてみっちゃんだけが希望の星」って母親(みっちゃんの祖母)が言ってたけど、娘が結婚して孫を連れて戻ってくるように仕向ける母親もいっぱいいます。

    母を選ぶか我が子を選ぶか試されます。

    その前に、母を選ぶか自分を選ぶかです。



    来週が楽しみです。(゚O゚)\(- -;おいおい







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    【2017/01/15 12:15】 | 未分類
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  怒り  
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    『他者に依存しないという自律した個人の幻想は放棄すべきであろう……個人が一人で存立できるというのは危険なフィクションである。個人の自己実現には、他の人びとの支えが必要なのだ。』 
    (フェビアンヌ・ブルジェール『ケアの倫理―-ネオリベラリズムへの反論』より)

    という一文を見かけて、ちょっと気になりました。
    とても当たり前のことが書いてあります。
    人は助け合って支え合って生きてゆきます。

    ただ、世の中には、このような自然体ではなく、強い依存と執着を手放せずに、自分自身を律することが出来ず、時にはストーカーまがいの迷惑行為や、自分の孤独を不安を埋めるために、人を道具にして生きる人があることも見逃せない事実です。





    他人の時間を奪い続けて、それでも愛が足りない、可哀想な私だと嘆き続ける人たちがいます。

    相手の気持ちを勘ぐって、決めつけて、勝手に怒ったり、一人大忙しをしている人たちがいます。

    過去に囚われて、過去の言葉に囚われて、ずっと変われない人たちがいます。

    人のせいにして怒りをぶつける人たちがいます。

    相手にぶつけられず、自分は悪くない風に巧妙に言い換えて陰口を言う人たちがいます。

    相手の非を攻撃し続けて、自分の非を認めようとしない人たちがいます。

    「ありがとう」が言えない

    「ごめんなさい」と謝れない

    「お願いします」が言えない

    「ごめんなさいね。」と断れないで無理をして引き受ける

    「無理をさせて許してね。」と言わずに「勝手に引き受けたあいつが悪い。」と責める

    相手次第であからさまに態度を変える

    条件を満たしていないと人を信頼出来ない

    条件付きじゃないと人を愛せないなら「愛しています」が継続しません。

    ホオポノポノの言葉からとおーーーーーいですね。。。





    この人々が『個人の自己実現には、他の人びとの支えが必要なのだ。』と言い出したらどうなっちゃうんだろう・・・と、空恐ろしく思ってしまいました。

    執着する生き癖のある人が、依存を正当化して人を道具にするのはもはや罪ですし、高じると犯罪に繋がります。





    なにかしらの執着が、人々を不自由にしています。

    過去に抑圧した感情が、身近な人を代理親にして、あたかも自分が正当であるかのように怒りをぶつけます。

    今もって、日々の暮らしで抑圧した感情が、執着を生み出してもいるでしょう。

    この負のサイクルは、幼い頃から続いていることではないでしょうか。

    幼い頃は、大好きな親の怖い顔は見たくないから、いつも笑顔が見たくて頑張ったでしょう。

    その報われない日々の積み重ねが、怒りのマグマになって、チャンスがあれば人に怒りをぶつけます。

    特に母親を庇い守ってきた人は奥底にマグマのように怒りをためこんでいます。

    無意識だからそれに気がつきません。

    「普通に言っているだけ。」という人の無表情で平坦な表現が、周囲の人を緊張させていることに本人は気がつきません。

    「穏やかな自分を怒らせた(傷つけた)相手が悪い」と言い募る人さえいます。

    どんな理由があっても今現在怒っている(怒りを抱えている)のは自分なのに不思議ですよね。

    「私怒った事がないんです。」とにこやかに言う人が、どれほどの我慢をして感情を抑え込んで来たことか

    どれほど良い人という嘘の仮面をかぶってきたことか

    「相手の怒りが理解出来ません」と言いながら、長々と自己正当化の理論武装を語ってくれます。






    いずれの人もそうせざるをえない環境で育ったことはとても哀しいことです。

    が、人や物や誰かの言葉や負の感情に取り巻かれて執着が起こっているのに『他者に依存しないという自律した個人の幻想は放棄すべき』とは思って欲しくありません。まず自律して、他者とWinWinで繋がれる関係を築けるようになって欲しいです。

    また、条件付きじゃないと安心しない人が完全に安全なのは一人の時だけです。人間はそもそも不完全ですのに、他人の不完全ぶりをチェックしていとも簡単に相手を責めます。そうして「誰も安心出来ない」ので『個人が一人で存立できる危険なフィクション』の世界で生きているかもしれません。




    これらの人々が、自分自身を律する(自律)ことが出来たら、お互い様の世界で支え合いながらラクに生きられるようになるだろうと思います。そういう世界が広がる事を願って止みません。





    怒りが沸いたら、一人で(安心出来る環境で)口に出して表現してあげてください。
    直接ぶつけられた相手は、傷ついて新しい怒りのマグマを育てます。
    陰口で憂さを晴らすのは、負のオーラを撒き散らしてるだけです。
    悪口陰口嫌がらせは陰湿そのものですから、陰陽のバランスを壊して負の世界に落とし込んでゆくんじゃないかと思います。
    一人で、気持ちと向き合って下さい。

    その先にこそ、「お互い様」の成熟した依存の世界があるのではないでしょうか。
    人を助けることは特別なことじゃなく、助けられた方は一期一会の感謝をして、ことさら大袈裟にすることもなく喜び、日日是好日の心境で生きれるのではないかと思います。





    にじいろーどんな風に聴こえるでしょうか





    PS:歌詞を書いたらいけない(凍結されちゃう)んですって。そんなわけで14/12/29のエントリーNO267の書き直しでーす。





    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    子育てが苦しい~(子どもはもっと苦しい)
    どっち見てますか
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    【2017/01/14 07:00】 | ハラスメント
    【タグ】 ハラッサー  ハラッシー  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  
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    日常的に怒りが強い人は、それが「当たり前」の世界(源家族)で育ったので、自分自身が相手に与える《圧》に気がつきません。

    ★かっと目を見開いたり眇(すが)めたり三白眼になったり、腕組みや語調で《圧》を与えているけど、本人は「普通に言ってる」と思っています。


    「怒ってる?」なんて尋ねようものなら
    怒ってないよ」と力強くかえってきます。

    「怒ってないのに怒ってるって言わないで!」と怒るなんてことはよくありますね。







    ★濁音(が、だ、で、etc)や促音便(小さい「つ」が入る)を強く発します。

    から怒ってないってっただろう(でしょう)!」

    「そうだっいったじゃないか(の)!」

    「ちう!ちがーう!」





    ★怒りを強調するために小さい「つ」が入ります。

    「うるさい!」

    ばっかじゃないか!」

    「ふっざけんな!」





    ★さらに相手を疑問系で追い詰めます。

    どう思ってるんの?

    何がしたいの?

    わかってんの?

    んっとうにわかったの?

    どこがわかったの?

    なんで謝ってんの?

    ほんとにわかって謝ってんの?



    ★相手を決めつけて話します。

    ★言葉の音程が上がったり下がったりと激しかったり、一本調子で冷たいです。








    おびやかされた相手は、“気持ち”が閉じて脚本が刺激されます。

    萎縮してしまう。

    固まったまま黙って相手の言うことを聞いてしまう。

    こんなに怒らせたのだから何か悪いことをしたのだろうととりあえず謝ってしまう。

    声の飛礫(つぶて)に嫌悪感を持つのに、逃げられずにそこに居続けてしまう。

    “怖い”を言わず(言えず)我慢して自分の中に無意識の「怒り」を溜め込む。







    怒りが強い人は自分で気がつかないまま、上のように相手の(受け皿になって我慢する)脚本を刺激して、同時に怒りの種まきをしているのです。

    相手の内側で怒りの種がほどよく育ち、いよいよ耐えきれなくなって悲鳴になって表出します(ハラッシーハラッサー)。

    すると

    怒ってるのはあなたじゃないの!

    強い語気で言い返されるなんてこともあるあるですね。





    ★自分の怒りに気づく

    自分ではなかなか気がつきませんが、口から出た言葉は耳から入ってきます。その言葉を手掛かりに、語気や濁音や発音が強くてきついなぁと思ったら、ちょっと深呼吸して穏やかに伝えてみるとその場のトラブルは避けられるかもしれません。

    とはいえしょせん小手先ですから、後から怒りが噴き出してきたり、相手をやり込めたくなるし、ムカムカしたりするかもですね。

    私は「怒り」を内包しているらしいぞ?と自分を疑ってみてください。

    疑ったら少し寝かせてみたり、間をおいて眺めます。

    じゃあなぜ怒りを内包してるのかというと、更に下に隠しているものがあります。

    慌てず急がずにじっくり向き合ってあげます。

    怒りが隠しているもの(=心に刻み込まれた傷)を無視しているいるから、自分の怒りに気がつかないのでしょう。

    その傷はお母さんの笑顔を見たくて見たくてずっと待っていたのにこっちを見てくれなかった哀しみ。

    待っても待っても私の番が来なくてずっとお兄ちゃんに夢中だったお母さんへの悔しさ。

    話しかける暇もないお父さんとお母さんへのがっかり。

    手伝いばかりさせたお母さんへの反発。

    100点とっても私には興味がないお母さんへの絶望。

    「優秀」が当たり前でそこから脱線できない悔しさ。

    かけっこが早くても褒めないお母さんへの絶望。

    お父さんも私に興味がなかったけど怒鳴った時は怖かった。

    お母さんは守ってくれなかった。

    向うの部屋で呆れたように見てる兄の顔が悲しい。

    「お前が悪い」と頭のなかで聞こえてくるお母さんの声。

    私を困らせるお前が悪い。

    悲しかったなぁ。

    怒ってるんじゃなくて、本当は壊れそうな心を守っていたんだ。

    傷つくのが怖かったんだ。

    弱い柔らかな場所で泣いている魂がいたんだ。



    こんなあんな自分に気がついてあげたいですね。


    ハラッサーとハラッシーハラッサーのいたちごっこから降りることもできるでしょう。


    ラスボスはお母さん。

    それ以外の人に怒りを持っているとしたら、その人をお母さんを守るために利用しているのです。

    別の人間を憎んでいたら、お母さんを守っていられるからね。

    お母さんを庇って守っている間は棚卸しは進まない。

    進んだふりをして自分を騙しても母親以外への怒りの表出ですぐにばれてしまう。

    自分にバレるより先に他人にわかってしまう。必ず自己矛盾が起こってしまうからね。

    一度は徹底してICの味方にならないと、思考でほころびを取り繕ってチグハグな辻褄合わせをしてしまいます。

    嘘の棚卸しになってしまうから、一度は母を棄てる覚悟で自分(IC)の味方になりましょう。

    ずっと先に「お母さん大好き!」がもう一度湧き上がってくるでしょう。

    犠牲的で我慢する愛情じゃなくて、自然体でただ愛するだけの「大好き!」が。

    お母さんがどうあろうと、自分の中にある愛情が可愛いし嬉しいし幸せでしょう。

    その時は嫌悪する人もなく、穏やかに自分の命を生きられるでしょう。







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    【2017/01/11 07:00】 | 育児(育自)
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ハラスメント  ハラッサー  ハラッシー  怒り  
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    チャイルドの喜ぶことをしよう♪


    自分のためにお金を使おう!

    自分のために時間を使おう!

    自分でチョイスして行動しよう!

    自由に行動しよう!









    生きにくい人は

    脳内親に邪魔されて、自分のために生きれない。

    自分のために生きれないから、自分のためのお金を得るエネルギーがわかない。

    自分のためにお金を得ることにエネルギーを使ってはいけない脚本を手放せない。

    他人のためならどんな労力を惜しまないのに、自分のことは頑張れない。

    親と向き合ってきたけれど、人生の分岐点で脳内親に従ってしまう。

    自分と向き合ってきたけれど、チャイルドを脚本が利用してしまう。





    勿体ない

    申し訳ない

    恥ずかしい

    難しい

    面倒くさい

    できない

    わからない

    怖い

    など理由をつけて、自分を不自由にしています。





    IP(べき、ねば)に言い訳(どうせ、でも、だって)して

    自由と責任を放棄しています。

    自律を放棄した世界は、共依存のハラスメント界。

    人に寄りかかり

    足りない足りないと人の精気を吸い尽くします。

    くれないくれないと周りの心を脅かします。

    周りに人がいなくなったらなったで、脳内親に苦しい姿を見せられます。

    まさに脚本絶好調!



    「お母さんとしか繋がらないよ」

    「お母さんは私が守るよ」

    「ずっとそばにいるよ」










    小さい頃は、親から自分を守るために感情を押し込めます。

    親を守ること=自分を守ることだから、せっせと親に捧げます。

    それでも出たがる感情は、親以外の人に負のエネルギーで発散します。

    人か自分を虐める

    意地悪するorされる仕掛けをする

    嫌がらせするorされる仕掛けをする

    無視するorされる仕掛けをする

    嘘を交えて伝え人と人の関係を壊す

    事実を歪曲して真実として演じる

    そうして無意識に虚構を生き続けます。

    その間、岩盤の下に押し込められたIC(小さいちゃん)は瀕死の状態です。

    大人になった今、瀕死のICを見放しているのは、親でも周りの人々でもなく自分自身です。








    苦しいですね。

    けど、これらを今だに選び続けているのは自分です。

    親を守って親を庇って選んできたのです。

    どんな状況におかれたとしても、その有り様は千差万別です。


    自分の痛みを人に訴え嘆き悲しむ人(脚本)

    自分の痛みを一人堪え嘆き悲しむ人(脚本)

    自分の痛みを受け入れ向き合い自分を生きる人(自律)








    「選び続けてきたのは自分」

    これを受け止めて、初めて人は変わります。










    だ・か・ら

    チャイルドが喜ぶことをしよう!

    体をのびのびさせよう!

    今すぐできることをしよう!

    腕を上げてうーんとのびをしよう!

    軽くジャンプしてみよう!

    ごろごろしてみよう!

    大きくあくびをしよう!

    わくわくしよう!

    わくわくすることをしよう!



    チャイルドにエンパワーして、自分で自分を迎える準備をしましょうか。










    どっち見てますか
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    【2016/08/28 08:22】 | チャイルド
    【タグ】 人生脚本  無意識  脳内親  ハラスメント  自律  自由  インナーチャイルド  
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