家族カウンセラーの想いつれづれ
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    中尾相談室のカウンセリングについて

    おかげさまで四十九日法要までを無事に済ませることができました。
    お待ちいただいた皆様には心から感謝申し上げます。

    再開に当たり、当相談室のカウンセリングについて改めて述べておきたいと思います。

    「カウンセリング申し込み要領」(中尾相談室)に則ってお申し込みをしていただき、カウンセリングに入られる方は最初に面談を行います。

    ご自身の生育歴だけではなく、親の生育歴や親自身の親兄弟との関係も含めて半生のお話を伺う中で、親及びご本人がどのような脚本を歩んでいるのかを把握していくわけですが、この面談という場ではどのようなことが起こっているでしょうか。

    1.事前の画策
    2.語られるのは脚本
    3.語る相手は「代理母」
    4.脚本との直面化
    5.IPによる妨害
    6.妨害をはねのけて出てくるIC
    7.「継続した時間」が必要な理由
    8.相談者の内部で起こっているバトル
    9.自分を知ることが「人間」を知ること
    10.「脱洗脳過程」の9年間
    11.人が変化のバロメーター
    12.背骨の形成=共感力、人間力の形成
    13.「自信」とは自分(小さいちゃん)が自分を信じること
    14.実行と実感が自分を変える
    15.「小さいちゃん」の救済と「脚本ちゃん」の苦労の理解
    16.最後のトライ
    17.「お母さんを諦めたくないチャイルド」を抱きしめる
    18.「淋しさ」を抱きしめる
    19.日常で出来ること



    1.事前の画策----------------------------------------------------

    ご本人(の表層意識)は「今日は全て話そう」と思っていたりしますが、無意識は次のようになっています。

    1.集中できない場所を選ぼうとします。
    2.場所を間違えて開始が手間取ったり、後に何らかの用事を入れていたり、意識をそらしたり時間を気にさせる無意識の工夫があります。
    3.服装、持ち物、アクセサリーに至るまで母親カラーをそろえ、脚本ちゃんバリバリで来られます(例外はありませんので、ご安心下さい ^^;)
    4.飲み物等でも「母親」を召喚し、「母親」に監視されながらの面談となります。

    このように、自分(小さいちゃん)に集中できない舞台(時間枠&場所)を設定し、さらに舞台の中も自分の体も、小さいちゃんを雁字搦めにして来られるわけですが、脚本人生を歩かれていますので、脚本全開で来られるのも当然と思って下さい。





    2.語られるのは脚本----------------------------------------------

    その上で半生を振り返り語られるわけですが、

    5.それは「脚本舞台上の事実」(脚本によって現実化された事実及び取捨選択され脚色された事実)であり、そこにおける感情も演出感情やダミー感情だったりします(舞台を下りるまではそうとはわかりません)。
    6.「脚本舞台上の事実」(虚構)を維持するために、本当の感情は口に出さない、もしくは過去の当時の時点で封じられています。
    7.話題を次々に替えたり、話が飛んだりもします。自分を気持ちの部分にまで深入りさせないためと、時間を潰すための無意識の画策です。

    人と接する時は、自分が脚本人生を歩いていることをアピールするチャンスですから、相手がカウンセラーであっても同じ事をします。目の前の相手が誰であれ、その相手に向かって話しているのではなく、常に「脳内母親」に向かって話しているからです。

    言い方を変えれば、全ての言動を「脳内母親」に見せながら日々を送っているわけで、その中に入り込んできた○○カウンセリングや○○セラピー等も、脚本の見せ場あるいは代償行為の場として無意識は利用します。





    3.語る相手は「代理母」----------------------------------------------

    カウンセリングなど相手と深く関わらなければならないときには、無意識はカウンセラーを「代理母」と見なしています。というのも、母親以外とは繋がってはいけない「母親一神教」で生きている人にとって、深く関わる相手は「代理母」でなければならないからです。

    このように本人の表層意識とは裏腹に、本人の無意識(脚本)はカウンセラーを代理母と見なし、脚本人生の物語を切々と語るわけです(たとえば「我慢と苦労を見せる脚本」であれば、そのエピソードを話されます)。

    そこを受け止めることからスタートするわけですが、もしカウンセラーがその物語に共感して終わるだけであれば、「脚本ちゃん」は大喜びしてカウンセラーを「代理母」と認定し、「小さいちゃん」はガッカリして出てこなくなってしまいます。





    4.脚本との直面化----------------------------------------------
    けれど、個別のエピソードを詳細に掘り下げて事実を拾っていくと、たとえば上記の脚本で言えば、自分がその我慢と苦労を導き入れていたことが浮かび上がってきたりします。自分が望んでいないから“我慢”になるわけで、実は自分が無意識に演出していたことがわかる衝撃は大きいでしょう。

    これが自分の脚本との“直面化”ですが、これも心の準備が出来ていないと厳しいので、お申し込みいただく段階で覚悟のほどを見ているわけです。
    とはいえ、最初から覚悟が定まるはずもなく、カウンセリングを通して色々な体験をする中で覚悟も定まっていくものですので、最初は保護者が必要なよちよち歩き―ただ、少なくとも自分の足で歩く意志があり、向かう方向性が同じでなければ支援は出来ません。

    なお、“自分が演出していた”ことがわかると、「我慢と苦労」をするもしないも自分次第とわかりますので、希望が見えてくるわけです。





    5.IPによる妨害------------------------------------------------

    さて、話したいことを全て話さなければ聴くことは出来ません(出て行くものが出て行かなければ、「心のコップ」に入る余地がありません)。
    また、自分が語った事実を再構成してフィードバックされることで、自分がどのように自分を罠にはめているのかという理解も深まります。

    カウンセラーという鏡(当相談室では「世代間連鎖を映す鏡」になります)に映った相談者の姿をフィードバックしていきますと、これまでその方が立っていた“その方の常識(脳内母親の世界)”という岩盤に亀裂が入ります。すると、次のようなことが起こります。

    8.脳が戸惑い始め、そのことは脳を直接表す器官である眼に現れます。瞼が高速で瞬きし始めたり、時々本人も知らぬ間に眼がでんぐり返って白目を見せたりすることもあります。

    こうして自分の歩んできた脚本ストーリーの世界がひっくり返り始めると、そうはさせじと脳が逆襲を仕掛けてきます。

    9.あらぬ事を考えたり、時間を気にしだしたり、急に物音が気になり出したり、疑心暗鬼的に解釈したりします。

    10.さらに母親の実体に近づくと、言葉の意味がわからなくなったり、聞こえなくなったり、思考停止したり、突然トイレ休憩に立って中断したり、という妨害が始まり、

    11.さらに核心に近づくと、急に頭痛がしたり、体が重くなったり、急速に睡魔が襲ってきたりというあからさまな妨害に移行しますが、これはIPがかなり追い詰められている証拠です。

    これらが普段出てこないのは、その人が脚本人生(虚構)を歩いているからですが、本人が本当のことに気づきそうになると、本人に気づかせたくないために上記のようなことが起こります。
    ここに来て自分の中の抵抗勢力の力が強いことを初めて実感されるでしょう。





    6.妨害をはねのけて出てくるIC-----------------------------------

    初回面談の中で、実に上記のようなドラマが本人の中で展開されており、「小さいちゃん」はその全てを見て、聴いています。

    カウンセラーが本人の言動に惑わされずに、語られる事実から脚本を洞察する力があるのか、ちゃんと“本人”に“真実”を見せてくれるのか―そういう目でカウンセラーを見て、聴いています。

    また、“本人”は自分(小さいちゃん)と向き合う覚悟があるのか=時間を気にすることなく腹をくくって自分と向き合おうとしているか、ということも見ています。というのも、時間制限があれば「思考(脳内母親)+脚本」の連合軍は、“本人”をコントロールすることができるからです。

    このような経過の中で、カウンセラーが自分(小さいちゃん)の味方であり、かつIPにも惑わされないことがわかり、“本人”も「脳内母親+脚本」と闘おうとしていることがわかったとき、不意に「小さいちゃん」が出てきます。

    自分一人の時は、無意識に脚本人生を歩いていますので、「小さいちゃん」が出るチャンスはありませんが、外から「小さいちゃん」の支援者が現れて初めて「小さいちゃん」も安心して出てこられるわけで、これがカウンセラーの存在意義です。





    7.「継続した時間」が必要な理由-----------------------------------

    これらの“転換”が起こるには「継続した時間」が必要です。
    上記の変化が起こり始めるまでに、体験的に言えば5時間ほどはかかりますが、その後真実が見えて虚構が崩壊しそうになっても、“本人”は次から次へと無意識に自動修復をしていきます。

    語られたことを聞き流していると、相談者の方の脳は「黙認」(黙っていること=承認)と見なして勝手に修復を完了させていくわけです(黙っていること=承認、というのはハラスメント界の流儀です)。

    このようにカウンセリングの場であってもリアルタイムで自己洗脳していきますので、聞き流さず注意深くフィードバックをする必要があります。

    結果的に、平均すれば初回面談は8時間ほどがあっという間に過ぎてしまうわけで、カラオケボックスを利用する際はフリータイムをお願いしています。





    8.相談者の内部で起こっているバトル-----------------------------------

    このように初回面談から、相談者の方の内部では「小さいちゃん VS 脳内母親+脚本連合」のバトルは始まりますが、連合側をもっと詳しく言えば、

    ・自分の生きる姿を見てくれないなんてイヤだと叫ぶ「私を見てちゃん」
    ・自分の気持ちを母親にわかって欲しい「わかってちゃん」
    ・だから、脳内母親を創った「母親を諦めたくないちゃん」
    ・その脳内母親の虚構を維持するために生きる「脚本ちゃん」
    ・解きたくない謎を解き続けようとするだけの「謎解きゲームちゃん」
    ・代理母親を見つけては代理感情をぶつける「代償行為ちゃん」
    ・それらのチャイルドにパワーを送る「お母さん大好きちゃん」
    ・そして、存在不安を見たくない“本人”
    等々…

    “本人”が現実を見たくないわけですから、圧倒的に連合側優位なため、無意識に脚本人生を歩いていたわけですね。(なお、存在不安を見たくないために行うことは上記他に多々あります)
    初回で自分の自己洗脳のすごさを思い知り、思い知ることが本当のスタートになります。





    9.自分を知ることが「人間」を知ること------------------------------------------

    さて、初回面談後が本当のスタートとなります。

    相談者の方が身を置いている環境は、家庭であれ職場であれ、脚本が現実化している世界ですから、日常に戻ることは「脚本連合にとってのホームグラウンド」「小さいちゃんにとってのアウェイ」に戻ることになります。

    日常の全てが脚本の舞台なわけですから、瞬く間に呑み込まれて行ってしまうでしょう。思考も感情も混乱します。判断基準を失ってなすすべないまま大海に放り出された気持ちにもなるでしょう。

    ゲームや代償行為や感情爆発や、何度も何度も繰り返します。脳に踊らされて何度も何度も悔しいも思いをします。その都度その都度徐々に学びが深まり、自分の行為に気づくようになっていきます。

    正しい歩き方がわかっても、気づいたら以前の歩き方で歩いているように、癖というものはそう簡単に治るものではありません。気づいた瞬間に正しい歩き方に変える―その繰り返しを地道にやっていくだけです。

    大変そうに見えますね。
    まぁ実際大変なのですが(^^;)、苦しみながらも楽しいのです。というのも、ああ来たと思ったらこう来たかとか、瞬時に邪魔をしたり自動修復する仕方とか、気持ちを封じたり意識をそらしたりする仕方とか、自分が自分をどう罠にはめ、その自分がどう周りを巻き込み、自分を脚本に落とし込んでいくのか―その観察する目が育ってくるからです。

    そして、自分を深く知れば知るほど、自分は凄い、人間は凄い、と思えるようになってきます。「人間」を知る一番の近道は、実は自分を知ることなのです。





    10.「脱洗脳過程」の9年間------------------------------------------

    とはいえ、相手は言わば「洗脳されている脳」であり、しかも日々の言動で自己洗脳を強化しているわけですから、並大抵ではありません。口癖、思考の癖、表情、仕草、選んでいる衣食住の全てで自己洗脳を続けています。

    脚本書き換えのカウンセリングとは、家庭というサティアンでなされた洗脳の「脱洗脳過程」でもあり、カウンセリングによって「洗脳を解くには洗脳されたのと同じ期間かかる」ところを短縮しているとお考えください。それでも7~9年はかかるでしょう。

    7~9年というのは、私も実感している一つのスパンです。例えば何かに依存した場合も3年間深みに入っていき、底をついて1年どっぷりと苦しみ、そこから3年かけて這い上がり・・・依存症脱出に約7年はかかるようです。【ご参考:「7年転機」+「9年周期」で人生の転機を乗り切ろう


    それに、深海から急浮上しようとすると潜水病になるだけ。少し浮上して体を慣らし、また何かのきっかけで次の浮上へと向かう。
    当面の問題を乗り越えて、しばらくそこに止まろうとすることもあるでしょう。あるいは、もう随分見通しがきくようになったから自律できたと勘違いすることもあるでしょう。海上にぽっかりと顔を出して、抜けたと思ってそこに止まる人も居るでしょう。(まぁ、いずれも罠なんですが)

    それがいい悪いではなく、自律へ向かう旅は終わりなき旅ですから、どこで止まろうとも、また歩き出すかしないかも全てはその人の選択なのです。





    11.人が変化のバロメーター------------------------------------------

    それから、ただ苦しむだけの9年間ではありませんし、9年後にいきなり人生が変わるわけでもありません。その間にもどんどん人生は変化していきます。最もわかりやすいバロメーターは、人です。

    たとえば、母親が変われば、子どもは打てば響くように変化を始めます(子は自分の鏡ですから、自分は動かずに子(鏡に映っている自分)を動かそうと思っても無理なことがわかるでしょう)。

    また、去る人と出逢う人があります。脚本同士がかみ合って利用し合う人は去り、気持ちが通じ合う人が登場するでしょう。あるいは、これまでとても親しかった人がイヤになり、敬遠していた人とひょんなきっかけから近しくなったりします。

    脚本同士の役割分担で生きているハラスメント界では、その人に利用価値があると思っている間は追っ手を差し向けて妨害しようとしますが(これも自分が招いているわけですが)、その人が「気持ちと共にある人間」になってしまうと、「もうこっちへ来るな」と手のひら返しで拒絶します。

    というのも、感情こそが光ですから、闇に棲むハラスメント界の住人にとっては、蝋燭1本の光であってももはや闇ではなくなるので、そこに居られては迷惑なのです。それでも、自分の未練でハラスメント界にちょっかいだそうとすると、手痛いしっぺ返しを受けます。それが、自分はもはやそこに居るべき人間ではないことを悟るサインです。

    住む世界が変わっていくわけですから、人生が変わっていくのは自然な流れです。





    12.背骨の形成=共感力、人間力の形成-------------------------------------

    この9年間で起こることは次のようなことです。

    これまでのストーリー(常識)がひっくり返ることで過去の光景を虚飾なしの視点から見ることが出来、その視点を持つことで封じられていた感情が蘇り、それを声に出して実感する(=その感情を自分が受け止める)ことで、その感情は自分に同化して自分の背骨になります。

    リアルな感触や感情が蘇って衝撃を受けることもありますが、なぜリアルかというと、当時はその事実を理解したくなくて(親への絶望に繋がるため)、その出来事に伴う感情が瞬間冷凍されているからです。辛いけれどその感情を声に出して受け止める(=感情を“認知”してあげる)ことで、自分自身から疎外されていたその感情は自分の血肉となっていきます。

    自分が無意識にその感情を疎外している間は、その感情を呼び起こしそうな人や状況を避けようとしたり、そういう相手や状況に出逢うとパニックになったりしますが、その感情が自分のものとなれば、もはや避けるべき人や状況はなくなり、怖れが無くなるわけです。

    また、その出来事は“生もの”から“思い出”に変わって自分を形成する一部となり、感情を受け入れた分、人への共感能力が高まります。
    こうして背骨が出来た分、その背骨で受け止められる感情が蘇り、その感情を受け止めることでさらに背骨が形成され、豊かな人間性(人間力)が形成されていくことになります。





    13.「自信」とは自分(小さいちゃん)が自分を信じること----------

    また、「実感」することで、IPによる「ダミー感情」や、脚本舞台上の「ニセモノ感情」を見破ることが出来るようになります。これが舞台を下りられる条件で(というか舞台の上で演技しているのが馬鹿馬鹿しくなり)、背骨が出来れば「操り人形」から「人間」になり、自分の気持ちでどこへでも歩いて行けるようになるわけです。

    このように背骨が出来ると自分の気持ち主体に歩いて行くことが出来るようになるので、そうはさせじと脳が邪魔します。それは、気持ちを言葉に出させないこと。

    気持ちを声に出すと、それを「小さいちゃん」も聴くことが出来て、「そうだよ!」と“実感”が湧いてきます。声に出すと言うことは、“本人”が「小さいちゃん」(感情)に出てきていいよ、受け止めるよ、という合図なのです。なので、声に出すことで“実感”が出てくるわけですね。

    「無駄」「無意味」「恥ずかしい」「面倒くさい」「難しい」「無理」と言う脳(思考)の妨害にめげずに、気持ちを言ったり、気持ちで行動することが、自分と小さいちゃんの信頼を形成していきます。この積み重ねで、自分(小さいちゃん)が自分を信じるようになることを「自信」と言うわけです。





    14.実行と実感が自分を変える-------------------------------------

    黙読よりも音読の方が理解が深くなるのは、脳だけの理解ではなく体で理解するからでしょう。IP(に支配された脳)による理解ではなく、「小さいちゃん」も聴いて実感と共に理解するので、しっかりした理解になるのでしょう。

    日本の鉄道の優秀さは世界に知られていますが、運行の正確さや無事故を支えているのは「指差呼称」でしょう。目で見るだけではなく、声を出し指差して体で確認することで、確認が形骸化したものではなく実を伴ったものになります。

    脳だけではなく、声と体(=五感=小さいちゃん)を使うことが、虚を実にすることなのです。

    カウンセリングなどで自分を変えていく場合でも同じ。いくら本を読んでも変わらないのは、気持ちを声に出したり、気持ちのままに行動したりという“実行”がないからです。

    “実行”することで「小さいちゃん」と自分が一体化していきますので、逆にそうはさせじと、IP(脳)は本人に「わかったつもり」にさせて実行させようとしません。そして、実を伴わぬ虚のままに(虚構の中に)本人を留め置こうとします。

    頭で理解しても変わることは出来ません。気持ちを声に出そうとするとピタッと止まる人、エンプティチェアに踏み込めない人などいらっしゃいます。それが出来るようになるまで、ゆっくりと背骨を育てていくことになりますが、“実行”することで変化は訪れます。

    これまで、カウンセリング内容を詳細にフィードバックしたこともありますが、大切なのは、面談や電話カウンセリングなど現場での“体験”です。フィードバックも、現場でのフィードバックで十分と感じています。





    15.「小さいちゃん」の救済と「脚本ちゃん」の苦労の理解---------
    自律とは、「母親のための脚本」から「自分のための脚本」に変わることを言いますが、「脚本ちゃん」から脚本を引き継ぐには次の2つの条件が必要です。
    1.背骨を作ること
    2.「脚本ちゃん」の苦労を知ること。

    1―脚本ちゃんも、もう疲れたよと思っていることもありますが、背骨が出来ていない本人にバトンタッチは出来ません。

    2-自分の脚本を知らないのは自分自身です。それがどんな役であろうとも精一杯演じてきたわけです。やはり舞台を下りるときは「よくやった」とスタンディングオベーションで終えたいもの。だから、脚本がわかったからもう次へ行きたいと思ってもそうは問屋が卸しません。それに、引き継ぎとは、すべからく前任者の苦労を知ってこそ引き継ぎ完了となります。

    これらが次のように進みます。
    既出の通り、背骨が成長すれば、その背骨に耐えられる次の感情が出てきたり、思いも寄らなかった記憶が蘇ってきたりして、タマネギの皮をむくように一皮むけば次の埋もれていた感情が出てくるわけですが、それを実感することが「小さいちゃん」の救済になるわけです。

    そして、その感情を実感することで、こういう感情まで封じて頑張っていたのかと「脚本ちゃん」の苦労を深く理解することになるのです。つまり、この9年間のプロセスは、「小さいちゃん」の救済と「脚本ちゃん」の苦労の理解が同時並行で進む期間なのです。

    一方、その間も「脳内母親」は自動実行で自分を落とし込み続けてきますし、脚本も人を巻き込んで演出を続けるでしょう。けれど、それに気づける目を持っていますから、その自分を観察することも出来る―前述のようにこの9年間は自分を深く知る期間であり、人を巻き込む自分のすごさを知る期間でもあるのです。自分を深く知り、自分のすごさを知ることが人間を深く知ることになります。

    この9年間が、自分を通して「人間」を学ぶ機会だと捉えると楽しくないですか?





    16.最後のトライ-------------------------------------

    さて、自分の変化を実感すると、人は変わることが出来るとわかります。ここで、もしかすると親も変われるかも…と思うのです。さらに、ここまで変わった自分であれば、もしかすると親を救えるかもしれないと、再び親に立ち向かいに行きます。

    (変えようと思っている時点でハラスメント界どっぷりになっているわけですが…ほんと、とことん諦めない「諦めないチャイルド」の気が済まなければ次に行けません)

    相手は実の親であることもあれば、他人(代理親)であることもあります(相手が男性であれ、「代理母」と見なしています)。この時は、どっぷりとハラスメント界に逆戻りしますので、本人も「なぜここまできたのに・・・」と思ったりするわけですが、これも「気が済まないと次にいけない」ので必要なプロセスなのです。

    カウンセリングがプッツリ切れるときは、こういう時期だったりします。そして、1年くらい経ってカウンセリングに戻ってきたときはズタボロ状態。本人はもう少しで浮上と言うときに、日も射さぬディープな深海(ハラスメント界)に舞い戻ったのでボロボロになっていますが、それが後退ではなく誰もが通る道であり成長していることがわかると元気復活。

    まぁ、やるだけやらなければ気が済まず、次に行けませんから、こちらは気が済んだらまた始めましょうというつもりで居ます。





    17.「お母さんを諦めたくないチャイルド」を抱きしめる----------------------

    そして、本当に変わりようがないことをボロボロになって思い知るか、あるいはこれ以上追い詰めたら相手が壊れてしまうか―というところまでさせてしまうのが、「お母さんを諦めたくないチャイルド」です。

    そう、ラスボスは、実は「脳内母親」ではなく「お母さんを諦めたくないチャイルド」であり、あなた自身です。

    こんなにも諦めたくなかったんだね、とその子の存在を認め、その子を本当に実感して自分が抱きしめたときに大泣きし、母子分離がなされ、ハラスメント界から自律界への旅立ちがなされます。

    が、もう一つ関門があります。





    18.「淋しさ」を抱きしめる----------------------

    <14.実行と実感が自分を変える>で 『IP(脳)は本人に「わかったつもり」にさせて実行させようとしません』と書きましたが、実行部隊は脳であっても、その脳に指令を出していたのは、実は「お母さんを諦めたくないチャイルド」です。

    なぜ、「お母さんを諦めたくないチャイルド」が気持ちを声に出させず“実感”させようとしないのか。その究極は、「淋しい」という気持ちを認めたくないからです。淋しさを感じると、赤ちゃんの時に感じた淋しさに辿り着いてしまいます。

    その「淋しい気持ち」は、親に人間らしい反応を感じなかった違和感や嫌悪感、親が自分を見ていない空しさや見捨てられ感、この世界に血の通った人が居ないという茫漠たる孤独感や絶望感、自分の存在が誰にも支えられていないという存在不安―それらが全て含まれたものであり、それを実感するということは、「母親は自分と繋がれない存在だ」ということを認めてしまうこと。

    認めてしまった時点でいわば「母なき子」になってしまい、それこそ絶望ですので、諦めるわけにはいかなかったわけです。

    だから、「繋がれない存在」であるよりは、鬼でも悪魔でも幽霊でも冷酷でもわがままでも天然でも、関われる要素を持つ「脳内母親」を創ってしまうわけです。たとえば、憎み合っても嫌悪し合っても厄介に思っても、そこには、たとえば「憎しみ」という“関係性”が出来るわけですから、「無関係」よりはよほどいい。

    そして、一方で存在不安をちらつかせて、存在不安を見ないように追い立てるわけですが、その目的はゆったりと自分と向き合わせないため。その究極の目的は、赤ちゃんの頃に感じた「淋しさ」を感じさせないためです。

    「お母さんを諦めたくないチャイルド」を抱きしめた後は、「淋しさ」を感じてよい許可が下りますので、淋しさが襲ってくるでしょう。
    淋しさを抱えたチャイルド(淋しいちゃん)を無視していたのは、他ならぬ自分自身。だから、淋しかったのです。

    抱きしめてあげて下さい。




    -------------------------------------------------------------------
    さらっと書きましたが、いかがでしょうか。半端な9年間ではありませんが、素晴らしい9年間です。本当のカウンセリングは、この9年間のプロセスを言い、初回面談はそのカウンセリングプロセスのスタートラインに立つために必要なものなのです。

    そして、これらの自分との格闘のプロセスを経て、「自分(小さいちゃん)が自分(本人)を信じる」こと―それこそが「自信」であり、その時には何事にも動ぜず、思いのままに生きられる自分がそこにいるでしょう。





    19.日常で出来ること---------------------------------------------

    以上が、ごく大雑把ですが当相談室のカウンセリングの流れです。

    カウンセリングをすれば楽になるのではなく、「自分との闘い」が始まるわけです。そして、「自分との闘い」が最も難儀なので、普通は自分と闘おうとはせず、親も含めて人と闘っているわけです。

    自分と闘うとはどういうことか、ちなみに次のことを実行してみてください。

    ・たとえば、ふと青空を見て「外に出たいなー」と思ったら外に出る。当てがなくていい散歩をして、五感で感じる。
    ・まず、外に出て感じたことを声に出してつぶやいてみる。「あー、気持ちいい」「晴れててスカッとする」「暖かいなー(冷たいなー)」・・・五感でキャッチしたことを感じたままに言葉にしてみて下さい。
    ・その後も、歩きながら五感に触れた感覚と、そこから湧いてくる感情に意識を向けてみて下さい。声に出したくなったら、言葉にして言ってみて下さい。その時出せない状況でも、後で一人になって思い返して声に出すことで実感してみて下さい。
    ・悲しさや寂しさ、空しさなどが出てくるかもしれません。悔しかったことや恥ずかしかったことなど思い出すかもしれません。それも普通に声に出してください―「悲しいなぁ」とか。その気持ちがある間、繰り返しつぶやいているうちに軽くなっていくと思います。

    ・脳はあれこれ言って妨害してくるでしょう。
    「そんなことして何になる」
    「やるだけ無駄」
    「意味がない」
    「馬鹿馬鹿しい」
    「宗教か」
    「今そんなことしてる場合か」
    「他にやることあるだろう」
    「片付けしたのか」
    等々、思考がわんさか出てくると思います。

    ・グルグル思考が出てくれば来るほど「脳内母親」による妨害が強いと言うことで、その目的はただ一つ、本人を気持ちのままに動かさないことですから、思考グルグルになったときは逆に「GO!(やる)」ということです。

    ・また、「面倒くさい」というダミー感情や、「頭が痛い」「体が重い」といったダミー感覚で攻撃してくると思います。不意に睡魔が襲ってくることもあります。そのときも、「痛い痛い」「だるいなぁ」「眠いなぁ」と声に出しつつ、まずは一歩外に出てみてください。歩いているうちに痛みや重さ、眠気が取れてきたりします。

    ・これらの思考やダミー感覚・感情に負けて行動できなければ、脳内母親の支配が強まり、行動できればあなたと「小さいちゃん」の信頼が強まっていきます。

    ・それができるようになったら、カラオケボックスで自分の気持ちに合うような歌を思いっきり一人で歌ってみたり、小さい頃にほしくって買ってもらえなかったもの(かわいい筆箱など、些細なものでかまいません)などを恥ずかしがらずに(小さいちゃんのために)買ってあげるのもいいでしょう。

    ・そして、それらのすべての過程で自分自身を観察し、思い立ったときどのような思考が割り込んできたか、行動しようとしてどのような感覚や感情が出てきたか、実際歩いている最中や歩いた後はどうだったか、記録してみてください。

    何でもないことのように思えますが、このことに挑戦する中で、いろいろな気づきが得られると思います。また、自分がいかに脳(内母親)に支配されているかもわかるでしょう。


    こういう体験を積むことで、自分がいかに脳に支配されていたかわかって自分と向き合う覚悟が出来ていきます。体験することで手応えを感じ、実感して初めて危機感が深まり、それらが覚悟を定めていくわけです。

    一方で、先を焦ることは脳内母親の罠に落ちることになります。焦ったところで変われるものではないことは、9年間のプロセスを見ればわかると思います。

    私どもはここにおりますし、いつでも承ることが出来ます。

    まずは経験し、自分を観察してみて下さい。




    尚、「芳節」の記事の冒頭にあるとおり、英司の方はまだまだやることがあり新規の方は当面控えさせていただきますので、眞智子専用フォーム(女性のみ)からお申込みください。



    大丈夫。 一歩一歩、歩いていれば行きたい所に行けます。
    急がず焦らずていねいに参りましょう。


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    【2018/04/11 09:30】 | 相談依頼(女性のみ)
    【タグ】 カウンセリング  人生脚本  自律  インナーチャイルド  脚本チャイルド  代理親  存在不安  執着  ダミー感情  
    トラックバック(0) |
    ゆっくり書く時間がないのですが、無料配信が終わってしまうので〜

    きょうだいに嫉妬したり、それが邪魔をして結果的に脳内母を守ったり、なかなか進めずに苦しい人にヒントになればと思って、セリフのみ拾ってみました。


    ◯本庄和彦(次男)

    僕の死んだ兄貴、家庭内暴力が酷かったんだ。

    五つ上で親に期待されてた。

    将来は医者になれって言われて。

    でも、中学の頃から暮れ始めたんだ。

    些細なことで怒りを爆発させるようになって、僕も両親もことあるごとに容赦なく殴られた。

    でも両親は、あんな奴でも愛していた。

    あんな目にあわされて、毎日のように顔や体に痣を作って、それでも兄貴のことを愛してたんだ。

    あいつが事故で死んだ時、正直胸がスーッとした。これで家族が平和になった。

    やっと親も僕を見てくれるって。

    でも・・・僕には何も求めてくれなかったよ。

    医学部の受験に失敗した時も、「気にしないで好きに生きればいい」って、「兄貴の時みたいにプレッシャーを与えたくない」って。

    僕は、認めて欲しかった。

    両親のことを尊敬してるから。

    悪いのは兄貴なんだ。

    だから、僕には日向の言葉が受け入れられなかった。

    兄貴も両親のことを罵っていたから、日向がお母さんの悪口を言うたびに、イライラして、このままじゃいけないって。

    でも、まさか自分があんなこと(豹変)するなんて。






    ◯藍沢日向(母子家庭、一人っ子、スクールカウンセラー)

    あの人(母)が怒ったのは、私が自分のものだと思っているからだ。

    かず(本庄和彦)との結婚がなくなるかもしれない。

    その理由が出来たことに、ほんの少しだけほっとしている自分がいる。

    多分、私にはまだ母親になる覚悟がない。

    あの人と同じ立場になること、もしかしたらあの人のようになってしまうことが怖いから。





    ◯吉岡英美里(自殺した兄の妹)

    私のことを見て、声を聞いて欲しかったから。

    許せないでしょ、私のこと。

    もっと怒れば?なにされたって構わないから。


    私、この家を出てく。

    もう児童相談所にもメールした。

    母親はネグレクト、父親は愛人作って別居状態、こんな家じゃまともに生きていけませんって。


    結局、私のことは見てくれなかったし、声も聞いてくれなかった。

    でも、間違ってたよ。

    お母さんは、お兄ちゃんの声も聞いてなかったんだね。

    お母さんが聞いてたのは、お兄ちゃんに話しかけてる自分の声だけだよ。

    うちの水槽から魚が一匹減っているのも私だけが気づいてた。

    きっとお兄ちゃんが死ぬ前にやったんだって。

    ウサギと同じように殺したんだって。

    自由になるには、死ぬしかなかったから。









    場面は違ったりしますので、お時間ある方は見逃し配信でお楽しみください。


    カンテレ動画ー8話のみ無料見逃し配信


    全話有料ーFOD


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    【2017/12/06 10:51】 | 人生脚本
    【タグ】 人生脚本  脳内親  存在不安  境界線  家族間連鎖  ダミー感情  代償行為  
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    一人暮らしで隣同士のAさんとBさんー年齢も近く、会うと“ハーブ栽培”の話で盛り上がります。

    ある週明けに、Bさんが「来週末はホームセンターに(愛車で)行こうと思うの。」と言いました。Aさんもプランターに使う土が欲しいし他に色々とも見たいなぁと思い、自分は車がないのでAさんに連れて行ってもらうことにしました。


    Aさんの仕事が立て込んできて、1日は休日出勤をしないと間に合わなくなりました。「土曜日の午前中だけ開いているお洒落なカフェでコーヒーを飲んでから出勤しよう!」と決めた金曜日の夜にBさんから電話がありました。



    B「ホームセンター明日の午前中に行こうかと思って。」
    A「え?(忘れてた!)」
    B「Aちゃんカフェに行くかもって思ったけど、早々に行ってしまいたくて。」
    A「うん、実はカフェに行こうと思ってたんだよね。でも、ホームセンターに行こうかな。」
    B「うん!楽しい方がいいよ。」
    A「(イラっと来て)カフェも楽しいよ?」

    なにげない会話ですが、Aさんはずっともやもやして落ち着きません。

    その日は悶々として眠れず、ホームセンターを選ばされたような不快感が強まりBさんが憎たらしくなり「一緒に行きたくない!」と思わず声に出ました。「よし!明日断る!」と決めてやっと眠りに落ちました。

    翌朝、Bさんに土を買ってくれるようお願いして、Bさんも快諾してくれてスッキリしました。が、Bさんにコントロールされた感が抜けないので有給をとって電話カウンセリングを受けました。




    BさんはAさんをコントロールしたのでしょうか。

    Bさんは生真面目で責任感が強く、何かやると決まったらすぐにやってしまわないと気が済まないところがあり、それらのストレスから休職に追い込まれたこともありました。そんなBさんにとって、仕事よりもホームセンターの方が楽しいし、早く買い物を済ませて土をいじりたいのです。また、普段からAさんが職場に行く前にカフェに寄ることを知っているので、カフェ=仕事と据えて会話をしています。

    つまりBさんはBさんの主観で話しているだけなのです。


    約束をすっかり忘れていたAさんはBさんの申し出に内心慌てました。欲しい土は車(=Bさん)じゃないと買えないし、仕事に行く前のカフェも捨てがたいしと慌てながらも、気が付いたらホームセンターに行くと返事をしていました。

    Aさんが自らコントロールされていることがわかります。

    カフェに行きたいAちゃんと、ホームセンターに行きたいAちゃんと、真逆のチャイルドに翻弄され、約束を忘れていた《罪悪感=IP》からBさん(=代理親)を選んだのでした。





    職場に行く前のカフェVS趣味のためのホームセンターとどっちが脚本でICでしょう。

    約束を忘れさせたのが脚本ということはよくありますし、仕事と趣味だと仕事の方が脚本と思うかもしれません。ですが、Aさんにとって仕事は生活の基盤であり自ら飛び込んだ世界でした。休日出勤が嫌なわけでもなく、職場の道のりにあるカフェはむしろ楽しみでさえあるーこちらがICです。
    ICを無視してしまったので、代理親Bさんの「楽しい方がいいよ。」に対してイラっとなったのです。

    ICを無視した自分自身に対する怒りですが、それを自覚するまでは代理親に怒りの矛先が向いてしまいます。


    自分のICを無視するーその時に関わった人を代理親にするーICを無視する自分自身への怒りを代理親に向ける(=脳内親を庇う)or代理親を怖がる(=脳内親を庇う)ー脚本を維持するー自分のICを無視するー無限ループです。




    Aさんは、Bさんに幼い頃からコントロールしてきた母親を重ねていたと気がついて、思い出せなかった小さい頃の記憶をいくつか思い出し、謎を謎のまま隠し持っていたことや、お母さんの《般若の能面》のような怖い顔を思い出し、エンプティチェアで更に棚卸しが進みました。

    以前はエンプティチェアに対する抵抗が強かったAさんですが、最近では「恥ずかしい」という思いが湧きながらも挑戦するようになり、自分の思い癖や脚本の自動実行に気がついたり、ついにはICを抱きしめる場面も増えてきました。


    ロールプレイ(特にエンプティチェア)に逃げ腰な方は多いですが、ICは表現されたがっていますから、ダミー感情に負けずにまずはチャレンジしてみてくださいね。



    ダミー感情記事より
    ●IPが用いるダミー感情(いずれもその行動をさせなくする)
    ・面倒くさい
    ・怖い
    ・恥ずかしい
    ・難しい(←以下は判断ですが、入れておきます)
    ・無理
    ・無駄



    ※ご本人の了解を頂いて設定や内容を変えています。



    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2016/11/26 07:52】 | 未分類
    【タグ】 インナーチャイルド  インナーペアレンツ  人生脚本    ダミー感情  無限ループ  エンプティチェア  ロールプレイ  
    トラックバック(0) |
    かわいそうだった私をやめたい。

    母にどうしても言いたい気持ちが募って、会いに行きました。

    自分が住んでいた街、住んでいた家なのに、緊張で胸が苦しくてたまりません。

    ドアフォンを押す前に、何度もためらいました。


    このまま帰ってしまおうか・・・




    なんのために、ここまで来たの!?

    という気持ちに押されて、ドアフォンを押しました。



    きっと会話にならないと思ったので、手紙を読んでもらいました。




    「あなたがそんな思いをしてたなんて、知らなかった。可哀想なことをしたね。仕事もしていたから、足りないことはあったと思うけど、ごめんね。」


    ああ、まともなことを言うんだ。

    ほっとしたのもつかのまでした。

    「お父さんもだけど、実家が遠くて誰も頼れなかったしね。」

    出た、子どもの頃から聞いてきた言い訳。実家が遠いことと、私を道具にしたことは別です。

    「でも、あなたがこんなことを言ってくるなんてね。あんなに仲良くやってきたのに、そう思っていたのはお母さんだけだったのね。自慢の娘だったのに。とっても悲しい。一生懸命やってこんなことを言われるなんて。」

    ・・・・・・

    こんなことを聞きたかったんじゃない!

    苦しい、もう止めて!



    「じゃあ、産まなければ良かったのかしら。」

    ぼそっとつぶやく悪意に力を失い、心底打ちのめされて帰りました。


    凄まじい罪悪感に襲われ、同時に恐怖感が湧いてきます。

    自分の存在がちっぽけで意味のないものに思えてきます。


    “母の洗脳”の段階を経て“ダミー感情で自分自身を洗脳していた”と進んできたものの、怖くて怖くて仕方がありません。

    「これはダミー感情!」と自分に言い聞かせました。








    【声に出す】

    怖いもダミー感情、声に出してみて(もう一人の自分で声かけします。)

    怖い怖い怖い、めちゃ怖い

    怖くても大丈夫、続けて(もう一人の自分)


    怖い怖い怖い!

    嫌だ嫌だ嫌だ

    怖い目で見ないで!

    脅さないで!

    私を悲しそうに見ないで!

    私にがっかりしないで!

    こっちががっかりだよ!

    お母さんにがっかりだよ!

    お母さんなんか大っ嫌いだ!



    そうだ!
    私ががっかりだよ、お母さん。

    言い逃ればかりして、お父さんのせいにして、弟のせいにして、実家のせいにして、最後はわたしのせいにするんだね。

    お母さんが自分を大事にしなかったからでしょう?
    お母さんが、自分の親に、自分を大事にすることを教わらなかったからでしょう?
    世間体を気にするおじいちゃんと、馬車馬みたいに働いていたおばあちゃんだもんね。彼らに「子どもの頃のお母さんにそっくりだ」ってにこにこ言われて嬉しかったけど、今はそれも哀しいよ。


    お母さんなんか大っ嫌いだ!

    弟が「お母さんのばか!大っ嫌い!」って泣いてたなぁ。「なんて子だろう!?」って憎たらしくて腹が立ったけど、本当は羨ましかったんだなぁ。


    お母さんなんか大っ嫌いだ!

    面と向かって言える気がしない。傷つきすぎるお母さんの顔が浮かんでかわいそうになっちゃう。私も同じような傷つきやすさを抱えているからこんなに息苦しいのかなぁ。

    ん?

    傷つきすぎるお母さん?
    だから言えない?

    あれだけの愚痴を言い放題のお母さんのどこが傷つきやすいの?
    わたしは誰にも愚痴れないよ?
    お母さんは、傷つきやすさをアピールして私に何も言わせなかったんだよね。
    お母さんが傷つき過ぎるなんて言ってる時点でお母さんを庇ってるんだ!
    お母さんに傷つけられた我慢の脚本を維持することになるんだ!
    かわいそうな私を維持するんだ。

    ああ!
    もう嫌だ!

    私は変わりたい。
    傷つく姿を見せて、相手に我慢を強いるお母さんはいらない。


    もうそんなお母さんは要りません。

    お母さんは要りません。

    ふぅ〜怖い・・・もっと言ってみよう。


    お母さんは要りません。

    ・・・涙が止まらない。

    かなしい
    かなしい


    ああ、物凄い不安になっちゃう。

    不安だよぉ
    こわいよぉ
    こわい
    こわい

    こわくてもいい
    不安でもいい
    だいじょうぶ

    さみしい
    さみしい
    さみしい

    かなしい
    かなしい
    かなしい



    お母さんが怖い
    お母さんに見捨てられるのが哀しい
    お母さんに見捨てられたと思うだけで宇宙の果てに放り出された気持ちになる
    絶望的だ
    もう何もかもいらない
    ぶち壊してしまえ!

    世界が終わる勢いで自分を終わらせたくなってく。







    【自分で選んできた】

    破壊衝動もダミー感情だよ
    私をお母さんに繋ぐための脚本のあがきだよ
    寂しくていいんだよ
    寂しいを味わっていいんだよ
    不安でもいいんだよ
    不安から逃げなくていいんだよ
    不安は私を脅かさない
    私が勝手に脅かされているだけ
    不安はそのまま感じたらいい


    声かけすると“かなしい”“寂しい”に戻ります。チャイルドはシンプルなんだなぁと実感します。


    こんな深いふかい“気持ち”を感じないように封じ込めていたから、周りの人を代理親にしてしまったのだなぁ。
    不安が湧くと、いてもたってもいられずに誰かに一緒にいて欲しかった。

    勝手に私の宇宙(代理親)にして甘え(依存し)て、期待はずれの対応にがっかりしては怖がって絶望しての繰り返しをしていました。夫はその最たるものです。


    “怖い”という幼い頃の感情にずっとしがみついていたのは私だったのです。

    “お母さん”を“怖い”存在にしておけば、ずっと“お母さんの私”でいられるんだもの。そうまでして、私は“お母さんの良い子”でいたかったんです。哀れです。

    父とも弟とも親戚とも夫とさえ心から繋がることなく、“お母さんの私”であろうとしていたのです。

    嫁いだ後も、母が困っていたら力で知恵で助けてきました。寂しいといえば会いに行き、どうでもいい愚痴や自慢話を日がな一日聞きました。

    私の愚痴を言う暇もないほど、母の話はとめどないのでした。いいえ、私は自分が傷つきたくないから言わなかったのです。私の中の“(きっとほんとうはやさしいあったかい愛情深い)お母さん”という幻想を壊したくなかったから。


    はたから見たら、仲良しの母娘でした。そう見られることが自慢でしたし、これまで本気で熱演してきました。
    お母さんのための脚本劇場を・・・。
    お母さんのために・・・。

    私が“お母さん”を選んできたのだなぁ。

    哀れだなぁ。
    力が抜けていく。

    お母さん
    お母さん
    それでも浮かぶお母さん

    お母さんも哀れだ
    お母さんは哀れだなんて思わないだろうなぁ
    脚本人生まっしぐらだもんなぁ

    哀れだなんて言われた途端にぶちぎれる母が浮かぶ
    ぶちギレる姿が教えてくれてる
    今ならわかる
    怒りの奥のチャイルドを無視していること
    怒りをぶつけて相手を脅かして自分の脚本を守っていること
    そうしかいられないこと
    道が別れたこと

    そう、道が別れたのだ。

    これからは、私と私の家族を大事にしたい。
    頭の中のお母さんに従って生きるのはやめます。
    これからも不安感情は沸き起こるだろうと思います。
    逃げないで何度でも感じたい。
    私のために。

    私は私のために生きます!





    ※私もそうでしたが「怖い」を封じて親を守る人もいます。
    ※特定の誰かの事例ではありません。よく聞かれる内容を物語にしました。




    どっち見てますか
    心のコップがいっぱいの親御さん
    自分の生き癖や執着に気付く
    アサーティブなあり方
    ハラッサーとハラッシー
    相談申込み要領を熟読戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2016/09/02 09:41】 | 連鎖
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  インナーペアレンツ  ダミー感情  
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    Re: タイトルなし
    中尾眞智子
    > やっと現実を見ることができた
    > 行き着く先が絶望だとは思わなかったけど
    > それもまた親は教えてくれない「普通のこと」だった
    > これで終わりではなくて
    > まだまだ先があると知ることができて嬉しいです

    「幻想」→「現実」→「絶望」→「普通のこと」→「希望(先がある嬉しさ)」
    自分の足で生きる勇気と覚悟を持てるようになれば、絶望も手放せますね。(^^)




    とくめい
    私だけじゃないんですね
    この絶望を感じているのは私だけじゃない
    乗り越えられるんだ
    人としての当たり前の反応なんだと
    安心できました

    優しい母という幻想と
    子供の心に時に他人以上に無神経になる母
    子供からすれば両方とも親の身勝手
    この歪んだ世界にはまり協力し困り果ててもがき
    やっと現実を見ることができた
    行き着く先が絶望だとは思わなかったけど
    それもまた親は教えてくれない「普通のこと」だった
    これで終わりではなくて
    まだまだ先があると知ることができて嬉しいです

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