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    家族カウンセラーの想いつれづれ
    あけまして、おめでとうございます。

    去年は義母が亡くなって、哀しい年でした。
    今では男3人と女は私だけー義母とのたわいのないお喋りと笑いで、ずいぶん気持ちが和んだなーと思い出します。
    コロコロと笑う声が大好きでした。


    義父母との同居は、私と母(と祖母)のことを深めるきっかけになりました。

    私は母親の手で育った記憶がなく、「おかあさ〜ん」という気持ちにならず「おばあちゃ〜ん!」と駆け寄って行く私しか浮かびませんでした。
    父は生後7ヶ月で離婚していますから、全く記憶にありません。
    言ってみれば、親なし子だったのです。
    おばあちゃん子と言われ、可愛がられ、子どもの頃は大人にちやほやされましたが、母に抱かれた記憶もなければ写真もない。感触もない。
    だから、本当の親子を目の前で見せてくれた夫と義父母には感謝しています。彼の努力が“本当の親子”を実現させたと思います。


    親子とは
    こんなにもぶつかり合うものなのか。
    大声で喧嘩するものなのか。
    暫くしたら何事もなかったかのように笑いあうものなのか。
    懐かしそうにアルバムをめくって笑ったりするものなのか。

    写真の量や作文の内容からして、莫大なエネルギーをかけて育ったことがわかりますが、夫が親にかけたエネルギーも莫大だったと思います。

    私の家庭はこんな風に裸の感情をさらけ出すことはなく、都会的でどこか取り澄ました養父と母に、私の気持ちが届かないことが悔しかったなぁ。
    諦めていくしかなかった。
    母が子にエネルギーをかけないのですから、私の母に向かうエネルギーも循環しないまま滞っていたのでしょう。
    それが抑圧された感情だし、結婚後には夫を代理母にしてぶつけました。
    そうして夫を怒らせては、夫とのことも自分から諦めていったのです。ぶつけた石つぶてはどれほど夫を傷つけただろう。申し訳ないことをしました。

    母を諦めたのではなく、母に従って自分のやりたいことを諦め、自分の気持ちを封じていったのだから無念で仕方がない。
    だからやりたいことやります。
    好きな音楽も、苦手だと思っていた絵も続けます。
    最近始めた登山も楽しみます。
    朝日に夕日にときめきます。
    都会ではできなかった体験をして、最近では蝶が逃げずについてきます。
    不思議だけど通じ合っている気がします。
    不思議といえば1月に季節はずれのグラジオラスが咲いてました。
    グラジオラスは思い出の花。
    他にもいろんな「大切」を見せてくれる不思議に出会っています。
    都会育ちだろうが田舎育ちだろうが、差別なく自然は受け止めてくれる。
    ありがたいです。

    母を諦められるかというと諦めきれるものじゃないことを痛感します。
    無意識に代理母に期待する時に、母を諦めてい無いことが証明されます。
    それもひとつひとつ受け止めていくしかありません。



    そして、感謝してもしきれないのが孫のRちゃんです。
    我が子を産んだ時も、一生分の喜びと幸せをもらったと思いましたが、その後の脚本の発動で背負わなくて良いものを背負わせてしまいました。

    Rちゃんを見ていると、当時のことが蘇ります。
    当時の自分の孤独と、それを受け止めてきた子ども達に涙が溢れます。
    早々に夫や実家を諦めて自分から孤独になっていた(我慢と苦労の脚本)ことが悔やまれます。
    「やめな、その姿を脳に見せてるだけだよ。もっと一所懸命夫に言ってごらんよ、簡単に諦めるなよ。」
    届くものなら当時の私に言ってやりたい・・・。

    Rちゃんを見ていると、心が洗われます。
    きっと赤ちゃんには浄化の力があるのでしょう。
    可愛くて愛おしくて自然と笑みがこぼれます。
    見つめ合うだけで通じ合う喜び。
    遊んでいて飽きることがない。
    見ていて楽しくて仕方がない。
    気持ちのまんま表現します。
    命が輝いています。
    こちらが元気と勇気をもらいます。

    「育てた恩を忘れてなんちゃら」とはよく聞きますが、親が子どもを守り育てるのは当たり前のこと。死なせなかっただけでしょうが、と言いたくなる親もいれば、エゴを押し付けて子の心を殺し続ける親もいます。
    それに比べ、赤ちゃんはエゴを押し付けてきません。

    Rちゃんは存在だけで私を周りを幸せにしてくれます。
    Rちゃんが産まれてくれたことと、いくつかの奇跡は感謝してもしきれません。
    Rちゃんに、そして子どもたちに恩を返していくー出来る限りのサポートをするつもりです。


    それには元気でいなくちゃね。
    頑張りますよ〜。
    楽しみますよ〜。

    巷ではインフルエンザが流行っていますが、私は今のところ風邪の兆候はありません。
    皆様もうがいと手洗いでしっかり予防してくださいね〜。



    今年もどうぞよろしくお願いいたします。(^^)v




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    【2019/01/08 06:02】 | 育児(育自)
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  怒り  あるがまま  
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    苦手なことも
    得意なことも
    生きているうちに
    楽しみたい

    自然と仲良くなりたい
    都会っ子で家の中に縛られていた私を
    解放して
    自由にして
    いっぱい遊ばせたい

    遊びたい
    地球で遊びたい
    もっともっと遊びたい


    【2018/12/09 06:47】 | チャイルド
    【タグ】 インナーチャイルド  自由  
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    過去の不幸を嘆くことと

    小さい頃に抑え込んだ『気持ち』を一人味わうことと

    似ているけれど違う

    前者は「嘆く」行為を脳に見せて脚本人生を歩く



    「気持ち」は

    一人で

    一人きりで

    受け止める

    するとチャイルドが満足する

    その繰り返しでチャイルドとの信頼関係ができる



    その過程を身内や友人に見せようものなら

    チャイルドはがっかりする

    外を意識していることがわかってしまうから

    たとえ匿名の投稿であっても

    匿名の電話相談であっても

    (誰かにわかってほしい)と

    チャイルドとは繋がれない

    誰に身元がばれなくてもチャイルドはお見通し



    内側に巻き起こる全ての感情を

    ただ受け止める



    脳が話しかけても無視

    言い訳が浮かんでも無視

    理屈も解釈も無視

    脳の仕掛けに乗らない



    沸き起こる感情を認めて受け止めたら

    新しい感情が湧いてくる



    そのうちダミー感情にも気がつくようになる

    ダミー感情は大袈裟だからね

    大袈裟に嘆き

    大袈裟に沈み

    大袈裟に騒動を起こす



    そんなこともわかってくると

    前は恥ずかしがって認めたがらなかった人も

    自分の過剰反応を笑い飛ばすようになる

    「イタイなぁ」と自分に悔しがるようになる



    そして「小さいちゃん」を味わう

    ただ

    ただ受け止める

    抱きしめる

    「自分」と「チャイルド」が一体になっている実感は

    それまでの不安や孤独を吹き飛ばす

    「自由と責任」で生きる魂をまたひとつ手に入れる

    その積み重ねで

    本当に自由になっていく

    どんどん自由になっていく



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    【2018/11/14 10:11】 | チャイルド
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  脳内親  感情  存在不安  自由  ダミー感情  
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    母から引き離されて泣く赤児

    泣いてもそこに母がいない

    母は私を棄てたのだ

    なーんだ
    母を棄ててもいいですかって

    すでにこちらが棄てられてるではないか

    母を棄てるに遠慮がいるものか

    というか・・・

    棄てられた私にははじめから母はいない

    はじめから自由だったんだ

    母という偏った常識に染まり

    必死で生きてきた脚本人生

    哀れな脚本ちゃん

    もういらない

    一切いらない

    もう誰も庇わない

    母を庇う仕組みはいらない

    一切いらない





    母を庇わなくなったら独り言が減った

    思わず溢れる気持ちは出るが意味はない

    意図もないから言ったら終わる

    多くの独り言は脳に聞かせてたのだ

    ひとりで声に出すと独り言は全く別

    無意識に散らかす独り言は脳に聞かせている

    無意識だから言ってる意味も気づけない

    バカバカしいことをした

    自分を大反省する




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    【2018/10/01 05:11】 | 自分との闘い
    【タグ】 人生脚本  脳内親  無意識  インナーチャイルド  脚本  脚本チャイルド  存在不安  
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    ただ事実を受け止める

    自分の真実を受け止める

    苦しくて胸が押しつぶされようとも

    塞がった思いを噛み締めて

    噛み締めて

    誰といても

    どこにいても

    甘えず

    庇わず

    言い訳せず

    気を散らさず

    見続ける

    感じ続ける

    誰にわかってもらおうとしないで

    ただ黙ってひとりで受け止める

    感じ続ける




    誰のせいにも出来ない

    自分が作ってきた脳の指令(母親)に従って

    その母親を守って

    庇ってきた

    既に年老いた母親ではない

    自分の脳に住まわせたいわば虚構の母親

    だが、現実の母を庇うこともない

    母は自分の脚本人生を全うし続けてる人

    私とは全く別の人間

    母と同じ世界ではもう生きられない

    生きたくない

    残念でもない

    母の姿はかなしいが

    私自身はかなしくない





    母を慕うチャイルドはずっと泣いていた

    誰にも気づかれずに泣いていた

    寂しくて寂しくて泣いていた

    怖くて不安で泣いていた

    ひとりぼっちで泣いていた

    もう離さない

    私が抱きしめる








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    【2018/10/01 05:06】 | 自律
    【タグ】 人生脚本  無意識  脳内親  自律  カウンセリング  インナーチャイルド  存在不安  脚本チャイルド  脚本  
    トラックバック(0) |
    言わない“我慢”はいらない

    チャイルドは“気持ち”を本人に知ってほしいんだ

    気持ちを声に出してほしい

    声に出さないと埋もれてしまうよ

    ダミー感情に埋もれて

    なかなか救出できなくなっちゃう




    声にだそう

    一人で声に出そう

    誰かに聞いてほしいって思ってるとね

    誰かに聞かせる言葉をチョイスしてしまうんだ

    誰かを仮初めのお母さん(代理母)にして

    認めてもらおうとしたり

    わかってもらおうとしたり

    怒りをぶつけたり

    悲しみを訴えたりするんだ




    本当のお母さんは受け止めてくれないから

    そのお母さんを見たくないから

    お母さんに今以上にがっかりするわけにいかないから

    誰かを道具にして仮初めに承認欲求を満たす

    そうしたらお母さんを守れるし

    自分も本当の“声(気持ち)”を聴かずに済む

    脚本ちゃんは絶好調

    そして記憶は改ざんされたり曖昧になり

    体は重くなったり何かの症状が出たりする

    その重苦しさも動かない理由にして

    脚本を維持する





    気持ちを声に出そう

    長いセリフなんかいらない

    自分になら状況説明もいらないんだもの

    なんの言い訳もいらないんだもの

    どんな自分(気持ち)も認めて受け止めよう





    負の感情を認めよう

    悪感情も認めよう

    悪感情を受け止め無いのはお母さん

    受け止められなかった感情を“無い”ことにしてしまった

    “有る”と認めたらお母さんに嫌われちゃう

    なので他人の振る舞い(悪感情)を“人でなし”認定さえする

    お母さんの良い子でいるために・・・

    もうくたくただね

    へとへとだよね





    禁じてた言葉も使おう

    美しい言葉で飾って偽物感情にしない

    一人で言うんだから遠慮はいらない

    ちっくしょー

    くやしい

    惨めだ

    むかつくー

    ばっかやろう

    許さない

    死ね

    うざい

    消えろ

    言いたい相手がお母さんだったと気がついたら

    自分の罪深さも知ることになる

    その自分を認めた時の清々しさは“浄化”





    まず声に出そう






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    【2018/06/06 05:41】 | チャイルド
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  脳内親  怒り  代償行為  脚本チャイルド  
    トラックバック(0) |
    中尾相談室のカウンセリングについて

    おかげさまで四十九日法要までを無事に済ませることができました。
    お待ちいただいた皆様には心から感謝申し上げます。

    再開に当たり、当相談室のカウンセリングについて改めて述べておきたいと思います。

    「カウンセリング申し込み要領」(中尾相談室)に則ってお申し込みをしていただき、カウンセリングに入られる方は最初に面談を行います。

    ご自身の生育歴だけではなく、親の生育歴や親自身の親兄弟との関係も含めて半生のお話を伺う中で、親及びご本人がどのような脚本を歩んでいるのかを把握していくわけですが、この面談という場ではどのようなことが起こっているでしょうか。

    1.事前の画策
    2.語られるのは脚本
    3.語る相手は「代理母」
    4.脚本との直面化
    5.IPによる妨害
    6.妨害をはねのけて出てくるIC
    7.「継続した時間」が必要な理由
    8.相談者の内部で起こっているバトル
    9.自分を知ることが「人間」を知ること
    10.「脱洗脳過程」の9年間
    11.人が変化のバロメーター
    12.背骨の形成=共感力、人間力の形成
    13.「自信」とは自分(小さいちゃん)が自分を信じること
    14.実行と実感が自分を変える
    15.「小さいちゃん」の救済と「脚本ちゃん」の苦労の理解
    16.最後のトライ
    17.「お母さんを諦めたくないチャイルド」を抱きしめる
    18.「淋しさ」を抱きしめる
    19.日常で出来ること



    1.事前の画策----------------------------------------------------

    ご本人(の表層意識)は「今日は全て話そう」と思っていたりしますが、無意識は次のようになっています。

    1.集中できない場所を選ぼうとします。
    2.場所を間違えて開始が手間取ったり、後に何らかの用事を入れていたり、意識をそらしたり時間を気にさせる無意識の工夫があります。
    3.服装、持ち物、アクセサリーに至るまで母親カラーをそろえ、脚本ちゃんバリバリで来られます(例外はありませんので、ご安心下さい ^^;)
    4.飲み物等でも「母親」を召喚し、「母親」に監視されながらの面談となります。

    このように、自分(小さいちゃん)に集中できない舞台(時間枠&場所)を設定し、さらに舞台の中も自分の体も、小さいちゃんを雁字搦めにして来られるわけですが、脚本人生を歩かれていますので、脚本全開で来られるのも当然と思って下さい。





    2.語られるのは脚本----------------------------------------------

    その上で半生を振り返り語られるわけですが、

    5.それは「脚本舞台上の事実」(脚本によって現実化された事実及び取捨選択され脚色された事実)であり、そこにおける感情も演出感情やダミー感情だったりします(舞台を下りるまではそうとはわかりません)。
    6.「脚本舞台上の事実」(虚構)を維持するために、本当の感情は口に出さない、もしくは過去の当時の時点で封じられています。
    7.話題を次々に替えたり、話が飛んだりもします。自分を気持ちの部分にまで深入りさせないためと、時間を潰すための無意識の画策です。

    人と接する時は、自分が脚本人生を歩いていることをアピールするチャンスですから、相手がカウンセラーであっても同じ事をします。目の前の相手が誰であれ、その相手に向かって話しているのではなく、常に「脳内母親」に向かって話しているからです。

    言い方を変えれば、全ての言動を「脳内母親」に見せながら日々を送っているわけで、その中に入り込んできた○○カウンセリングや○○セラピー等も、脚本の見せ場あるいは代償行為の場として無意識は利用します。





    3.語る相手は「代理母」----------------------------------------------

    カウンセリングなど相手と深く関わらなければならないときには、無意識はカウンセラーを「代理母」と見なしています。というのも、母親以外とは繋がってはいけない「母親一神教」で生きている人にとって、深く関わる相手は「代理母」でなければならないからです。

    このように本人の表層意識とは裏腹に、本人の無意識(脚本)はカウンセラーを代理母と見なし、脚本人生の物語を切々と語るわけです(たとえば「我慢と苦労を見せる脚本」であれば、そのエピソードを話されます)。

    そこを受け止めることからスタートするわけですが、もしカウンセラーがその物語に共感して終わるだけであれば、「脚本ちゃん」は大喜びしてカウンセラーを「代理母」と認定し、「小さいちゃん」はガッカリして出てこなくなってしまいます。





    4.脚本との直面化----------------------------------------------
    けれど、個別のエピソードを詳細に掘り下げて事実を拾っていくと、たとえば上記の脚本で言えば、自分がその我慢と苦労を導き入れていたことが浮かび上がってきたりします。自分が望んでいないから“我慢”になるわけで、実は自分が無意識に演出していたことがわかる衝撃は大きいでしょう。

    これが自分の脚本との“直面化”ですが、これも心の準備が出来ていないと厳しいので、お申し込みいただく段階で覚悟のほどを見ているわけです。
    とはいえ、最初から覚悟が定まるはずもなく、カウンセリングを通して色々な体験をする中で覚悟も定まっていくものですので、最初は保護者が必要なよちよち歩き―ただ、少なくとも自分の足で歩く意志があり、向かう方向性が同じでなければ支援は出来ません。

    なお、“自分が演出していた”ことがわかると、「我慢と苦労」をするもしないも自分次第とわかりますので、希望が見えてくるわけです。





    5.IPによる妨害------------------------------------------------

    さて、話したいことを全て話さなければ聴くことは出来ません(出て行くものが出て行かなければ、「心のコップ」に入る余地がありません)。
    また、自分が語った事実を再構成してフィードバックされることで、自分がどのように自分を罠にはめているのかという理解も深まります。

    カウンセラーという鏡(当相談室では「世代間連鎖を映す鏡」になります)に映った相談者の姿をフィードバックしていきますと、これまでその方が立っていた“その方の常識(脳内母親の世界)”という岩盤に亀裂が入ります。すると、次のようなことが起こります。

    8.脳が戸惑い始め、そのことは脳を直接表す器官である眼に現れます。瞼が高速で瞬きし始めたり、時々本人も知らぬ間に眼がでんぐり返って白目を見せたりすることもあります。

    こうして自分の歩んできた脚本ストーリーの世界がひっくり返り始めると、そうはさせじと脳が逆襲を仕掛けてきます。

    9.あらぬ事を考えたり、時間を気にしだしたり、急に物音が気になり出したり、疑心暗鬼的に解釈したりします。

    10.さらに母親の実体に近づくと、言葉の意味がわからなくなったり、聞こえなくなったり、思考停止したり、突然トイレ休憩に立って中断したり、という妨害が始まり、

    11.さらに核心に近づくと、急に頭痛がしたり、体が重くなったり、急速に睡魔が襲ってきたりというあからさまな妨害に移行しますが、これはIPがかなり追い詰められている証拠です。

    これらが普段出てこないのは、その人が脚本人生(虚構)を歩いているからですが、本人が本当のことに気づきそうになると、本人に気づかせたくないために上記のようなことが起こります。
    ここに来て自分の中の抵抗勢力の力が強いことを初めて実感されるでしょう。





    6.妨害をはねのけて出てくるIC-----------------------------------

    初回面談の中で、実に上記のようなドラマが本人の中で展開されており、「小さいちゃん」はその全てを見て、聴いています。

    カウンセラーが本人の言動に惑わされずに、語られる事実から脚本を洞察する力があるのか、ちゃんと“本人”に“真実”を見せてくれるのか―そういう目でカウンセラーを見て、聴いています。

    また、“本人”は自分(小さいちゃん)と向き合う覚悟があるのか=時間を気にすることなく腹をくくって自分と向き合おうとしているか、ということも見ています。というのも、時間制限があれば「思考(脳内母親)+脚本」の連合軍は、“本人”をコントロールすることができるからです。

    このような経過の中で、カウンセラーが自分(小さいちゃん)の味方であり、かつIPにも惑わされないことがわかり、“本人”も「脳内母親+脚本」と闘おうとしていることがわかったとき、不意に「小さいちゃん」が出てきます。

    自分一人の時は、無意識に脚本人生を歩いていますので、「小さいちゃん」が出るチャンスはありませんが、外から「小さいちゃん」の支援者が現れて初めて「小さいちゃん」も安心して出てこられるわけで、これがカウンセラーの存在意義です。





    7.「継続した時間」が必要な理由-----------------------------------

    これらの“転換”が起こるには「継続した時間」が必要です。
    上記の変化が起こり始めるまでに、体験的に言えば5時間ほどはかかりますが、その後真実が見えて虚構が崩壊しそうになっても、“本人”は次から次へと無意識に自動修復をしていきます。

    語られたことを聞き流していると、相談者の方の脳は「黙認」(黙っていること=承認)と見なして勝手に修復を完了させていくわけです(黙っていること=承認、というのはハラスメント界の流儀です)。

    このようにカウンセリングの場であってもリアルタイムで自己洗脳していきますので、聞き流さず注意深くフィードバックをする必要があります。

    結果的に、平均すれば初回面談は8時間ほどがあっという間に過ぎてしまうわけで、カラオケボックスを利用する際はフリータイムをお願いしています。





    8.相談者の内部で起こっているバトル-----------------------------------

    このように初回面談から、相談者の方の内部では「小さいちゃん VS 脳内母親+脚本連合」のバトルは始まりますが、連合側をもっと詳しく言えば、

    ・自分の生きる姿を見てくれないなんてイヤだと叫ぶ「私を見てちゃん」
    ・自分の気持ちを母親にわかって欲しい「わかってちゃん」
    ・だから、脳内母親を創った「母親を諦めたくないちゃん」
    ・その脳内母親の虚構を維持するために生きる「脚本ちゃん」
    ・解きたくない謎を解き続けようとするだけの「謎解きゲームちゃん」
    ・代理母親を見つけては代理感情をぶつける「代償行為ちゃん」
    ・それらのチャイルドにパワーを送る「お母さん大好きちゃん」
    ・そして、存在不安を見たくない“本人”
    等々…

    “本人”が現実を見たくないわけですから、圧倒的に連合側優位なため、無意識に脚本人生を歩いていたわけですね。(なお、存在不安を見たくないために行うことは上記他に多々あります)
    初回で自分の自己洗脳のすごさを思い知り、思い知ることが本当のスタートになります。





    9.自分を知ることが「人間」を知ること------------------------------------------

    さて、初回面談後が本当のスタートとなります。

    相談者の方が身を置いている環境は、家庭であれ職場であれ、脚本が現実化している世界ですから、日常に戻ることは「脚本連合にとってのホームグラウンド」「小さいちゃんにとってのアウェイ」に戻ることになります。

    日常の全てが脚本の舞台なわけですから、瞬く間に呑み込まれて行ってしまうでしょう。思考も感情も混乱します。判断基準を失ってなすすべないまま大海に放り出された気持ちにもなるでしょう。

    ゲームや代償行為や感情爆発や、何度も何度も繰り返します。脳に踊らされて何度も何度も悔しいも思いをします。その都度その都度徐々に学びが深まり、自分の行為に気づくようになっていきます。

    正しい歩き方がわかっても、気づいたら以前の歩き方で歩いているように、癖というものはそう簡単に治るものではありません。気づいた瞬間に正しい歩き方に変える―その繰り返しを地道にやっていくだけです。

    大変そうに見えますね。
    まぁ実際大変なのですが(^^;)、苦しみながらも楽しいのです。というのも、ああ来たと思ったらこう来たかとか、瞬時に邪魔をしたり自動修復する仕方とか、気持ちを封じたり意識をそらしたりする仕方とか、自分が自分をどう罠にはめ、その自分がどう周りを巻き込み、自分を脚本に落とし込んでいくのか―その観察する目が育ってくるからです。

    そして、自分を深く知れば知るほど、自分は凄い、人間は凄い、と思えるようになってきます。「人間」を知る一番の近道は、実は自分を知ることなのです。





    10.「脱洗脳過程」の9年間------------------------------------------

    とはいえ、相手は言わば「洗脳されている脳」であり、しかも日々の言動で自己洗脳を強化しているわけですから、並大抵ではありません。口癖、思考の癖、表情、仕草、選んでいる衣食住の全てで自己洗脳を続けています。

    脚本書き換えのカウンセリングとは、家庭というサティアンでなされた洗脳の「脱洗脳過程」でもあり、カウンセリングによって「洗脳を解くには洗脳されたのと同じ期間かかる」ところを短縮しているとお考えください。それでも7~9年はかかるでしょう。

    7~9年というのは、私も実感している一つのスパンです。例えば何かに依存した場合も3年間深みに入っていき、底をついて1年どっぷりと苦しみ、そこから3年かけて這い上がり・・・依存症脱出に約7年はかかるようです。【ご参考:「7年転機」+「9年周期」で人生の転機を乗り切ろう


    それに、深海から急浮上しようとすると潜水病になるだけ。少し浮上して体を慣らし、また何かのきっかけで次の浮上へと向かう。
    当面の問題を乗り越えて、しばらくそこに止まろうとすることもあるでしょう。あるいは、もう随分見通しがきくようになったから自律できたと勘違いすることもあるでしょう。海上にぽっかりと顔を出して、抜けたと思ってそこに止まる人も居るでしょう。(まぁ、いずれも罠なんですが)

    それがいい悪いではなく、自律へ向かう旅は終わりなき旅ですから、どこで止まろうとも、また歩き出すかしないかも全てはその人の選択なのです。





    11.人が変化のバロメーター------------------------------------------

    それから、ただ苦しむだけの9年間ではありませんし、9年後にいきなり人生が変わるわけでもありません。その間にもどんどん人生は変化していきます。最もわかりやすいバロメーターは、人です。

    たとえば、母親が変われば、子どもは打てば響くように変化を始めます(子は自分の鏡ですから、自分は動かずに子(鏡に映っている自分)を動かそうと思っても無理なことがわかるでしょう)。

    また、去る人と出逢う人があります。脚本同士がかみ合って利用し合う人は去り、気持ちが通じ合う人が登場するでしょう。あるいは、これまでとても親しかった人がイヤになり、敬遠していた人とひょんなきっかけから近しくなったりします。

    脚本同士の役割分担で生きているハラスメント界では、その人に利用価値があると思っている間は追っ手を差し向けて妨害しようとしますが(これも自分が招いているわけですが)、その人が「気持ちと共にある人間」になってしまうと、「もうこっちへ来るな」と手のひら返しで拒絶します。

    というのも、感情こそが光ですから、闇に棲むハラスメント界の住人にとっては、蝋燭1本の光であってももはや闇ではなくなるので、そこに居られては迷惑なのです。それでも、自分の未練でハラスメント界にちょっかいだそうとすると、手痛いしっぺ返しを受けます。それが、自分はもはやそこに居るべき人間ではないことを悟るサインです。

    住む世界が変わっていくわけですから、人生が変わっていくのは自然な流れです。





    12.背骨の形成=共感力、人間力の形成-------------------------------------

    この9年間で起こることは次のようなことです。

    これまでのストーリー(常識)がひっくり返ることで過去の光景を虚飾なしの視点から見ることが出来、その視点を持つことで封じられていた感情が蘇り、それを声に出して実感する(=その感情を自分が受け止める)ことで、その感情は自分に同化して自分の背骨になります。

    リアルな感触や感情が蘇って衝撃を受けることもありますが、なぜリアルかというと、当時はその事実を理解したくなくて(親への絶望に繋がるため)、その出来事に伴う感情が瞬間冷凍されているからです。辛いけれどその感情を声に出して受け止める(=感情を“認知”してあげる)ことで、自分自身から疎外されていたその感情は自分の血肉となっていきます。

    自分が無意識にその感情を疎外している間は、その感情を呼び起こしそうな人や状況を避けようとしたり、そういう相手や状況に出逢うとパニックになったりしますが、その感情が自分のものとなれば、もはや避けるべき人や状況はなくなり、怖れが無くなるわけです。

    また、その出来事は“生もの”から“思い出”に変わって自分を形成する一部となり、感情を受け入れた分、人への共感能力が高まります。
    こうして背骨が出来た分、その背骨で受け止められる感情が蘇り、その感情を受け止めることでさらに背骨が形成され、豊かな人間性(人間力)が形成されていくことになります。





    13.「自信」とは自分(小さいちゃん)が自分を信じること----------

    また、「実感」することで、IPによる「ダミー感情」や、脚本舞台上の「ニセモノ感情」を見破ることが出来るようになります。これが舞台を下りられる条件で(というか舞台の上で演技しているのが馬鹿馬鹿しくなり)、背骨が出来れば「操り人形」から「人間」になり、自分の気持ちでどこへでも歩いて行けるようになるわけです。

    このように背骨が出来ると自分の気持ち主体に歩いて行くことが出来るようになるので、そうはさせじと脳が邪魔します。それは、気持ちを言葉に出させないこと。

    気持ちを声に出すと、それを「小さいちゃん」も聴くことが出来て、「そうだよ!」と“実感”が湧いてきます。声に出すと言うことは、“本人”が「小さいちゃん」(感情)に出てきていいよ、受け止めるよ、という合図なのです。なので、声に出すことで“実感”が出てくるわけですね。

    「無駄」「無意味」「恥ずかしい」「面倒くさい」「難しい」「無理」と言う脳(思考)の妨害にめげずに、気持ちを言ったり、気持ちで行動することが、自分と小さいちゃんの信頼を形成していきます。この積み重ねで、自分(小さいちゃん)が自分を信じるようになることを「自信」と言うわけです。





    14.実行と実感が自分を変える-------------------------------------

    黙読よりも音読の方が理解が深くなるのは、脳だけの理解ではなく体で理解するからでしょう。IP(に支配された脳)による理解ではなく、「小さいちゃん」も聴いて実感と共に理解するので、しっかりした理解になるのでしょう。

    日本の鉄道の優秀さは世界に知られていますが、運行の正確さや無事故を支えているのは「指差呼称」でしょう。目で見るだけではなく、声を出し指差して体で確認することで、確認が形骸化したものではなく実を伴ったものになります。

    脳だけではなく、声と体(=五感=小さいちゃん)を使うことが、虚を実にすることなのです。

    カウンセリングなどで自分を変えていく場合でも同じ。いくら本を読んでも変わらないのは、気持ちを声に出したり、気持ちのままに行動したりという“実行”がないからです。

    “実行”することで「小さいちゃん」と自分が一体化していきますので、逆にそうはさせじと、IP(脳)は本人に「わかったつもり」にさせて実行させようとしません。そして、実を伴わぬ虚のままに(虚構の中に)本人を留め置こうとします。

    頭で理解しても変わることは出来ません。気持ちを声に出そうとするとピタッと止まる人、エンプティチェアに踏み込めない人などいらっしゃいます。それが出来るようになるまで、ゆっくりと背骨を育てていくことになりますが、“実行”することで変化は訪れます。

    これまで、カウンセリング内容を詳細にフィードバックしたこともありますが、大切なのは、面談や電話カウンセリングなど現場での“体験”です。フィードバックも、現場でのフィードバックで十分と感じています。





    15.「小さいちゃん」の救済と「脚本ちゃん」の苦労の理解---------
    自律とは、「母親のための脚本」から「自分のための脚本」に変わることを言いますが、「脚本ちゃん」から脚本を引き継ぐには次の2つの条件が必要です。
    1.背骨を作ること
    2.「脚本ちゃん」の苦労を知ること。

    1―脚本ちゃんも、もう疲れたよと思っていることもありますが、背骨が出来ていない本人にバトンタッチは出来ません。

    2-自分の脚本を知らないのは自分自身です。それがどんな役であろうとも精一杯演じてきたわけです。やはり舞台を下りるときは「よくやった」とスタンディングオベーションで終えたいもの。だから、脚本がわかったからもう次へ行きたいと思ってもそうは問屋が卸しません。それに、引き継ぎとは、すべからく前任者の苦労を知ってこそ引き継ぎ完了となります。

    これらが次のように進みます。
    既出の通り、背骨が成長すれば、その背骨に耐えられる次の感情が出てきたり、思いも寄らなかった記憶が蘇ってきたりして、タマネギの皮をむくように一皮むけば次の埋もれていた感情が出てくるわけですが、それを実感することが「小さいちゃん」の救済になるわけです。

    そして、その感情を実感することで、こういう感情まで封じて頑張っていたのかと「脚本ちゃん」の苦労を深く理解することになるのです。つまり、この9年間のプロセスは、「小さいちゃん」の救済と「脚本ちゃん」の苦労の理解が同時並行で進む期間なのです。

    一方、その間も「脳内母親」は自動実行で自分を落とし込み続けてきますし、脚本も人を巻き込んで演出を続けるでしょう。けれど、それに気づける目を持っていますから、その自分を観察することも出来る―前述のようにこの9年間は自分を深く知る期間であり、人を巻き込む自分のすごさを知る期間でもあるのです。自分を深く知り、自分のすごさを知ることが人間を深く知ることになります。

    この9年間が、自分を通して「人間」を学ぶ機会だと捉えると楽しくないですか?





    16.最後のトライ-------------------------------------

    さて、自分の変化を実感すると、人は変わることが出来るとわかります。ここで、もしかすると親も変われるかも…と思うのです。さらに、ここまで変わった自分であれば、もしかすると親を救えるかもしれないと、再び親に立ち向かいに行きます。

    (変えようと思っている時点でハラスメント界どっぷりになっているわけですが…ほんと、とことん諦めない「諦めないチャイルド」の気が済まなければ次に行けません)

    相手は実の親であることもあれば、他人(代理親)であることもあります(相手が男性であれ、「代理母」と見なしています)。この時は、どっぷりとハラスメント界に逆戻りしますので、本人も「なぜここまできたのに・・・」と思ったりするわけですが、これも「気が済まないと次にいけない」ので必要なプロセスなのです。

    カウンセリングがプッツリ切れるときは、こういう時期だったりします。そして、1年くらい経ってカウンセリングに戻ってきたときはズタボロ状態。本人はもう少しで浮上と言うときに、日も射さぬディープな深海(ハラスメント界)に舞い戻ったのでボロボロになっていますが、それが後退ではなく誰もが通る道であり成長していることがわかると元気復活。

    まぁ、やるだけやらなければ気が済まず、次に行けませんから、こちらは気が済んだらまた始めましょうというつもりで居ます。





    17.「お母さんを諦めたくないチャイルド」を抱きしめる----------------------

    そして、本当に変わりようがないことをボロボロになって思い知るか、あるいはこれ以上追い詰めたら相手が壊れてしまうか―というところまでさせてしまうのが、「お母さんを諦めたくないチャイルド」です。

    そう、ラスボスは、実は「脳内母親」ではなく「お母さんを諦めたくないチャイルド」であり、あなた自身です。

    こんなにも諦めたくなかったんだね、とその子の存在を認め、その子を本当に実感して自分が抱きしめたときに大泣きし、母子分離がなされ、ハラスメント界から自律界への旅立ちがなされます。

    が、もう一つ関門があります。





    18.「淋しさ」を抱きしめる----------------------

    <14.実行と実感が自分を変える>で 『IP(脳)は本人に「わかったつもり」にさせて実行させようとしません』と書きましたが、実行部隊は脳であっても、その脳に指令を出していたのは、実は「お母さんを諦めたくないチャイルド」です。

    なぜ、「お母さんを諦めたくないチャイルド」が気持ちを声に出させず“実感”させようとしないのか。その究極は、「淋しい」という気持ちを認めたくないからです。淋しさを感じると、赤ちゃんの時に感じた淋しさに辿り着いてしまいます。

    その「淋しい気持ち」は、親に人間らしい反応を感じなかった違和感や嫌悪感、親が自分を見ていない空しさや見捨てられ感、この世界に血の通った人が居ないという茫漠たる孤独感や絶望感、自分の存在が誰にも支えられていないという存在不安―それらが全て含まれたものであり、それを実感するということは、「母親は自分と繋がれない存在だ」ということを認めてしまうこと。

    認めてしまった時点でいわば「母なき子」になってしまい、それこそ絶望ですので、諦めるわけにはいかなかったわけです。

    だから、「繋がれない存在」であるよりは、鬼でも悪魔でも幽霊でも冷酷でもわがままでも天然でも、関われる要素を持つ「脳内母親」を創ってしまうわけです。たとえば、憎み合っても嫌悪し合っても厄介に思っても、そこには、たとえば「憎しみ」という“関係性”が出来るわけですから、「無関係」よりはよほどいい。

    そして、一方で存在不安をちらつかせて、存在不安を見ないように追い立てるわけですが、その目的はゆったりと自分と向き合わせないため。その究極の目的は、赤ちゃんの頃に感じた「淋しさ」を感じさせないためです。

    「お母さんを諦めたくないチャイルド」を抱きしめた後は、「淋しさ」を感じてよい許可が下りますので、淋しさが襲ってくるでしょう。
    淋しさを抱えたチャイルド(淋しいちゃん)を無視していたのは、他ならぬ自分自身。だから、淋しかったのです。

    抱きしめてあげて下さい。




    -------------------------------------------------------------------
    さらっと書きましたが、いかがでしょうか。半端な9年間ではありませんが、素晴らしい9年間です。本当のカウンセリングは、この9年間のプロセスを言い、初回面談はそのカウンセリングプロセスのスタートラインに立つために必要なものなのです。

    そして、これらの自分との格闘のプロセスを経て、「自分(小さいちゃん)が自分(本人)を信じる」こと―それこそが「自信」であり、その時には何事にも動ぜず、思いのままに生きられる自分がそこにいるでしょう。





    19.日常で出来ること---------------------------------------------

    以上が、ごく大雑把ですが当相談室のカウンセリングの流れです。

    カウンセリングをすれば楽になるのではなく、「自分との闘い」が始まるわけです。そして、「自分との闘い」が最も難儀なので、普通は自分と闘おうとはせず、親も含めて人と闘っているわけです。

    自分と闘うとはどういうことか、ちなみに次のことを実行してみてください。

    ・たとえば、ふと青空を見て「外に出たいなー」と思ったら外に出る。当てがなくていい散歩をして、五感で感じる。
    ・まず、外に出て感じたことを声に出してつぶやいてみる。「あー、気持ちいい」「晴れててスカッとする」「暖かいなー(冷たいなー)」・・・五感でキャッチしたことを感じたままに言葉にしてみて下さい。
    ・その後も、歩きながら五感に触れた感覚と、そこから湧いてくる感情に意識を向けてみて下さい。声に出したくなったら、言葉にして言ってみて下さい。その時出せない状況でも、後で一人になって思い返して声に出すことで実感してみて下さい。
    ・悲しさや寂しさ、空しさなどが出てくるかもしれません。悔しかったことや恥ずかしかったことなど思い出すかもしれません。それも普通に声に出してください―「悲しいなぁ」とか。その気持ちがある間、繰り返しつぶやいているうちに軽くなっていくと思います。

    ・脳はあれこれ言って妨害してくるでしょう。
    「そんなことして何になる」
    「やるだけ無駄」
    「意味がない」
    「馬鹿馬鹿しい」
    「宗教か」
    「今そんなことしてる場合か」
    「他にやることあるだろう」
    「片付けしたのか」
    等々、思考がわんさか出てくると思います。

    ・グルグル思考が出てくれば来るほど「脳内母親」による妨害が強いと言うことで、その目的はただ一つ、本人を気持ちのままに動かさないことですから、思考グルグルになったときは逆に「GO!(やる)」ということです。

    ・また、「面倒くさい」というダミー感情や、「頭が痛い」「体が重い」といったダミー感覚で攻撃してくると思います。不意に睡魔が襲ってくることもあります。そのときも、「痛い痛い」「だるいなぁ」「眠いなぁ」と声に出しつつ、まずは一歩外に出てみてください。歩いているうちに痛みや重さ、眠気が取れてきたりします。

    ・これらの思考やダミー感覚・感情に負けて行動できなければ、脳内母親の支配が強まり、行動できればあなたと「小さいちゃん」の信頼が強まっていきます。

    ・それができるようになったら、カラオケボックスで自分の気持ちに合うような歌を思いっきり一人で歌ってみたり、小さい頃にほしくって買ってもらえなかったもの(かわいい筆箱など、些細なものでかまいません)などを恥ずかしがらずに(小さいちゃんのために)買ってあげるのもいいでしょう。

    ・そして、それらのすべての過程で自分自身を観察し、思い立ったときどのような思考が割り込んできたか、行動しようとしてどのような感覚や感情が出てきたか、実際歩いている最中や歩いた後はどうだったか、記録してみてください。

    何でもないことのように思えますが、このことに挑戦する中で、いろいろな気づきが得られると思います。また、自分がいかに脳(内母親)に支配されているかもわかるでしょう。


    こういう体験を積むことで、自分がいかに脳に支配されていたかわかって自分と向き合う覚悟が出来ていきます。体験することで手応えを感じ、実感して初めて危機感が深まり、それらが覚悟を定めていくわけです。

    一方で、先を焦ることは脳内母親の罠に落ちることになります。焦ったところで変われるものではないことは、9年間のプロセスを見ればわかると思います。

    私どもはここにおりますし、いつでも承ることが出来ます。

    まずは経験し、自分を観察してみて下さい。




    尚、「芳節」の記事の冒頭にあるとおり、英司の方はまだまだやることがあり新規の方は当面控えさせていただきますので、眞智子専用フォーム(女性のみ)からお申込みください。



    大丈夫。 一歩一歩、歩いていれば行きたい所に行けます。
    急がず焦らずていねいに参りましょう。


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    【2018/04/11 09:30】 | 相談依頼(女性のみ)
    【タグ】 カウンセリング  人生脚本  自律  インナーチャイルド  脚本チャイルド  代理親  存在不安  執着  ダミー感情  
    トラックバック(0) |
    いろいろと乗り越えたつもりでも、更に深いところの棚卸しが待っています。

    そして、それはやっぱり母親に繋がっていきます。

    そのたびに、自分を選び、その道を信じる、信じて進むのです。

    脳内親の指令(べき、ねば)や

    脳内親の脅し(罪悪感、恐怖)に操られないでください。





    道はいつだって整理整頓されてはいませんから

    頭でどれほど理解して

    どれほど分析したところでそのとおりに進みません。

    葛藤は葛藤で

    混沌は混沌で

    しっかり味わって

    それを外から眺めて

    親からの連鎖を思い知り

    自分にがっかりしてうんざりして

    その自分を捨てる(親を捨てる)と決意して

    新たな行動が始まります。





    この過程を、一足飛びに進もうとしても必ずつまづきます。

    けど、めげないでください。

    つまづいた自分を省みてまた進めば良いのです。





    自分を外から眺める癖をつけてください。

    人からどう思われるということではありません。

    自分を客観的に見る癖です。

    もっともらしい感情が、実は脚本感情だったり

    ICを利用した脚本が、違う解釈をさせていたり

    あらゆる手段で、無意識が親を庇っていることも見えてきます。





    ダメだとレッテルを貼らないことです。

    「まだこんなところに居るのか」と絶望するのは脳の仕業。

    「まだこんなところに居る」という事実はまっすぐに見て、

    「ここまでの道のり」も切符としてその手に握り、

    諦めないで自分を愛していきましょう。





    裁縫が好きなのに針を持てなかった人が

    今では素晴らしい作品を次々生み出しています。


    もう生きる力がないと泣き崩れていた人が、今は天職を楽しんでます。


    声が出ないと言っていた人が

    歌うことで発声が変わり自信が湧いていきました。


    親に奪われ自信を持てなかった人が

    子どもの頃の夏休みの課題に挑戦して喜びと達成感を持ちました。


    ウィンドウショッピングなんて無駄だと思っていた人が

    楽しみや喜びを感じるようになりました。


    自分で洋服を選べなかった人が、選んで買うようになりました。


    親にお金を渡していた人が、家を出て自分の為に稼ぐようになりました。


    スケジュールを埋めないと落ち着かない人が、

    何もない1日を楽しめるようになりました。


    スケジュールを決められない人が、

    好き嫌いで予定を決めて楽しむようになりました。


    「言えない」と思い込んでいた人たちが

    ロールプレイ体験を積んで生活サイクルが変わりました。


    思いっきり喧嘩をしちゃったけど

    わだかまりが消えて仲良くなりました。


    相手を客観的に見れるようになり

    様々な執着や衝動を手放せるようになりました。


    全く思い出せなかった小さい頃の記憶が蘇り、棚卸しが進んでいきました。



    それらの詳細は書けませんが、

    自分を救う!

    自分を諦めない!

    この意志を持ち続けて頑張った日々。

    時には、足元をすくわれるような出来事に出会い、

    時には、辛い別れを経験し、

    投げ出したくなったりしたこともありながらも、諦めなかった人々。

    彼らは自分の脚本がわかりますから、“悔しさ”がわいてきます。

    まずは親への“悔しさ”と“がっかり”

    次に、脚本に乗っ取られて生きている自分への“悔しさ”と“がっかり”

    “がっかり”を見ないようにして、親をかばい続けてきたことにも“がっかり”

    さらに深いところで、自分を見つめてゆくことになっていきます。





    そうして、脳内親と戦うコツがその人なりにわかるようになっていきました。

    気持ちで行動出来るようになっていきました。

    ICが出た後の“脳&脚本”の逆襲にも感度が働くようになっていきました。

    翻弄されていたこれまでと違って、

    客観的に事実を見つめられるようになっていいました。





    “事実を知る”

    そして

    “事実を見る”

    “気持ちを気持ちのまま感じる”

    誰もかばわず(代理親にした誰かを庇わず)

    言い訳もせず(脳内親を庇わず)

    誰のせいにもしないで“気持ち”を受け止める。

    その時、

    “自分を生きる喜び”で満たされていることでしょう。





    諦めないで自分を慈しんでいきましょう。



    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2017/10/24 09:00】 | 自分との闘い
    【タグ】 インナーチャイルド  怒り  存在不安    カウンセリング  脚本  生き癖  過剰反応  
    トラックバック(0) |
    「頑張れ!」という言葉を言わねばならぬ時がある



    疲れ切った羽は十分休ませてほしい

    悲しみで一杯の心は「悲しい」と声に出してほしい
    我慢しないで

    「寂しい」と声に出してほしい



    そうしないとずっと心の奥底に沈んだまま

    「寂しい」塊になって

    依存できる誰かを求めてしまう




    その誰かは

    あなたの「寂しさ」に寄り添うふりをして

    自分の存在不安を埋めているかもしれない

    あなたの存在そのものを利用して

    自分の欲望を満たしたり

    承認欲求を満たす道具として扱っているかもしれない




    「寂しさ」から逃げないでほしい

    お酒に逃げたり

    ギャンブルに逃げたり

    時間を埋めて逃げたり

    病名に逃げたり

    恋愛に逃げたり

    暴力に逃げたり

    いろんな逃げ(依存)があるけれど

    「寂しい」ちゃんをあじわって

    味わいつくしてあげてほしい





    「依存」を自覚したならば

    どうか、踏みとどまってほしい

    「踏みとどまれ!自分!」と言ってほしい




    自律に向かっていくと

    これまで居た人との別れも訪れることもある


    自律した側はその人がいようといまいと関係ないけれど

    自律した人と一緒に居られない人は去っていく

    それは普通にあることだけど

    自律に進む途中の別れは執着の世界に戻って行きたくなったりする


    そんな時は

    しばし踏みとどまってから

    自律に向かう一歩を進めるのだ





    頑張れ!

    頑張れ!

    今は逃げるな!

    踏みとどまれ!

    あたりを見回してみよう

    決してひとりぼっちじゃない

    草木はやさしい

    太陽はあたたかい

    風は空気を一新する

    受け止めてくれる大地がある

    気持ちを声に出そう

    出し尽くそう

    新しい一歩を何度でも踏み出そう

    だから今は頑張れ!


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    【2017/10/03 09:47】 | 自律
    【タグ】 インナーチャイルド  自律  執着  存在不安  感情  依存  
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    父の変遷と水墨画を読んで、あっという間のようでありながら着々と重ねた4年の月日が蘇りました。
    同居を始めた頃の私は、「これは女性がやることだから」という同じ女性からの押し付けや、「べきねば」で生きている人の押し付けに嫌悪感が湧いて、油断すると急接近で依存される感覚に慄いたりしました。




    私の母親に同居のことを話したら「こどもが親の面倒をみるのは当たり前でしょ。」「あら、私は二人も姑(再婚したから)を看取ったわよ。」と言われました。

    娘を労わることもなくこのように言う彼女は息子夫婦と同居しているわけで、嫁である義妹のことを思うと、母の言葉に厚かましさを感じて、なんともいえぬ恥ずかしさ情けなさでいっぱいになりました。

    また、自分がやったことは我が子もやって当たり前という感覚があるのでしょう。

    以前「ええ?私の子どもなのに掃除が嫌いなの!?」と驚かれ(姉は母直伝で掃除が好き、私は祖母との暖かい記憶で洗濯が好き)、逆に「あなたが掃除好きだったなんて、私たちにさせてたから知らなかったよ?」と驚きましたっけ。




    そんな母に「ジェノグラムを書かせて欲しい」とお願いしたのが去年の1月で色々なことが見えてきて、祖母と母の関係も親子逆転していたこと、祖母も母も私も次女で同じような連鎖を持っていたこともわかりました。

    色々スッキリして今後は母に腹を立てることも無意味だし止めようと思った矢先に、全く別のところで災難は起こっていて、それもこれも母の甘えや油断が状況を悪くしていったので致し方なし。




    さてさて、義父母と暮らし始めた当初は、油断すると私の無意識の脚本が発動して、母の価値観「介護は嫁がやるものだ」を引き受けてせっせと介護しようとしたり、「家にはいつも誰かがいないとならない」と言う人の刷り込みに捉われかけたりしては、『甘やかしは義父母の生活力を奪う』と思い返して踏みとどまるーその繰り返しでした。

    こちらが無意識の脚本で動いた時は、必ず寄りかかられてしまい『本当に彼らをダメにするのは、こういう時の私なのだ!』と戒めながら生活していました。





    暮らし始めは、家事も介護も夫と半分くらいで、気がついた時のタイミングで関わっていましたが、だんだんと得意なことを分業するようになり、守備範囲が決まっている分他のことを気にしないので心の余裕が全然違いますね。

    人生を楽しもう!

    引っ越してから諦めの脚本に引っ張られかけていたけど、私は楽しむぞー!

    思い切って習い事を始めました。

    産まれて初めての発表会(自作の歌を披露)も経験して、次の課題曲が決まった頃に、夫から絵でもやらないかと誘われました。

    正直、気が進みませんでした。お金も時間もかけてやりたいことと思えなかったのです。





    ためいきまじりに付いていった水墨画教室

    「私はおじいちゃまの付き添いで来ただけで、習字も嫌いで左利きだから無理です〜。」

    「あら、左利き!いいですねえ。左で描いたらいいですよ。」と先生はにこにこ

    格調高い水墨画の世界の敷居をかなり渡りやすくしてくれたのです。

    教室のみなさんも「私はピアノしか練習しないです〜。」とのうのうと言う私をあたたかく迎えてくれました。

    教室では、当日にいただいたお手本を見ながら練習をして、次のレッスンに提出、黒板に貼ってみんなで見て感想を言う、そんな感じですが、私たち3人は初級なので、まずはいろんな線描きです。

    直線、曲線、丸、葉っぱ、竹、木、岩、という具合に少しずつ課題をもらいました。

    一ヶ月に2回ですから、そうそう進みませんが、夫はたまに家で練習をするので上達が早いです。

    それでもひとつでも上手く描けたら「あら、初めてなのに上手だわぁ」と褒めてくださるお姉さまがたに乗せられて、通うのが楽しくなっちゃいました。

    半年も経たない頃に「カルチャーセンターに展示しますから」と先生から通達があり、新人さんもと言われても何も描けないから諦めていました。

    いや、諦める以前にやる気がありませんでした。

    みなさんの立派な作品を毎回見てきて、とてもじゃないが無理無理〜〜。






    ところが、どういった心境でしょうか、描いちまったんですね。

    その絵は、木々があり、水面に映る景色があり、光があり、私にとってはレベルが高いものでした。練習嫌いですから、1枚目で本番です。

    「ダイナミックで良いですねぇ。」先生は私の伸ばし方を会得した様です。しゅばらしいー。

    同じお手本で夫も描いたのですが、とても繊細で丁寧で、絵と向き合う根気の良さには感心しました。

    ふたりとも先生の手直しをいただいて、次は本番です。

    私は大作を描いて満足してしまい、あれ以上の絵なんかかけるものか、と思って諦めていました。

    夫がますます磨きがかかっていくのに感動しても、描く気になれないし、別にいいやって思っていました。

    ところが、提出前日に、しかも夕方に無償に描きたくなってしまったんですね。

    脚本(別にいいや)に従う私に痺れを切らしたチャイルドが溢れ出たとでもいうか・・・




    大作じゃなくていい!

    新人の作品は今だからかける!(ずっと新人並と本当の新人は違う)

    新人ならではの作品をかこう!






    私にしては、3枚は練習したと思います。

    墨絵 竹

    いまいちな線や葉っぱがあるけれど、まずます頑張りました。





    英司の作品は、水面を霧吹きを使ったり、何度も手を加えて素晴らしい作品になりました。

    英司 墨絵




    私が今やりたいのはピアノなので、今後は作品を提出する機会が巡ってくるかわかりません。

    けれども、もしチャンスが与えられたら、気持ちのまま作品を描きたいです。

    たった一度の人生、子どもの頃にやりたかったこと、やれなかったことを楽しみます。



    いつも思うことだけど・・・

    いろいろと乗り越えたつもりでも、更に深いところの棚卸しが待っています。

    そして、それはやっぱり母親に繋がっていくのでした。

    終わりなんてないのでしょうけれど、自分を選び、その道を信じる、信じて進むのです。

    道はいつも整理整頓されてはいません。

    頭でどれほど分析したところで、分析とおりに進めません。

    葛藤は葛藤で、混沌は混沌でしっかり味わって、それを外から眺めて、自分から出たいと思ってからでないと先に進めません。

    この過程を、一足飛びに進もうとしても必ずつまづきます。

    けど、つまづいた自分を省みてまた進めば良いのです。

    ダメだとレッテルを貼らないことです。

    まだこんなところに居るのか、と絶望するのは脳の仕業。

    諦めないで自分を愛していきましょう。





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    【2017/09/26 09:58】 | チャイルド
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親    
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