家族カウンセラーの想いつれづれ
    ☆★☆カウンセリングのお申し込みについて☆★☆
    はじめにお読み下さい→自分を取り戻す方法総目次

    申し込み要領】をお読み頂き納得の上お申込みください。
    フォーム(私専用ー女性のみ)からですと漏れがありません。

    携帯アドレスの方はsodan@@jiritusien.com(←@を1つとる)を受信許可設定を願います。
    ※2〜3週間経っても返信がない時は、申込み事項に漏れがないか確認の上sodan@@jiritusien.com(←@を1つとる)にご連絡ください。

    ご参考ー【援助者の心構え(人間関係の心構え)



    ★☆継続中の相談者さんへ☆★
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    中尾相談室:中尾眞智子拝 

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    【2037/01/01 06:55】 | カウンセリング申込方法(女性のみ)
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    出雲大社の4つの鳥居のコメントに「地球(テラ)へ」のことが書かれていて、読んだ時は嬉しくて興奮してしまいました。

    「地球(テラ)へ」は、ずっと昔に出版されて、結婚する時に連れてきた漫画のひとつです。(大切な漫画がいっぱいありましたの。)

    まもなく、映像になったという噂を聞いたものの、その頃は、原作を超えた動画は期待しなかったので、興味がありませんでした。

    そして、3.11で漫画の本棚だけが崩れました。(他の本棚は大丈夫でした。というか、本棚が多い・・・。更に本の段ボールがいくつかある。^^;)
    その中の「地球(テラ)へ」を手にした時に、懐かしさとともに、竹宮恵子さんを凄い!と改めて思いました。

    人間が、地球にいかされていることを忘れたら、こんな世界になっちゃうよ、というふうにも受け取れます。
    あるいは、人の英知は、困難のさなかでも生き延びる方法を模索する、というふうにも取れるでしょうか。


    こんな世界ー統制管理システムを維持するコンピュータ(グランドマザー)に依存して人類は生き延びています。
    支配する母親ーグランドマザー(コンピューター)を作った人間がいたということです。


    人々は、子ども時代にミュータントの素因が見られると、養育者がグランドマザーと繋がるように言うので、多くはコントロールされます。ごくまれに、支配を受けないミュータント(ミュウ)が現れますが排除されます。目が見えなかったり、耳が聞こえなかったり、声が出せなかったり、体のどこかが不自由だったりします。失われたものを補う能力が磨かれ、維持されるのでしょう。心やさしき弱き者、傷付きやすい者として描かれています。排除される前に逃げて仲間と生き延びたミュウたちがいました。

    健康なミュウが産まれて、ミュウの長(おさ)を引き継ぐところから物語は始まります。彼の持つ力はとてつもないので、感情をコントロールしなくては大変なことになります。仲間も破壊してしまいますから、意思の強い長(おさ)として成長します。


    ミュウが産まれる一方で、マザーの申し子と言われる人物が産まれました。多くの人は、感情が揺れるとマザーの繋がり、安定するようにコントロールを受けます。が、マザーの申し子は、マザーに逆らう意思を持っても邪魔しないという隠れた仕組みが、グランドマザー(コンピューター)に設定されています。

    彼は、ミュウにも興味をもち、マザーにも疑問を抱き、強い意志でマザーを欺きながら、自分自身で真実を確かめてゆきます。
    いつでも冷静で感情が無いと言われている彼が、内側に暖かいものを持っていること、グランドマザーの支配を拒絶する力を持っていること、葛藤を抱えながら向き合い続ける姿は、悩ましく痛ましいです。


    二人の主人公は、全く違う立場から、自身をコントロールする術を身につけてゆきます。自律というテーマにぴったりではないでしょうか。

    自律ー 他からの支配・制約などを受けずに、自分自身で立てた規範に従って行動すること。(goo辞書)


    私たちの意識の集合体が、世の中のシステムを維持してきました。あるいは、変革してきました。自分自身が誰かに操られていたら、操られた世界を維持し続けるのでしょう。自分自身と繋がることです。誰かのせいにしていると自分自身と繋がれません。常に自分革命です。


    ※元記事が凍結されたので、動画、引用部分等を外して再掲します。2017/11/20現在




    自分の生き癖や執着に気付く
    ハラッサーはもともとはハラッシー
    壁(鏡)になること
    アサーティブなあり方
    相談申込み要領を熟読戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2017/11/20 17:07】 | 未分類
    【タグ】 自律  マザー  
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    いろいろと乗り越えたつもりでも、更に深いところの棚卸しが待っています。

    そして、それはやっぱり母親に繋がっていきます。

    そのたびに、自分を選び、その道を信じる、信じて進むのです。

    脳内親の指令(べき、ねば)や

    脳内親の脅し(罪悪感、恐怖)に操られないでください。





    道はいつだって整理整頓されてはいませんから

    頭でどれほど理解して

    どれほど分析したところでそのとおりに進みません。

    葛藤は葛藤で

    混沌は混沌で

    しっかり味わって

    それを外から眺めて

    親からの連鎖を思い知り

    自分にがっかりしてうんざりして

    その自分を捨てる(親を捨てる)と決意して

    新たな行動が始まります。





    この過程を、一足飛びに進もうとしても必ずつまづきます。

    けど、めげないでください。

    つまづいた自分を省みてまた進めば良いのです。





    自分を外から眺める癖をつけてください。

    人からどう思われるということではありません。

    自分を客観的に見る癖です。

    もっともらしい感情が、実は脚本感情だったり

    ICを利用した脚本が、違う解釈をさせていたり

    あらゆる手段で、無意識が親を庇っていることも見えてきます。





    ダメだとレッテルを貼らないことです。

    「まだこんなところに居るのか」と絶望するのは脳の仕業。

    「まだこんなところに居る」という事実はまっすぐに見て、

    「ここまでの道のり」も切符としてその手に握り、

    諦めないで自分を愛していきましょう。





    裁縫が好きなのに針を持てなかった人が

    今では素晴らしい作品を次々生み出しています。


    もう生きる力がないと泣き崩れていた人が、今は天職を楽しんでます。


    声が出ないと言っていた人が

    歌うことで発声が変わり自信が湧いていきました。


    親に奪われ自信を持てなかった人が

    子どもの頃の夏休みの課題に挑戦して喜びと達成感を持ちました。


    ウィンドウショッピングなんて無駄だと思っていた人が

    楽しみや喜びを感じるようになりました。


    自分で洋服を選べなかった人が、選んで買うようになりました。


    親にお金を渡していた人が、家を出て自分の為に稼ぐようになりました。


    スケジュールを埋めないと落ち着かない人が、

    何もない1日を楽しめるようになりました。


    スケジュールを決められない人が、

    好き嫌いで予定を決めて楽しむようになりました。


    「言えない」と思い込んでいた人たちが

    ロールプレイ体験を積んで生活サイクルが変わりました。


    思いっきり喧嘩をしちゃったけど

    わだかまりが消えて仲良くなりました。


    相手を客観的に見れるようになり

    様々な執着や衝動を手放せるようになりました。


    全く思い出せなかった小さい頃の記憶が蘇り、棚卸しが進んでいきました。



    それらの詳細は書けませんが、

    自分を救う!

    自分を諦めない!

    この意志を持ち続けて頑張った日々。

    時には、足元をすくわれるような出来事に出会い、

    時には、辛い別れを経験し、

    投げ出したくなったりしたこともありながらも、諦めなかった人々。

    彼らは自分の脚本がわかりますから、“悔しさ”がわいてきます。

    まずは親への“悔しさ”と“がっかり”

    次に、脚本に乗っ取られて生きている自分への“悔しさ”と“がっかり”

    “がっかり”を見ないようにして、親をかばい続けてきたことにも“がっかり”

    さらに深いところで、自分を見つめてゆくことになっていきます。





    そうして、脳内親と戦うコツがその人なりにわかるようになっていきました。

    気持ちで行動出来るようになっていきました。

    ICが出た後の“脳&脚本”の逆襲にも感度が働くようになっていきました。

    翻弄されていたこれまでと違って、

    客観的に事実を見つめられるようになっていいました。





    “事実を知る”

    そして

    “事実を見る”

    “気持ちを気持ちのまま感じる”

    誰もかばわず(代理親にした誰かを庇わず)

    言い訳もせず(脳内親を庇わず)

    誰のせいにもしないで“気持ち”を受け止める。

    その時、

    “自分を生きる喜び”で満たされていることでしょう。





    諦めないで自分を慈しんでいきましょう。



    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2017/10/24 09:00】 | 自分との闘い
    【タグ】 インナーチャイルド  怒り  存在不安    カウンセリング  脚本  生き癖  過剰反応  
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    「頑張れ!」という言葉を言わねばならぬ時がある



    疲れ切った羽は十分休ませてほしい

    悲しみで一杯の心は「悲しい」と声に出してほしい
    我慢しないで

    「寂しい」と声に出してほしい



    そうしないとずっと心の奥底に沈んだまま

    「寂しい」塊になって

    依存できる誰かを求めてしまう




    その誰かは

    あなたの「寂しさ」に寄り添うふりをして

    自分の存在不安を埋めているかもしれない

    あなたの存在そのものを利用して

    自分の欲望を満たしたり

    承認欲求を満たす道具として扱っているかもしれない




    「寂しさ」から逃げないでほしい

    お酒に逃げたり

    ギャンブルに逃げたり

    時間を埋めて逃げたり

    病名に逃げたり

    恋愛に逃げたり

    暴力に逃げたり

    いろんな逃げ(依存)があるけれど

    「寂しい」ちゃんをあじわって

    味わいつくしてあげてほしい





    「依存」を自覚したならば

    どうか、踏みとどまってほしい

    「踏みとどまれ!自分!」と言ってほしい




    自律に向かっていくと

    これまで居た人との別れも訪れる場合がある


    自律した側はその人がいようといまいと関係ないけれど

    自律した人と一緒に居られない人は去っていく

    それは普通にあることだけど

    自律に進む途中の別れは執着の世界に戻って行きたくなったりする


    そんな時は

    しばし踏みとどまってから

    自律に向かう一歩を進めるのだ





    頑張れ!

    頑張れ!

    今は逃げるな!

    踏みとどまれ!

    あたりを見回してみよう

    決してひとりぼっちじゃない

    草木はやさしい

    太陽はあたたかい

    風は空気を一新する

    受け止めてくれる大地がある

    気持ちを声に出そう

    出し尽くそう

    新しい一歩を何度でも踏み出そう

    だから今は頑張れ!


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    【2017/10/03 09:47】 | 自律
    【タグ】 インナーチャイルド  自律  執着  存在不安  感情  依存  
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    短襦袢と長襦袢は晒で作っていましたが・・・さて準備

    IMG_5846_convert_20170930092333.jpg















    休み休み出来上がりました♡
    IMG_5983_convert_20170930092612.jpg




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    【2017/09/30 09:30】 | 家族小景
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    父の変遷と水墨画を読んで、あっという間のようでありながら着々と重ねた4年の月日が蘇りました。
    同居を始めた頃の私は、「これは女性がやることだから」という同じ女性からの押し付けや、「べきねば」で生きている人の押し付けに嫌悪感が湧いて、油断すると急接近で依存される感覚に慄いたりしました。




    私の母親に同居のことを話したら「こどもが親の面倒をみるのは当たり前でしょ。」「あら、私は二人も姑(再婚したから)を看取ったわよ。」と言われました。

    娘を労わることもなくこのように言う彼女は息子夫婦と同居しているわけで、嫁である義妹のことを思うと、母の言葉に厚かましさを感じて、なんともいえぬ恥ずかしさ情けなさでいっぱいになりました。

    また、自分がやったことは我が子もやって当たり前という感覚があるのでしょう。

    以前「ええ?私の子どもなのに掃除が嫌いなの!?」と驚かれ(姉は母直伝で掃除が好き、私は祖母との暖かい記憶で洗濯が好き)、逆に「あなたが掃除好きだったなんて、私たちにさせてたから知らなかったよ?」と驚きましたっけ。




    そんな母に「ジェノグラムを書かせて欲しい」とお願いしたのが去年の1月で色々なことが見えてきて、祖母と母の関係も親子逆転していたこと、祖母も母も私も次女で同じような連鎖を持っていたこともわかりました。

    色々スッキリして今後は母に腹を立てることも無意味だし止めようと思った矢先に、全く別のところで災難は起こっていて、それもこれも母の甘えや油断が状況を悪くしていったので致し方なし。




    さてさて、義父母と暮らし始めた当初は、油断すると私の無意識の脚本が発動して、母の価値観「介護は嫁がやるものだ」を引き受けてせっせと介護しようとしたり、「家にはいつも誰かがいないとならない」と言う人の刷り込みに捉われかけたりしては、『甘やかしは義父母の生活力を奪う』と思い返して踏みとどまるーその繰り返しでした。

    こちらが無意識の脚本で動いた時は、必ず寄りかかられてしまい『本当に彼らをダメにするのは、こういう時の私なのだ!』と戒めながら生活していました。





    暮らし始めは、家事も介護も夫と半分くらいで、気がついた時のタイミングで関わっていましたが、だんだんと得意なことを分業するようになり、守備範囲が決まっている分他のことを気にしないので心の余裕が全然違いますね。

    人生を楽しもう!

    引っ越してから諦めの脚本に引っ張られかけていたけど、私は楽しむぞー!

    思い切って習い事を始めました。

    産まれて初めての発表会(自作の歌を披露)も経験して、次の課題曲が決まった頃に、夫から絵でもやらないかと誘われました。

    正直、気が進みませんでした。お金も時間もかけてやりたいことと思えなかったのです。





    ためいきまじりに付いていった水墨画教室

    「私はおじいちゃまの付き添いで来ただけで、習字も嫌いで左利きだから無理です〜。」

    「あら、左利き!いいですねえ。左で描いたらいいですよ。」と先生はにこにこ

    格調高い水墨画の世界の敷居をかなり渡りやすくしてくれたのです。

    教室のみなさんも「私はピアノしか練習しないです〜。」とのうのうと言う私をあたたかく迎えてくれました。

    教室では、当日にいただいたお手本を見ながら練習をして、次のレッスンに提出、黒板に貼ってみんなで見て感想を言う、そんな感じですが、私たち3人は初級なので、まずはいろんな線描きです。

    直線、曲線、丸、葉っぱ、竹、木、岩、という具合に少しずつ課題をもらいました。

    一ヶ月に2回ですから、そうそう進みませんが、夫はたまに家で練習をするので上達が早いです。

    それでもひとつでも上手く描けたら「あら、初めてなのに上手だわぁ」と褒めてくださるお姉さまがたに乗せられて、通うのが楽しくなっちゃいました。

    半年も経たない頃に「カルチャーセンターに展示しますから」と先生から通達があり、新人さんもと言われても何も描けないから諦めていました。

    いや、諦める以前にやる気がありませんでした。

    みなさんの立派な作品を毎回見てきて、とてもじゃないが無理無理〜〜。






    ところが、どういった心境でしょうか、描いちまったんですね。

    その絵は、木々があり、水面に映る景色があり、光があり、私にとってはレベルが高いものでした。練習嫌いですから、1枚目で本番です。

    「ダイナミックで良いですねぇ。」先生は私の伸ばし方を会得した様です。しゅばらしいー。

    同じお手本で夫も描いたのですが、とても繊細で丁寧で、絵と向き合う根気の良さには感心しました。

    ふたりとも先生の手直しをいただいて、次は本番です。

    私は大作を描いて満足してしまい、あれ以上の絵なんかかけるものか、と思って諦めていました。

    夫がますます磨きがかかっていくのに感動しても、描く気になれないし、別にいいやって思っていました。

    ところが、提出前日に、しかも夕方に無償に描きたくなってしまったんですね。

    脚本(別にいいや)に従う私に痺れを切らしたチャイルドが溢れ出たとでもいうか・・・




    大作じゃなくていい!

    新人の作品は今だからかける!(ずっと新人並と本当の新人は違う)

    新人ならではの作品をかこう!






    私にしては、3枚は練習したと思います。

    墨絵 竹

    いまいちな線や葉っぱがあるけれど、まずます頑張りました。





    英司の作品は、水面を霧吹きを使ったり、何度も手を加えて素晴らしい作品になりました。

    英司 墨絵




    私が今やりたいのはピアノなので、今後は作品を提出する機会が巡ってくるかわかりません。

    けれども、もしチャンスが与えられたら、気持ちのまま作品を描きたいです。

    たった一度の人生、子どもの頃にやりたかったこと、やれなかったことを楽しみます。



    いつも思うことだけど・・・

    いろいろと乗り越えたつもりでも、更に深いところの棚卸しが待っています。

    そして、それはやっぱり母親に繋がっていくのでした。

    終わりなんてないのでしょうけれど、自分を選び、その道を信じる、信じて進むのです。

    道はいつも整理整頓されてはいません。

    頭でどれほど分析したところで、分析とおりに進めません。

    葛藤は葛藤で、混沌は混沌でしっかり味わって、それを外から眺めて、自分から出たいと思ってからでないと先に進めません。

    この過程を、一足飛びに進もうとしても必ずつまづきます。

    けど、つまづいた自分を省みてまた進めば良いのです。

    ダメだとレッテルを貼らないことです。

    まだこんなところに居るのか、と絶望するのは脳の仕業。

    諦めないで自分を愛していきましょう。





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    【2017/09/26 09:58】 | チャイルド
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親    
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    暴力は未熟な人のやること

    挑発にのったら、のった方も未熟だ

    国も同じ

    独メルケル首相ー「はっきり言っておくが平和的外交による解決しかありえない

    そのとおりだ。

    淡々と日々を営み、慈しんで過ごそう

    【2017/09/05 09:26】 | 言の葉
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    夫が、花壇の面白さに目覚めたのはごくごく最近のことです。

    実は私も花壇に縁がなく、それどころかアブラナの種をそこらの土に植えて育たなかった(小2の宿題)嫌な思い出があるので、社宅の花壇に途方に暮れましたっけ。

    それでも土は私に優しかった
    季節の花々が咲き乱れ

    枝豆の収穫を子どもたちと楽しんだし

    インゲンはご近所さんが支柱立て等を手伝ってくれたし

    毎日少しずつ雑草を取っては、アリッサムを這わせましたっけ。

    アリッサムをそうっとめくると、可愛らしいトカゲの卵があってね、

    うっかりひとつ潰してしまったんだけど、孵るまでは気をつけていましたっけ。

    小さいトカゲは糸みたいに可愛らしくて大好き。

    ああ〜あのトカゲちゃんたちは元気かなぁ。




    お〜っと!夫の花壇についてでした。




    ★土起こしの巻--------------------

    引っ越し先で割り当てられた花壇の土起こしをしてもらった時のこと、真上の部屋から見て、私は「黒々とほこほこした土になった〜」と大変気をよくしていました。

    だがしかし!

    次に見た時にはびっくりがっかり

    すんばらしく小高い山と、泥だんごと、裸足の父子

    あのほこほこした土を触りたかった〜

    そこに植えたかった〜

    もう一回私がほこほこさせないだべさ〜

    雑草の根っこも混じってる〜?

    うっげー!硬そうな土だぞ・・・



    何度か土起こしはしてもらったけれど、毎回こうでした。

    子どもたちの嬉しそうな笑顔を見ると怒れないけどね、パパがやり直してくれるならいいのにさっ

    不満たらたら抱きながら、一人でやりなおしたものです。





    ★生い茂る雑草の巻----------------

    2014年5月にこの家に引っ越してきた時、伸び放題の雑草を刈ろうとしたら

    「風情を楽しみたいからそのままにしておいて」と言われ、私はしばしフリーズしました。頭の中が過去の嫌な経験(ムカデ、ゲジゲジ、スズメバチの巣など)が浮かび、ぞ〜〜〜っ

    「わかった(=私はそこに出ない)」と言ったものの、洗濯物を干す時に嫌でもベランダに出るわけで、あっというまに高々と雑草が伸び、涙がチョチョ切れそう。

    もうやだ!

    もう無理!

    あちこちかゆい!

    風情っていうけど、雑草にまみれて住んでいるのはご近所で我が家だけだものねぇ。

    一軒家が雑草にまみれていると、ただの荒れ屋敷だよなぁ。

    「あまり酷いと思う、草刈っていい?」

    「そうまで言うなら刈ってもいいけど、少し残しといて。あの辺とあの辺はそのままね」

    一人で黙々と一軒家にはびこった雑草を刈りながら、「これは夫のもの(私のじゃない)」と自分に言い聞かせました。雑草を刈りたくない持ち主に、私の心身の健康のためにご無理言って刈らせていただいているーそうでも思わないと、やってらんねがったよ〜〜。




    ★畝?--------------

    いよいよ義父母を迎え、花を植えるだんになったら、義父が立派な畝を4つくらい作っていました。

    「え?畑借りたのにここも畑にするの?」

    夫いわく、せっかく義父が作った畝を壊すのも忍びないのでだんだんと作っていく、とのこと。

    畝に植得られた花は、野菜のように花が等間隔で咲いている状態でした。

    水やりのたびに土が少しずつ流れていくので、そのうちに花の根っこが露わになって、まぁ、弱ったり枯れたりしました。

    夫が、花の色を見てはあっちこっちに植え替えて弱らせたものもあったと思います。

    居間に座る義母から見えるところに綺麗に花を植えたいー義母は自宅の前の道路をコスモス街道にしたり、庭はところ狭しと花が植わっていましたから、一人で動けなくなった義母をせめて好きな花で癒したい思いはよくわかります。

    前の段階でだいぶ手放していたので、(やりたいようにやったらいいよ)と思って見ていたし、頼まれたら手伝いました。


    そのうち、義父が大きい畑を借りているのに、花壇にミニトマトを植えたり、野菜の苗を植えたりしました。お花たちの脇にネギ苗を何本も突っ込んだ頃に、夫が花たちの救済に動きましたっ!

    「花壇は手を出さない」という取り決めをしたことと、庭に置いていたコンポストを畑に移動したおかげで、義父の《土を見ると野菜を植えたい症候群》から、花壇の景観が守られるようになりました。





    ★覚醒?-------------

    夫が畝を取り壊し、自由に花を植え始めましたが、今度は多少の植え替えでも弱りません。

    花を増やすたびに、全体を見ては必要を感じたら植え替えます。私が種から育てたシソもバジルも、お花たちの為なら、いとも簡単に植え替えられて、あたしゃ必死こいて水やりしましたともさっ。

    そんなある朝「ミントティーでいれたコーヒーが美味しい!」と夫。

    バジル入りとまとスープ、バジルサラダ、バジルパスタ、ローズマリーの香りのウィンナー、それらを食べた彼は、お花だけじゃなくハーブにも着目し始めましたから楽しみ。


    さて、雑草さえ切りたくないのですから、伸びた花も木も切りたくないわけで、おかげでランタナは伸び放題、強い花は根っこは一つなのにどんどん横に伸びて行きました。
    その夫が、今年になって、摘芯、切り戻し、刈り込みを始めました。

    これまでは咲いている花があるから切れなかったーすると上に伸びるばっかりで良い花が咲かないー花を楽しむためには伸び放題にして良いわけじゃないんだ、とやっと辿り着いたようです。

    更には、にゃんと!夫が雑草を取ってるではありませんか!?

    感激!

    「雑草にも名前がある!」と言っていた(だからって名前を知ってるわけじゃないが)夫が、お花のために雑草の根っこを抜いているんだもん。(※刈らないです、抜いてます)

    「あ、カタバミは抜かないでね」という夫も、なんとも可愛らしい。


    彼のブログを見ると、今年の春からすごいですね。

    昔は、花壇の土起こしをしたら、まず大きな山を作ってトンネルを作る夫でした。

    水も使ってカチカチに固めた山をそのまま放置して、満面の笑みで風呂場に行く夫でした。

    その夫がまるで「花博士(我が家の花壇限定)」のようです。

    感動しちゃいます。

    凄いなぁ。

    「書く」ことを空気のようにやってきたのかなぁ。

    「書く」には、内容について吟味しなければならないから、常に研究熱心で観察熱心だなぁと感心します。




    よろしかったら、どうぞ〜。

    春の庭模様
    ※写真はフォト蔵の事情で見れないものもありますが、修復次第見れるようになるようです。「flickr」もお楽しみください。(^^)



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    【2017/09/04 22:44】 | 家族小景
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    あわわ もう広告がのっちょるー1ヶ月が速いなぁ

    書きたいことークライエントさんへの振り返りメールを書いた後に、いろいろな思いが湧いて、事例のない記事にしたいなぁと思いつつ、あれよあれよと日々が過ぎていきまするるる〜〜。
    まだメールのお仕事が残っていますが、ちょっと小休止・・・。




    私ね、去年の夏に、月にギター2回とピアノ1回で習いごとをはじめたんですね。

    自分の若い頃に作った歌を、弾き語り出来たらいいなぁって思って・・・。



    いざ始めたら、ギターは弦を押さえるのが辛いし、ドレミファソラシドもたどたどしくて、嫌になっちゃったりしました。

    ピアノは、コードだけ押さえて歌う練習をしていましたが、こちらも難しくてねぇ。

    そんな時に、「12月にクリスマス発表会があるよ」と言われて、申し込んでしまったんです。

    習い事の発表会なんて、わくわくしちゃって。(o^^o)

    無謀ですわね。

    だってさ

    階下の義母が音を気にするーことが気になって、ギターはほぼ練習なしで行ってました。

    夫は「気にしないでどんどんやれ」と言ってくれましたけどね、なんか嫌ですもん。

    電子ピアノはヘッドフォーンがあるので、少しずつ練習をしましたが、月に1回なのでなかなか上達しませんでした。

    上達しないのに、発表会って無謀ですよねぇ。あはは

    ありがたいことに、ギターの先生が「コードとリズムで即興のメロディで合わせてくれることになりました。


    そしてわくわくだけで参加した発表会。

    ピアノとギターで一曲ずつ歌いましたが、緊張してしまって、声はうわずるし大変でした〜。

    先生のギターが全く聞こえなくなって、どれだけ上がっていたのかしら。えへ

    それでも、子ども時代にやってみたかったことなので、楽しかったですよ〜〜。

    生徒さんや先生方の演奏を聴いて、昔、先輩に誘われて参加した小さいライブみたいでした。





    そして、その後、はたと気がつきました。

    あれ?はじめはピアノ教室をさがしていたんだっけ・・・。

    探しているうちに、ギターもピアノもというのを見て、嬉々として申し込んでしまったんだった。



    私、もっとピアノが弾けるようになりたーい。

    メロディを弾いてみたい。

    指がもうちょっと動くようになりたい。




    先生にお願いして、ピアノ2回、ギター1回にしてもらいました。

    ギターの先生には

    「先生、今ピアノを弾きたいので、ギターは現状維持プラスαでお願いします。」と言ったら

    「わっかりましたぁ。」と笑顔で、毎回私の出来ないことをちょこっと入れて練習をさせてくれます。

    こんな弾き方もあるよって「歌いながら弾く」ことをちゃんと考えてくれていて嬉しいです。

    おばあちゃんになっても楽しめるように、という長期計画でもありますしね、呑気にいきます。




    そして、ピアノレッスンの日、「大人のハノン」を購入して、レッスン曲は、「糸」をコピーして持参しました。



    先生、わたしもっとピアノを弾けるようになりたいです
    コードを押さえて歌うだけではつまらない、でも指が動かないです
    曲を弾いて練習してみようかと、これ(楽譜)もってきました
    これが無理なら先生から課題曲をもらいたいです



    すると、先生は

    「うん、まぁ、はじめてにしては難しいかもしれないけど、やってみましょう?」

    「え?持ってきてはみたのですが、途中から音符が忙しそうでとても無理だと思うので、先生何か他にないですかね。(怖気付いてる)」

    「まぁ、ちょっと今弾いてみましょうか(笑顔)」

    「あ、はい。じゃあちょっと」

    「わぁ、上手上手。でも、両手でいきなり弾くよりは、片手ずつやって合わせる習慣にしたほうが、難しくなった時に良いですよ。ここからは片手ずつやってみましょう。」

    「(なるほど〜)」

    「では、合わせてみましょう。うんうん。いいですねぇ。」

    前奏は簡単そうなのに、いざ弾いたら難しいでした。

    (こんなに指が開きません〜)と思っていたら、先生がとってもチャレンジャーでして、また一段教えてくれました。

    気分で持って行った曲に後悔がよぎりましたが、先生の前向きな笑顔を見たら、(やるしかないべさっ)ってなって。

    月に2回えっちらおっちら進みました。

    いっぱい練習出来た時は褒められて、練習出来なかった時は、なんと励まされているんですよ。

    「お仕事もされていてお忙しいのに、頑張っていらっしゃいますね」って、笑顔で言われたらテンションあがりますね。

    練習不足の時もいっぱいあるし、ハノンなんてちっともうまくならないけど、先生から叱られたことはもちろん、がっかりされたこともありません。

    だからってただ優しい甘い先生じゃないんですよね、音楽に対する凛とした姿勢が伝わってくるんです。


    はじめてお友だちの家で遊んだピアノへの憧れが成就する喜びと緊張感で、レッスン日はへとへとしてるんだけど、とっても楽しいー不思議です。

    曲をはじめて8回くらいレッスンが進んだ頃ー6月に、自分がどんな風に弾いているのか見てみたくて夫に動画を撮ってもらいました。





    初課題曲「糸」ー半分くらい進んだところ?




    下手くそですが、これがこの時の精一杯!

    今はもっとむじゅかしいー終盤に入ってるけど、スムーズに弾いてみたいもんだ・・・。

    たださっ

    いくつになっても、やりたいことは始められるんだってことを伝えたいな。

    小さいお子さんがいて忙しいお母さんも、共働きで子育てしているお母さんも、イクメンパパも、

    好きなことはずっと持っていたら、夢を叶える準備を無意識にしていたりします。

    やりたいことの為にお金を稼ぐ、あるいは小金を貯めるー自分の為だから頑張れます。

    年をとった時に、趣味を持っていたら趣味仲間と楽しく過ごせます。

    手芸や絵や墨絵を楽しめたら、作品を完成させる目標に向かって充実出来ます。

    将棋や囲碁が出来たら、脳トレになりますね。パズルゲームもいいかな。

    音楽が好きな人は、一生涯「聴く」喜びがありますよね。


    「好き」がたくさんあったら、人生楽しいそう。

    もっと好きなことを増やしたいです。(^^)





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    【2017/08/08 18:23】 | 私事
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    Re: こんにちは、お久しぶりです
    中尾眞智子
    >短期間にここまで指が動くようになるなんて、好きこそ・・・ですね(^^)

    なるほど、ギターは現状維持ですから、好きこそ〜なんですね。

    > 私もいろいろ趣味をはじめたくてできないでいます。

    一番手近に出来ることからやってみちゃう。まずはお試しに参加しちゃう。

    > いつも真智子さんならこう聞くな、と思い自問自答し答えがすっと降りてきてちっちゃいちゃんが喜んでるような気がします。

    対脳内親に脳内眞智子を持つ人がいますが、それはなんだかんだ言っても、ご本人です。つまりハムさん自身が、ちっちゃいちゃんの喜ぶことをしているのです。脳内眞智子の手柄にしておくあたりが脚本だなぁと思いますよん。(^^)

    > ここにくると何処かにヒントが隠れていてIPに負けない気持ちにさせてくれます。

    ありがとうございます。

    > ああーまたいい子ちゃんが難しく書こうとする。

    ここ、ここをなんとなくもやっと素通りしないで、意識化して表現したことがいいですね。

    > IPはすぐにじゃましに来ます、ご苦労さまです;

    ほんとほんと、チャイルドが喜んだ瞬間にIP&脚本連合が自動実行しますからね〜。ふふ
    >
    > 負けないです、少しずつ前に進みます、進んでるはずだから(^^)

    「進んでいるはずだから」を「進んでるなぁ」と言い換えてみるとどうでしょう。より実感に近い言葉を使うと色々気付けて面白いですよ〜。(^^)v


    こんにちは、お久しぶりです
    ハムさん
    真智子さんすごいですね、短期間にここまで指が動くようになるなんて、好きこそ・・・ですね(^^)
    私もいろいろ趣味をはじめたくてできないでいます。
    いつも真智子さんならこう聞くな、と思い自問自答し答えがすっと降りてきてちっちゃいちゃんが喜んでるような気がします。
    ここにくると何処かにヒントが隠れていてIPに負けない気持ちにさせてくれます。

    ああーまたいい子ちゃんが難しく書こうとする。
    IPはすぐにじゃましに来ます、ご苦労さまです;

    負けないです、少しずつ前に進みます、進んでるはずだから(^^)


    Re: うわーん
    中尾眞智子
    > 見たらダメ!
    > 見る価値ナシ!
    > 時間のムダ!
    > 頭の中で「おかあさん」の声がすごいです

    スキル的にいえば脳母の言うとおりですものねぇ。説得されちゃいそうですよね。

    > そしてその隙間から、強烈な嫉妬が滲み出してきてます

    嫉妬ちゃんの原点も小さい頃に何かあるかもしれませんね。

    > 記事全体から、眞智子さんのワクワクが伝わってくるから

    そっかぁ。わくわくしちゃいけなかったのね。

    > 具体的にはなんにも思い浮かばないけど
    > 私もやってみたいことがいっぱいあるってことだな、こりゃ

    思いついたことからやってみるとか、苦手と思ってたことが楽しくなることもありますよ〜。

    > って、私いまどっちの自分を鬱陶しいと思ったんだろう?

    「鬱陶しい(IP)」と言わせてこの課題から逃すはずだったのに、そこに疑問符を打ったから棚卸しに向かうのかも。

    > いずれにしても、気持ちを揺さぶられるような記事を有難うございます!

    こちらこそ、ありがとうございます。^^


    うわーん
    東風
    動画を拝見し始めたら、もーすごい!

    見たらダメ!
    見る価値ナシ!
    時間のムダ!

    頭の中で「おかあさん」の声がすごいです
    そしてその隙間から、強烈な嫉妬が滲み出してきてます
    記事全体から、眞智子さんのワクワクが伝わってくるから

    具体的にはなんにも思い浮かばないけど
    私もやってみたいことがいっぱいあるってことだな、こりゃ

    って書いた瞬間、ドン!!!と気持ちが重くなる…
    あああ、もう~~~~!
    鬱陶しいなぁっ!!!

    って、私いまどっちの自分を鬱陶しいと思ったんだろう?
    いずれにしても、気持ちを揺さぶられるような記事を有難うございます!

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    幕末に訪れたオールコック(英人)は“大君の都”に「江戸の街頭で、裸のキューピットが父親に抱かれるのを見かけるが、これはごくありふれた風景だった。父親は、この小さな命を抱いて優しく起用にあやしながら歩き回っている。」と記しているとか。

    江戸時代は育メンが当たり前だったのですね。




    江戸時代の親より

    引用ここから--------
    最近のイクメンではありませんが、江戸時代は、父親が育児をしていたようです。
    しかし、孟母三遷のように母親が子どもの教育のために一生懸命になる姿が昔から紹介されてきました。その母親の姿は、寺子屋の教材として取り上げられ、紹介されてきましたが、その解説に「女性でありながら、素晴らしい子育てをしている。いわんや父親であれば。」と書かれてあるのを見ると、父親が育児をするのが普通であることがわかります。
    その意味から、かつては「父兄」と言っていたのかもしれません。どうして、父親が育児をしていたのかというと、子どもは目に見えない格式などを引き継ぐものであり、先祖から預かったもの、預かりもので、父親が責任を持って育てるという気風があったからだといわれています。
    この子どもは自分の所有物ではないと云う考え方から、昨日のブログの「換え子制度」のようなことが提案されるのでしょう。

    また、江戸時代には、母親が子育てに専念できない厳しい状況があったのもその理由だったようです。江戸時代、20代~30代の女性の死亡率は、男性の2倍もあったのです。その原因は、出産によるトラブルで、妊娠による病気や、難産、産後の日経ちの悪さが原因だったのです。
    また、農村では母親、女性は重要な労働力でした。女性として、出産時期が労働力としてもベストの時期なのです。ですから、江戸時代は父親が子育てに関わることなしでは考えられなかったのです。
    だからと言って、父親が一人で子育てができるわけはありません。そんな父親や家庭を助けるために、江戸時代には独特の地域システムがあったのです。いわゆる子育て支援が行われていました。
    天保、嘉永、安政にかけての混乱した世相の中、農民の教化と農村改革運動を指導し大きな事績を残した大原幽学は、「子供仕込み心得の掟」20か条を掲げています。

    1、預かった子を家中のものが可愛いと思うようになり、人目を忍んで落涙する程の愛情をかけよ。
    2、男は15歳、女は13歳までに何事も一人前にできるようにならないと生涯の恥なので、十分に心がけさせよ。ただし、これは口で教えると口で覚えるので、とにかく行いを示して教えよ。
    3.食事について意地汚くならないように心がけよ。
    4、子供が人の悪口を話すときは、家中内挨拶もせず知らぬふりをするが良い。
    5、人に呼ばれた時は、必ず返事をしっかりとさせるべきである。
    そして、最後の結びには、「ただ情の深いのが極上である」と書かれてあります。

    こんな幽学ではありましたが、親子の課題は何かというと、一人前になれない、親離れできない子どもというよりも、子離れできない親の問題でした。
    彼は、村人を立て直す同情として「改心楼」を建設して、子どもを独自に教育しようとします。その時に一番問題になったのは、甘やかす親と甘ったれる子どもであったようです。親子の情は、時として仇になることが多いことを指摘しています。子どもへの愛情がいつのまに溺愛になり、放蕩息子をつくることになって家は破産し、断絶することがままあったのです。
    ですから、子どもは小さいうちから第三者、今でいう保育園に入れるのがいいとしています。そこに入園させるのは、子どもを愛しているからこその行為であり、子どもを放り出すことではないことを強調しています。幽学たちは、幼いころから他人に面倒を見られるのは、親のありがたみ、他人の情けを知り、他との協調性、忍耐力を身に付けさせ、一人前の人間に育つためには非常にいいことであるとしています。
    子どもは、小さいうちは親のもとで育てるのが一番いいとする3歳児神話は、今では政策上の作戦であることはよく知られています。

    ----引用ここまで


    なるほどですねぇ。
    母親しか見当たらない学校行事で「ご父兄の皆様は〜」と言われる原点がわかりました。

    また、「養育往来(天保10年ー1839年京都の書家・小川保麿著)」には、子育ての秘訣が書かれてあって、90%は父親の子育ての心得が書かれてあり、子の9割がたは父親の子育ての結果である、とされていたそうです。

    妊娠中の妻が苦しみ始めた時の夫の心得が、図を使って説明されているそうですから、親切な育児書です。“まだ、体内にいる我が子さえ守るのは父親の責任とされた”なんて、頼もしいったらないですね。





    大原幽学が、我が子をよその子と取り替えて育てる「換え子教育」を始めた背景には、ー農村の改革があったようです。
    村人の心は飢饉の影響であれ荒んで、子供達の素行も乱れていたので、「村を立て直すには、改革しかない」と子どもたちの教育にも目を向けました。


    「江戸の父親たち」より

    引用ここから--------------
    1月5日夜、NHK教育TVで「大江戸子育て事情」という番組をやっていた。
    江戸時代、子どもは「家」やその財産、格式などを受け継ぎ、さらに次代へつなげる重要な役割を担っていた。
    その子どもを大事に育て、一人前にする役目を背負っていたのは父親であり、江戸時代は父親の子育て熱の盛んな時代であったという。
    それは、藩主から農民にいたるまでの様々な立場の人が書いた多くの「子育て論」からも伺えるという。
    また、江戸時代の人々は、親だけでの子育ては難しいことをわかっていて、地域全体での子育て体制を作っていたという。
    医療も発達していない時代で乳幼児の死亡率も高く、子どもを立派に成長させることは大変だった。
    そのため、成長の節目節目の通過儀礼を大切にして、地域全体で子どもを見守る体制を作っていたが、それが「仮親」である。
    これは、一人の子どもに、義理の親として何人もの大人が関わって地域社会の「絆」を深め、生涯にわたって子どもを見守っていくというものである。
    「仮親」は、妊娠中に「岩田帯」を送る《帯親》からはじまり、出産に立ち会い、へその緒を切る《取り上げ親》(産婆とは別)、出産直後に抱き上げる《抱き親》、名前を付ける《名付け親》、赤ん坊を初めて戸外へ連れ出して行き会った人を《行き会い親》、赤ん坊が丈夫に育つように形式的に捨て、それを拾って育てる《拾い親》→後日、実の親が貰い受けるなど等、さらに成人するまでには何人もの仮親がいて、最後は結婚時の仲人まで親が存在していた。
    そして、これらの親たちは、子どものセーフティーネットとして、生涯にわたって見守る役目を持っていたという。
    また、この「仮親」が、“父親たちの子育て”を支えていたという。

    江戸時代後期に、現千葉県旭市で農民を指導し、世界初の農業協同組合といわれる「先祖株組合(1838年)」を創設した大原幽学(1797~1858年)は、飢饉で荒廃した村人たちの心を取り戻すためと、未来を託す子どもの教育を兼ねて、「換え子教育」の実践に取り組む。
    これは、6歳~14歳くらいまでの年齢の子どもたちを、1~2年位ずつ実の子と他人の子を換えて育てるというものである。
    これは、格式やしきたりが違う家庭に子どもを預けて教育してもらうことであり、貧しい家の子は裕福な家へ、裕福な家の子は貧しい家へ預けられたという。
    そして、親たちが、どの子も我が子のごとく区別なく可愛がることで、人心の荒廃をくい止め、地域の絆を取り戻していこうというものである。
    この換え子は、幽学の死後も明治期まで続いたという。

    江戸期の父親の「子育て論」を調べてみると、むしろ親を戒めているものが多いと感じる。
    幼児教育に「三悪」といわれるものがあり、「表裏」「臆病」「傲慢」の三つの排除である。
    「表裏」は、親が子どもに対してその場限りの嘘をつくと、子どもも嘘をつくようになり「表裏」のもとになるから、親は子どもに対して嘘をつくなという。
    子どもが言うことを聞かないからといって、怖い話をして脅かせば「臆病」のもとになる
    子どもが気に入らないからと、(子どもの気に入るように)親が道理をまげて知らん顔をしていると「傲慢」のもとになるというものであり、どれも親自身の態度を戒めている。
    また、厳しい教育と折檻(体罰)は別で、まだ体のしっかり出来上がっていない子どもに対しての折檻は、親が病気の種を植え付けているようなものだと諫めている。
    あるいは、折檻は子どもに恨みを抱かせてしまい、結果的に子どもを悪い方へ向かわせてしまうと戒めている
    子どもを褒めればそこで止まってしまうので、褒めてはいけないというものもあれば、幼い子にも道理を尽くして語り、子どもも褒められれば嬉しくてさらに頑張るという、現代でいえば「褒めて育てる」というのもある。
    一番尤もだと思ったのは、悪くなってしまった子に対する接し方だ。
    大人に対する礼儀がないからといって怒ってはいけない、礼儀を教えられていないものに怒っても意味がない、まず、その子の善いところを一つ認めてやることから、人間関係を作っていき、大人自身が自分の親のことを思い出し、自分自身の真の気持ちをその子に語るべきだという
    つまり、口先だけのお説教や教訓は、相手の心に響かない、子どもを、表裏のない真っ当な人間に育てるには、大人自身も表裏のない真っ当な人間でいるということだ。
    そして、これらの「子育て論」の根底にあるのは、子どもを大事に育てるという思想だ。
    さらには、「子どもは預かりもの」で、戸主であってもその自由には出来ないという思想だ。

    引用ここまで----------------


    なんとも羨ましい。


    我々世代では《産む》という大業を成してぐったりしている枕元で、「次は男の子ね」と言われたなんてよくあることで、更には子育ての責任は母親に預けられてきたのです。母親はとても孤独です。その心細さを我が子を抱きしめることで耐え忍び、ついにはいつまでも母子分離出来ないまま、気が付いたら親子逆転しているーしかも気がつかないので連鎖します。

    「お前は母親だろ。」
    「子育ては母親がやるもんだ。」
    我々世代にはこのような男性も多いけど、彼らが本当に母親に愛されて育っていたとはあまり思えません。だって、母親に愛されていたら、内に育った愛情が妻子を放置しないでしょうし、我が子の責任を母親(妻)になすりつけようとはしないでしょう。自分の母親が心もとなく不完全だったから、妻に完全なる母親を求め続けるのだと思います。母親から本当には愛されなかった心の空洞を、妻に埋めてもらおうとするのじゃないかと思います。けれども母親の実態は見たくないから、無意識に母親を理想化して、それを妻に求めて(求めたとて高い理想は叶わず)、妻に不満ばかり言う男性っていますよね。ファザコン女性は、その逆をやって夫を苦しめます。





    1979年に出版された「母原病」という本がベストセラーになりました。
    著者の久徳重盛医師は、【人間学誌『致知』 /2000年12月 致知出版株式会社発行】で以下のように言っています。

    引用ここから-----
    小児科医の立場からいうと昭和30年から35年ごろにかけて、小児麻痺とか日本脳炎という昔の子どもの病気というのが非常に少なくなりました。それで将来の日本の子どもは健全に育つぞと思ったんですが、代わりに小児の心身症とか親子関係の歪みというような、それまでにはなかったような現象が出てきました。
    私の専門の喘息を例にとっても、子どもに投薬しても、生活スタイルを改善するように指導しても病気が快方に向かわないことが多くなり始めました。そういう患者を何人も診ていくうちに、これは身体的な原因だけでなく、心の問題が絡んだ病気ではないかと気づくようになりました。しかも多くの場合、付き添いとして一緒に来る家族、とくにお母さんとの関係が強いのではないかと考えつくようになったのです。
    -----ここまで

    戦争と、戦後の高度成長期が、母親を孤独にしてきたのでしょう。

    長い江戸時代(1603〜1867)を終えて、わずか88年後には「母原病―母親が原因でふえる子どもの異常 (1979年) 」がベストセラーですから、びっくりたまげてしまいます。江戸時代の面影はゼロ。人間ってほんと「忘れる」生き物なんですねぇ。
    『母親が原因で増える子どもの異常』ーつまりは、その母親を支える背景やシステム(社会構造)がおかしいということですが、「母原病」という言葉が独り歩きして苦しむ母親は多かったと思います。

    その後、久徳重盛医師は「父原病―父性なき父親が、子どもを歪ませる(1997)」という本を書いていますが、こちらも、父親を支えるシステム(社会構造)がおかしいということでしょう。

    いずれにしても、母も父も愛情豊かに育っていないから、こんなことになっているのでしょうね。





    2010年には、芦田愛菜ちゃんが、極寒の中薄着一枚でゴミ袋の中に入れられ捨てられていた怜南役をやった、「Mother」が話題になりました。(クライエントさんは辛くて見れないという人が多かった。)





    そして2011年には「母を棄ててもいいですか」という本が出版されました。
    これね、数年前に姉に送ったら「ちょっと読めない・・・」と言われちゃいまして、その後まもなくして、「“母という暴力”」は読めた、と。
    その時は適当に聞き流していたけど、今書いてみると、「母の暴力は受け入れるが、棄てることは出来ない」と言っているようではないか・・・。
    わお!“無意識に守る”ってこういうことです。





    今年は、「お母さん、娘をやめていいですか?(2017年1月〜ドラマ)」が話題になりましたね。

    早瀬美月は母親に真綿の支配を受けていたことに気がつかずに、「ママが大好き」で生きてきましたが、その母親ー顕子も、実母に苦しんできたことが描かれています。会社一筋だった父親が、顕子を母親としてじゃなく“妻”として向き合い始めてから夫婦関係が変わっていく様子も描かれています。
    母親にダメ人間のレッテルを貼られ、逃げるように結婚した顕子が、我が子(三月)を教師(自分がなれなったので母親に侮蔑を受けている)にさせ、自分の愛すべき分身として完全なる存在(人形)に作り上げようとする様子は凄まじいです。我が子のためじゃなく、自分の幸せのためでもなく、実母のためでさえなく、ひたすら脳内で自分を脅かす声に従って、忠実な人形を作ろうと必死なのです。そのたゆまぬ努力は脳内母親に見せるためにやっていますし、我が子を決して幸せにはしない執念があります。

    顕子の母親が、施設を訪れた孫の三月に、娘に対する本音(素直な反省の気持ち)を言った場面がありますが、直接言わないで娘を苦しめているんだもん、このばあちゃん確信犯です。「なーに孫にだけ良い人ぶってんだよ!ばーか、ばーか!」と言いたくなります。
    娘が脚本(アルコール)を手放さないための共依存者をやってる、決して娘を幸せにしないー解放しないのです。





    そして「母になる(2017年4月〜ドラマ)」。

    母原病と言われ、父原病と言われ、母を棄てたり、娘をやめたりして、やっと「母になるってどういうことでしょうね。」というテーマのドラマが出てきました。

    このドラマでは、産んだ母も、育てた母も、子どもを死なせてしまった母も、「母になるってどういうことだろう」と葛藤しますが、私はこの葛藤と向き合う人が「母親」なんだろうなと思います。逃げないで、言い訳しないで、向き合い続けることなんだと思います。

    「私は母になる途中なんです」と言うセリフがあるけど、真摯に向き合っている母なればこそ謙虚さが伝わって来ます。もし、未熟さの言い訳で「私は母になる途中なの!」と開き直って言われたら、「は?途中もなにも母親だろ!」と言いたくなるのじゃないかしらね。

    このドラマには、二人の母親を見守る多くの存在があります。
    例えば夫の母親が“家族会議”を開くと言い出し、孫(広)に関わる人みんなを集めるが、本当の狙いは、「結衣はひとりじゃない」ということを形にしたかったのでした。言葉で言っても説得力がありませんから、行動で示して形にする必要があったのです。こういうひとつひとつも勇気が要る世の中になってしまいましたから、ドラマでどんどここういう場面作ってほしいな。

    多くの人が、自分に無い魅力に惹かれたり、自分に似たものを感じて、結婚してみたら脚本もベストカップルなわけです。それはこのドラマの人物にも言えることだと思いますが、こどもの成長を思う時、自分を壊し(執着を手放す)、新しい自分を構築していくふたりの母親の様子に嬉しくなっちゃいます。

    家庭を築くー“築く”とは「積み上げてつくる」ことです。日々のたゆまぬ努力というか、“心がけ”がなければ築けないのでしょうね。積み木のように簡単に崩れる家庭にはしたくないですね。過去の自分の概念や執着をどんどん壊して、しっかりした土台を作りなおしながら家庭を築いていきたいですね。

    劇中で「母親に卒業はないけど家族にはあるー母親の手を離れた子どもがやがて家を出て行く時、それが家族の卒業」とあって、妙に納得しました。つまり、結婚しても(その後離婚しても)母親(&父親&兄弟姉妹&親戚一同等)に捉われているうちは、今の家族と生活しながら、心は源家族と暮らしてるのです。今の家庭が壊れるのも時間の問題ですよね、って脅したわけではないのですが、そう思えてきたらどうぞ少し焦ってください。本当に大切にしたいのは、どっちかな?





    色々と書きたい放題書きましたが、江戸時代のようにはいかないまでも、“母親”も“父親”も孤独にさせない社会システムになってほしいです。





    農村を救った知の侍ー世界で最初の協同組合を作った“大原幽学”

    長部村の遠藤伊兵衛さんにも拍手を送りたい。
    この人が動かなかったら、長部村は変わらなかったのだから。







    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2017/07/04 16:21】 | 育児(育自)
    【タグ】 インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  子育て  育自  大原幽学  江戸  養育往来  オールコック  
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    「或とき作左衛門留守の妻へ出状ニ 一筆申入火の用心おせん泣すな馬こやせ と 書て送りしと也」と岩瀬文庫蔵『古老雑話』にあると、 紹介されている方がいて、「おせん泣かすな、馬こやせ - 黌門客」で検索出来ました。
    とくめい
    御紹介の記事や引用元の楽しげな保育園の記事を読んでたら、終いには「…三歳児神話は、今では政策上の作戦…」と。根深いなと思ったので書いときます。
    恐らくは縄文以来、伝統的な日本社会は、異様に、男女を同等とする社会で、周辺とのお付き合い上、恥ずかしくなるくらい女性の権利が強い社会です。
    大正期くらい迄は、日本が取り入れようとした先進文明は男尊女卑の秩序で、導入に熱心な人達は、征服教化の対象の野蛮とされる事を恐れる又は受け入れようとする人達です。
    儒教圏から律令を導入する際も、
    凡、皇兄弟姉妹、皇子女、皆親王とは書けなくて、
    凡、皇兄弟、皇子、皆親王と書いて、本注で女帝子亦同と入れて、皇姉妹と皇女も親王、四世迄の女性皇親と五世の女性も同様に王とします。
    儒教圏では女性は親王、王とされませんので、皇子皇女を併せて「帝子」と呼びます。
    日本律令では、女の親王が内親王、女の王が女王です。
    男も女も親王、王で、女は男を補助する為に創られる男女差が解ってなくて、正妻でなくても天皇の母は院号を持つ国母で、庶子差別が厳格では無い社会じゃ教化植民地化の対象の野蛮とされかねないので、明治皇室典範から男は親王、王、女は内親王、女王、正妻の皇后、親王妃、王妃は婚姻により皇族とします。

    恋愛婚、離婚再婚自由なんで律令導入期は血眼になって二夫に見えぬ節婦を探して表彰します。節婦の存在は、他を征服教化する使命を持つ、男女の別有る文明社会を象徴するからです。
    女性の権利が強ければ、母子同居で、女性は異父兄弟姉妹の母となれ、子供の父達に対して「あんたの子でしょ!何とかしてやって」と、男親が提供出来る最高限度を要求しますから、子は父と同じ氏姓の同一身分とされ、父の世渡りの為の知識、技能、人間関係を受け継ぎます。別居婚でも婚姻関係破綻後も父子間に情が有り父母が話あえて協力出来る人間関係の基本を親子関係とする社会でないと男女平等は難しいんですが、近現代は婚姻関係を基本的人間関係とする文明社会が野蛮な他を植民地化教化する時代です。
    母子同居は女性が財産を持ち、労働して所得を得られる事が許容されないと無理ですが、江戸期迄子供は、働く母親の側にいました。
    「お仙痩さすな」(太らせろ)が原文だと言う話もありますが、
    武士の家では、あまり子供を泣かすと、戦働きが難しい大人になるとされていました。他の生業だって同じです。子供が一番泣くのは母子分離を強要される時です。

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    理由があって捨てたゴミを

    横から
    「まだ使えるのに」

    と言われて嫌な思いをするくらいなら、家族と別に捨てたっていい



    嫌な思いを放置すると

    その後、脳内親として住みつかせてしまう



    相手は、頭の中の親に

    「勿体ないことはしませんよ」

    と言う為に証人として人を利用しているー自由じゃない人




    その後一人になって

    「ゴミまでチェックすんなー!」

    「嫌だー」

    「気持ち悪いー!」

    「むかつくー!」

    と吐き出して吐き出して

    その傷の悲しみも

    「悲しい、悲しい」

    と声に出して自分を抱きしめる






    そうして繰り返し抱きしめるうちに

    忘れていた子どもの頃の

    似たような感覚の出来事を思い出すかもしれない



    そのエピソードをリアルに体感(ロールプレイ)して

    子どもの頃の我慢を知るだろう



    あのひあのとき

    お母さんにいえなかった気持ちだったんだ・・・

    その我慢が大人になっても続いて痛んだ・・・

    「もう我慢しなくてもいいよ」

    自分に許可する






    日々の小さな怒りも

    隠れた傷(IC)を受けとめて棚卸しをすると

    気持ちで行動出来るようになってくる

    「いらないから捨てたんだよ。」

    「いちいち言われて嫌だよ。」

    同じ言葉なのに

    棚卸しの後は、堂々と言えて罪悪感もない

    スッキリして気持ちがいいー自由だ



    自律の一歩におめでとう




    ※家族のゴミをチェックする(人と境界線を引けない)親は多いです。



    ハラスメント界にいるのは自分自身
    ハラッサーとハラッシーのいたちごっこ
    いたちごっこから降りる
    相談申込み要領納得戴いた上で、私専用相談申込(女性のみ)からお申込みください。


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    【2017/07/01 06:23】 | 自律
    【タグ】 自由  自律  インナーチャイルド  人生脚本  無意識  脳内親  ハラスメント  インナーペアレンツ  怒り  
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    Re: タイトルなし
    中尾眞智子
    > 離婚して実家に戻っていたころ、元夫からもらった指輪を捨てたら、後日母の指にその指輪があった。

    ええーーーっ?きっついなぁ。

    > 捨てたはずの辞書が父の書斎にあったことも。

    あわわ・・・

    > 分かっていて、ごみ捨てを両親に頼んでいた私も同じ世界にいたのかな。
    > 境界線を引けないということなんですね・・・

    ご自分に対する理解が深まってよかったです。


    お久しぶりです(*^^*)
    中尾眞智子
    > いやいや、それはあることによって私にとっては精神的圧迫になるのよ、と説明しても"もったいない"。話が通じないんですよね。


    >昔々貧乏してたからかな、とか、今ほど物質的に豊かな時代じゃない時を過ごして苦労したからかなとか

    心の通じる人であってほしい期待がどこかにあるから、(きっと理由があるに違いない)と思うのでしょうね。現実は、こちらの気持ちを説明しても、話が通じないのですもの。不安を見たくないための時間潰し空間潰しかもしれません。


    > 結婚して家を出てからは、「捨てるのも私の自由なんだぁぁー!!ヒャッハー(*≧∀≦*)」です

    (*゚▽゚ノノ゙☆パチパチ

    > しかし、要るもの要らないものを整理整頓しておもったのですが…物を通じて色々な思いに支配されていたんだなぁ、と。

    気がつけて解放されましたね。^^


    はじめ
    離婚して実家に戻っていたころ、元夫からもらった指輪を捨てたら、後日母の指にその指輪があった。
    捨てたはずの辞書が父の書斎にあったことも。
    分かっていて、ごみ捨てを両親に頼んでいた私も同じ世界にいたのかな。

    境界線を引けないということなんですね・・・



    こうめ
    お久しぶりです(*^^*)
    >※家族のゴミをチェックする(人と境界線を引けない)親は多いです。
    ゴミチェックの話は、周りでもよく聞く話です。
    ワタクシ、最近まで断捨離をしていました。マメに片付けているつもりでも、知らず知らずのうちに要らないものが溜まっているものです(-""-;)
    うちの母も"もったいない"で集積所に夜中コッソリ捨てたゴミをわざわざ回収してきちゃう人でした。中には縁の切れた人(例えば元カレ)から貰ったものもあって、私としてはどうしても処分したいものまで"もったいない"。いやいや、それはあることによって私にとっては精神的圧迫になるのよ、と説明しても"もったいない"。話が通じないんですよね。昔々貧乏してたからかな、とか、今ほど物質的に豊かな時代じゃない時を過ごして苦労したからかなとか、色々考えて自分の気持ちと彼女の半生に折り合いをつけながらやり過ごしていましたが…。
    結婚して家を出てからは、「捨てるのも私の自由なんだぁぁー!!ヒャッハー(*≧∀≦*)」です
    しかし、要るもの要らないものを整理整頓しておもったのですが…物を通じて色々な思いに支配されていたんだなぁ、と。


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    夕日に映る空が好き

    時に反対の空が薄紫に染まっていく

    太陽がこんなにも広い空を染めていくのかと

    うっとりと

    変化を見つめて過ごす束の間

    しあわせ

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    【2017/06/29 08:39】 | 自然
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    IMG_5505
    IMG_5505 posted by (C)machi
    〜夕日が雲を連れて行く〜





    そう言いたくなる夕日をなんども見てきましたが、これはまたごっそり連れて行きますね〜。




    夕日を見るために畑に向かって散歩(時には駆け出)します。












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    【2017/06/29 08:26】 | 自然
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     Huluで見直したら、見逃してたところ(1話なんてほぼみてない)がいっぱいあった。気になったところを (。_。)φ
    脚本家の作品は、テレビをあまり見ないから知らないけど、一つだけ知ってる「ガラスの仮面」を手掛けた人。
    野際陽子さんの月影千草が懐かしい(ご冥福をお祈りします)。

    あと『スクラップ・ティーチャー〜教師再生〜』も見たなぁ。中島裕翔が生徒役だった。


    母になる1話

    ◯柏崎結衣のモノローグ

    「誰の足跡もつけられていない真っ白な雪道を、かさかさと音を立てて歩くのが好きでした。

    母が亡くなり、男手一つで父に育てられ、その父も事故で亡くなり、たった一人で生きていかなければなりませんでした。
    時折、世界から取り残されたような寂しさに沈んでしまうこともありました。

    あの日、こう、あなたが産まれた日のことです。
    10月10日お腹の中にいたあなた、会いたかった
    震えるような思いで、はじめてあなたを抱いたあの瞬間、まるで世界を抱きしめたような気持ちになりました。」



    世界から取り残されたような寂しさ
    まるで世界を抱きしめたような気持ちになりました。
    世界=母親





    ◯柏崎陽一のエピソード(母ー里恵のセリフ)

    「陽一の下にもう一人いたの、会社が大変な時でね、無理しちゃったのね。
    子どもをダメにしてしまったの、ずーっと悔やんでた。

    陽一は亡くなった父親に似て、ちょっととっつきにくいとこあるでしょう?
    言葉数も少ないし、あれでよく授業がやってられるわねぇって、生徒さんから不満が出ないのかしらって、心配してたのよー。それが今では准教授にもなれて、こうやって休日は皆んなで楽しく過ごすことも出来て、ほんとあなたと広ちゃんのおかげだわ、ほんと幸せ」




    ずーっと悔やんでた母の姿を見て育った
    父親に似てちょっととっつきにくい、と母に思われていた
    生徒さんから不満が出ないのかと心配する母






    ◯トレーナーに我が子のイニシャルを間違えて縫い付ける母

    結衣「ごめん!間違えちゃった!ごめんなさい!」

    広「えー?しょうがないな、いいよいいよ」と母の頭をヨシヨシする。

    「優しいね、広」と陽一父に言われ、嬉しそうな広




    ◯広を誘拐される

    陽一が結衣の同窓会のために、広を大学(職場)に連れていき、西原教授と歓談している間に、広は部屋を出てしまう。探し回って、屋上にいる広を見つけ駆けつける。

    飛行機を見ながら「ママ乗ってるかなぁ、おーいおーい」と手を振る広にほっとする。




    結衣のお土産の飛行機を見て

    広「作って作って〜」

    陽一「つくろっか」

    結衣「明日にしなさい、もう遅いから」

    広「作って、作って〜」

    広にしたら口では今日はダメって言ってるけど、結果的には自分のやりたいことをやらせてくれるお母さんだ。



    「ママ知ってる?その人のことを思うとね、心がぎゅーっとなってきゅーんとなって泣きそうになるか知ってる?いとしいって言うんだよ。」

    「ママ同窓会に行ったでしょう?僕ママに会えなくて、心がぎゅーっとなってきゅーんとなって泣きそうになったよ、いとしいだよ、僕ママのこといとしいだよ。」

    ※「いとしい」は、幼稚園のおゆうぎ発表会の『チューたの大冒険』の歌詞




    結衣が幼稚園のお迎えの時に、一度広が走って先に行ってしまった時に
    「繭ちゃんのママが来るまで待ってって言ったでしょう?」と言う。

    繭ちゃんのママ(西原莉莎子)が来て、

    莉莎子「ありがとね、結衣ちゃん」

    結衣「はい、これ」

    繭「お絵描きしたの」

    莉莎子「そうなの?わぁ」

    繭「あと、これがお知らせ」

    気がついたら、広がいない。


    3歳の広を、父親も目(手)を放し、母も目(手)を放してる。



    陽一に無視された(と思ってる)ワタライは、ニュースで見た誘拐事件に便乗したものの、広を無人のアパートの一室に放置して自殺。広は行方不明のまま9年後に施設で再開する結衣。






    4話
    ◯再開して一緒に暮らす結衣のセリフ

    「子どもが何を考えてるのか、子どもの気持ちがわからないなんて母親失格、ううん、母親失格は母親だから言えるんだよね。私はそれ以下だった。
    何が良くて、何が間違ってるのか、子どもを連れ去られて9年ぶりに再会して、どんな風にしたら、ちゃんとした親子になれるか、どうすれば母親になれるのか、どんな育児書にも載ってないの。
    そんな経験、誰もしてないんだもん。
    どこにもお手本はない。」



    「答えはあの子の心の中にあって、それを見つけていくしかない。大丈夫、いつかあの子の唯一無二の母になる!」






    6話ー養母の門倉麻子の過去ー知人の男性を刃物で殺害

    門倉 麻子の弁護士が木野 愁平(児童福祉司)に

    「内縁の夫のDV、子どもを連れて逃げてた(と麻子に聞いている)。被害者は別の男で、一方的に付き纏い。
    最後まで母親だった。子を安全な施設に預けた。
    母親が一人で育てるって大変なことよ。ずーっと怯えながら暮らしてたのよ。一生懸命、子育てしてた。立派な母親だったわ。」


    木野に話す麻子

    「自分のことじゃないですか?あの弁護士、バツイチで一人で育てて資格とったのが売りだから。」

    「サナエ(母と同じ名前)さんと並んで体操しながら母のことを思いました。塀の中の私を知ったら、母はなんでいうだろう。」

    「私が立派な母と褒めたとしたら、私を育てた母を褒めてるんだと思います。私の母は素晴らしい人でした。
    全部完璧、高校も大学も就職も母のおかげで完璧。間違ってしまったのは私なんです。」





    ◯母からの手紙
     
    麻子、風邪ひいてませんか。無駄遣いしてませんか。結婚はどうなりましたか?

    結婚まだですか?

    女性の幸せはなんといっても結婚、出産です。早くかわいい孫を見せてください。

    結婚の話はどうなったの?(彼が上司の娘と結婚という裏切りで成らず)

    お母さんはもうあなたの結婚と出産が生きがいです。

    子どもだけは産んでみたいという女性が増えている、そんな記事をがありました。考えてみれば結婚にタイムリミットはありません。でも出産となるとそうはいかないわ。女性はタイムリミットがあるの。


    (麻子は2度手術をしてこれが最後の妊娠の可能性になると医師に言われた3度目の妊娠、ひとり親覚悟して準備したものの、近所の子どもが遊んだシャボン玉の液に足を滑らせて流産)

    麻子、いつになったら孫を抱かせてくれますか?女性はタイムリミットがあると言ったでしょう?急いで!早く孫を抱かせて!一生懸命育てたお母さんに孫をお願いします。

    今のうちに産まなきゃ!
    一度は産まなきゃ!
    どうしてあなたは・・・

    (勤務先でも「門倉は子どもがいないから」「こどもはいた方がいいわよ。人生観かわるわよ」と言われる)

    麻子、どうしてあなたはお母さんの望む人生を歩いてくれなかったの?あなたって子は、何一つお母さんの望むことを叶えてくれなかったのね、麻子


    「ごめんなさい、ごめんなさい」と手を洗う麻子



    風邪気味で帰宅した麻子の隣の部屋から子どもの泣き声が。「ママ」と泣いている子を連れ帰ったが発熱した麻子を看病するコウ

    ここ寝て、僕トントンしてあげる、ついててあげる
    僕助けてあげる、待って(雑巾を絞っておでこに当て)これで良し。


    久しぶりに笑った麻子

    「ママはどうしたの?」と聞くと、「ママは僕を置いていなくなったの。」って。
    神様が私にご褒美をくれたのかもしれない。
    1日だけ、最初はそう思って、熱が下がるまであと一日だけ、そうしたら今度はあの子が熱を出して、

    「ママ、トントンして」って、そこで下着に「こう」とあって名前がわかった。
    耳たぶに触って眠るコウ


    長野の母の入院先から危篤の連絡、「近くの交番で構わない、迷子で届けよう」と連れて行き、誰もいないので置き去りにして走る麻子だが、戻ったら交番にいない。探して見つけて「ごめんなさい、ごめんなさい」と抱く麻子

    「私の居場所だ、私の世界だ。世界がここにある、私が、私がこの子の母になる。」

    世界=私の居場所



    木野「話してくれてありがとうござます。」

    麻子「誰かに聞いてもらいたかったのかもしれません。私がどんなに間違ってたのか。」

    木野「確かに門倉さんのやったことは間違ってます。でも、あなたは悪くない、門倉さんだけが悪いわけじゃない、僕はそう思います。」



    結衣から木野に電話
    「わかりあいたい。いっときでも母としての気持ちがあれば、どこかきっと分かり合えるのではと。うちに呼びました。これから一緒にお昼を食べるんです。」

    木野「分かり合えるなんてことできるのかな。大丈夫ですか?」

    結衣「広の為です。木野さん、私もあの子の為だったらなんだって出来ます。何だって・・・。大丈夫です。」








    ◯最終話


    結衣「(広の、お母さんってふたりいちゃいけいないのかな、について)木野さんはどう思いますか?」

    木野「ケースバイケースだと思います。母が二人いることを嬉しそうに誇らしげに話す子もいます。でも広くんが言った二人っていうのは、門倉さんと結衣さんのことですよね。僕には考えられない、綺麗ごとで収まる話でもないと思います。」

    木野「結衣さんはもっと自信を持つべきです。」

    結衣「自信?」

    木野「会わないと決めたのにマラソン大会のお知らせを送ったり、広くんの言葉に揺れてしまったり、やってることが迷走してしまうのは、結衣さんに自信がないからじゃないですか?」

    木野「僕は、3歳までにたっぷりを愛情を受けて育った子どもは大丈夫という考えなんです。広くんを見ててもそう思います。今も思っています。広くん、すっごい理不尽な状況に置かれたのに、よく心が歪まなかったなぁって。それは、3歳までに母親からたっぷり愛情を受けて育ったからだなーって。」

    木野「自信を持ってください。負けないでください。母親は結衣さんです!」





    結衣が麻子へ言った言葉
    ---

    あなたを許したわけじゃありません。許せるわけありません。

    ただ、誰かを憎みながらこの先ずっと生きて行くのかと思うと、ぞっとします。

    もやもやした思いを抱えながら子育てしても楽しくありません。

    だから、いつか、あなたを許さなきゃいけない。そう思ってます。

    木野さんに自信を持つように言われました。

    私はまだ母になる途中なんです。

    いつか、いつか、あなたに何を言われても何を聞かれても、びくともしないで笑っていられるような母になりたい。

    たとえば、あの子に「お母さんって二人いちゃいけないのかなぁ」と言われても、
    「そうだね、それも楽しいね、いいよ、二人いてもお母さん全然いいよ、楽しいね。」そう笑っていられる母になりたい。

    なぜなら、それがコウの幸せにつながることだから。

    あなたを許す時が、許せる時が来たら、コウを連れてあなたに会いに行きます。

    ひとつだけお礼を言うとしたら、なんでもない日常がどんなに幸せか、母になることがどんなことか、考えもしなかった。

    おはよう、いってらっしゃい、いってきます、ただいま、おかえり、おやすみ、そういう言葉を言える相手がいることが、どんなに幸せなことか、あなたに奪われた9年間がなければ気づかなかった。

    ありがとうーコウを育ててくれてありがとう
    ---


    『広の為にだったらなんでもできる(自分が道具になるー母子の境界線がない)』だったのが、『広の幸せに繋がることだから(広との境界線が出来つつある)』になった。

    木野さんはぶれなかったなぁ。結衣が自信を持つこと、それがないとダメだよって言ってたんだね。
    木野さんの110円に広と今偉(なうい)が10円ずつ出して自販機のジュースを買うー時の流れですなぁ。
    施設で過ごした3人は、例のつぶつぶオレンジを飲み干して新しい人生が始まる。






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    【2017/06/27 08:28】 | 雑記
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    中尾眞智子
    > こころの悲鳴が口から出ました。

    しゅばらしー!

    > 焦らずに自分のペースで少しづつ棚卸ししていこうと思います。

    > 夫の弟さん夫婦に対する自分の思いも 境界線がなくなっていました。執着を手放そうと思います。

    気がつけてよかったですね。


    > 間違った道を歩んでしまったワタライと麻子は 受け止められ体験が全く無かったのかな?と疑問に思います。

    母親に受け止められていないと、他人からの受容を本人の無意識が拒否することも多いですね。

    > これからは棚卸しもするけど、自分のために楽しいこと、やってみたかったことを沢山してみようと思います。生活を楽しむ域に達したら嬉しいなと思います。

    いいですね〜。^^

    > 先生お二方の存在に感謝です。ありがとうございました(*^^*)

    こちらこそ、ありがとうございました。


    先生の感想がアップされてて幸運でしたm(_ _)m
    まるっこ
    私の夫は 私にとっての居場所だったんだなと気づきました。
    子供を欲しくない私 と 煩わしくない母親が欲しい夫 の共依存関係なのかもしれないと思いました。
    子供を欲しくない私をしっかり棚卸ししないとダメだなと思いしました。
    母からの手紙の内容から 「ごめんなさい、ごめんなさい」と手を洗う麻子 までの文字を追うだけでも
    こころの悲鳴が口から出ました。
    焦らずに自分のペースで少しづつ棚卸ししていこうと思います。

    『広の為にだったらなんでもできる(自分が道具になるー母子の境界線がない)』についても
    思うところがありました。
    夫の弟さん夫婦に対する自分の思いも 境界線がなくなっていました。執着を手放そうと思います。

    間違った道を歩んでしまったワタライと麻子は 受け止められ体験が全く無かったのかな?と
    疑問に思います。
    私の場合は、小学生→自然が身近にあった事、見守られた地域なので自由に探索出来たこと、町内会のイベント
          中学生以降→母の飼い猫
          母の飼い猫が亡くなってからは→私の飼い猫
          私の飼い猫が亡くなってからは→夫
          現在は先生お二方のブログです。

    これからは棚卸しもするけど、自分のために楽しいこと、やってみたかったことを沢山してみようと
    思います。生活を楽しむ域に達したら嬉しいなと思います。
    先生お二方の存在に感謝です。ありがとうございました(*^^*)

    これ、古代以来なんですが。
    とくめい
    こんなんで検索するとネットでも出て来ます。
    「仮親!?江戸時代には、驚きの教育システムがあった | 旬速」

    子供にこんなに一杯親がいたら、産みの親でも、親なる神に義とされるために子供を生贄に捧げる事なんか出来ないし、神の方も人にそんな要求は出来ないんで、
    そういう宗教を背景にした、社会制度の導入を強要強制されると、
    親が、子供を犠牲にする事を厭わない自分に酔う事が出来るような社会になって行くのかな。

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    「母になる」ー9話で涙がぼろぼろ

    最終話(日テレオンデマンドは6/21午後9時59分で放送終了)は、予想通りの展開でほっとした〜〜。

    だってさ、子どもを苦しめる親でいたくないものね。
    9話で、「いい子でしょう?(自分が育てた!)」とそれまで自負していた小池ママが、

    「どんなに償っても償いきれないことをした、申し訳ございません。こうを産んでくれてありがとうございます。」と言いました。


    自分と本気で向き合ってカウンセリングも受けて、やっと自分が母親の為に生きていた、翻弄されていたと気がついたのです。

    この謝罪と感謝がなかったら、この先の未来はないなぁ。





    産みの母ー沢尻ママも、我が子のために歩み寄る方向に向かいます。

    本気で取っ組み合いの喧嘩をした二人の母

    いろいろと間違っていたことにも気がつけた。

    沢尻ママが

    「私が母親だから!

    あなたが(これで子どもを産めって言われなくなる)ってほっとしてた時に、マスコミから有らぬ疑いをかけられていたけど、そんなものは平気だった!

    そんなことよりも、こうが生きてる、どこかで生きてるって思っていた!

    母親だから!」


    というようなことを言った回があって、小池ママも圧倒されるのだけど、

    辛くないわけないよね・・・

    けど、我が子は今どこでどんな思いでいるだろうと思ったら「辛い」なんて言うわけにいかない。

    絶対に生きてる我が子に会う!ー信念が支えたんだろうな。

    どの母もこうなれるとは思わない。

    これがこの母の人生脚本なのかもしれない。(7/3追記)

    育った環境で全く違う母親になる。





    沢尻ママにしたって、誘拐犯の自殺で我が子は餓死したかもしれないところを、隣人の女性が保護したわけですから、この一点については感謝が湧くかなぁと思ったけど、そうは問屋が卸さないあたりも人間らしくて面白かったなぁ。

    “母親”で負けるわけにいかないーその気迫が伝わってきました。



    最終話で児童福祉司が

    「これで唯一無二の母親になりましたね、おめでとうございます。」

    みたいに言った時、

    この人はこの人で理想のお母さん像を思い描いているんだろうなぁと・・・。

    客観的に見られる立ち位置にいたかと思っていたんだけどなぁ。

    後に、Huluで見直してみたら、伏線を含め児童福祉司は必要な時に必要なことを言っていましたね。(7/3追記)



    まぁ、“産んだ母親はどんな人間でも特別なんだ”という回が伏線としてあったから、この流れが自然なんだけどね・・・。

    こう君にとっては、どっちも「お母さん」なんだよなぁ

    誘拐されて怖くて泣いていた時に救ってくれたお母さん

    ずっと一緒にいてくれたお母さん

    そのお母さんに「これで最後だから」と言う。

    そういうけじめがつけられる子に育ててくれたお母さん。

    産みのお母さん(沢尻ママ)からは、愛情をたっぷりもらって育った。

    その愛情が育てのお母さん(小池ママ)を包み込んだ。

    まぁ、この児童福祉司の言葉で、沢尻ママがはっとするのだけどね。

    そう考えたら、思慮深い児童福祉司はあえて言ったのかもしれない。



    なんにせよ


    やーっと、“母親は私”という執着心を手放せるようになった小池ママと、手放すと決意した沢尻ママに乾杯!





    最後に、養護施設で育った子が言います。

    「一番の復讐は、誰よりも幸せになること!」

    そうだ!そうだ!





    親の連鎖で苦しい人たちも

    未だ頭の中の親にあれこれ言われて身動き出来ない(と思い込んでいる)人たちも

    まず一歩踏み出そう。

    好き、嫌いを言おう。

    気持ちがいい、気持ちが悪い、と言おう。

    嬉しい、楽しい、悔しい、悲しい、寂しい、と

    気持ちを声に出そう。

    何も言わないでいたら始まんない。

    自分の気持ちを「声」で外にお披露目しようじゃないですか。

    人に聴かせるわけじゃなく、自分に聴いてもらうため。

    自分のために生きましょう。

    誰よりも幸せになりましょう。




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    【2017/06/20 17:58】 | 育児(育自)
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    6話を見て辛かった
    まるっこ
    6話の小池ママを自分と重ねて見てしまいました。
    私も小池ママと同じような間違いを犯してしまいそうな危うさがありました。
    自分に対してはしたいこと 親に対しては出来ることを忘れないようにします。
    小池ママとは違うなと思えるところは、母になりたいと一度も思えなかったところです。
    怒りや嫉妬の感情がそうさせていることは分かっています。
    私が母になることをチャイルドが許さないという感じです。
    私が子供を欲しくないことを許してくださった義理の父と母と夫に感謝ですm(_ _)m

    Re: 1話から4話まで見ました
    中尾眞智子
    > このドラマすごく泣けました。日テレオンデマンドが間に合わなくて、今Huluで見てました。

    おお!Huluは2週間無料お試し期間があるのですね。

    > 母親の気持ちが知りたくて見てみましたが、1話から涙ボロボロでした。コウ君の気持ちに感情移入したりもしました。

    最終話は「母に褒めて欲しかったこと」「孤独を埋めるためだった」「私は母ではなかった」と小池ママが言いますが、産みの母でもこういう人はいっぱいいますもの。いたたまれないです。

    > 明日も一気に見てしまいそうです(;_;)

    私も無料お試しで見てみまーす。(^^)

    1話から4話まで見ました
    まるっこ
    このドラマすごく泣けました。日テレオンデマンドが間に合わなくて、今Huluで見てました。

    母親の気持ちが知りたくて見てみましたが、1話から涙ボロボロでした。コウ君の気持ちに感情移入したりもしました。

    明日も一気に見てしまいそうです(;_;)

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